Call of Lyrical 4_15

Call of Lyrical 4


第15話 ゲームオーバー/"お前が決めろ"



SIDE 時空管理局 地上本部
六日目 時刻 0801
ロシア アルタイ山脈付近 弾道ミサイル発射施設
レジアス・ゲイズ中将


クソッタレな状況、とはよく言ったものだ。
司令官の椅子に座る割と直前まで、管理局の秘密工作員として各地を転戦してきた男は、奪ったAK-47の引き金を引く。激しい反動、鼓膜を突き破らんばかりに響く銃声。それすらもが更なる銃声
に埋もれ、悲鳴と怒号、爆音が積み重なっていく。
銃撃を受け、ひっくり返った超国家主義者。まだ息があったらしく、彼は這い蹲って逃げようとしていた。その背中に向けて、とどめの一発を叩き込む。あっと短い悲鳴、今度こそ敵は息絶えた。
汚れ仕事は、これまで散々やってきた。次元世界の平和と秩序は、綺麗事だけでは守れない。誰かが手を汚さねば。泥を被らねばいけない。
だからこそ、レジアス・ゲイズは管理局員であるにも関わらず、禁忌のはずの質量兵器、銃を手に取り戦ってきた。殺した人間は数知れず、中には攻撃力を失った者さえいた。それさえも、躊躇な
く、躊躇いもなく撃った。今この瞬間さえも。

「うっ!?」
「っ、伍長!」

――だが、仲間や部下の喪失は、決して慣れるものではなかった。
プライス大尉率いる分隊が核弾頭の自爆コードを入力し、地上に戻ってくるまでの間。押し寄せる超国家主義者たちを押し止めていたのは、レジアスだけではない。米海兵隊より彼の指揮下に入っ
た勇敢なる海兵隊員たちもいた。ただし、戦闘開始からすでにその数は半分以下に減らしている。
破壊され、残骸となった装甲車両の陰に身を隠し、必死に抗戦を続けてきた伍長も、レジアスの目の前で被弾。力なく地面に崩れ落ち、駆けつけた時にはもう、息も絶え絶えだった。
誰か、誰でもいい、伍長を敵弾の飛んでこないところに運べ。通信機に繋がる首元のマイクに向かって叫ぶも、応答は来ない。残っているのは、もはや自分と、この負傷した伍長だけと言うことか。

「中将、自分に構わずっ……」
「黙れ伍長。部下を見捨てて何が指揮官か」

置いていってくれと懇願する部下を一喝、レジアスは彼を庇うようにして敵へと振り返る。左手で握るAK-47の銃身を跳ね上げて、右手で握るグリップの引き金を引く。迫る敵兵目掛けて、照準も何
もないフルオート射撃。ほとんど弾をばら撒くだけの銃撃ではあったが、追い詰められた虎の吼え狂うような威嚇にテロリストは一時停止を余儀なくされた。
動けない伍長の身体を担ぎ上げ、司令官は走り出す。ずしりと肩に圧し掛かる重量、おまけに装具の重さも追加されて、気を抜けばあっという間にへこたれそうになる。

「ウォオオオオ……ッ!」

気合の咆哮。武装した上で、人間一人担いでいるとは思えない速度でレジアスは走った。もちろん逃がすまいと超国家主義者たちは銃撃を送る。弾が足元を走りぬけ、跳弾がピュンピュンと掠め飛
んで来た。自身も被弾する前に、コンクリートで出来た分厚いブロックの陰に駆け込んだ。
伍長はまだ生きていた。衝撃を与えないよう、かつ可能な限り急いで彼を地面に降ろす。そうしてハッと視線を上げれば、早くもこちらの位置を特定した敵兵の群れが、各々手にした銃を無茶苦茶
に乱射しながら突っ込んでくる。銃弾のほとんどはブロックが防いでくれるが、距離が詰まればそうもいかなくなるだろう。現に、飛んで来た弾の一発がレジアスの太い腕を掠め、ギリースーツご
と皮膚の表面を削り取っていった。
クソッタレが! 果たしてこの言葉を、何度口にしただろうか。自爆コードの入力には成功したらしいが、プライスたちはまだ地下から出てこない。敵の突破を許せば、彼らは袋のねずみとなって
しまう。どうあっても、レジアスは援軍無しで迫り来る超国家主義者たちを止めなければならない。
幸い、倒した敵のものを拝借したAK-47はまだまだ快調に動いてくれた。ロシアが世界に誇る傑作自動小銃を構え、虎は牙を剥く。必中距離に持ち込もうとする敵兵を、撃つ、撃つ、撃つ。
カチンッと、四人目を撃ち倒したところで銃が間抜けな機械音を鳴らす。弾切れだ。露骨な舌打ちと共に空になったマガジンを放り投げ、残り少ない予備のそれと交換。コッキングレバーを引いて
AK-47に再起動を促す。

「……っ、まずい!」

バッと、視界に入ったものを見出すなり、彼はブロックの陰に伏せた。直後、ドンドンドンッと明らかに歩兵の小火器と異なる銃声、否、砲声とも言うべき連続射撃音が戦場に響く。身を守ってく
れるはずのブロックが削られ、細かい破片が降り注ぐ。
あくまでも抵抗をやめない虎に対して、イワンどもはとうとう装甲車両まで持ち出したのだ。BMP-2、三〇ミリ機関砲を搭載した歩兵戦闘車。RPG-7など、対戦車火器があれば決して勝てない敵では
ないのだが、周囲にそんなものが都合よく転がっているはずもない。
焼け石に水は、覚悟の上。被弾を恐れてAK-47の銃口だけを突き出し、BMP-2がいると思しき方向に向け、引き金を引く。手の中で暴れながら銃弾を吐き出すAK-47だったが、所詮歩兵の持つ小銃だ。
銃撃を受けても装甲で跳ね返し、相手に反抗の意思がまだあると見るや、歩兵戦闘車は再び、三〇ミリ機関砲をレジアスたちの立て篭もるブロックに向けて掃射。コンクリートが粉々に粉砕され、
拳大の欠片が弾き飛んでいく。距離が詰まれば、ブロックはいよいよ紙のようにぶち抜かれるに違いなかった。
どうする。隠れていてもこのままでは犬死だ。手持ちの装備は――レジアスは視線を落とし、自身が今持つものを確認。AK-47と、その予備のマガジンが少々。あとはサイドアームの拳銃、USPにC4
爆弾が一つ。
仮にBMP-2を撃破出来るとすれば、この一見粘土のようなプラスチック爆弾だろう。車体に直接セットして、起爆スイッチを押せばドカンッと一撃で撃破出来る。
だが、どうやってそんな距離まで接近する。飛び出せば最後、奴の機関砲はただちにこちらを捕捉し、容赦ない一撃を叩き込んでくる。三〇ミリの弾丸など、人間が耐えられる代物ではない。
その時、傍らで虫の息も同然だった伍長が、レジアスの持つ銃に手を伸ばす。何をする、と彼は抵抗したが、負傷しているはずなのに伍長の腕は、強引に指揮官からAK-47を奪ってしまう。

「中将、ここは、お任せを」

ニヤリと、硝煙と血に汚れた兵士の顔が笑った。何を言わんとするかは、もはや誰の目にも明らかだった。
止める暇もなかった。レジアスから銃を奪った伍長は、負傷もお構い無しに立ち上がり、それどころか走ってみせた。敵の注目を引き付けるようにして、AK-47を乱射する。BMP-2と超国家主義者た
ちは、嫌でも視線をそちらに向けざるを得なかった。
あの、阿呆めが! 激昂し、しかし虎は立ち上がった。伍長が敵の注意を引き付けている間に、BMP-2にC4をセットする。
ブロックから飛び出すと、BMP-2の機関砲は自分には向いていなかった。それが何を意味しているのか、走り出したレジアスにはすぐ理解できた。近付くなら、今しかない。
BMP-2の周囲に展開していたテロリストどもは、うち何名かが猛然と突っ込んでくる虎の存在に気付く。鬼気迫る勢いで突撃し来る男に恐怖感を覚えたのか、彼らはただちに銃をこちらに向けてき
た――邪魔するな。右太ももに巻きつけていたホルスターからUSPを引き抜き、右手だけで構えて引き金を何度も引く。走りながらの適当な射撃は、運よく命中し敵を殴り飛ばした。
BMP-2が、もはや目前に迫る。瞬間、砲塔にあった機関砲が短く一連射。赤い曳光弾が伸びる先にあったのは、囮になってくれた伍長の姿――それが、蹴飛ばされたようにしてひっくり返り、トマ
トジュースをぶちまけたみたいに真っ赤な鮮血を散らす。

「――ッ」

BMP-2の砲塔が、こちらを振り向く。次はお前だ、と言わんばかりに。
だが、すでにレジアスの手には、C4爆弾が握られていた。二重に差した信管付きで。

「ヲォオオオオオオ!!」

虎が、吼えた。
部下を奪われたことへの怒りか。それとも、負傷を無視して囮となった伍長を救えなかった自分への嘆きか。
何であれ、一発撃てばそれだけで敵を倒せたはずの装甲車が、一瞬怯んだ事実は変わらない。そしてその一瞬が、彼らにとって命取りとなる。レジアスはC4爆弾を、無機質な金属の肌に叩きつけた。
彼の狙いをおおよそ掴んだ周囲の超国家主義者たちは、激しく撃ちかけてくる。何発かはとうとう命中し、たまらず地面に薙ぎ倒された。悲鳴は、しかし決して上がらない。倒れた虎はその勢いを
利用して地面を転がり、BMP-2と充分な距離を取った。
懐から、起爆スイッチを取り出し、見せ付けるようにして突き出した。まずい、恐怖に怯える敵兵。無言のまま、レジアスはスイッチを押した。
轟音。セットされたC4爆弾はBMP-2の装甲を打ち破り、内部に衝撃波と破片を送り込んで乗員をまとめて挽肉に変えた。爆風はそれに止まらず、近くにいたテロリストどもも一掃する。
爆発によって巻き上げられた破片が、彼の周囲に舞い落ちてきた。それらがひとまず止んだ時。辺りには静寂が舞い降りてきた。敵は、どうやら今ので最後だったらしい。

「……ッハァ」

疲れたように、突き出した右手から力を抜く。ゲホゲホッと咳き込むと、口の中で鉄のような味がした。ペッと吐き出せば、唾に混じった赤い血反吐が地面に広がった。
敵は、撃退した。しかし、代償はあまりにも大きかった。引き連れてきた部下は全員戦死。くそ、と倒れたまま、天に向かってレジアスは呪詛の言葉を吐き捨てる。
部下が、目の前で死んだ。自分は、指揮官であったと言うのに。彼らの命を預かる立場であったのに、誰一人、助けることが出来なかった。
一度吐き出したはずなのに、また口の中で鉄のような味が広がってきた。自分の血液であって、それは鉄ではないのだが――そうか、鉄か。
身体が鉄で、金属で出来ていれば、銃弾なんぞ浴びても平気かもしれないな。そうすれば、誰も死なずにすむ。部下も失うことはない。ええい、何を考えている。くそ、血を流しすぎた。だから頭
が妙なことを考えるんだ。落ち着け、周りをよく見ろ。
身をよじって、どうにか周囲に視線を振り向けた。見えるのは燃え上がる装甲車に、敵と味方の死体。散らばった空の薬莢、手放された銃と――施設の奥で、何かが動いている。兵士のようだが、
交わす言葉はこちらの世界の言語らしい。貧血気味の、ぼんやりし出した頭ではそこまで分析するのが精一杯だった。
ただ、兵士の一人、ブッシュハットに髭面の者がこちらを見つけ、駆け寄ってきた時はつい、声が出てしまった。

「……遅いぞ、プライス」
「すまない、手間取ったんだ」

そうか、まぁいい。最後に口にした言葉は、果たしてちゃんと言えただろうか。
確証が得られないまま、レジアスの意識は闇の奥へと落ちていった。



SIDE U.S.M.C
六日目 時刻 0813
ロシア アルタイ山脈付近 弾道ミサイル発射施設
ポール・ジャクソン 米海兵隊軍曹


まずは、いいニュースからいこう。
自爆コードを入力してから、懸念された脱出手段であるが、敵のジープを警備室の監視カメラを探っていたギャズが発見した。早速確認してみれば、燃料も満タン。これを使わないと言う手はある
まい。ジープは二輌あったから、全員を充分乗せられる。
次に、悪いニュースだ。こちらはいいニュースが一件なのに対し、二件ある。
人工衛星により周辺の状況を常時監視している司令部から、敵の増援と思しき大軍勢がわんさか押し寄せてきているとの報告があった。いちいち相手になどしていたら、あっという間に人海戦術の
前に呑み込まれてしまう。SAS、米海兵隊、管理局からなる合同チームは速やかに脱出する必要があった。
もう一つ。地上で敵の地下への侵入を必死に食い止めていたレジアスが、重傷の状態で発見された。まだ息はあるようだが、一刻も早く医者に診せて適切な処置を施さねば、命に関わる。特殊部隊
の隊員はみんな応急処置のレクチャーは受けているが、所詮は"応急処置"でしかない。魔導師の治療魔法にしろ、限界はある。

「第一脱出ルートは敵に封鎖された。第二ルートである橋の南側へ向かえ。敵部隊は……相当な数だ」
「ブラボー6、アウト」

グズグズしている暇はない。プライスは全員ジープに乗るよう指示を下し、脱出を命じた。二輌あるジープ、先頭にはギャズ、グリッグ、プライス。こちらには負傷したレジアスも担ぎ込んだ。続
くもう一輌は、ジャクソン、ソープ、クロノ。

「ヌル過ぎるぜ、こりゃ――なんだこれ、室温かよ」

ジープに飛び乗るなり、相変わらず調子に乗った声で黒人兵士、グリッグが呟く。ぬるいとは、この状況のことか。多数の敵が迫っていると聞かされてなお、余裕の表情だった――否。それが、胸
のうちにある恐怖を紛らわすものなのだと言うことは、誰しもが心得ている。
だから、あえて彼はこうも言うのだ。生き抜くために、絶望してしまわないために、希望を見出すために。やっぱりビールは冷えてなくっちゃな!

「ラガーはな。お前みたいなのは水もそうだろうが……だがスタウトはいけるぞ?」

ところが、横から聞こえた異議の声。英国紳士、プライス大尉だった。根っからのイギリス人、ジョンブル魂を持つこの男は、祖国の伝統の味こそが一番だと主張する。
ケッとグリッグは悪態を吐くが、その顔はどこか楽しそうであり、そして安心したようでもあった。どんな状況でも、ジョークやユーモアを忘れちゃいけない。SASにもそれは通じるのだ。アメリ
カに帰ったらまとめて改心させてやるよ、とさえ口にする。

「どっちにしろまずはロンドンだ。俺がおごるよ」

SASの副官、ギャズも会話に加わり、いよいよジープはエンジン音を高鳴らせて前へと進み出す。ロシア人の整備したものだから不安はないとは言えないが、とりあえず快調に動いてくれた。
先頭の車両の賑やかな会話を聞いて、続く二輌目の後部座席でソープは言う。よし、帰ったらフィッシュ&チップスだ。

「お前、あんな脂っこいものを食うのか」
「何だよジャクソン。大英帝国伝統の料理だぞ?」
「ジャンクフードだろ、ハンバーガーやポテトと似たようなもんだ」

愛情込めた手料理には負ける、と断言するジャクソンは、今回運転席に就いていた。前を行くオヤジどもに離されまいと、アクセルを踏み込んでジープを発進させる。いきなりの急発進に、ンガッ
と間抜けな悲鳴を上げたソープが座席に押し付けられたが、気にしないでおいた。
ふと、バックミラーに彼は、浮かない表情をした黒衣の少年の顔を見出す。クロノ・ハラオウン。異世界からの来訪者であり、管理局の魔導師だ。

「クロノ。心配するな、奴ならこっちから追いかける必要もない」
「どんな根拠があって?」

執務官として、次元犯罪を取り締まる立場にある彼は、ある男を捜していた。この一連の事件の元凶であり、核弾頭に代わる強大な力、ロストロギア"レリック"でこの世界を文字通り破壊しようと
した狂気の超国家主義者のリーダー。そいつを捕まえるか、あるいは排除しない限り、必ず奴は再び何かを仕掛けてくる。
だと言うのに、現在の彼らは脱出を目的としている。ジープは弾道ミサイル発射施設から飛び出し、でこぼこした山の斜面を駆け下りだす。車体は揺れ、しかし坂を下る車体の速度は上がっていっ
た。このまま下れば、第二脱出ルートに繋がる一般道に到達するだろう。
安心しろよ、と。ハンドルを握り、上下左右に揺れるジープをしっかりコントロールしながら、ジャクソンの顔はどこか涼しげでさえあった。
俺がザカエフなら、と彼は前置きして語る。息子の命を奪われた挙句、復讐の一撃を阻まれた男が冷静に、次の手を打つためにさっさと逃げ出すはずがない。必ず、仇である俺たちを直接討ちに来
るはずだ。
頭上で、バタバタバタッと耳障りなローター音が鳴り響く。ロシアの現政府支持派の軍が、迎えのヘリを寄越してくれたのか。
上を見上げて、ジャクソンは言う。ほら、言った通りだろう。

「ハインドだ――っ奴ら、いいロシア人じゃない。悪いロシア人、超国家主義者のだ!」

新米SAS隊員が、車内にあったMP5を持ち出して叫ぶ。脱出直前、あの男がヘリに乗り込むところを大型モニターからみんな目撃している。
現れたのは、Mi-24ハインド戦闘ヘリ。機内で奴らを逃がすな、と指示を飛ばすのはおそらく――

「決着の時だな、イムラン・ザカエフ。ヴァスケズ中尉たちの仇、取らせてもらうぞ」



SIDE SAS
六日目 時刻 0825
ロシア アルタイ山脈付近
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ軍曹


上空に現れたハインドは、すぐには攻撃してこなかった。主翼下に搭載したロケットランチャー、機首の機関砲を持ってすれば逃げるジープなど、あっという間に屠れるはずなのに。
疑問の答えは、ただちに現れた。斜面を下り、いよいよ脱出ルートに繋がる国道が眼前に迫った時、複数の軍用トラックが背後より姿を見せる。荷台には、武装した兵士たち。優しいお友達でない
のは確かなようで、銃口は全てこちらに向けられていた。
実はハインドは武装しておらず、逃げるジープの行方を追うだけで追撃はトラックに乗った部下たちに任せるのか。あるいは、じわじわと追い詰めていくつもりなのか。敵の真意がはっきりするよ
り前に、ジープはいよいよデコボコの斜面から整備された国道へと滑り込む――まずい、周りは民間人の車だらけだ。

「ソープ、撃て」

発砲を躊躇う新米SAS隊員に、運転するジャクソンが命令を下す。どの道、奴らは民間人がいようがいまいが撃ってくる。敵はテロリスト、ジュネーブ条約など尊守するはずがない。まるでその事実
を肯定するかのように、迫る超国家主義者たちを乗せたトラックは猛スピードを出して、邪魔な民間車両を蹴散らしていく。
こいつら、とソープは少なからずの怒りを覚え、MP5のコッキングレバーを引いた。装填、黒い感情を銃弾に込めて、トラックの荷台に照準する。射線上にあったセダンが慌ててハンドルを切って横
に退避するのを確認し、攻撃開始。響く銃声、瞬く閃光、放たれた曳光弾が荷台に降り注ぐ。反撃を受けた敵は、怒ったようにさらにスピードを上げた。
風を切るようにして、トラックはジープの隣に並ぶ。荷台に乗った敵兵の顔、そこに浮かべる表情が見えるほどの距離。MP5の銃口を突きつけるが、放つ銃弾は即席で貼り付けられた鉄板によって阻
まれる。畜生め、こっちは撃たれ放題だってのに。
敵は、荷台に貼り付けた鉄板の間から銃口を突き出し、銃撃してくる。伸びる火線がジープを捉える寸前、車体は大きく横に逸れて回避。後部座席の上でソープは転ぶ羽目となったが、どうにか被弾
は免れた。ジャクソンがとっさにハンドルを切ったのだ。いい判断と褒めたいところだが、回避にばかり気を取られて車体を揺らされては、いつまで経っても敵は食いついて離れない。
その時、前を行くプライスたちの乗るジープからの援護射撃が、トラックの運転席目掛けて浴びせかけられた。防弾ガラスなのだろう、五.五六ミリ弾を持ってしても貫通には至らない。だが、激し
い銃撃は運転手に恐怖を覚えさせるのに充分なものだった。横にくっついて離れなかった敵が、わずかにであるが速度を落とす。

「援護を頼む」
「頼むってお前――おい、クロノ!」

いきなり、傍らにいた魔法使いの少年が後部座席から文字通り"飛び"出した。速度の落ちたトラックへ向けて、クロノは飛行魔法で突撃を敢行。敵は驚きつつも、迎撃の構え――援護を頼むってこ
れか。無茶を言いやがる。
空から迫る黒衣の魔導師に銃口を向ける敵兵たちのいる荷台に照準を定め、ソープはMP5をフルオートで乱射。薬莢が休みなく弾き出されて、連続する銃声とマズル・フラッシュが絶え間ない銃弾の
雨を叩き込む。当たりはしなかったが、それでいい。鉄板で防弾処置を施されているとは言え、何発かは荷台のテロリストたちの頭上を掠め飛び、怯ませることに成功した。
その隙に、クロノがトラックのボンネット上に着地。何をするかと思いきや、手にした魔法の杖の先端に青白い刃を突き立て、思い切り突き刺した。心臓たるエンジンに致命傷を受けたトラックは
ブスンッと一鳴き、断末魔のような音を立てて一気に速度を緩めていく。後方を走っていた民間人の車は、蜘蛛の子を散らすようにしてそれぞれ衝突を回避する。幸い、ぶつかった車両はいない。

「ブラボー6より司令部! ヘリの到着は!?」
「こちら司令部、遅れが生じている。ETA(到着予定時刻)は、一五分後――」

敵のトラックを一輌撃破したところで、プライスの声が開きっぱなしにしていた通信回線に怒鳴り込んでくる。司令部の回答に、そりゃないぜと彼は返す。このままじゃ一〇分後にはあの世行きだ。
見れば、仲間をやられた超国家主義者たちは怒りに駆り立てられ、さらに二輌のトラックが彼らを追って民間車両を蹴散らしながら突き進んでくる。荷台はもちろん、敵兵たちがわんさか乗ってい
た。今度の連中は手に何か、明らかに銃とは異なる何かを――たまらず、ソープは悪態を吐き捨てた。今度はRPG-7、対戦車ロケット持ちだ。あんなもので撃たれれば、ひとたまりもない。
しかし、超国家主義者たちの眼はあまりジープに向けられていなかった。彼らの視線はむしろ、空、一輌目を潰して空中に退避したばかりのクロノに向けられていた。

「クロノ、そっちが狙われてる!」
「――っ、もうちょっと早く言ってくれ、早速撃たれてる!」

トラックの荷台から、激しい対空砲火が宙を舞う魔導師を落とさんと放たれる。右へ左へ、蛇行飛行を繰り返すクロノはしかし、回避し切れず防御魔法を展開して耐え凌ぐ。銃弾が魔力の防壁を叩
き火花を散らし、そのすぐ傍ら、何メートルも離れていない空間をRPG-7の弾頭が、白煙を吹きながら飛び抜けていく。
いくら魔導師の防御魔法と言えど、戦車の装甲もぶち抜く代物が直撃などしたら。ソープは、猛スピードで走るジープが生み出す風圧に負けないよう、ジャクソンに向けて怒鳴った。

「ジャクソン、スピードを落としてくれ! クロノがやられる、敵の注意を引き付けるんだ!」
「今度はこっちが撃たれるぞ」
「いいからやれ、アメ公!」

分かった分かった、耳元で怒鳴るな。渋々、ハンドルを握る海兵隊員はアクセルを踏む足の力を緩めた。反対に、ブレーキにかけた足にわずかに力を入れる。ジープの速度は鈍り、相対速度が縮まっ
たことで、彼らの乗るジープはトラックに向けて急接近。
通信回線、片方の耳に突っ込んだイヤホンに先頭車両から戻れと指示があったが、聞こえていないふりをした。クロノが、戦友が目の前で撃たれているのだ。黙って見過ごすことなど、若き兵士に
は我慢ならない事態だった。
いきなり減速してきたジープに敵は呆気に取られたが、ただちに銃口をこちらに突きつけてきた。負けじとソープもMP5を振り向け、引き金を引く。交差する殺意、入り乱れる火線。当たらないのが
不思議なくらいの激しい銃弾の応酬が続き、しかしそれも一瞬のこと。いきなり、トラックが車体を大きく、誰かに顔を殴られたかのように横に揺らし、ついには転倒する。荷台にあった敵兵たち
は投げ出され、ひっくり返った車体は激突音をばら撒きながらやがて視界の奥へと消え去った。
不意に鼻腔をくすぐったのは、硝煙の匂い。運転席を見れば、右手で拳銃M1911A1を、左手でハンドルを握ったジャクソンの姿があった。この海兵隊員、大胆にも運転しながら拳銃でトラックの運転
手を狙い撃ちしたらしい。これで、残るはあと一輌。
その残る一輌のトラックに乗る敵は、対空砲火の打ち上げ花火を中断していた。彼らが新たに獲物にと見据えたのは、ソープたちのジープ。荷台に見えたRPG-7が、自分たちに向けられている。閃光
と白煙が見えた時、ジープに乗った二人の兵士の思考に同じ言葉がよぎった――まずい、これは当たる。
幸か不幸か、その予測は外れることとなった。運悪く、ジープとトラックの間に飛び込んでしまった民間人の車、それもタンクローリー車が、対戦車ロケットの直撃を受けてしまったのだ。ただし
弾頭の信管は、作動せず。不運と幸運が一度に顔を見せた瞬間だった。タンクとそれを運ぶ車体の接続部に命中したRPG-7は、爆発はせずとも運動エネルギーのみで接続部を破壊する。
あっ、と敵も味方も声を上げた。接続部を粉砕されたタンクローリーが車体より外れ、トラックに向けてその進路を阻害するようにして横に転がった。
ギャ、ギャ、ギャッと、タイヤがアスファルトの上を擦る音。ブレーキをかけて衝突回避を試みたトラックはしかし、間に合うことなく激突。タンクに頭から突っ込む羽目になり、鉄と鉄の衝突は
タンクの外壁を易々と破った。同時に生み出すは、火花。

「うわぁ! うわぁー!?」
「ええい、怒鳴るな喚くなイギリス人!」

そうは言うが、悲鳴を上げるしかないのだ。
タンクから零れた可燃性の液体が地面に広がり、さらに飛び散った火花によって着火。一気に燃え広がった紅蓮の炎は、ジープも焼き尽くさんと灼熱の魔の手を伸ばしてくる。
運転手の海兵隊員が、思い切りアクセルを踏んだ。地面を舐めるようにして迫る炎から逃れるため。さすがに軍用車両だけあって、乱暴な動作にもジープは耐えてくれた。加速した車体は、どうに
か炎からの逃走に成功した。

「し、死ぬかと思った……」
「あぁ――安心するのは早いぞ、若いの」

ずるずるとMP5を構えたまま、後部座席に背中を持たれかけるソープは、ジャクソンの言葉を聞くなり、空を見上げた。
そうだ、敵はトラックで地面から追撃してくる奴ばかりじゃない。まだ、空から来る奴が残っているのだ。
しかし、手元にまともな対空火器などあっただろうか。頼みの綱があるとすれば、もう――



SIDE 時空管理局
六日目 時刻 0831
ロシア アルタイ山脈付近
クロノ・ハラオウン執務官


トラックからの対空砲火は、地面を走る兵士たちの勇敢な、あるいは無謀な行動によって消滅した。なんて無茶するんだ、としかし、助けてもらった以上は大きな声では言えない。
ともあれこれで、残す敵は"奴"のみ。キッと、飛行魔法によって被った風圧にも負けず、クロノの瞳がそれまで機関砲の一発も撃たなかったハインドを睨み付ける。
地上の味方の全滅を見届けたロシアの戦闘ヘリは、ついにその敵意を表に見せた。機体を傾け前へと加速し、国道を突っ走るジープに向けて直進。先頭を行くプライス大尉たちのものは、ひとまず
無視する構えのようだ。それとも、後から潰す魂胆なのか。
どっちでも構うもんか。魔法の杖、デュランダルを振るってハインドを追うクロノにはどうでもいい話だった。仲間が危険に晒されている以上、奴を落とさねば。
敵機はクロノが自分を狙っていることも知っているはずなのに、あえて無視した。主翼下に抱えたロケットランチャーポッド、そいつを地面に向ける。何を撃つつもりなのかは、もはや言うまでも
ない。クソ、と気付いた時には口が悪態を吐いていて、黒衣の少年は戦闘ヘリの前へと飛び出す。
スティンガーレイ、マルチショット――開きかけた魔法陣が、すぐに消える。正面に躍り出た魔法使い、それと対面するハインドの機関砲が光で瞬くのを、クロノは見逃さなかった。攻撃中止、た
だちに防御魔法を展開する。

「耐えろ、デュランダル!」
<<OK、BOSS>>

おそらく、叩き込むのは機関砲だけではないはず。デュランダルが詠唱代行し、掲げられた右手に発生した防御魔法、プロテクション。予想通り、魔法の壁を機関砲弾が散々叩いた後は、ロケット
弾の雨が降り注ぐ。
果てしない衝撃、衝撃、衝撃の連打。着弾するなり炸裂する質量兵器の威力を、彼は身を持って体感することとなった。爆風の炎がクロノを焼こうと壁を強く叩き、舞い散る破片がそれに加わる。
グッと表情を歪め、何とか耐えた。右手に残る痺れを放置し、爆発の煙の向こうにいるであろう、超国家主義者たちのヘリにデバイスを突きつける――いない。ハッと視線を上げれば、煙に紛れて
ハインドは垂直上昇、あくまでもクロノを無視する形で、道路上を走るジープを追おうとしていた。
こいつ! 少なからず怒りを覚えて、黒衣の魔導師は上昇する。身体に風が叩きつけられるのも構わず、敵機との距離を詰めようとした。今度こそスティンガーレイ、青白い魔法の弾丸を周囲に発
生させて、ハインドの撃墜を狙う。

<<管理局、と言ったな>>

――何だ、これは。
突如、脳裏に響く声。念話による通信回線に、男の声が飛び込んできた。聞いたことのない声、否、一度だけ聞いたことがある。どこだ。

<<貴様らは、私を逮捕したいのか。それともその場で処刑したいのか?>>

発信源をデュランダルに追跡させる。すぐに特定。目の前のハインドから――馬鹿な。念話と交信可能な通信機は、行動を共にしたSASと米海兵隊しか持っていないはず。あるいは、新たに調整した
ものを作り上げたのか。管理局、魔導師の存在を知る者はまだ、この世界ではほんの一握りのはず。
そこで、クロノは見出した。戦闘ヘリの機内に、鋭い眼光を持った、左腕のない男がいることを。
イムラン・ザカエフ。超国家主義者たちのリーダー。ロストロギア"レリック"の入手ルートなど、奴から聞き出さねばならないことは多い。
それは、一瞬の躊躇ではあった。その一瞬が、彼らに引き金を引く余裕を与えてしまう。

「……っ!」

しまった、罠だ。クロノが気付いた時には、もう手遅れだった。ハインドの主翼下から多数のロケット弾が放たれ、大地に向けて降り注がれる。
赤い炎の尾を描きながら突き進むロケットの行き先は、橋。二輌いるジープのうち、先頭を行くものが渡りきったところだった。二輌目は、まだ橋に到達すらしていない。
クソ、クソ、クソ、クソ、クソ! 思いつく限りの罵声で、状況をひたすらに罵る。罵りながら、少年は急降下していた。残った魔力を全部注ぎ込むような勢いで加速し、黒衣がロケット弾すらも追
い越す。二輌目のジープの頭上に位置した時、彼は力の限り叫んでいた。咆哮。降り注ぐロケット弾に向けて、防御魔法を発動させる。
これは――まずいな、ちょっと防ぎ切れない。
冷静な思考が脳裏をよぎったのと、視界いっぱいに見えた鉄と炎の矢が即席ゆえに不完全だった魔法の壁を叩いたのは、ほぼ同時の出来事。
次の瞬間、クロノは何かに蹴飛ばされたような強い衝撃を覚え、意識を失った。





――橋が崩壊するぞ! 走れ走れ走れ!


――司令部、司令部! こちらブラボー6! 部隊が分断された! 国道の橋、地点244352で……


――ソープ、ジャクソン! ここからでは援護出来ん! 援軍が来るまで……


――ブラボーチーム、こちらカマロフ軍曹。話は聞いたぞ、今救援に……


――ジャクソン、俺が敵を引き受けた! クロノを運んでくれ、少しでも弾が届かない場所に……





何だ。何が、どうなってるんだ。
ひとまず、自分がまだ死んでいないと言うのは理解できた。途絶え途絶えではあるが、仲間たちの会話、通信も覚えている。
クロノはゆっくりと、眼を開く。頭の回転が悪いのか、負傷しているせいなのか。周囲の動きはえらく緩慢で、酷く遅いように見えた。
見上げれば、M4A1を手にした海兵隊員が自分の傍に駆け寄り、助け起こしてくれた――ジャクソン、と彼は仲間の名前を口ずさむ。いいから喋るな、とジャクソンは言って、M4A1を肩に回し、左手
で少年の黒衣を引っ掴むと、銃弾の雨に怖気づくことなく、ひっくり返ったジープの陰に向けて彼の身体を引きずり出した。
駄目だ。弱った身体では、その一言さえ口に出せたかどうか。確信のないまま、クロノは拳銃で敵に向けて応戦する海兵隊員に、力の限り叫ぶ。僕は置いていけ。君まで痛い目に会うぞ。いいんだ
もう、手を離してくれ。ジャクソン!
海兵隊員は、少年の言うことなど聞かなかった。ただ、何かを見つけたように――おそらくは敵だろう。最低限こいつだけは排除せねば、クロノの身が危ないと判断したのか――弾切れになった拳
銃を投げ捨て、一旦負傷者から手を離し、肩に引っ掛けていたM4A1を構え直す。狙いをつけ、引き金を引く動作。弾け飛ぶ薬莢、銃口で煌く閃光さえもが、スローモーションのように見える。
うぁ、と悲鳴が聞こえ、目の前で鮮血が舞い散った。敵弾を食らったジャクソンが衝撃で転倒し、それでも、と意地を見せ、自分を撃った敵兵を撃ち倒す。
しかし、そこまでだった。海兵隊員は力尽きたようにとうとう、地面に身を投げ出して、動けなくなってしまった。まだ息はあるようだが、このまま放っておけばどうなるかは明白だ。
誰か、とクロノは叫ぶ。ジャクソンが撃たれた。誰でもいい、助けてやってくれ。プライス大尉、ギャズ、グリッグ! 返答はない。わずかに動く首を回して見てみれば、橋は崩落していた。孤立無
援、もはや誰もいないのか。
――そうだ、ソープ。彼ならまだいるはずだ。
藁をも掴むような思いで、必死に戦友を探す。あの新米SAS隊員はいったいどこに。頼む、生きていてくれ。
願いは、無情にも受け取られなかった。視線を動かした先にあったのは、被弾し、動けなくなっている様子のSAS隊員の姿。もはや誰も、動けない。
こんな時に敵が来たら。恐れていた事態に限って、現実のものとなる。風、と呼ぶには生易しい勢いで、暴風が弱ったクロノの身体を叩く。ヘリのローターが生み出す風。誰かが降り立ったのだ。
痛む身体に鞭打って、どうにか降り立ってきた者が何者なのかを判別し、絶句する。左腕のない男、イムラン・ザカエフ。唯一残った右手に持つのは、デザートイーグル。五〇口径の大型拳銃。
おそらくは、自らの手でとどめを刺すつもりなのだろう。息子を殺した憎き敵を。その報復を阻んだ相手を。彼を護衛する二人の兵士ですら、殺意に満ちた様子なのは手に取るように分かる。
もはや、これまでか。脳裏をよぎるのは家族と、友人たちの顔。母さん、エイミィ、フェイト、はやて、なのは――おいクロノ、と誰かが自分の名を呼んだ。はっと視線を声のした方向に向ければ
動けないはずのソープが、何か懐に手を突っ込んで企んでいるらしい。こんな状況下にも関わらず、戦友の顔は笑っていた。
ドッ、といきなりの轟音。何事かと思えば、ザカエフの背後で火の手が上がっていた。メラメラと燃えるのは、超国家主義者たちを乗せていたハインドの残骸。
視界の片隅から、ヘリが現れる。戦闘ヘリ、しかしハインドでなければ超国家主義者たちのものでもない。Ka-50ホーカム、ロシア現政府支持派の機体。援軍が、間に合ったのだ。
突然現れた増援に、ザカエフとその手下は大いに慌てている。必死に手に持つ銃を撃ち上げているが、戦闘ヘリがその程度で落ちる訳がない。
改めて、クロノはソープに眼を向けた。彼は、何か言った。お前が決めろ、とでも言ったのだろうか。アスファルトの地面の上を滑らせて、渡してきたのはプライスより預かったM1911A1、コルト・
ガバメント拳銃。以前、クロノも試しに持たせてもらった、そして彼自身が"チャチな工業製品"と評した代物。
不意に、別の方向からも何かが地面を滑ってやって来た。M1911A1のマガジン。視線を上げれば、動けないはずのジャクソンがニッと笑い、親指を立てていた。
二人の兵士から託された思いは、まったく同じ。すなわち――

『お前が決めろ』

迷う暇はなかった。M1911A1を手に取ったクロノは、マガジンキャッチボタンを押し込んでマガジンを交換。スライドを引き、両手でKa-50に気を取られるザカエフ、事件の元凶に銃口を向ける。
落ち着け、落ち着け。しっかり狙うんだ。銃身に載せたコインが落ちないように、しっかりと銃を保持して――まずは、手下の二人から。リアサイトとフロントサイト、二つの照準が敵兵の背中に
重なったところで、撃つ。
初めての実弾発砲は、確実に敵を射抜いていた。ハンドキャノンとも呼ばれるM1911A1の銃弾は、テロリストをぶっ飛ばすのに充分な威力があった。もう一人も振り返る直前に照準、発砲。両手で
構えているはずのM1911A1が反動で跳ね上がり、敵兵を殴り飛ばす。
残った最後の敵――ザカエフは、驚きつつも振り返り、デザートイーグルを向けてきた。照準は、しかしクロノの方が早い。引き金を引き、45ACP弾を叩き込む。
被弾し、身体をくの字に曲げる元凶。その腕はまだ戦意が衰えていないのか、銃を手放そうとしない。もう一撃、撃つ必要があった。

「ゲームオーバーだ」

不思議と、この時だけははっきりとした声が出た。引き金を引き、弾丸を放つ。今度こそ、二発目の銃弾を浴びたザカエフはデザートイーグルを手放し、地面に屈服し、動かなくなった。
終わった。超国家主義者たちのリーダー、イムラン・ザカエフは今、ここに死んだ。
感動は、何もなかった。ただ一言だけ、クロノは手にしたM1911A1を見て、自嘲気味に笑う。

「こんなものに頼るなんてな」

意識が朦朧としてきた。あぁ、またヘリコプターだ。今度は輸送型。降りてくるのは、ロシア現政府支持派だろうか。そのうちの一人がこちらに駆け寄り、助け起こしてくれた。
もう大丈夫だ、遅くなってすまない戦友。助けてくれたロシアの兵士は、そう言ったような気がする。
ヘリに吊り上げられていく自分の身体を見出し、そこでクロノの意識は再び途絶えることになる。








――本日ロシア政府が正式な発表を行い、自国が行ったとする一連の核ミサイル発射を国防上、必要な実験であり事実だと認めました……

――これを受けて各国からはロシアを批判する声が上がっていますが……

――ロシア政府は、あくまでも「実験はあくまでも条約の規定に則った正当なもの」としており……

――また、この件に関してロシア国内でテロ活動を行っているグループからは何の声明も出されておらず……

――次のニュースです。アメリカ、イギリス両政府が先日共同発表を行い、"時空管理局"と言う組織の存在を明らかにした問題で……

――各国政府からは、我々の住む世界が時空管理局の管理下に置かれるのではないかと言う不安と懸念の声があり……

――アメリカ政府はこれに対し、「管理局と協定を結ぶことは、我々の世界におけるテロと犯罪を撲滅する大きなきっかけになる」と言う認識を示しており……

――明日、国連総会において時空管理局を代表者リンディ・ハラオウン提督によるメッセージが公開される予定です……









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最終更新:2010年12月11日 22:23