"ニューヨーク・タイムズ"
――大統領、第三三五管理世界へ合衆国軍派遣命令
――時空管理局との協定に基づくもの
――"次元世界の安定と平和のため" 本音はその世界で得られる利権?
――「どうして他の世界にまで行く」 戦死した兵士たちの遺族の声
――管理局内でも反発の声あり 「次元世界の平和は本来我々が守るべき」
Call of lyrical Modern Warfare 2
第1話 S.S.D.D. / 紛争世界にて
SIDE U.S.M.C
一日目 時刻 0855
ミッドチルダ 首都クラナガン
ポール・ジャクソン 米海兵隊曹長 在ミッドチルダ米軍連絡官
「やっぱり、そっちの方が似合ってる」
他の次元世界に繋がる転送ポートの前で、少し遅めの朝の挨拶を交わした直後のこと。戦友が懐かしいものを見るような目をして、そんな言葉を投げかけてきた。
ジャクソンは視線を下げて、彼の言葉の意味を理解し、なるほどな、と声に出して納得してみせる。連絡官と言う立場になってからは米海兵隊の制服を着ることが日常と化しており、数年前の最前
線での暮らしから思えば考えられないことであった。クロノと言うこの戦友、黒髪の青年も最初に会った時は野戦服だったものだから、彼にはこちらの方が見慣れていたのだろう。
そう、在ミッドチルダ米軍連絡官が今着ているのは、パリッとした堅苦しい制服ではなく、灰色を基調にした野戦服だった。装具こそ着けておらず、腕まくりして身軽そうであるが、やはり制服と
違ってこちらの方がいかにも兵士、海兵隊と言った風に見える。
「お前は大丈夫か? 現地は砂漠だ、暑いぞ」
もちろん、ジャクソンが今日に限って制服ではなく野戦服を着ているのは決して堅苦しいからと言う訳ではなく、書類仕事が嫌になったので最前線で暴れて気分転換に行くからと言う訳でもない。
その日、彼らはとある紛争が絶えない砂漠の管理世界に展開する米軍、管理局が上手く合同出来ているか、視察に行くつもりだった。戦場に行くのに制服というのはおかしいが故である。何より、
彼の言うとおり現地世界はそこそこに気温が高い。
だと言うのに、だ。クロノが着ているのは黒を基調にした魔導の羽衣、俗に言うバリアジャケットなのだが、長袖長ズボンと来た。こうして気候の穏やかなミッドチルダの地にいるだけでも暑そう
なのだが、当の本人は何ともなさそうな顔だ。
「知らないのかい? バリアジャケットは保温、保湿の効果もある。砂漠だって雪山だって、これ一枚で大抵の場所は行けるんだ」
「魔法って便利だな、つくづく」
単に彼らは、コスプレや見栄え目的で摩訶不思議な魔法使いの格好をしている訳ではない。すでに思い知ったはずの事実を改めて知らされ、海兵隊員は思わず苦笑いを浮かべた。
そうして何気ない日常的な会話を交わして転送ポートへ向かうのは、まるで出張へ行くサラリーマンのようでもあった。無論、彼らがこれから向かうのは会社でもなければお得意様の取引現場でも
ないのだが。
久しぶりの戦場の空気は、おそらく彼らを歓迎するだろう。ただし、硝煙と銃声で。
SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊
一日目 時刻 1530
第三三五管理世界 フェニックス前線基地
ジョセフ・アレン上等兵
管理世界と言っても、全てが秩序を保って平和な雰囲気で人々が暮らしているのかと言うと、それは否だった。
例えばこの第三三五管理世界は、時空管理局が統治下に収めてなお、現地の軍閥同士が互いに主張を譲らず、紛争を続けていた。管理局が調停に入って武装解除したり、講和条約を結んだ勢力もあ
るが、未だ掌握下に入らない、入ろうとしない軍閥は数多に上っている。長く続いた戦いの歴史は現地の人々の生活を蝕み、侵食し続け、未だ出口は見えそうにない。
そんな最中に、管理局に加えて今度は米軍が文字通り世界を股に駆けて進駐してきた。異世界からの軍隊は強力な、かつ訓練すれば誰にでも扱える質量兵器を持って軍閥解体や紛争調停に手間取る
管理局を助け、それなりの成果を挙げつつあった。現地世界出身の、魔力資質を持たない者で志願者を募り、暫定的な統一政府の軍隊すら組織しつつある。
もっとも、おかげで俺たちの仕事が増えるんだが――アレンと言うこの米陸軍に所属する上等兵は、この日も射撃訓練場に呼び出されていた。分隊長のフォーリー軍曹は職務に忠実なのはいいのだ
が、部下にまでそれを行わせようとするのだから彼には迷惑極まりない。
もちろんフォーリーが嫌いな訳ではなく、むしろ実戦時における判断力の高さは大いに買っている。「ここさえどうにかしてくれりゃな」程度の感情だった。
「第一〇一回"トリガーの引き方講座"にようこそ。私は第七五レンジャー連隊、フォーリー軍曹だ」
射撃訓練場に集まった、まだ野戦服もどこか不慣れな様子の現地出身の兵士たちに向けて、黒人の男が軽く自己紹介。フォーリーは現地兵たちの顔を一通り眺めて、次に「休め」の姿勢で待機して
いたアレンに目配せする。あいよ、と彼は頷き、休めの姿勢から気をつけ、一歩前へ進め。
「このアレン上等兵が、今から君たちに射撃のお手本を披露する。言ってはなんだが、君たちは腰だめで弾をばら撒いている者が多い。撃っても当たらなければただのアホにしか見えんぞ」
誰だったか、"当たらなければどうと言うことはない"って言った奴は。上官の声を聞いて脳裏に浮かんだ雑念に思いを巡らせつつ、彼は目の前のテーブルに置かれていた銃を手に取る。M4A1、M16か
ら発展したアサルト・カービン。銃身にフォアグリップが装着されている以外は何の変哲もない、ごく普通のものだ。弾もどっさり、これから訓練するため五〇〇発は用意されていた。
「百聞は一見にしかずだ。アレン、後ろの標的を撃て」
「イエス、サー」
M4A1にマガジンを差し込み、コッキングレバーを引いて弾丸装填。ジャキッと鳴り響く機械音、躊躇いなくアレンは踵を返し、積み上げられた土嚢の向こう、粗末ながらも撃てば倒れ、また自動で
立ち上がる訓練標的に銃口を向ける。
普段ならしっかりサイトを覗き込んで照準し発砲だが、今回は教育が目的だ。銃口の先端をおおむねこの辺りだろうと目星をつけた先に向けて、引き金を引く。
途端に、乾いた銃声が数発放たれる。予想通り弾は散らばり、標的に当たりはしたものの一発だけ。こんなもんですか? とアレンはちらりと視線をフォーリーに送ると、彼は頷き、また現地兵たち
に向けて解説を始めた。
「見たな? 今、アレン上等兵は弾をばら撒いただけだ。しっかり当てたいなら腰を落として、サイトで照準だ――アレン、見せてやれ」
へーい、と気の抜けた返事を胸のうちで返し、アレンは行動に移った。腰を落とし、左膝を地面に着ける。左手はしっかりフォアグリップを握り、右肩のくぼみにはM4A1の硬い質感を持った銃床を
ぐっと押し当てる。サイトを覗き込み、中央に標的を合わせて、発砲。今度の弾は訓練標的にほとんどが命中し、甲高い金属音を連続で鳴らす。
「こんな感じだな。どうだ、簡単だろう? しっかり当てたいなら姿勢を低く、よく狙って、撃つ。これだけだ」
現地兵たちは、とりあえず理解してくれたらしい。頷きながら、周囲の者と小声でどう狙うか、どう撃つのか確認し合っている。
「さて、次は実戦だ。一番手は誰だ? よし、お前だ。いいか、教わったことをよく思い出せ――アレン、お前はもういいぞ。ピットに行け」
「はい、りょーかい……はい、ピットに?」
やれやれ終わった。 役目を終えたアレンは分隊長にラフな敬礼を送って立ち去ろうとし、しかし突如出た、新たな指令に思わず表情を歪めてしまった。さっさと部屋に戻ってのんびりラジオでも
聞くつもりだったのだが。
「忘れたのか。シェパード将軍がお待ちかねだぞ、俺に恥をかかせるな」
「ああ――そういやそんなこともありましたね。はい、了解、行ってきますよ」
いけねぇ、すっかり忘れていた。今日は何でも上層部でも飛び切りのお偉方が来ているらしく、特別任務に就く兵士をここから引き抜くため、訓練の様子を見学したいそうだ。
やれやれ、とため息を一つ吐き捨て、とぼとぼとした足取りでアレンは、ピットと呼ばれる訓練場へ向かう。
お堅い司令部ならともかく、ここは前線基地だ。道中で見かけた他の分隊に属する兵士や、現地兵らしい肌の色が異なる者たちは皆、思い思いの方法で余暇を過ごしている。Tシャツ一枚でラジオ
を聞きながら軍用車両の整備を行ったり、バスケットボールをやったって誰も文句は言わない。
ピットに向かう途中、アレンは目の前を白い拳大のボールが転がっていくのを目撃した。コロコロと視界を横切っていったそれは、拾い上げてみるとベースボールの球だった。
「アレン先輩」
不意に名前を呼ばれて振り返れば、グローブ片手にこっちだ、と手を上げてアピールしている兵士が一人。同郷出身の、ラミレス一等兵だった。他の兵士とキャッチボールをしていたらしいが、取
り損ねてしまったのだろう。後輩の意図するところを理解したアレンは、ボールを投げ返す。
「ラミレス。お前、軍に入ってからは階級で呼べと何度も――」
「いいじゃないですか。先輩は先輩です、違いますか?」
悪びれた様子もなく、受け取ったばかりのボールをグローブの中で弄びながらラミレズは人懐っこい笑みを浮かべていた。アレンとはハイスクール時代からベースボールのクラブ活動の先輩後輩の
中であり、その時の関係を彼はまだ引きずっているのだ。
もっとも、アレンとしても本気で注意した訳ではない。階級で呼ばれるよりは、異世界の土地であっても先輩と日常にありふれた呼び方をされた方が気が紛れる。その事実を知ってか知らずか、と
もかくこの後輩は入隊してから久しぶりの再会以後、「上等兵」と呼んだことは一度もない。
どこ行くんです? とラミレスは問いかけてきたので、アレンは素直にピットだ、と答えた。お偉いさんに訓練の様子を見せてやるんだ、とも。
「ああ、それなら俺も昨日受けましたよ。あんまり、成績は芳しくなかったけど」
「道理で俺が駆り出された訳だ。お前さんさえもっと上手くやってりゃ、俺は楽出来た」
えー、だってなぁ。先輩からの指摘に、生意気な後輩は口を尖らせる。普通じゃあり得ないくらいタイム設定、短くされてんですよと文句を垂らしてさえ見せた。フムン、とアレンは適当に聞いて
いるのかいないのか、よく分からない適当な相槌を打って受け流す。
どれだけラミレスが優秀な成績を叩き出したところで、今回来訪されているお偉いさんは兵士全員を見て回るだろう。結局のところ、彼は今日ピットに行く運命にあったと言うことだ。
「あー、でも一人だけ凄いのがいましたね」
思い出したように、後輩は口を開く。彼が言うには、何でも自分の番を終えた後。ピットに、見慣れない一人の若者がやって来たそうだ。迷彩服ではなく、コスプレ紛いの魔導服を着ていたことか
ら、一目で米軍所属ではなく管理局の魔導師だと分かった。
「何だ、将軍は管理局の連中の訓練も見るのか。妙な話だな」
「ホントそうッスよね――あぁ、んで。その魔導師が、これまた妙な奴で」
饒舌に語るラミレスの口から得られたのは、やって来た魔導師は拳銃のようなものを手にしていたこと。さらに、異世界生まれだけあって地球ではまず見られない、橙色の髪をしていたこと。ピッ
トの成績が、これまで記録されてきたどの米軍兵士よりもずば抜けて凄いこと。この三つの情報だった。
さすがに魔法使いだけあるな、と感想を口に漏らすアレンだったが、当のラミレスは「いや、それにしたってありゃ何か違う」と言って、口にした魔導師の凄さをしきりに強調する。ここまでしつ
こく話すということは、よほど凄い奴だったのだろう。
「まぁ、まずはピットで確認してみよう。お前さんの言う例の魔導師がどんなもんか、同じメニューを受ければ分かるだろ」
「ホントに凄いですからね。ありゃあ絶対真似出来ませんよ」
そうかい、と苦笑いして、アレンは後輩にラフなお別れの敬礼を送って歩き出す。ラミレスは敬礼を返さず、「ご武運を」とふざけた調子でグローブを右手にあげてそれに答えた。
「あ、先輩。終わったら試合しましょうよ、また。今度現地出身の奴らと米軍(俺たち)とでチームに分かれてやるんすよ」
「へぇ、そりゃいいな。俺は投げるから、お前キャッチャーやってくれ」
別れ際に、ベースボールの約束を交わす。ごく一瞬だけ、ハイスクール時代に戻ったような錯覚があった。
SIDE 時空管理局
一日目 時刻 1600
第三三五管理世界 フェニックス前線基地
クロノ・ハラオウン執務官
「昨日の敵は、今日の新兵だ」
そう言って、目の前の男はクロノに語りかけてきた。
男は、そこそこに年齢は重ねているようなのだが、背骨を曲げたりせず、常にシャキッとした様子で歩いていた。首元に縫い付けられた階級章は大きな星が複数並んでいたが、同時に肩にサスペン
ダーを装着しており、脇にはリボルバー式の大型拳銃が収まっている。つまり、この男は将軍と言う立場にありながら、いつでも最前線に赴く覚悟をしていると言うことだ。
男の、なんとなしに開かれた口からは、なおも続く重みのある言葉。しかし、クロノはそれが自分だけに向かれたものではないとも感じていた。自分と、隣を歩く戦友のジャクソン、護衛の兵士、
あるいは男自身に向けられたものだったか。
「彼らと共闘できるよう教育し、そのことで後々彼らに憎まれないよう、祈る」
「……現地出身の兵のこと、でしょうか」
言葉の意味を、それとなく察したクロノは問いかけてみるが、男はすぐには答えなかった。老いてなお鋭い眼光を持って――どこかで見たことがある眼だ、と彼は思った。まるで、あのザカエフの
ような――異世界の若い執務官兼提督を一瞥し、ようやく回答を口にする。
「国境が変わろうが、指導者が変わろうが、"力"は常に安息の地を得ると言うことだ。物事の表向きは変化しても、本質は損なわれない――"力"が、我々に向けられないようにする必要がある」
要するに、信用していないんだな。この将軍は現地兵たちを――果たして予測は正しいかどうか、知る術はない。直接問いただすにしても、この男が答えるとは思わなかった。
「クソのような日々だ」
日差しは高く、暑かった。男の言葉はこの世界の気温の高さに向けられたものかは分からないが、ともかくも何か大きな不満を抱いているには違いない。
彼は振り返り、連絡官であるジャクソンに声をかけた。私が何を探しに来たのかは、知ってるだろうと。もちろんです、と彼は答えて、眼下にあった訓練場を指で示す。
「ジョセフ・アレン上等兵。有力候補の中でも上位に位置する優秀な兵士です。おそらく、気に入って頂けるかと」
フムン、と男は大して感動した様子もなく、ピットと呼ばれる訓練場、そこを一望できる場所にまで歩みを進めていく。
どうにも苦手だな、僕は――進んでいく男の背中を見つめて、クロノは思う――このシェパード将軍は。淡々としすぎている、戦争以外に興味はないみたいだ。
もっとも軍人はそうであるべき、政治に関わってはいけないのだろうけど。そう胸のうちで付け加えて、苦手意識を無理やり克服させようとするクロノだったが、違和感は拭いきれなかった。
ピットでは、やって来たらしい一人の兵士が訓練の準備に入っていた。
SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊
一日目 時刻 1621
第三三五管理世界 フェニックス前線基地
ジョセフ・アレン上等兵
ピットと呼ばれる訓練場は、市街地を模した機動を伴う実弾射撃場だった。見るからに分かりやすいテロリストと、これも見るからに分かりやすい民間人を模した標的が立ち並び、テロリストのみ
を銃撃しながらゴール地点まで進んでいく。落ち着いて見れば標的の識別は難しくないが、何しろ時間制限付きだ。新兵には実戦に向けての登竜門であり、ベテランにとっては今回、お偉いさん方
に射撃訓練の様子をご覧いただくステージとなった。
「カメラにでも笑顔を見せておけ、愛想よくな――シェパードが見てる」
訓練場で出迎えてくれたのは、分隊副官のダン伍長だった。口は悪く面倒臭がりだが、必要な仕事はテキパキこなしてくれる。使用可能な銃を説明してくれた後は、弾の抜けた拳銃を手のひらで弄
んでグチグチと文句を言い出していた。
「優秀な奴は花形部隊に行けるって話だぜ、お前さん次第だが――なんで最初から俺たちを使わないんだろうな。レンジャーには無理でもデルタの連中には出来るってのか?」
デルタ、と言うのはデルタフォースのことだろう。米陸軍きっての精鋭特殊部隊。しかし、レンジャー連隊に属する彼らは決してデルタの方が自分たちより何もかも上だとは考えていない。愚痴を
呟くのは、任務に対する士気の高さの裏返しでもあった。
とは言え、花形部隊とやらにアレンの興味はさほど湧かなかった。待遇や給料がよくなるだろうが、その分激務になるのは眼に見えているのだ。ここでダラダラとベースボールをやって、時たま起
きるドンパチに参加していた方が性に合っているとさえ思っていた。
――まぁ、仕事は仕事だしな。M4A1を手に持ち、サイドアームにベレッタM92Fを選択。準備OK、とダンに伝えて、彼はスタート地点に進んだ。
ふと、視線を感じて上を見上げる。訓練場を一望できる高いところに、やたらでかい階級章を首元につけた男の姿があった。おそらく、こいつが例のシェパード将軍だろう。眼が合ったが、眉一つ
動かさずじっとこちらを見定めている。まるで鮫だな、とわずかばかりの感想を漏らすが、もちろん聞こえるはずがない。シェパードの周囲にいた、海兵隊の野戦服を着た男ともう一人、黒髪の管
理局の者らしい青年はまだ人間らしい表情をしていたように思う。
「アレン、始めるぞ」
「了解」
思考切り替え。コッキングレバーを引いて、機械音を鳴らす。安全装置解除、M4A1のグリップを握り直して、突入態勢に入った。
スッと、息を少し多めに吸い込んで――次の瞬間、スピーカーで鳴り響く、ダンの突入指令。
「GO! GO! GO!」
ダッと駆け出す。のんびり気分はもうおしまい、ここから先は実戦に限りなく近い、訓練の始まりだ。
ピットは三つのエリアに分けられていた。それぞれ第一、第二、第三エリアと呼ばれ、ガラクタによって構成された障害物が存在し、テロリストと民間人の標的が入り組むようにして立ち並ぶ。
まずは第一エリア――早速姿を見せたのは、障害物に半身を隠したテロリストを模した標的。素早く正確に照準し、引き金を短く引く。唸る銃声、輝くマズルフラッシュ、肩に当てた銃床が小刻み
に揺れて銃撃の振動を伝えてくる。一人目を倒し、二人目に照準。再び引き金を引けばM4A1が牙を剥き、容赦なく標的を射抜いていった。
「っち」
三人目、四人目、五人目が出現――面倒だ、と数えるをアレンはやめた。幸いにもこれは訓練、何人テロリストが出てこようがみんな標的であることは変わりない。反撃される心配なく、これにも
短い銃撃を浴びせて素早く排除。
続いて立ち上がった標的。跳ね上げた銃口を向けるが、しかしすぐには火を吹かない。民間人の子供を模した標的だった。その背後に隠れる形で、銃を構えたテロリストが出現する。人質のつもり
であろうが、少し進めば射線から民間人は外れてくれた。無防備になった標的に再び数発の五.五六ミリ弾をお見舞いし、第二エリアの屋内の突入。
洗練されたプロの動き、戦い慣れたベテランの射撃術を持ってすれば、標的の一掃は楽勝とさえ言えた。屋内の標的を軽々と射撃し、階段を上る。第三エリアはこの先、屋上から地面に飛び降りた
向こうにある。
「!」
階段を上りきろうとしたところで、目の前に突如テロリストが出現。銃口を突きつけるのは、間に合わなかった。咄嗟に左手を腰に伸ばし、鞘から引き抜いたナイフで殴るように斬りつける。甲高
い金属音と共に、標的を排除。走りながらナイフを戻し、屋上にて待ち構えていたテロリスト、これも一掃――カチンッと小さな機械音を鳴る。M4A1が弾切れを起こしていた。リロードはせず、パ
ッと手放し首からぶら下げ、右太もものホルスターに収まっていた拳銃を引き抜いた。第二エリア制圧、飛び降りて第三エリアへ。
着地するなり、顔を上げてアレンは表情を歪ませた。うぜぇ、とさえ口にする。テロリストが大勢、民間人を盾にする形で彼を出迎えていた。さぁ突破してみろ、と言わんばかりに。苛立ちが腕に
篭るが、照準にまで影響を及ぼしてはならない。クールに、冷静に、M92Fの銃口を前に突き出し、テロリストのみに照準し、撃つ。九ミリ拳銃の反動は小さくマイルドだ。一人、二人と即座に撃ち
倒して進み、最後に全力疾走でゴール地点へ滑り込んだ。
時間にして、わずか三〇秒足らず。息を切らして拳銃をホルスターに戻すアレンは、いつの間にか額に浮かんでいた汗を指先で拭う。結果は上々だったように思うが、判断するのはシェパードだ。
「ヒュー、驚異的な腕前だな。完璧なお手本だったぜ」
「そりゃどうも――ッハァ、水もらえます?」
一人絶賛してくれるダンの言葉も適当に受け流し、ペットボトルに入った水を受け取った。さぁ、これで今日の訓練はもうおしまい。後は部屋でのんびりしてるといい。
ゴクゴクと水分を体内に流し込む彼の耳に、突如、警報にも似たサイレンの音が入ったのは、まさにその時であった。
SIDE U.S.M.C
一日目 時刻 1630
ミッドチルダ 首都クラナガン
ポール・ジャクソン 米海兵隊曹長 在ミッドチルダ米軍連絡官
突然騒がしくなった前線基地。ジャクソンは手近なとこにいた陸軍兵士を捕まえて、状況を聞く。どうやら、紛争地帯にて交戦中だった部隊が敵に分断され、孤立してしまったとのことだ。頭上を
ヘリが飛び去っていき、緊急発進したジープが兵士を載せて出動態勢に入っていく。
「ジャクソン曹長、クロノ提督を司令部に案内しろ」
了解、と言いかけて、彼はエッと表情を驚きに染めた。命令を下したのはシェパード将軍その人であり、拒否する権限はない。別段、おかしな命令だとも思わなかった。自分たちはオブサーバーに
過ぎず、前線参加の許可も与えられていない。
ジャクソンが驚いた理由は、将軍の行動だ。リボルバー式拳銃を引き抜き、残弾を確認。その後、視察でやって来たはずなのに彼は周囲の陸軍兵士や現地兵に命令を飛ばし始めるではないか。突然
の警報に基地司令部からの命令が届いてないのか、兵士たちも言われるがままシェパードの指示に従い動いている。
「将軍、何をなさるおつもりですか」
「"何を?" 妙なことを聞くのだな、曹長」
目の前に、防弾仕様が施された車両、ハンヴィーがやって来る。よりによって、将軍の目の前で。扉が開かれ、彼は何の躊躇いもなく乗り込んだ。
「軍人は戦争が仕事だ」
あぁ、なるほどな――即座に、海兵隊員はこのシェパードと言う鋭い眼光を持った男が、いかなる者なのか理解した。止めても無駄だろう、こういうタイプは。レジアス中将が見たらなんと言うか。
ともかくもジャクソンは命令された通りに動き出す。管理局の部隊も動くとなれば、連絡官の仕事もあるはずだ。
前線基地は、まさしく紛争地帯の様子を醸し出そうとしていた。
最終更新:2011年07月04日 21:44