MW2_06

――その日、街は平和だった。




「なぁ、シュガート。聞いたか?」

 ひゅ、と軽い手つきでグローブ片手に白い球を投げる兵士は、キャッチボールの相手に向けて口を開く。
聞いたって、何さ。シュガートと呼ばれた相手は、無言でそう訴えた。返事と共に、ボールを投げる。パンッと爽やかとさえ言えそうな音が響き、質問の主のグローブに投げられたボールが収まっ
た。空は夕焼けに染まりつつあり、日差しはそこまできつくない。サングラスを外した二人の今の服装もズボンこそ迷彩だが、上は緑のTシャツ一枚だった。二人は陸軍所属の軍人だったが、軽やか
な服装、休日だからこそ許されているものだ。
キャッチボールの合間を縫うようにして、彼はシュガートに向けて話の続きを口にする。

「何でもよ、戦争になるかもしれねぇって話だ。相手はあのミッドチルダ――例の空港での虐殺事件、ニュースで見たろ。あれの犯人らしい遺体が、アメリカ人だったもんだから……」
「剣と魔法とドラゴンが攻めてくるって言うのか、ゴートンは」

 口数の少ない相棒は、言葉を挟むようにしてようやく自分の意見を言った。ミッドチルダと言えば最近その存在が公になった時空管理局のお膝元で、ミッドチルダの意見はそのまま管理局の意見
になると言ってもよい。例えば彼らが地球のみんなと仲良くしようと言えばそうなるし、お前らなんて大嫌いだ、みんな死んでしまえとなれば管理局はそのために行動する。そのミッドチルダの民
間空港で、虐殺事件があった。犯人グループの一人が遺体で発見され、さらにアメリカ人であったものだから、今あちらの世論は火がついたように『アメリカ討つべし』となっている。

「しかし、本当に攻めて来るのかねぇ。俺が聞いた話じゃ、宇宙には管理局の侵攻に備えて人工衛星が常時監視してるって話じゃないか」
「奴さんたちは転送魔法とやらで、俺たちのすぐ隣にやって来ることも出来るらしいが、それだと大兵力を送るのは無理らしいからな。魔法の力にも限度はある」

 合衆国と時空管理局は同盟を結んだが、少なくとも合衆国は腹の底から異世界の住人たちを信じた訳ではなかった。彼らがその気になれば次元航行艦で兵員を運び、いざとなったら地球に降下作
戦を実施できると分かってからは、特に宇宙空間への監視及び攻撃手段が整えられていった。複数の人工衛星が地球軌道上を監視し、不審な影あらば地上からミサイルが放たれる。守りは強固、こ
れを打ち破りたければ管理局は相当な損害を覚悟せねばならない、と彼らは聞かされていた。もっとも、そうして降下してきた『魔法使い』たちには従来通りの火器兵器で挑まねばならない。新装
備の開発は――例えば、魔法による防壁を貫通させる新型銃弾など――うまく進んでいないようだった。

「まぁ、来ないだろう。もし来るなら、今頃とっくに衛星が連中を見つけてる」
「違いない――おっと」

 ゴートンのグローブのすぐ上を、白い球が飛び越えていく。取り損ねた。収まるべきところに収まらなかったボールは頭上を通過し、地面を二回ほどバウンドして転がっていき、ようやく止まる。
やれやれ、まずったな。拾いに向かう彼の背中に、シュガートの声が届く。

「そんな調子じゃあ、魔法使いの連中は容易く侵入してくるぞ」
「まったくだ、気をつけないと」

――二人は知る由もない。この時、自分たちの言葉がすでに現実になっていることに。





Call of lyrical Modern Warfare 2


第6話 Wolverines! / 東海岸、炎上す 



SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊
四日目 時刻 1745
ヴァージニア州北東
ジェームズ・ラミレス上等兵


 気付けたはずなのだ。何者であれ、合衆国本土に近付く者は高度な監視システムによって発見され、領空と領海、どちらにも足を踏み入れる前に撃退される。少なくとも司令部の間ではそういう
構想の元に現在の防衛計画は練られていたのだし、末端の兵士たちもそれを信じて訓練に従事してきた。
だけども、今目の前に広がっている光景は、そんな構想など完全に無視された状況だった。いったい誰が、想像しえただろうか。合衆国本土が、異邦人によって直接蹂躙されているなど。
 天を覆う、SF映画に出てきそうな大量の空飛ぶ船。まるで宇宙船だ。その宇宙船から、白いパラシュートがいくつもいくつも降りてくる。輸送艦はそれこそSF映画のようなデザインであるのに、
やって来た異邦人たちは、肝心の降下作戦をずいぶんとアナログな――と言うより、地球の軍隊が行うそれとほとんど同じだ――方法で行っているのだ。着陸した後は、見境なく撃ちまくる。撃っ
て来るのは銃弾ではなく、魔法の弾だけども。
ほんの少し前、偶然通信室に用事のあったラミレスは、はっきりと覚えている。最初はのん気な会話を続けていた司令部の様子が、一気に様変わりする様子を。


――サンド・ブラボー。こちらNORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)だ。そちらの空域で一七〇の飛行物体が確認されている。

――こちらサンド・ブラボー。冗談ならよしてくださいよ。いい天気です、異常なし。

――もう一度確認してくれ。本当に何も映ってないか?

――上空はクリアですよ。そちらの誤表示では?

――確認しよう。ズール・エクスレイ6、そちらに映っている一〇〇の飛行物体はどうだ?

――こちらのレーダーには異常なし。太陽風の干渉かな、今日は黒点活動が激しいようですし。

――シエラ・デルタ、あー、ACSに軽微の不具合がある模様だ。そちらから確認を……。

――何だ、人が空から降ってきた!?

――確認しろ。

――九五号線上空に人だ! 人が空を飛びながら何か撃って来てる! 大型の宇宙船らしきものも確認!

――待機しろ、最寄部隊と連絡を取る!

――こちら第七五レンジャー連隊第一大隊、ハンター2-1のフォーリー軍曹です。何事ですか?

――全基地へ通達。衛星監視網が無効化されている! SOSUS及びフェーズドアレイレーダーも機能していない! これは演習ではない!


 あり得るのだろうか。合衆国を護る監視網の全てが無力化。しかも、侵攻してきたのは異邦人。ミッドチルダ。時空管理局。同盟者。昨日までの友人。
軍用車両のハンビーの助手席で様々な思いを巡らせるラミレスの思考の片隅に、ふと帰ってこなかった男の顔が浮かぶ。アレン上等兵。学生時代からベースボールの先輩で、花形部隊とやらに引き
抜かれた。それっきり、連絡はない。極秘任務にでも就いているのか。いずれにせよ、今彼がこの場にいれば頼りがいがあっただろうに。彼に投げてもらうはずだった白いボールは、ロッカーの中
に入れたままにしている。
――思考中断。兵士たちを乗せた車列は、住宅街に入った。すでにほとんどの民間人は逃げ出したはずだが、それでもなお敵の攻撃は止まらない。奴らは、街を占領する気などないのだ。ただ破壊
の限りを尽くし、恨みと憎しみを合衆国に叩きつけるだけ。そのためにやって来たのだ。
前を行くハンビーの銃座に就く兵士が、何かを見つけた。家屋の屋根に運悪く引っかかってしまった、敵の魔導師だった。パラシュートを使って降りてきたと言うことは、きっと飛行魔法などは使
えない類の者なのだろう――以前、管理局と合同で次元世界の治安維持に当たった時、ラミレスは幾らか彼らの武器装備などについてレクチャーを受けた――彼は、本当に運が悪かった。パラシュ
ートの金具は絡まっており、ちょっとやそっとでは脱出できないでいた。
 ハンビーの銃座に装備されていた機銃が、魔導師に向けられる。銃口を向けられたことに気付いたのか否か、彼は慌てだした。次の瞬間、銃声が唸る。機銃が放った赤い火線は容易く動けない目
標を捉え、容赦なく滅多撃ちにした。悲鳴が一つ上り、哀れな敵は沈黙。

「敵だ、降りろ!」

ハッと、正面に振り返る。分隊長のフォーリー軍曹の声が無ければ、反応は遅れていただろう。ラミレスが目撃したのは、竜だった。人間などよりはるかに巨大な、二階建ての家屋くらいはありそ
うな紛れも無いモンスター。一瞬、脳が現実を認識しなくなる。俺は、誤ってRPGの世界に紛れ込んだりでもしたのだろうか。
 だけども、それは間違いなく現実だった。前方にいたハンビーが、炎の塊を叩きつけられ、爆発炎上。衝撃と熱風が、これは夢ではないと言う事実を突きつける。ゲームやアニメのドラゴンと同
じように、目の前に現れた竜は、口から火炎弾を吐いたのだ。獰猛な眼、頑丈そうな皮膚と鱗、何もかも引き裂く爪。竜は雄叫びを上げた時、本能が認識した。こいつには、勝てない。逃げた方が
いい。
 ラミレスはハンビーから飛び降りた。彼だけでなく、ハンビーに乗っていた兵士全員が同じ行動を取り、逃げ出していた。ひとまずは敵の視界の外、住宅街の裏へ。駆け出す頃には竜が再び火炎
を吐き、彼らの乗っていた軍用車両を木っ端微塵に吹き飛ばす。幸い、逃げる歩兵まで相手する気はないらしい。燃え上がる二輌のハンビーを一瞥した後、竜は地面を揺らしながら歩き、住宅街の
奥地へと消えていく。

「オーヴァーロード、こちらハンター2-1。航空支援を求む」
「こちらオーヴァーロード、航空機はみんな出払っている。追加の地上部隊が向かっているが、激しい抵抗にあっている」
「了解――我々は敵の竜と遭遇し、車両を失った。現在徒歩で移動中」
「オーヴァーロード、了解。健闘を祈る、アウト」

 部隊本部との通信を終えた分隊長の黒人、フォーリーは前進を指示。任務に忠実な彼は、あんな化け物と遭遇しても背を丸めたりしなかった。とは言っても、全員が彼のように勇敢で、かつ任務
に忠実で文句を言わないはずがない。分隊副官のダン伍長が、そういうタイプの兵士だった。

「軍曹、まさか本部は手前で何とかしろと?」
「その通りだ」

短い肯定に、くそ、とダンは漏らす。どの道、行くしかない。留まっているのは危険だ。すでに住宅街は全域が敵の攻撃対象だった。
 分隊は、住宅街の裏、道なき道へを進む。敵には遭遇しなかったが、そこかしこに遺棄されたパラシュートが残っており、敵が間近にいるのは明らかだ。少なくとも、徒歩で会いに行けるくらい
には近くにいるのだろう。
と、その時だ。前を行くフォーリーが、伏せろ、の指示。考える前に兵士たちはバッと身を伏せる。数瞬した後、50メートルも離れていない距離にあった正面の家屋が、突如として爆発。燃え盛
る破片がパラパラと伏せたラミレスの前に降り注ぎ、紅蓮の炎の向こうに、先ほど姿を消した竜の姿が垣間見える。奴らは、無差別に街を破壊しているのだ。竜は召喚魔法によって魔導師たちに使
役されているはずだが、コントロールする側が「自由に暴れろ」と命令すれば言われた通りに暴れ回る。

「あれに気付かれたら終わりだ」

 分隊長に言われるまでもない。分厚い皮膚と鱗は、肉や魚のそれとは訳が違う。おそらくは歩兵の小火器では対抗は実質不可能に違いない。ここは黙ってやり過ごすのが適切だ。
 分隊は進む。東の方向に見える黒煙が、彼らの目指す場所だ。そこに『ラプター』と呼ばれる政府要人が取り残されている。駆けつけた友軍部隊によって何とか一命は取り留めているが、今度はそ
の友軍ごと包囲されてしまったと言うことだ。包囲網を破り、彼らを救出するのが今回の目的となる。
 幸いにも、あの竜は裏通りをこそこそと進むネズミを見つけられないでいるらしい。手当たり次第に住宅街を、破壊の限りを尽くしながら進んでいく。B級映画でも今時お目にかかれない光景だ。
怪獣が、自分たちの故郷を破壊しながら進むなど、いったい何の冗談だろう。とは言えこれは現実だった。吹き付けてくる熱風、爆発音、時折降り落ちてくる瓦礫の欠片がそう言っている。
 裏道が行き止まりに差し掛かった。ここから先はいよいよ、あの竜の前に出てやり合うことになるが――改めて、ラミレスは自分の装備を確認する。SCAR-Hと呼ばれる七.六二ミリ弾の小銃に、
拳銃のベレッタM92F、手榴弾、スモークグレネード。とても竜に真正面から立ち向かえる装備ではない。対戦車ミサイルのジャベリンは、ハンビーもろとも木っ端微塵になっていた。他の分隊員た
ちも、装備は似たり寄ったりだ。

「ラミレス、スモークだ」

 だからこそ、フォーリー軍曹は素直に竜の相手はしないと決めた。奴が同じ生き物であるならば、視覚に頼ってこちらを捕捉するのは当然だ。ならば、視界を煙幕で覆ってやればいい。分隊長の
指示通り、彼はピンを引き抜き、スモークグレネードを路上で依然として暴れ回る竜の足元に投げつけた。一発では足りないと思い、念のためもう一発投げる。
カァン、と金属音がアスファルトの地面の上で鳴った。竜は最初は無視していたが、突然足元をモクモクと白い煙が覆い始めてようやく、敵から何かをされているのだと気付いた。前に進む足を止
めて、警戒するように周囲を見渡す。だけども、その真下に視線は届かない。見えないのだ。今のうちだ、と竜の様子を見て取ったフォーリーが前進を指示し、分隊は煙のカーテンの中に突っ込む。
 怪物が、彼らの進行に気付いた様子は最後までなかった。手近な路地を見つけて潜り込んだ分隊は、やがてスモークが鬱陶しくなってきたのかその場を離れる竜の背中を見送った。後ろから不意
討ちをかませば、とラミレスの心の片隅に馬鹿な発想が浮かび、彼はすぐに揉み消した。行き過ぎていった竜は、大地を力強く踏みしめながら再び破壊の暴君と化している。
 細い路地は、幸運なことにまっすぐ進めば救助目標『ラプター』のすぐ近くに出ることが判明した。銃を構えて、兵士たちは前進。煙幕もさすがに届かない距離に至って、ラミレスは正面に蠢くも
のを目撃する。

「コンタクト!」

 敵だ。パラシュートで降下したばかりと思しき、敵の魔導師。金具が引っかかったのか、慌てて取り外そうと試みている――バッと彼は振り返る。手には空挺降下用に短縮された全長を持つ、魔法
の杖。それが何なのかを、ラミレスは知っていた。魔導師たちの多くは、攻撃する際は杖から弾丸を放つのだ。文字通りの、魔法の弾丸を。
だったら俺たちのは鉛の弾丸だ。SCAR-Hの銃口を跳ね上げ、照準、引き金を引く。タンタンッと七.六二ミリ弾特有の高い銃声が鳴り響き、あっと魔導師は悲鳴を上げて倒れる。投げ出された杖から
は、魔法の弾丸が放たれることはない。
 とは言え、敵がここにいると言うことは――ラミレスの予感は的中する。銃声を聞きつけ、すでに着地し展開していた魔導師たちがワラワラと分隊の元に集まり始めた。どうやら、敵の主力とまと
もにぶつかることになったらしい。

「突破するぞ。ダン、撃ちまくれ!」
「合点承知!」

 銃弾と銃弾の交差。ただし、こちらが放つのは金属製だ。あちらは魔法。しかも、厄介なことに奴らは『魔法使い』であるということだ。放った銃弾は、正面に立つ防御魔法担当の魔導師たちが
光の壁で弾き返し、その後方から攻撃を担当する魔導師たちが杖を突き出し、射撃魔法を行使してくる。空を飛べるものはいないようだが、それはこちらも同じことだ。何より、こっちは魔法など
使えない。弾から身を庇うには遮蔽物に隠れるか、必死に当たらないよう祈るくらいしかない。
フルオートで、ラミレスは銃弾をぶっ放す。威力の高い七.六二ミリ弾を毎分約六〇〇発の速度で、三〇発のマガジンが空になるほどに叩き込む。放った攻撃の意思は、しかし防御魔法に阻まれ、赤
い火花を散らすのみ。こん畜生、と悪態を吐き捨てガソリンスタンドの陰に身を寄せるが、敵の弾丸は否応無しに殺到し来る。建物の壁がえぐれ、舞い散る粉塵が灰色の迷彩服を汚す。う、と悲鳴が
聞こえて視線を飛ばせば、同じ分隊の若い一等兵がひっくり返っていた。弾の雨の中を掻い潜って首根っこを掴んで引きずり寄せるが、撃たれた一等兵の瞳にすでに光はなかった。
 くそが、と呟く。死んだ一等兵の無念を晴らすべく、彼は遺体から手榴弾を二つ頂戴した。軍曹、と向かいの建物に身を寄せるフォーリーに声をかけ、掴んだ爆発物を見せる。アイ・コンタクト、
意思はすぐに伝わった。ピンを抜き、一、二、三とカウントして、陰から手榴弾を投げる。敵の姿は見えなかったが、地面を一度バウンドしてから転がっていく手榴弾は、うまい具合に魔導師たちの
足元にまで辿り着いた――直後、爆発。衝撃と爆風が敵に襲い掛かり、魔法の壁を食い破らんと牙を突き立てる。無論、それだけでは彼らの防御網を破ることは出来なかっただろう。しかし、魔導師
たちが突然の爆風に驚き、それを防いだことで一瞬でも気を緩めたとしたら。答えはすぐに出た。炎と黒煙が収まった直後、すぐに二個目の手榴弾がカラカラと転がりながら、魔導師たちの目前に
迫る。
 ドンッと、市街地に爆発音が鳴り響いた。魔法の壁は、ついに破られた。古代ギリシャの兵士たちのように隊列を組んでいた魔導師たちの一列目の隊形が乱れて、綻びを生んだ。そこに、質量兵器
の雨が浴びせかけられる。バッと飛び出した第七五レンジャー連隊は、一斉に逆襲を仕掛けたのだ。唸る銃声、弾け飛ぶ薬莢。バタバタと薙ぎ倒されていく魔法使い。一列目の防御魔法に依存してい
た攻撃魔法担当の魔導師たちはただちに反撃するが、前にいる味方が邪魔であまり撃てない。そこに突け入る隙が生じ、分隊は一気に距離を詰める。

「ラミレス、来い。奴らに白兵戦を教えてやるぞ!」
「りょうか――な、ちょっと、ダン伍長!?」

鬱憤が溜まっていたのかは定かではない。が、分隊副官のダン伍長は銃を撃ちまくりながら一人先に出て突撃を敢行。戸惑いながらも追いかけるラミレスが彼に追いつく頃には、文字通りの殴り合い
の距離にまで肉薄していた。銃床で相手の顎を粉砕し、蹴りで容赦なく吹き飛ばす。魔導師たちも抵抗の構えは見せるが、この距離ならば得意の魔法も詠唱が間に合わない。零距離での銃撃や格闘
の方が、ずっと速いのだ。この場に魔導師で言うところのベルカ式の者がいれば、そうもいかなかったかもしれないが――。
最後の一人に銃弾を撃ち込み、制圧完了。残りは散り散りになって逃げるかどうかしたようだが、彼らにとっては衝撃的だったことだろう。まさか、地球の軍隊が殴り合いを挑んでくるとは。

「人の家に土足で上がってきたんだ、礼儀を教えてやらんとな」

とは言え、ダンの眼は明らかに燃えていた。復讐の炎だ。ラミレスには、彼の気持ちが分からないでもなかった。
誰だって、自分たちの土地をよそ者に好き放題されれば、復讐の念の一つや二つは持つのだから。




 住宅街を抜けた先には、レストランやファーストフード店が並ぶ。人々の暮らし、人々の営みが築かれる街だ。普段はのどかで、休日となれば楽しそうな笑い声でも響いてそうな街並み。しかし、
現在街で響くのはそういった平和なものではない。銃声、怒号、爆音。この三つで事足りる。悲鳴は聞こえなかった。死する者たちの最期の叫びは、全て掻き消されてしまっている。
 救助目標『ラプター』は、輸送ヘリで飛行中に運悪く管理局の侵攻部隊に襲われた。護衛もなく、まともな防御火器もないヘリはなすすべ無く被弾したが、パイロットは決して無能ではなかった。
機体を最後まで制御し、何とか住宅街への墜落を防ぎ、大通りに不時着させた。機体と彼はバラバラになってしまったが、積荷である『ラプター』はかろうじて生還し、急行した陸軍部隊に保護され
た。これから生還できるかは、第七五レンジャー連隊の手際にかかっている。

「あそこだ、あのレストランに目標がいる」

 フォーリー軍曹が自ら先頭に立って、大通りに面したレストランを指差して分隊に前進を指示。眼を凝らさずとも、レストランの窓や扉からは発砲炎と思しき光と銃声が確認出来る。おそらく、先
に到着した友軍が戦っているのだ。火線が伸びる先には、建物の陰から反撃するようにして光の弾丸がレストラン目掛けて放たれている。これはいよいよ、友軍は救助目標を抱えたまま包囲されつつ
あると見た方がいいだろう。
 敵の攻撃の合間を縫うようにして、分隊はレストランに辿り着いた。屋内に入る直前、「スター!」と合言葉を言うのを忘れずに。合言葉は「テキサス!」と返ってきて、疲れきった様子の上等兵
がラミレスたちを迎えた。ここに、彼より階級が上の人間はもういないのだ。

「状況を報告しろ、『ラプター』はどこだ?」
「厨房の奥、冷凍室に……あそこなら、弾は通らんかと」
「容態は?」
「不明です。衛生兵がやられちまって」

 チッと短く舌打ちしたフォーリーは、ダン伍長を呼んだ。分隊副官は衛生兵ではないが、多少なりとも医学の心得を学んでいた。呼び出されたダンは事情を理解し、ただちに厨房の奥へと駆け足で
向かっていった。

「他に何かないか」
「屋上に空軍の連中がばら撒いていった、補給物資があります。けど、人数が足りなくて」
「ラミレス、屋上に上がって確認して来い!」

了解、とラミレスは短く返答し、梯子を昇ってレストランの屋上へ。高いところだけあって、周囲の状況がよく見えた。破壊されていく街、我が故郷アメリカ、炎上する東海岸。くそ、くそ、くそ。
くそみたいな状況だ。怒りをぐっと堪え、彼は数人の戦友たちと共に上等兵の言う補給物資を確認する。屋上に転がるコンテナ、詰め込まれていたのは各種弾薬からM14EBR狙撃銃、医薬品、食料、そ
れからM-5セントリーガン――セントリーガン(無人機銃)だって? 思わぬ珍兵器の登場に、一瞬表情があっけに取られたものになる。だが、こいつはありがたい。数的不利を、少しでも埋めてくれる
上に、セントリーガンは弾幕に晒されても恐怖を感じることは無い。まさしく無人化された銃座なのだ。
 戦友たちと共に、ラミレスはこの無人機銃を担いで屋上の端、北側にセットした。スイッチをオン、たちまちターゲットを自動で捕捉するセントリーガンは首を傾け、レストランに接近を図る管理
局の魔導師たちに容赦ない銃撃を浴びせていく。一人を撃ち倒せば次の一人、さらに一人と文字通り機械的な作業。無人化すべきだな、とラミレスは思わず兵士という自己の存在すら否定しかけた。
だけども、機械は全てにおいて万能ではない。設計された当初の構想に入っていないものには、極端に弱い。だから、どこからとも無く飛び込んできた魔力弾が、セントリーガンの首を貫き機能停止
に追い込んだ瞬間、さっきまで猛獣のように唸り猛っていた銃口が即座に沈黙した。あれ、と思った時にはさらに追加の魔力弾が屋上に浴びせられ、あっと短い悲鳴を上げて味方が一人撃ち倒された。
なんだ、どうなってるんだ――魔力弾が飛んできた方向に眼をやる。敵影は見えない。しかし、パッと何かが光ったと思った次の瞬間、屋上の縁の一部が砕かれ、コンクリートの粉が舞い散った。
畜生、と身を乗り出すことなくSCAR-Hの銃口だけを大地に向けて、引き金を引く。グリップはしっかり握っていたが、それだけで七.六二ミリ弾の反動は抑えられなかった。いくつも鳴り響く銃声に
自分のそれが加わり、反動で暴れる銃口から発砲炎が上がる。照準も何も無い滅茶苦茶な銃撃だったが、効果はあったのだろうか――お返しの激しい魔力弾の雨が、屋上に向けて浴びせかけられる。
たまらず身をすくめる分隊員たちは、恐怖した。敵が、どこにいるのか分からない。その上で、敵はこちらの位置をほぼ正確に掴んでいる様子だ。とてもイーブンとは言い難い状況。

「そうだ、狙撃銃」

 咄嗟に、ラミレスは屋上のコンテナの中にM14EBRがあるのを思い出した。狙撃スコープで探せば、敵の位置が分かるかもしれない。匍匐前進でコンテナに辿り着き、M14EBRとマガジン、弾を引っ張
り出して装填、銃に命の息吹を吹き込む。再び匍匐前進で屋上の端にまで辿り着き、思い切って身を乗り出す。両手にずしりと来る頼もしさ、M14EBRを構えてラミレスは狙撃スコープを覗き込む。

「ラミレス、危ないぞ。撃たれちまう」
「隠れてたって同じことだ、アレン先輩ならこうしてる」

戦友が危険だと言って下がらせようとしたが、彼は無視した。その時、狙撃スコープを覗いて初めて気付く。このスコープは、赤外線スコープだ。白黒の映像の中、熱を持つものをしっかり映し出す。
危険を冒して索敵を行うラミレスに、果たして神が微笑んだのか否か。大通りの中を、堂々と敵の魔導師らしい白い影が隠れようともせずこちらに近付いてくる。それに、狙撃銃を使わずとも狙える
距離だ。何だあいつは、とスコープから右目を外し、肉眼で目標を見ようとする――見えない? そんなはずは、と再びスコープを覗くが、やはり白い影はそこにいる。一人ではない、ざっと数えて
一ダースほど。一個分隊だ。隠れもしないで堂々と。だが、肉眼では見えない。

「そうか、そういうことか。おいみんな、敵の姿が見えない理由が分かったぞ。あいつら"プレデター"みたいになってんだ」
「プレデター? 無人機がどうした」
「馬鹿、映画のやつだよ。透明になれる怪物が人間を襲うってシュワルツ・ネッガーのあれ!」

 何だって、と信じられないような顔をする戦友たちだったが、実際に夜戦用の赤外線ゴーグルなどで確認してからはなるほど、と納得してみせた。
映画『プレデター』に登場する宇宙怪物プレデターは光学迷彩によって透明化し、次々と屈強な兵士たちを惨殺していく。まさか管理局の奴らが怪しげな魔法でプレデターを召喚したとは思えないか
ら、この場合、きっと彼らは光学迷彩的な魔法を使っているに違いない。セントリーガンでも、透明になった魔導師たちは見つけられなかった。とは言え、正体が分かれば怖いものではない。
 M14EBRを構えなおし、まさか見られているとは思いもしていない様子の透明魔導師をラミレスは狙う。赤外線機能付きの狙撃スコープは、彼らの魔法を白い影にして見事見抜いていた。照準よし、
引き金を引く。パンッと乾いた銃声と肩に来る反動、スコープの向こうでひっくり返る敵の影。何事かと魔導師たちは動きを止めて、それが墓穴を掘ることになった。浴びせられる銃弾、戦友たちの
放つ攻撃がバタバタと透明人間たちを撃ち抜いていく。最後の一人を撃ち倒して、ラミレスは隣にいた戦友の一人と拳を合わせて勝利のグータッチ。

「やったぜベイビー、俺たちの勝ちだな」
「ざまあみろ、魔法使いめ。地球舐めんな!」
「何人でも来いよ、相手してやるぜ」

戦友たちは、勝利を分かち合う。ラミレス自身も、喜んでいた。この場にアレンがいてくれたら、もっと喜ばしかったことだろう。
――しかし、勝利の美酒を味わうには、彼らはまだ早いと言うことを思い知らされる。

「ハンター2-1から各員、ただちに逃げろ! あの竜が来やがった!」

 フォーリー軍曹の叫びが、通信機に飛び込む。片方の耳に突っ込んだイヤホンが、警告で鼓膜を揺らす。振り返れば、大通りを侵攻する巨大な影がいた。
赤い鱗、一〇メートルは超えようかと言う巨体、獰猛な眼、鋭い爪。竜、龍、ドラゴン。ゲームの中でしか見たことの無い、最悪の怪物が、姿を見せていた。
喜びが、即座に絶望へと変わる。竜の視線は、レストランの屋上に向けられていたのだ――すなわち、ラミレスたちの方へ。まずい、と本能が知らせる。何も確証は無かった。しかし、結果としてそ
の考えは当たりだった。駆け出し、梯子も使わず屋上から飛び降りた。直後、竜の口から狙いすました火の玉が放たれる。
衝撃、爆音、炎。意識の途絶える寸前、彼の五感が見て聞いて感じたのは、この三つだった。




――ラミレス! 起きろ、ラミレス!

 頭の中で、誰かが自分を呼んでいる。幻聴か、しかしそう判断することは出来ない。そのくらい、彼の思考はまだ目覚めたばかりだった――目覚めた? 俺は死んだんじゃないのか。疑問が湧いて、
そこでようやく、彼は覚醒する。燃え盛るレストラン、敷地内にあった草地に横たわる自分、誰かの叫び声。死んでいない。俺は、まだ生きている。

「ラミレス! 生きているなら返事しろ!」

ハッと、我に返った。暑い。燃えるレストランのすぐ傍にいるのだから、当然だ。炎が間近に迫っているのを見て、身体を起こす。痛い、落ちたのだから当たり前だ。それでも焼け死ぬよりはマシだ
と自分に言い聞かせて、兵士は立ち上がる。今の声は、通信機に飛び込んできた電波に乗ったものだ。おそらく、フォーリー軍曹のものに違いない。

「はい――こちらラミレス」
「無事か! すぐにそこを離れろ、向かい側のハンバーガー屋に来い! いいか、走れ! 竜がすぐそこにいる!」

竜――竜。そうだ、レストランの屋上にいたらあの竜が火の玉を吐いたんだ。直前で飛び降りたから助かったものの、気を失って倒れていたのだ。どれほどの間意識を消失していたのか定かではない
が、おそらくそう長くはあるまい。現に、背後で身の毛もよだつほどに恐怖を感じさせる咆哮が上がっていた。一瞬だけ、振り返る。あの竜だ。管理局が召喚魔法か何かで送り込んできた化け物。歩
兵が一人で相手出来るようなものではない。分隊長は走れ、と言っていたけども、あんなものを見たら嫌でも走って逃げるしかない。
 ラミレスは、駆け出す。草を踏みしめ、レストランの柵を乗り越え、アスファルトの地面に着地。そこからは一切振り返らずに、まっすぐ走った。言われた通りの、大通りの向かい側にあったハン
バーガー屋だ。ブーツが鉛のように重い。一歩を踏みしめる度に、高いところから落ちたダメージが回復しきっていない身体が悲鳴を上げる。それでも走る。生命の危険が、彼の身体を前へ前へと押
し出していた。
 ドンッと、何メートルか後ろで爆風と衝撃があった。運が悪いことに、竜は必死に逃げる哀れな兵士に狙いを定めたのだ。一撃目が外れたのは不幸中の幸いか、それとも奇跡か。二撃目の火の玉が
また背後で着弾。火の粉が舞い散りアスファルトの大地を焼く。うわぁああ、と情けない悲鳴が口から出てしまう。
三撃目が来る――そう思った瞬間、再び衝撃と爆音があった。しかし、ラミレスは違和感を覚える。着弾地点が、えらく遠いような気がした。走る足を止めずに振り返って、結局足を止めてしまう。
竜が、恐ろしい咆哮ではなく、明らかに甲高い悲鳴を上げていた。鱗の一部が完全に吹き飛んでおり、剥き出しになった肉を庇うようにして動きを止めていた。その竜の背中に、煙と雲が入り混じっ
た夕方の空から何かが降り注ぐ。ラミレスには、天から剣が降ってきたようにも見えた。もっとも、剣は突き刺さった瞬間爆発などしないのだが。轟音が鳴り響き、怪物が悲痛な叫びを上げた。舞い
散る赤いものは鱗なのか血なのか、ここからでは検討もつかない。トドメのもう一撃が降ってきて、ようやく彼は自分を救った天空からの剣の正体を知った。対地ミサイル、AGM-114ヘルファイアだ。
 ミサイルを浴びた竜は、最期に断末魔とも呼べないような小さな声で鳴き、そして倒れた。あれほど暴虐の限りを尽くしていた怪物の、あまりにあっけない最期だった。呆然とするラミレスの肩を
誰かが叩いて、ハッと振り返る。黒人兵士、フォーリーだった。手には、何かの遠隔操作端末のようなものを持っている。

「よし、生きてるな。お前がまっすぐ走ったおかげであの竜は動きを止めた。おかげで狙いやすかった」
「……あの、軍曹、それは」
「無人偵察機のプレデター、その操作端末だ。あの上等兵に竜に対抗できる武器はないかと聞いたらこれがあると。部隊が散り散りになったせいで、どこに行ったか分からなかったそうだが」
「それって、俺を囮にしたってことですか?」

フォーリーは、答えない。ポンポン、と労わるように肩を叩いて行ってしまった。その行動が、彼の答えなのだと知った時、ラミレスは思わずため息を吐いた。何だよ、要は囮に使ったんじゃないか。
とは言っても、あのままでは竜に踏み潰されるか燃やされるかのどちらかだっただろう。その事実を知っているだけに、余計に彼のため息は深いものになった。

「ダン、『ラプター』はどうだ?」
「生きてますよ。隣にあったスシ・バーに移動させましたから――お迎えが来たようですぜ」

 どうやら、この地での任務はひとまず終わりらしい。遅れてやってきたハンビーと装甲車からなる車両部隊が大通りに現れ、スーツを着た『ラプター』と一緒にに第七五レンジャー連隊の回収にや
って来た。兵士たちはハンビーに乗り込み、弾の補給と装備の受け取り、そしてわずかばかりの休息を受けた後、再び戦場へ向かう。

「分隊各員、まだ民間人が二〇〇〇人取り残されている地域がある。家族がそこに含まれている奴はツイてるぞ、俺たちが直接助けるんだからな!」

民間人――他ならぬアメリカ国民。彼ら彼女らは誰かの家族であり、そして誰かの友人であり、誰かの恋人でもあった。彼らはみんな、戦場に取り残されている。
今や、合衆国本土が『戦場』なのだ。






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最終更新:2012年02月26日 15:29