魔法少女リリカルキノ 第1話「コール・オブ・キノ モダンウォーフェア2」
「さぁ、木乃さん。今日も張り切って行きましょう」
「うぇーい…」
茶子先生の言葉に、木乃の何ともやる気の無い返事。だらしねぇな。
茶子先生は何時ものスーツに木乃は学生服、ではなく、何故か二人揃って灰色の作業服を着ています。
二人が居る場所は、機動六課の廊下。傍には清掃用具が積まれたカートが1台。
キノはとても面倒そうな表情でカートに寄りかかってます。若いのにだらしないですね。
「そういえば、今日のお昼のメニューはスペシャルカツカレーらしいわ」
「さぁ、先生! 今日も張り切って掃除をしましょう!」
茶子先生の一言に木乃が異様に張り切り始めました。何と言う食い意地の張った主人公でしょう。まぁ、原作もこんな感じなんですが。
異様に張り切りながらカートを押す木乃の後を、茶子先生は付いていきます。ちなみに今日の清掃場所は『トイレ』。
お食事中の方、お食事前の方。大変申し訳ありません。
さて、場所は変わってここは六課の事務室。頭脳労働が得意な静と犬山の二人が机に座り、恐ろしい速さで書類の山を片付けています。
二人に任せられた作業は単なる誤字脱字のチェックなのですが、お前ら本当に確認してるのかよ。と突っ込みたくなるような速さで次々と片付けて行きます。
山から書類を取ってはチェックし、書類を取ってはチェック。この工程を恐ろしい速さで行っているため、手元が残像で見えません。お前ら本当に人間かよ。
と、そこに入室者が、六課の部隊長はやてです。何か重そうな白い塊を両手で抱えてます、嫌な予感しかしません。
「ごめんな~、ついでにこれもお願いしますわ」
そういって机に積まれる新たな書類の山。余りの重さに机が軋みました。
その量。普通の人が見たら間違いなく気が滅入るような量です。しかし、そこはエリート二人。涼しい顔で了承しその書類すら片付けて行きます。
実はこの書類。本来ならはやて自身が確認しないといけない、非常に重要な書類なのですが。二人が余りにも優秀すぎるので調子こいて、自分の分まで仕事をやらせているのです。
しかも、今回が初めてではなく。木乃達が働き始めてからかなりの数を二人にやらせていたんです。
汚いなさすがちび狸きたない。それとも、これくらい腹黒くないと部隊長はやっていけないんでしょうか。
なぜ皆がこんな所でこんな事をしているのか、時間は数日前に遡ります。
学園の体育館で光に呑まれた4人と1つ。呑まれた瞬間に意識を失い、気が付いたら見知らぬ天井。金髪美人の女医が一人。
要するに機動六課に保護されてました。何と言うテンプレ展開。
幸い保護されたときには『キノ』ではなく学生の『木乃』に戻っていたらしく、茶子先生や静、犬山に正体はバレずに済みました。まさに御都合主義全開。
その後も読者の皆様の予想通り、はやてと話し合い元の世界が見つかるまで機動六課に住むことになりました。
その際にキノとストラップのふりをしていたエルメス。1人と1つを除いた全員が『タダ飯喰らいは申し訳ない、何か手伝わせてくれ』と言い。
『それなら雑用お願いしますわ』とはやてもふたつ返事で承諾。掃除やら荷物整理やら色々と仕事をしながら過ごし、木乃と茶子先生は冒頭に至ります。
これをリアルタイムで書いたら物凄く面倒な文章になってたでしょう。
ちなみに、この世界に関する説明を受け。最後に質問は無いかと聞かれた際に静が、
「少し聞きたいのですが、質量兵器とは具体的にどのような物を指すのでしょうか?」
「ああ、そんなに難しく考えなくても大丈夫です。日本の銃刀法と同じように考えていただければ良いですから」
「なるほど、ありがとうございます」
そういって腰の日本刀の位置を直しました。ちなみに静の帯刀はデフォです。気にしてはいけません。
気にしたら負け。
太陽がさんさんと照り付ける炎天下。大きな影が一瞬太陽を覆い隠し、一瞬で過ぎ去って行きました。
ここはミッドの空港、毎日多くの人々が利用する。ミッドチルダ最大の空港です。
今日も多くの人たちが様々な国々へと向かいます。ある人は旅行で、ある人は仕事で、ある人は借金取りから逃れるため高跳び―――おっとこれはいけませんね。
そして空港の入口のロータリー、そこに1台の黒いバンが止まっています。
窓ガラスはフロントを覗いて全てスモークガラス、運転席には厳つい顔の男が隙無く辺りを窺ってます。怪しさ爆発です。
そしてバンの中では、数人の男が集まって何やらロシア語で話しこんでいます。怪しさ更に倍プッシュ。
「遂にこの日が来たか」
「長かった…、本当に長かった…」
「まだだ、この計画が成功するまで安心はできんぞ」
そう言って髭を生やした眼つきの鋭い、リーダーらしき男がメンバーを窘めます。彼の名は『ウラジーミル・マカロフ』。
決して某FPSに出てくる恋をした名前の良く似たロシア軍の軍人だったり、ロシア製の拳銃だったり、マカロニじゃありません。
マカロフは男たちを見回すと、厳かに口を開きます。
「我々の悲願は今日、成就される。同志諸君、気を引き締めて臨もうではないか」
その言葉に男たちが頷きます。彼等は足元に置いてある、膨らんだスポーツバッグを肩にかけ、空港へと向かいました。
最後にマカロフが出ようとした時、ふと車内を見てみれば、そこにはクロスワードに夢中になっている一人の男が。
「おい、何してる。行くぞ」
「え? ああ、答え合わせをしたら直ぐに行く!」
そう言って、キーワードを並べ替えて答え合わせをした後、バッグを担いで大慌てでマカロフの後を追いました。
ちなみに彼が夢中になっていたクロスワードの答え。ロシア語で書かれた答えはこう書いてありました。
『マモノハアナタ』と。
空港のエレベーター内、スーツ姿の男4人が居ます。むさ苦しいことこの上ないです。
スーツだけならビジネスマンの集団に見えますが、スーツの上に着ているのは防弾チョッキ。その手にはミッドチルダでは御法度の質量兵器、銃。
どこからどう見てもテロリストです。
その4人の男の中に、クロスワードをしていた男の姿もあります。実は彼、アメリカ軍が忍び込ませた潜入捜査官なのです。本名は『ジョセフ・アレン』といい、今は偽名で『アレクセイ・ボロディン』と名乗っています。
何でも今回の任務。彼一人を忍びこませる為に多くの犠牲があったとか、裏の世界は怖いですねぇ。
ちなみに彼、潜入前にブルドッグだかドーベルマンだか土佐犬だか。
環境保護を訴えてる癖に、自分たちのやっている行動が環境破壊になっている事を全く自覚してない、矛盾だらけの捕鯨反対を訴える、どこぞの環境テロリストみたいな名前の将軍に死亡フラグっぽい事を言われたとか。
まぁ、いいか。
さてさて、こうしてる間にもエレベーターは目的の階に近付き、自然と男たちに緊張が走ります。
「津波ボーn…じゃなかった。С нами Бог」
一瞬、突拍子もないこと言おうとしたマカロフに3人の視線が集まります。『きっと空耳だろう』そう思って3人は忘れることにしました。
チーン、という小気味の良い音と共にエレベーターの扉が開きます。そして同時に雑踏の音が雪崩の如く押し寄せてきました。うるさいです。
何かトラブルがあったのでしょうか、空港のロビーでは大勢の人が並んでいます。
「殺せ、ロシアじn…間違えた。ロシア語は禁止だ」
その言葉を聞いてメンバーが『オイオイ、大丈夫かよ』とでも言いたげな視線をマカロフを向けます。
本番直前にこんなこと言われたら、誰だって不安になりますよね。
そんな視線も気にする事無く、マカロフは持っている軽器機関銃を構え、後に続くようにメンバーも構えました。黒い銃口が人々に向けられます。
後は引き金を引くだけで弾丸が吐き出され、目の前に居る人々に襲いかかり、辺りを一瞬で地獄絵図に変えるでしょう。
マカロフ達の指が引き金にかかり―――
「うっ…!」
突然、アレンが胸を押さえ、苦しげに蹲りました。突然の事態に男達が慌てます。
「お、おい。どうした! 大丈夫か!」
一番近くに居た男が駆け寄り、アレンの具合を見ます。
アレンは胸を押さえ苦しげに呼吸しています。額に汗も浮かび、明らかにただらなぬ状態です。
容態を見た男が更に慌てて、大声で助けを呼び始めました。
「メデイイイイィィィィィック!!!!」
確かに正しいです。ある意味間違っていません。でも間違っています。
その大声に驚いた人々がマカロフ達を見て、アレンを見て更に驚きました、別の意味で。
「え?」
人々のおかしな驚き方を不自然に思った男が、再びアレンを見ました。
そのアレンが、現在進行形で手の爪が異様に伸び始め、全身が毛むくじゃらになっています。男が絶句。
さぁ、いよいよキノのミッドチルダデビュー戦です!!
「はい、はい。わかりました。直ぐに向かいます」
受話器を元に戻して、はやてが妙に真剣な目をしています。ここは六課の事務室、緊張した空気が張り詰めています。
さっきの電話は空港で怪生物が現れたこと、至急、機動六課は出撃してほしいという要請でした。
何時になく真剣かつ真面目な顔つきで、はやてはテキパキと指示を飛ばします。
「なのはちゃんとフェイトちゃんは巨大生物を押さえといて、シグナムとヴィータは避難の援護、シャマルは負傷者の手当てを頼むで!!」
「「「「了解!!」」」」
元気よく返事をした五人が事務室を飛び出して行き、残るは新人フォワードの面々。…あれ、一人、というか一匹足りないような…。ま、いっか。
フォワードの面々はまだ訓練を始めてから日が浅いため、六課で待機することになりました。いきなり新人を戦場にほっぽり出すようなバカには司令官は務まりませんしね。
さて、同時に六課の様々な場所で巨大生物、魔物の出現に気付いた人達もいました。言うまでもなく木乃達です。
「む!?」
「木乃、来たね」
「まさかこの世界にまで現れるなんて…、急がなくちゃ!」
木乃は現在、茶子先生と分かれてトイレを清掃中。先生に『洗剤が切れたので替えを持ってくる』と言って、飛び出して行きました。
ツナギ姿のまま全力疾走、外に出て人気がない裏庭に直行し周りに人がいないことを確認。こっそりと忍ばせていたモデルガンを取り出します。
それにしても木乃、何やらとても機嫌が良いです。良いことがあったのでしょうか?
「木乃、やけに嬉しそうだね」
「そりゃそうでしょー、北海道の時はダメだったけど、ここは海外どころか異世界! いくらあのストーカー仮面男が変態でも、流石に時空の壁は越えられないでしょ」
とても嬉しそうに言い切った木乃に対し、エルメスは何も言わずに黙っていました。まるで楽しい夢を見ている人を起こさないかのように。
そんなエルメスの様子にも気が付かず、木乃は何時も通りモデルガンを撃って変身を始めました。
あっというまに変身が完了、同時に腰のエルメスに声をかけます。
「エルメス!」
「任せて!」
エルメスがキノの腰から勢いよく飛び出し空中で突然、光り出しました。光の中でエルメスがシルエットになり徐々に変化が現れます。
ストラップのシルエットがグニャグニャと変化し、スライムの様なシルエットから徐々に別の形になって行きます。
そして変化が終えて光が収まりそこにあったのは、
「さぁ、キノ早く乗って!!」
「…」
エルメスが変身したものを見て、キノは黙りこくっていました。エルメスが変身したのは大型のバイク。
フロント部分が黒い流線型の走行で覆われており、ハンドルの前面部分が左右に開き幾つもの銃が差しこまれています。
エンジンは3気筒ですが、マフラー1本1本の大きさが尋常ではありません。
そんなモンスターマシンに変身したエルメスに向けて、キノが引きつった顔で言葉をかけます。
「エルメス…別のに変身して」
「キノ! 時間が無いんだよ!」
「いいから、別のにして」
「キノ!」
「別のにしろ」
最後の台詞はとても少女が出せるとは思えないような冷たい声でした。同時にポーチから出したストックが折りたたまれた散弾銃、SPAS12をエルメスに向けます。
向けた先は燃料タンク、ここに散弾をぶち込まれたらそりゃもう大惨事になるでしょう。主にエルメスが。
にしてもキノ、なぜここまでこのバイクを嫌がるのでしょうか? メーカーの問題でしょうか?
脅されたエルメスは渋々変身。光が収まった時そこにあったのは、
「これで文句ないでしょ!」
「…まぁ、いっか」
迷彩柄に塗装された四輪駆動の軍用ジープがありました。もはや何でもありです。
素早く運転席に乗り込みキーを回します。エンジンが唸りを上げタイヤが猛スピン、急速発進し空港へと向かって行きました。
ここは機動六課の屋上。ヘリポートが完備され、六課の足でもある新型ヘリJF-704式が待機しています。
慌ただしくなのは、フェイト、シグナム、ヴィータ。そしてシャマルがヘリに乗り込みます。プロペラが猛烈な勢いで回転、揚力を生み出し空へと飛び立ちます。
そしてそのヘリの中、操縦席でパイロットであるヴァイス・グランセニックは違和感を感じていました。
操縦桿が重いのです。ついこの前点検をした時は何も以上は無かったのに確かに感じる違和感。疑問に思いつつも今は緊急事態なので、とにかくヘリを空港に向け飛ばします。
点検は帰ってからやれば良いだろう。そう決めたヴァイスでした。
この時、彼は違和感の正体に気が付いていませんでした。違和感の原因はヘリの外装。具体的に言えばヘリの底の部分にありました。
その場所には白い詰襟制服を着て、腰に本物の日本刀を差し、顎に白い鳩を乗せた一人の男が某蜘蛛男よろしく。涼しい顔でへばり付いていました。
さぁ、ここは問題の空港。アレンが変化した体長2mはあろう二足歩行の狼が手当たり次第に辺りを破壊しています。
幸い人は全くと言っていいほど狙っておらず、闇雲に暴れているだけです。空港に居た人々も悲鳴を上げながら魔物から遠ざかっています。
と、そこに正面玄関のガラスをぶち破って、ジープに乗ったキノが登場です。エルメスは変身を解除し一瞬で元のストラップに戻り、キノの腰に収まります。
キノ、吹き抜け2階に居る魔物を見上げると大ジャンプ、ポーチに両手を突っ込み得物を漁ります。そして跳躍が頂点に達し、落下を始めた所で両手が引き抜かれました。
キノの両手に握られていた銃、ドラム型マガジンが装着されたフルオート射撃が可能なショットガン。AA-12が握られていました。
AA-12はフルオートで射撃が可能であり。その威力は車を破壊できるほどです。そんな銃を二丁持ちとは、まさに最初からクライマックス。
二つの銃口を躊躇うことなく魔物向けて射撃開始。一拍置いたテンポの良い銃声が響き渡り、赤い空薬莢と散弾が次々と吐き出されます。
散弾が容赦なく魔物に襲い掛かり全身を痛めつけます。ぶち込まれた魔物、痛そうにしてはいますが負傷はしていません。そのうちに痛さに耐えかねて奥に逃げ出してしまいました。
その背中をキノは撃とうとしますがここで生憎の弾切れ、ついさっきまで魔物が居た場所に着地。逃げる背中を忌々しげに見つめます。
「逃がしちゃったね」
「ええ、でもダメージは与えたわ。このまま一気に仕留めるわよ」
キノ、AA-12をポーチに仕舞い再びポーチを漁ります。次の得物を掴んだキノは手を引き抜きました。
長い、長いです。キノの身長の4分の3位はあります。
キノが引き抜いたのは、バイポッドが折りたたまれたWW2でナチス・ドイツが使用した軽機関銃『MG-42』です。
全長は1m20cm、毎分1200発もの鉛弾を吐き出す化け物銃です。また、その銃声から別名『ヒトラーの電気ノコギリ』と呼ばれ恐れられていました。
弾薬ベルトは引き抜いたポーチの中から伸びています。もう、何でもありです。キノは新しく取り出した得物を構えながら魔物の後を追います。
しばらく進むと大きなフロアに出ました、上が天窓になっており太陽の光を余すこと無く空港内に取り入れています。
不気味なまでに静まり返ったフロア内は、魔物が暴れたせいもあってあちこち滅茶苦茶になっています。免税店や土産屋等のお店が軒並み破壊されていました。
いつ魔物が襲いかかってきても可笑しくない状況、キノは慎重にフロア内を進みます。
と、そのとき。一瞬だけ影がフロア内を通りました。キノは反射的に頭上の天窓に視線と銃口を向けます。
キノの瞳に映ったのは落ちてくる『何か』。その正体はすぐに分かりました。
天窓を突き破ってきたもの、白いマントに白いマスク、頭に乗った真っ赤なリンゴ、その正体は、
「ピ」
鉛弾の嵐が白い変態に襲いかかります。キノ、相手の正体が分かった途端に銃撃開始、容赦がありません。
絶え間ないマズルフラッシュに排出される空薬莢、ポーチから幾らでも出てくる銃弾、能面のような無表情で暴れ狂うMG-42を押さえつけるキノ。酷くシュールな光景です。
MG-42から吐き出された銃弾が次々と白い変態に命中します。しかも、毎分1200発を誇るMG-42。白い変態は一瞬で赤い霧に包まれました。
銃弾の嵐に押されて赤い霧が徐々に落下コースがずれて行きます。遂に壁際に落下しましたが、それでもキノは銃撃を止めません。
それからたっぷり1分間は銃撃を浴びせ続けました。白い変態が落下した場所には何やら赤い塊が転がっています。
その赤い塊を中心に周囲の床や壁には、これまた赤い何かの破片が飛び散っていました。惨殺現場にしか見えません。
その惨殺現場を作りだした張本人であるキノは、赤い塊をじっと見ています。キノの足元には金色の空薬莢の絨毯が敷かれており、MG-42の射撃レートの凄まじさを物語っています。
「やったかな?」
「エルメス、そういう台詞は…」
何かとても大事なことを言いかけて、キノは苦い顔をしながら発言を中断しました。キノの視線の先、赤い塊が動き始めたのです。
ただの赤い塊に見えていたものは、ちゃんと四肢がありました。全身真っ赤ですが外傷は見当たりません。
ニィと対照的に真っ白な歯を見せて笑顔を見せる赤い物体。その正体は変態サモエド仮面。
1000発以上の鉛弾を撃ち込まれたのに、全身が真っ赤に染まっているだけで掠り傷一つ負っていません。
「ははは、謎のキノ。流石の私も1000発以上の弾丸を、トマトで捌き切るのは厳しかったぞ」
「あら、そう。そのまま大人しくミンチになれば良かったのに」
キノ、こめかみに青筋を立て、爽やかな笑顔を見せながらサモエド仮面に向けて中指を立てています。
そんなキノの態度も全く気にせず、懐から出したハンカチでちゃちゃっと全身を拭きます。するとあら不思議! 一瞬で元の純白の衣装に戻りました。
台詞からも分かる通り、サモエド仮面の全身に付着していたのはトマトです。当然ながら周りに飛び散っていた赤い破片もトマト。ちゃんと掃除しろよ。
キノはサモエド仮面を無視して更に奥に進もうとします。その後を追ってく白い変態、キノの青筋が更に増えました。
「貴方はあっちをお願い」
「謎のキノ、ここは危険だ、一緒に行動する方が得策だぞ」
「そう、でも時間が無いからあっちをお願い。つか行け」
「謎のキノ、確かに君の言うことは…」
「しつこい男は嫌われますよ?」
突然二人にかかる声。その声を聞いたキノは一瞬で明るい表情になりました。
柱の陰から出てきたのは全身黒尽くめの男。銃七乗の拳法の使い手、ワンワン刑事です。彼が出てきた瞬間、キノは満面の笑みを浮かべます。
「ああ、ワンワン刑事! 貴方居てくれれば安心だわ!!」
ワンワン刑事、キノの言葉にも答えずにサモエド仮面を睨みつけています。サングラスで目は隠れていますが、その下にある瞳は恐らく鋭いでしょう。
その視線も全く気にする様子が無いサモエド仮面もサモエド仮面です。間違いなく空気が読めな…、ああ、元から読めないか。
お馴染みの3人が揃ったところで、キノとワンワン刑事はどことなく不満げですがサモエド仮面も引き連れて魔物退治に向かいます。
トマトだらけのフロアを過ぎてキノ達は奥に進みます。相変わらず不気味な静寂が続くばかり、自然と3人は背中合わせになる陣形を取ります。
キノはMG-42、サモエド仮面は刀、ワンワン刑事はフラッシュライト付きのUSP。それぞれの得物を構えながらゆっくりと進む3人。
「皆、気を付けて…、ここは荒野のウェスタンよ」
「…?」
「謎のキノ、君は何を言いたいんだい?」
「キノ、もしかして『ここは危険地帯よ』って言いたかったの?」
「う、うるさいわね。ちょっと間違えただけよ」
「ちょっとどころか、全く合ってないよ。キノ」
エルメスの突っ込みに、キノは更に何か言って誤魔化そうとしています。
普通に考えて『ここは危険地帯だ』をどうやったら『ここは荒野のウェスタンだ』になるんでしょうか?
常識的に考えてこんな文章を思いつく人間は普通いませんよね。一体どうやったらこんな文章ができるのでしょうか?
こんな文章を考えた人は、普段どんなことを考えているのでしょうかねぇ?
それはさておき、3人は次のフロアに辿り着きました。ここも先程のフロアと同じく酷い有様です。
3人、フロアの中央で停止して辺りの気配を探ります。
「エルメス、居る?」
「うん、間違いなくここにいる。でも、具体的な位置は分からないから気を付けて」
エルメスの言葉を聞いた3人は気を引き締めます。誰も何も喋らず、耳が痛くなるほどの静寂。エアコンの音だけがフロアに響いています。
と、3人の中央にポツンと黒い点、影が現れました。それは見る見るうちに大きくなり、やがて点から姿を変え―――
天井から降ってきた魔物の奇襲を3人は即座に前方に飛んで回避し、キノとワンワン刑事、獲物で即座に銃撃を開始。何十発もの弾丸が撃ち出されます。
弾丸は魔物の着地の際に出来た埃のカーテンに殺到。魔物の姿は見えませんが、何かに命中した音がはっきりと聞こえます。
次の瞬間、埃のカーテンを引き裂いて魔物がサモエド仮面に向かって突撃。
白い変態を挽肉にしようと鋭い爪が振り下ろされます。サモエド仮面、刀で振り下ろされる爪を受け止め。鍔迫り合いの状態になりました。
しかし、体格の差かサモエド仮面が歯を食いしばって敵の攻撃を押さえています。結構ヤバいかも。
そこに突然、鍔迫り合いをしている魔物背中に向かって再び銃撃。背骨に何発か命中し魔物が痛そうに悲鳴を上げます。魔物、鍔迫り合いから抜け出し、距離を取ろうと右にジャンプ。
キノとワンワン刑事、逃げた魔物に照準を合わせようと銃口を右にずらそうとして―――しませんでした。
わざと銃口をサモエド仮面に向けたまま、何の躊躇いも無く2人は引き金を引きます。
銃弾が今度は白い変態に殺到、容赦なくその身を引き裂くと思われましたが、結果は違いました。
「ふんっ」
軽く刀を振って銃弾を叩き落とし、それでも防ぎきれなかった銃弾をポケットから出したトマトで防ぎます。結局、サモエド仮面は掠り傷一つ負いませんでした。
「危ないじゃないか、2人共」
「あら、ごめんなさい」
「失礼」
『誤射』してしまった2人は短く謝罪の言葉を述べます。気のせいでしょうか? その言葉には悔しそうな声が混じっていました。
そしてキノの腰にぶら下がっているエルメス。2人が舌打ちしたのをしっかりと聞いていました。
その舌打ちを掻き消すようにフロアに響き渡る咆哮。音源を見てみれば、そこには息を荒くした魔物の姿が。どうやら次の一撃で決着を付けるつもりのようです。
3人は自分の獲物を魔物に向け、その挑戦を受けました。
再び訪れた静寂。3人と1匹が互いを睨みあいながら微動だにしません。1分、2分と時間が経過し、遂にその沈黙が破られました。
外れかかった止め具で辛うじて支えられていた免税店の看板。遂に重さに耐えられず看板が外れました。その瞬間は、まるでスローモーションがかかったように感じられます。
金属製の看板が自らの重みで落下して行きます。ゆっくりと、そして確実にフロアの床との相対距離が縮まります。
たっぷりと時間をかけ、遂に床との距離がゼロになり看板と床が接触しました。その瞬間、世界はスローから解き放たれたように時間が正常に流れ始めます。同時に鳴り響く甲高い音。
遂に火蓋は切って落とされました。
魔物は雄たけびを上げ、姿勢を低くしながら突進。迎え撃つ3人は静かに、そして素早く駆け出しました。
一歩、一歩。踏み出すたびに近付く相対距離。キノ達が4歩目を踏み出した時、サモエド仮面が飛び出しました。
一気に魔物との距離が縮まり、魔物は飛び込んできた獲物を潰そうと爪を振り下ろします。
サモエド仮面は淀みなく、そして無駄のない動きでその攻撃を身を捻ってかわしました。同時に刀を引っ繰り返して刃と峰を入れ替えます。
魔物の横を通過する寸前に、サモエド仮面はその峰で魔物の顎を打ち抜きました。脳に衝撃が走り、魔物は軽い脳震盪を起こしバランスを崩します。
次に隙だらけになった魔物目掛けてワンワン刑事が両手のUSPを連射。鉛弾が腹や鳩尾を中心に命中し、魔物の体がくの字に折れ曲がります。
締めはキノ。MG-42を左手で持ち、素早くホルスターからビッグカノンを引き抜きます。ハンマーを上げ、鳩尾に狙いをつけ。そして、
タンッ!!
思ったよりもずっと地味な音が響きました。
ビッグカノンから撃ち出された『魔物封印弾頭』はまっすぐ魔物に向かい、見事に鳩尾に命中しました。
一瞬の間のあと、オオカミの魔物は徐々に姿を変え、元のアレンの姿に戻りました。
「やったね、キノ!」
「終わった…」
「この人はどうします?」
「なに、心配はいらないさワンワン刑事。直に救助が来るからそっちに任せよう。それよりも早くここを立ち去らないと面倒なことになるぞ」
サモエド仮面のその言葉に2人は頷きます。このままここに留まっていたら間違いなく事情聴衆の為に捕まり、あれこれ聞かれるでしょう。
3人はそのまま何も言わずに、それぞれ別々の方向に向かって走り出しました。後に残されたのは気を失ったアレン一人。
どたばたと騒がしい足音が聞こえてきました。
ここは機動六課の食堂、現在はお昼休みの時間です。その食堂の一角、窓際の席にキノ達の姿がありました。
茶子先生は焼き魚中心の和食、静はオムライス、犬山はラーメン、キノはスペシャルカツカレーです。
キノ、何時もなら嬉しそうに昼食を頬張っているはずが、何故か元気がありません。先程からカレーをスプーンで突いています。
オマケに表情も、まるでこの世が終わり絶望のどん底に叩き落とされた様な顔です。全く覇気がありません。
「木乃さん。どうしたの? 具合でも悪いの?」
「いや…、大丈夫です」
そう言って作り笑いする木乃、私でよければ相談に乗るわよ。といって茶子先生は焼き魚の骨を取り始めました。
キノは小さく小さく、蚊の鳴く様な声で呟きます。
「何で…、何であいつが居るの…、変態だから? 例え時空の壁だろうが変態なら『ああ、変態なら仕方ない』見たいなノリで許されちゃうの…? 何で…」
呪詛の様な呟きは、食堂の雑踏の音に掻き消されました。
え? なのは達の活躍? ねぇよ、んなもん。
最終更新:2010年08月26日 23:57