project nemo_14

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL Project nemo



第14話 焔



――アヴァロン・ダムは崩壊。テロリストは確保できず、救出された拉致被害者も一名のみ、か。

ほくそ笑む影が、愉快そうに語る。
邪悪、とは言えない。誰でも物事が自分の思い通りに進めば、笑みの一つや二つ零すだろう。彼らはただ、人間として自然な感情に従ったに過ぎない
のだ。思い描く未来が他者から見れば真っ黒に染まったものであっても、である。

――救出された奴と言うのは、彼のことか。いずれ空に戻ってくるだろうな。

――だから連れて行けと言ったんだ、アシュレイ。懐柔すれば大きな戦力になり得たはずだぞ。

批判的な声を上げる仲間と思しき影に、アシュレイと呼ばれた影は、大して感情の起伏を見せなかった。己の考えに自信があるのか、返答も努めて淡
白、当然のことを口にしたかのようだった。

――彼がこちらに転ぶことはないだろう。我々と違って根っから戦闘機乗りだ、ベルカの復活など興味すら持つまい。

影の答えに、批判を上げていた仲間は渋々黙るほか無かった。事実として、"彼"を誘拐した当初、影たちは自分たちの側に取り込もうと様々な提案を
上げ、その全てが断られた。ISAFのエースパイロットには、地位も名誉も興味の対象とならないらしい。
わずかな沈黙が影たちの間に下りる。その時を待っていたかのように、それまで静かに会話の流れを見守っていた別の影が口を開いた。

――興味がないのは、私も同じなのだがね。ナショナリストは何かと理由をつけたがるから困る。

――何だと?

口を開いた影は、明らかに他のそれらとは異なっていた。軍人のような黒い影たちがその場の大半を占める中で、彼だけは白い影とでも言うべき異様
な存在感を放っていた。むっと静かに、だが露骨に怒りを露にした血の気の多い影たちに対してさえ、ほとんど動じた様子を見せない。

――聞こえなかったかね? まぁいい。何度も言うが、私は君たちの言うベルカの復活や理想などには興味が無い。私は、私の欲望に従って動いてい
るだけだ。その結果が君たちに付いていると言うことに過ぎない、覚えておきたまえ。

――貴様……虫の息だったところを助けてやったのは誰だ。

――おや、助けてくれと頼んだ覚えは無いよ?

こいつ、と黒い影が露骨に声を荒げた。鼻息を荒くする軍人に、白い影はふざけたように両手を広げおお怖い、とおどけて見せる。いよいよ影が怒り
の頂点に達し掴みかかろうとしたところで、アシュレイの名を持つ影が双方に落ち着け、と静かに、しかしドスの利いた声で告げた。

――ドクター、貴様がベルカの理想に興味が無いのは分かった。そちらは技術と情報を提供してくれるだけでいい。これは同盟ではない、契約だ。

――ふむ、つまりビジネスの一つか。いいだろう、もともと馴れ合うのは好みではないからね。

白い影、まるで白衣をまとった科学者のような彼は機嫌よさそうに笑う。対照的に、軍人たちは不満げな表情を見せ、やり場のない怒りを含んだ視線
を、その場を取り持ったアシュレイに向けていた。同じ世界から来た仲間たちからの集中砲火、しかし彼が動じた様子を見せることはない。
理想だけで、世界は動かない。そのことを、ベルカはあの日学んだはずなのだ。だからこそ、彼は瀕死だった白い影を仲間に迎え入れた。
もうすぐだ、と黒い影は呟く。ワタリガラスが羽ばたけば、一九九五年、あの日、潰えたはずの強く、強大な国家が再び蘇る。ベルカの復活は、もう
目の前にまで差し掛かっているのだ。
ただ一つ、科学者の腹のうちがまったく読めないことを除いては。



真新しい身分証を手に取り、じっと見つめる。いろいろ角度を変えてみるが、どこからどう見ても何の変哲も無い身分証。最初のうちこそ、自分がも
ともと所属している組織のそれと細かい部分が色々違うことに驚いたり珍しがったりしていたが、大抵こういうものは長続きしない。五分も眺めれば
だいたい飽きて、彼は専用の身分証入れに発行されたばかりの新品を入れる。
世界が違えど、求めるものが同じならば、物の形は否応なしに似てくるもの。結局そこまで変わるもんじゃないんだなぁ、とぼやく彼のコールサイン
はメビウス1。本日、晴れて次元犯罪の被害者から申請が通り、管理局地上本部の戦闘機隊に臨時教官として任命されたのである。
ただし、あくまでも臨時――組織を二股かけるって辛い、と自嘲気味にエースは笑う――本来であればISAF空軍の所属の身。元の世界ではおそらく行
方不明、軍籍はそのままであろうからいつでも素早く復帰できるよう"臨時"なのだ。それゆえ、教官と言う肩書きはほぼ名ばかりである。

「飛べるようになっただけでもよし、とするか……」
「そうそう、贅沢言っちゃ駄目ですよ」

クラナガン郊外の航空基地、格納庫脇をとぼとぼ歩くメビウス1の傍らで、ツインテールにまとめた橙色の髪を揺らす制服姿の少女はティアナ・ラン
スター。本日は執務官補佐の業務の一環として本局から地上に降り立ったため、飛行服は着ていない。メビウス1に付いて来たのも、目的の人物が偶
然彼が目指す場所と同じところにいるからだ。
柔らかい太陽の日差しの下、時折響くジェットの轟音をBGMにとりとめない話をしながら、二人は目的地の格納庫へ。中を覗き込むと、一機の蒼い迷
彩が施された戦闘機が鎮座し、周囲をまとわり付くように整備員たちが駆け回っていた。視線を走らせ、目的の人物を探す。

「あ、いたいた。オーリス准将」

先に見つけたのはティアナだった。整備員たちの長と思しき人間と話し合っていた女性の背中、将官クラスの者でなければ付けられない肩の大きな階
級章が目印だった。
名前を呼ばれた将官らしい女性は振り返り、整備員にその場の作業を任せると手招き。格納庫の中に足を踏み入れ、二人は揃って敬礼する――メビウ
ス1のそれは、ちょっとラフ。とんっと執務官補佐に敬礼する右腕の肘で突かれ、姿勢を正す。まったくもう、とティアナは一瞬呆れたような表情を
浮かべ、出迎えた将官はしかしあまり気にしていない様子。

「ティアナ・ランスター執務官補佐、命令により参りました」
「ええと……メビウス1、機体受領に参りました」
「ご苦労様――メビウス1は、久しいですね」

眼鏡の奥で固い表情を崩さないのは、もともとそういう性格なのか。答礼する将官の名は、オーリス・ゲイズ。現在の地上本部の体制を確立させ、JS
事変で壮絶な戦死を遂げたレジアス・ゲイズ中将の実の娘である。事変後、父の意思を継いだ彼女は准将にまで昇進し、地上本部の実質的な指揮官と
なっていた。
積もる話もあるかもしれないが、根っからの生真面目なのだろう。オーリスは挨拶もそこそこに、先にメビウス1への用事を済ませることにした。背
後に居座る、鋼鉄の翼。それこそが機体のないパイロットの目的であった。

「こちらが、今回あなたに搭乗してもらう機体です。懐かしいでしょう?」
「あぁ……こりゃ確かに」

ここで初めて、オーリスは固い表情をわずかに緩める。彼女の問いを受けて、エースパイロットは頷くほかない。
もともと格納庫の中を覗いた時点で、それは見えていたのだ。だから否定出来るはずもない、彼女の父もまた、同じ機体を翼を失っていた彼に貸し与
えたのだから――支援戦闘機、F-2A。F-16を再設計し、原型機とは見た目こそ似れど、性能はまったくの別物にまで進化した機体。
触っても?とメビウス1は蒼い迷彩の翼を指差し、オーリスに問う。もちろん、と彼女は頷いた。早速引っ掛けてあった梯子を昇り、コクピットを覗
き込む。

「やっと納入された純ミッドチルダ製の機体です。設計はそのままそちらの世界から流出してきたものを使ってますが、細かい部分などはこちらの技
術です」

なるほど、と興味津々にコクピットを覗きながらパイロットは頷く。よくよく見れば、スイッチの形状などが以前こちらで乗った機体やユージア大陸
に存在するものと違う。ネジ一本に至るまで、ミッドチルダで生産された機体なのだ。
魔法の世界で戦闘機が作られるとは、とギャップのようなものを感じたところでふと、メビウス1は気付く。F-2のコクピットにあるディスプレイに
は、光が灯っていた。発電のためのジェネレータを回しているのかと思ったが、そんな様子もない。

「驚きましたか?」

いつの間にか梯子の近くまでやって来ていたオーリスが、小さく笑う。彼女は、この機体のカラクリを知っているようだ。

「この機体には通常のジェネレータの代わりに、大容量の魔力コンデンサが搭載されてます。魔力は火にも電気にも変換出来ますから、この場合電気
に変えて発電させている訳です」
「その分機体が軽くなったってことですか。よく出来てる……」

魔法と機械技術の融合、その産物であるミッド製のF-2に感嘆しながら、メビウス1はコクピットから下りた。気に入りましたか?と問いかけてきた将
官に、頷いてみせる。無論本来なら愛機であるF-22が一番好ましいのだが、あいにくここにはない。クラナガンを襲撃し、ティアナたちに捕獲された機
体は無人機に改造されており、有人機に戻す作業に思いのほか時間がかかっていた。新規の生産も、ステルス関連の技術がミッドでは複製は出来ても解
析が不十分なため、劣化コピーになるのが関の山だろう。
こっちも見てくる、とメビウス1は言い残してF-2の主翼の下に潜り込む。なんだかんだで喜んでいるのだろう、ティアナは彼の瞳が少年のように輝い
ていたように見えた。
やれやれ、とわずかに肩をすくめていると、オーリスに手招きされる。そうだ、お互い用事を抱えているのだ。こちらに、と格納庫の隅の方に案内され
て、補佐官は歩き出す。

「……では、こちらが資料になります」

脇に抱えていたファイルを、将官は手渡す。確かに受け取りました、とティアナは差し出されたそれを手に取る。
パラッとファイルを開いてみると、冒頭に『R資金関連の調査報告』と銘打たれているのが目についた。R資金、前地上本部の司令官レジアス・ゲイズ中
将の遺産。JS事変にて発覚した、レジアスとスカリエッティの関係を証明するもの。
いい気持ちはしないだろうな、と補佐官は目の前にいるレジアスの娘の心中を察してみせた。
脆弱な戦力を補おうと、彼女の父は狂気の科学者に戦闘機人の技術を求めた。途中でレジアスが戦闘機を手に入れた故、彼らの関係は長くは続かなかっ
たが、それまでに提供された資金は間違いなく、スカリエッティの計画になくてはならない存在にまでなっていた。そして、そのほとんどは回収されず
何処かへと消え、今はテロリストたちの手に渡っている。つまり、このファイルはオーリスにとって、英雄として称えられる父の名誉を帳消しにしてし
まうもの。

「誤解しないでください」

ところが、見上げた視線の先にいるのは、努めて真剣な表情を固持する将官の姿。

「仕方なかったとは言え、父がスカリエッティと手を組んでいたのは事実です。そのせいでミッドの平和が脅かされているなら、私は全ての事実を曝け
出すつもりです。レジアス・ゲイズは英雄ではない、テロリストの計画の一翼を担っていたのだと」
「――准将、でもそれは」

全ての事実が、人々に平和と幸福を与えるものとは限らない。ミッドの人々のほとんどは、レジアスを壮絶な戦死を遂げた英雄として記憶している。そ
んなところに事実をぶち込めば、どうなるか。地上本部は弾劾され、法を執行する力を失ってしまう。秩序が崩壊するのは、目に見えていた。
無論、それが理解出来ないオーリスではない。あくまで例えです、と付け加える。もっとも、必要なら本気でやってしまうかもしれないが。

「だから、誤解しないでください。あなた方が思っているほど、私は父を英雄とは考えてません」
「……それならどうして、地上本部の司令官に?」

父の役割を継いだのは、決して彼女に統率力や判断力があったからだけではないはずだ。ティアナは知っている、オーリスは自ら司令官と言う椅子に名
乗りを上げたことに。
補佐官からの問いかけに、彼女はすぐに答えなかった。わずかに歩き、格納庫の外へ。見上げれば青空、ミッドチルダ特有の二つの月。

「確かに、父は犯罪に手を染めました。けど、あの人はそうまでして、この地を守ろうとした。その意思くらいは、娘の私が継いであげてもいいでしょ
う――どうですか、これで?」

うっすらと笑みを浮かべて、オーリスは振り返る。その背後に見えるのは、クラナガン市街地。彼女の父親が、命がけで守ろうとしたものだ。
充分です、とティアナは将官の回答に頷いてみせた。受け取ったファイルの中身は、大いに役立ちそうだった。



空を飛ぶ手段は、何も一つだけではない。
ある者は魔法の翼を得て。ある者は鋼鉄の翼を得て。そしてまたある者は、魔法でもなく鋼鉄でもない、生きる力を翼にして。
今の彼らは、まさしくその生きる力に乗って空を飛んでいた。一〇メートルは超える巨体、白いその身は文字通り竜の如く。絵本の中からそのまま飛び
出してきたような竜の背中、手綱を握るのは小さな騎士。赤毛の髪を風になびかせ、今日もエリオ・モンディアルは緑豊かな第二三管理世界の巡回飛行
を行っていた。

「いい天気だねー、エリオ君」

柔らかい日差しは、人にも大地にも平等に降り注いでいた。眼下に広がる緑の世界、天に広がる青の世界、交互に眺めながらエリオの後ろで口を開くの
はキャロ・ル・ルシエ。桃色の髪を揺らす彼女こそ、実は白い竜、フリードリッヒの主である。
そうだね、とエリオはパートナーの何気ない言葉に相槌を打ちつつ、周囲をしっかり見張る。彼らの所属する自然保護隊は密猟者の取り締まりを任務の
一つとしており、今回の巡回飛行もそれらのうちに入っていた。
もっとも、密猟者たちと実際に出くわしたことは数えるくらい――どこで噂が流れたのやら、自然保護隊にかつての機動六課の主要メンバーがやって来
たと言う話が出回るようになってからは、すっかり平和になってしまった。確かに間違いではないんだけどな、と噂を聞いた二人の少年少女は苦笑い。
くぁ、と突然フリードリッヒが大きく口を開けた。そのままのん気に喉を鳴らして大あくび。一見雄々しい竜も、退屈なパトロールに眠気を催したよう
だ。

「こらこら、フリード。一応任務中なんだから」
「でも、暖かいからね」

仕方ないよ、と竜と同じく小さな欠伸を見せてキャロは笑う。確かに、ぽかぽか陽気である。一年中温暖な気候が続く第二三管理世界、正直エリオも
眠気を抱えていた。
それじゃあ、と少年騎士は手綱を握りなおし、フリードリッヒに速度を上げるよう促す。眠そうな様子だった白い竜はいかにも渋々、と言った様子で
翼の羽ばたきを強めた。頬を撫でる風の流れが、明らかに速くなっていく。

「戻ったらお昼ご飯にしようか。食事当番、今日は私だから」
「あ、そうなんだ。スパゲティとか、出来る?」
「出来るよ。フリードも食べる?」

ヲォン、と肯定の咆哮。主人の手作り料理を食べれると聞いて、竜はさらに羽ばたきを強めた。慌ててエリオは手綱を引っ張り、落ち着けフリード、と
速度を落とすよう命令する。

「まったくもう、食いしん坊……」
「あはは。でもエリオ君もよく食べるよね」
「……そう?」

そうだよ。否定の意味を込めての疑問だったが、背中にいる少女には笑って肯定されてしまった。なんとも言えない複雑な表情を浮かべるエリオ、フリ
ードリッヒがかすかに鼻で笑ったのは、きっと気のせいだと思いたい。手綱を握る腕に、自然と力が篭っていた。
そうして平穏な巡回飛行を続けていると突如、念話で通信が入った。この世界の航空管制官からだった。

<<こちら管制、フリードリッヒ、応答されたし>>
<<……はい、こちらフリードリッヒ?>>

何だろう、と応答したエリオは怪訝な表情。第二三管理世界は一応航空管制が敷かれているものの、飛ぶのはせいぜい管理局輸送部隊の定期便か自分た
ちのような巡回飛行組だ。時折現地の戦闘機隊が訓練で離陸することはあるが、それ以外で管制官がいきなり通信を送ってくることはない。
だと言うのに、念話に乗って来た管制官の声はひどく、慌てているように聞こえた。

<<ポイント2-3-0にて所属不明の航空機が発見された。現在、三〇一飛行隊がスクランブル発進。そちらは邪魔にならないよう、高度を落として飛行
されたし>>
<<了解……?>>

通信を終えて、ふと気付く。管制官から知らされた所属不明機の出現位置は、この近くだ。ひょっとしたら、不明機とやらも肉眼で見えるかもしれない。
キャロに周囲の警戒を任せ、ひとまずエリオは手綱を引いて竜に高度を落とすよう指示。今度は渋々と言う訳に行かず、フリードリッヒは首を落として
緩く降下に入った。眼下の緑が、木々の一本にまで判別出来るほどになった頃、キャロが少年の肩を叩く。

「エリオ君、あれ」
「?」

振り返った先、エリオの瞳が捉えたのは群青の向こうに浮かぶ二つの黒点。雷鳴のように響く轟音から、戦闘機であることが読み取れた。距離が縮まる
に連れて、シルエットがはっきりしてくる――ジェット機であるはずなのに、ずんぐりした印象のある機体。彼は知る由もないが、この機体の名はF-4E
ファントムと言う。二人乗りの大型戦闘機、ミッドチルダに配備されているF-16やF/A-18に比べるとはるかに旧式だが、平穏な二三管理世界ではこれで
充分と判断されていた。尾翼に描かれたスカーフを巻いた蛙のマーク、これだけは知っていた。連絡にあった三〇一飛行隊所属機だ。
二機のF-4E、先頭を行く隊長機はエリオたちを見つけたのか、挨拶するように主翼を振ってみせた。そうして列機を伴い上昇、二つの亡霊は青空の向こ
うに溶け込んでいく。
頼もしい鋼鉄の翼に、少年は根拠のない安心感を抱いていた――否。ジェットエンジンの轟音は、まるで雷のように大きかった。力強いそれと、主翼を
挨拶のように振ってみせる気さくさ。所属不明機とやらは見えないが、きっと彼らならどうとでもしてくれるだろう。
その期待は、青空の向こうに走った二つの閃光によって裏切られた。チカチカ、と何かが瞬いたかと思った次の瞬間、どんっと爆発音。

「っ!? 何、今の……」
「撃墜された? いや、でも」

突然の爆発音に、後ろにいた少女は怯えた様子を見せる。フリードリッヒも落ち着いていられず、不安げに首を回して周囲を見渡す。エリオ一人だけが
冷静に、青の世界の向こうで起きた出来事を把握しようとしていた。
青空の向こうで何かが見えた。鳥かと思ったが、違う。ブーメランのような、黒い影。F-4Eの姿は見えない、奴に落とされたのか。
影が、何かを投下した。咄嗟に視覚強化の魔法を行使、エリオは投下されたものをその瞳に見出そうとする。
何だ、何を落とした。何だあれは――黒い塊。爆弾?
少年の得た答えは、確かに正しかった。黒い影が落としたのは爆弾であり、しかし眼下の大地に攻撃すべき目標は何もない。投下された爆弾は緑の中に
消え落ちていく。
――閃光。あっと思った時には、全てが手遅れだった。光の津波が森も大地も、雲も青空も飲み込み、全てを燃やし、吹き飛ばす。エリオたちも例外な
く、生み出された衝撃波が容赦なく彼らに襲い掛かった。
危ない、と少年は咄嗟に少女を庇う。その二人を、竜が翼を広げて守ろうとした。にも関わらず、無慈悲な一撃は石ころを蹴飛ばしたかのように、彼ら
をはるか遠くに吹き飛ばしてしまっていた。
悲鳴を上げることさえ、敵わない。何が起こったのかさえ理解する暇すら与えぬままに、光は緑と青の世界を飲み込んでいった。



燃える。
燃える。
世界が燃える。
焔が踊り、全てを焼き尽くす。地獄の門は、今開かれたのだ。
一九九五年、あの日、北への道を閉ざそうとしたあの光とまったく同じ。
残された、無残な光景。生きる者が存在することを許されない、死と焔の世界。
これは警告に過ぎない。彼らの本当の目的は、これからだった。



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最終更新:2009年12月06日 18:33