「アメリカン・ブッダ」柴田勝家

著者

柴田勝家。1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程修了。外来の民間信仰の伝播と信仰の変容を研究しており、民俗学を扱った作品に定評がある。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞しデビュー。2018年「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門を受賞。戦国武将・柴田勝家を敬愛し、本人も完全に柴田勝家である。デレマス成宮由愛P。

ちょっとした解説

解説とは銘打っているものの、実態は仏教を適当に聞きかじった人間が元ネタを出してきているだけである(なので所々解釈が怪しいところがあるかもしれない)。詳しく知りたい方は三蔵などの仏典を参考にしてください。あるいは手塚治虫『ブッダ』なんかを読んでもいいのかも。キリスト教やインディアンの信仰に関してもこの作品に関連する話題はあるが、ここでは仏教のみにとどめておく。

阿含
阿含経とは、仏教の最初期に作られた経典である。明らかにアゴン族というのはここから採用している。いわば仏陀の直接の言行に一番近い経典だが、それを名乗る部族がはるか遠方の北アメリカに存在するのが面白いところである。軽く調べたところアゴン族なるものは存在しない。

四苦・八苦
生老病死を四苦、それに愛別離苦(愛するものと分かれる)、怨憎会苦(嫌いな人物と会う)、求不得苦(求めるものが得られない)、五蘊盛苦(五蘊が空でないことを悟れない)を含め八苦と言われる。本作では仏陀が満ち足りた生活をしていた時に、コヨーテが大地の四方にあるとしてこれを教えた。仏教では四門出遊というエピソードとして知られているが、本作もこれを踏襲している。しかし微妙にアレンジは加えられており、生老病死のある方角などは異なる。仏陀に苦しみを教えるのももともとは動物ではなく人間。これは伝承のうちに四神と混ざり合ったと考えるのが妥当だろう。おそらくこのあたりが著者の研究領域。

六道輪廻
仏教は輪廻転生が考えられているが、人間は人間として生まれ変わるのではなく、生前の行いによって天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道のいずれかに生まれ変わるとされる。本作では星の人々(スターピープル)、人間、戦士、獣、精霊、悪霊の生涯がそれにあたる(餓鬼が精霊になるのはいまいちピンとこないが、かといって他に適当なものも思い浮かばないため、仕方ないのだろう)。そう考えると人間道より上の天道に住む者が、人間によって救われる形となっており、これが作品の良さにもつながっている。

八正道
正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定の八つ。これらを実践することにより、苦を滅することができる。おそらくこれが仏教修行の本質なのだろうか。本作では仏陀が得た四つ目の真理として現れる。

弥勒菩薩
仏陀入滅の56億7千万年後に現れると言われている菩薩。要するにすごい未来に現れ、皆を救ってくれるすごい人なわけだが、ミラクルマンがその人だった、ということが明かされるのが本作のオチである。ミラクルと弥勒の語呂合わせもあり、なかなかに胸の熱くなるラストとなっている。仏像としては広隆寺の国宝、木造弥勒菩薩半跏像が有名。半跏思惟と呼ばれるポーズをとることが多い(木造弥勒菩薩半跏像もこのポーズ)。

感想

完全に出オチタイトルである。しかしタイトルが最高打点とはならず、そこから後半になるほど面白くなっていくのが作者の面目躍如。四苦八苦、六道輪廻、八正道など、仏教を知っているとさらに面白い(私自身あまり仏教について知らないので、詳しく教えられるほどではないが)。
仏教、キリスト教、インディアンの信仰を掛け合わせ、民俗学でダメを推す。異なるものをクロスオーバーさせる、というのはテッド・チャンがよく使っているようにSF的な発想を得るにはうってつけの手法だが、それゆえに異なるものを物語の上で自然に繋げるうまさが求められる。しかし本作は、(おそらく)弥勒とミラクルの語感の類似から出発し、自分の専門分野を活かしてインディアンの信仰の上に仏教を溶け込ませることに成功していると言えるだろう。星の人々が人間に救われるなど、物語としても胸アツなポイントをおさえており、SFの面白さを分かりやすく伝えてくれる良質な作品。これからもこのような良質な作品を作り、SFの面白さをより多くの人々に伝えてほしい。
最終更新:2021年03月06日 18:15