――まさか、国連大使の飛行機にテロリストが乗り込んでるとはな。
――諜報部は無駄飯食らいばかりだ。乗り込んでいた記者全員が変装していたなんて。
――まぁ、そう言うなよジャクソン。さっさと終わらせようぜ。彼女が待ってるんだろう?
――ああ、手料理を作ってな。楽しみで仕方ない。
――……アレが食えるってまったくどうしたんだろうな、このヤンキーの味覚は。
――何か言ったか、ソープ?
――何でもない。さぁ、準備はいいな?
――いつでもいい。
――突入して一気にカタをつける。行くぞ。
Call of Lyrical 4
エピローグ/マイルハイクラブ
SIDE SAS
二年後
ミッドチルダ海上上空 国連大使特別専用機
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ少尉
薄暗い機内の天井の中から、床をバーナーで焼き切って、黒尽くめの兵士が二人降り立つ。
黒尽くめ――そう、まさしく彼らは黒一色だった。黒のブーツに黒い戦闘服、黒いガスマスクに黒い銃身のMP5SD6。黒、黒、黒、黒、黒尽くめ。突入する特殊部隊の服で黒が多いのは、視覚的な威
圧感を味合わせるためだと言うが、それにしても真っ黒一色である。
降り立った兵士の片方、ソープは、隣に立つ兵士に視線を送る。二年前のある事件で共に活躍したアメリカ人、海兵隊のポール・ジャクソンだ。彼は何も言わずにただ頷き、準備が整ったことを知
らせる。今更躊躇など、見せる必要はなかったのだ。
それじゃあ行くか、と。MP5SD6のコッキングレバーを引き、弾を装填。銃に命の息吹を吹き込んで、兵士は宣言する。
「発砲を許可する。好きに撃て」
突入開始。何も知らないテロリストたちは、すでに機内は占拠出来たものと思い込み、油断し切っている。左に見えた敵兵など、のん気にトイレから銃を手から離して出てきていた。
まぁ、考えもしないだろうな。天井の中に敵が隠れていたなんて――わずかな同情を振り払い、銃口を向けて短い一連射を浴びせる。トイレから出るなり、いきなり撃たれた敵は悲鳴も無しに崩れ
落ちる。死体を無視して、そのままソープたちは機内に屯していたテロリストたちを見つけ、手当たり次第に銃撃していく。
奇襲。どこに潜んでいたか分からないが、とにかく自分たちは敵の攻撃を受けている。彼らが気付いた時にはもう銃弾が浴びせかけられ、バタバタと敵兵は薙ぎ倒されていった。慌てて銃を構えよ
うとする者には閃光手榴弾を投げつけ盲目にし、その上で射殺。
座席の陰に隠れようが、屋内と言う交戦距離が極端に短い空間であれば、むしろMP5SD6の利点が生きる。短い銃身を振り回し、隠れた敵を遮蔽物ごと撃ってこれも倒す。
鮮やかな手並み、プロの仕事。かつての新米SAS隊員の姿は、もう面影すらも存在しなかった。それに、なんと言っても――
「ソープ、右だ」
ハッと視線を銃口と共に向ける。振り返った頃には、息を潜めて反撃のタイミングを伺っていたテロリストが銃弾を浴び、ひっくり返る憂き目にあっていた。
なんと言っても、後ろを任せられる戦友の存在は大きかった。助かった、と短く礼をジャクソンに告げて、再び前進を再開する。
ところが、何事も上手くいくか、と言う訳ではない。ジャクソンが撃ち倒した敵兵の手榴弾が、ピンが抜けた状態でコロコロと床を転がっていく。ゲッと、呻き声を上げてすぐにソープは座席の陰
に伏せた。
ドンッと、爆発音。敵は、機内で手榴弾を使うつもりだったのか。下手すれば自分にも危害が及ぶような交戦距離であえて手榴弾。こりゃもしかしたら、と彼は上唇をガスマスクの内側でぺろりと
舐める。例の情報は、本物なのかもしれない。だとすれば急がねば――
「機体に亀裂が走ってる! 伏せろ!」
ポーン、と機内で警報らしい音が鳴った。ジャクソンの言葉と共に、天井から緊急時の黄色い酸素マスクが弾き出される。
何だ、亀裂? 機体に穴が開いたのか。そう思った瞬間、いきなりドッと機内の左側が割れて、青空が見えた。空の旅をどうぞご満喫下さいとでも言うのか。しかしサービス過剰だろう。座席も、敵
兵の死体も、空になった薬莢も、ありとあらゆるものが吸い出されるようにして機体の外に放り投げられていく。ガスマスクの中で泣きそうな表情を浮かべながら、どうにかまだ固定されたままの
座席に捕まり、二人の兵士は這うようにして進んでいく。階段を上って二階に上がれば、とりあえず空中に投げ出される可能性は失せた。
国連大使の専用機に選ばれただけあって、機内の内装は豪華そのものだった。高級そうなデッカいソファーを見つけた時は、「これうちに欲しいな」とすら思ったほどだ。もっとも次の瞬間には、
性懲りもなく現れた敵兵の飛び散った血で染まっていくのだが。
とは言え、二階に上がって内装の豪華さが目を引くようになったと言うことは、一つの事実を彼らに教えていた。人質とされている国連大使の待機室が、もう目の前にあるということだ。実際、そ
れらしい大きな扉も進むうちに発見した。
「ソープ、発砲に注意しろ。VIPを撃たないようにな」
言われなくてもそうするさ。MP5SD6を肩に回して、ソープは右太もものホルスターから拳銃を引き抜いた。M1911A1コルト・ガバメント、サイレンサー付き。
拳銃の銃口を前に突き出して、いよいよ扉を開けようと近付く――バッと、扉が開かれた。待ち切れなかったのか、ソープたちの接近を察知したのか、あるいは両方か。最後の一人であるテロリス
トが、頭に布の袋を被せられた男を盾にするように羽交い絞めにして現れた。近付けば撃つぞ、と言うことか。
兵士は、大して動揺を見せなかった。無言のまま、M1911A1の銃口をわずかに上げて、照準。ほんの少し、人質の身体からはみ出た敵兵の頭部を狙い、撃つ。
たった一発の銃弾が、事件を終結させることだってある。銃撃を受けたテロリストは転倒し、人質を手放した上でそのまま動かなくなった。クリア、GO、とソープは敵の無力化を確認し、ジャクソ
ンと共に人質、国連大使の下に向かう。
「くそ、情報は本当だったのか。時限爆弾があるぞ」
「タイマーは?」
「起動済みだ」
周りの状況が分からず泣き叫んで助けを懇願する国連大使の無事を確認する傍ら、ジャクソンが部屋の中でアタッシュケースに入った時限爆弾を発見。最悪の場合、敵は機体と国連大使もろとも自
爆する気だったのだろうか。
本来のパイロットはすでに射殺されいるため、脱出するにはこの国連大使を連れて行けばいいだけなのだが――ドンッと、轟音。冷たい外気が部屋に殺到し、振り返って見れば機体にまたしても穴
が開いていた。またか、とうんざりしたような表情を浮かべかけたところで、あ、とソープは気付く。穴の向こう、青空の奥から、誰かが近付いて来る。人? 人が空を飛ぶのか。
いいや、あり得ない話ではない。何しろ、彼の友人にそんな魔法使いみたいな者がいるのだから。
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。二人とも、早く脱出を」
と言うより、本当に魔法使いなのだが。黒い髪に黒衣の魔導師、時空管理局のクロノ・ハラオウン。こいつも黒尽くめみたいなもんだ。テロリストが、管理局と会談に臨む九七管理外世界の国連大
使専用機を乗っ取ったと聞き、馳せ参じたのだろう。艦長に昇進したと聞いたのだが、相変わらずこうして現場に出ることもあるらしい。
「ちょっとしたフリーフォールだな、おい。さぁ、ついて来るんだ」
「ジャクソン、彼を頼むぞ」
任せておけよ、とガスマスクの向こうに不敵な笑みを浮かべて。黒尽くめの兵士に引っ張られて、国連大使は彼と一緒にクロノの開けた穴から大空へとダイヴしに行った。ジャクソンは小型パラシ
ュートを腰に引っさげているので、あとは着地して回収されるのを待つだけだ。
「ソープ、何を待ってるんだ。その機体、もうすぐ爆発するぞ」
おっといけない。魔法使いの戦友に言われて、ソープは我に返った。
さぁ、帰還しよう。任務はこれで、完了だ。
大空へと飛び出し、かつての若きSAS隊員は暫しの自由落下を楽しむこととした。
「作戦終了。また会おうぜ、相棒!」
HEAT BREAKERS AND LIFE TAKERS. THANKS FOR READING! SMPER FIe.
(傷心の君も、殺し屋な君も、読んでくれてありがとう! 忠誠あれ)
――そうか。うむ、ご苦労。国連大使は?
――分かった。ただちにヘリを回収に向かわせよう。
――……プライス。マクミランもそうだったが、昔の話をいつまでも引っ張るな。上物のウイスキー六本分くらいの貸しがなんだ。
――ロシアで新しい任務? また超国家主義者たちか。奴ら、トップが死んで空中分解するものだと思っていたが。
――……そうか。まぁ、せいぜい生き残れ。ところでだが、その新しいリーダーの名、ここで教えてくれないか? いや、大丈夫だ。この回線は秘話装置が入っている。
――マカロフ、だな。こちらでも分かったことがあれば連絡しよう。幸運を、戦友。
Call of Lyrical 4 END
最終更新:2010年12月19日 19:05