Call of Lyrical 4_13

SIDE SAS
六日目 時刻 0707
イギリス 首都ロンドン 作戦司令部
マクミラン中佐


文字通り、天界から地上を見下ろすような光景が映る大型スクリーン。その中央で、白煙と発射炎が姿を見せた瞬間、誰もがあっと声を上げた。佐官から兵卒、とにかくモニターを見つめていた者
全員がだ。前線から身を引き、現在は司令部要員の一人として軍に身を置くマクミランとて、例外ではなかった。
人工衛星が捉えたのは、ロシアより発射された弾道ミサイルだった。確認される限りで数は二、しかし弾頭に搭載されているものは通常炸薬などではない。

「弾道ミサイル、解析結果出ました。RT-2PM2です!」

トーポリMか、とかつての熟練狙撃手はオペレーターの言葉に呟きを持って返した。NATOコードはシックルB、ロシアが保有する弾道ミサイルの中ではかなり新しい部類に入るものだ。MIRVと呼ばれ
る種類に属するこの悪魔の兵器は、一つの弾頭内に複数の弾頭を搭載することで、一度に複数の目標を攻撃できるようになっている。確認された飛翔体はたった二発、されどその内部に抱える数を
含めれば"たった"などとは言っていられない。
弾道ミサイルの解析は続いていた。発射された方角から、おそらく着弾地点はアメリカ合衆国、東海岸と判明。すでに米海軍は行動を開始しており、大西洋海域をカバーする第二艦隊、第六艦隊が
展開していた。イージス艦の保有するスタンダードSM-3、対弾道弾迎撃ミサイルを持ってすれば、彼らの祖国への弾道ミサイル飛来を防ぐことも充分に可能だろう。

「待ってください」

だが、それに待ったをかける声があった。
司令部の幕僚たち、米軍、英軍の将校たちに入り混じる形で、見慣れない制服を着た一人の女性からだ。通信機器のようなものを抱えた若い女、ひょっとしなくても明らかに一〇代後半の少女と呼
ぶべき年齢の部下を従えている――時空管理局本局、リンディ・ハラオウン提督にオペレーターのエイミィ・リエッタだった。
九七管理外世界において、現地世界の軍隊と合同作戦を展開するに当たり、管理局から二人は派遣されてきていた。

「迎撃を行えば、事態はより悲惨な方向に移る可能性があります」
「――リンディ提督、どういうことか説明してくれるかね?」

幕僚の一人に尋ねられたリンディは頷き、エイミィに目配りする。
上官の意図するところを察した少女は、抱えていた通信機器を開く。一見ただのノートパソコンにも見えたが、彼女の細指がキーを叩けばそれは違うということを思い知らされた。
ディスプレイから飛び出すようにして、弾道ミサイルの全体図が浮かび上がる。驚きつつも食い入るように覗き込む幕僚たちに向け、リンディが解説を始めた。

「よろしいですか? 発射された弾道ミサイルには、核弾頭が搭載されていません。代用として、ほぼ同等の威力を誇るロストロギア"レリック"が搭載されているものと思われます」

解説に合わせて、エイミィがキーを叩く。投影されるホログラフ、ミサイルの弾頭部分が拡大され、レリックと銘打たれた禍々しいほど赤い宝石のような物体が表示される。こんな宝石が、と怪訝
な表情を浮かべる幕僚もいたが、解説は続けられた。

「レリックは高濃度のエネルギーを結晶化させたもので、大きな衝撃を加えると爆発する危険があります。スタンダードSM-3は、目標に弾体そのものを直撃させて撃墜するものでしたね?」
「しかし、ただ爆発するだけなら――」
「いえ、爆発と同時にEMPが起きます」

異議を唱えた少佐に、それまでキーを叩くだけだったエイミィが口を開いた。途端に幕僚たちの表情が、苦々しいものに代わる。
EMP、すなわち電磁パルスのことだ。爆発と同時に巻き起こった強力な電磁波が、肉眼では見えない魔物となって地上のあらゆる電子機器をショートさせ、使い物にならなくさせる。無論軍用の電
子機器であればケーブルを金属箔で包むなど対策が取られているが、全てに実施されている訳でもなかった。
すなわち、一発目は防げても、その一発目で巻き起こったEMPにより、迎撃能力は何かしらの形で低下する。もしそこに二発目、三発目が撃ち込まれれば。そうでなくとも、迎撃はアメリカ東海岸
上空で行われる。民間施設までEMP対策など当然行われていないであろうから、海岸一帯は一斉停電に見舞われる。多大な混乱と経済的損失は、どうあっても避けられまい。

「艦長、次元航行艦隊なら……」
「無理よ、エイミィ。弾頭がレリックなら、こっちの世界の迎撃システムと事情は同じになるわ」
「万が一、このままミサイルが東海岸に到達した場合の被害予測は?」

無論、誰も"万が一"など考えたくもない事態ではあった。それでも、問いかけの言葉を口にしたマクミランを始めとした、司令部要員の者たちは最悪の事態がどうなるのか、知らねばならない。
被害予測は、エイミィと司令部のオペレーターたちが協同して当たった。お互いに今回初めて会うような存在であるにも関わらず、データの打ち出しが完了するまで、ほんの五分とかからなかった。

「被害予測、出ました」
「スクリーンに出せ」

パタッと、幕僚の一声で最後にキーボードが一度叩かれる。人工衛星が捉えていたロシア上空の画面が切り替わり、北米大陸が映り込む。大西洋上空に到達した弾道ミサイルは弾頭を分裂させ、各
々が目標とするアメリカ東海岸の各都市へと突入していった。
弾頭の進路を描いた赤い線が、ニューヨーク、ワシントンなどアメリカを象徴する大都市に到達する度、予想される被害人数が浮かび上がっていく――その数値を見た途端、米軍だけでなく英軍、
異世界出身のリンディすらもが、露骨に表情を歪めてしまった。

「ニューヨークだけで一八一万、ワシントンは五二万――東海岸の合計被害者は、えっと……四〇〇〇万人以上!?」

絶句するほか無かった。正確な人数は、四一〇九万六七四九人。現実となれば、おそらく人類史上最大の虐殺行為となるだろう。
失われるのは無論人命だけではなく、その土地に築かれてきた経済、自然、文脈、ありとあらゆるものが文字通り消滅する。世界への経済的、政治的、心理的ダメージは計り知れないものとなり、
それによって生み出された混乱はさらに多くの犠牲を生む。
はっきり言ってしまえば、世界は滅亡の危機に瀕していた。狂ってやがる、と誰もが呟く。

「中佐、すぐに合衆国に連絡して避難命令を!」
「間に合うと思うか? どうあっても無理だ――通信回線を寄越せ、プライスに繋げ」

だけども、だ。
絶望的な光景を見せ付けられてなお、マクミランの脳裏には一筋の希望があった。
まだ、この四千万人以上と言う被害人数は予測でしかない。これから現実になるか否かは、全て現地で戦闘を行う"彼ら"の手にかかっている。
オペレーターが渡してきたマイクに向けて、かつての老練狙撃手は口を開く。

「プライス、聞こえるか? マクミランだ」



SIDE SAS
六日目 時刻 0715
ロシア アルタイ山脈付近
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ軍曹



頭上でヘリのローター音が響き渡った時、ソープはたまらず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
見上げれば、旧ソ連時代からの傑作戦闘ヘリMi-24Dハインドの姿。敵の弾道ミサイル発射施設はもう目の前だと言うのに、これ以上の増援は勘弁願いたい。
ところが、ハインドは何機かの僚機を率いて弾道ミサイル発射施設に向かう。地上を這う彼らを確実に視認出来るであろう低高度を飛んできたにも関わらず、だ。

「どうやらいいロシア人もやって来たようだな」

ドイツ製の小銃、G36Cを持つ部隊の副官ギャズの言葉で、ようやく新米SAS隊員は納得する。あのハインド編隊は、超国家主義者たちに抵抗するロシア現政府支持派の軍隊だ。いわゆる官軍と言う
ところか。遅れてやって来たとは言え、戦闘ヘリのMi-24が複数も加わるとなればその戦力は絶大だ。
こりゃあ楽させてもらえるかな――淡い期待は、あっという間に打ち砕かれる。発射施設を囲むコンクリートの防壁の向こうで、白煙が上がった。超国家主義者たちも、航空戦力の脅威は充分に理
解していたに違いない。天に向かって放たれた炎と鉄の矢、現代戦の象徴たるミサイルが、一機のハインドに向かってまっすぐ突っ込む。突然の対空砲火に手も足も出なかったヘリは直撃を浴び、
空中で木っ端微塵に吹き飛んでしまった。

「畜生、いいロシア人がやられたぞ」

米海兵隊の黒人兵士、グリッグ軍曹が悔しげに呟く。ミサイル発射施設には、強力な対空防衛網が築かれているに違いない。撃墜を免れた他のMi-24も、対空砲火の前に逃げ惑うばかりでアテに出来
そうになかった。
しかし、ならばこそ地上を進む彼らの役目は重要なものとなる。まるでその事実を改めて追認させるかのように、司令部からの人工衛星を通じた通信が飛び込んできた。指揮官宛のものだが、回線
は皆がオープンのため全員が聞くこととなる。

「プライス、聞こえるか? マクミランだ」
「懐かしい声だ。聞こえていますよ、中佐」

マクミランだって? 通信を聞いていたソープは、表情をしかめた。精鋭と名高い特殊部隊SAS、その中でも伝説的スナイパーとして未だなお語り継がれる名前がある。それこそがミスターギリース
ーツ、マクミラン中佐だ。彼が、通信に出ているのか。
応えたのは、部隊指揮官のプライス大尉だった。相手は上官、それも文字通りほとんどのSAS隊員にとっては雲の上のような人であるにも関わらず、その声は古い友人と会話するようなもの。

「手短に話す。弾道ミサイルの着弾予測地点が出た。アメリカ東海岸全域だ」

ファック、と小さく、しかし確かな呟きが零れる。米海兵隊より参戦した、ポール・ジャクソン軍曹だ。祖国が攻撃目標にされると聞いて、黙っていられるほど穏やかな気分ではないらしい。

「海軍は大西洋に艦隊を展開しているが、搭載されている弾頭は核とはまた別の、レリックとかいうもっと厄介な代物だ。迎撃してもEMPによって地上の電子機器が致命的な打撃を受ける。そうな
ったら大混乱は避けられん」

通信を聞くなりギュッと、魔法の杖を握り直す少年が一人。クロノ・ハラオウン、一連の事件の発端であるロストロギア"レリック"のテロリストへの拡散防止を担ってきた彼の任務は、ある意味で
はすでに失敗していたと言える。中東の大爆発、そして今この瞬間でさえ、はるか上空を行き過ぎていく弾道ミサイル。すでに、超国家主義者たちは核に代わる力を手にしていたのだ。
だからこそ、止めねばならない。決意を新たに、異世界よりの魔法使いは正面を睨む。

「こちらと管理局のお嬢さん方と、被害予測を行った。このままでは四〇〇〇万以上の命が失われる――何が言いたいか、分かるな?」
「世界の命運は、我々の肩にかかっている。そうだろう、マクミラン?」

伝説的スナイパーの古い友人は、もう一人いた。レジアス・ゲイズ中将。ミッドチルダの治安を預かる者として、そのミッドから流出した危険物質が他の世界で脅威となるのは見過ごせない。かつ
て生死を共にした戦友たちの世界となれば、なおのことだろう。
通信機の向こう、電波の奥で、マクミランはフ、と笑った。自嘲や苦笑いではない。頼もしい者を見たような、そんな笑いだ。

「分かっているならいい。プライス、作戦を続行せよ。オーバー」
「作戦続行、了解。アウト」

通信は、切れた。途端に気合を入れ直すようにして、指揮官はM4A1のコッキングレバーを引き、銃に命の息吹を吹き込む。
戦の準備は、整った。あとは、往くのみ。

「各員、聞いた通りだ。もはや一刻の時間もない――行くぞ。GO! GO! GO!」

世界の命運を背負うのは、わずか数人の兵士たち。



Call of Lyrical 4


第13話 司令室では静粛に 前編/世界の命運



対空砲火によって逃げ惑うだけの政府軍のMi-24であったが、ここに来て彼らは官軍の意地を見せた。
撃ち上げられる盛大な花火を被弾覚悟で突っ切り、主翼下に抱えていたポッドからありったけのロケット弾をぶっ放す。天より降り注ぐ炎の矢は、着弾するなり爆風と衝撃を持って破壊の限りを
尽くす。歩兵が吹き飛び、外部からの侵入を防ぐバリケードに大穴が開いた。
今のうちだな、とソープは口ずさみ、仲間たちと共に駆ける。ハインドが暴れ回って注意を引き付けてくれている間に、バリケードに開いた穴から一気に雪崩れ込むのだ。グシャグシャにひん曲が
ったフェンスを乗り越え、まずは目の前にあったコンテナに身を寄せる。
案の定、超国家主義者たちの視線は上空のヘリにばかり集中していた。指揮官の指示は、攻撃。半身を物陰から突き出し、M4A1の銃口を手近にいた敵兵に向ける。躊躇なく引き金を引けば、肩に押
し当てた銃床に軽い反動があって、金属音を鳴らして薬莢が飛び出していく。放たれた弾丸は、標的とされた敵を貫き飛ばしていた。

「さすがに気付かれたようだ」

魔法の杖から――デュランダルと言うらしい、以前聞いたことがある――文字通りの魔法の弾丸を放ったクロノが、独り言のように呟いた。なるほど、側面から突然何者かの奇襲を受け、超国家主
義者たちは敵は空だけではないと考えたようだ。砲塔の三〇ミリ機関砲を同じロシアの戦闘ヘリに向けて撃ち上げていたBMP-2が、砲身を空から大地、すなわちソープたちが潜むコンテナ群に対し
て突きつけてきた。周囲の歩兵も、対空戦闘は固定銃座に任せてワラワラと押し寄せてくる。
こりゃあ出し惜しみは出来ないな。銃声と爆音の絶えない凄まじい喧騒の中であっても、どこか兵士の思考は冷めていた。初の実戦である貨物船への襲撃時は、発砲しただけで息を呑んでいたのに。
M4A1のセレクターを、グリップを握る右手の親指でフルオートに。迫る敵兵たちに向けて、銃弾の歓迎をお見舞いする。先頭を行く者が撃ち倒され、後に続く者も同じく銃弾を喰らってひっくり返
っていく。それでも、数で勝るテロリストたちは突撃をやめない。
突然、身を寄せていたコンテナに大穴が開いた。何だ、歩兵の小銃程度で貫かれるほどヤワな作りではなさそうなのに。恐れを噛み殺して顔を出すと、BMP-2の三〇ミリ機関砲がちょうどこちらを睨
みつけていた――敵の砲口に発砲炎が煌くのと、首根っこを捕まれて誰かに引きずり倒されるのは同時の出来事だった。真っ赤な曳光弾が、ソープの目の前を行き過ぎていく。

「馬鹿野郎、迂闊に顔を出すな」

振り返れば、助け起こしてくれるアメリカ人、ジャクソンの姿。言葉と同じく乱暴な仕草ではあったが、命の恩人には変わりない。ありがとよ、と礼を言ったが返事はなく、海兵隊員はソープが立
ち上がるのを確認するなり、銃口をコンテナの向こう側に向けた。敵は、今この瞬間でも距離を詰めつつあった。数で劣る彼らにとって、乱戦となれば勝ち目はない。
くそ、としかし、ジャクソンは悪態と共に一歩後ずさり。銃弾が金属の壁を叩き、至近距離で火花を散らす。敵の銃撃が、激しくなってきた。射撃地点を移動しようにも、飛び出せば歩兵の小火器
の餌食となる。と言ってこのままでは、BMP-2の三〇ミリ機関砲がコンテナごと兵士たちをぶち抜くだろう。
クロノ、と別の地点でほぼ同じ苦境に立たされていたプライスより通信が飛び込む。お前の火力で奴をどうにかしろ、とも付け加えてきた。
名を呼ばれた少年は、頷くも表に出られない。砲撃魔法で装甲車を蹴散らすのは容易だが、強力な分だけ詠唱には時間がかかる。テロリストがその隙を逃がすはずもないし、防御魔法を展開して時
間を稼ごうにも、そうすれば砲撃魔法は使えなくなる。せめて、歩兵を排除することが出来れば。
まるで、その頼みを聞き受けたかのようだった。自動小銃の連続する銃声に混じって、明らかに異質な一発の銃声が響き渡った。あっと短い悲鳴が上がり、コンテナに向けて銃撃を浴びせていた敵
兵の一人がひっくり返って息絶える。
異質な銃声は、続く。パン、パンッと単発でしか聞こえないが、その度に超国家主義者たちは一人、また一人と撃ち倒されていった。見えない攻撃に晒されていることに気付いた彼らは命惜しさに
尻込みするようになり、嵐のような銃弾の雨が徐々に小雨程度になっていく。
誰だ、いったい――疑問が脳裏をよぎった途端、答えるように耳元に獣の息吹が感じられたような気がする。

「こちら狙撃班、敵を倒した。やるなら今だぞ」

後方より通信を送ってきたのは、レジアス率いる狙撃班だった。敵に気付かれぬようじっと息を潜めていた彼らは、突入班が危険に晒されていると知るや援護射撃を開始したのだ。なるほど、獣。
"虎の眼"が、自分たちを援護してくれていると言うことか。こいつはありがたい。
銃撃が抑えられたことで、ソープたちは積極攻勢に出るチャンスを得た。思い切って飛び出し、まだ頑固に抵抗を続けていた敵兵たちに向けてM4A1の銃口を向ける。走りながらの銃撃、肩への小刻
みな反動。ダットサイトの向こうに映る敵影が地に伏すと同時に、ばっとまだダメージの少ないコンテナに飛び込んだ。直後、BMP-2が三〇ミリの弾丸を叩き込んでくるも、かろうじて難を逃れる
ことに成功する。
オマケだ、やるよ――物陰に身を寄せ、ソープは発煙手榴弾を持ち出す。殺傷能力はないが、今はそれで構わない。左手でピンを抜き、腕だけ出して装甲車がいると思しき方向に投げた。
ポンッと、軽い炸裂音。途端に、モクモクと白い煙が発煙手榴弾の落下地点を中心に広がり始め、BMP-2の周辺を取り囲む。視界を奪われた敵はそれでも発砲を続けるも、相手が見えていないよう
では機関砲の強力な破壊力も効果を発揮できない。白煙の最中、砲口で煌く炎のみが目立って見えた。
頭を下げろ、と片耳に入れていたイヤホンに少年の声。言われるがまま地面に伏せれば、視界の隅で青白い光が浮かび上がるのが分かった。クロノに違いない。

「ブレイズカノン――当たれ!」

ドッ、と凄まじい勢いで、頭上を閃光が駆け抜けていった。光に込められたのは、破壊の力。砲撃魔法ブレイズカノンが、白煙を突き破って敵装甲車の側面に直撃する。
横合いから文字通りの魔法の一撃を浴びたBMP-2は、横転。裏返しになった車体はもはや戦闘能力を残しているはずもなく、ハッチからは乗組員らしい敵兵たちが慌しく飛び出し、周囲の状況も顧み
ないで逃げ出していく。こんな時でも、クロノは非殺傷を解除しない。
ともかくも、装甲車の脅威は排除された。敵の抵抗はなお続くが、ソープたちはそれらを乗り越え踏み越え、前進を再開する。時間はもう、残り少ないのだ。



SIDE U.S.M.C
六日目 時刻 0736
ロシア アルタイ山脈付近 弾道ミサイル発射施設
ポール・ジャクソン 米海兵隊軍曹



何だいったい、と。驚きのあまり、彼は思わず思考を口に出してしまった。
敵の攻撃を跳ね除けながら弾道ミサイル発射施設内奥深くに到達し、いよいよ人工衛星のカメラが捉えた地下のコントロール室に通じる吸排気口を目の前にしたその時である。突然、それまで沈黙
していた地面にあった何かのハッチが、モクモクと煙を吐き出しながら開き出したではないか。
相変わらず周囲は銃声と爆音が響き渡っていたが、どうしてもハッチの中身が気になったジャクソンは注意深く、奥を覗き込んだ――途端に、口が悪態を吐き捨てた。

「クソッタレ!」

込み上げてきた感情の名は、おそらく怒り。行くアテのない感情を、不用意に飛び出してきた敵兵に向けて叩き込む。
バッと跳ね上げた銃口、引き金を引けば肩への軽い反動と、煌くマズルフラッシュ。M4A1から放たれた五.五六ミリ弾が、テロリストを容赦なく薙ぎ倒す。敵の射殺を確認した海兵隊員は、ただち
に踵を返して吸排気口へと急ぐ。
ハッチの奥に潜んでいたのは、弾道ミサイルだった。おそらく、すでにアメリカ東海岸へ向け発射された二発に続く三発目。標的はロンドンか、それとも同じくアメリカか。どっちでもいい、と無
駄な思考を彼は殴り飛ばす。アメリカにしろイギリスにしろ、着弾すれば世界は深刻な被害を被る。その影響は必ず日本にも到達するだろう。
脳裏に、八神家の人々の顔が浮かぶ。どこの誰とも知らない異国の人間に、彼女たちは優しくしてくれたのだ。
彼女たちの元に、混乱や悲劇をもたらしてはならない。海兵隊員としてではなく、ポール・ジャクソンと言う一人の人間として。

「ジャクソン、こっちだ!」

声をかけられ、視線を振り向かせる。先に吸排気口に到達していたソープたちSASの面子が、押し寄せる敵兵に銃撃を加えながらこちらに手招きしていた。アスファルトの大地を駆け抜け、ジャクソ
ンは彼らの元に到達する。
すでに、侵入のための作業は進んでいた。吸排気口は金網によって侵入者の出入りを頑なに拒んでいるが、ならば切断機でぶった切ってやればいい。ギャズ、グリッグ、プライスが両手に切断機を
持って、金網に刃を突き立てていた。飛び散る火花、金網は間もなく開放されようとしていた。
ふと、切断作業の合間に邪魔が入らぬよう警戒していると、視界の片隅に何者かが複数飛び出してきた。敵かと思って銃口を向けようとするが、片耳に突っ込んだイヤホンに待ったの声がかかる。

「ブラボー6、こちら狙撃班。北西より進入中だ、撃つなよ」

おっと危ない、誤射は厳禁だ。危ういところで、ジャクソンは銃口を下げた。やって来たのは狙撃による援護を終え、こちらに合流しに来たレジアス率いる狙撃班だった。先頭を行く大柄のギリー
スーツの男、レジアスは到着するなり切断作業の真っ最中だったプライスに近寄る。

「何だ、今忙しいんだ」
「ならこれからもっと忙しくなる。増援だ、敵がわんさか押し寄せてくるぞ」

切られた金網が落っこちていくのと、プライスの表情が大きく歪んだのはほぼ同時の出来事だった。レジアス曰く、歩兵を載せたトラックが何輌も連なって接近しているらしい。いいロシア人、ロ
シア現政府支持派の軍なら有難い話だったが、やって来るのはその反対。弾道ミサイル発射施設が攻撃を受けていることを知った、超国家主義者たちの仲間だ。このままでは後ろから撃たれる羽目
に陥ってしまう。
されど、"虎"の表情は変わらない。安心しろ、と古い戦友の肩を叩き、手にしたM21狙撃銃のコッキングレバーを引く。ここは任せろ、彼はそう言っているのだ。

「迎え撃つのは一五年ほど前にやったからな。今回も同じだ」
「しかし、今度はヘリの迎えは来ないぞ」
「そうだ。だからお前たちが、手早くコントロール室を抑える必要がある」

なるほど、とプライスは頷いた。もはや、二人の間に言葉は要らない。歴戦の古強者たちは、相手に背中を任せることを少しも躊躇わなかった。
開かれた吸排気口、地下への入り口に向けて、降下用のワイヤーが降ろされる。兵士たちは各々ワイヤーを手に取り、突入準備を図る。

「中将」

降下直前、ジャクソンはレジアスに声をかけた。ギリースーツに包まれた広い背中は、振り返ろうとしない。

「――ご武運を」

返答は、なかった。ただ、彼の左手が銃を離れ、グッと背後に向けて親指を突き立てるのみ。
降下開始。底が見えないほどの地下に向けて、兵士たちは自ら突っ込んでいった。



SIDE 時空管理局 地上本部
六日目 時刻 0738
ロシア アルタイ山脈付近 弾道ミサイル発射施設
レジアス・ゲイズ中将



賽は投げられた。あとは、彼らを信じて、我らはここでひたすら、迫る敵を撃ち倒すのみ。

「中将、左から敵兵多数。右からもです」
「スゲェ数だ、まるでライブ会場だな」

同行する米海兵隊の皆は、押し寄せる敵に対して怯む様子を見せない。むしろ軽口を叩き、余裕の姿勢を見せていた。
――否。本当はみんな、怖いのだ。恐れているのだ。逃げ出したいのだ。人間として、当たり前の感情を虚勢を張ることで押し殺しているに過ぎない。
無論、それはワシとて同じことだ、と。決して口に出すことなく、レジアスの胸のうちで呟いた。

「諸君、敵の数は多い。だが怯むな、恐れるな、逃げるな。引けば、敵は調子付くぞ」

マガジンを一度引き抜き、残弾を確認。予備も含めれば、四〇発程度か。百発百中すれば、一個小隊は倒せる。そこから先は、敵の銃を奪うとしよう。
弾を込める。立ち上がって、彼は部下を、そして己も含めて鼓舞する。

「――来い。誰一人として、ここは通さん!」

銃声が響き、爆音が唸る。
後退する余地はない。後退するつもりもない。虎はひたすら、獲物を狩っていくものだ。
戦いは、地下と地上で繰り広げられる。







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最終更新:2010年11月19日 05:00