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ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL Project nemo




第20話 Belka VS Belka



どれだけ高性能な戦闘機だろうと、弾と燃料が尽きれば兵器としての存在価値はほとんど皆無と言っていい。人間が生きていくために食事を取るのと同様に、戦闘を終えた愛機もまた補給を必要と
していた。ミサイルと機関砲は全て撃ち尽くしたので機体は軽いが、燃料計の数値がそろそろ不安を煽る。
太陽はもうほとんど、沈みきっていた。水平線の向こうにはまだわずかに茜色が残っているが、それすらも広がり始めた闇によって侵食が始まっている。ミッドチルダはもう間もなく、夜を迎えよ
うとしていた。今どの辺りを飛んでいるのか、目視ではほとんど見当がつかない。
そろそろ見えても良さそうなんだが――F-2Aのコクピット。闇夜に沈む眼下を見つめながら、メビウス1は帰路に着いていた。
帰路と言っても、任務が完了した訳ではない。突如現れた巨大飛行物体は未だクラナガンを目指してゆっくりと、だが着実に進軍中だった。それに先立ち現れた敵の無人機群だって、まだ全滅した
訳ではない。次の出撃に向けて補給と整備を受けるための、一時的な帰還に過ぎなかった。

「――メビウスチーム、こちら管制塔」

お、と短い歓喜の声を上げて、メビウス1は通信機に手を伸ばす。地上から連絡が入るのと時を同じくして、右手の方に輝く照明灯が眼に入る。間違いない、防空前線にもっとも近いニュータバー
ル基地だ。基地のレーダーもこちらを捕捉したらしく、管制塔から着陸誘導の指示が飛んできた。言われるがままに操縦桿を動かし、愛機を滑走路に向けていく。
おっと、そういえば。着陸に入る前に、彼は一旦振り返った。キャノピーの向こう、闇に浮かぶ黒い影。戦闘空域を抜けたとは言え、翼端灯は切ったままの二番機の姿がそこにある。

「メビウス2、どうする? 必要なら先に降りてもいいが」
「結構です。どうぞお先に」

二番機、F-15ACTIVEからの返答は淡白なものだった。凛とした少女の声には違いないが、もう少し愛想がよくてもいい気がする。もっともそれを口にすると、「任務中ですよ」と切り返されるので
あえて彼は触れないことにしていた。
それじゃお先に、とメビウス1は正面に振り返る。光り輝く照明灯、それらに彩られた滑走路が彼の着陸を待っている。
エンジン・スロットルレバーを下げて、適切な速度を維持。脚を出して、ゆっくりとF-2は大地へと向かっていく。夜間着陸は一定の技量を要求されるものだが、管制官の適切な誘導のおかげでさし
て難しいようには感じなかった。
ドンッと、決して強くはない衝撃が機体に走る。着陸、何時間ぶりかの地面への帰還。
帰ってきた。ほんのわずかではあるが、これから休息に入ることが出来る。安心感に身を包みながら、メビウス1は誘導員の指示に従って愛機をタキシングさせていった。



機体の整備と補給には、最低でも一時間はかかると整備員から話を聞いた。もっと早く出来ないのかとも思ったが、ニュータバール基地は現状最前線も同然だ。メビウスチームと同じように補給を
求めて降りてくる機体もあれば、損傷して緊急着陸を要請する機もいる。基地の整備班が忙殺されるのは、誰の眼にも明らかだった。今夜は修羅場です、と愛機を預けた整備員はすでに疲れた笑み
を見せて、それでも自分の仕事に向かっていった。

「とりあえず、こっちも補給といきましょう」

不意に、先ほど通信機で聞いた少女の声が耳に入る。先ほどとは打って変わって、労わりが込められた優しい口調。振り返るまでもなく、メビウス1は声の主が僚機を務めるティアナであることに
気付く。自分と同じ飛行服のまま。補給が終わればまたすぐ飛び立つため、着替える訳にはいかないのだ。
すっと、差し出されたのはストローの付いた紙コップ。ありがとう、と彼は礼を言って受け取り、勢いよく中身を口に吸い込んだ。舌の上で弾ける甘み、コーラだった。
気の利くことに、彼女はどこから調達したのか包み紙に入っていたハムバンまでくれた。ハンバーガーのパンでハムを挟んだ、シンプルな料理。

「チキンブロスとかもあったんですけどね」
「構わない、俺はこっちの方が好きだ――アレはいい加減飽きたしな」

ガブッと美味そうに、メビウス1はハムバンに噛り付いた。余計な味付けがされていない、素材そのものの味はよく口に馴染んで美味かった。
そのままハムバンとコーラを交互に口に放り込んでいくと、彼は飲食物を持ってきてくれたティアナが、何も口につけようとしていないことに気付いた。どうしたよ、と声をかけてみる。はっと彼
女は顔を上げた。何でもないです、とようやく自分の分のジュースを飲み始めるが、その表情はとても味を楽しんでいる様子には見えなかった。
結局一口飲んだだけで、ティアナは編隊長に向けて口を開く。

「あの、メビウスさん」
「ん?」

ハムバンから二番機のパイロットに視線を移して、メビウス1は驚きを隠すのに苦労した。
目の前の少女が、ただならぬ雰囲気を醸し出している。意を決して、何かを伝えようとしているような、そんな表情。

「どうしてあの時、回避しなかったんです? ほら、あのコブラをやったフランカー」
「どうしてって――」

よりによってそこを突いてきたか。内心、苦々しい表情を浮かべながら彼は答えをすぐに出せずにいた。
空中管制機の指示の下、最初に出くわした敵無人機編隊。機種はSu-27フランカー。数は相手の方が上だったが、こちらは"リボン付き"が二人である。敵機の策に多少翻弄されながらも、メビウス1
とティアナは決して負けることなく、逆に相手を打ち負かすことに成功した。
だが、全てが無問題だった訳ではない。編隊長が捉えた敵機が突如、コブラと呼ばれる失速機動を行い、メビウス1のF-2に体当たりを図った。勝ち目がないと見込んだ無人機は、せめて一機は道連
れにしようと踏んだのかもしれなかった。
回避は、やろうと思えば出来た。空振りさせて、失速寸前になったフランカーを落とすことなど容易だ。
だけども、彼はそうしなかった。あろうことか、そのまま激突覚悟で直進し、立ち塞がる敵機目掛けて機関砲を叩き込んだ。運よくSu-27が耐え切れず、釣り上がった機首を落としたからいいものを
まともにやれば正面衝突は免れなかっただろう。最悪、コクピットまで潰されて脱出なども不可能だったに違いない。
要するに彼は、メビウス1はあえてリスクを侵した。見返りなどない危険すぎる賭け。ティアナは、何故そうしたのかが疑問だったのだ。

「……急機動をやった後だったから、反応が遅れたんだ。下手に避けるよりは、ガンを撃った方がいいと思ってな」
「遅れた? あなたが?」

苦し紛れに出した回答は、やはりすぐ嘘だと見抜かれた。彼女の表情が、だんだん険しいものになっていく。何とか打開策をと頭を捻ってみるが、妙案は浮かびそうにない。
そう、メビウス1の答えは嘘だった――敵機との距離は、充分あった。コブラ機動にだって、反応出来ていた。ロールして回避、姿勢回復でモタつくフランカーの横っ腹に機関砲を叩き込む。手順
だってすぐ思いついた。だけども、操縦桿を握る腕は動かなかった。
敵を撃墜するための手筈を即座に思いついた瞬間、脳裏のどこかで、自分と同じ声をした誰かが嘯いた。

"相変わらず速い、さすがだ"
"空中戦で勝つことだけは誰にも負けないよな"
"まさにエース。破壊と殺戮に特化した死神だよ、リボンを付けた"
"他には何も出来ないけどな。そう、例えば――"

同時に、瞳の奥に浮かんだ"彼女"の顔。
『メビウス1』となってから、ほとんど唯一、自分を本名で呼んでくれた"彼女"。

"助けることは出来なかったよな"
"ユーノがいなけりゃ彼女は墜落死だ"
"死神は死神に過ぎないってことだ"

気が付くと、Su-27の胴体がもう目前にあった。咄嗟に機関砲の引き金を引き、釣り上がった機首を強引に叩き落とす。
運良く、敵機とぶつかることはなかった。だけども、ねっとりとした思考がどこまでも絡みつく。
結局俺は、"メビウス1"でしかない。そういう役割しか、果たせない。

「この際だから、言わせてもらいますけど」

怒ったような表情で、ティアナが言った。

「メビウスさん、出撃前からずっと様子が変ですよ? 何かあったのなら、素直に話してください」
「いや、しかし――」
「しかしもへちまもない!」

図星を突かれて口ごもるエースに、少女は怒鳴ってみせた。本心からの叫びだったのだろう。喧騒と整備の機械音に包まれていた場が一瞬沈黙し、視線が二人に集中する。すぐに整備員たちは自分
の仕事に戻っていったが、ティアナは明らかに自分の行為を悔いていた。
ごめんなさい、と。彼女は謝罪の言葉を口にする。その上で、今度は静かな口調で言葉を続けた。

「……苦しいなら、言ってくださいよ。悲しいなら、言ってくださいよ。あたし、あなたの二番機なんですよ?」
「ランスター……いや、ティアナ。だけど」
「あたしじゃ、駄目なんですか?」

おいおい卑怯だな、そんな表情するなよ――少女の目尻に浮かぶ光るものを見て、メビウス1はたまらない気持ちになった。
僚機なのに、編隊長を支えられない悔しさ。
二番機なのに、一番機を援護してやれない怒り。
"メビウス2"なのに、"メビウス1"と思いを共有出来ない悲しみ。
女の武器は涙、なんて誰かが言ってたけども、彼女の場合は武器じゃない。たぶん、本心からの言葉と涙だろう。
ぽん、と。飛行手袋を外して、目の前の涙ぐむ少女の頭に手を置く。鮮やかな橙色の髪を撫でてやり、彼は口を開いた。

「ごめんな。終わったら、ちゃんと話す」
「――約束、ですよ」
「ああ、もちろん」

彼女は涙を指で払う。浮かべた表情は、打って変わって屈託のない笑み。
あとどれほどかも分からない。ひょっとしたら、今すぐ飛べということになるかもしれない。
それでも、ほんの一時であってもこの休息は彼らにとって、掛け替えのないものとなっていた。





風を切って、大気を突き抜けていく。瞳は絶えず敵を探し求めて、剣を握った腕は決して緩むことがない。
そう、敵だ。敵機はどこだ、どこにいる。先ほどから波状攻撃を受けてばかりだ。このままでは消耗していくのみに終わる。どこだ――

「シグナム、右だ!」

生存本能が警鐘を鳴らすのと、臨時編成を組んだF-16Cのパイロットからの警告が耳に入ったのはほぼ同時だった。
振り向く暇は、ない。飛行魔法で宙に浮く身体を、バッと背後に飛ばすのみ。生身ならば耐え難い強烈なGは、騎士甲冑がある程度緩和してくれた。
瞬きもしないうちに、目の前を掠め飛ぶのは赤い曳光弾。非殺傷設定など皆無、破壊と殺戮にのみ特化した正真正銘の質量兵器だ。あのまま止まっていたら、間違いなくミンチにされただろう。
淡い桃色をしたポニーテールを揺らし、シグナムはそこでようやく振り返る。直後、迫り来る黒い機体。前進翼と呼ばれる、速度よりも運動性能を求めた特異な形状の戦闘機だ。

「ハァ!」

曳光弾のお返しとばかりに、彼女は愛剣を振るう。鋼鉄さえも引き裂く鋭い斬撃、刃先が敵機の主翼を捉える――クルッと、黒い翼がひっくり返った。ハーフロール、ギリギリのところで鋼鉄の翼
は、叩き斬られる運命から逃れた。すれ違う瞬間、剣士を襲う轟音と衝撃。ビリビリと身体が否応なしに震わされ、屈辱が女の顔を歪ませる。
任せろ、と電波に乗った男の声が耳に入った。一撃かまして、こちらの反撃を避けて離脱に入ったSu-47を眼で追っていくうち、その背後から単発機が迫っているのが視界に映る。F-16C、ウィンド
ホバーだ。逃げた敵機を追いかけて、彼の機体は鋭い上昇へと移っていく。

「――っ、ウィンドホバー、左にダイヴだ!」
「え、なんだって!?」

気付いていないのか――露骨に、シグナムは舌打ちしてみせた。照明魔法で昼間の如く明るい夜空、敵機を追うF-16Cのそのまた背後に、黒い影がいる。ギリギリまで火器管制レーダーのスイッチを
入れず、懐に飛び込んで一気に撃墜する心構えなのだろう。ウィンドホバーが気付かないのも、決して無理はない。
レヴァンティン、と愛剣の名を呼ぶ。ただちに応答があって、ガチャリと剣らしからぬ機械音が鳴り響いた。カートリッジロード、爆発的に溢れ出た魔力が女騎士に力を与える。
届くだろうか。いや、届かせる。一瞬浮かんだ自己への疑問を振り切るように、シグナムは剣を勢いよく振り抜いた。
パンッと、空気でも叩いたような音。放たれた衝撃波は、接近戦を主な手段とする彼女にとって数少ない飛び道具と呼べる魔法。決して射程は長くないが、今は敵の注意を逸らすことが目的だ。
F-16Cの背後についたSu-47は、突然横から見えない腕で殴られたように主翼を大きく、不自然な形で跳ね上げた。パラパラと部品が舞い散り、そのままバランスを失って高度を落としていく。幸運
にも、牽制のつもりで放った彼女の衝撃波が命中したのだ。
ようやく一機。敵機撃墜の喜びを噛み締める暇は、しかし存在しなかった。レヴァンティンが、主に向かって警報を流す。

<<Aufmerksamkeit!>>
「次から次へと……」

出来ることならウィンドホバーの援護に回ってやりたいが、そうもいかない。振り返れば、水蒸気の白い糸を引きながら鋭い旋回を持って迫る敵機が二機。機種は先ほどと同じ、Su-47。確かベルク
ートとか言う機体だ。ベルクート、意味はイヌワシ。獰猛な鷲が、絶えずこちらを狙っているのだ。

「一機落とされた。穴は俺が埋める」
「全機、いつも通りでいい。私の指示通りに飛行しろ」

しかも、だ。念話と電波が入り乱れる通信の最中で、彼らはまるで人間のように会話し、指示を下している。おかしい、敵機はこれまでみんな無人機だったはずなのに。
この機体にだけ、人間が乗っている。そう結論付けてしまうのは簡単だ。
――だが。果たしてこいつらは、本当に人間なのか?
懐疑的な瞳を相手に向けたまま、シグナムは自ら敵機へと立ち向かっていった。




かつて、異世界において。北の大地に、一つの古い国があった。
かつて、大空において。伝統の騎士団の末裔を自負する、古き強い兵たちがいた。
かつて、戦場において。縦横無尽に駆け回り、その名を世に知らしめた軍隊があった。
かつて、戦争において。伝統や慣わしに縛られ、時代の変化に取り残され、やがて敗北を喫した男たちがいた。
――ベルカ。人は、彼らをそう呼び、彼らもまた、自らをそう名乗った。
奇妙なことに、このミッドチルダの世界においても、過去にベルカと言う国家は存在した。そしてかの国もまた、誇り高き騎士たちによって支えられていた。
無論、照明魔法で昼間の如く照らされた闇夜の中で対峙する彼ら、彼女らがそのことを知る由はない。知ったところで、剣を引くようなこともない。
それは、傍観者のみが知り得る事実である。
彼らは「ベルカ」の騎士だった。
彼女らは「ベルカ」の騎士だった。
ベルカ対ベルカ。奇妙な巡り合わせは、戦いになんら影響を及ぼすことはない。




ヴィータにとって、彼らはどこまでも奇妙な存在だった。奇妙であり、気に障る存在だった。
戦闘機と渡り合うのは無論、今回が初めてではない。JS事変で戦った相手であるし、傍らを飛ぶF/A-18F、アヴァランチとだって訓練で激突したことがある。無人兵器のガジェットよりは手ごわいに
しても、勝てない相手だとは全然思わない。もともとの負けん気の強さもあって、今更怯むようなことはないはずだ。
だと言うのに、こいつらは――幼い子供のような彼女の顔が、ギリッと歪む。鉄槌を握る腕は、いつもより力が入って抜けないでいた。

「機械風情が」

ブンッと、鉄槌を振るって空気を唸らせる。
狙うは右下方、単機で飛ぶSu-47ベルクート。現代の空戦において二機一組の編隊は基本だろうに、こいつはそれを怠っているのだ。見逃さない訳にはいかないだろう。
援護頼むぜ、と彼女は自分の二機一組の相手であるアヴァランチに声をかけた。OK、と即座に返事があったのを確認し、身体を捻らせ降下開始。重力を味方につけたヴィータは勢いよく加速して、不
用意にも水平飛行を行う獲物に向けて急突進していく。
バッと、敵機の翼が翻った。迫る赤い影に気付いたのだろうが、もう遅い。鉄の身体目掛けて、ベルカの騎士が鉄槌を振り下ろす――寸前、ベルクートが機首を下に下げた。上空から突っ込んでき
たヴィータに対して、自ら戦闘機にとっては心臓にも等しいエンジンを差し向ける。
気でも狂ったか。ニッと、幼げな顔に似合わない笑みを持って彼女は敵機の行動を歓迎する。エンジンを叩きのめせば、もうどう足掻いたってこいつは飛べなくなるのだ。
その直後である。鋼鉄の翼が、襲い掛かってきた騎士に向けて、己が心臓から赤い炎を吐き出したのは。
ごう、とSu-47のエンジンノズルから赤いジェットの炎が伸びる。アフターバーナー、本来なら加速に使われる力は、この時ばかりは全てを焼き尽くす灼熱の魔の手と化した――ヴィータにとって。

「あ、ち、くそ!?」

寸前で停止出来たのは、幸いとしか言いようがない。それでも炎は赤い外套に辿り着き、プスプスと焦がすことに成功する。
無論、戦果はそれだけではない。獲物だと考えていた敵機から思わぬ反撃を食らったことで、彼女は動きを停止せざるを得なかった。
そして、鋼鉄の翼はその瞬間を見逃さない。

「ヴィータ、馬鹿野郎、止まるな!」

飛び込んできた警告。えっ、と顔を上げれば、狙ったものとは別のSu-47が、はるか上空よりまっすぐ突進してくるのが見えた。速い、音速は超えている。点にしか見えなかった敵機が、あっという
間に大きく膨れ上がっていくのが何よりの証拠だ。
ヤベ、回避――思考が最善の選択肢を選ぶより先に、真横から見慣れた機影が突っ込んできた。F/A-18Fスーパーホーネット、アヴァランチの操る機体。アフターバーナーを精一杯焚かして、援護す
べき対象を狙う敵目掛けて、滅茶苦茶に機関砲弾をばら撒きまくる。照準など皆無、ただSu-47の攻撃の意思を回避に変えることが出来ればいい。
照明魔法で明るく照らされた夜空に、赤い弾丸の雨が軌跡を描く。横槍を入れられた黒い翼は未練がましく、翼を振ってヴィータから射線を外した。
サンキュー、助かった。言いかけて、突然傍らを何かが通り過ぎ、横から衝撃が飛び込んできた。何だ今の、と騎士が視線を上げれば、先ほど取り逃がしたSu-47が急上昇していく姿が瞳に映る。射
線の先にいるのは――アイゼン! 咄嗟に相棒の名を叫ぶ。カートリッジロード、溢れ返る魔力は全て加速に注ぎ込む。

「アヴァランチ、逃げろ! 一機そっちに行った、狙われてんのはお前だ!」

警告は、届かない。あいつのは届いたのに。圧し掛かるGを押し返すように急上昇しながら、ヴィータの眼はスーパーホーネットの背後に喰らいつく敵機の影を見出していた。機関砲でもミサイル
でも、一度撃たれれば絶対に回避は間に合わない。それほどにまで、両者の距離はもう縮まっていたのだ。
こん畜生、と。果たして間に合うか否か。疑問よりも先に身体が動き、鉄球を持ち出す。シュワルベフリーゲン、古代ベルカ式では数少ない射撃魔法。鉄槌、グラーフアイゼンを振るって敵機に向
けて叩き込む。当たらなくてもいい、相手の注意を逸らすことが出来れば。
結果は、無情だった。力任せに叩き込んだのが仇となったか、どの道そうなる運命だったのか。文字通りの魔法の弾丸はSu-47の周囲を行き過ぎ、ただそれだけで終わる。敵機の意思は、変わらずア
ヴァランチの撃墜だ。追われる雀蜂は必死に逃げるが、追うイヌワシは妨害など意に介さず、攻撃の姿勢を崩さない。
まるで、最初からヴィータの援護に来ることを予測し、そこを狙ったような動き――傍受か、と。今更な思考が、ベルカの騎士の脳裏をよぎった。
敵機は人間のように飛び回る。人間のように会話もする。人間のように罠も張る。人間のようにこちらの通信を傍受していたって、大して驚くべきことではない。
"ゴルトの巣"――もちろん、ヴィータたちは知る由もない。だが、知らぬ間に彼らの手のうちに飛び込んでいたのは、紛れもない事実だった。
ガパッ、と機械音が鳴る。F/A-18FをいよいよロックオンしたSu-47は、ウエポン・ベイを開いてミサイルを露にしていた。放たれれば最後、フレアも無視してまっすぐ獲物に喰らいつくだろう。
それを阻止したのが、他ならぬ人間の操る機体だった。雲の陰から、タイミングを図ったように飛び出てきたのはMir-2000、デルタ翼の戦闘機。

「横槍失礼ってな――単独飛行も悪くない。スカイキッド、フォックス2!」

掟破りの単機、どこに行ったのかと思えば。
雲に隠れていたMir-2000、スカイキッドは味方をも欺いていたのだ。そうして予期せぬタイミングで飛び出し、アヴァランチの後ろに食いつくSu-47をロックオン。ただちに短距離空対空ミサイルの
AIM-9を発射する。
敵が、F/A-18Fを狙うのに夢中になっていたことが幸いした。蛇の如く白い尾を引きながら、ミサイルは獲物に噛り付き、木っ端微塵に粉砕した。

「スカイキッド!? ヤロ、美味しいとこだけ持っていきやがって……」
「ご馳走さん。次はお前に譲ろう」
「よく言うよ、こいつ」

敵機の撃墜で、ほんのわずかだが攻撃の波が途絶えた。隙を逃さず、アヴァランチとヴィータはスカイキッドに合流する。
とは言え、"ゴルトの巣"は破られた訳ではない。指揮を取る一番機が落とされない限り、戦いは当分終わりそうになかった。



敵編隊はすでに二機を失った。当初の八機編隊は六機に減っている。こちらは騎士が二人に戦闘機が三機の合計五機、誰一人として損失していない。
それでも、決して"勝っている"と言う感覚は浮かんでこなかった。むしろ、度重なる戦闘で燃料、弾薬共に消耗し、体力さえもジリジリと削られつつあった。何とかして打開せねば、スタミナ切れ
に陥ったところを付け込まれるだけだ。
打開策、打開策、打開策ね――酸欠気味の脳みその中で、同じ言葉がぐるぐる駆け回る。F-16Cのコクピット、ウィンドホバーは酸素マスクに送られてくる命の糧をたっぷり吸うが、状況は変わらな
い。考えようにも、考えようとしたところで機体のRWR(レーダー警戒装置)が高音を鳴らし、狙われていることを知らせてくるのだ。これで思考がまとまるはずもない。
そう、例えば今この瞬間さえも。コクピット内に鳴り響いた警報が鼓膜を叩き、操縦桿を握る腕がほとんど反射的に動く。クルッと視界が反転し、愛機は小さく捻り込むようなロールを敢行。身体
も合わせてコクピット内で揺れて、ハーネスが飛行服越しに食い込もうとする。痛みにこらえながら、それでも彼は回避機動を止めない。止めれば、撃ち落とされる。
敵はどこだ、と回る視界の中でディスプレイに目を落とす。二時方向に味方、シグナムが光点として映っていたが、それ以外に反応はなかった。とすればレーダーの死角、背後からか。腰をひねっ
て後ろを確認しようとしたが、強いGが身体を動かすことを許さない。
その時突然、先ほどからピーピーうるさい音を鳴らしていたRWRがいきなり沈黙する。敵の照準電波を受信して警報を鳴らすシステムが黙ったと言うことは、もう敵機は振り切れたのか。ともかくも
ホッとわずかに安堵のため息を漏らし、ウィンドホバーは右手で握る操縦桿を元の位置へ戻そうとした。

「ウィンドホバー!」

途端に、女の声が通信機に飛び込んできた。聞き間違えなどはしない、臨時編成で僚機を務めてくれるシグナムからだった。
何だよ、と返答しかけたところで、沈黙したはずのRWRが再び甲高い警報を鳴らす。まるで、悲鳴のように。

「三秒後に右旋回――今だ」

通信機に続いて飛び込んできたのは、指揮を執っていると思しき敵編隊長の声。混線を承知で回線をオープンにしておいたのは、正解だった。
こいつら、そういう魂胆か! ほとんど手遅れな気もしたが、パイロットとしての本能がそれを上回る。ラダーペダルにかけていた足に力を込めて、思い切り蹴飛ばす。
まっすぐ進もうとしていたF-16Cは左へと、大きく横滑りをかけた。その鼻先を、赤い機関砲の弾丸がいくつも駆け抜けていく。ハッとなってようやく振り返れば、Su-47の黒い無機質な顔がそこに
あった。くそ、と汚い言葉を吐き捨てるが、それで敵機の表情に変化があるはずもない。
RWRの反応が一旦途絶えたのは、敵機があえてレーダーを切ったからだ。そうして逃げ切ったと思わせ油断したところを再度、攻撃する。無人機には到底無理な戦術、これもあの指揮官機の入れ知恵
だろうか――待てよ、指揮官機?
そうだ、指揮を執ってる奴がいるはずだ。そいつを落とせば。皮肉にも、敵機に狙われたことで打開策が思い浮かんだ。敵は高度な連携を保っているが、指揮官の指示がなければそれも崩せるはず。
思い切って、エンジン・スロットルレバーを叩き込んだ。アフターバーナー点火、F100エンジンが赤いジェットの炎を伸ばし、咆哮を上げる。爆発的に加速した鉄の隼は、Su-47との距離を広げに
かかった。もちろんエンジンノズルから伸びる炎は赤外線を多量に含んでいるから、赤外線誘導のミサイルで撃たれればまず避けきれまい。だが、今はそれでも構わない。戦闘機乗りになった時点
で、危険など覚悟していた。

「天使とダンスだぜ」

ひっそり呟いたのは、仲間たちとの間で流行っている決め台詞。操縦桿を引いて、上昇。天使に導かれるようにして、F-16Cは天へと昇る。
もしも自分が指揮官なら――四方八方の視線を巡らせ、レーダー探知も入念に行うウィンドホバーは思考を加速させていく――全体を見渡せる場所に行くはずだ。すなわち、かなり高い空域。敵機
が人間の動きを模造すると言うのなら、人間と同じ結論に至って当然のはずだ。
案の定、高度三万フィートに差し掛かったところで、彼はキャノピーの向こうに黒い影を見つけた。照明魔法の光さえ届かない暗い夜空の中、ほとんど点のようにしか見えないが、レーダーははっ
きりと"点"が敵機であることを証明していた。落とすことは無理でも、一撃加えて指揮を妨害できれば。
警報。RWRが、再度敵の照準電波を感知する。最初は小刻みに鳴っていた高音が、数秒もしないうちに継続的なものに変わった。ロックオン警報が、ミサイル警報に。
やはり、アフターバーナー点火が仇になったのだろうか。振り返れば、白い尾を夜の大空に描きながら突っ込んでくる矢のような物体が眼に入った。
フレアを、と指が動こうとして、彼は正面に捉えていた指揮官機らしき敵機を睨む――いや、回避など間に合わない。どの道、燃料だってもうだいぶ消耗しているのだ。
いよいよコクピットに鳴り響く警報が本当に悲鳴のように聞こえてきて、それでもあえて無視。ピアニストの如く指が走るのは、ウエポン・システムの操作スイッチの上だった。
指揮官機をロックオン。警報に重なって聞こえた電子音を確認した後、彼はミサイルの発射スイッチを押した。

「ウィンドホバー、フォックス3」

"ファイティング・ファルコン"の面目躍如。中距離空対空ミサイル、AIM-120が主翼下から切り離され、わずかに高度を落とした後に白い尾を引きながら突っ走る。
F-16Cのエンジンノズルに、敵機の放ったミサイルが直撃したのはそのわずか数瞬の後だった。




気がつけば、誰もが彼のコールサインを叫んでいた。
敵機に食い付かれているのにいきなり高度を上げて、何をするかと思えば高高度に身を潜めていた敵の指揮官機にミサイルを発射。直後、暗闇の向こうでポッと小さな爆炎らしき赤い閃光が走る。
それがいったい何を意味しているのか。分からない者は、この場にはいなかった。

「ウィンドホバー、応答しろ! おい、ウィンドホバー!」

スカイキッドが、通信機に向けて怒鳴っている。返答は、来る様子を見せない。
ぎり、と誰もが歯を噛み鳴らす。仲間がやられた。ひょっとすれば脱出したかもしれないが、それでも黒い感情がベルカの騎士と戦闘機乗りの心中で、渦巻いていく。
怒りの矛先は無論、敵機たちへ――上手い具合に、はるか上空でドンッと一つの爆発が起きた。併せて、黒い影がまるで炎と衝撃に追い出されたように高高度からフラフラと落ちてくる。ウィンド
ホバーが落とされる直前に放ったミサイルのおかげだった。撃墜とはいかなかったようだが、確実にダメージは与えている。その証拠に、それまで絶えず絶妙な連携で攻撃を続けてきたSu-47の群
れの動きが、露骨なまでに鈍くなっていた。

「行くぞ、ペイバックタイムだ」

翼を翻して、アヴァランチのF/A-18Fが反撃の先陣を切った。眼下の敵機を捉えた雀蜂は逆落としに急降下、ノロノロと回避機動に入るイヌワシたちに襲い掛かる。主翼下に抱えていた残り少ない
ミサイルを、全弾一斉発射。命中させるのは本位ではない。千切れかけた敵編隊を、今度こそ分断するのが狙いだった。
上空より降り注いだ炎と鉄の矢を受け、Su-47は銀の吹雪、レーダー波をかく乱させるチャフをばら撒き、各々が自分勝手な方向へと逃げを打つ。運悪く遅れた一機にミサイルが飛び込み、信管起
動、爆発。雀蜂の一刺しをもろに食らい、胴体を真っ二つにされる。
哀れな敵機の残骸に、しかし仲間たちは見向きもしなかった。今は、自分たちが逃げることで精一杯だ――その正面に赤い影が飛び込んでくるなど、まったく持って予想外だったに違いない。

「ゴルト1、指示を、指示を――」
「機械だろうが、テメェら」

ブンッと空気が唸る。無人機の癖して助けを求める通信を発した敵機目掛けて、振り下ろされるのは巨大な鉄槌。魔力と言う名の破壊の力を込められたそれは、薄っぺらい金属の皮を叩き潰すのに
は充分なものだった。文字通りSu-47を叩き割ったヴィータは、残骸に眼をくれないままもういっちょ、と続いて逃げてきた敵機の主翼を粉砕する。特徴的な前進翼を失った鋼鉄の翼は、もがきなが
ら夜の空の奥へと消えていった。

「ゴルトの巣が破られた!?」

驚愕の声。何とか難を逃れた敵機たちは再度編隊を整えようとする。どうやら、決して闘志は折れていないらしい。無慈悲にも、そんな彼らの思いを打ち砕くのはスカイキッドのMir-2000が放った
ミサイル。編隊内に飛び込んで近接信管を作動させ、炎と衝撃、それに乗った破片によって破壊の限りを尽くす。巻き込まれたイヌワシたちは翼を折られ、胴体を割られ、心臓たるエンジンを破壊
され、それぞれ力尽きて落ちていった。
もはや、敵軍は総崩れの様子だ。残す一機、ウィンドホバーが放ったAIM-120でダメージを受けた指揮官機も、フラフラとどうにか水平飛行を維持するだけ。機関砲の一発でも当たれば、落ちるの
は誰の眼にも明らかだった。

「人の出会いは皮肉だ。これが現実か……」

それでも相変わらず通信回線に割り込んでくるのは、敵機からの言葉。人ならざる存在であるはずなのに、人のような言葉をまだ発していた。
トドメを刺さんと、シグナムが剣を構えて一気に飛び込む。一太刀振り下ろせば、それでお終いだ。
最後に残ったSu-47――敵機の通信から、"ゴルト1"と呼ばれていた指揮官機。よほど被害が深刻なのか、迫る騎士が間近に迫っても、彼は動こうとしなかった。

「これが――か。魅力的な奴じゃないか」

通信機にまで被害が及んだのかは定かではないが、ゴルト1の発した言葉はところどころが掠れて聞こえなかった。
ただ、まるでこうなることが分かりきっていたかのように。トドメを刺されるのを、受け入れるかのように。
最後に発した言葉ははっきりと、シグナムの耳に届いた。

「同じ"ベルカの騎士"。共に飛ぶ空を持つことも、出来ただろうに」
「……!」

駄目だ、これは――レヴァンティンを振り下ろそうとした腕を止めようとした――こいつは、我らと同じ"ベルカの騎士"。そう名乗った。
動きを止めることは、出来なかった。コクピット目掛けて、刃が飛び込んでいく。その先、本来パイロットがいるべき場所に、培養液に入った人間の脳髄があったことを、彼女は決して忘れない。
振り下ろされた剣が、コクピットを叩き斬る。文字通り頭脳を失ったSu-47は今度こそ、静かに夜の空のはるか奥、照明魔法はもちろん、月明かりさえ届かない闇の向こうへと消えていった。
残されたのは、どこまでも奇妙な感覚。敵機は人ならざる者だった。少なくとも、人間の形はしてない。
それなのに――剣の柄を握る腕に、力が篭る。
何故、こいつは人間のような言動を取った。
何故、こいつは自らを"ベルカの騎士"と名乗った。
何故、こいつは切りかかってくる相手が同じ"ベルカの騎士"だと気付いた。
疑問は、どこまでも続いた。



『どうしたんだよ、おい、シグナム』
『あ……あぁ、ヴィータか。いや、何でもない』
『ならいいんだけどよ……おら、ウィンドホバー回収すっぞ』
『何? 生きていたのか』
『失敬な! ちゃんとベイルアウトしてるぞ!』
『――と言うことだ。ほら、ピンピンしてるだろ』

どうやら戦闘は終わったらしい。傍受していた通信を聞くに、満を持して送り出したゴルト1率いる部隊は全滅してしまったのだろう。
まぁ、そんなところか、と。狂人の表情に、あまり残念そうな様子は見られない。予測の範疇だったのか、あるいは期待はずれな結果すらも、彼には楽しみの一つでしかないのか。
コンソールには指一つ触れていないのに、手元の端末が操作する者の意思を読み取ったようにディスプレイを開く。表示されるのは、ある人物のデータ。名前の項目には、「アントン・カプチェン
コ」とあった。

「フムン。やはりデータでは優秀なパイロットであり科学者とあるな……何故負けた?」

珍しく、本当に珍しく、彼にしては怪訝な表情。顎に手をやり、未だに片付けられていない死体の発する血の匂いをまったく気にせず、ひたすらに考える。
やがて、彼は一つの結論に得た。やはり、死人は死人でしかない。いくら優秀な人間であろうと、一度死んでしまった者の再現はどう足掻いても不可能なのだと。例えそれが、身体の一部、例えば
脳髄だけであったとしても、だ。

「あぁ――そういえばプロジェクトFも結局"本人"の再現は不可能だったな。いかんいかん、私としたことが失念してしまっていた」

浮かべた笑みは、果たしてどんな意味が込められていたのだろうか。自嘲か、苦笑いか、作り笑いか。
一つ言えるのは、その笑顔を見れば誰もがぞっとするに違いない。狂人とは、すなわちそういうものだ。
だが、と彼は口にする。プロジェクトFはこのような結果に終わったが、この計画、"Project nemo"は必ず上手くいく。ほら、見たまえ。みんな計画を見たがっているぞ、と。
レーダーが捉えた様子を投影するディスプレイの上では、すでに味方機が一機もいない。空域を埋め尽くすのは、みんな管理局の戦闘機か魔導師ばかりだ。さすがにいくらか消耗したのか数は減っ
ているが、対して味方は全滅している。
それでも狂人の笑顔は崩れない。誰に対してでもなく、彼は高らかに宣言する。

「さぁ、"Project nemo"の第二段階だ」









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最終更新:2010年07月24日 17:58