MW2_05

――俺には、何が正しくて何が悪いのか、分からなくなっちまった。

――俺の故郷、ミッドチルダの臨海空港で起きた無差別テロは、地球の超国家主義者たちの仕業だ。マカロフって言う、シェパードの大将曰くの"狂犬"だ。

――奴が狂犬だって言うのはまったく同意だ。罪もない人々を、どうして撃ち殺せる。しかも子供も年寄りも関係無しだ。狂ってるとしか思えない。

――だけど、その無差別テロに、うちの隊から派遣された奴が加わっていたと聞かされた時、俺は愕然とした。

――アレン。お前とは顔を会わせてちょっとだけどよ、いい奴だってのはなんとなく分かってた。是非俺の家族に、唯一の妹に紹介したいくらいだ。

――だってのに、どうしてお前が。シェパードの大将の命令だってのは知ってる。奴らの中に潜り込んで、情報を得ようとしていたってのも聞いてる。そのための作戦だったんだろう?

――けどよ、それで何人死んだんだろうな。挙句、アレンだって戻ってこなかった。マカロフは知っていたんだ、アイツがうちから派遣されたスパイだってことを。

――俺たちへの、Task Forece141への信頼はアレンと共に死んだ。今は、その信頼を取り戻そうと行動中だ。地球の、南米ってとこに向かっている。マカロフへの切符が、そこにあるらしい。

――けど、俺にはそれが正しいことなのかどうか分からない。シェパードの大将は、マカロフが無差別テロを起こすのを知っていて、その上でアレンを送り込んで加担させたんだ。

――ティアナ。俺の可愛い妹。兄ちゃんはもう、何が正しいのか、何が悪いのか、分からなくなっちまった。どうしてそんなことを言うのかって? 決めたからさ。

――マカロフを倒したら、次に俺が狙うのは、シェパードの首だ。無差別テロを起こしたのはマカロフだが、知っておいて"情報"のため、黙って見過ごした奴も同罪だ。

――だってそうだろう。そうでなけりゃ、アレンが浮かばれない。だから俺は、マカロフを倒したら、今度はシェパードを殺す。それまでは、絶対に死ねない。

――ティアナ。お前は、俺みたいになるなよ。兄貴として、お前だけは、真っ当で幸せな人生を送って欲しい。




 ヘリの機内で手帳にペンを走らせていたティーダは、ふと視線に気付いて顔を上げる。合流して自己紹介を終えたばかりの同僚が、怪訝そうな表情でこちらを見ていた。
名前はなんと言っただろう。確か、ローチとか言ったか。いや、これはコールサインだ。本名はゲイリー・サンダーソンとか言う。それにしてもローチ(鮭)とは間抜けなコールサインだ。

「さっきから熱心に、何を書いてるんだ?」

ティーダが間抜けと評したコールサインとは裏腹に、ローチの声はローター音が響くヘリの機内であってもよく通るものだった。席に座って休んでいた何人かの同僚たちが、一度目を覚ます程度に
は。結局彼らはまたすぐ眠りに戻っていくのだが、ローチは気にせず、怪訝な顔を崩さなかった。
パタンッと手帳を閉じて、ティーダは努めて簡潔に答える。日記みたいなものだ、と。質問者はへぇ、と意外そうな表情を浮かべた。

「魔法の世界出身って聞くから、日記ももっとこう、魔法でパパーッと書くのかと思ったぜ。それともアナログ主義なだけか?」
「何でもかんでも魔法にする訳ない。お前らだって、銃弾でお料理したりしないだろ?」

違いない、とローチは笑い、こちらから視線を外した。ホッと安堵のため息をティーダが吐いたことに、気付く様子はない。手帳の内容が知られれば、謀反の疑いありと拘束されるのは目に見えて
いたからだ。どんな内容だ、と聞かれる前に彼は手帳を管理局の制服の胸ポケットに戻す。
 大西洋上から精鋭部隊"Task Force141"を載せたヘリは、進路を一路、南米のブラジルに向けていた。そこに、マカロフへの切符があると言う情報を頼りに。
世界大戦、なんてものじゃない。文字通り世界と世界がぶつかり合う、次元間戦争はもうカウントダウン目前だ。阻止するのは、どうしてもその"切符"が必要だった。



Call of lyrical Modern Warfare 2


第5話 Take down / 切符




SIDE Task Force141
四日目 1508
ブラジル リオ・デ・ジャネイロ
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


 マカロフへの切符。常に神出鬼没、どこに姿を見せるか見当もつかない狂犬の居場所を探るには、彼の『お友達』に尋ねるのが一番だった。
シェパード将軍は言う。ミッドチルダ臨海空港で行われた奴らのテロは、いずれもアメリカ製の銃火器を使用して行われた。そこにアメリカ人の死体を――アレンのことだ――置いて、見事に民間
人大量虐殺の汚名をアメリカ合衆国に被らせた。ミッドチルダは反米感情、と言うよりはもはや反地球感情とも言うべき報復を望む声が半数以上を占めて、今にも戦争が始まりそうだった。昨日ま
での同盟と言う繋がりは、今日では導火線と化している。
だが、真相を知るTask Force141は知っていた。マカロフたちの使った銃はアメリカ製でも、使用された弾薬までもはアメリカ製ではなかったのだ。製造国は南米、ブラジル。マカロフはブラジル
にいる武器商人を通じて、弾薬を調達していたと言うことになる――その武器商人こそが、マカロフへの切符だ。

「ゴースト、ナンバーが一致した。間違いなくロハスと敵対する一味の奴らだ」
「了解。奴の"右腕"は?」
「姿を見せていない」

 出来れば観光で来たかったな、と現地調達した車の中で、助手席に座ったローチは流れ行く町並みを見て思う。片耳に入れたイヤホンでは上官とその部下が、すぐ前を行く監視対象の車について
話し合っていたが、もう追跡を開始して一時間は経過している。もちろんローチはしっかり見張りを続けているが、任務の最中にほんの少しの雑念くらい許されたっていいだろう。運転席に座る同
じTask Force141の黒人兵士など、ダッシュボードの上に腰をフリフリさせるハワイアンな人形を置いているくらいだ。実にセンスがいいと思う。

「おい、止まったようだぞ」

後部座席に座っていた異邦人の言葉を受けて、ハッとローチは意識を切り替えた。ほら、と身を乗り出して指差してくる時空管理局所属の――Task Force141は混成部隊だ、各方面の精鋭が集まっ
ている――ティーダ・ランスター1尉の声に導かれるまま、ずっと尾行を続けていた車の様子を見る。なるほど、ずいぶん豪勢な玄関を持ったビルの正面に追い続けていた車が、ついに停車してみ
せた。これはいよいよ、出番が来るかもしれない。
今回の作戦の第一段階は、つまるところ『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』だ。マカロフの『お友達』こと武器商人、アレハンドロ・ロハスは言ってしまえば、ギャングたちの頭領のような存在
だ。現地では彼と敵対する一派も多いらしく、ローチたちが尾行していたのもそういった連中だ。彼らはまずロハスの右腕と称される人物に襲撃を仕掛けるつもりらしい。そこにTask Force141が
横から割り込み、ロハスの右腕を確保する。そして『お話』を聞かせてもらい、最終的にロハスの居場所を確認すると言うことだ。マカロフまでの切符を手に入れるのは、いくつも駅を乗り継いで
行く必要がある。
 ビルの玄関前で止まった尾行中の車から、二人の男たちが出てくる。私服のラフな格好だったが、その目つきはいかにもチンピラと言った具合だ。ホルスターすら持たず、拳銃をそのまま手に持
って歩いていくのがさらにチンピラと言う印象を強めた。彼らは尾行に気付かぬまま、ビルの玄関に足を踏み入れようとする。

「出てきたぞ、だがお友達ではなさそうだな……」

離れたところで様子を見守る現場指揮官、マクダヴィッシュ大尉の声が通信の電波に乗って耳に飛び込む。二人のチンピラの前に、こちらも私服でラフな格好をした男が姿を現したのだ。すかさず
ローチは手元のファイルに視線を下ろし、男の顔と事前に配布された写真を見比べる。特徴一致、間違いなくロハスの右腕だ。尋ねてきたチンピラたちと違って、骨のありそうな奴だった。
チンピラの一人が、何か言った。それに対し、"右腕"の男も何かを言い返す。チンピラたちは――最初からそのつもりだったに違いない――言葉を返さず、代わりに持っていた拳銃の銃口を、男の
眼前に突きつけた。確かに、マクダヴィッシュの言う通り友達ではなさそうだ。
まずいな、情報を得る前に"右腕"が殺されるんじゃないか。ローチの懸念は、しかし杞憂に終わった。チンピラが突き出した拳銃は、素早く男によって奪われる。あっという間に形勢逆転、"右腕"
の男は奪った拳銃の引き金を引いてチンピラを射殺し、もう一人にも銃を構えさせずに発砲、これも射殺。鮮やかな手並み、「すげぇ」と運転手の黒人兵士が呟いてしまうほど。

「ゴースト、状況発生だ――ローチ、伏せろ!」

 ローチたちにとって予想外だったのは、"右腕"の男が奪った拳銃をそのまま、こちらに向けてきたことだった。マクダヴィッシュの警告が耳に入る頃には銃声が響き渡り、フロントガラスが甲高
い断末魔を上げて割れる。舞い散る鮮血、銃弾をもろに浴びた運転席の黒人兵士は悲鳴もないまま倒れ、ハンドルに力なく寄りかかった。鳴り響くクラクション、不快な警告音はまるでローチにさ
えも発せられているようだった。

「馬鹿、伏せろってんだろ!」

後部座席から伸びてきた手によって、強引に彼は狭い車内で頭を下げる羽目になった。ダッシュボードにゴンッと頭を打つ。痛い。だが、死ぬよりマシだ。運転手の私物だったハワイアンな人形は
銃撃によって主人と共に倒れ、それでも腰をフリフリさせていた。シュールな光景、だが現実だった。
銃撃は止んだ。顔を上げれば、ロハスの右腕は身軽な格好を生かして交差点を抜け、街中に飛び出していくのが見えた。直後、耳をつんざくような悲鳴と銃声。拳銃を撃って、市民たちの間にパニ
ックを引き起こさせたのだろう。混乱に乗じて逃げるつもりか。

「奴が逃げる! 追え、ローチ、ティーダ! ゴースト、運転手が死んだ! ホテル・リオに向かえ、奴を生け捕りにしろ!」
「了解、向かってます!」
「ほら、ローチ、何やってる。マクダヴィッシュ大尉のご命令だぞ」
「あぁ、分かってる。急かすな」

後部座席からすでに抜け出したティーダに言われるまでもない。蹴飛ばすようにドアを開けて、車から降りたローチは走りながら銃を持ち出し、セーフティを解除する。ACR、Task Force141で多く
の隊員が使用しているアサルトライフルだ。ティーダも臨戦態勢に入り、バリアジャケットを起動。私服の上にタクティカル・ベストやサポーターを装備するローチたちと違って、そちらはいかに
も魔法使いと言った様子だった。空を飛べるはずだが、今は自分の足で走った方が速い。
 表通りに出ると、街は悲鳴と逃げ惑う人々で溢れていた。運悪くブレーキを踏み損ねたらしい一般車が、公衆電話に頭から突っ込んで火を上げてすらいた。どうか爆発しませんように、と銃を構
えたまま走るローチはそのすぐ脇を駆け抜け、混乱の渦の中にあったリオ・デ・ジャネイロの街並みを走っていく。

「奴は路地に逃げ込んだ、すぐ右だ!」
「何で分かる」
「魔法で追跡してんだよ!」

なるほど、便利だな。共に走るティーダからのアドバイスを受けて、彼は道路を右に曲がった。人通りのない小汚い路地裏、視線を素早く走らせる。いた、ロハスの右腕! 一目散に逃げている!
その時突然、ロハスの右腕は急停止し、方向転換するような仕草を見せた。まるで障害にでもぶち当たったような――否、彼にとっては本当に障害だ。ソフトモヒカンの屈強そうな男と、顔を"お
化け"のように彩った兵士が路地裏の奥から姿を現し、その行く手を阻んだのだ。マクダヴィッシュ大尉と、その部下ゴーストだ。

「ローチ、足を狙え!」

逃げ場を失った"右腕"の男は、こうなればと持っていた拳銃を出鱈目に発砲。たまらず皆物陰に身を隠すが、それでも上官からの指示が飛ぶ。無茶苦茶な、と胸のうちで悪態を吐き捨てるローチは
しかし、隣にいた魔法使いの青年にアイ・コンタクト。援護しろ、と視線で伝えて、ACRを構えて飛び出す。
ロハスの右腕は、飛び出してきたローチに当然、銃口を向けた。その銃口が、乾いた魔力弾の発砲音と共に、上空に跳ね飛ばされる。ティーダの、拳銃のような形をした『魔法の杖』が放った文字
通りの魔法の弾丸によるものだ。武器を失った標的に向けて、ローチはACRのダットサイトを照準。引き金を引き、銃撃。小さな五.五六ミリ弾特有の反動が銃床を当てた肩を揺らし、銃声と共に
"右腕"の男はその場に崩れ落ちた。致命傷にならないよう、足のみを撃ち抜いた精密射撃。

「倒した。よし、拷問だ。とにかく拷問にかけろ」
「意外と物騒ですね、大尉」
「これが英国紳士流さ」

足を押さえてくぐもった悲鳴を上げるロハスの右腕を引きずり起こし、マクダヴィッシュとゴーストは妙に楽しそうに会話を繰り広げる。

「なぁ」
「ん?」
「お前んとこの上官って、みんなああなのか」

拳銃型デバイスの銃口を下ろし、何とも言えない微妙な表情をするティーダからの問いかけに、ローチは答えることが出来なかった。




 最低限の応急処置を足に施されたロハスの右腕は、マクダヴィッシュたちの手によって近くのガレージにまで連行された。もちろん、撃たれた足を治療するためではない。その証拠に、ゴースト
が車から外したバッテリーのコードを持って、バチバチとこれ見よがしに火花を散らしていた。これを治療用の道具と呼ぶには、いささか無理がある。

「ローチ、ティーダ。俺とゴーストは彼と大事な"お話"がある。ロイスとミートと一緒に、貧民街を調査してくれ。ロハスの手掛かりがあるかもしれん」

それだけ告げて、マクダヴィッシュはシャッターの奥に姿を消していった。「あの、ちょっと」とシャッターが下りる直前にローチは呼び止めようとしたが、聞こえなかったらしい。
傍らにいたティーダと顔を見合わせ、言葉を発さないコミュニケーション。お互い、言いたいことは顔に書いてあったのだ。「あれで大丈夫かね」と。結論は出ない。今はマクダヴィッシュの言う
"お話"にロハスの居場所が含まれることを祈るばかりだ。

「さぁ行くぞ、貧民街は北だ。この辺りはロハスの勢力下にあるチンピラがウロウロしてる、注意しろ」

 コールサイン"ロイス"のTask Force141隊員は、そう言って先頭に立った。小汚い路地裏をコールサイン"ミート"の兵士とローチ、それにティーダを含めたたった四名の精鋭が突き進んでいく。
ロハスの支配下にある貧民街と言っても、住んでいる者は文字通りのチンピラから抵抗力のない民間人までと様々だ。歯向かってくる者は容赦なく射殺してもよいが、民間人まで巻き込むのはよろ
しくあるまい。そんなことをすれば、自分たちはマカロフと一緒になってしまう。

「ミート、民間人に逃げるよう言え。スペイン語は出来るな?」
「あいよ」

貧民街の入り口に達した時、早速ロイスがミートに指示を飛ばす。前に出た兵士は、持っていたMP5Kの銃口を天に向け、異国の言葉で辺りにいた民間人たちに警告を発する。

「Estoy en peligro aqui.!Escape!(ここは危険だ、逃げろ!)」

同時に銃の引き金を引いて、空に向けて警告射撃。突然の銃声に驚いた人々は、悲鳴を上げながら我先にへと逃げ出していった。それだけなら任務はやりやすかったはずなのだが、性質が悪いのは
逃げるのを由としないチンピラどもだ。彼らは何よりも、自分たちのテリトリーを侵されることを嫌う。案の定、アロハシャツや短パンのままで銃を手に四方八方から、チンピラたちが飛び出して
来た。ローチたちを血走った目で見つけた彼らは、早速歓迎パーティーを開始する。ただし、クラッカーとケーキのお持て成しはない。銃弾の雨で歓迎だ。

「くそったれ、地球人どもはみんな野蛮人か!」
「お前が言うな」

互いの死角をカバーし合いながら、ローチはACRを、ティーダは拳銃型のデバイスを敵に向けて撃つ、撃つ、撃つ。貧民街に響き渡る銃声。照準の向こうで狙いを定めたチンピラたちが、引き金を
引く度にバタバタと倒れていく。所詮、奴らはまともな訓練も受けていないのだ。とにかく滅茶苦茶に撃って、相手をビビらせる程度しか能がない。怖いのは流れ弾くらいかと思われた。
――しかし、ここは敵地だった。蜂の巣のど真ん中と言ってもいい。
突然、ティーダが振り返る。同時に、拳銃型デバイスの銃口を振り抜くようにして向ける。敵に向かって。貧民街は奴らの地元だ、目標の背後に回りこむ道なども心得ているのだろう。だけども
その目論見は断たれた。乾いた銃声が二発響き、放たれた魔力弾がチンピラを殴り飛ばして大地に沈める。

「なんで気付いたんだ」
「忘れた? 俺、魔法使いだぜ」

尋ねると、発砲は止めずにティーダがどこからともなく、宙に浮かぶ光の玉のようなものをローチに見せ付けるようにして呼び寄せる。センサーのようなものか、と文字通り未知との遭遇を果たし
た兵士は光の玉の用途を理解。用事が済んだと分かるなり、魔法使いは行ってこい、と空いていた左手を振って光の玉を貧民街の奥地に飛び込ませた。

「ロイス、状況を報告しろ!」
「出てくるのは地元のギャングどもばかりです、ロハスはいません!」

 ちょうどその時、通信が舞い込んできた。マクダヴィッシュ大尉からだ。応答したロイスはMP5Kをフルオートで撃っても撃っても沸いて出てくるチンピラどもを蹴散らすが、彼の言う通り肝心の
ロハスはいない。ひょっとしたらもう一緒に撃ち殺してしまったのでは、と一瞬その場にいたTask Force141隊員全員が思うが、奴は曲がりなりにも一味の頂点に立つ男だ。そうそう簡単に、前線
に出てくるとも考えにくかった。
アッと、短い悲鳴が上がる。振り返れば、民間人たちに警告を発したミートが被弾し、力なく地面に横たわっていた。咄嗟に、それを見たローチは駆け出す。背後で彼を止める声があったが、聞く
はずもなかった。よせ、と手を伸ばすティーダに、逆に指示を飛ばす。

「援護しろ! ミートを助ける!」
「…馬っ鹿野郎が!」

飛び出してきたローチに、ギャングたちが容赦ない銃撃の雨を浴びせる。足元を銃弾が跳ね飛び、砂埃が舞う。死神が耳元で笑っている。走りながら照準も適当にACRの引き金を引き、敵に銃撃を
返すが、それで静かになるほど生易しいものでもなかった。かろうじて、援護のため魔法使いの放った弾丸が家屋の上に布陣するチンピラを数名薙ぎ倒し、ローチは被弾した味方の元に辿り着く。
首の根っこを片手だけで掴み、手近にあった家屋の中へ引きずっていく。しっかりしろ、とミートの身体を起こそうとするが、無駄だった。彼は、すでに事切れていた。
くそ、と罵りと悔やみの言葉を吐き出し、家屋を裏口から飛び出した。ギャングたちの、思わぬ方向から攻撃する魂胆だった。予想は当たり、敵はティーダやロイス、そして見えなくなった自分に
向けて銃撃を続けており、間抜けに背中や側面を曝け出している。
ACRの銃身に装着していた、M203グレネードランチャーを構えて敵に向けた。吹き飛ばしてやる、と引き金に指をかけたところで、左の路地から早口の英語ともスペイン語とも思しき、慌てた様子の
声が耳に入った。咄嗟に振り向けば、遅れてやってきたギャングの一人だった。対応は、お互いにどちらも一瞬遅れる。ギャングはまさかこんなところに敵がいるとは、と思わず、ローチは出てき
たのがギャングが、それとも逃げ遅れた民間人だったのか判断がつかなかったからだ。まずい、と言語は違っても両者に同じ意味の言葉が脳裏を流れる。
結果として、ギャングはローチに打ち負けた。小銃のFALの銃口を構えるより早く、彼の放ったM203のグレネード弾が敵の身体を弾き飛ばしていたのだ。爆発はしない、近距離だったため信管が作動
しなかった。

「くそ」

とは言え、貴重な時間を食われたことだけは変わらない。タクティカル・ベストから取り出したグレネード弾を再装填、今度こそ最初に選んだ敵に向かって構える。

「ローチ、被弾した!」

構えた瞬間、ロイスの声が通信機に飛び込む。なんてこった、また味方がやられたのか。歯を噛み鳴らし、引き金を引く。ポンッと軽い発射音、放たれたグレネード弾は家屋の屋上にいた敵兵たち
のど真ん中に飛び込み、炸裂。舞い散る破片と、呼び起こされた爆風の衝撃が否応なしにギャングどもを薙ぎ払う。奇襲だった。背後から撃たれた敵は恐怖し、人数では圧倒的に上回っているにも
関わらず退却へと移る。
敵が退いていく。今のうちだな、とローチは思い、路地を駆け抜け、ティーダたちと合流を果たした。だが、出迎えは決して敵を撃退したことへの賞賛ではなかった。肩から血を流し、壁に背中を
預けて苦しそうに呻くロイスと、懸命に治療に当たる――治癒魔法は苦手だ、と止血剤とモルヒネを用いていた――ティーダは、賞賛どころではなかったのだ。

「俺はいい、自分でやる。行ってくれ」

ロイスは、治療を続けようとする治癒魔法の使えない魔法使いの手を押し退ける。自分の持っていた手榴弾やフラッシュバンを持って行け、と渡しさえした。しかし、彼をここに放置すれば、また
ギャングどもが戻ってきた時、果たしてどうなるか。いかに精鋭部隊の一員と言えど、負傷の身で、かつたった一人で置いて行かれれば。それでもロイスは行け、と言う。撃つぞ、とMP5Kの銃口を
仲間たちに向けようともした。

「行こう」

ローチは、頑なに指示に従わないティーダの肩を掴んだ。くそ、と吐き捨て、渋々魔法使いは立ち上がる。それでいい、と言ったロイスの顔を、二人は忘れることができなかった。
たった二人になってしまった追跡部隊は、貧民街を駆け進んでいく。その背後で、一発の銃声が響き渡っても、振り返ることなく。





SIDE Task Force141
四日目 1606
ブラジル リオ・デ・ジャネイロ
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉



 ロハスの右腕は、なかなかに見上げた忠誠心だった。何度"お話"しようとこちらが提案しても、彼はあくまでも拒んでみせた。耐え難い苦痛を何重にもして浴びせかけているのに、主人の居場所
を喋ろうとしなかった。副官のゴーストでさえ、露骨に苛立ちを見せるほどだった。
それでも、結局のところ人間は苦痛には逆らえない。とうとう、奴はボスの居所を口にした。だからもうやめてくれ、と何度目かの"バッテリー接続"を拒むようにして。約束通り、ソープとゴース
トは彼を解放してやった。解放と言う名の、放置である。椅子に縛り付けたままだが、警察には電話を入れておいた。あとは無事、発見されることを祈るばかりである。
――それにしても、空からの援護があればもっと楽なんだがな。
部下と同じ、ACRを構えて貧民街を別ルートから突き進むソープは、軽機関銃の激しい銃撃に晒されながら、どこか他人事のように空を見上げる。青空と、ブラジル名物のキリスト像。だが彼が見出
していたのは観光名所ではなく、そこにはいない戦友のことだった。ほんの数年前、共に戦火を潜り抜けたあの魔導師の少年がいれば、心強かったに違いない。そう思いかけて、いや、やはりダメ
だろうと考え直す。魔導師なら部隊に新しく加わっている。彼もかつての戦友と同様、空を飛ぶことが出来る。だが、この弾幕だ。地上でさえ、少し遮蔽物から身を乗り出すと、途端に銃弾の雨が
降り注ぐ。こんな状況で空に上がろうものなら、いい的になってしまう。

「ゴースト、お前はそのままロハスを追え。こっちも何とかして追いつく」
「大尉はどうするんで?」
「何とかするさ」

 援護を提案してきた副官に対し、かつての新米SAS隊員は、数年前では浮かべることもなかった不敵な言葉を通信で送る。タクティカル・ベストからフラッシュ・バンを持ち出し、ピンを引き抜
き、身を潜める壁から腕だけ出して放り投げた。
爆発音。隠れていても分かるほどの閃光と、それに伴う轟音が鳴り止むのと同時に、ソープは飛び出した。視界に入ったのは、目や耳を抑えて苦しむ敵兵たち。右に一名、左の屋根に二名、中央の
屋根に一名――数えながら、銃を持った腕は動いていた。ダットサイトで、敵を照準。引き金を引けば、短く軽い反動と共に銃声が高鳴り、チンピラどもが薙ぎ払われていく。右の一名を排除、左
の敵も射殺、中央の一名、短い銃撃、これも倒す。立ちはだかるギャングを一掃し、先に進む。

「マクダヴィッシュ大尉、ティーダが上からロハスを探すって言ってます!」

銃口を前に突き出しながらも急ぎ足で駆け、その途中でローチからの通信。同行する魔導師、ティーダが飛び上がろうと言うのだ。

「ダメだ、上空に出たら的になる」
「覚悟の上です、大尉。最悪、囮にはなる。地面で這い蹲って死ぬのは御免です」
「死ななきゃいいんだ。頭を冷やせティーダ、通信アウト!」

ティーダとの交信を、一方的に切った。命令を聞くだろうか。いや、聞くはずだ。言うことを聞かないほどの子供でもない。
ロハスの右腕によれば、ボスの居場所は貧民街の西に向かっているという。Task Force141は、これを三つに分けて追跡していた。ローチとティーダのチーム、ゴースト、そして自分だ。貧民街は小
高い丘の上に沿って立ち並んでいるため、標的を追い詰めるとすれば上へ上へと追い込んでいくのがもっとも手っ取り早く効果的だ。そして、作戦は現に目論見通りになりつつあった。

「こちらゴースト! 大尉、奴は屋根の上を進行中です、すぐ近くです! ローチ、ティーダ、追い込め! 俺も行く!」

屋根の上、か。ソープは、部下の言葉を聞いて一旦立ち止まった。周囲に視線を走らせ――運がいい、梯子がある。ACRを肩に引っ掛けて、上に昇る。筋肉が軋み、悲鳴を上げるのにも構わず、彼
は家屋の屋上に上がった。この辺りではそこそこに大きな、周辺の家屋の屋根を全てを一望できる程度には高い位置だった。目を凝らすまでもなく、下に向けて銃を撃ち下ろし、時折反撃を喰らっ
ては倒れていくギャングたちが見えた。その最中で、必死に逃げの様子を見せる明らかに怪しい人影が一つ。奴だ、ロハスだ。重たそうな黒いバックを抱えているが、あれではスピードは出まい。
ようし、先回りだ――進行ルートを読んだソープは、屋上から一段低い隣の家屋の屋根に飛び移る。跳んで走って、屋根を乗り越え、大地に戻ると駆け出し、また屋根に昇る。二階建ての家屋に入
った時は体当たりで扉を突き破ってベランダに出て、そこからさらに隣の一軒家の屋根へと飛び移って進む。
途中、屋根の上から一瞬ではあったが、ローチとティーダ、その反対方向からゴーストの姿が見えた。ロハスは、彼らに挟み撃ちにされることを知らず、逃げ続けている。このまま確保出来るか。
だが、寸前で奴は気付いた。正面から迫るゴーストと、背後から来る兵士と魔導師のチームの挟撃は、横に逃げることで回避されようとしていた。

「逃げられる!」

ゴーストの声。その声が通信機に飛び込んだ時、ソープは一瞬、口元に笑みを浮かべた。不敵な笑みだった。

「そうはさせんさ」

ガッと、扉をぶち破る。三階建ての家屋の最上階に侵入した彼は、そこで出会った。目標、ロハスと。奴は、驚き竦むような表情を見せていた。そのわずかな間の恐怖が、彼の動きを止め、隙を生
み出してしまう。一切の躊躇なく、ソープは標的の身体に飛びつくと、そのまま窓ガラスをぶち破って大地へ急降下。
幸いにも、下には車があった。屋根が思いのほかクッションになり――そう呼ぶほど柔らかいものでもないが、少なくとも死なない程度には落下の衝撃を抑えた――ロハスの確保に成功。ひぃ、と
怯える標的に向けて、拳銃、かつての上官から受け継いだM1911A1を引き抜き、銃口を突きつけた。ホールドアップ、これでもう逃げられない。
遅れてやってきたローチとティーダが、ぽかんと間抜けに口を開いてこちらを見ていた。ソープは二人の視線に気付き、言う。

「これぞ英国流さ。皆、ご苦労だった。さぁ、マカロフについて知ってることを喋ってもらおう」




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最終更新:2012年01月03日 16:44