MW2_05.5

Call of lyrical Modern Warfare 2


第5.5話 剥奪 



SIDE 時空管理局
四日目 時刻 0924
時空管理局本局
クロノ・ハラオウン執務官



 いつの世も、そしてどこであっても、冷静さを欠いた者たちの取る行動は変わらない。常に過激で、事を急ぐ。そして、自分たちこそが正義であると信じて疑わない。何の力も持たない少数の
一般人がわめき散らすのであれば放っておいてもいいかもしれないが、現状は違う。冷静さを欠いているのは、他ならぬ力を持つ者たちも含まれていたのだ。
朝っぱらから、通信回線はパンクしそうな勢いで管理局の各部署、各人のやり取りを繋いでいた。クロノも昨日からと言うもの、自分のデスクの上で右往左往させられている。一件の用務が終了
すればすぐまた次が控えており、まるでゴングの鳴らないボクシングを延々と続けさせられているようだった。しかも、ボクシングはダウンすればレフェリーが止めてくれるが、こちらはそうも
いかない。ダウンする訳にはいかず、したとしてもレフェリーはいない。

「提督、我々はただちに出撃すべきです。大勢の罪もない人々を殺された、これはもはやテロです。アメリカ合衆国は、そのテロを支援していたんですよ」
「頭を冷やせ。アメリカ製の銃器を使用していたからと言ってそう考えるのは短絡的が過ぎるぞ」

提督と言う、上に立つ者と言う立場となれば、鼻息の荒い部下の暴走を抑える役目を受け持つ。彼が今しがた通信を行う相手も、まさしく鼻息の荒い部下の一人だった。指揮下にある艦隊のうち
一隻の次元航行艦の艦長だっただろうか。先ほどから何人も同じような意見を持ってきた部下を相手にしている性で、はっきりと思い出せなくなっている。
 消すのも忘れてつけっ放しにしていたテレビは、何度も同じニュースを繰り返している。ミッドチルダ臨海空港での、テロリストによる虐殺事件。犠牲者は百人を越えており、かろうじて生き
長らえた者も計り知れない精神的なショックを抱えている。救援と制圧に向かった管理局の部隊も一度撤退に追い込まれるほどの損害を出し、みすみすテロリストたちを見逃すと言う失態を犯し
てしまった。未曾有の事件に人々は恐怖し、不安を掻き消すようにしてただ一人、これ見よがしに残されたテロリストの遺体の国籍に注目した――アメリカ合衆国。九七管理外世界の、一大国家。
時空管理局とは協同してテロの鎮圧や次元世界の治安を守るはずの、同盟国。空港の監視カメラは他のテロリストたちも捉えていたが、残された遺体の国籍は彼らの正体さえも上塗りしてしまう。
すなわち、虐殺事件の犯人は全員がアメリカ人だった。アメリカ製の銃器を使用していたと言う報道が、確たる証拠もない"思い込み"をミッドチルダの人々にとっての"事実"に変えてしまった。
ミッドチルダの世論は、九割が管理局によるアメリカへの報復を望んだ。お膝元だけあって、管理局内部でさえ報復を行おうとする声は強い。クロノ自身、このままではかつての戦友たちの国へ
戦端を開くことをよしとしたかもしれない。それに歯止めをかけたのが、監視カメラの映像解析と、臨海空港から押収された薬莢、そしてある一人の少女の証言だった。
 ため息をつく暇もなく、ひとまず部下を引き下がらせたクロノは通信端末を閉じて、宙に浮かぶ半透明のディスプレイを指で叩く。解析班から回ってきた、空港の監視カメラの映像を再生。手
荷物検査場を見下ろすように設置されたカメラは、エレベーターから下りてきた黒いスーツのテロリストたちを、確かに捉えていた――その中の一人に注目する。見覚えのある、鮫のように無表
情な男。彼は、この男を知っていた。ウラジミル・R・マカロフ。祖国ロシアから駆逐され、行き場を無くしていた超国家主義者たちの新たなリーダー。管理局にもその存在はマークされており、
今回のテロの首謀者と思われる。
次にクロノがディスプレイ上に開いてみせたのは、薬莢に関する報告書。現場から押収された、数少ないテロリストの手がかりの一つ。これを分析した結果、少なくとも銃弾に関してはアメリカ
製ではなく、地球の南半球のどこかだと言う確証が得られた。
最後に、保護された少女の証言。血みどろの空港の中で、再編成と増援を受けて再び救援に来た管理局の部隊に――クロノの後輩たちも、この中に加わったと聞いた――ロッカーに隠れていたと
ころを発見され、救助された少女は、「銃を持ったスーツの男に助けられた」と話したと言う。そして、彼女が隠れていたロッカーのすぐ近くで、あのアメリカ人と思しき遺体が発見されている。

「三つの事実、か」

何気なしに呟いた言葉だが、この三つがなければ今頃管理局は全軍を挙げて、地球に報復のための攻撃を実行していたところだろう。この三つが、怒りの炎をいくらか沈め、そして疑惑と疑問を彼
らの思考に招いたのだ。すなわち、これはアメリカの仕業ではなく、マカロフの罠ではないか、と。
疑惑と疑念は管理局内に広まり、今ではそれでもアメリカの仕業に違いないとする報復派と、もっと調査を進めるべきだとする慎重派に分かれた。執務官であると同時に、何隻もの次元航行艦を指
揮下に置く提督と言う立場にあったクロノは、否応なしに慎重派のリーダーに担ぎ上げられた。もっとも、今の彼はそれでいいとも思う。これ以上の流血を、それも流さなくてよいはずの血を止め
るためならば、リーダーでも何でもなるつもりだ。
幸い、彼は一人ではなかった。そのことを知らしめるかのように、通信回線で再びコール音が鳴り響く。

「クロノ提督、そちらはどうだ」
「レジアス中将」

レジアス・ゲイズ中将は、各管理世界に部隊を駐留させて治安と平和の維持に当たる、管理局の地上本部と呼ばれる組織の最高司令官だ。司令官と言う職でありながら最前線での任務をたびたび望
み、数年前の管理局と地球のSAS、米海兵隊との合同作戦では本当に最前線で戦った。同じ任務に就いていたクロノとは直接の会話は少ないものの、戦友と呼べる間柄だ。

「現在までのところは、全艦隊に待機命令を出してそれを守らせています。ですが、地球に向けて出撃させろと言う者が絶えなくて」
「頭を冷やすよう言ってやれ――と言いたいところだが、そちらも似たようなものか」
「と言うことは、地上も?」

その通りだ、髭面の司令官は頷く。武闘派で知られるレジアスだが、それは彼がタカ派であることまで証明するものではなかった。武人が己が武力を振るうのは、人を守るためだとすら言う。

「とは言え、我々はまだマシな方だ。いくら報復を叫んだところで、他の次元世界に大規模な兵力を移送する手段がない」
「その意味では、本局内の報復派を抑えるべきですね。艦さえ無ければ報復には出られない」
「地上のことは安心しろ。いざとなれば私自ら報復派を鎮圧する」

この人なら本当にやりかねないな、とクロノは胸のうちで苦笑い。事実として、通信用ディスプレイの奥に浮かぶレジアスの眼は、獣のそれだった。逆らうならば容赦なく喰らう野獣の眼。

「ともかく、提督も周囲には気をつけることだ。言うことを聞かなくなった飼い犬は、最初にまず飼い主の手を噛むぞ」
「ご冗談を――犬は好きですよ、そのまま撫でてまた言うことを聞かせます」
「そう上手くいくといいが」

 ガチャッと、会話の途中に自室の扉が開かれる。視線を上げれば、先ほど通信で意見具申してきた部下の姿があった。ついに抑えきれず、直談判にやって来たのだろうか。それにしては様子が
ずいぶん物々しい。何より、彼は一人ではなかった。背後に、何人かの武装隊らしい装備をした者を引き連れていた。

「……中将、申し訳ない。上手く行かなかったようです」
「何?」
「飼い犬に手を噛まれました」

クロノは通信を切る。かつての部下たちは何も言わずに自室に流れ込んできて、彼にデバイスを銃口のように突きつけた。

「クロノ・ハラオウン提督。あなたの指揮権を剥奪させて頂きます。艦隊は以後、順次地球に向けて出撃する」
「そんなことをしてどうする。地球に降下させる兵力なんてあるまい。それともアルカンシェルで地球を無差別に焼くのか。テロリストたちとやっていることは何も変わらないな」
「いいえ、我々が討つのはアメリカ合衆国のみです。テロリストとは違う」

何、と顔を上げたところで、強い衝撃があった。ガッと力いっぱい殴られたに違いない。デスクに叩きつけられた瞬間、背後に立っていた武装隊の者が持っていたデバイスを振り下ろすのが見えた。
連れて行け、と消えかけの意識が音声を拾う。そこで、クロノの意識は途絶えた。






クロノ・ハラオウン執務官/提督 指揮権剥奪
次元航行艦隊へ発令 目的地は地球衛星軌道上 アメリカ合衆国上空






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最終更新:2012年01月03日 16:45