車列が高座山に向かう途中、指揮車にいた鹿島は運転席からの叫び声を聞いた。
「前方の川に漂流物・・・・・・人です!!」
リリカル自衛隊1549 第13話 「藤助」
その声を聴いた瞬間、全員が前を向いた。三國がすかさず後部ハッチを開け、鹿島も前部ハッチを空けて身を乗り出した。そして前方を流れる川に目を凝らし、確かに人が流れているのが確認できた。
「停まれ、救出だ!!」
そう叫び、停車を待たずに鹿島は指揮車から飛び降りた。三國も後に続こうとしたが、神崎の制止の声が響く。
「指揮車に戻ってください、鹿島さん!本来わたし達はここにいないんです!死ぬべき人間の運命を変えて、未来が変わったらどうなるか・・・」
「同じ人間だぞ!死ぬべきかどうか、誰が決めるっていうんだ!!」
鹿島はそう叫び、川に向けて走り出した。指揮車が停止し、まず三國が飛び降りてから、車体後部の扉が開いて乗員が次々外に出た。なのはも例外ではなく、流されていく人を助ける為に鹿島の後を追った。
一方川に辿り着いた鹿島は、漂流中の人間めがけて川に飛び込んだ。しかし川の流れは予想より速く、どうにか漂流者を掴み、岸に辿り着こうとした鹿島は、川の急流によって流されていった。
岸の手掛かりを掴もうとするも、岸の木の枝や植物は次々と鹿島の手をすり抜けていく。やがて鹿島は、ごうごうという音を聞いた。滝が近いのだ。
慌てて岸に手を伸ばしたが、最後の木の枝を掴み損ねてしまった。前を向いた鹿島は、滝があと数メートルという距離にあるのに気づいた。
死ぬ。唐突にそう思った瞬間、鹿島の迷彩服の襟首が誰かに掴まれていた。後ろを振り返った鹿島は、七兵衛が自分を掴んでいるのがわかった。
どうやら自分を助けてくれたらしい。と考えた鹿島は、他の面々も川に近づいてくるのに気づいた。
七兵衛は鹿島と漂流者を掴むのが精一杯で、とても岸に引っ張り上げる余裕は無かった。そこでなのはは拘束魔法であるバインドを鹿島にかけ、強引に川から引っ張り上げた。
「・・・・・・1つ借りだな」
鹿島は七兵衛となのはに向け、そう言った。
助け出された漂流者は少年だった。名は藤助というらしい。
藤助は雑兵の格好をしていたが、その身なりは粗末なものだった。何日も食事を取っていないのか、その体も痩せていた藤助は、今はトラックの荷台をベッド代わりにシャマルの治療と点滴を受けていた。
が、藤助は目を覚ました瞬間、ロメオ隊の面々の服装を見て暴れだした。さらに衛生員が鎮静剤の注射を手に取り近づくと、もはや手がつけられなくなった。
「ほんとに山猿みたいだな・・・・・・!」
「だから部外者を車内に入れるなと・・・・・・!」
「そんなこと言ってないで、足を押さえてください!」
藤助に顔を蹴飛ばされたフェイトが、同じく腹を殴られた森に怒鳴る。そうして藤助を押さえ込もうと皆が奮闘していた時、神崎の発した言葉が空気を凍らせた。
「あなた、わたし達と同じ格好をした人間を見たことあるのね?そうなんでしょう?」
自分達と同じ格好に人間―――第3特別実験中隊のことだった。目を見開き、絶句する森の横で、七兵衛が藤助に近づいた。
「案ずるな。申してみよ」
「大丈夫、落ち着いて。しっかりと話して」
七兵衛に続き、子供の扱いに慣れているフェイトのかけた言葉に安心したのか、藤助は話し出していた。
「わし、それは嫌じゃ。それ打たれた奴、みんな化け物になった。目は開いているけど、心は死んでる。あいつらの言いなりに動く屍じゃ。わしは戦で手柄立てて出世するのが夢じゃったが、化け物になるのは嫌じゃ・・・・・・」
そう呟き、藤助はフェイトの腕の中に飛び込んでいた。フェイトが藤助を撫でると、藤助の体の震えは止まったようだった。
険しい顔の七兵衛を眺め、鹿島は藤助の言った事について考えをめぐらせた。
おそらく藤助が言っているのは、麻薬による洗脳。藤助はそれを嫌って軍から離脱してきたのだろう。この時代にも麻薬を含めた薬物の研究は進んでおり、人を洗脳する技術もあったという説もあるが、鹿島達にはもっと残酷な推測があった。
それは即ち、第3特別実験中隊による洗脳。
実験の特性上、実験場にはありとあらゆる装備品が持ち込まれていた。自衛隊が使う薬品等も例外でなく、更にはそれらの扱いに長けた専門の自衛官達も実験に参加していた。
もし彼らがその気になったなら―――。
「それで、お前はどこから来たんだ?」
三國の言葉に、藤助はある方向を指差していた。
その方向は、鹿島達が向かっている高座山の方角だった。
「罠だ。引き返したほうがいい」
鹿島は森に対し、そう訴えた。対して森は、前進を進める理由を箇条書きの如く列挙していった。
1つ 藤助の証言は当てにならないこと
1つ 仮に待ち伏せされても、高座山は待ち伏せには不適当な地形であるし、こちらにはそれを制圧するだけの火力がある事
1つ 第3特別実験中隊の痕跡が得られるなら、むしろ積極的に偵察をしたほうがよいこと・・・・・・。
「だいたい、君だって先程までは偵察を積極的にすべきだと言っていただろう?」
「さっきとは状況が違う。これは罠だ。間違いない」
「さっきも言った通り、こちらには火力も十分ある。問題ない」
「そういう常識の裏をかくのが的場1佐のやり方なんだ。こっちが取るべき方法は2つしかない。無視するか、ヘリと魔導師全員を投入して一気に制圧するしかない」
そこまで鹿島が言うと、森はやれやれという表情で答えた。
「第一、君は第3特別実験中隊が敵意を持っているということを前提にし過ぎている。錯乱した少年1人の言葉で部隊の進行を止める訳にはいかない」
森にそう言われれば鹿島に反論する余地は無く、仕方なく鹿島ははやてに助太刀を求めた。
「八神2佐、あんたはどう思う?」
《え?わたしですか?急にそう言われても、わたしは的場1佐を知りませんし、自衛隊の戦術なんてとても・・・・・・》
いきなり話を振られて慌てたが、はやては正直にそう答えた。魔導師相手の戦闘が本領だったはやて達は、とても地球の戦術なんてわからないのだ。はやて達は今回の作戦の為に地球の軍隊の戦術を学んだが、全部理解できているかどうかは怪しい。
最後に鹿島は神崎を見つめた。神崎は内局から出向して来ているので、森も神崎の意見は丁寧に聞くと思ったからだ。
しかし鹿島の願いはかなわず、神崎は後ろを向いて答えた。
「部隊運用決定権は指揮官にあります。おとなしく従ってください、鹿島さん」
「おいおい、これじゃ俺なんか要らねえじゃねえか!あんたらが来てくれって頼んだのにコレかよ!?あんたもしかして、俺達より的場さんの方が大事なんじゃ・・・」
鹿島がそこまで言った時、車内に乾いた音が響いた。神崎が鹿島の頬を平手で叩いたのだ。
指揮車内の全員が振り返り、神埼と鹿島を見つめた。鹿島は意識して言ったのではなく、神埼も反射的に叩いてしまったのだろう。神崎は無表情に戻って鹿島に背を向け、壁面のモニター類を操作し始めた。
車内の雰囲気が変わり、なのはは指揮車の居心地が悪くなった。フェイトも同じ気持ちらしく、念話でなのはに話しかける。
『なんか、雰囲気悪いね・・・』
『うん・・・。神崎さんって、的場さんのことが好きなのかな?』
『わからないけど、鹿島さんを叩くってことは多分・・・・・・』
突如発せられた声が、2人の会話を終わらせた。
「前方に騎馬らしき物体!数は2!!」
今回の作戦の為に指揮車に増設された、外部監視カメラの映像をモニターしていた隊員が叫ぶ。全員がモニターを注視し、そして息を飲んだ。画像がズームされ、はっきりとその物体が見える。
500メートルくらい離れた場所で、鎧兜を装着した侍が馬に騎乗しこちらを見ていた。戦国時代を象徴するその姿に、全員がじっとその姿を見つめた。
管理局の指揮車では、82式指揮通信車から回された映像を、はやてとリインフォースⅡが目を見開いて見ていた。はやては侍など歴史の教科書や博物館でしか見たことがなく、リインフォースⅡに至っては最近まで侍の存在など知らなかった。
と次の瞬間、騎馬達は不意に反転し、一目散に駆け出していた。
「おそらく物見の兵だろう。本隊に報告されたら厄介なことになるぞ」
1人冷静に呟いた七兵衛の言葉で、森は茫然自失の時間を終えた。そしてマイクを握り、偵察隊に騎馬武者の追跡を命じた。
すぐさま偵察用バイク2台と軽装甲機動車が発進し、全速で騎馬武者を追った。先行していた乗馬隊も後を追い、途中で2手に別れた騎馬を追う。
《森1佐、こちらからも魔導師を出して追跡させますか?》
「・・・・・・いや、飛行しているところを本隊に発見される恐れがある。魔導師はまだいい」
はやての提案を、森はしばらく考えた後に断った。鹿島はまたも「魔導師かヘリを出して追跡すべきだ」と言ったが、森は聞く耳を持たなかった。
バイク偵察隊員のヘルメットに装着された小型カメラからの映像が送られ、モニターに映し出された映像をなのはは見つめた。
激しく揺れる画面の向こう、徐々に距離を縮めている騎馬武者は旗を背負っていた。どうやら「天」の字を象っているらしい。
「この辺りなら駿河の今川勢のはずだが・・・。見たことがない旗だ」
七兵衛が、1人冷静に呟いた。
一方鹿島は、偵察隊が次第に高座山の方へ引き寄せられている事に気づき、不安に思いつつモニターを眺めた。
一方偵察隊は2手に別れた騎馬武者を追って森に入った。一方をバイクと軽装甲機動車、もう一方を乗馬隊が追う。
高座山へ至る道は比較的開けており、装甲車両でも問題なく通れそうだった。現地住民が開いたと見られる道を、バイクと軽装甲機動車が森の中を駆けてゆく。
途中で倒木に道を阻まれた軽装甲機動車を残し、バイク隊は追跡を続行した。互いに連絡を取り合い、じわじわと騎馬武者を追い詰めていたバイク隊との交信は、突如として途絶えた。
森の中に張られたロープが、先頭のバイクを転倒させたのだ。偵察隊員は地に投げ出されても、素早く受身を取って片膝をついて89式小銃を構え、後続の隊員にトラップの存在を伝えようとした。が、背後から伸びてきた腕が、警告を発する間もなく隊員の喉を一瞬にして切り裂いていた。
後続の隊員も同様の運命をたどり、バイク隊との通信は途絶した。
もう一方の騎馬武者を追跡していた乗馬隊は、バイク隊との通信が途絶した事に気づき、追跡を中止して周囲をスキャンすることにした。
小隊長は赤外線暗視装置を取り出し、目に当てた。周囲で赤外線を放っている物体が小動物だけであり、人の姿が見えない事を確認すると、小隊長は追跡の続行を命令しようとした。
と次の瞬間、馬が脅えるように鳴き、小隊長の喉を矢が刺し貫いた。馬から落馬し、地面に倒れた小隊長の喉に突き刺さった矢を見て、2人の部下はそれぞれ9mm機関拳銃を取り出そうとした。
だが機関拳銃を構える間もなく、無数の矢が2人に襲い掛かった。鏃が肉に突き立つ鈍い音が響き、乗馬隊との通信も途絶した。
死は、森の中で立ち往生していた軽装甲機動車の乗員達にも「文字通り」舞い降りてきた。
まず銃座について周囲を警戒している隊員の背後に、一本のロープが垂らされた。次の瞬間、木の上からロープを伝って雑兵が滑り降り、音も立てずに銃座の隊員の喉に短刀を突き刺し即死させた。
銃座の隊員が死んだことにも気づかず、他の偵察隊員達は倒れた木をどかそうとしていた。その背後では、木を滑り降りてきた雑兵たちが、短刀を抜いて隊員達に近づいていった。
雑兵達は一斉に隊員達の口を押さえ、喉を切り裂く。即死した隊員達のヘルメットに取り付けられたカメラを破壊し、遺体と装備を担いで森の中に消えてゆくその姿は、忍でなければ山賊でもない、もっと異質なものだった。
最終更新:2010年01月01日 12:27