MW2_02

――我々は人類史上、最強の軍隊と言える。


――全ての戦いは我々の戦いでもある。


――何故なら、世界中で起きている戦争はその全てが我々とは無関係ではないからだ。


――例え、次元の壁を通り抜けた先のものであっても、例外ではない。


――現代兵器をいかに使うか、それが国の命運すら左右する。


――私は君たちに自由は与えられない。だが、それを勝ち取るための術を教えよう。


――そして戦友よ、自由とは軍事基地などよりよほど価値のあるものだ。


――誰もが強力な兵器を望む。だが、重要なのはそれを扱う者だ。


――今こそ英雄の出現が待たれている。


――今度は我々が歴史を刻む時だ。


――さぁ、始めるぞ。





Call of lyrical Modern Warfare 2




第2話 Team Player / 魔法の杖は拳銃


SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊
一日目 時刻 1722
第三三五管理世界 紛争地帯
ジョセフ・アレン上等兵


いいニュースと悪いニュースがある、なんて言い方を始めたのはどこの誰なんだろう。 そういう言い方は、良いことと悪いことが両方とも最低一件ずつあって、初めて成立するものなのに。
では、今はどうなのか。もちろん、悪いニュースしかない。
まず、ピットでお偉いさんに訓練の様子を見せた直後、いきなり出撃命令が下った。BCT1と言う、管理局と米軍のタスクフォース(混成部隊)が前線にて作戦行動中、現地の武装勢力に橋を落とされ
孤立させられた。部隊は何とか持ちこたえているものの、退路を阻まれた以上は袋の鼠も同然だ。
次に、襲撃してきた武装勢力はいずれも九七管理外世界、すなわち地球より密輸した武器装備を所有していること。ロシア製の銃火器が主力のようだが、おかげで連中の火力は以前にも増している。
それから、川を挟んむ形で武装勢力と交戦を開始した米軍は、激しい敵の歓迎を受けていること。
最後に、こいつは飛びっきりの悪いニュース。何をトチ狂ったか、奴らはRPG-7まで持ち出してきた。旧ソ連が開発した、対戦車ロケットの最高傑作。そいつの爆風を受けてしまって、現在進行形で
ジョセフ・アレン上等兵の意識が、一瞬ひっくり返ってしまったことだ。

「立て、アレン上等兵!」

目の前の光景が現実なのか夢なのか、あやふやなまま差し出された手を取る。はっと相手を見れば、でかい星型の階級章を幾つも揃えた将軍らしい男――え、なんでこの人いるんだ? 思わず、アレ
ンは我が目を疑った。
ここは最前線中の最前線、たった今この瞬間も対岸からはピュンピュンと銃弾が掠め飛んでくる。そんなところに、将軍である。夢だと思いたかったが、握られた手には確かな現実感があった。な
んてこった畜生、これは夢じゃないぞ。悪いニュース一件追加だ。

「レンジャーが先陣を切る、行け!」

とは言え、ボーッとしてる訳にも行かない。前進命令を下す将軍は――どこかで見たと思ったら、ピット訓練で見たお偉いさんの一人だ――右手に弾を入れたリボルバーを持っている。放っておい
たら、自ら一兵士となって先へ進んでしまいそうだった。
ふらつく頭を鉄帽越しに叩いて、アレンは正気を取り戻す。視界に映る状況を確認、崩れた橋、味方の架橋戦車が左手に見えた。正面には、対岸に向かって銃を乱射する戦友たち。その向こうには
こちらに向かって銃撃をかけてくる、武装勢力らしい人影。なるほど、ひとまずの目標はあいつらのようだ。
異世界の大地を踏みしめて、前へと進む。盛り上がった地面に滑り込むようにして身を隠し、手にしていたM4A1を確認。すでに弾丸は装填済みだ。グリップを握る右手の親指が、セレクターを操作
してセーフティを解除する。遮蔽物となっている土から匍匐で身を乗り出し、銃口を対岸へ。ダットサイトに捉えた人影向けて、引き金を引いた。響く銃声、弾かれるように排除される薬莢。飛ん
でいった銃弾は敵兵を貫き、容赦なく殴り倒していく。
敵も黙ってはいない。川の向こうからは同じ地球生まれと思しき弾丸が雨のように降り注ぎ、土を撒き散らす。あまり訓練されていないのがせめてもの幸いだ、弾幕の激しさにも関わらず弾は一発
たりと自分にも味方にも当たっていない。恐怖心は盛大に煽られたが。
何度目かの射撃の後、アレンはM4A1から空になったマガジンを引き抜く。新しいものを腰に下げていたマガジンポーチから取り出し、再装填。コッキングレバーを引いて、機械音を鳴らす。息を吹
き返した銃を再び構えようとして、あっと彼は声を上げた。対岸で、一つの派手な白煙が上がった。
白い尾を引き、ロケットが崩れた橋の手前側に着弾する。まずい、奴らはまたRPG-7を持ち出してきた。運良く外れたものの、目標は崩落した橋を復旧しようと企む味方の架橋戦車であることは明ら
かだ。その架橋戦車は、すでに展開を開始しており、今更後退など出来るはずがない。

「ハンター2、対岸のRPGを始末しろ。架橋戦車がやられたら泳いで渡ってもらうぞ!」

分隊長の黒人兵士、フォーリー軍曹の指示が飛ぶ。泳いで渡る、それは嫌だなと胸のうちで呟き、改めてアレンは銃を構えた。長い筒型のロケットを持った敵を探し出し、見つけ次第ダットサイト
で照準し、撃つ、撃つ、撃つ。敵も狙いが読まれたと悟ったのか、RPG-7を持った者を庇うようにして兵たちが前に出てきた。川を挟む形で、赤い火線が入り乱れる。
そうだ、グレネードを――こういう時はまとめて敵を吹き飛ばせる火力が必要だ。咄嗟にM4A1の銃身に付属しているM203グレネードランチャーの存在を思い出し、持ち方を変えた。マガジンを右手
で、グリップを持つように握る。左手はM203の銃身を持って、敵に照準。引き金を引けばポンッと軽い音と共に、小さな砲弾が飛び出していった。間抜けな発射音とは裏腹に、着弾したグレネード
は爆発。衝撃と爆風の嵐を周囲に撒き散らして、それを喰らった敵兵が宙を舞う。銃身をスライドさせて、もう一発装填し、さらに一撃、続いて二撃。対岸で繰り広げられる爆炎のカーニバル、そ
れでも敵は後から後から沸いてくる。どうやら、対岸に見える大きな白いアパートに拠点でも築いているらしい。
不意に、左側で機械音が鳴り響く。視線を上げれば、架橋戦車がようやく車体に乗せていた橋の展開を終えようとしていた。崩れた橋の元の大きさほどではないが、軍用車両が通るのに困らない程
度のものだ。後方で待機していた、現地世界の暫定政府軍に所属する車両も前線に迫ってきた。

「ハンター2、橋が架かった。行け行け、車両に乗り込め!」

フォーリーに言われるまでもなく、兵士たちは橋へと戻った。暫定政府軍の車両、ミニガンを搭載したハンビーは扉を開けて、米軍兵士たちを迎え入れる。
敵は一旦後退しているようだが、前進はまだ始まらなかった。よっこいしょと暫定政府軍のハンビーに乗り込んだアレンは銃座に着いて、無線に耳を傾ける。フォーリーが、航空支援を要請してい
るようだ。聞いたことのないコールサインを呼び出していたが。

「デビル1-1、こちらハンター2-1、支援要請。目標はグリッド252171の高層アパート、白い奴だ」
「デビル1-1、コピー。砲撃魔法の詠唱開始、待機せよ」

何だって、砲撃魔法? 耳を疑ったが、確かにデビル1-1を名乗るコールサインの男はそう言った。航空支援を、管理局がやっているのか。戸惑いは周囲の戦友たちも同様らしく、「魔法だって?」
「管理局のお出ましか」と意外そうな顔で話していた。支援してくれるなら、この際どこでもいいと言えばそうなのだが。
しかし、近すぎないか――アレンは、目標らしい高層アパートに視線を送った。対岸の向こうにいる友軍の位置は、救難信号を通じて常に捕捉されているのだが、敵の拠点であるアパートと彼らが
立て篭もる地点は距離があまりない。下手に攻撃しようものなら、味方にも損害が出てしまう可能性だってある。

「なぁ、タスクフォースに近すぎるんじゃないか?」
「あぁ? シェパードがそんなの気にするタマかよ」

近場にいたレンジャー隊員の会話に聞き耳を立ててみたが、どうやら作戦の指揮官は――おそらくあの将軍、シェパードと言うんだったな、そういえば――味方への被害などお構いなしに撃つタイ
プらしい。厄介な奴だなと、どこか他人事のように思った。
と、まさしくその時である。はるか彼方の天空より、チカッと何かが光った。何だ、と疑問を口にした頃には、太い光の渦が目標に指定されたアパートへ、突き刺さるようにして落ちてきた。
ドッと次の瞬間には大地が揺れ動いたかのような錯覚がアレンを含む米軍兵士たちを襲い、黒々とした黒煙が対岸の向こうで上がる。例の砲撃魔法、だろうか。答えを求めて口にしてみたが、誰も
答えてくれなかった。代わりに、目標だった高層アパートは根っこから崩れ去っていく。

「Yeah, baby!」
「Whoo!」

歓声を上げる味方。敵の拠点は、脆くも一撃で消え去った。魔法って怖ぇなぁ、などと呟いていると、先頭を行くストライカー装甲車が前進を開始。いよいよ、敵地へ乗り込むのだ。

「発砲に注意しろよ、ここから先は無法地帯だ」
「荒野のウエスタンよりはマシですかね」

分隊長からの指示に軽口を飛ばし、アレンはミニガンを構え直す。




橋の向こうでは、一見ごく普通の町並みが続いていた。平和でさえあれば、賑やかな市場であったかもしれない。
だけども、鼻腔をくすぐるのは火薬の匂い。耳を刺激するのは、人々の活気あふれる声ではなく、不気味なほどの静寂。町といってもここは戦場、それも敵地だった。
ハンビーの銃座から身を乗り出すアレンは、周囲に絶えず視線を配る。本来なら歩兵と足並みを揃えて進むべきだろうが、何しろ救援を求めるタスクフォースは孤立しており、未だ連絡がつかない。
例え危険を冒してでも、足の速い車両部隊が先行し、彼らを探し出して助ける必要があった。
スッと、視界の脇を何かが走り抜ける。咄嗟に手にしていたM134ミニガンの六本ある銃身を突きつけようとしたが、敵ではなかった。なんてことはない、民間人だ。厄介なことに、この町は敵武装
勢力の根城であると同時に、未だ生活を続ける紛争とは無関係な人々の暮らしもあるのだ。誤って撃とうものなら軍法会議に叩き込まれる。
車両部隊は町の中を進む。入り組んだ地形であるがゆえ、あまりスピードが出せない。こんな時に襲撃されたら嫌だなとは、運転手からアレンのような銃座に就いた者まで、全員共通の思い。
その時、先頭を行くハンビー、コールサイン"ハンター2-3"から全車へ向けて通信が舞い込んだ。

「こちらハンター2-3、敵兵らしき者を発見。数は三、正面の家屋のバルコニーにいます」
「ハンター2-3、武装しているのか?」
「ネガティブ、こちらを見ているだけです」

偵察してるんだろ、とアレンの足元、銃座の下の席に座るダン伍長が呟いた。ハンター2-3からの通信に応じた助手席のフォーリーは「だろうな」と答え、しかし射撃許可は下さない。武装して
おらず、ましてや交戦の意思を明確に見せていないのであれば攻撃は出来ない。
アレンたちを乗せたハンビーが、報告のあった敵兵のいる家屋の前を行き過ぎる。なるほど、確かに見ているだけだ。ミニガンの銃口はしっかり向けつつ、アレンはバルコニーに立っていた三人の
敵兵たちを一瞥する。

「……?」

視界の隅、例の家屋の近くに見えた路地裏で、一瞬何かが動いたような気がした。見間違えかと思ったが、確かに何かいたはず。そいつが何か、であるかまでは分からなかったが。
念のため、ミニガンを回して照準を路地裏へ。もしも敵であったなら、状況は極めてまずいことになる。車両部隊は狭い街中の道路では機動力を発揮できず、迅速な退避が困難だ。ましてや、後ろ
から撃たれようものなら――銃声。あっと気付いた時には弾丸が先頭車両の車体を叩き、弾かれる。防弾試用のためダメージはないが、そこは重要ではない。
敵襲、車両部隊の間で緊張感が一気に高まる。

「撃たれた、撃たれた! どこからだ!?」
「駄目だ、分からん」

見えない恐怖、とでも言うべきか。戸惑う戦友たちを余所に銃声は続き、前を行くハンビーの防弾ガラスに弾が当たって弾かれた。クソ、とアレンが悪態を吐き捨て、ミニガンを回す頃にはさらに
一発、今度はすぐ手元に着弾。たまらず身を車内に引っ込めそうになるが、逃げたところでここに逃げ場はない。

「ハンター2-1より各車、フォーリーだ。我が隊は複数方向から狙撃を受けている、交戦準備!」

了解、了解――呟くように指揮官の命令に答えると同時に、多少は引っ込んでいたはずのアドレナリンが、また噴出してきた。違う、これは汗だ。額から滲み出てきた水分を、グローブに覆われた
手の甲で振り払うようにして拭う。狭い車道を突き進む車両部隊は、やがて視界の開けた場所に出た。
正面に見えた、真っ先に目に付く建物は確か学校だ。管理局と米軍が資金を出し合って現地世界のために建設した、二階建ての立派な学び舎――くそったれ、と誰かが吐き捨てる。奴ら、学校に陣
取ってやがる!

「あそこだ! アレン、ブン回せ!」

ダン伍長に言われるまでもなく、アレンはミニガンの照準を学校の屋上へ向けた。敵散兵、数は不明なれど多数発見。いずれも武装しており、こちらに銃撃を仕掛けてくる。
パッと白煙が上がったかと思いきや、次の瞬間にはハンビーのすぐ脇で爆風が巻き起こり、轟音と共に土砂が巻き上げられた。ここに来ても、奴らはRPG-7をぶち込んでくるのだ。
撃ち返さなければ、死ぬ。今更知り切った事実が胸をよぎると同時に、ハンビー隊の銃座は一斉に応戦開始。ミニガンの、束ねられた六本の銃座が回転を始めた刹那、七.六二ミリ弾のシャワーが
学校の屋上を薙ぎ払うようにして放たれる。野獣の唸り声のような銃声が響き渡り、視界は銃口で絶えず放たれる弾丸の発射炎で埋め尽くされていった。
毎分三〇〇〇発に達する銃弾の雨は、敵の攻撃を黙らせるかと思われた。しかし、屋上が駄目ならばと言わんばかりに敵は二階の窓へと攻撃の拠点を変更。猛射に負けることなく、こちらも激しい
銃撃で応じる。
再び、白煙が学校のどこかから上がった。まずい、とアレンが唸り声と炎を上げる鉄の怪物を突きつける頃にはすでに遅く、前方を行くハンビーにRPG-7の弾頭が飛び込んだ。防弾仕様の車体はい
とも容易くブチ抜かれ、内部で巻き起こった衝撃と爆風の嵐は戦友たちを木っ端微塵に吹き飛ばす。悲鳴は聞こえない、それよりも爆音と銃声が上回った。

「数が多すぎる、後退だ!」

畜生、最悪の事態だ――アレンはミニガンで必死に応戦を続けるが、いつまで持つか。味方の損害を見た指揮官は咄嗟に後退を命ずるが、後部座席のダンがそれに待ったをかけた。後方からも敵兵
が多数、RPG-7を持った奴もいる。ここで下がれば、敵は待ってましたとばかりに十字砲火をかけてくるに違いない。
残された手段は、前進。とにかくこの猛攻を突っ切るしか生き残る術はない。進むか下がるか迷うハンドルを握る現地世界出身の兵士に、フォーリーは進めと命じた。生き残ったハンビーもこれに
続く。
とは言え、学校の前を行った先はまたしても家屋に挟まれた狭い車道だ。突っ込めば案の定、右から左からと敵兵が沸いて出てきてありったけの銃撃を浴びせてくる。屋上からの狙撃も加わり、も
はやアレンはミニガンを照準も何もなしに、滅茶苦茶に乱射するしかなかった。
ガッと車体が揺れて、何事かと振り返る。敵の車が、道を塞いでいた。ご丁寧に荷台には重機関銃を載せており、飛び乗った敵兵が弾を装填しようとしている。ふざけんな、と重い鉄の塊をぶん回
して、ありったけの七.六二ミリ弾を叩き込んでこれを阻止。ボロ雑巾のように吹き飛ばされる敵の死体だったが、道を塞ぐ車は動こうとしない。

「押せ、押し通れ!」

躊躇するドライバーに、助手席に座るフォーリーが指示を飛ばす。ヤケクソ気味にアクセルを踏んだ彼は、ハンビーを障害物と化した車に向けて体当たりさせる。衝撃、銃声と着弾音に混じって目
立つ、鉄の軋む音。軍用車両のパワーにはさすがに負けて、道を塞いでいた敵の車はぐいぐい押し込まれていく。そのまま交差点の奥にぶち込み、ハンビーは一旦ハンドルを切って右折する。
狭い道路は、それでもまだ続いていた。四方八方から飛び掛ってくる銃弾も絶えず、車両部隊は傷つきながら出口の見えない迷路を彷徨う。
ウッと車内で悲鳴が上がり、後部座席に座っていた現地世界出身兵がひっくり返り、窓ガラスを鮮血に染めた。銃座からでは助けられず、また助ける暇もない。ダンが被弾した彼を助け起こしてく
れたようだが、何も言わずに放り投げた。死んだ瞬間、人は人ではなく死体という物になる。
この野郎! 怒りが込み上げてきて、アレンはそれをミニガンに乗せた。相当長い間連続射撃しているにも関わらず、六本の銃身を束ねた機械の獣はさらに吼えた。唸る銃声、絶え間ない銃弾の雨。
不運にも銃口の先にあった家屋のバルコニー、そこにいた二人の敵兵が銃撃を浴び、文字通りミンチにされていく。ざまあみろ、と罵る言葉をかけようとした瞬間、フォーリーの声が飛んだ。

「RPGだ! 正面の家屋、屋上!」

振り向きかけたその瞬間、世界がひっくり返ったような衝撃を受けた。横転する視界、揉みくちゃにされる思考。状況の理解が進まぬうちに、彼の意識は一旦闇へと落ちる。
目を覚ましたのは、ほんの数秒後だった。見出したのは、車体が真っ二つに割れたハンビーと、後方から駆けつけ、結局はパンクし動かなくなったまた別のハンビー。灰色を基調にした都市型迷彩
を着込んだ兵士たちが、手にした銃で必死に応戦しつつ、近場にあった家屋に逃げ込もうとしている――アレン、と誰かが自分を呼んでいた。その一言で、ようやく正気に返った。そうだ、RPGの
攻撃を受けたんだ。

「アレン、立て! そこじゃいい的だ!」

ハッと、地面に寝転がった姿勢のまま声のした方向に振り返る。ダンが、逃げ込んだ家屋の扉から身を乗り出し、手にしたSCAR-Hライフルを目茶目茶に撃ちまくっていた。直後、目の前をピュンピュ
ンと銃弾が駆け抜けていき、土埃が舞い上がる。慌てて立ち上がり――幸い、武器は手放していなかった。フォアグリップとダットサイトを搭載したM4A1は、しっかり手に握っている――家屋の中
へ飛び込んだ。敵兵たちはなおも銃撃を続けるが、分厚いコンクリートの壁がそれを防ぐ。

「みんな無事か?」
「Hooah……」

ひとまず、生き残った者は全員この家屋内に逃げ込んだらしい。フォーリーからの問いに、疲れたようにレンジャー特有の肯定の意味を込めた返事を返す。残ったのはわずか数人、いずれも米軍。
どうやら現地世界出身の兵たちは一人残らず全滅したようだ。

「軍曹、奴ら上の階にいるようですぜ」

窓際に近寄らないよう――まだ外には敵がうようよしているのだ――家の中を少し進むと、天井からドタドタと足音が聞こえる。まさか家人である訳もないだろうからダンの言う通り、敵兵たちが
いるのだろう。この先、味方はまだ展開していないはずだ。今のうちに排除せねば、せっかく命拾いしたのにまた袋叩きにされてしまう。

「よし、二階を制圧するぞ。Move! Move!」

へいへい、了解。今更ビビッたりもせず、アレンはフォーリーとダン、他数名の戦友たちと共に銃を構えて歩みを進めた。右手の方に階段が見えたが、敵の姿はまだ見当たらない。
フラッシュバンだ、と指揮官からの命を受けた味方の一人が閃光手榴弾のピンを引き抜き、階段の奥へ向けて投げ込む。数瞬した後、ドンッと炸裂音と共に光が瞬く。いちいち指示を仰ぐことなく
M4A1を構え、ダンのバックアップを受けながらアレンが階段を昇る。二階に上がるなり、目にしたのは目元を押さえて苦しむ敵兵。躊躇することなくダットサイトの照準に捉え、引き金を引く。短
い悲鳴と共に、敵は銃を投げ出し床に倒れこんだ。もう一発、閃光手榴弾を味方に警告の上で二階の奥へと放り投げた。起爆前に目を覆い隠して、炸裂音を確認すると同時に突入。やはり怯んで反
撃もままならない敵に向けて、戦友たちと共に銃弾を叩き込んで制圧する。
クリア、と右手でM4A1のグリップを握ったまま、左手で彼は後方に向けて親指を立てた。ここにもう敵はいない。ふと窓の向こうに目をやれば、見覚えのある建物が視界に映った。

「フォーリー軍曹、あの学校ってさっきの……」
「ああ、間違いないな」

確認するようにフォーリーに尋ねると、彼は頷きながら答えた。
アレンが目にしたのは、敵が陣取っていた学校だ。どうやらグルッと回って一周してきたらしい。未だ交戦中のようで、窓や屋上でマズルフラッシュがチカチカと瞬いているのも確認出来た。
味方の一人が、どこからか拾ってきた棒切れを持ち出す。何をするのだろうと怪訝な表情で見守っていると、彼は口に含んでいたガムを棒切れの先につけて、同じく家屋の中で拾ったと思われる割
れた鏡の一部を棒にくっつけた。なるほど、これでわざわざ窓際に立たずとも、敵陣の様子が観察できると言う訳だ。狙撃される可能性はぐっと減る。
ローテクここに極まれり、だな。感心したような口調で鏡の付いた棒切れを部下から受け取り、ダンが窓際に近寄った。鏡のみを窓から突き出し、敵情を報告。

「軍曹、どうやら学校の中でドンパチやってるようですぜ。救援要請のあったタスクフォースの連中かも」
「なら話は早い、任務はそいつらの救出だ――アレン、通信機のチャンネルをオープンにして連中と連絡が取れないか?」

指揮官に言われるがまま、兵士は個人用の携帯通信機のスイッチを操作するが、片方の耳に差し込んだイヤホンから流れてくるのは雑音ばかりだ。通信機が破壊されたにしても、管理局の魔導師は
念話と言う一種の通信魔法がみんな使えるはずだから、相手が救援を求める限り通信機はその声を拾うはずであるのだが。

『――……求む! こちらBCT――救援もと――繰り返す、こちらBC――』
「!」

受信する周波数の設定を弄り回していると、雑音紛れで途切れがちながら、確かな救援要請が入った。BCT1、管理局と米軍のタスクフォースに違いない。発信源までは特定できなかったが、個人用
の携帯通信機が拾った以上はそう遠くではないはずだ。

「軍曹、断定は出来ませんが近くにタスクフォースがいるのは間違いなさそうです。いるとすれば、やはりあの学校の中とか」
「よし、それだけ分かれば充分だ。分隊、学校を目指すぞ」

やれやれ、休む間無しか――文句の一言も言いたくなるが、誰も実際に口にすることはなかった。自分たちの助けを求める仲間が、あの学校の中にいるかもしれないのだ。
銃の状態を点検し、残弾を確認。フォーリー軍曹の指揮する分隊は家屋を出で、学校を目指す。




この第三三五管理世界は、地球で言うところの発展途上国に等しい部分が多数見受けられた。住人の全体的な識字率の低さも、その一つだ。
進出してきた管理局は、この問題を解決するために学校の建設や教育の補助、支援を現地世界の暫定政府に行ってきた。後に米軍も慈善事業の一環からこれに加わり、学校建設と教育は大幅に進ん
でいった。
もっとも、アレンたちが突入した小学校ではすでに授業など行われていない。子供たちの遊ぶ声や勉学に励む姿はそこになく、代わりに居座っているのは暫定政府による統治を拒む武装勢力だ。飛
び交うものも勉強に関する質問や教師の熱弁ではなく、弾丸や手榴弾と来ている。

「BCT1、聞こえるか? こちら救援のハンター2-1だ、学校内に侵入した。抵抗は――」

分隊支援火器のM249軽機関銃による味方の援護射撃を受けながら、学校内に突入するなりフォーリーが通信機に向かって呼びかける。応答は、ない。銃弾の雨が歓迎するように廊下の奥から降って
くるだけだ。積み上げられた土嚢の陰に飛び込み、何とか逃れる。通信は中断、応戦開始。
廊下で騒ぐなって先生に教えられなかったのか、こいつら。滅茶苦茶に撃ちまくってくる敵に場違いな嫌悪感を覚えながら、アレンは手榴弾を持ち出した。隣にいたダン、フォーリーに目配せし、
二人がこちらの意を理解して頷いたのを確認した上で、ピンを"抜かずに"手榴弾を廊下の奥へと投げる。悲鳴にも似た警告らしい声が上がると同時に、バッと兵士たちは飛び出す。
作戦はうまく行った。いきなり手榴弾が投げ込まれたことで驚いた敵兵たちは、ピンが抜かれていないとも知らず我先に逃げ出そうとしていた。それが罠だと気付いた時にはもう遅く、逃げる背中
に五.五六ミリ弾が容赦なく叩き込まれる。そのまま一気に前進、敵との距離を詰めていく。
指揮官の命令を受けて、アレンは先頭に立った。二階に昇る階段に辿り着くと、右半身だけ銃口と共に曲がり角から身を乗り出す。階段を今まさに駆け下りようとしていた敵がダットサイトのど真
ん中に自ら入り込んで、引き金を引く。二秒ほどの短い連射、響く銃声、放たれる弾丸。アッと短い悲鳴を上げて、敵はひっくり返った。
階段クリア、と手短に後方に向けてサインを送り、二階へと昇る。武装勢力の連中は外で援護射撃を続ける味方に気を取られ、みんな窓の外に銃を向けていた。いちいち忍び寄るような真似もせず
アレンたちはM4A1やSCAR-Hの銃口を無防備な背中に突きつけ、銃弾を叩き込んでいく。
さらに奥へと進むが、通信にあったBCT1らしい姿は見えてこない。代わりに現れたのは、学校の机や椅子などで築かれた防御陣地と――パッと白煙と閃光が上がるのと、誰かの警告が飛ぶのは果た
してどちらが早かっただろうか。次の瞬間、学校全体が揺れたとも誤解しそうなほどの爆風が巻き起こった。衝撃波が分隊を襲い、まとめてアレンたちを薙ぎ払う。

「うわぁ!?」

コンクリートの壁に叩きつけられ、意識が数瞬ほど飛んだ。グラグラと揺らぐ視界の最中、灰色の迷彩服を着た兵士たちが同じように吹き飛ばされ、それでも立ち上がろうとしているのが見えた。
フォーリーとダンに違いないだろうが、それよりもアレンの意識は廊下の奥へと集中する。フラフラの頭が見出したのは、対戦車ロケット、RPG-7を再装填しようとしている敵兵たち。
奴ら、屋内でRPGを使ったのか――下手をすれば味方も巻き込みかねない攻撃に、しかし彼らが泡を食らったのは事実だ。
フラつく身体に喝を入れて立ち上がろうとするアレンだったが、脳震盪を引き起こしたらしい。ぼやける思考は敵兵よりも、爆風と衝撃で千切れた天井の電気ケーブルが、バチバチと火花を散らし
垂れ下がる方ばかりを鮮明に映し出していた。
――その火花の真下に、光の球のような物体が浮かんでいることに気付く。何だあれは、と疑問が脳裏をよぎるよりも早く、物体は文字通りの魔法の弾丸となったように急激に加速。RPG-7の再装
填を終え、憎き米軍兵士たちにトドメを刺そうとしていた敵兵に突っ込む。悲鳴と同時にひっくり返る敵、放り投げられる対戦車ロケット。

「伏せてろ!」

唐突に、背後から浴びせられた若い男の声。振り返るまでもなく、アレンは兵士の本能に従い身を廊下に横たえた。直後、頭上を自分たちのそれとは明らかに異なる弾丸の群れが、廊下の奥、敵の
築いた防御陣地に向けて降り注がれる。
一発一発が高初速、大威力の弾丸に襲い掛かられた防御陣地は無力だった。机や椅子は簡単に弾け飛び、その向こうにいた敵兵すらもまとめて殴り倒す。隠れるところがなくなった武装勢力は銃を
構えて抵抗を試みるも、続いて飛び込んできた弾の雨が彼らを問答無用で沈黙させていった。
最後の一人が手にした銃を無茶苦茶に乱射し、結局は正体不明の奇妙な弾丸を頭に受けてひっくり返って動かなくなった時。ようやく、アレンは身を起こしてゆっくりと振り返る。助けてくれた以
上は敵でないことは明らかだが、心のどこかで恐れにも近い感情があったのだろう。
そんなことは露とも知らず、彼の背後に立っていた若い男は笑みを浮かべて、彼に手を差し伸べる。「よう戦友、大丈夫か?」とこちらを気遣う声さえ投げかけてきた。
アレンは、差し出された手は握らず――自分で立てると、無言の意思表示だった――M4A1の銃床を杖のようにして立ち上がる。ここで初めて、助けてくれた男の顔を見る。
男の顔は一言で言って、端整な顔立ちだった。まだ二〇代も前半の若者、しかし瞳に宿る光は自信に満ち溢れているように感じた。こんなくそったれな戦場には似合わない、白い戦闘服がそれに拍
車をかける。管理局の魔導師かと思ったが、手にしているはずの魔法の杖は杖の形をしていなかった。代わりに、彼が持っていたのは拳銃。もっともこれも、アレンの持っているベレッタM92Fに比
べれば玩具のようなデザインだったが。

「助かった。米陸軍第七五レンジャー連隊のアレン上等兵だ」
「アレン君だな? 俺はミッドチルダ首都航空隊所属の――ああ、今はBCT1に派遣されているティーダ・ランスターと言う。ただいま歴史の授業をサボり中」
「BCT1だって?」

いきなり、自己紹介に割り込んでくる黒人の声。振り返れば、フォーリーがダンに助け起こされる形ですぐ傍まで来ていた。

「……失礼、俺はフォーリー軍曹、こっちはダン伍長だ。我々はBCT1の救援に来た」
「なんだ、あんたたちか。ありがとう、ちょうど人手が欲しかったんだ」
「人手?」

聞き返すダンに、ティーダと名乗った管理局の若い魔導師は頷く。こっちだ、と案内されるがままについて行くと、扉が閉められた教室に辿り着く。
扉を開けば、米軍所属の灰色主体の迷彩服を着た兵士からバリアジャケットの管理局の魔導師が数名、各々武器を手に彼の帰還を待っていた。いずれも負傷しており、中には床の上に横になって完
全に戦闘能力を消失した者もいる。

「学校の中の敵はおおむね制圧した。悪いが、重傷者を運び出すのを手伝ってくれ。治療魔法にも限界があってな」
「なるほど、了解だ――しかし、お前は無傷なんだな」
「当然さ、俺は綺麗好きなんだ」

ニヤリと調子のいい笑みを浮かべるティーダを余所に、兵士たちは言われるがまま重傷者を教室から運び出す。
学校内の敵は制圧したが、外ではまだ銃声が響いている。友軍との合流を急がねばなるまい。




「――負傷者は私のヘリに乗せろ、急げ」

屋外でまだわずかに残っていた敵を掃討した後、友軍と合流するなり、アレンは聞き覚えのある声を耳にした。
見れば、護衛の兵士たちと共に歩み寄ってくる将校の姿。首元に縫い付けられた星は、大きい上にでかい。何より目に付いたのは、ホルスターに収められた大型のリボルバー拳銃だ。橋を渡る直前
で、自分を助け起こして喝を入れていた将軍。なんと言ったか、確か名前を――

「シェパード将軍」

答えは、意外なところから出た。共に学校からの脱出に成功した、ティーダの口からだ。知ってるのか、と聞くと、彼は「ああ」と素直に答えた。「俺をスカウトしにきた、お目の高い方だ」とも
付け加えて。

「よくやった、アレン上等兵、ティーダ一尉。これより諸君らは私の指揮下に入る。詳細はヘリの中で話そう」
「…はい? なんですって?」

いきなり告げられた命令に、頭は混乱してしまう。おまけに、隣の若者は自分よりもはるかに階級が上と来た。視線を振り向ければ大して悪びれた様子もなく、彼にとっての魔法の杖たる拳銃を手
のうちでくるくる回すティーダの姿があった。
戸惑う兵士を余所に、シェパードと呼ばれた将軍は彼らをヘリへと案内し、こう言った。


「ようそこ、"Task Force141"へ」













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最終更新:2011年08月06日 21:12