MW2_07

――記念すべき初任務が、盗みか。


――人聞きの悪いこと言わんといてや。これは人質解放作戦やで?


――分かってる。しかし、いいのか? 俺たちは魔導師じゃない、兵隊だ。


――しゃあないよ。管理局の施設だけあって、魔力に対する監視網は万全なんやから。


――それで質量兵器投入か。お前さん、結構利用できるものは何でもするというか、その……。


――"狸"って言いたいんやったら、褒め言葉やで?


――分かったよ、狸さん。ギャズ、グリッグ、準備いいか?


――グリッグだ、いつでもいいぜ。


――こちらギャズ、配置に就いた。


――了解。作戦を開始する。








Call of lyrical Modern Warfare 2


第7話 The Hornet's Nest / 奪還作戦 第一段階



SIDE Unknown
四日目 2000
時空管理局 本局 第五港湾地区
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長


 妙なところにまで来てしまったな、とかつての海兵隊員は思う。
 野戦服にサイレンサー付きのM21狙撃銃を両手に持ち、接近戦に陥った場合に備えてMP5Kを肩に引っ掛けている彼の肩に、しかし以前なら縫い付けられていたはずの星条旗はなかった。今のポー
ル・ジャクソンは、アメリカ合衆国の海兵隊員ではない。祖国が異世界からの侵略に蹂躙されているにも関わらず、彼はあえて帰国して戦うことを拒んだ。この戦争には、何かがある。単にアメリ
カと管理局が全面戦争に陥るだけでは済まない、別の何かが。それを知るために、彼は国旗を一度捨てた。
 普段なら停泊中の次元航行艦で賑わう管理局本局のこの港湾地区は、普段の様子が夢であるかのように静かなものだった。停泊中の艦船は大半が出払っており、補給物資を積み込む作業員や損傷
箇所の修理を行う工員の姿もない。積み上げられたコンテナや資材だけが不気味なまでに静かに佇む、無人地帯。いるのはジャクソンだけのようにも思えた。
 否――物陰から物陰へ、飛び込むようにして移動する元海兵隊員は、まだ停泊している艦船が一隻いるのを見つけた。わざわざ双眼鏡で確認することもない。双胴の、SF映画に出てくるような次
元航行艦。確か、事前のブリーフィングによれば名を『アースラ』と言った。"彼女ら"にとって、思い入れのある艦なのだという。今回の目標は、あれだ。
 しかし、とジャクソンはM21を構えて、狙撃スコープで『アースラ』に乗り込むまでの道を確認し、障害が立ち塞がっていることを確認する。艦の入り口には橋がかけられているが、当然見張りが
立っていた。人間ではない。地球への降下作戦で、本局は人員のほとんどをそちらに割いている。彼が見たのは、自動人形だった。

「ジャクソンより各員、情報通りだ。艦への入り口は一つ、見張りが立っている。傀儡兵、これも情報通り二足歩行の小型のやつだ。数は二、同時に倒す必要がある」

 首元のマイクに向けて、同じように港湾地区に侵入しているであろう二人の仲間に通信を送る。その間にも、狙撃スコープから眼は放さない。橋の前に立ち塞がる自動人形――傀儡兵は、魔法で
動くロボットだ。本局の大半を掌握した地球への報復強行派は、人数不足をこうした無人兵器によって補っているのだろう。とは言え、ジャクソンたちにとってはかえって好都合だ。傀儡兵は大型
で火力のあるものだと手強いが、小型のものは並みの歩兵とそう変わらない。魔導師と違って魔法による防壁も展開できないので、こちらの銃弾は充分に通用するだろう。

「ジャクソン、ギャズだ。こちらも目標を確認した。グリッグ、俺が外したら頼む」
「外したら? どうしたイギリス人、自信なさげだな」

 片耳にだけ装備したイヤホンからは、配置に就いている味方の声が電波に乗って飛び交うのが聞こえた。ギャズはイギリス陸軍特殊部隊『SAS』の出身であり、射撃の腕は問題ないはずだ。だから
ジャクソンと同じ海兵隊出身のグリッグから心配されたのだが、深い意味があっての発言ではなかったようだ。

「万が一、さ。お前らアメ公と違って俺は慎重なんだ」
「慎重すぎても失敗するぜ――まぁいい。ジャクソン、お前の発砲が合図だ。やってくれ」

 了解、と短く答えて、ジャクソンはM21を構え直した。腰を落とし、肩のくぼみにしっかりと銃床を当てる。右手はグリップを握り込み、左手は長い銃身を支える。引き金に指をかけて、覗き込ん
だ狙撃スコープの照準を、こちらの存在に気付かないでいる傀儡兵の頭部に合わせる。人間と同じで、そこが彼らのメインコントロールユニットだと聞かされていた。難しく考える必要はない。
 すっと息を吸い込み、呼吸を止めた。呼吸に合わせて上下左右に揺れていた照準が微動だにしなくなり、目標を正確に捉える――引き金を引く。発砲、サイレンサーが響き渡るはずだった銃声と
閃光を掻き消して、七.六二ミリ弾特有の反動のみが銃撃の証明を行う。狙撃スコープの向こうで、傀儡兵は突然見えない何かに殴られたようにしてひっくり返る。もう一機、と照準をずらせば、
残った一機も仲間と同じ運命を辿っていた。クリア、ひとまず障害は排除した。
 M21狙撃銃を右肩に戻したジャクソンは立ち上がり、MP5Kを構えて狙撃ポイントを脱する。小さな黒い銃を抱えるようにして走り、『アースラ』の入り口に繋がる橋へ辿り着いた。先ほど撃ち倒
した傀儡兵は煙を上げて動かなくなっており、彼が近付いても反応しなかった。念のため銃口を向けながら、足で小突いて機能停止を確認。それが済むと、彼は右手でMP5Kを保持したまま、左手で
背後に親指を立ててみせた。途端に、どこからともなく先ほどの通信の相手が出てくる。グリッグ、ギャズの二名。数年前、地球の超国家主義者との戦いで共に死地を脱した戦友たちだ。

「よし、ここから先は発砲に注意だ。『アースラ』の乗組員たちが監禁されている」
「あのクロノって小僧もここにいるのか?」
「それをこれから確かめるのさ」

 そうかい、と質問を送ったグリッグは納得してみせて、カービン銃のM4A1を構えて進む。背後の援護と見張りはギャズがG36Cを構えて行う。装備がバラバラなのは、準備の期間が短すぎて統一の
手間が取れなかったからだ。最悪、傀儡兵の持っている魔導杖を奪って戦うことになるかもしれない。魔力適性は三人とも皆無なので、槍か棍棒のようにする他ないが。
 橋を渡って自動扉を抜けて、艦内へ。情報によれば、乗組員たちは全員が食堂に監禁されているとのことだ。通路を注意深く進み、三人の兵士たちは乗組員の解放に向かう。
 港湾地区がそうであったように、艦内は異様なまでに静かだった。照明と空調は機能しているが、傀儡兵が巡回している様子もない。よほど襲撃の可能性は低いと思われていたのか、それとも罠
か。姿が見えない以上、彼らは進むしかなかった。
 先頭を行くジャクソンが、足を止めた。左手をグーにして上げて、止まれの合図。壁に身を寄せて、目的地の食堂前にまで到達したことを知らせる。眼と身振り手振りだけで彼はグリッグとギャ
ズに配置に就くよう促し、二人はそれに従う。食堂への扉は電子ロックされているようだが、物理的に解除する手段を彼らは用意していた。
 ギャズが、粘土のような物体を持ち出し、扉に押し付ける。信管とコードをセットし、起爆準備完了。粘土はC4爆弾だった。どうせ押しても引いても開かないならば、爆破してしまえと言う魂胆
だった。とは言え、監禁されている乗組員たちまで吹き飛ばしてしまっては意味がない。量は控えめに、扉を爆破できるだけに留めてあった。
 視線を交わす。アイ・コンタクトで意思疎通。突入準備が整った。ジャクソンはギャズにやれ、と合図。彼は頷き、起爆スイッチを押す。直後、轟音と共に弾け飛ぶ扉、舞い上がる煙。悲鳴が食
堂内で聞こえたので、やはりここで間違いない。爆破直後にも関わらず、ジャクソンとグリッグは煙を突っ切って突入する。
 煙の向こうに、敵がいた。床や椅子の陰に伏せる乗組員たちの中で突っ立っている傀儡兵。ゆっくりと、スローモーションのような動きで手にした魔導杖を銃口のようにこちらに突きつけてくる
――動きは、生身の兵士たちの方が上だった。MP5Kの銃口を跳ね上げたジャクソンは、素早く照準を敵に合わせて、短い間隔で引き金を数回引く。軽快な射撃音と共に薬莢が弾け飛び、小口径の弾
丸を一度に何発も浴びた傀儡兵がのけぞり、倒れる。右手に見えていた敵には、すでにグリッグのM4A1が向けられていた。五.五六ミリ弾が放たれ、こちらの傀儡兵も崩れ落ちるようにして倒れ、
撃破された。煙が晴れるまでの一分もない時間のうちに、兵士たちは食堂にいた傀儡兵たちの制圧を完了する。

「オールクリア、上手いぞ」
「ナイスショット、いい腕だぜ」

 短くお互いの腕を褒め合って、ジャクソンとグリッグは銃口を下ろした。爆破担当のギャズも加わって、乗組員たちの救助を行う。彼らはいずれも目隠しされて手足も縛られていたが、負傷した
者はいないようだ。一人一人、拘束を解いてやる。
 乗組員たちのうち一人の解放を行おうとしたジャクソンは、ふと気付く。どこかで見覚えのある女性だった。栗毛色の髪をリボンで束ねた、どことなく姉貴のような雰囲気を持った女性。目隠し
と口を覆っていたテープを引き剥がすと、やっぱりな、と納得した。確か、以前にクロノ・ハラオウンの元を訪ねた際に顔見知りになったことがある。名前を、エイミィと言ったか。

「エイミィ・リミエッタ? 俺が分かるか、ジャクソンだ。クロノの友人。奴はいるか?」
「ええ、分かります――クロノ君は、分からないけど。あの、どうしてここに。いったい何が」
「説明は後だ。動かないでくれ」

顔を合わせるなり疑問の声を上げるエイミィを無視して、ジャクソンはナイフを持ち出した。まったく、魔法の世界だと言うのに拘束方法はなんて原始的なんだ。胸のうちで悪態を吐き捨てながら
彼はナイフで彼女の手足を縛る縄を切り解いた。これで晴れて自由の身、見渡せばギャズもグリッグも他の乗組員たちを皆、解放していた。

「さて、どこから説明しようか――ああ、誤解しないでくれ。俺たちは君たちに危害を加えるつもりはない、本当だ」

 解放されたばかりの『アースラ』乗組員たちは、しかし疲れと疑問が入り混じった表情をしていた。視線が自分たちの銃に向けられていることに気付き、兵士たちは得物から手を離して攻撃の意
思はないことをアピールする。とは言っても、それですぐに信用してくれるはずがなかった。どこからどう見ても、彼らの兵装は地球の質量兵器。管理局と地球、正確にはアメリカだが、とにかく
戦争状態にある相手と思われても仕方ない。

「あーあー、ちょっと。なんでうちらの到着待たんの。こら、ジャクソンさん」

 どうしたものか、とジャクソンが頭を悩ませていると、不意に、独特のイントネーションを持った若い女性の声が響き渡った。振り返れば、見慣れた少女がそこにいた――八神はやて。彼女の姿
を見た時、わっと乗組員たちが湧いた。ようやく信頼できる人に会えたと言う様子だった。先頭に立ったエイミィが、はやての質問の雨を浴びせている。

「はやてちゃん!? 嘘、なんでここに!? クロノくんは? って言うかこの怖い兵隊さんたちは何!? 色々教えてよ、お姉さん分かんないことだらけだから!」
「ちょ、ちょう落ち着いてな、エイミィさん。他の方々も――あー、どこから話そうか。なぁ、ジャクソンさん?」
「おいおい、室長がそんなのじゃ困るぞ」

室長、と言う言葉に、乗組員たちは反応した。今のはやては、何かの要職に就いているのだろうか? 答えは、彼女自身の口から語られることになった。

「ゴホンッ――まぁその、記念すべき初任務やった訳やよ。"機動六課準備室"の、な」








SIDE Task Force141
四日目 1619
ブラジル リオ・デ・ジャネイロ
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


 ここに、一つの動物の群れがあったとしよう。性格は非常に獰猛で、一匹では大したことはないが、ほとんどの場合、彼らは無数とさえ思えるような数で攻め入ってくる。そんな群れの長を捕獲し
たならば、群れの者たちはどんな行動に出るのか? 答えは、至って単純だ。長を奪還すべく、攻め込んでくる。それも、一度に大量に、だ。
 ローチたちTask Force141が直面しているのは、まさしくそういう敵による追撃だった。南米、ブラジルに居城を構える武器商人、アレハンドロ・ロハスは配下にスラム街の一帯を掌握できるほど
の部下を持っており、ロハスを確保するということは、彼らが奪還に乗り出すのは当然のことと言えた。ロハスの確保に至るまで相当な数のギャングを排除したが、それすら氷山の一角に過ぎない。
Task Foroce141は一騎当千の強者揃いであることは間違いないが、ギャングどもはそれを数の暴力によって覆そうというのだ。これに打ち勝つことは出来ない。勝てない相手からは、逃げるしかない。
 ところが、彼らを回収すべきはずの手段は司令部との通信が飛び交い混迷する一方の回線により、完全に消え去ってしまっていた。通信機のスイッチを入れてもほとんど雑音同然の音声しか拾わず
孤立無援、袋の鼠も同然に近い状況だ――"近い"と言うのは、完全に閉じ込められた訳ではないからだ。米軍による正規の脱出法は完全に消えたが、まだ非正規の方法が残っている。

「一人心当たりがある。携帯電話を貸してくれ、どれでもいい」

 指揮官、マクダヴィッシュ大尉が突然妙なことを言い出した。何を考えてるんですか、と胸中に走った疑問はあえて口に出さず、ローチはスラム街の中の一軒、銃撃戦に巻き込まれるのを避けて住
民が逃げ出した無人の家屋に上がりこみ、古い型の携帯電話を探し当てた。そいつを上官に渡すと、マクダヴィッシュは迷いのない動きで番号を押し、電話する。どこにかけているのだろう。

「ああ、ああ、そうだ。今すぐ繋いでくれ――何? 海外通話にはカードがいる? そんなものないぞ。いいから繋げ……出来ない? くそ、ふざけやがって」
「どうしたんです?」
「ゴースト、お前財布持ってるか」

 苛立ちを声と表情で露にするマクダヴィッシュに、副官のゴーストが尋ねてみる。回答は誰もが予想にしなかったものだ。クレジットカードの番号を教えてくれと。しかし、そうそう上手いこと
持ち合わせているものでもなかった。戦場に私物の財布を持ち込んでも意味がない。スラム街にクレジットカードなんてブルジョアめいたものがあるはずもない。

「大尉、俺のでよければ――経費で払ってくれますよね、これ」
「駄目ならシェパード将軍のポケットマネーから払ってもらおう。あー、VISAの……」

 幸い、ただ一人クレジットカードを持ち合わせている者がいた。ミッドチルダ、時空管理局出身のティーダ・ランスター1尉だった。何で持ってるの、とローチが問いかけると、彼は地球で買い物
する時のため、と真顔で言った。おそらく本当であるに違いない。ミッドチルダと地球が正式に交流を持った時、異世界に進出を果たしたのは米軍や各国大使館以外にも、金融業界があった。しかし
特殊作戦に従事する者が、戦場にカードを持ち込むとはいかんせん緊張感が足りないのではないか。そう言いかけて、ローチは口を噤んだ。やめておこう。今はなんであれ、ティーダのカードが役に
立っているのだし。

「お得なプレミアムパック? いらん、早く繋いでくれ……よし、繋がった。ニコライ、久しぶりだな。助けてくれ」

 どうやらマクダヴィッシュの言う"心当たり"と繋がったらしい。これで脱出の手はずは整うだろうか。ふと、ジェットの轟音を耳にして、兵士たちは上を見上げる。リオ・デ・ジャネイロの中でも
比較的標高が高い位置にあるこのスラム街は、空港に向けて着陸する、あるいは離陸する一般の旅客機がよく見えた。いっそあれに飛び乗れたらな、とはゴーストの呟き。飛び乗る、そういえば魔法
使いは飛べるのではないか。

「ティーダ、お前だけでも飛んで逃げたらどうだよ」
「冗談。俺だけ逃げても意味ないだろ?」

それもそうか、とローチは笑った。魔法使いらしからぬ装備をしたこの空戦魔導師は、自分たちと一緒に地面を這いつくばって行くつもりなのだ。





 結論から言うと、ロハスは知っていることを全て喋った。ソープとゴーストが、彼から聞き出したのだ。スラム街を駆け抜けながら、彼らは分隊員に情報を伝達する。

「ロハスが知っていたのは、マカロフの居場所じゃなかった。奴は、マカロフがアメリカと管理局よりもずっと憎んでいる男がいるってことだけを話した」
「今はその情報に頼るしかない。もしそれが本当ならそいつを見つけ出して、マカロフを釣る餌にしよう」

 しかし、聞き出せたのはたったそれだけなのか。誰しもが疑問に思うことだろう。よほどマカロフは、自分の情報を包み隠すことに長けているようだ。直接武器の取引を行った死の商人でさえ、彼
の行方は知らない。ところで、その武器商人はと言えば、虫の息と呼ぶにふさわしい状態で貧民街に放置されたままだった。死んではいないが、自力で動いていけるとは思えなかった。

「大尉、ロハスはどうすんで?」
「地元の警察に譲ってやる。もう通報済みだ」

ティーダからの問いかけに、マクダヴィッシュは足を止めず答える。なるほど、それがいいに違いないと質問者は呟いた。ロハスはギャングたちを束ねる頭領だ。地元警察も逮捕してしまえるならた
だちに動いてくれるだろう。
 問題はここからだ。マクダヴィッシュ大尉が救出用のヘリを呼んでくれたらしいが、回収地点に到達するまでは貧民街を抜けてその先、市場を通り越して広場に向かわねばならない。ヘリが着陸出
来るような地点は、そこしかないのだ。だが、怒り狂ったギャングどもは群がる蜂の如く、異邦人たちの撤退を阻止しに来るだろう。まさしく蜂の巣を突いたかのように。
 Task Force141は指揮官を先頭にして坂を上り、市場へと繋がる道路に出た。そこでローチが目にしたのは、数両の自動車と、武装した集団――まずい、テクニカル(武装車両)だ。荷台に大口径の
機関銃を搭載して、容赦なく撃ってくる。ギャングどもが、彼らの進路を予測して配置したに違いなかった。
 散れ、とマクダヴィッシュの指示が飛んだ。言われるまでもなく、ローチは手近にあったコンクリートの壁に飛び込む。敵が、こちらに気付くのにそう時間はかからなかった。理解不能なくらい早
口でまくし立てられた異国の言葉が走り、すぐに銃撃戦が始まる。彼の身を守る防壁は、しかし防弾に使うにしては少々頼りなかった。現に、ピュンピュンと貫通した小銃弾が身体のすぐ傍を掠めて
飛んで行く。死の恐怖が、ほんの一瞬で命を奪いかねない状況だ。くそ、と罵り、手にしていた短機関銃UMP45を持ち出し、危険を承知で身を乗り出す。短機関銃は威力と射程で小銃に劣る分、反動と重量が軽く、取り回しが良い。素早い照準、捉えた敵を撃つ、撃つ、撃つ。いくらか射撃した後、再び身を潜めてクイックリロード。中途半端に消耗したマガジンのままでは、いざという
時命に関わる。マガジンを銃に差し込み、再び銃撃。ダットサイトの向こうでギャングがあっ、と悲鳴を上げて家屋の屋上から文字通り撃ち落とされるのを確認し、駆け出す。次の障害物まで突っ走
り、身を隠す。少しずつでも前進していかねば。

「うわ、ち、くそっ」

 ドンドンドン、と明らかに自分の持つUMP45や普通の小銃と違う、低く重い銃声が鳴り響いた時、ローチはそれが、自分に向けられているのだと思い知らされた。遮蔽物、それもそこそこに分厚そ
うな家屋の陰に身を寄せたと言うのに、飛び込んできた銃弾は易々と貫通し、彼の周囲に着弾し、跳ね飛ぶ。テクニカルのM2重機関銃の射撃に違いない。口径一二.七ミリ、第二次世界大戦の頃から
ずっと現役である老兵は、しかしその威力にまったく衰えを感じさせない。歩兵などボロ雑巾のように弄んでしまう。苦し紛れにUMP45を右手で壁から突き出し、引き金を引いて照準も何もない滅茶
苦茶な乱射で抵抗を試みる――駄目だ、これは死ぬ! 怒ったように反撃の銃撃を浴びせかけられ、ローチは身を伏せ、縮こまるしかなかった。勝てない。火力で圧倒的に負けているのだ。他の味方
も、状況は似たようなものだろう。ティーダ、と首元のマイクに戦友の名を浴びせて援護を求めようとするが、返事がない。

「車だ、車を撃て!」

 誰の指示だったかは分からない。しかし、片方の耳に突っ込んだイヤホンに誰かの声が入ってきて、藁をも掴む思いで彼は指示に従った。機関銃座が設けられている白い車体のテクニカルに向けて
UMP45を乱射。敵兵たちは激しく撃ち返してきたものの、弾に当たらないことを祈るほかなかった。身を掠め飛ぶ、銃弾と言う名の死神の嵐。訳の分からない雄叫びが聞こえて、それが自分のものだ
と気付いたのは銃が、カチンッと機械的な断末魔を鳴らした時だった。リロードをやろうとして、いきなり後ろから首根っこを引っ張り掴まれ、強引に地面に叩きつけられる。ひっくり返る視界の最
中で彼が見出したのは、鮮やかな橙色をした髪の男。ティーダに、それからその背後で顔を髑髏のムバラクで覆った兵士もいた。これはゴーストだ。大胆にも遮蔽物に隠れようともせず、小銃のACR
をフルオートでぶっ放していた。
 直後、轟音。スラム街に熱風が渦巻いたかと思うと、黒煙と炎が敵のテクニカルを包み、荷台にあった機関銃がひっくり返っていた。慌てて逃げ出す敵兵たちの背中に向けて、今度はティーダの放
った魔力弾が叩き込まれる。彼は命中させる気はないらしく、威嚇射撃に止めていた。どの道、一人や二人撃ち倒したところで意味のない戦力差なのだ。適当に恐怖心を煽って撃たせず引っ込ませた
方が、脱出はやり易くなる。
 テクニカルは、よくよく見れば日本のトヨタ製だった。日本車は高品質だとローチは聞いていたが、エンジン部にあまり多量の銃弾を撃ち込まれても耐えられるほど頑丈ではなかったのだろう。彼
の撃った銃弾と、それからゴーストの放ったACRの銃弾がやがて火災を引き起こし、引火と爆発を発生させたのだ。くそ、日本人はギャング相手にも商売するのか。

「立てるか?」

 ティーダに差し出された手を無視して、ローチは立ち上がる。まだ、回収地点には到達出来ていない。ギャングどもも、これで諦める訳ではないだろう。Task Force141は硝煙と敵の死体で埋もれ
るスラム街を進み、市場へと向かう。






「ティーダ、ケンタッキーは好きか!?」

 案の定、市場に辿り着いた兵士たちと魔法使い一名は、激しいギャングどもの待ち伏せに会っていた。入り組んだ地形は視界を遮り、敵と味方の区別を困難にする。挙句、ここは敵地であり、敵兵
たちは土地勘を持っているのだから質が悪かった。普段はスラム街の中でも比較的活気がありそうな市場は、たちまち銃声と爆音、怒号に染め上げられる。放置された籠に中にいたニワトリたちが、
なんだかずいぶん場違いな感じがした。彼ら、もしくは彼女らはコケーッと悲鳴を上げるばかりで、何も出来ない。
 物陰に隠れて、それでもなお銃撃に晒されるローチは、近くで彼を援護していた魔導師を呼んだ。呼ばれたティーダは拳銃型のデバイスで激しく敵にお返しの魔力弾を叩き込みながら――部隊の中
でも、彼の銃撃は猛威を振るっていた。入り組んだ地形であってもティーダの放つ弾は文字通り魔法で、見えない敵だって追尾する――「あぁ!?」と聞き返す。何を言ってるのか聞こえなかったら
しい。仕方なく、兵士は少し離れたところで銃撃から身を隠すマクダヴィッシュに視線をやった。やれ、と指揮官は手で合図。了解、と口には出さず行動でローチは返事した。手には、手榴弾。

「フライドチキンは!? って言うか鶏肉好きか!?」
「嫌いじゃねぇよ、訳分かんねぇけど!」

 それはよかった、とピンを抜く。一、二、三とカウントした後、ローチは手榴弾を敵がいると思しき方向に投げた。カラン、と一度地面をバウンドして転がった手榴弾は、市場の奥で爆発。一つと
言わずにもう二つ、と同じように手榴弾を投げ込み、爆発、爆発。直後、銃撃が止んだ。入り組んだ地形は爆風のエネルギーを反射させ、その威力を拡散させることなく、敵に死神となって襲い掛か
ったのだ。市場に展開するギャングたちは、味方だと思っていた地形により敗北を喫したことになる。
 ところで、何故ローチがフライドチキンは好きか、とティーダに訊ねた理由であるが、哀れにも爆風に巻き込まれたニワトリたちが市場には多数存在した。可哀想に、戦争に巻き込まれてしまった
ばっかりに。次に生まれてくる時は、今度こそ美味しいチキンになるといい。

「カーネル・サンダースが泣いてるぞ。泣きすぎて川に投身自殺するんじゃないか、これ」
「ああ、十年ぐらいしたら上半身が出てくるさ」

 さらば、ニワトリたちよ。君の犠牲は無駄にしない。ゴーストとマクダヴィッシュが短い追悼の言葉を送って、Task Force141は市場を抜けた。ようやく回収地点、ヘリが着陸できそうな広い平地
が見えてきた。と、その時、碧空の向こうからバタバタとローター音を鳴らしてやって来るヘリが見えた。ギャングどもが攻撃ヘリなど持っているはずもないから、おそらくマクダヴィッシュが呼ん
だ救援のヘリだろう。その証拠に、指揮官は通信機でヘリと交信している。

「ニコライ、あと二〇秒で到着する。そっちも準備しててくれ!」
「友よ、それでは遅すぎるかもしれんぞ。上から見えるが、民兵どもがどんどん集まってきてる」

 オープンにしていた通信回線に、ロシア訛りの強い英語が入ってきた。マクダヴィッシュがニコライと呼んだ、ヘリのパイロットのものらしい。ここまで来て、敵はまだ諦めないのだ。よほど主君
を奪われた憎しみは深かったのか、それとも単に血に飢えているのか。どちらにせよ、言えることは一つだ。逃げなきゃ、やばい。
 家屋を抜けて近道し、ついに回収地点に辿り着く。頭上には、ヘリが待機していた。吹き付ける風、うるさいくらいのローター音がかえって頼もしい。ニコライのMH-53ペイブロウ大型輸送ヘリ。
米空軍で使用されている機体だが、国籍標識がないのを見るに、ひょっとしたら自家用機かもしれなかった――軍用の大型ヘリを自家用機? 乗ってるのはなんてブルジョアな奴なんだ。スラム街を
歩いたら金目のものを引っ手繰られるぞ。
 ローチの思いは、現実のものになってしまった。ヘリとTask Force141が遭遇するなり、辺りからわらわらと銃を持ったギャングたちが押し寄せてきた。敵は直感的にMH-53を敵とみなし、激しい銃
撃を浴びせる。もちろん、歩兵用の小火器で簡単に落ちるほどニコライのヘリは脆いものではないが、こんな状況下で回収など出来るはずがない。

「駄目だ、攻撃が激しすぎる。着陸出来ない!」
「ニコライ、離脱しろ! 予備の回収地点に行ってくれ!」
「そうするよ、幸運を!」

 やむを得ず、部隊はこの場での回収を諦めた。マクダヴィッシュを先頭に、Task Force141はギャングの攻撃を跳ね除けながら、家屋の屋根へ昇る。スラム街の屋根は繋がっていると言ってもいい
ほどの密集しており、ほとんど平地と変わらないからだ。もちろん、敵の脅威が及ばない地点にまで移動せねばならないが。

「大尉、あのロシア人は信用できるんですか!? 逃げたってことはないでしょうね!?」
「ゴースト、無駄口叩く余裕はない!」
「くそ、了解です!」

 ローチは、なんとなく嫌な予感がしていた。屋根に昇るが、回収地点はまだ先だ。文字通り屋根伝いに目標に向かって精一杯の駆け足で向かうが、スラム街の屋根はそう頑丈なものではない。足を
踏みつける度にギシッと軋む音がして、屈強な兵士たちが何人も同じ屋根の上を走り抜けていく。慎重に、などと言ってられる余裕もないが、それでも足が竦んでしまう。急げよ、と空は飛べるはず
なのに最後まで徒歩で行くことになったティーダが背中を押してくれなければ、彼は一人置いていかれたかもしれない。

「戦友、上から見てるとスラム街全体がそっちを殺しにかかってるようだぞ。何か悪いことしただろ、動物殺したりとか」
「つまらんことを言ってる余裕があるなら離脱の準備をしろ! だいたいニワトリ殺したのは俺じゃない!」

 そんな、大尉。俺が責任取るんですか。馬鹿なことを考えながら、跳ぶ、着地、走るを繰り返す。ヘリはもう目の前のところに来ていた。あと少しで――悪い予感が当たった。屋根が、途中で途切
れていたのだ。しかし今更躊躇は出来ない。部隊は皆、思い切り飛んで乗り越えていく。
 ローチは、と言うと屋根が途切れる直前で踏み込み、一気にジャンプ。先に飛んだ――彼の場合は本当に飛んでいた。もう徒歩で援護する必要がない――ティーダの後を追う。だが、失速。踏み込
みが足りなかったか、それとも見えざる神の手が彼を跳ばせまいと足を引っ張ったか。ともかくも、ローチは向こう側に着地出来なかった。ギリギリのところで縁には掴まったものの、重力が彼を地
面に引きずり落とそうとズルズル引っ張っていく。うわわわ、と情けない悲鳴が上がった。
 誰かが、自分のコールサインを呼んだ。ハッと見上げれば、先頭を進んでいたはずのマクダヴィッシュが、目の前にいた。彼は、手を差し伸べる。雪山でそうしたように。ローチも、彼の手を掴も
うとしていた――届かない。差し出された手が、差し出した手がどちらもあと数センチのところで空を切り、そのままローチは、地面へと落ちてしまった。






 頭の中で、鐘が鳴り響いている。それが命の危険が迫っていることを知らせる生存本能の警鐘だったのか、それとも彼を呼ぶ声だったのかは判別できない。おそらくどちらも正解だろう。ほんの数
十秒か数分か、ローチは気を失っていた。通信機には、ずっと彼を呼ぶマクダビッシュの声が響いている。ようやく我に返って、落下したのだと自分の状況を認識する。
 ふらつく足取りで、どうにか立ち上がる。そうだ、逃げなければ。民家の壁に手を当てて支えにすると、屋根の上で誰かが騒いでいた。民間人かと思ったが、銃を手にしている――やっと、意識が
はっきりしてきた。あれは、ギャングたちだ。こちらを指差して、何か言っている。まずい、見つかった!

「ローチ、逃げろ!」

 マクダヴィッシュの声。言われずとも、彼は駆け出していた。偶然扉が開いていた民家の一つに突っ込む。直後、激しい銃撃が逃げ込んだ家屋の窓ガラスを木っ端微塵に叩き割った。飛び込んでき
た銃弾が家電製品を傷つけ、火花を散らす。敵はもう間近に迫っている。
 とにかく逃げた。飛び込んだ家屋に裏口があったのは、この上ない幸運だった。銃は落下した時に手放したらしく、今の彼は丸腰に近い状態だったが、かえって好都合だったかもしれない。身軽に
なった身体は、墜落の衝撃などなかったように軽く、障害物を乗り越えていくのに最適だった。とは言え、危機感は消えない。走り抜けていく兵士のすぐ後ろを、死神が通り抜けていった。銃弾が真
後ろに着弾しているのだ。所詮訓練されていないギャングの射撃は上手いものではないが、恐怖心を煽るには充分過ぎる。
 裏口を抜けて細い路地を銃撃に晒されながら逃げて、やっと屋根に辿り着く。滅茶苦茶に逃げ回っていたのだから、凄い偶然だ。ヘリが上空を通過していって、ニコライのMH-53が迎えに来てくれた
ことに気付く。あれを逃がしたら、今度こそ終わりだ。踏み越え、乗り越え、駆け出し、走り、跳び、ついにヘリが目前に迫る。家屋を抜けて、柵の一つもないベランダから跳び込む。キャビンから
下ろされていた縄梯子に手を伸ばす――また届かない。畜生、俺は呪われてるのか。神よ、俺にここで死ねと!?
伸ばした手を、誰かが掴む。ティーダだった。空戦魔導師が、ヘリに併走する形で空を飛び、ローチを救出したのだ。

「神が許さなくても俺が許すってね――大丈夫か、落ちるなよ」
「言われなくてももう落ちたくねぇよ」

眼下は大西洋に繋がる海、ここで落ちたら今度こそ死んでしまう。必死にティーダの手を掴んで、ローチは早くヘリに入れてくれ、と悲鳴に近い声で訴えた。

「友よ、どこに行けばいい?」
「潜水艦だ」

 一方、MH-53のコクピットではホッとした様子のマクダヴィッシュが、パイロットのニコライに行き先を伝えていた。
死地から脱したTask Force141には、しかしまだやるべきことが残っている。マカロフが唯一アメリカよりも憎む『囚人627号』を探さなければならない。






タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年05月06日 18:43