東北大SF研 読書部会
「世界の中心で愛を叫んだけもの」ハーラン・エリスン


著者紹介

 一九三四年生まれ。結婚三回。離婚三回。子供なし。著書十三、編著一。雑誌に寄稿した小説、エッセイ、ノンフィクションは五百篇余。長篇第一作では、バックグラウンド取材のため変名で不良少年の一味に潜入。TV番組「アンクルから来た男」「宇宙大作戦」「ラット・パトロール」「ボブ・ホープ・クライスラー劇場」「バークにまかせろ」「アウター・リミッツ」「原子力潜水艦シービュー号」「バットマン」「ハニーにおまかせ」「ルート66」「アンタッチャブル」「ヒッチコック劇場」のシナリオ作家。映画「哀愁の花びら」「夢の商人」「カディム」のシナリオ執筆、ほかに共作で「オスカー」。しかし本業はあくまで小説家。時間、場所をとわず、あらゆるチャンスに賭ける。人生は借りものであると信じる。ル・マン・モデル、オースチン・ヒーリイを駆り、狩猟し、喧嘩し、女性への愛は選り好みなし。公民権運動のデモにも参加し、ジョン・バーチ協会をたたき、映画批評、ジャズ評論も手がける。一九六六年は当り年で、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ハリウッド作家協会の最優秀TVドラマ賞を受賞。ひげを剃る暇もない。(解説から引用)

 ハーラン・エリスン。作品よりも(作品も格別に面白いのだが)本人のエピソードが面白い小説家の典型例である。アイザック・アシモフに「なってねえなあ!」と言ったなどのエピソードがよく知られている(そんなことを言ったわりに仲が良く、エリスン編集のアンソロジー「危険なヴィジョン 1」にアシモフがまえがきを書いたりしている。ちなみにエリスンによると「大したことねえなあ!」と言ったらしい)。他にも自作が出版されるたび、大学時代に自分の文章をけなした教授に送り付けたりしていたようだ。他にも多数のエピソードがあり、伊藤典夫先生も作品そっちのけで本人のエピソードを解説している。しかしながらただ喧嘩っ早いだけではなく、弱い者の味方としての側面も持っており、そこがまた本人の魅力となっている。

あらすじ

 ある日ウィリアム・スタログは大量殺戮を起こす。後にウィリアム・スタログは毒ガスにより死刑を執行されたが、その時にこう叫んだ「おれは世界中のみんなを愛してる。ほんとうだ、神様に誓ってもいい。おれはみんなを愛してる、おまえたちみんなを!」
 ウィリアム・スタログの殺戮の原因は交叉時点にあった。交叉時点において捕らえられた竜は、センフとライナによって排出法にかけられてしまう。しかし人類愛のためにセンフはライナを裏切り、自らを排出法に介入させた。ジャム・カレットとして排出された力場は、竜の狂気とともに、センフの愛を全世界へと広めることとなった。
 センフは交叉時点を危険にさらした廉で最終流動刑に処せられるが、センフの遺言により、狂気の被害者の一人であるウィリアム・スタログの像が記念碑として建てられた。
 話は変わり、交叉時空から外れた時空。シュツットガルトの一角で、フリードリヒ・ドルーカーは七色の箱を見つける。ドルーカーが箱を開けると、箱からはジャム・カレットが流れ出した。ジャム・カレットは翌日、第四次世界大戦を世界にもたらした。

解説


 まえがきで全体が円環をなすように構成されている、とあるが、これはおそらくウィリアム・スタログやフン王アッティラがいる時空のことを指している。この円環は同時に存在する時空であるが、ここでの「同時」というのは通常の意味ではなく、交叉時空まで視野に入れた広義としての「同時」である。そしてその円環の中心には交叉時空があり、そこから「狂気」や「愛」がにじみ出ていく。まさにハブのような形で存在するのが交叉時空である。まえがきのとおり、最後にはすべてが交叉時空上のセンフの愛に収束する。
 以上のような構造に目が行ってしまうが、何よりも重要なテーマは「狂気」と「愛」である(したがって、エリスンの持つ「狂気」と「愛」が感じられればこの作品は読めたことになるだろう)。この二つは互いに相容れないもののようであるが、決してそうではない。「狂気」も「愛」も対象に対する強い感情の表出であり、その点で「狂気」と「愛」は表裏一体、不可分なものなのだ。そしてその「愛」を叫ぶとき、全ての場所は世界の中心となりうる。したがってタイトルに示されているように、世界の中心とはウィリアム・スタログでもあるのである。

他の短編の紹介


101号線の決闘

 本短編集のお笑い枠。ただただ危険運転してきた奴を殺しに行く話。前の作品が歪ながらも「愛」を描いていたのに対し、いきなり「危険運転してきたやつはぶっ殺す」ですよ。読んでない人はもう一度「世界のエトセトラ」を読んでから通して読むのがおすすめ。

不死鳥

 失われた大陸を探す冒険もの。オチが秀逸。ニュー・ウェーブのとある言説が思い浮かぶ。オチが本体の印象があるが、そこに至るまでの過程もしっかり読ませるエリスンの筆力はやはりすごい。

眠れ、安らかに

 正直に言うと途中まで何やってるか分からなかった。でもある程度まで進むとだんだん分かってくる。事前知識を入れておいた方が確実に読みやすくはなると思うのだが、でも何やってるか分かった瞬間を味わってほしいので、詳しい解説は入れない。

サンタ・クロース対スパイダー

 本短編集のお笑い枠その二。タイトルの通りサンタ・クロースがスパイダーを殺しまわる話。もうこの解説だけでB級感がビンビン伝わってくるが、あの大統領がご出演したり、しまいには***を****で*すというひどい展開が待ち受けている。エリスンってB級好きだったんだなあと心から思える一作。

鈍いナイフで

 まえがきからするとエリスンの実体験がもとになっている作品。それを踏まえて読んでみると、他の作品が外に対しての「狂気」や「愛」を叫んでいるのに対し、この作品では珍しく自分の内面を吐露しているような気がする。物怖じしないようなエリスンでも、やはり人前に出るとこんなことを思うのかと泣けてくる。

ピトル・ポーウォブ課

 そもそもテクストが理解不可能に書かれているため解説不能。ただテクストが理解不可能であることをふまえればコンセプトは明瞭で、分かりやすい作品と言えるかもしれない。

名前のない土地

 誤って女を殺してしまった男が逃げたらなんやかんやで伝説になった話。ディックっぽいという感想で全てを察してください。

雪よりも白く

 「ピトル・ポーウォブ課」と同じくらい短い作品。「愛」が「狂気」よりも目立っている点で特殊。箸休めに丁度良い作品。

星ぼしへの脱出

 爆弾を埋め込まれた男が逃げ回る作品。101号線の決闘と対になるような作品だと思っています。アクションも多く、素直に面白い作品なのでおすすめ。

聞いていますか?

 エリスンを読んでこんなにしっとりさせられるとは思っていなかった。今でこそよくある「ある日突然存在を失った男の話」であるが、落とすところはしっかり落としていく。己の存在を取り戻そうと何度も繰り返される「聞いていますか?」が胸に来る。狂気は抑えめ。

満員御礼

 突然現れた異星人によって金儲けをたくらむ男の話。ここまで強烈なものを大量に読んできたせいか、いまいち印象が薄い。

殺戮すべき多くの世界

 依頼を受けて惑星を破滅させる男の話。同様に印象が薄い。

ガラスの小鬼が砕けるように

 <丘の家>なる屋敷で共同生活を営む若者たちに起こった奇妙な出来事。メッセージ性は薄く、怪奇譚としての性格が強い。どことなく「ホテル・カリフォルニア」を感じさせる。

少年と犬

 傑作。読むべし。いろいろ語りたいのだが。やはりこれについては一度読んでほしいので解説は控える。特にラストはいいという言葉しか出ない。
最終更新:2019年10月20日 23:26