Call of Lyrical 4_09

Call of Lyrical 4


第9話 炎熱/一五年前のツケ



昔話だ、と前置きして。彼は語りだす。ほんの一五年前の話、俺がまだ少尉だった頃だと。
いくつかの汚れ仕事を請け負った彼は、その中の一つに欠かすことの出来ない任務があったと話す。
チェルノブイリ。暗殺任務。管理局の工作員。ロストロギア"レリック"、狙撃、ザカエフ。
上手くいったはずだった。対物ライフル、M82A1の直撃を受けて生きていられる人間などいない。スコープの向こうで、確かに奴の左腕は千切れて飛び、致命傷を与えた。
だけども、奴は生きていた。神は気まぐれを起こし、よりにもよってザカエフに微笑んだ。左腕を失ってなお、超国家主義者たちの指導者として奴は衰えることなく、逆に勢力を増しながら生きて
いた。もう一発叩き込んでおくべきだった、と彼は語るが、もう遅い。
一五年前の"ツケ"は、最初は中東で払われた。三万人以上の命が一瞬にして消え――しかし、運命は叫ぶ。まだ足りない。あと少し、ほんの少し犠牲が足りないと。
そして、次なる犠牲を求められたのは――





SIDE SAS



四日目 時刻 0940
アゼルバイジャン北部
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ軍曹


アルアサド死亡から八時間後



最初の攻撃は、まぁ上手くいった。
アルアサドの奪還にやって来た超国家主義者たちは、目的の人物が当の昔に死体になっているとも知らず、律儀に丘の上に立つ村の南側からやって来た。
あっちは無数。こっちは四人。どう贔屓目に見ても不利は明らかで、救助のためのヘリも三〇分後に来ることになっているが、その頃には全員ホトケになる。普通に戦えば、の話だが。
テロリストたちが物置にしていた納屋は、アルアサド確保で弾薬を消耗したSASにとって宝の山だった。MINIMIの愛称で知られるM249軽機関銃、バトルライフルであるM14を改修したM21狙撃銃など、
使い慣れた西側装備が弾薬とセットで置いてあった。超国家主義者はその名の通り、過剰なまでのロシアへの愛国心を持つが、武器や装備に関してはなりふり構っていないようだ。
おまけに、大量の爆薬――彼らは徹底抗戦の構えを取った。

「よし、爆薬を南側のAラインにセットだ。次いでBラインにもセット……連中を足止めしつつ丘の上に退却、農場でヘリの到着を待つ」

最後に質問は?と作戦の概要を解説する指揮官プライスは、どれだけ絶望に追い込まれても変わらない様子。髭面の表情から、闘志が消えることはない。
それでいきましょう、と付き合いの長い副官は素直に頷く。元より、他に手段もないのだ。

「ギャズ、やれ」
「了解――ドッカーンとな」

幼稚な擬音と共に点火スイッチが押され、しかし巻き起こった爆風は幼稚なものとは言い難かった。大地を捲り上げ、土砂を飛ばし、石ころ一つさえ凶悪な凶器となるほどの爆発。
爆心地にいた敵兵たちは何が起きたか理解する暇もなく、祈る間さえ与えられず、文字通り木っ端微塵に粉砕された。かろうじて生き残った兵士たちは混乱に陥り、訳も分からず明後日の方向に銃
を乱射している。
撃ちまくれ、と指揮官の命令が飛ぶ。無慈悲な軽機関銃の乱打。M249の小刻みな連射音が唸りを上げ、混乱の真っ只中にあった超国家主義者たちを血祭りに上げていく。敵は凶悪な大爆発、次いで
襲い掛かってきた銃弾の雨にこちらを大軍だと思い込み、前進を止めてしまっていた。
そう、最初のうちは――一度撃ち尽くし熱を持った銃身、M249のフィードトレイカバーに命である弾を詰め込む最中、ソープは丘の下を見て表情を歪める。

「畜生、見えない」

赤外線ゴーグルを置いてくるんじゃなかった。後悔が脳裏をよぎるが、時すでに遅し。モクモクと白い空気が視線の先を覆い始め、敵兵たちの姿を覆い隠してしまう。ひとまず敵は煙幕を張り、視
界の遮断を試みたのだ。効果は絶大、丘の下を覆う白煙はSASの皆から発砲の機会を奪っていく。
闇雲に撃って当たるものでもないしな――決して照準から目を離さず、しかし立ち上る煙の前に何も出来ないでいると、何者かに肩を叩かれた。振り返れば、視界に映ったのはファンタジー世界の
住人。魔法の杖を片手に持った少年、クロノだ。そういえばこいつは魔法使いだった。
何か秘策が?と兵士は目で問う。もちろん、と彼は頷き、一度瞼を閉じ、そして開く。黒い瞳が白煙の向こう、丘の下を睨みつけ、魔法使いは口を開く。

「二時方向、三人。その後ろにも二人いる。分かるかい?」
「いいや、分からない」

視覚強化の魔法を行使したクロノの肉眼は、煙幕の向こうにいる敵兵の姿をはっきり捉えていた。もちろんソープにまで見えるようになった訳ではないが、彼にはそれで充分だ。
バイポットと呼ばれる二脚を展開させたM249、その銃口をずらし、魔法使いが言った敵のいる方向へ向ける。白煙の世界に向けて、小刻みな連射。五.五六ミリの曳光弾が丘の下目掛けて撃ち下ろ
され、白い闇の中に消えていく。数瞬ほど間を置き、倒した、とクロノの声。実感は湧かないが、どうやら当たったらしい。
とはいえ、敵の立場にしてみれば恐ろしいことこの上あるまい。自分たちの姿は煙幕で隠している、そのはずなのにSASの射撃は続き、しかも正確だ。よほどの突撃バカでもない限り、前進は控え
るだろう――否。

「クロノ、こっちにも指示してくれ。お前の眼が頼りだ――っ」

射撃を中断していたプライスが、魔法使いの少年に手招きしたその瞬間。いきなり、わずか一〇メートル手前で轟音が炸裂。巻き上げられた土や砂が降りかかってきて、たまらずSASの面子は顔を
しかめた。ぺっ、と口の中に砂が入ったらしいギャズは唾を吐き捨て、轟音の正体を見抜く。迫撃砲だ。敵は、火力でこちらを圧倒する魂胆なのだ。
ドシンッと、地面が揺れる。一〇メートル先にあった着弾は次弾が来る度に距離を縮めてきており、居座ることを許さない。渋々、SASは後退を開始。

「潮時だ。後退するぞ」
「異議なし。ソープ、ミニガンで援護してくれ」

副官からの指示を受けて、あぁ、とソープは思い出す。テロリストたちの納屋にはM249や大量の弾薬の他、もう一つとんでもない"お宝"があった。すなわち、M134七.六二ミリ機関銃、通称ミニガ
ン。毎分二〇〇〇発から四〇〇〇発の弾丸を敵に送る、ガトリングガンだ。昨夜の銃撃戦では気付かなかったが、墜落した米軍のヘリがあった。何時の作戦行動中に撃墜されたかトラブルで落ちた
かは不明だが、おそらく敵はそこから頂戴したのだろう。
背後に迫る迫撃砲の爆発音、それに急かされるようにしてSAS一行は丘を登る。ソープは途中で彼らから別れ、件の墜落したヘリの中に潜り込む。バッテリーがなければいかに強力なミニガンと言え
ど動くはずもないが、幸いなことにヘリのバッテリーがまだ使えた。夜のうちにミニガンを運んで電力を繋ぎ、今日に備えておいたのだ。
銃座に着くなり、兵士ははっと正面を向く。ドン、ドンと振り下ろされた巨人の拳の如く、敵の砲撃は続いていた。すでに味方は後退を終えているが、視線の先にあった教会などは屋根を潰され、
中にあった十字架が剥き出しになり、それも木っ端微塵に粉砕される。罰当たりめ、とソープは思わず口ずさんだ。
やがて、砲撃が止んだ。巻き上げられた土砂や土煙、視界の中に敵影は見えない――いや、必ず来る。砲撃は所詮、露払いに過ぎないはずだ。
そうだ、今のうちに銃身を回して安定させておこう。一つ思いついて、彼は六本ある銃身を回転させるべく、スイッチを押す。

「あれ?」

間抜けな声が響く。おかしいな、と首を捻ってもう一度スイッチを押す。
二度目、三度目、四度目。
これはおかしい、何故反応しない。何故銃身が回らない。
ガトリングと言う銃火器は、複数ある銃身を回転させることで絶え間なく給弾、装填、発射、排莢を行うものである。その圧倒的な連射力は、まさしく回転によって支えられていると言っていい。
だが、回らない。ガトリング最大の特徴たる六本の銃身が、回ろうとしないのだ。いくらスイッチを押しても、バッテリーとミニガン本体を繋ぐ配線を確認しても。
試しにバッテリー、次いでミニガンに左斜め四五度の角度からチョップを入れてみた。凄く痛い、でもそれだけ。そのうち、土煙の向こうからかすかに人影がチラつき始めた。同時に聞こえるロシ
ア語が、兵士の生存本能に警鐘を鳴らす。

「ソープ、何してる! 撃たなきゃ当たらないだろ!?」

後方で観測の任に就いていたギャズが、業を煮やして通信機越しに怒鳴り込んできた。それはそうなんですけども、焦った思考はそのままにソープはミニガンをガチャガチャと動かすが、ヘソを曲
げた機関銃は応えてくれない。おそらくはバッテリーか、昨日テストした時は問題なかったのだが。
――背後に気配。まさかもう回り込まれたか、ワタワタと慌てて傍らに立てかけてあったM249に手を伸ばす。

「撃つな、僕だ」

銃を取ろうとした手が、横から割り込んだ魔法の杖に遮られる。友軍と共に後退したはずのクロノ、ソープを見かねて飛び出してきたか。

「撃てないのか?」
「そうらしい、たぶんバッテリーが駄目になってる。予備でもあればよかったんだが――っ」

銃声、飛び散る火花。たまらず一瞬身を屈め、二人は丘の下からいよいよ敵兵たちが駆け上ってくるのを目撃する。耳に残る雄叫び、敵は我が方は弾を撃ち尽くしたと見て力押しに出た。道路も獣
道も、超国家主義者たちでいっぱいだった。
いきなり、クロノはミニガンとバッテリーを繋いでいた配線を手に取った。そのまま勢いよく引っ張り、ブチリと千切る。何してんだよ、と兵士の戸惑ったような疑問の声、しかし彼は答えない。
困惑するソープが次に目にしたのは、突然青白く光りだす魔法使いの身体だった。そして、バッテリーとの接続を絶たれたはずなのに、ミニガンの銃身が独りでに回転を始める。まるで心霊現象。

「僕の魔力を電気変換させてるんだ」

一応クロノは解説したが、兵士に理解できる余裕はなかった。ともかくも、息を吹き返したミニガンに取り付き、敵兵たちに銃口を向ける。

「こういうのは本当は、義妹の方が得意だけどね」
「今度紹介してくれ」

付け加えられた無意味な一言だけに返答。このロリコンめ、とか何とか言われたような気がしたが、敵は目前だ。躊躇うことなく、ソープは赤い引き金を奥へと押し込んだ。
途端に巻き起こる、猛獣の唸り声。血に飢えた獣が牙を突き立て、銃口の先にいた敵兵たちに襲い掛かる。暴風、とでも呼ぶべきか。地面に伏せようが家屋の壁に身を寄せようが、放たれた銃弾の
嵐は超国家主義者たちを片っ端からミンチにしていく。毎分四〇〇〇発、あまりの発射速度に曳光弾が連なり、赤いビームのようにも見えた。
ひとしきり銃弾の雨をお見舞いしたところで、ソープは射撃を中止。射線上にいた敵は、もはや見るべくもない――クロノの顔が歪む。任務とはいえ、人殺し。非殺傷設定など、この世界の武器に
そんな優しい機能は付いていない。
――聴覚に、唐突な反応が走る。素早く思考を中断し、魔法使いの視線は死体が山積みになった大地から大空へ。異世界でも変わらない青空、その向こうから姿を見せるのは複数の輸送ヘリ。つい
に救助が来てくれたか、と一瞬淡い期待が浮かび上がった。
直後、猛獣の唸り声が再度響く。何を思ったのか、傍らの兵士はミニガンの銃口をヘリに向けていたのだ。赤い曳光弾がやって来たヘリの編隊、その先頭に浴びせられる。

「よく見ろ、悪いロシア人だ」

いかど七.六二ミリと言えど、四〇〇〇発の超連射。不運にも標的に選ばれたヘリは散々穴だらけにされ、グルグル回転しながらバランスを失い落ちていく――回る胴体に、赤い星。現政府支持派
の"いいロシア人"は、誤射を恐れて標識は別のものに変えてあった。すなわち、ソープが落としたのは敵機、超国家主義者たちの輸送ヘリMi-8ヒップだ。
とは言え、敵機は複数――二機目を落とすべくミニガンの銃口を天に向け、あっと射手の顔が歪む。カラカラと、先ほどまで飢えていたはずの猛獣は拍子抜けする回転音を鳴らすだけ。

「こんな時に弾切れか、クロノ!」
「さすがに鉛弾は作れないぞ。走れ、殿は僕がやる!」

やむを得ず、ミニガンを手放す。傍らに置いてあったM249を引っ掴み、ソープは急かされるようにしてヘリの残骸を後にする。
迎え撃つ者はすでになく、敵のヘリはわらわらと上空に集まり出した。後部ハッチが開かれ、降下用のロープを伝って敵兵たちが降りてくる――数えるのも嫌なくらい。しかも、彼らは着地するな
り銃口を後退するソープたちの背中に向けてきた。
背後で、AK-47の銃声が連なって響く。ひえっとたまらず上擦った悲鳴を上げてしまうが、不思議と弾は飛んでこない。振り返れば黒髪の少年が光の"壁"を張って、敵弾を一身に引き受けていた。文
字通り魔法の防壁、クロノの防御魔法は質量兵器の連打をものともしない。しかし、いつまで持つか。敵兵の数は多く、魔法の壁を叩く火花は途絶える様子がない。
まずい、と口走る。丘の上に登りかけたソープは、異世界の魔導師を包囲しつつある敵兵の中に、RPG-7を持つ者を見つけた。旧ソ連の、世界的に有名な対戦車ロケット。戦車の装甲すらぶち抜く代
物、いくら彼でも危ない。M249を構えて、そこで兵士は歯を噛み鳴らす。頼もしいはずの汎用機関銃が、ガキリと機械的な異音を発していた。
こんな時に! ジャムか、それとも機関部の故障か、弾薬に不良があったか。答えは定かではないが、肝心な時に銃が撃てなくなってしまった。その間にも、RPG-7を担いだ敵兵はクロノに照準を合わ
せようとしている。
間に合わない――タンッと、突然乾いた銃声。クロノを狙っていた敵兵がひっくり返り、死に際に引き金を引いたのか、RPG-7の弾頭が天に向かって放たれた。

「援護してやる、早く来い」

片耳に固定したイヤホン、個人用の通信機に入る音声。頼もしい指揮官の声、はるか後方から狙撃で援護してくれているようだ。
一発、二発とさらに銃声。プライスだけでなく、ギャズからも支援射撃。目先の魔導師に気を取られていた敵兵たちは、片っ端から見えない襲撃者によって撃ち倒されていく。
敵の進撃が止まった。スナイパーがいることに気付いた彼らは一旦止まり、同時にクロノへの攻撃も止む。後退するなら今がチャンス、言われずとも彼は防御魔法を閉じ、丘の上を昇ってきた。

「待たせた、行こう」
「あぁ、その前にだ」

傍らにまで下がってきた戦友、しかしソープは首を横に振る。まだ、"プランB"が残っていると。
そういうのは本来無いものじゃないのか? "プランB"と聞いて、クロノの表情は怪訝に変わる。まぁ見てろ、と丘を上る足は止めずに、彼はニヤリと笑ってみせた。
途中で家人のいなくなった家屋に立ち寄り、窓の外の様子を伺う。止まっていた敵の前進は、指揮官に尻を叩かれでもしたか再び開始されようとしている。
敵兵たちが立ち上がり、想定していたラインを踏み越えたその瞬間。ソープは、家屋内に用意しておいた起爆スイッチを押し込んだ。
――窓の外で、爆音。大地に閃光が走り、巻き起こった爆風、それによって殺傷能力を得た小石や砂が頭上にあった敵兵たちをズタズタに引き裂いていく。プランB、二つ目の地雷原である。

「これで時間は稼げるだろう――さ、行こうぜ」
「あ、ああ……君たちが敵じゃなくてよかったよ」

質量兵器の破壊力を目の当たりにしたクロノの肩を叩き、今度こそソープは後退する。
これで用意した策はほとんど使った。あとは丘の上にある農場で、ヘリが来るまでひたすら篭城戦となる。




SIDE 時空管理局



四日目 時刻 0955
アゼルバイジャン北部
クロノ・ハラオウン執務官



執務官として勤務するに当たり、クロノは以前各管理世界の戦史を開いてみたことがある。
武器や装備、戦う理由に違いはあれど、どこの世界も、いつの時代も、基本的な戦略、戦術はまず同じ。管理外であるこの世界も、例外ではない。
その中のひとつに、篭城戦と言うものがある。一つの拠点に立てこもり、攻めくる敵をひたすら追い払う。なるほど、現在の彼らの置かれている立場はまさしく篭城戦であった。
過去の歴史を参照にするなら、篭城戦は常に攻撃側にとって不利な状況である。多くは防御力の高い城、砦などに立て篭もる敵を撃破するのは、決して容易なことではない。
――もっとも、立て篭もるのが広い農場となれば、話は別だろう。

「おいおいおいおい――嘘だろ、勘弁してくれ」

もはやうんざりしたような、副官ギャズの嘆き。彼はG36C、ドイツ製の小銃を資材の上に置いて、迫る敵兵に片っ端から銃弾を叩き込んでいたのだが、丘の向こうからぬっと姿を現した新たな敵を
見出していた。大地を踏みしめる、キャタピラの音。いつか見た怪獣映画の如く砲塔を見せたそいつの名は戦車。T-72、旧ソ連のMBTだ。湾岸戦争ではイラク軍所属のものが米軍相手に大敗を喫した
が、それでも戦車は戦車である。
伏せろ、と誰かの声。あっと思った時には地平線の奥より白煙が上がり――それが戦車砲の発射炎だと、着弾してからクロノは気付いた――近場にあった納屋に、砲弾が直撃。木造建築のそれは戦
車砲など弾き返せるはずもなく、内側より生じた爆発が壁も屋根も木っ端微塵に粉砕する。

「ソープ、ジャベリンを出せ!」

プライスの指示が飛ぶより前に、共に後退してきた兵士は対戦車ミサイル、ジャベリンを探していた。テロリストたちの納屋から出てきた、唯一戦車に対抗できるSASの切り札。
ひょっとして、と敵弾が飛び交う農場の中。物陰に潜むクロノは、先ほどの砲撃で粉砕された納屋の残骸の中に、何かの機械の一部だったと思われる部品を目にした。
魔力弾を三発ほど用意し、デュランダルを振りぬく。当たったかどうかは見えなかったが、照準補正はデバイスの方がほとんど完璧にこなしてくれる。自分を狙っていた銃撃が間もなく止んで、ク
ロノは拾った機械の部品を拾い、ソープの元まで走り込む。

「なぁ、ソープ。ひょっとしてジャベリンってこれかい?」
「あ? ……あ、あぁ!?」

なんてこった、畜生。部品を受け取るなり、兵士の顔が大きく歪んだ。渡したものはCLU、発射後のミサイルをコントロールする部分だったものらしいが、焼け焦げてもはや使い物にならなかった。
ジャベリン戦死。唯一戦車を撃破可能だった切り札が、使われることなく失われてしまった。
――砲声、直後に着弾。農場のど真ん中にぶち込まれた戦車砲は炎と衝撃を生み、破壊の限りを尽くす。巻き上げられた砂や石が降りかかってきて、彼らの視界を遮ってしまう。ジャベリンが使え
なくなったの察知した訳ではないだろうが、敵戦車は調子付いたように砲撃を続けた。もう一棟あった納屋が直撃をもらい、倒壊。このままでは隠れる場所がなくなってしまう。

「大尉、ジャベリンがやられました、戦死です!」
「認識票取って置いてけ、回収する余裕はない!」

こんな時でも冗談は忘れない指揮官は、しかし苦々しげな表情を露にしていた。戦車はゆっくりとではあるが、随伴歩兵を伴って前進を開始。盾にしていた資材、農業用のトラクターに銃撃が増す。
これで戦車など乗り入れられたら全員虫の餌になってしまう。
さらに、悪いことは続いた。

「こちらグリフォン2-7。アゼルバイジャン空域に入った、到着は四分後」

やっとか、とSASの間に歓喜にも似た声。救助のヘリからの通信、何もなければあと四分でお迎えが来る――だと言うのに。
ヘリのパイロットから続けてやって来た通信は、彼らの希望を容赦なく打ち砕いた。

「ブラボー6、農場への着陸は危険だ! 多数の対空ミサイルを検知、着陸は危険だ!」

冗談だろ、とギャズの怒声。だったらどこに降りるつもりなんだ。

「ブラボー6、敵のレーダー波を多数確認。ロックオンから逃れるため、丘のふもとに着陸を試みる」
「……ふざけんな!」

引き続き、ギャズの怒声。通信機のマイクに向かって、彼は怒りを露にしていた。

「奴は何ビビッてんだ!? 俺たちは散々追い立てられてここまでたどり着いたんだぞ!? それをまた引き返せってのか!?」
「もういい、ギャズ!」

ぶち切れた副官の気持ちは分かる。敵は圧倒的な兵力、戦車まで持って我が方を追い詰めている。それを突破し、今まで登ってきた道を今度は下る。素人目に見ても、酷い状況だ。
だが、やるしかない。プライスは部下たちに命じて、ともかくも敵を突破するよう指示を下す。どの道、今いる農場に近付けばヘリは長距離対空ミサイルで撃墜されてしまう。そうでなくとも、目
の前の戦車、T-72を潰さなければ危険であることは変わらない。

「クロノ、お前出来るか!?」
「やってみよう、援護頼む」

ジャベリンはすでにない。戦車を潰せる火力があるとすれば、クロノの砲撃魔法だろう。先日もBMP-2の撃破に成功している。
三、二、一と兵士がカウントし、物陰から身を乗り出す。壊れたM249はすでになく、狙撃銃のM21で農場へと迫る敵兵を迎え撃つ。乾いた銃声が一発、二発と響き渡り、戦車の周りにいた敵のうち
何人かがひっくり返った。今だ、とソープが指で合図し、クロノは資材の陰から飛び出した。
狙うは敵戦車、T-72。砲塔はまだこっちを向いていない、狙うなら今。デュランダルを突きつけ、詠唱、術式展開。

「ブレイズカノン――行け!」

言葉と共に放たれた青白い閃光が、戦場を駆ける。大地を削り、草を根こそぎ刈り取り、不運にも巻き込まれた敵兵たちは光に呑まれ、意識をもぎ取られていく――こんな時でも、彼は非殺傷を解
除していなかった。甘いと言うならそれまで、それが執務官のやり方だ。
T-72の正面装甲に、ブレイズカノンの光が激突する。異世界からの、未知の攻撃。衝撃を受けた戦車はガツンと大きく揺れる。軽量とは言われても四〇トンを超える重量、じりじりとキャタピラが
反対方向に回転を始め、押し戻されていく――バチンッと、火花が散った。魔力の激流に耐え切れなかったT-72の足回りが、ついに破壊されたのだ。
やった、と確信を抱く。これがいけなかった。油断したクロノに向けて、敵は死に際の一発を放った。砲撃魔法の青白い閃光を切り裂き、放たれた砲弾が直進する。
直撃はしなかった。一二五ミリの戦車砲弾は砲撃魔法を打ち破ることに成功しつつも、軌道は逸れて魔導師のすぐ脇を通り抜ける――それでも、戦車砲の一撃。傍らを通り過ぎていった砲弾はクロ
ノの脳を揺らし、彼の意識を闇の間際にまで引きずり込んだ。
追い討ちをかけるように後方で、着弾。バリアジャケットがなければ致命傷を負ったかもしれない、至近距離。衝撃が反応の鈍った魔導師の背中に叩きつけられる。
今度こそ、クロノの意識は一度闇の底へと放り投げられてしまった。





暗い暗い、意識の底で。彼は確かに、耳にした。
銃声、爆音、悲鳴、怒号。ゲームのように現実感がない最中、誰かに首根っこを捕まれ、引きずられている。

「しっかりしろ、クロノ! 大丈夫だ、絶対に見捨てない!」

自分に投げかれられた励ましの言葉、しかしクロノは反応することが出来ない。腕も足も、言うことを聞いてくれないのだ。

「こちらアヴァランチ、アゼルバイジャン空域に入った。航空支援を行う、ポイントを指定してくれ」
「米軍か、助かった! アヴァランチ、こちらの位置を煙でマーキングする、いいか、緑の煙だ! そこに俺たちがいる!」

空を舞う轟音。鋼鉄の翼、彼は知る由もないがF/A-18Fの編隊。SASの皆は歓喜の声を上げ、誰かが――たぶん、ギャズだろう――発炎筒を出して、地面に叩きつけている。
モクモクと、青空を覆う緑の煙。自然物ではないのは、誰の目にも明らかだった。ただ、今の朦朧とした意識では、そこまで考えは及ばなかった。
飛び交う銃弾、銃声。それらを遮るように再び、空の方から轟音が舞う。あっ、と思った時には空から黒い何かが放り投げられ、SASの周囲を炎と衝撃が踊り狂う。鼻を突く硝煙の匂い、しかし銃
声は止んだ。自分を引きずる誰かが、再度励ましの声をかけて丘の下へと引きずっていく。
――視界の片隅で、何かが動いた。くぐもったような呻き声を漏らし、草の中から傷ついた敵兵士が顔を出す。手には、AK-47。呼吸も絶え絶えだというのに、こいつは銃口を向けてきた。
まずい。ぼんやりとしか働かなかった意識が、覚醒を始める。敵は、味方を狙っている。誰も気付いた様子はない、このままでは誰かが撃たれる。

「……デュランダル!」

動け、と命令する。自分の身体に、意識を失ってなお手放さなかった魔法の杖に。どうにか浮かび上がらせた魔力弾、一発だけ放つ。短い悲鳴が上がり、瀕死の敵は仰け反った。

「クロノ?」

自分の首根っこを掴んでいた兵士が、ようやく振り返る。やはりソープ、ここまで運んできてくれたらしい。
大丈夫だ、とクロノは告げて、それから手を放してくれと頼む。身体に痛みはない、気を失っただけだ。

「大丈夫かよ、本当に」
「どうにかね。ほら、行こう」

自力で立ち上がった魔導師に、ソープはなおも心配そうな表情。肩を叩いて、前に進むよう促す。
意識を失っている間に、SASはすでに丘を下っていた。振り返れば、砲身が曲がって放棄された戦車が見えた――同時に、航空支援から生き残った敵兵も何人か。しつこく銃撃をかけてくる彼らに
魔力弾をお見舞いし、丘のふもとを目指す。
ヘリは、すでに到着していた。米軍のCH-46シーナイト、援護の兵士が降り立って、周囲を警戒してくれている。彼らはこっちを見つけるなり、早く来いと手招き。

「急げ急げ、早く乗るんだ!」

半袖の黒人兵士が急かす。言われなくともSASの面子は駆け込み、CH-46のキャビンに滑り込んだ。燃料も残り少ない、基地に戻るまでぎりぎりのところ。

「いいぞ、全員乗った。出せ!」
「了解、グリフォン2-7、離陸する」

ふわりと、ヘリが離陸。しつこい超国家主義者たちはなおも銃撃してきたが、小口径の銃弾では火花を散らすだけで撃墜には至らない。その間にもローター音は高鳴り、CH-46は高度を上げていく。

「ようこそ我が海兵隊のヘリへ。乗り心地はどうだい?」
「……最悪だ」

陽気な黒人兵士は一目でクロノを異世界の人間だと判断し、気軽に声をかけてきた。苦笑いと共に、異世界の少年は答えるほかない。
高度を上げたCH-46は一目散に戦場を離脱、一路、基地へと向かう。








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最終更新:2010年03月10日 17:56