2007.11.9
SF研読書会 『Self-Reference ENGINE』 (円城塔) by銀月
1 著者&作品について
著者について:円城塔
1972年生まれ。北海道札幌市出身。東北大学理学部物理学科卒。東京大学院総合文化研究科博士課程修了。ウェブ・エンジニア(有限会社シングラム)。云わずと知れた、東北大学SF研究会のOBである。 『Self-Reference ENGINE』が第7回小松左京賞(2006年)の最終選考に残るが受賞ならず。翌2007年「パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語」で第50回群像新人文学賞第二次予選通過。4月、短編『オブ・ザ・ベースボール』で第104回文學界新人賞を受賞。
ペンネームは金子邦彦『カオスの紡ぐ夢の中で (小学館文庫)』収録の短編「小説・進物史観―進化する物語群の歴史を観て」に登場する自動物語システムが名乗る筆名のひとつ円城塔李久に由来する。
主な著作
つぎの著者につづく 文学界 2007年 11月号 [雑誌]掲載
Your Heads Only S-Fマガジン 2007年 11月号 [雑誌]掲載
Boy’s Surface? S-Fマガジン 2007年 09月号 [雑誌]掲載
オブ・ザ・ベースボール 文学界 2007年 06月号 [雑誌]掲載
Self-Reference ENGINE ISBN:9784152088215 (2007年5月25日初版発行)
参考
2 各話紹介
プロローグ
Writing
著者から見た場合のみプロローグ。実際SREという小説の中では『まえがき』に相当する部分。
『僕たちは溺れているか、溺れかけているか、既に溺れてしまっているか、まだ溺れていないかのどれかの状態にある。』
この文章が一番SRE全体を象徴している文章ではないだろうか。つまり、認識する意識と時点の問題。
それを婉曲に表現したのがこの文章で、全体に通じる発想の根幹。
それと、いまだに著者の中では女の子は時を駆けるものらしい。最近またはやったしね。
第一部:Nearside
こちらがわ。なんとなく人間視点での短編を集めたもの、というイメージが沸くが、実際にはそういう 意味ではないらしい。
01 Bullet
SREという小説の中では、プロローグ。
ジェイムスとリタ、そして僕の物語。イベントの発生した瞬間の出来事の一つを描く。タイムパラドクスに際して発生する矛盾について、当事者と第三者のそれぞれの視点から見た物語。当然、登場人物と読者の関係に対比するわけで、あくまで『僕』は蚊帳の外に過ぎない。
ここから展開する話の群れは18Return において収束する。
02 Box
世界に見立てた箱の話。箱がパズルであることは、宇宙が終わるまでかかるパズルとの相似であると同時に、どこぞのアホが本来解けないはずのパズルを解いてしまったがゆえに『イベント』が起こってしまった、という話を意味している。だからこそ、開けてしまった箱は閉じなければいけない、という話はそのままSREのラストで『イベント』が修復されることを暗示している・・・、はずなんだけどなぁ。
03 A to Z Theory
二項定理が指し示す真理のお話。ある日、26人の科学者が同時に世界の真理を表しうる理論を思いついた。が、3週間後には真理のほうが変わってしまいましたとさ。
SFとミステリの本質に迫ることが主題(嘘)。ミステリは馬鹿馬鹿しくもどこか面白いが、SFはただのキ○ガイ扱い。著者による自虐ネタ。
シンクロニシティやらメタやら42やら、SFネタを多くつぎ込んでいるが、言っているのは科学理論から検証した場合による『イベント』後の世界観。その世界では、真理は常に発見され、また否定される。
04 Ground 256
にょきにょき生える世界の話。一般人から見た場合の『イベント』後の世界と、『イベント』そのものに対する認識。科学理論は変わっていくが、日常生活は変わらない。今日も再びトメさんを救出する。
他の話との兼ね合いも考えると、実際には『イベント』で無限に発生した世界同士が争い、負けたほうが勝ったほうの世界に重ねあわされている、という話ではないかと。ほんとうにナノマシンで世界を何個も生み出すには質量保存の法則が邪魔。まぁ、そんな理論は既に否定されました、といわれたらそれまでなのだが。
悪の巨大知性体による世界征服宣言が『お前たちの消費税を二十パーセントに引き上げようと思うがどうか』という地味に強力なものだったことは、世界征服宣言集に加えておくべきかと。
ちなみに、Ground 256という数字に意味があるのかは不明。
05 Event
そよ風になった機械の話。第一部では珍しく、巨大知性体視点。
扱っている内容はメタ。人に造られた存在でありながら自然現象そのものと一体化し、人からは神にも見えるような存在になった巨大知性たちは、自分が存在する世界を書き換えるほどの能力を持つに至ったが、それは同時に他の巨大知性体が自分を書き換えることが可能だ、ということも意味している。世界という物語の登場人物でありながら、同時に作者でもある。そんな矛盾を多くの巨大知性が同じ世界に対して持ってしまったために世界が混乱したのが『イベント』である、という考え方はありらしい。
最後に、巨大知性を超える存在について軽く匂わせ、第二部への伏線としている。
06 Tome
鯰文書を盗み続ける、律儀な怪盗のお話。えらく気の長い自演劇。
主題としては、自己消失。無限の世界とゼロになるトメさん、という対比だと思うが、別に自分の首を剣でおとす話ではないらしい。存在しているのに自分はもう居ないのだ、という在り方の話は 16Disappear に続くことになる。
07 Traveling
男の浪漫、戦闘機を駆って自分探しに出かける話。撃って死なない俺は過去の俺だ、撃って死ぬ俺は未来の俺だ。とりあえず、全部殺せばハッピーエンドだ、という微妙な内容。
実際には平行宇宙論の話、・・・にみせかけて自分たちは人間に造られたという気に食わない過去を消去すべく、人間に自分殺しを強制させる巨大知性の話、ではないと思う。巨大知性に言わせれば、巨大知性体同士の争いの複雑さと進化の風景は似たような構造を持つらしい。個人的には進化を表すのに二百億次元もの要素が絡んでいるのかは怪しいものだと思うが、どちらも同じ世界の出来事なのでそんなこともありえるのかもしれない。
あと、『攻撃の目標である宇宙規模のワールドプロセッサには、自分にはボールは当たりませんでしたと宣言してごり押しするという、聞き分けのない小学生のような機能が搭載されている』という表現はかなりツボだった。
08 Freud
庭先に転がる仕込み杖を抜いた老婆の死体。その謎を解くべく集まる親戚一堂。そして、家の床下から新たに見つかる20の死体。しかもその死体は何故か全てフロイトのもの。何故どいつもこいつもフロイトの顔を知っているのか。何故こいつらにはクローンという発想がないのか。それ以前に何故警察を呼ばないのか。謎が謎を呼ぶ展開の中で、父の決意が『僕』に事件を収束へ向かわせる。犯人はこのな(ry
つまるところ、『イベント』を心理学方面から考えてみました、という話。フロイトについてはまったく詳しくないので物語の解釈は他者に譲ることにする。
09 Daemon
ラプラス選手が長い間独走状態であったが、ついに巨大知性体選手たちが彼に追いつくべくペースを上げた。これまで後続を引くために敢えてゆっくり走っていたラプラス選手も、負けてやるつもりはないとばかりにペースを上げる。だが、困ったことに実は正しいコースを知っていたのがラプラス選手のみであったという有り得ない事態が発覚する。こうして、後続の選手たちは皆ばらばらな方向に走り出している、というのが今の宇宙の現状らしい。だからこそ、人間は巨大知性体に問いかける。なんでマラソンの途中に殴り合いをやる必要があるんだ、と。競技が違うじゃないかという人の問いかけに対する巨大知性体の答えは簡単だ。いわく、私にも分からない。そんな話。
ラプラスの悪魔と巨大知性体の比較。巨大知性体と人間の比較。神の如く振舞える巨大知性体でさえ、さらに一つ上の階梯にすむ存在にとっては人間と同じ程度の存在でしかない、という話。結局のところ、巨大知性体でさえ『イベント』についてはよくわからない、というのが結論らしい。
第二部 Farside
むこうがわ。たぶん、巨大知性体よりもさらに向こう側に存在する奴等についての話、ということ。こちらの巨大知性体はとても仲がいい。というか、戦争をしている気配が無いのは・・・。
10 Contact
宇宙のご隠居、アルファ・ケンタウリ星人とのファースト・コンタクト。ただし、知性階梯に差がありすぎるため一方向限定。初めての相手はソラリスよりもさらに理解不能だった、というお話。
この話あたりから、巨大知性体がえらく人間染みてくる。人間くさくなったというのに、相手からは知性体扱いされないというこの矛盾。これでは八つ当たりも仕方ないが、下っ端はどこも大変だなぁ
つまり彼らは道路を作るからどいてくれ、でもそれも無理そうだから死んでくれ、といわれた可哀そうなニンゲンの役割を仰せつかったのだった。うむ、ご苦労。
11 Bomb
ある宇宙には巨大知性体でも驚くほどの石頭の人間が存在する。その頭の固さに感心した巨大知性体は彼を標本よろしく収集していたのだが、その石頭を見かけたジェイムス君が「そんなに固い頭なら、それで他の巨大知性体の野郎を殴ってやればケッコウ面白くね?」と、迂闊な発言をしてしまったために、世にも珍しい人間爆弾が造られることになった、というお話。
かの有名な、一つ目人を捕まえに行く奴隷商人のお話、そのSF版。この話の秀逸なところは、医者が言っていることは一部の隙もなく正しい、という点。本当に、私たち読者の常識に照らし合わせれば、なるほど彼は医者であると思わず納得しそうなほど完璧。それなのに、この話の中においては現実を認識しない唯の石頭にしか見えず、その言動が滑稽に見えてしまう。こんなありきたりなネタを、これだけ巧く書ける点だけでも、この作者はもっと評価されるべき。
12 Japanese
いや、まぁ日本語は難しい、という話。使う人が居なくなり、文献だけから日本語を理解しようとするのならば、神の如き閃きがなければ巨大知性体でも無理でしたとさ。
とくにコメントすることが無い作品なのだが、たまには自分たちの身の回りのものも振り返ってみませんか、何かおかしな物があるかもしれませんよ、と。このネタ、日本語に対する考察を全部一人でやったのなら畏怖をもって崇拝するが、実際にはなにか参考にしたんだろうなぁ。それでもすごい作品ではあるけど・・・。
13 Yedo
時代は江戸末期。黒船の来航に驚いた幕府の老中の一人は力で適わないのならば『お笑い』を持って対抗すべきだとトチ狂ったことを叫び、それを聞いた他の老中がそれくらいならいっそ愛想笑いで下手に出るべきでないかと主張。こうして、どうしようもない論議を喧々諤々と行った結果、なぜかどちらも同時にやってみようというイカレタ結論に達してしまい、そのしわ寄せは下っ端の十手持ち、八丁堀に丸投げされるという形で落ち着いた。そんな八丁堀の不幸な話。
個人的には一番好み。全体に漂う馬鹿馬鹿しさが堪らない。どう考えても八丁堀以外は思考ルーチンに重大な欠陥を抱えているとしか思えない。そんな中でとりあえず頑張っている八丁堀がいい感じ。
話のテーマは何だろう? 一般人から見れば、天才と馬鹿は紙一重、というやつだろうか・・・。
14 Sacra
Sacrumの複数形。仙骨。
人間の免疫系について調べていた巨大知性体が神秘的な自己消失の過程をたどった、という話。
これは不死についての話ではないだろうか。巨大知性体によって人は不死を得ることができたが、それでも人は死への因子を内包しており、それは巨大知性体にでさえ感染するほど強力なものである、という話なのかと思うのだが、宗教かぶれの巨大知性体が魂の四則演算について考えていたり、体の各部が独立性を主張する病など、いまいち話の流れが読めなかった。皆さんの意見を聞いてみたいものである。
15 Infinity
放浪癖のあった変わり者の祖父と、その孫である変わり者の娘、リタのお話。一週間に一度しかあえない祖父との時間を有意義に使うため、祖父からの問題を毎週一問ずつ解いていくリタ。今回の問題は、「この平面宇宙に、お前と限りなく似た女の子がそんざいするかどうか」であった。
この宇宙は平面であることが発覚した。自分はこれを聞いて、2次元なのかと驚いたのだが、別にそういうわけではないらしい。それはともかく、主題はそのまま無限。まぁ、半径30光年の平面に人間を詰め込んだら、それは無限といってもいいくらいの数ではあるのだろう。平面に換算した場合、半径1光秒もない私たちの世界とは考えられないほどの開きがある。ちなみに、話の流れ的に平行宇宙については考えてはいけない様子。今回の主題は、あくまで無限。
16 Disappear
少女曰く「お前はもう死んでいる・・・」
巨大知性体、答えて曰く「わたしはもう死んでいる・・・」 そんなお話。
頭がよすぎたために悪魔の証明を成し遂げてしまった巨大知性体たちの話。自己は消失したはずなのに、自己から派生する現象が存在し続けるというそのあり方がトメさんに近いのではないかと。
最後の4行の文句が心の琴線に触れて仕方の無い今日この頃。
17 Echo
巨大知性体より頭のよかった女性の話。彼女は、頭がよすぎたため自分の部屋どころか箱の中に引きこもってしまった変わり者でしたとさ。
その知性ゆえに自らの消失を予期した彼女は、人間との関わりを断つことによって存続を図っていましたが、長く箱にこもってる間に人間が恋しくなりましたさ。だって、それって死んでるのと大差ないよね?
ちなみに、エコーという名前からブギーポップを思い出したのはここだけの秘密。
18 Return
年老いたジェイムスが若いジェイムスをぶん殴りに故郷へ帰ってくる話。この爺さん曰く、世界がこんなにも駄目になったのはすべてジェイムスとリタのせいであるらしい。そんな訳で、『僕』ことリチャードはジェイムスを連れてリタを追いかけるたびに出るのであった。
ちなみに、リチャード・ロウとは身元不明の被疑者や死体を指し、匿名希望的な意味合いがある名前だったりする。つまり、なんかいろいろと知っているらしいリチャード君のことは、読者、または著者の代弁者と考えてよいかと。
物語が進み、いろいろと後悔したジェイムス君が何故か失われた恋心を思い出し、若いころの自分に渇を入れに戻ってくる、という話。テーマとしては………き、帰納法? まぁ、全体のまとめにして始まり、といったところかな。ところで、この爺さんは「箱を開けろ」といっているんだが、箱って『イベント』で開いたから、これから閉めに行くんじゃないのか、というのがこの話にたいする疑問のすべてだったり。
エピローグ
Self-Reference ENGINE
ある意味、後書き。
別に巨大知性体が自己の消失を証明したのは、鬱病だったから、という理由ではなかったらしい。まぁ、そんなことはどうでもよく、ジェイムスとリタのこれからの話もハッピーエンドになるらしいこともどうでよく、私は唯ただ巨大知性体郡の期待を一身に背負って出発する巨大亭八丁堀の勇士が聞きたくて仕方ないのだった。
3 書評
われ等のOBであることによる贔屓目を考慮に入れても、SREは間違いなく傑作。各所でも絶賛、とまでは言えないもののかなりの好評を博しているのは確かである。
さて、それらの他所の書評を読むと、いまいちわからなかったが面白かった、という感想が多数目に付く。部会にでてきた人たちの中にもそう感じた人がいると思うのだが、私の感じではおそらくその感想が一番正しい。著者が理学部物理学科を卒業しているものだからハードSFに違いないと構えてしまう人が多いかもしれないが、実際はかなり読みやすい作品だ。この作品の主眼は、難解な科学という概念を突拍子もないアイデアを用いてユーモラスに表現することであって、別に小難しい理論をこねくり回したいわけではないのだろう。その証拠に、作中で科学的な、もしくは理解しづらいなんらかの理論を述べたとき、その多くには後ろに例え話が挙げられている。そして、この例え話にこそ思わず笑ってしまうような表現が用いられている。理解が届かない難解な話を、誰もが笑ってしまうようなお話に落としてしまうこの手腕こそ、円城塔の人気の秘密であり、面白さの本質ではないだろうか。つまり何が言いたいかというと、細かいことは気にせず楽しんで読みなさい、と。
部会メモ
最終更新:2019年03月24日 14:40