曇天の空の下、冷たい空気が満ちた夜。
この年のこの日は、当時の冬季最後の冷え込みが襲っていたらしい。
レンガ造りの都市では、そろそろ店じまいしようかという時間だった。道行く人々は、裏路地を駆け抜けてきた風に身を震わせている。
その裏路地から、時折悲鳴が聴こえてくるのは気のせいだろうか。
何事かと集まった野良犬も、野良猫も、どういうわけか近づけない。
無論、通りすがった人間たちは気付いていないわけではない。ただ彼らは、うかつに関われば命がないことを知っているだけ。
やがて、裏路地は静寂を取り戻した。
一組の男女が、顔を見合わせ、その場を離れた。それを見た町人たちは、怯えるように慌てていつもの日常に戻る。
犬たちも、猫たちも、終わった騒動に興味を無くし、姿を消していく。
跡に残されたのは、全身に大ケガを負った少女だけ。
短めの髪も、赤いドレスも薄汚れて、まったく動く気配がなかった。
だが、腕が少しずつ動き始めた。
まだ息のある彼女は、腕を立て、頭を起こし、起き上がろうとして、突っ伏す。
起き上がるのを諦め、右腕、左腕、とホフクの要領で少しでも移動しようとして、やはり突っ伏す。
もう、満足に動く気力がなかった。疲れ果てた少女を、強い眠気が襲う。
閉じつつある瞳に映ったのは、何者かのゆらりとゆれる尻尾と、自分を飲み込もうとする淡い光だった。
寒波は裏路地から、街を飲み込もうとしている。
いよいよ雪でも降るのではないかと、誰もがそう思いながら夜を過ごす頃。
裏路地から一匹の子猫が表道に出てきた。
最終更新:2011年07月21日 17:24