ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL Project nemo
第19話 死者の影
甘ったるい血の匂いの充満する、艦橋内。そこに、彼はいた。
足元には銃弾で穴だらけになった旧ベルカ軍の兵装を着た死体が転がっていると言うのに、まったく意に介していない様子。金の瞳はただ一転、窓ガラスの向こうを見つめて
いる。雲一つない、夕刻の空。茜色に染まる光景は幻想的であり美しいが、彼の興味はそんなところには一切ない。
「さぁ、来るぞ、来るぞ、来るぞ……」
それなのに、彼はまるで少年のように瞳を輝かせ、楽しげにステップすら踏んでいた。顔に宿るのは笑顔、ただし見る者を安心させるような、そういった正の感情を抱かせる
ものではない。むしろ、いかなる強豪と言えども見ただけで背筋を震わせるような、狂った笑顔。
狂気。
一言でこの男、ジェイル・スカリエッティを表現するならば、これしかあるまい。まさしく彼は、狂人なのだ。少なくとも、世界を相手にたった一人で喧嘩を売る程度には。
艦橋の外、黒い鋼鉄の翼の周囲を、無数の戦闘機が親鳥を守るようにして編隊を組んでいる。それを見つけた彼はニヤリと笑い、通信機のマイクも持たずに口を開く。
何をしているんだ? さぁ、行きたまえ。この機に護衛など必要ない。行け、鋼鉄の翼たちよ。破壊しろ、何もかも。それが君たちの使命だ。
戦闘機の群れは、答えない。元より無人機、会話など出来るはずもないのだ。ただ、翼を翻して親鳥から離れていく。アフターバーナー、点火。加速し、茜色の空の向こうへ
と消えていく。
そうだ、それでいい。満足げに頷いた彼は、次に艦橋内のディスプレイに視線を落とす。目に付いたのは、画面に付着した赤い液体。無人機銃で艦橋内のベルカ公国の連中を
皆殺しにした際、血が飛び散ったのだろうか。右手でそれとなく払おうとして、動きが止まる。
「おっと、いけない。そうだったな」
一瞬浮かべた怪訝な表情も、すぐに歪んだ笑顔に変わる。自分の右手を存在を確かめるようにして左手で掴み、再びディスプレイを睨む。
起きてくれないか、と狂人は無機質な画面に語りかけた。途端に、スイッチ一つ触っていないはずのディスプレイに光が灯る。
――いかんなぁ、まだ生身の感覚が抜け切らない。今後の研究課題だ。
顎に手をやり、思案顔。ただし、視線はそのまま画面を捉えていた。浮かび上がるのは戦闘機。格納庫内で眠っているらしいが、他の機体と違うのは同じカラーリングのもの
が合計で八機存在することだ。運動性能を追い求めた特異な形状は、前進翼。
「もうすぐ出番が来ると思う。少し待っててくれ」
<<――了解>>
返答は、あった。はっきりとした、人間の声だった。嬉しそうにスカリエッティは笑って、ディスプレイから視線を外す。金の瞳は再び正面、機外に広がる虚空を睨む。
針路変更、と彼は呟いた。重厚な駆動音が艦橋にまで伝わってきて、くろがねの巨鳥は進む方向を捻じ曲げる。いい調子だ、彼はどこまでもご機嫌だった。
「針路固定。さぁ行くぞ――目標、クラナガン」
ジェットエンジンに灯っていた赤い炎が、勢いを増す。
狂人の声一つで、巨体はまるで意思を持ったかのように動いていた。
時刻はすでに、所属不明の飛行物体が出現してすでに二時間が経過していようとしていた頃。
CAP(空中戦闘哨戒)に入っていた戦闘機隊に、空中管制機ゴーストアイからの通信が飛び込んできた。
「エリアコードNA-P2700から出現した飛行物体及びその護衛機は針路を変更。狙いは首都クラナガンと思われる――」
来たか、と外していた酸素マスクを装着する。初めて戦闘機に乗った頃はゴム臭くてたまらなかったが、慣れてしまえばこんなものと割り切れた。
生命の糧をたっぷり吸って、メビウス1は愛機F-2のコクピットで空中管制機からの指示を待つ。とは言え、下されるであろう命令はおおむね予測が付くが。
「クラナガン市議会は管理局による防衛出動を認可した。全航空団及び陸士部隊は態勢移行、レモンジュース(警戒態勢)よりアップルジャック(戦闘態勢)へ。CAP中の各機は
哨戒任務を解く。ただちに、飛行物体とその護衛機を迎撃せよ」
ほらやっぱり。戦争が始まった。
周囲に見える味方機たちも各々翼を翻し、茜色の空の奥へと飛び去っていく。狙うはその向こう、守るべき土地に迫る敵機。
本来なら、自分もすぐに彼らの跡を追うべきだろう。データリンクシステムによってサブディスプレイに表示される、AWACSからのレーダー情報。件の巨大飛行物体はまだゆっ
くりとしか進んでこないが、その周囲を取り巻く小さな光点は違う。迎撃を避けるためかあえて小さな編隊をいくつも組んで、広範囲に渡って攻め上げてくる。味方は迎撃に
忙殺される。
それでも、リボン付きはすぐには動かなかった。指の数よりはるかに多いスイッチの群れに手を伸ばし、愛機の搭載兵装を液晶画面の一つに映す。
AAM-4、中距離空対空ミサイルとAAM-3、短距離空対空ミサイルがそれぞれ四発。機関砲はM61A1二〇ミリバルカン砲、五一二発。完全な空対空装備。"支援戦闘機"と名付けられ
てはいるが、F-2は空中戦だって得意なのだ。無論、もっとも使い慣れたF-22とは比較するまでもないが。
――違う、そうじゃない。メビウス1は、ディスプレイに映る兵装を見て、もっと別のものを見出していた。
戦闘機の武装。言うまでもなく、敵を撃破するための"兵器"。破壊のための道具だ。道具は全て、人間の手で扱われる。
じっと、グローブに覆われた手を見つめる。これまで幾度となく操縦桿を握り、ミサイルの発射スイッチを押し、機関砲の引き金を引いてきた手、指。
何度も何度も、壊してきた。落としてきた。殺してきた。立ち塞がる敵を、この手で。見た目こそ何ら変わらない普通の人間の手だが、この手は破壊に特化されている。
「届かなかったんだよな」
ポツリと、本人も気付かぬ間に呟く。
意識を失い、地面に向けて落ちていく彼女に向けて、彼は手を伸ばした。だが届かなかった。届くはずがなかった。
戦闘機では、戦うことだけに特化した翼では、それを操る手では。女の子一人、助けることも出来やしない。
「メビウス1」
ハッとコールサインを呼ばれ、彼は我に返った。振り向けば、キャノピーの向こうに見えた二番機の姿。F-15ACTIVE、自分と同じリボンを付けた荒鷲。パイロットの少女が、
コクピットでこちらを睨んでいるのが見えた――うわ、怒ってるぞこれ。たまらずメビウス1は目を逸らしそうになり、それでも何とか編隊長の威厳を保とうとすぐ返事。
「何してんですか、行きますよ、ほら」
「あぁ、分かってる。メビウス2は援護頼む」
急かされるようにして、メビウス編隊は一番機から翼を翻した。緩やかに、しかし鋭く主翼の先端から水蒸気の白い糸を引きながら。二番機もほとんど見劣りしない機動で、
彼の後に続く。通常推力最大、心臓たるエンジンを高鳴らせて二つのリボンは速度を上げた。
茜色の空は、間もなく戦場になろうとしていた。
やっぱりどこかおかしい。出撃前から薄々感付いてはいたが、一番機のパイロットの様子がいつもと違う。
前を行くF-2の背後をしっかり守りながら、ティアナは自分の思いが確信に変わるのを理解した。迎撃命令が下ってから動き出すまでのメビウス1の奇妙な間が、そうさせた。
原因は分からない。今にして思えば、"ベルカ公国"を名乗るテロリストたちの核弾頭移送を阻止してからずっと、様子が変と言えばそうだったかもしれない。
ひょっとしてなのはさんのことかしら、と少女は一番機に尾翼、そこに描かれたメビウスの輪を見ながら思う。同じ"エース"と言う肩書きを持つ者同士、通じ合うところがあ
るのは傍目でも分かる。そのなのはが、帰還途中で突然意識を失った。幸い一命は取り留めたものの、依然としてエースオブエースは目を覚ましていない。
いや――本当に、それだけだろうか? どちらかと言うと彼は、まるで思い悩んでいたようだったが。
<<Master>>
「……ごめん、クロスミラージュ。何でもないわよ」
計器にセットした相棒、カードの形をしたデバイスは主人を気遣うように声をかけた。首を振って、ティアナは平静を取り戻す。問いただしたい気分は山々だが、今は目の前
に迫った戦いに集中だ。
正面に向き直ったと同時に、愛機F-15ACTIVEが電子音を鳴らす。自己が捉えたレーダー情報を投影するメインディスプレイに、複数の光点が現れていた。数は四機、いずれも
IFF(敵味方識別装置)に応答無し。クロスミラージュが自動で画面上の光点を「UNKNOWN」とマーキングする。敵か味方かは、まだ不明。
「メビウス2から1へ、レーダーコンタクト。一一時方向、距離五〇マイル、高度二万六〇〇〇フィート、機影四」
「OK、こっちも捉えた。ゴーストアイ、こいつは敵機でいいんだな?」
一番機に報告すると、彼は空中管制機に問いかけた。恐らくは敵機なのだろうけど、念のため確認は必要だった。
「こちらゴーストアイ、当該空域に味方機無し。針路からも例の飛行物体から発進したものだろう――当該不明機を敵機と認定。メビウス1及び2、交戦を許可する」
交戦許可が下りた。途端に胸が高鳴り、身体を流れる血の回りが速くなった気がする。
落ち着きなさいあたし、と自分に言い聞かせながらティアナは酸素マスクを固定し直した。マスターアームスイッチ、自動でオン。手際よい相棒がレーダー上の光点を「UNKNO
WN」から「ENEMY」へと変えて、交戦準備完了。
「メビウス1から2へ、電波妨害が最小レベルだ。BVRでやる」
「了解、四機いますからきっちり半分こしましょう」
一番機より指示が下った――声を聞く限りでは、いつものメビウス1なのだが――邪念を振り払い、使用する兵装をAIM-120、AMRAAMの通称で呼ばれる中距離空対空ミサイルに
セット。BVR、視認距離外戦闘にはこいつの存在が欠かせない。現代の戦闘機による航空戦は、もはや肉眼で見える距離には収まりきらないのだ。
とは言え、闇雲にロックオンして当たるものでもない。前を行くF-2もBVR戦の構えだが、右主翼を大きく振りかざして旋回。茜色のキャンパスに白い水蒸気の糸を描きながら
最適な射撃位置へと移動する。ティアナも従い、ラダーペダルを踏み込んだ。少女を乗せた荒鷲は編隊長機を追い、同様の攻撃態勢へ。
「メビウス1、交戦。ロックオン――フォックス3」
まずはメビウス1、F-2より矢が放たれた。主翼下に搭載されていたAAM-4が二発、ハードポイントより切り離される。わずかに高度を下げたかと思うと、ロケットモーターに
火が灯る。ただのロケットモーターではない、推進方式は魔力による半魔導兵器、半質量兵器とも言うべき存在。管理局の戦闘機は、みんなこんな調子だ。
どっと加速したAAM-4は、あっという間に音の壁を突き破る。音速突破。指示された目標に向けてまっすぐ突っ込んでいき、すぐに視界内より消えた。
「メビウス2、交戦」
ティアナも続く。火器管制を担うクロスミラージュが、自動でターゲットを識別しロックオン。ピ、ピ、ピ、と小刻みに続いていた電子音がやがて連なり、レーダー画面に映
る四つの光点のうち二つを赤い四角形がマーキングする。ロックオン。躊躇せず、彼女はミサイルの発射スイッチを押した。
「フォックス3、フォックス3」
呟いた言葉は、魔法の詠唱とはまた違う。機体に軽く衝撃があって、胴体下に抱えられたAIM-120が切り離されるのが分かった。
先に放たれたメビウス1のAAM-4と同じく、F-15ACTIVEより発射されたミサイルはわずかに高度を下げた後、ロケットモーター点火。魔力推進の証である白い光跡を残しなが
ら、茜色の空の向こうへと消えていく。当たるかどうかは、神のみぞが知り得ることだ。
直後、キャノピーの向こうでF-2の蒼い色をした翼が左右に振られる――ズラかれ、と合図。敵機の数は四、こちらは二機。先制攻撃をしたからと言って、生き残りが反撃し
て来ないと言う保障はどこにもない。案の定、二つのリボンが右に大きく翼を傾けた時には耳障りな警告音がコクピットに鳴り響いた。死神の笑い声が、はるか遠方より迫っ
ている。ロックオン警報だ。
ブレイク! 編隊長からの指示より一瞬早く、少女の腕は動いていた。操縦桿を薙ぎ払うと、愛機は勢いよく左へとロール。そのまま右に旋回するF-2と編隊を解き、各々回避
機動に入った。グラッと大きく身体を揺らされ、ハーネスが肩に食い込む。痛みに顔をしかめながら、それでも警報は鳴り止まない。
ええい――露骨に舌打ち。ティアナは左手でチャフ放出ボタンを叩いた。途端に、尾翼のチャフ/フレアディスペンサーより銀の吹雪が舞い散らされる。アルミニウムの破片
をばら撒くことで、敵のレーダー波を幻惑させるのだ。
そのまま酸素を一息たっぷり吸って、操縦桿を引く。F-15ACTIVEは機首を天へと向けた。上昇、高度計の数値が目にも止まらぬ速さで吹っ飛び、代償として強い重力がパイロ
ットを押し潰さんとする。肺が押されて、呼吸すらままならない。
「ふっ、っく!」
腹筋に力を入れて、溜まった息を強制的に吐き出す。着込んだ耐Gスーツは膨らみ身体を締め上げ、足の方に流れていく血を少しでも止めようとする。
不意に、ロックオン警報が止んだ。静寂を取り戻すコクピット、何とか逃れられたか。額に浮かんだ汗をぬぐい、ティアナはあっと声を上げた。キャノピーの向こう、茜色の
空の向こうでかすかに、だが確かに小さな爆炎が上がっていた。
<<Splash 2. Nice kill>>
「――いや、まだこれからよ」
火器管制を司る相棒から賞賛の言葉。どうやら、先ほど放ったミサイルは二発とも当たったらしい。しかし、彼女は素直に喜ぼうとはしなかった。水平線の向こう、爆炎が見え
た先から黒い点が、まっすぐこちらに向かってきている。視覚強化の魔法を行使、点を睨めばそれは、仲間を落とされ復讐に燃える敵機であることに気付かされた。
――待てよ、一機? おかしい、メビウス1も自分も敵機に向けてミサイルを二発ずつ撃った。クロスミラージュによれば全弾命中したはずだから、四機いた敵機は全滅した
はずである。だが、まっすぐ突っ込んでくる敵影は間違いなく現実のもの。
いや、考えても仕方ない。立ち向かってくる以上は、迎撃するまでだ。敵機はすでに視認距離内、使用兵装をAIM-120から短距離用のAIM-9サイドワインダーへ。
メビウス1は、とティアナは攻撃前に一旦編隊長を探す。いた、回避機動を取った直後で高度を下げている。空と同じく夕焼け色の染まる海、その上にぽつんと浮かぶF-2を
見出して、彼女は目の前の敵機に視線を戻す。一番機との合流すべきか――いや、敵は一機だ。
「タリホー。2から1へ、ドックファイトに入ります」
「待て、協同して攻撃を――おい、ランスター!」
彼女はあえて無視した。相手はたった一機、負けるつもりは一切ない。
それに――エンジン・スロットルレバーを一番奥へと叩き込む。メカニカルな音が鳴って、アフターバーナー点火――今の彼に、余計な負担をかけたくない。自分が落とせる
目標ならば、自分で落としてしまうべきだ。
F100エンジンが赤いジェットの炎を伸ばし、咆哮を上げる。どっと加速したF-15ACTIVEはまっすぐ突き進み、正面から迫る敵機に立ち向かう。
互いに向き合った状態での接近は、凄まじい勢いで距離を詰めていった。気付いた時には黒い点のようだった敵影が、機種を判別出来るほどにはっきりと見えるようになる。
鮫のようなシルエット、Su-27フランカーか。F-15の好敵手とも言うべき存在と、ティアナ機は交差する。
ゲッ、とたまらず声に出してしまった。それまで一機に見えていたフランカーが、交差した直後に二機に"分裂"する。
否、分裂したのではない。最初から奴らは二機いたのだ。編隊間の距離をギリギリまで詰めることで、二機を一機に見せかけていた。
まんまと、ティアナは罠にはめられた。二対一、数で優位に立ったSu-27は素早く旋回し、F-15ACTIVEを狙う。
ちょっと、映画で見たわよこの戦法――ぎり、と酸素マスクの中で歯を噛み鳴らす。罠にはめられてもなお、少女の顔から闘志の炎は消えようとしない。
「上等じゃないの!」
気合を込めて、操縦桿を捻る。同時にラダーペダルを踏み込み、ティアナの駆る荒鷲は鋭い左旋回、Su-27に正面から立ち向かう。
ビリビリと背中に伝わる愛機の鼓動。まっすぐ正面を見据えて、彼女の瞳は二機いる敵機を睨む――その機首が、わずかに揺れ動いていたのを決して見逃さない。考えるより
も早く、左手が動いていた。フレア放出ボタンを叩く。赤い炎の塊が尾翼よりばら撒かれ、膨大な量の赤外線が発生する。これで赤外線誘導のミサイルは使えまい。意図する
ところを読まれた敵機はミサイルを放てず、やむを得ぬまま急接近。
「クロスミラージュ」
<<OK>>
相棒との間で短いやり取り。それだけで主の意図するところを察したデバイスは、詠唱を代行する。
彼我の距離はやがて機関砲の射程内へ。ミサイルを封じられたSu-27の編隊であったが、まだ彼らには三〇ミリ機関砲がある。まっすぐ突っ込んでくる荒鷲に向けて、一斉射
撃。赤い曳光弾が茜色の空を駆け抜け、目標を粉砕する――はずだった。穴だらけになったF-15ACTIVEはユラユラと蜃気楼のように消え、実体のない存在であったことを証明
する。いわゆるフェイク。
戦闘機乗りでありながら魔導師でもある、と言うのはかなり珍しい方だろう。生み出したフェイクシルエットが役目を果たしたのを見届けて、幻術使いは上を見上げた。無防
備な腹をむき出しにした敵機の姿が、そこにある。
なんてことはないわね。操縦桿を引いて、上昇。二機いるSu-27のうち一機に狙いを定めながら、ティアナは自分の行った戦法を振り返る。とは言っても単純明快、フェイクシ
ルエットを囮にして、その隙に自分は高度を下げて敵機の下に回りこんだのだ。
目には目を、策には策を、欺瞞には欺瞞を。ようやくこちらの存在に気付いたらしいフランカーはバッと主翼を翻すが、もう遅い。F-15ACTIVEの機関砲の照準は、敵機をすで
に捉えていた。
引き金を引く。獲物を見据えた機関砲が、野獣の唸り声のような音を立て火を吹いた。下から撃ち上げられたSu-27は一秒間に一〇〇発の猛烈なボディブローを浴びて、あえ
なくダウン。穴だらけになった機体は何とかして姿勢を回復しようとしたが、やがて高度を落とし、爆発炎上する。パイロットの脱出は見えなかったが、元より生命反応はな
い。お決まりの無人機だ。
「これでイーブン……」
敵機の撃墜を確認したティアナは呟き、もう一機と意気込む。一番機、メビウス1に手間をかけさせたくない。それこそが今の彼女の原動力だった。
ところが、残り一機の敵の姿が見当たらない。どこに、と周囲に視線をばら撒くが、それらしい姿は見当たらない。視界に映るのは夕日に染まる空、ただそれだけ。
<<<<Warning, 6 o'clock!>>
しまった――デバイスからの警告に、振り返りもせずラダーペダルを蹴飛ばす――デッドシックス、後ろを取られた。咄嗟に蹴飛ばしたラダーペダルは、動きを垂直尾翼に伝
え、機体を大きく横滑りさせる。ハーネスで固定していたはずの身体が揺れて、頭をキャノピーにぶつけてしまった。ヘルメット越しに伝わる衝撃は、しかし撃墜されるより
はマシな痛みだった。ヒュンヒュン、と愛機のすぐ傍を三〇ミリの弾丸が飛び抜けていく。一瞬、ほんの一瞬の差で死すべき運命から逃れられたのだ。
「っく」
恐怖で顔を引きつらせながらも、少女は何とか振り返る。Su-27フランカー、最後の一機。いつの間に後ろに回りこんだのか見当もつかないが、とにかく今は逃げなければ。
操縦桿を左に倒す、大きく左横転。ぐるっと洗濯機にぶち込まれたように視界が回り、右から左に圧し掛かってきたGが、後ろを振り向いたままの少女の身体を捉えて離さな
い。動けない、これでは前を見れない。身体強化の魔法を行使、無理やりにでも身体を元の姿勢に直そうとする。苦痛に顔を歪めながら何とか前に向き直ろうとした時、視界
の隅で赤い閃光が瞬いたような気がした。
まずい、と生存本能が警鐘を鳴らす。左に倒していた操縦桿を、今度は右へ。左方向へロールを続けていた荒鷲は途端に主翼を跳ね上げ、右横転へと切り替える。その翼の先
を、殺意の込められた弾丸が掠め飛ぶ。
こいつは――酸素マスクの中で貪るように荒い呼吸を繰り返すティアナ。彼女の瞳が、一番機がやっているのを真似してコクピットに取り付けられたバックミラーを見る。映
っていたのは敵機、自分を追う狩猟者。こいつは、ただの無人機とは違う。機動を先読みするようにして撃ってきた。
"ベルカ公国"を名乗るテロリストたちは、生身のパイロットから得られたデータを元に無人機の制御を行っていると聞いた。以前、無人のF-22がメビウス1とそっくりな機動
でクラナガン上空に現れた時のそれと同じく。となればこのSu-27を操っているのは、相当の手練れが操っている。手練れのデータを得た機械が。
「メビウス2、ブレイクレフト!」
はっと、ティアナは我に返った。ビビっている暇はない。通信機に飛び込んできた編隊長の声に従うまま、ラダーペダルを踏んで操縦桿を薙ぎ払った。左急旋回、追い詰めら
れていた荒鷲は逃げを打つ。
無論、Su-27は追いかけようとした。右主翼を翻そうとしたところで、しかしその動きが止まる。追従旋回になるはずだった機動は、そのまま回避のためのロールに。見れば、
背後より迫る蒼い翼がフランカーを追撃していた。尾翼に元祖リボンのマーク、メビウス1が間に合ったのだ。
敵機と編隊長機はそのままティアナ機より離れ、格闘戦に突入。右へ左へ、上へ下へ、追いながら追われながらの激しいダンスを繰り広げる。やがてメビウス1のF-2は敵機
を捉え、機関砲の射程内に収めてしまう。チェックメイト、勝ったも同然。
ガバッと突如、Su-27の機首が跳ね上がった。降参した、と言う様子ではない。白い水蒸気のドレスを纏って行ったその機動、ティアナは実物を初めて見た――コブラ。フラ
ンカーファミリー伝統の、急減速して空中で一瞬、ほとんど静止してしまう機動。上手く使えば後ろについた敵機をオーバーシュートさせられるが、ほとんどは速度を大きく
失う上に、タイミングが難しいため実用性の低いサーカス芸と称されている。
そのコブラを、敵機はやってのけた――よりによって、メビウス1の駆るF-2の真正面で。距離は至近、初めからぶつけるつもりだったのか。
「避けて、メビウスさん!」
思わず、彼女は叫んでいた。だけども、彼の愛機は微動だにせず。狙った獲物から、決して離れようとしなかった。まるで、空中衝突を受け入れるかのように。
どうして避けないんです、何故! 怒りが湧き上がり、爆発しそうになった。彼ほどの技量を持ってすれば、避けることは可能なはず。それなのに。
その時、F-2の主翼の付け根で閃光が走った。野獣の咆哮、機関砲の猛攻。道連れを図って立ち塞がったSu-27の胴体を、二〇ミリの弾丸の雨が容赦なく叩く。衝撃の連打に敵
機はたまらず、吊り上げていた機首を下げた。その先わずか数十センチを、攻撃を終えた蒼い翼が駆け抜けていく。
爆発。F-2の後方で穴だらけになったフランカーは四散し、炎と黒煙に姿を変える。
「メビウス1、スプラッシュ」
あと少し、ほんの少しで死ぬところだった。それなのに、通信機に入ってきた撃墜をコールする彼の声は、涼しいもの。感情一つ、揺れ動いていないようでもあった。
呆然とするティアナの前に、翼を振ってF-2は舞い降りてきた。コクピットで、パイロットがどうしたんだ、とでも言いたげな視線を投げかけてきている。
やはり、おかしい。いつもの彼なら「おー、怖かった」の一言でもあるはずだ。今回は、それがない。聞こえる声にだって、どこかいつもと様子が違う。
「メビウス2、どうした。大丈夫か?」
「え……えぇ、平気です。機体も、私も」
「ならいい。あまり無茶はするなよ」
あなたが言えた立場ですか。言いかけたところに、ゴーストアイからの通信。
「こちらゴーストアイ。メビウスチーム、新たな敵影を捕捉した。迎撃に向かってくれ」
「メビウス1了解――どうした、メビウス2」
「あ、はい……メビウス2、了解」
戦闘は、まだ始まったばかりだ。
だけど、この違和感は。
彼の様子がいつもと違うのは。
答えを見出せないまま、ティアナは一番機の後を追う。
どうやらうちの隊は、貧乏くじを引いたらしい。
愛機F/A-18Fスーパーホーネットのコクピットで、機長を務めるアヴァランチは自分の隊が置かれた状況を見てひっそりと嘆く。
こっちは四機、相手は八機。レーダーで見た限りでは互角だったのだが、最初に見つけたタイフーンの中に、ステルス戦闘機のF-35が紛れ込んでいたのは予想外だった。格闘
戦にもつれ込んでかろうじて六機を撃墜したものの、こちらは三機が落とされた。しかも、そのうち一機に関しては脱出が確認出来ていない。
無事を祈る暇は、ない。残り二機となった敵、タイフーンとF-35は執拗に追い掛け回してくれるし、援護してくれるはずの僚機はもういない。みんな波間に揺れて、救助を待
っている身だ。
「この野郎……」
それでも酸素マスクの中で、荒い呼吸を続ける。どんな状況下でも、決して彼に諦めの文字は無かった。正面に捉えたF-35を睨みながら、アヴァランチは操縦桿とラダーペダ
ルを巧みに操り、逃げる敵機を追い続ける。
HUDの向こうで、F-35は右往左往を繰り返す。ジンキング、機体にわざと不安定な状態にさせて、針路を誤魔化す機動。ロックオンしようにも、愛機の機首は敵機に合わせて
フラフラと安定せず、ミサイルのシーカーが目標を捉えられない。
こん畜生め。苛立ちを込めた力で、ラダーペダルを踏み込む。ほとんど当てずっぽうだったが、偶然にもF-35が左へと翼を傾けた。F/A-18Fの機首も左に逸れて、敵機を真正
面に捉えることに成功する。掴まえた、と歓喜の声。小刻み良い電子音がなりだし、主翼先端のAIM-9が目標の発する赤外線を探知しようとする。
「アヴァランチ、後方注意! タイフーンが来る!」
絶好のチャンスを目の前にして、後席に座る電子機器の操作と見張りを担当する相棒から警告が飛ぶ。
舌打ちしながら振り返ると、すでに太陽が顔を隠し始め、暗くなってきた空の向こう、黒々とした敵機が四時の方向より迫ってくるのが見えた。タイフーン、あらゆる空域で
優れた機動性を発揮する新鋭機。すぐに逃げなければ、命が危うい。
しかし、と機長は視線を前に戻す。せっかく掴まえたF-35がそこにいる。タイフーンの攻撃を回避するならばこいつは諦めるしかない。
「後ろをよく見張っててくれ、眼を離すな」
「なんだって!?」
「タイフーンの動向に注意しろ。俺は、こいつを落とす」
マジかよ、と後席は泣きそうな顔になって背後に眼をやる。彼としては、今すぐ逃げて欲しかったのだろう。
どの道、ここでF-35を逃がせばまた攻撃してくるのだ。しかも、今度は仲間と合流した上で。一度に複数の攻撃から逃れられる自信はなかった。
改めて、アヴァランチは前を見る。ロックオンされていることに気付いた敵機はアフターバーナー点火、どっと加速して逃げを打つ。
逆だろう、としかし、狙う側に立つ彼の顔に変化は無い。確かにアフターバーナーは機体を大きく加速させるが、エンジンノズルから伸びる赤外線の量は通常推力時のみに比
べて、爆発的に増える。案の定、AIM-9は美味そうな匂いをすぐに嗅ぎ付ける。ロックオン、電子音が鳴り響く。
「フォックス2!」
発射スイッチを押した途端、主翼先端にあったミサイルが勢いよく飛び出す。魔力を燃やしながらかっ飛ぶ炎と鉄の矢はまっすぐ獲物に向かい、近接信管作動。炎と衝撃に姿
を変えて、F-35の左主翼を丸ごと喰らい尽くした。残った胴体も破片で切り刻まれて炎上、部品をバラバラと放り投げながらはるか眼下へと消えていく。
やった、撃墜――しかし、歓声を上げる暇は無い。タイフーンを見張っていた後席が、いよいよ悲鳴のような声を上げていた。
「うわ、来た! 早く逃げろ、急旋回!」
「分かってるから落ち着け!」
敵機のエンジンノズルから、赤いジェットの炎がちらつく。アフターバーナーを点火して、奴らは急接近を図ってきたのだ。とっくにミサイルの射程には入っているはずなの
に撃ってこないのは機体の不調か、それとも機関砲でなぶり殺しにする趣味でもあるのか。もし後者なら――ふざけやがって、誰のデータ使ってやがる。
怒りにも似た感情を覚えながらも、パッパッと手際よく操縦桿とラダーペダルを動かす。雀蜂は翼を翻し急旋回、白い水蒸気の糸を引いて逃げを打つ。圧し掛かるGはもちろ
ん辛いが、歯を食いしばって耐えた。
ズルリと、しっかり固定していたはずの酸素マスクがずれ始めた。大事な酸素を失う訳にもいかず、顎を前に出して受け止める。強いGの中で、動かせるのはそれだけだ。あ
とはせいぜい目玉くらいか。上を見上げると、黒い影らしきものが、自分たちを追いかけてくるのが見えた。畜生、まだ来るか。
「くそったれ、もう一機増えた! もうおしまいだぁ!」
何だと、とアヴァランチは焦りを露にした。見つけた黒い影の後ろよりさらに一機、確かに戦闘機らしき機影がある。まずい、挟み撃ちなどされたら厄介だ。
ところが、である。新しく現れた機影は、敵機らしい影に向かってぴったりくっついて来る。バックアップのポジションにしては、若干近すぎるようにも思えた。だとすれば
あの機体は――
「アヴァランチ、三つ数えたら左旋回だ!」
「……その声、スカイキッドか!」
通信機に聞き慣れた同僚の声が入った時は、耳を疑った。他の戦区に派遣されていたはずの戦友、デルタ翼戦闘機Mir-2000を駆るコールサイン"スカイキッド"が駆けつけてく
れたのだ。他の僚機の姿は見えないが、今はたった一機の増援でもありがたい。
三、二、一と頼もしい戦友の声が響く。ブレイク、ナウ。指示された通りアヴァランチは操縦桿を薙ぎ払い、愛機の主翼を勢いよく翻させる。大きく左へと機首を逸らした目
標を追って、タイフーンは追従旋回。その背後で、Mir-2000の影が忍び寄る。敵機を真正面に捉え、機首に二門搭載された三〇ミリ機関砲が猛然と火を吹く。放たれた赤い曳
光弾は暗くなってきた空を切り裂き――当たらない。ただの一発も命中することなく、スカイキッドの放った弾丸は空を切る。多少驚きはしたものの、タイフーンはスカイキ
ッドの存在をあえて無視。そのままF/A-18Fを追い続けた。
「何やってんだスカイキッド、ちゃんと狙え!」
「狙っている、狙っているが……くそ、暗い」
たまらず怒鳴ったが、彼の言葉を聴いてアヴァランチは苦々しい表情のまま納得するほか無かった。
空が、暗い。太陽は水平線に沈みかけ、敵機の影が視認し辛くなっている。レーダーがあると言えど、機関砲の照準は目視に頼る。それが利点でもあり欠点なのだが、今回は
悪い部分が浮き彫りになってしまったか。ミサイルは、すでに最短射程を割っていた。距離を取っている暇は無い。その間にタイフーンは雀蜂を喰らうだろう。
そうこうしているうちに、敵機との距離は縮まり始めていた。こなくそ、と機長が乱暴にラダーペダルを交互に踏んで、F/A-18Fは針路を右へ左へとランダムにずらす。豊富
かつ多彩な兵器搭載量と引き換えに、スーパーホーネットは加速力がないのが弱点だった。軽量で大出力のタイフーンとは比べるまでも無い。
耳障りな高音が鳴り響く。ロックオン警報、いよいよいつ撃たれてもおかしくない。頼みの綱のスカイキッドは、未だ敵機をしっかり捕捉出来ないでいた。
「くそ、もう駄目だぁ!」
耳に響く死神の足音に、後席が叫ぶ。
「おしまいだぁ、チキンブロスにされちまう!」
「黙ってろ、バーガディッシュ!」
喚く相棒に向けて、アヴァランチは一喝する。まだ撃墜されると決まった訳ではない。
「だいたいこいつはスーパーホーネットだ、雀蜂だ! チキンブロスにはならん!」
「じゃあハチミツのローヤルゼリー付きだぁ!」
うるせぇなぁ、こいつ。
疲れた頭で操縦桿を握る彼の生存本能は、しかし決して諦めていなかった。
――閃光。
突如として、夜へと変わろうとしていた空が明るくなった。爆発かと思ったが、違う。まるで、証明弾でも打ち上げられたような光。それも、一つではなく複数。
闇夜の世界が、ほとんど昼間と変わらない明るさを取り戻す。黒い影にしか見えなかったタイフーンが、はっきりと光の下に照らされるほどに。
見えた、とスカイキッドの声。突然巻き起こった光の連鎖、原因は分からないが利用しない手はない。今度こそMir-2000は機首の先に敵機を捉え、機関砲を放つ。三〇ミリ弾
の連打を浴びたタイフーンはあえなく粉砕され、空中分解する。
いったい何が起こったんだ? ひとまず敵機が撃墜されたことに安堵しながら、キョロキョロとアヴァランチは周囲を見渡す。浮かび上がる光は、決して自然現象には思えない。
明らかに人の手で打ち上げられたものだ。
「お前か、スカイキッド」
「違うぞ、俺は何も知らない――」
あっ、と突然、それまで喚いていた後席が何か見つけたように声を上げる。今度は何だ、と面倒臭そうに声をかけると、彼は「アレ、アレだよ」とキャノピーの外を指差して
いた。言われるがまま、視線を指先の方に向ける。通信機に聞き慣れた声が入るのと、複数の機影が見えたのはほぼ同時だった。
「こちらウィンドホバー。大丈夫か、お前ら?」
「ウィンドホバー!? なんだお前か、どうやったんだ、おい。今の魔法は」
見えた機影の先頭にいたのは、小型戦闘機のF-16Cファイティング・ファルコン。パイロットは戦友、コールサイン"ウィンドホバー"だった。
アヴァランチからの問いかけに対し、彼は「違う違う」と否定の言葉。俺は彼女らをここまでエスコートしただけさ、とも。
彼女ら、と聞いて彼はふと、F-16Cより若干遅れてやって来る機影を見る――いや、違う。"機影"ではない、どちらかと言うと"人影"だ。人? 人が空を飛ぶのか、と言うこと
はあいつらは――
「おーおーおー、無人機如きに苦戦してんじゃねぇーよ、アヴァランチ。スターズ2、ただ今到着」
「ヴィータ、よしておけ――失礼した。ライトニング2、戦線に到着した」
「おいおい、誰かと思えばハンマー娘と烈火の将じゃないか」
誰がハンマー娘だー、と口では怒りながら、赤い外套を纏って戦闘機と併走する少女――ヴィータは笑みを浮かべていた。烈火の将ことシグナムと共に、救援に駆けつけてく
れたらしい。と言うことは、本局からの増援が間に合ったのか。
「すでに各戦闘空域に空戦魔導師たちが派遣されている。合わせて、照明魔法の支援も続行中だ。無いと困るだろう?」
「あー、ごもっともだ。おかげで撃墜一、稼がせてもらったしな」
確認するようなシグナムからの問いかけに、スカイキッドが答える。なるほど、やはり魔導師たちの仕業だったのか。視覚強化の魔法など行使出来ないパイロットたちにとっ
て、明かりは極めて重要だった。
ともかく、これで失われた僚機たちの不足分を埋めることが出来る。戦闘が落ち着けば、脱出したパイロットたちの救出だって順調に進むだろう。そのためにも、もう少しこ
の空域を守る必要があった。
――そう、守る必要があるのだ。まるでそのことを改めて認識させるかのように、レーダーが電子音を鳴らす。同時に、ゴーストアイからの警告が飛ぶ。
「こちらゴーストアイ、各機警戒せよ。所属不明の航空機が八機接近中、恐ろしく速い」
「早速おいでなすった、敵さんだぞ」
警告を受けるなり、戦闘機乗りと魔導師たちは戦闘態勢に入る。相手は八機だが、こちらは本局と地上本部の精鋭が二人と三機だ。相手にとって不足はない。
――……の形で、会いたかったものだ。
「ん?」
「どうした、アヴァランチ?」
通信機に、何かが飛び込んできた。酷く掠れて聞き取りづらいが、確かに耳に入った。
後席に何事かと問われたが、答える前にすぐ、次の言葉が聞こえてきた。
――……を知らぬ政治家どもが、テーブルに着いている。
「何か聞こえなかったか、状況を開始する、とか」
「いや……?」
――醜いパイの奪い合いだ。だから終わりにする。
「……!」
「聞こえたろ、ほら」
「あたしにも聞こえたぞ、何だこりゃ……?」
後席も、ヴィータも、シグナムも、ウィンドホバーも、スカイキッドも。今度は確かに全員が、耳にした。
それは、男の声だった。決して若くはない、だが年老いてもいない。歴戦の兵士を思わせるような、落ち着いた口調。
発信源は、とアヴァランチは後席に尋ねる。しばしの逡巡の後、彼は信じがたい答えを――彼自身、そんな表情をしていた――持って回答する。
「おい、みんな無人機じゃなかったのか。お前、これは……」
「俺だって信じにくいよ。でもさ」
「二人とも、喋る余裕は無さそうだ」
暗闇の奥から、照明魔法で明るく照らされた空域に向け、そいつらはまっすぐ飛んできた。
彼らについて知っている人間がいれば、必ずこう言うだろう。"お前らは死んだはずだ"、と。
しかし彼らはここにいる。翼を持って。亡者となってなお、彼らは空を駆け抜け、やって来たのだ。
現れたのは、Su-47ベルクート。所属は未だ、ベルカ空軍第一八航空師団、第五戦闘飛行隊。
コールサインは――
「ゴルト1より各機へ、状況を開始する。彼らの好きな殺し合いで、正義を決める」
そして、死者の影が躍りだす。
最終更新:2010年05月30日 20:06