Call of Lyrical 4_08.5

Call of Lyrical 4



第8.5話 死せず 




SIDE U.S.M.C



四日目 時刻 0822(現地時間)
日本 海鳴市
ポール・ジャクソン 米海兵隊軍曹



目を開いて、最初に映った光景が現実とは思えなかった。回転率の上がらない思考に浮かぶ言葉はただ一つ、疑問。
これが現実ではないとすれば、ここはどこだ。
地獄――違う。いや、地獄という場所がどんなものなのかは知らないが、少なくとも、暖かい日差しが窓から入ってきたりはしないだろう。
天国――これも違う。国のためとはいえ、戦争であったとはいえ、自分は大勢殺した。天国になど、行く資格を持っていない。
ならば、目の前のこれはなんだ。この感覚はなんだ。
何故、俺はベッドの上で目覚めている。何故、死体同然だった身体に痛みがない。何故、日本語で書かれた本や書籍がここにある。
何故――無数によぎっていく疑問が、ふと断ち切られる。掛け布団越しに、足の方で妙な感触があった。
視線を下げてみると、正体が判明。金髪の美人、それもとびっきりの美女が頭を傾け静かに寝息を立てていた。
What? やはり疑問が脳裏をよぎった。瞳をパチクリさせて、兵士は目をこする。
訂正、やっぱりここは天国かもしれない。いいなぁ、もう少しこのままいようか。

「……っは」

残念ながら、美人が目を覚ますことで天国の時間は終わりを告げた。ッチ、と内心舌打ちしたい気分になり、ジャクソンはそこで一つの結論を得た。
俺は、まだ生きているのだ。



バタバタバタッと、慌しく階段を駆け上ってくる音。おそらくは複数だろう。
ドアノブが回り、扉が開かれると予想は当たった。先ほどの金髪美人を先頭に、四人の女性が――しかもどれもこれもとびっきりの美人だ!――部屋にワラワラやって来た。最後尾には犬、いや、犬にしてはでかい。大型犬と言うべきなのだろうが、ジャクソンにはむしろ狼にも見えた。毛色が青と言うのは、珍しい方だろうけども。
部屋にやって来た彼女たちは、米海兵隊の彼には聞き取れない言語で会話し――おそらくは日本語だ――途中で、小さな栗毛色の髪をした女の子が何かに気付く。独特のイントネーションを持つ彼女はゴホンッと咳払いし、ジャクソンに語りかける。

「えっと……キャンユースピーク、ジャパニーズ?」
「はやてちゃんはやてちゃん、たぶん伝わってないわよ」

ガチガチの日本語発音の英語、要は日本語が話せるかと言う問いかけだったのだろう。答えを出す前に、目覚めて最初に遭遇した金髪美人が追加で問いかけてきた。今度はしっかり、ジャクソンにも分かる言語で。

「……ええと。お目覚めですね、気分はどうですか?」
「――っ。あんたは、英語が話せるのか」

口に出してから、兵士はふと思う。果たして、彼女の言葉は本当に英語だったのだろうか? 発音はジャクソンの知るアメリカ式とは違うし、かと言って先ほど"はやてちゃん"と呼ばれた少女の英語とも違う。聞き取れるし理解も出来るが、何かが違うのだ。英語によく似た別の言語と言うべきか。

「英語とはまあ、ちょっと違うんですけど」

語りかけてきた方も、そのあたりは自覚していたらしい。ふっと整った顔立ちに苦笑いのようなものを浮かべ、改めて身体の具合を尋ねてくる。

「とりあえず痛みはないな」
「そう、よかった」

軽く腕を回したりして異常がないことを伝えると、彼女は見る者さえ安心させるような笑みを浮かべてくれた。医者か看護士か、なんとなくそんな雰囲気もする。

「感謝しろよな。ここまで運ぶの大変だったんだぞ」

会話に割り込んで来る小さな影。声のした方向を見ると、赤毛の髪をお下げにまとめた女の子が――待て、こいつはどこかで見たぞ。
記憶に探りを入れて、その正体を思い出した時、はっとジャクソンはベッドから飛び出しそうになった。慌てて、まだ動いちゃ駄目よ、と金髪美人が抑える。
そうだ――中東で、乗っていたヘリが墜落したんだ。何か巨大な爆発に巻き込まれて、救助した女パイロットも、ヴァスケズ中尉も、海兵隊の仲間も、みんな――疑問が脳裏をよぎる。この赤毛の子が自分を助けてくれたのか。死にかけの兵士を担いで、わざわざ見たところ地球の裏側の家にまで運んでくれた?
あり得ない。現実的な思考であったが、目の前の現実を否定してしまいそうになった。そう、普通に考えればあり得ないのだ。
ぽんっと、言葉と共に手元に何かが投げられる。視線を落としてみれば、血と泥に汚れた自分の認識票がそこにあった。認識票を投げたのは、桃色の髪をポニーテールにまとめた女性。

「ポール・ジャクソン、と読めばいいのか?」
「……ああ」

認識票から彼の名を読み取ったのであろう、名前を呼ばれて彼は頷く。

「色々と知りたいことはあるだろうが……」

ポニーテールの女性の視線が、栗毛色の少女の方に向く。明らかに年上であるはずなのに、何故だか彼女に向けられた眼は指示を求めているようだった。
少女の方はと言うと、うーん、と少し悩んだような素振りを見せて、それから何か思いついたように手のひらをぽんっと打つ。口から出たのは、今度は聞き取りがたい日本式英語ではなく、ジャクソンにも分かる言葉。独特のイントネーションは、相変わらずだが。

「せや、まずは自己紹介からいこか」



ジャクソンにとって、そこはほとんど異空間のようにすら感じられた。
つい昨日までいたのは、銃声と爆音に埋もれ、悲鳴や怒号は否応なしに掻き消されていく、人の命など羽毛の如き軽さの世界。何百、何千年と形を変えて続いてきた、戦争と言う歴史の真っ只中にあったはずである。
だからこそ、彼にはどこの誰とも知れない異国の兵士を受け入れ、気さくに声をかけてくれる目の前の人々が、同じ星の住人には思えなかった。地球の裏側ともなればこうも平和なのかと、酷いギャップを感じてしまう。
そのことを素直に話すと、どういう訳か彼女ら、八神家と名乗った命の恩人たちは、返す言葉がないように苦笑いを浮かべた。まるで図星でも突かれたように。どういうことなのか改めて問いかけると、家主である――とてもそうは見えないが――はやてと言う名の、あの独特のイントネーションが特徴的な少女が説明してくれた。

「うんとな、ジャクソンさんの言うとることは、ある意味正解なんよ」
「正解?」

兵士の表情が、ますます疑問で染まる。はやては説明を続けた。
話せば長いんやけど、と前置きした上で語れた解説は、まずもってジャクソンには理解不能な代物だった。
闇の書、防衛プログラム、守護騎士、魔法、古代ベルカ。銃と戦場の世界にのみ生きてきた人間にとって、あまりにもファンタジーが過ぎ、あまりにも現実離れし過ぎていた。何度も本当か、と相手の正気を疑ってしまうほどだった。

「例えばあたしのこれなんかもな」

赤毛が特徴的な少女、ヴィータと言う子が小さなハンマーのアクセサリを、巨大な鉄槌に変えるのを見るまでは。
頭がクラクラした。魔法なんてフィクションの世界の中でのみ存在すると思っていたが、よもや本物を見せ付けられるとは。
――しかし、これで一つ合点した。地球の裏側、中東で死体同然だった自分をここまで運んだのは、ヴィータだと言う。重くて大変だったぞ、と語る彼女が本当に"魔法使い"であるならば、そういったことも可能なはずだ。

「……その、なんだ。あんたらが今喋っている言葉を俺は理解できるが、これも魔法なのか」
「いや、これはただのミッド語だな」

言語に関する問いかけに答えたのは、シグナムと言うどこか騎士のような、気高い雰囲気を持ち合わせた女だった。ミッド語とは、とさらに疑問を投げてきたジャクソンに対し、彼女は丁寧に用意していた答えを口にする。

「ミッドチルダと言ってな。我々の持っている魔法技術と同じようなものを使う世界がある。ミッド語とお前の話す言葉はよく似てるからな、そちらなら通じるだろうと思って」
「魔法の世界……とするとなんだ。あんたらは、自分たちを異世界の出身だとでもいうのか」
「端的に言うとそうなるな。我々はミッド生まれでもないし、普通の人間ともまた違うが」

これ以上はややこしくなるから、とシグナムは解説をやめた。現に、起きたばかりの兵士は目の前で明かされる驚愕の真実の連発に戸惑い、必死に頭を回転させて情報の整理に努めていた。

「信じられないことばかりで大変だと思うんですけど」

浮かない表情のジャクソンは、顔を上げた。目を覚まして最初に会った金髪の美人、シャマルと言う女性が、いつの間に準備したのかいくつかの料理を載せた盆を持って来た。お腹もすいてるでしょうし、と差し出されたそれらは、アメリカ人の彼には珍しい和食。
――ふと、シャマルの背後の方が妙に慌しい。「……はやて、あれって確か」「あ、あかん、確かシャマルお手製の」「ザフィーラも残したアレか!?」だのと、ゴタゴタ妙に騒いでいる。あえて小声なのは何故か、本人に聞こえでもしたらまずいのだろうか。
ところが、疑念を募る彼の思考は、一時停止を余儀なくされた。盆に載った皿の中に、兵士の眼は見覚えのある料理を見出していた。これは確か、前に合同演習で見たジャパン・アーミーたちが食べていた――

「チクゼンニじゃないか」
「あら、ご存知なんですか」

意外な様子で、シャマルは異国の兵士が知っていた料理を持ち出す。食べます?と問いかけると、ジャクソンは頂こう、とここに来て初めて笑みを見せた。

「いかん!」

突然、男の叫び声。キョロキョロと周囲を見渡す兵士の眼に、しかし男性の姿は見当たらない。いるのはみんな女性だし、あとはペットと思しき犬だか狼だかよく分からない生き物が――もう一度、男の声。それはやめておけ、と確かにジャクソンの聴覚は男性の低い声を聞き取っている。よりにもよって、蒼い毛をしたイヌ科の動物の方から。

「もう、ザフィーラったら。あとでまた作ってあげるから」
「そういう訳ではなくて――」

そのまま歩いてシャマルの元にやって来た狼、ザフィーラと呼ばれたそいつは低い男の声で会話を始めた。
もっとも、今更ジャクソンは大して驚くことはなかった。目の前で魔法をすでに一度、見せ付けられた身である。異世界の出身なら、そりゃあ喋る動物の一匹や二匹、いるかもしれない。
結局いくらか食べる食べないの押し合いをやった挙句、シャマルは喋る狼を無視する形で箸を手に取り、ぶつ切りにされたタケノコを一つ摘んでみせた。

「はい、あーんと」
「……あ、あーん」

こういう風習なのだろうか? 言われるがままジャクソンは口を開き、箸に捕まれた食材を招き入れる。背後の方で八神家の面々が「あーあ……」とでも言いたげな様子をしていたのが、少し気になった。
ムシャムシャ、モグモグ、ゴックン。
眼を覚まして最初に口にした、異国の食べ物。しっかり噛んで味わい、飲み込んだ兵士は眼をかっと見開き――その間、ヴィータは天を仰ぎ、はやては眼を手で覆い、シグナムはそっぽを向いて、ザフィーラはすごすごと退室しようとして――

「なんだ、美味いじゃないか」
「え、ホントですか!?」
『はぁ!?』

思わぬ反応がやって来て、シャマル以外の八神家は異口同音に疑問の声。ヴィータなどは本当かよ、と横から筑前煮の入った皿に手を伸ばし、適当に摘んだニンジンを食べて「……カニの食べられないとこみたいな味がする」などと漏らしたのだが。
一方で、作った当人はウキウキ喜び今にも舞い上がりそうな勢い。

「あの、あの、どこが、どういう風に美味しいですか!?」
「そうだな……このタケノコなんか、凄くシャキシャキしていいんじゃないか。俺が前に食べた筑前煮とはちょっと違う味だが、こういうのも悪くない」

わぁい!と子供のように喜ぶシャマル、対照的に彼女を除く八神家の面子は裏でこそこそと「やっぱり治療魔法で一気に治したのはまずかったんじゃ…」「その前に味覚をやられていたとか」「重傷やったしなぁ」「軍隊の糧食は相当まずいと聞いたが」と好き放題言ってたり言ってなかったり。

「フムン、美味いな。おかわり頼めるか?」
「ええ、もう、はい、喜んで!」

とは言え、当人たちは満足してるし喜んでいた。



「で、これからどうするんだ」

ひとまず食事を終えて、頃合を見たシグナムは兵士に一つ尋ねた。
決して、彼女の言葉からは厄介者を追い出そうなどという気は感じられない。あくまでもジャクソンの意思を確認するための質問であろう。
食後に出されたコーヒーを一口飲んで、彼は口を開く。可能なら、すぐにでも軍に連絡を取りたい。電話の一本でもあれば、在日米軍にすぐ繋がるはずだ。
ところが、脇から反対の声が上がる。ジャクソンの治療を担当したシャマルからだった。

「駄目よ。普通ならとっくに死んでいたような身体なのよ、せめてもう少し安静にして――」
「悪いが、そうも言ってられん」

自分の身を案じてくれるのは嬉しいことだ。それでも、彼の脳裏からは気を失う直前に見た、地獄のような光景が離れようとしない。一刻も早く復帰し、状況を掴んでおかなければならない。末端の軍曹と言えど、彼は今でも海兵隊の一員であった。
だけども、八神家の面子は難しそうな表情を浮かべた。無論自分の体調のこともあるのだろうが、彼女らの思い浮かべるところはそれだけではないようだ。

「例えば、ジャクソンさんが連絡を受ける身やとしてな。地球の裏側にいた兵士が、何故か日本にいて自分は無事だと言ってきた。信じられる?」

はやての言い方は疑問系であったけれども、ほとんど確信の下に繰り出されたようなものだった。兵士の胸のうちから出た回答は当然、否。信じられる訳がない、いたず
ら電話にしてももう少しマシな方法があるだろう。
それでも、とジャクソンは食い下がった。認識票の番号などを告げれば、それを元に自分が海兵隊に在籍していることが分かるはずである。在日米軍司令部は空軍の横田基地にあるが、海兵隊も日本国内に展開しているから、調べてもらうのは決して難しくない。
ポイッと、ベッドの上にいる彼の手元に新聞が投げつけられた。もちろん日本語で描かれているため内容は分からないが、どうにか日付は読み取れた。今朝の朝刊、一面を占拠する記事、そこにあった写真――見覚えのある、禍々しいきのこ雲。

「……なんと、書いてあるんだ?」
「在日米軍、厳戒態勢に、だとよ」

日頃新聞など、テレビ欄と四コマ漫画だけしか読まないヴィータでさえ、それが意味するものは理解できた。中東での巨大な爆発に呼応して、在日米軍は警戒態勢を最高ランクにまで上げていた。ちらっと視線を下げればもう一枚写真があって、物々しい雰囲気で武装した米軍兵士がどこかの基地の前に――ジャクソンの記憶では、確か三沢基地だったように思う――立っていた。隣で仕事はしつつも、どこか他人事のように構えているのは、自衛隊だろう。

「たぶん、電話なんか受け付けてくれねぇだろ」

ヴィータの言うことは、もっともに聞こえた。完全武装でピリピリしている状況下、果たして地球の裏側で行方不明になった兵士から生存報告など、真に受けるだろうか。

「だが」

兵士はそれでも、諦めきれなかった。自分は軍人である。海兵隊である。合衆国に忠誠を誓った者である。一刻も早く、指揮下に戻らなければならない。
我侭だとは思うが、と付け加えてジャクソンは頼む、と八神家に頭を下げた。ここでジッとしている訳にはいかない。
彼女たちは各々困ったような表情を浮かべ、顔を見合わせ――ふと、思わぬ方向から提案が上がる。

「管理局に仲介してもらってはどうだ」
「ザフィーラ、それは……」

治療を受け持った身として、あくまでもシャマルは反対の立場なのだろう。しかし、喋る青い狼、ザフィーラの口にした言葉に兵士は身を乗り出して、食らいつく。

「どういうことだ。管理局?」
「無数にある次元世界を束ねる一大組織だ。こちらの世界は管理外とされているが――」

ちらっと、狼の眼は仲間たちに向けられた。お前たちも聞いたことはあるだろう、と投げかけられた言葉に、渋々彼女たちは頷く。
どういうことだ、と再度説明を求めるジャクソンの言葉を受け、皆を代表してシグナムが口を開いた。

「……管理局は現在、こちらの世界の軍隊と共同作戦を展開しているらしい。我々も局の一員でな、口添えすればそちらの方を通じて復帰も可能かもしれない」
「それだっ」

ドタッと、兵士はベッドから跳ね起きた。つい昨日まで生死の境を彷徨っていた身体とは思えない動きだったが、横からシャマルが割り込んですぐ横になるよう言われ、渋々従う羽目になる。

「でもよ、本局は今行くのは不味いんじゃねぇか。その、なんと言うか」

ところが、どうにも歯切れの悪い言い方をするヴィータを見て、ジャクソンは怪訝な表情。まだ、何か問題があるというのか。

「……あぁ、せやったな。ヴィータは今"行方不明"やった」

はやてが言うには、ジャクソンを介抱した彼女は本来、戦場の観測任務に就いていたらしい。ところがそれは、元は闇の書の一部、言わば元犯罪者の身でありながら局員として勤務する彼女らを快く思わない一部上層部が下した、一種の謀殺だった。彼らは中東であの爆発が起きるであろうことを知っていて、あえてそこにヴィータを投入したのである。結果として彼女は難を逃れ、途中に出会った唯一の生存者、すなわちジャクソンを保護したのだが――

「今本局に戻れば、必ずあいつらに気取られちまう。あたしじゃなくても、八神家の一員ってだけで拘束されちまうかもしれねぇ」
「そうか――確かに、それはまずいな」

せっかくの命の恩人を、そんな危険な目に会わせる訳にもいかない。今の時点で充分迷惑かもしれんが、と自嘲気味に零す兵士に八神家の面子はそれは違う、とはっきり否定する。
とは言え――本局が無理となれば、もはやどうにもなるまいか。

「あー、でも……」

何か思いついたように、はやてが声を漏らす。ところがすぐに、やっぱりこれは無理やな、と結局話さず口を閉じてしまう。藁にもすがる思いだった兵士は、話してくれとただちに頼み込んだ。彼女は悩んだような素振りを見せ、しかしじっと見つめてくる彼に根負けしてやむを得ず言葉を口にした。

「本局は駄目でも、例えば、地上本部やったら」
「主、それは」

シグナムから、反対とも受け取れる声。もちろん分かっとるよ、と自分の言った言葉の意味を承知した上で、八神家当主は続けた。
管理局と言っても、無数の次元世界を束ねる以上は組織は膨大になり、その分派閥なども生まれてくる。
強力な次元航行艦隊を保有し、各世界を渡り歩いて治安と平和の維持に務める本局に対し、それぞれの管理世界に基地を構え、その世界の平和を守ることに徹するのが地上本部。海軍と陸軍のようなものとジャクソンは認識したが、話を聞くと現実の陸海軍の仲がそうであるように、本局と地上本部もまた、仲がいいとは言えなかった。

「せやけど、それを逆手に取れば」
「本局で爪弾きにされそうになってる者の頼みなら、聞いてくれるということか」

うまくいく保障はないんやけどね、と付け加えながらも、はやては頷く。
もう一つ、本局は駄目でも地上本部なら頼れる可能性がある。地上本部の司令官レジアス・ゲイズは――あくまでも噂の範疇だが――過去に様々な特殊工作に関わっており、その中には九七管理外世界、すなわちジャクソンたちの世界で活動したこともあるという。現在でも、その時築いたパイプが生きていれば、あるいは。

「なら話は早い。悪いが、頼めるか」

ジャクソンの頼みを聞いて、しかし八神家の面子は複雑そうな表情を浮かべた。特に、シャマルなどはやはり反対の立場である。

「でも! やっぱり、その身体じゃあ」
「心配いらん。あんたの治療魔法と言ったか、おかげでほとんど傷も癒えた――悪いな、行かせてくれ。俺は、海兵隊員なんだ」
「ジャクソンさん……」

つい昨日まで死に掛かっていたはずの兵士の顔には、強い意志が宿っていた。意思だけではない、使命感とでも言うべきか。軍人として、海兵隊員として成すべきこと、す
るべきこと。それらが彼の原動力であり、何者であっても妨げることは出来ない強い意志を裏打ちする存在になっていた。
はぁ、と短くため息が漏れる。とうとう根負けしたシャマルは、だけど、と付け加える。

「絶対に、無茶はしないように。痛みは感じなくても、まだ完治していないんですから」
「分かってる――そんなに心配か、俺のことが?」

はっきりと、彼女は頷いた。
どうして、と兵士は問う。いきなり転がり込んできた、異国の兵士。赤の他人。風の癒し手として、負傷者を見過ごせないという責任感があるのか。それにしても初対面
の人間を気遣う態度には見えない。
ニッコリ笑って、シャマルは疑問に答えた。

「私のお料理、初めて美味しいって言ってくれた人ですから」








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最終更新:2010年02月02日 15:53