通信途絶―――。
次々と砂嵐の映像に切り替わっていくモニターを見て、森は顔面が蒼白になっていた。すぐさま96式装輪装甲車1両と軽装甲機動車2両、高機動車1両による捜索隊の派遣が決定したが、鹿島はそれが的場の思惑通りに事が進んでいると直感した。
リリカル自衛隊1549 第14話 「奇襲」
さすがの森もこの異常事態に、ようやくはやてに協力を要請した。ロメオ隊員に加え、15人の魔導師がそれぞれ車両に分乗し、偵察隊との通信が途絶えた地点へと向かう予定だった。
だが鹿島は再びそれに反対した。
「戦力を逐次投入していっても、各個撃破されていくだけだ!ここはアパッチと魔導師全員を投入して、敵を殲滅すべきだ」
恐慌状態寸前の森に、その言葉は神経を逆撫でするものと捉えられただろう。戦力は温存すべきという考えを持っていた森は、呆然とする通信士の手からマイクをもぎ取って航空部隊と連絡を取ろうとする鹿島に対してついにキレ、鹿島に対して怒鳴った。
「いい加減にしてもらいたい!!上の者が言い争っていては士気に関わることくらい、元幹部の君ならわかるだろう!?」
そう怒鳴り、森は捜索隊に出発を命じた。スターズ分隊とライトニング分隊にも出動要請が出され、指揮車にいたなのはとフェイトは、高機動車に乗るようはやてから指示を受けた。ロメオ隊員、魔導師がそれぞれ持ち場の車両に搭乗する中、鹿島は指揮車を抜け出し、96式装輪装甲車に乗り込もうとしていた三國に話しかけた。
「三國さん、ヤバイ雰囲気だ。実弾も持って行った方がいい」
「ですが・・・」
「頼む。包囲されてからじゃ手遅れだ」
何か只ならぬ雰囲気を感じ取ったらしい三國は、頷いて装甲車に乗り込んだ。続いて鹿島は、高機動車に乗り込んでいたなのはに対し、駆け寄って話しかける。
「高町1尉。非殺傷設定とやらは、あんたらの独断で解除できんのか?」
「え?ええ、出来ますけど・・・・・・。どうしてですか?」
「いざとなったら、殺傷設定にする事を覚悟しておいた方がいい」
殺傷設定、それは即ち相手を殺すこと。その覚悟をしておけという鹿島に、なのはは少し動揺した。
なのはを始めとして、今回この作戦に参加した魔導師達には人を殺した経験は無い。魔導師やガジェットドローン相手の実戦経験なら多くあるが、それでも魔導師相手には非殺傷設定を用いていた。
ここで、誰かを殺す事になるのか?なのははそう思ったが、運転手の「出発します!」との声に思考を中断させられた。
どっちにしても、殺傷設定を用いる場面が来ない事を祈るしかないのが、なのは達の立場だった。なのはは正面に座るフェイトと顔を見合わせ、強張った顔で互いを見つめあった。
一方鹿島は、思い詰めた表情の神崎、物言わぬ顔の七兵衛と共に捜索隊が出発するのを見送った。民間のオブザーバーという立場である以上、待つ時間を過ごすしかないのが鹿島の立場だった。
スリッピングフィールドに居残る航空部隊の面々も、待つ時間を過ごしていた。JF704式ヘリのパイロットであるアルトは、パイロット待機所となっている天幕の下で、ひたすら出動命令を待っていた。
先程から通信士は「出動準備」といっては「待機」と、歯切れが悪そうに繰り返していた。先行した本隊からは断片的な情報だけ送られている以上、指揮系統が乱れているらしいと推測するしかないのがアルト達の立場だった。
「ったく、いつになったらマトモな指示が来るんだ?」
と、もう1機あるJF704式へリのパイロットが呟いた。
こんな時、ヴァイス陸曹ならどうするだろうか。とアルトは思った。ヴァイスは機動6課が襲撃された時に重傷を負い、回復した後は本局で武装隊に復帰するための試験を受けていた。正式に武装隊に復帰できたが、別の任務を負って今回の作戦には参加できなかったのだ。
アルトは横を向き、天幕の外に駐機してあるヘリを眺めた。総勢6機ものへリが今回の作戦に使用され、今は整備整備を受けていた。
アルトの操縦するJF704式の隣では、自衛隊のアパッチ攻撃ヘリが羽を休めていた。JF704式とは設計思想も運用目的も違う純粋な攻撃ヘリのアパッチは、JF704式に比べて鋭角的で武骨だった。アパッチのスタブウイングにぶら下げられているミサイルやロケット弾の筒を見たアルトは、質量兵器を禁じた管理局のJF704式へリと、その質量兵器を運用する自衛隊のアパッチが鼻を並べて駐機してあるのをシュールに感じた。
先程愚痴を呟いていた同僚のパイロットが、「機器をチェックして来ます」と言って天幕の外に出ていくのを見ながら、アルトはなのは達は無事だろうか、と思った。
正確な情報が伝わって来ず、そんな曖昧な雰囲気の影響でもあったのだろう。複数の藪に偽装した人影が、センサーを掻い潜ってスリッピングフィールドに侵入した事に誰も気づかなかった。
ただ1人、アルトの同僚であるJF704式へリのパイロットはコクピットで機器のチェックを行っている最中、開け放たれた機体後部のランプから、不審な人影が貨物室に侵入するのをバックミラー越しに目撃した。
整備士だろうかと思い後ろを振り向くと、先程の人影は消えていた。そもそも整備はとっくに終わってるはずで、今は皆天幕で待機してるはずだ。
「・・・気のせいかな?」
そう独り言を呟き、再び機器類のチェックを始めた彼の意識は、唐突に消失した。
貨物室に放り込まれたC4爆弾が爆発し、一瞬にして彼の体を機体の破片が引き裂き、つづいて爆炎がその肉体を蒸発させたのだ。
隣に駐機していたCH-47も機体から炎を吹き上げ、富士山麓に黒々とした煙を立ち昇らせた。
その爆発音が高座山の捜索隊に届くことは、なかった。
三國達は途中で軽装甲機動車を発見したものの、内部には誰もいなかった。周囲に血痕がいくつか見られたが、偵察隊員はどこにも見えなかった。探査魔法を使える魔導師が周囲を精査したが、AMFの影響もあって探査範囲も狭くなり、偵察隊員の居場所を掴むことは出来なかった。
進路が倒木に阻まれていたので、三國は装甲車を前面に押し立てて倒木をどかし、乗り捨てられていた軽装甲機動車を回収して捜索を続行した。
赤外線暗視装置を目に当て、周囲に人間はいない事を三國は確認したが、それでも異様な殺気を彼は感じていた。
「なるほど、ヤバイ雰囲気だ・・・・・・」
イラクやゴラン高原などの戦場で殺気を味わった事のある三國は、そう1人呟いた。
一方フェイトは、アルフが落ち着きの無い様子なのに気がついた。使い魔としての素体が狼であるアルフには、人には感じ取れない何かを感じるのかもしれない。
フェイトはそっと、アルフに念話で話しかけた。
『どうしたの、アルフ?』
『血の臭いがプンプンする。多分、偵察隊の奴らは殺されてる』
そう言い、アルフは周囲を見回した。フェイトも周囲を見たが、どこにも人影は見えない。
『この先はヤバイ、そんな予感がする』
アルフがそう言った直後、三國によって乗車命令が出た。このまま前進し、行方不明の偵察隊員を捜索するらしい。
高機動車に乗りつつ、フェイトは念話でなのはに話しかけた。
『なのは、非殺傷設定を解除することを考えておいた方がいいかも』
『えっ・・・?でも、それは人を・・・』
『わたしも出来ればそんなことしたくないけど、覚悟しておいた方がいいよ』
『・・・・・・うん』
そう言い、なのはは少し俯いた。
フェイトは自分の前に座る、エリオとキャロを眺めた。2人の顔は強張っていて、キャロにいたっては少し震えていた。
エリオは「大丈夫。どんなことになっても、僕がキャロを守るから」などと話しかけていた。フェイトも何か言って2人を落ち着かそうと何か言おうとしたが、開いた口からは言葉は出て来なかった。
(・・・隊長失格かな、わたしって・・・・・・)
フェイトはそう思い、窓から外を眺めた。鬱蒼とした森は、どこまで進んでも途切れなかった。
捜索隊から送られてくる映像を見て、鹿島も殺気を感じ取っていた。
森は襲撃されても火力で一蹴できると言っていたが、もし道が砦のような物で塞がれていたら?
高座山に至る道は比較的開けているが、道の左右の森は伏せ手を潜ませておくには格好の場所だ。死体が綺麗に片付けられていた事といい、「敵」には近代ゲリラ戦の心得がある―――。
押し問答で時間を無駄にする暇は無く、鹿島は通信士からマイクを奪って、三國達に森を無視して引き返せと叫んだ。自分が指揮官だと森が怒鳴り、即座にマイクを鹿島から取り上げれば、再現のない押し問答が再開されるのは必然だった。
その背後では、いつの間にか指揮車に乗り込んでいた藤助が、偵察隊からの映像を見て呟いた。
「こりゃ皆殺しじゃ・・・・・・」
最終更新:2010年01月01日 12:30