MW2_10

SIDE 時空管理局 機動六課準備室
五日目 1103
第四一管理世界"キャスノー"
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長


 雪を踏みしめ、前を向いて歩く。単純な動作の繰り返し。それでも、吹き付けてくる風と雪は彼らの身体から体温と体力を奪っていった。鍛えられた兵士であるからこそ、まだ何とか耐えられて
いるのだ。常人であればあっという間に音を上げ、動けなくなって死を待つばかりだったことだろう。
 防寒具と野戦服で身を包んでいたジャクソンは、背後を振り返る。仲間を置き去りにしないよう、時折後ろを確認するようにしていた。大丈夫、二人ともついて来ている。ギャズもグリッグも特
に遅れている様子もなかった。顔についていた雪とも氷とも言える冷たい物体を叩いて落とし、彼はもう少しだ、と後方の仲間に腕を振って合図した。
 何も、彼らは厳しい冬山で登山を行っている訳ではない。否、登山と言えば登山なのだが、目的は頂上に昇って達成感を味わうことではなかった。登山は目的地に辿り着くための手段に過ぎない。
それは、手に持つカービン銃が証明していた。登山が目的であれば、必要ないものだ。M4A1と言う。米軍が正式採用しているもので、ジャクソンの持つそれにはダットサイトとフォアグリップ、さ
らにサイレンサーも装備してあった。誰を撃つのか? 敵を撃つのだ。何のために? 救出のために。
 どれほど斜面を登っていたかも忘れかけた頃になって、ふと、ジャクソンは吹雪いて白く染まりがちな視界の奥に、何かを見出した。赤い光が、点いたり消えたりしている。間違いない、と彼は
思った。明らかな人工物、目標だ。背後の仲間に向けて振り返り、見えたぞ、と合図。後方を追従していた二人の兵士は顔を見合わせ、ペースを上げた。
 二人を待つ間、ジャクソンは一旦腰を下ろして、双眼鏡を持ち出す。肉眼で目視した人工物の方向をレンズ越しに改めて見れば、思いは確信に変わる。パラボナ・アンテナを掲げた施設、雪山の
ど真ん中にある。ここからではそれだけでも巨大に見えるが、双眼鏡が捉えた先には、さらに奥にも建造物が立ち並んでいる。ヘリポートらしい広場もあった。人影はまったく見えないが、この吹
雪と寒さだ。特に用事もないなら、好き好んで外に出るはずもない。

「ジャクソン、どうだ」

 傍らにやって来たギャズに、双眼鏡を譲る。同じものを視認した彼は「あれだな」とジャクソンの確信にまったく誤りがないことを確認する。一方、同じくやって来たグリッグはいささか疲れた
模様。どうした、と批判気味な眼で見れば、黒人兵士がM240軽機関銃を杖のようにして雪の上に腰を下ろす。

「くそったれ、たまんねぇよ。寒すぎるぜ、尻が冷たい」
「ビールは冷えてる方がいいんだろ?」
「冷えすぎだ馬鹿。胃袋凍ったら飲めなくなるだろ」

 それもそうか、と頷く。もっともビールを飲めるかは、ここから生きて帰れたらの話だが。いや、そもそも『アースラ』にビールなんてあっただろうか? まぁいい。帰ったら確かめよう。思考
を中断し、立てよ、とジャクソンは古い付き合いの戦友に促す。へいへい、と応じる程度にはまだ余裕が残っているらしい。疲れた表情は見せかけだろう。
 ずるっ、と立ち上がりかけたグリッグが足を滑らせた。運悪く、彼が踏ん張った場所は先にジャクソンやギャズが歩いて踏み固められていた。それだけなら転んで終わりだったのだが、彼はます
ます運が悪い。あろうことか、斜面をそのまま滑っていってしまった。グリッグ! 咄嗟に手を伸ばしても届くはずがなく、よりによって黒人兵士は目標の人工物の方角に向けて滑り落ちていった。

「いきなりトラブル発生かよ、先が思いやられるな」
「あいつ、ミサイルの発射を止める時も自分だけ別の場所に落ちたよな……」

 顔を見合わせ、元SAS隊員と元海兵隊員はため息を吐く。昔話もそこそこに、彼らも斜面を滑って降りることにした。滑り落ちたグリッグが、施設の警戒ラインに見つかっていないことを祈りな
がら。ここで見つかってしまっては、全てが始める前に終わってしまう。
 氷と雪、風と永久凍土が大半を占めるこの世界で、ひっそりと作戦は開始された。





Call of lyrical Modern Warfare 2


第10話 The Gulag / 脱出 前編


SIDE Task Force141
五日目 0742
ロシア ペトロパブロフスクの東40マイル
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


 雪と風、寒さに晒されているという点ではこちらもまったく同じだった。図らずも、両者の目的は『重要人物を救出する』と言う点においても一致していた。
 もっとも、それを今のローチが知る由はない。異世界の出来事など、今の彼にはどの道無関心なものだった。何より寒い。どうして輸送ヘリがこれなんだ、と悪態を吐き捨てたい。
 Task Force141は、超国家主義者たちが石油採掘リグを占拠して設置した対空ミサイルの無力化に成功した。現在は南米で得られた「マカロフは囚人627号と言う人物を憎み、また恐れている」と
言う情報を元に、ロシアの強制収容所に向かっている。例の囚人は、その施設に収監されているとのことだ。ロシア政府に釈放するよう求めたが、事前にこちらの狙いを察知した超国家主義者たち
は収容所を先に抑えている。任務は彼らを排除し、囚人627号を救出すること。
 それにしても――しつこいくらいに、ローチは思う。寒い。彼を乗せたOH-6は本来観測や偵察に用いられる小型ヘリであり、一応人員も乗せることは出来るが、コクピットのすぐ横、つまり外に
座席を搭載してほとんど無理やり乗せているようなものだ。外気に晒される故、寒さは風を纏って襲ってくる。早く目的地に着いてくれ、と願わずにはいられない。

《ホーネット2-1、こちらジェスター1-1だ。支援に来た。対地ミサイルで武装している》
《コピー。ジェスター1-1、目標は正面の監視塔だ。やっちまえ》

 おや、とローチははるか向こう、大空の彼方より何かが近付いてくるのに気付く。頭のすぐ上にあるローター音でこれまで聞こえなかったが、よく耳に神経を集中してみれば、何かが聞こえる。
遠雷のような轟き、雷? それにしては空は、悪天候とは言っても雷が落ちてくるようなものでもない。音の方向に注視していれば、何者であったのかすぐに理解できた。米海軍航空隊の戦闘機だ。
機種はF-15N、空軍の名戦闘機F-15を海軍向けに仕立て直したものだ。
 海軍ってF-14とかF/A-18じゃなかったっけ――疑問をよそに、二機の鋼鉄の翼は編隊を組み、Task Force141を乗せたOH-6編隊のすぐ真下を飛び去っていく。この作戦は、Task Force141の指揮官
であるシェパード将軍からの要請を受けた海軍の支援も加わっているのだ。彼らは先行し、進路上に存在する邪魔な敵を蹴散らすことを主な任務としていた。
 二機のF-15Nは、胴体下に抱えていたミサイルを発射。直後、ドッとアフターバーナーを点火させて加速し、左に急旋回して離脱していく。鮮やかなものだ、とローチはパイロットたちの操縦を褒
め讃える。出来ることなら、俺もあっちがよかった。戦闘機のコクピットは与圧が効いて、きっと暖かいだろう。さすがに旅客機のようにコーヒーは出ないだろうが。
 発射母機が離脱に入った後も、ミサイルはまっすぐ目標に向かって突き進んでいた。狙いは、凍りつきがちな北の海に突き出るようにして浮かぶ岬、そこにあった灯台。対空砲もあったのだろう。
ミサイルは目標には直撃せず、岬の方に命中した。それでよかった。爆風と衝撃を受けた大地は根元から崩れ始めて、冷たい海水が灯台も対空砲も呑み込んでいく。あそこにいた敵兵たちは、きっ
と何が起こったのか分からぬまま死んだことだろう。

《ホーネット2-1、進入経路クリア。幸運を》
《了解、支援に感謝する》

 OH-6のパイロットは二機のF-15Nに礼を言い、崩れ落ちた岬の上空を通過。最終的な着陸地点である、強制収容所へ向かう。
 準備しろ、と隣に座っていたマクダヴィッシュ大尉の指示。言われるがままにローチは機内に積んであったM14EBR狙撃銃を持ち出し、弾丸装填。
 雲を突き抜け、海を越えて、ついに強制収容所が彼らの視界に入る。収容所、と言うよりはまるで城だった。これより我々は攻城戦を開始する、とでも言われた方が納得できそうだ。事実、そこ
はかつて城だった。頑丈な城壁と、本物の地下牢を持っていた歴史ある建造物で――ろくな歴史ではないな、とはマクダヴィッシュの言葉だ――幾度も冬を乗り越えてきた。ロシアの歴史を、この
雪と寒さの世界からじっと眺めていたに違いない。現在では、何度も述べるように強制収容所となっているが。何故ここが収容所となったのかは分からない。地下牢があるから、と言う理由はもっ
ともらしくはあるが、そこまでする意味は何なのか。"囚人627号"とやらは、それほどの凶悪犯罪者なのだろうか。マカロフにとって憎むべき敵であり、ロシア政府にとっても凶悪な犯罪者?
 思考中断。ローチは目を見張った。彼らを乗せたOH-6は城の上空に到達したが、待っていたのは古城の見張りの塔を活用した対空陣地だった。古めかしい塔の上に、現代兵器である対空ミサイル
が配置されている。なんてアンバランスな、と思うが、幸いだったのはどのミサイルサイトも、まだブルーのシートがかけられていたことだ。すなわち、敵は準備不足と言うことだ。

「安定させろ、ミサイルの操作員をやる」
「了解した」

 マクダヴィッシュが、ヘリのパイロットに告げる。OH-6は塔の上空でホバリングに移行し、彼らに安定した射撃の土台を提供する。安定とは言っても、ふらふらと揺れてはいたが。その間にも、突
然の敵機襲来に驚いた超国家主義者たちが続々と姿を見せ、対空ミサイルにかけられていたシートを引き剥がしていた。
 ローチは、揺れる座席の上でM14EBRを構える。狙撃スコープの向こうに敵兵を捉えた瞬間、引き金を引く。銃声と、肩に押し当てていた銃床に伝わる反動。薬莢が飛び出し、ミサイルの発射準備
を行っていた敵兵はひっくり返って動かなくなった。他の者はミサイルを諦めて小火器での抵抗を試みようとするが、マクダヴィッシュの狙撃がそれすら許さない。一発、二発と銃声と共に放たれ
る正確な射撃が、塔の敵を次々と撃ち倒していった。
 一つ目の塔を制圧し、二つ目へ。こちらは攻撃が後回しになったせいで、ミサイルの射撃準備も進んでいた。まだロックオンはされていないものの、天を睨む槍は小賢しくも目の前でホバリング
飛行を行うハエを叩き落とさんと、ゆっくりと回転を始めて――直後、どこからか矢のような物体が塔に突っ込むのが見えた。爆発、対空ミサイルは塔もろとも木っ端微塵に吹き飛ばされる。海軍
の支援攻撃、あのF-15Nの編隊の仕業に違いなかった。
 突然、機体がガッと揺れた。まるで大波に晒された小船のように、強烈な横風を浴びてしまった。高鳴る警報、パイロットは操縦桿を必死に操り、何とか機を立て直す。何だいったい、と顔を上
げれば、飛び去っていく機影が見えた。間違いない、F-15だ。

「シェパード将軍、海軍に攻撃をやめろと言ってやってください! 今のは危なかった!」
「努力しよう、マクダヴィッシュ大尉。しかし、連中は我々ほど例の囚人に価値を感じていないようだ」

 マクダヴィッシュは怒りの矛先を、後方で指揮に当たっているシェパード将軍に向けた。海軍に支援を要請したのは彼だった。ところが、返ってきた通信はあまり期待出来ない。本土を時空管理
局に蹂躙されている米海軍にとってみれば、Task Force141への支援は本来後回しか無視してしまうべき代物なのかもしれない。

「アメ公め。いい奴らだと思ってたんですがね!」
「ゴースト、お喋りはその辺にしておけ。聞かれるぞ」

 副官ゴーストの怒りはもっともだが、あまり不満を漏らしていては支援の戦闘機は帰ってしまうかもしれない。まさかあのミサイルが今度はこっちに向けて撃たれるとは思わないが。ともかくも
支援は必要だった。対空ミサイルはまだ破壊し尽くされてはいない。
 空からの銃撃と、ミサイルによる攻撃はしばらく続けられた。敵軍の対空砲火がいい加減やる気を無くし始めたところで、ようやくTask Force141は大地へと着陸を果たす。OH-6によるガンポッド
掃射の支援は続けられるが――ヘリの座席から降りて、地に足を着けたローチは銃を持ち換える。M4A1。この程度で、敵が引っ込むとは思えない。空からでは制圧し切れなかった奴らが、まだ城の
奥に潜んでいるはずだ。

「GO! GO! GO!」

 マクダヴィッシュを先頭に、隊は前進を開始。目標は城のどこかにいると思われる、囚人627号の奪取。





SIDE 時空管理局 機動六課準備室
五日目 1110
第四一管理世界"キャスノー"
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長


 シャーベットのようになった雪の斜面を滑って、ジャクソンとギャズは先に滑り落ちてしまったグリッグを追う。敵に見つかっていないかが心配だったが、幸いにも天候は彼らの味方となってい
た。深い霧が出始めていたのだ。五メートル先の人影だって見分けがつかないほどの白い壁が、侵入者たちの姿を覆い隠してくれる。

「いきなり酷い目にあったぜ、あぁ畜生」
「死んでないだけマシだな」

 下った先で、グリッグと合流。どの道この斜面は滑って降りる予定であったからいいのだが。手を差し伸べて助け起こし、その段階でジャクソンはハッと顔を上げ、身構えた。霧の向こうに、誰
かいる。無言でグリッグにそれを伝えて、後ろのギャズにも同様のことを伝えた。彼らはそれぞれ頷き、各々銃を構えて霧の向こうの影に注視する。
 いきなり銃撃戦は避けたいが――雪で覆われた真っ白な地面に伏せて、M4A1を構える。やるなら先に撃った方がいい。しかし、こいつは何だ? 人のようにも見えるが、もしかしたら野生生物では
ないのだろうか。この世界にそんなものはいただろうか。ブリーフィングでは言っていなかったが。
 影が、こちらの存在に気付いた様子はない。ゆっくりと歩き、近付いてくる。霧の壁もいよいよ薄くなる距離になって顔の識別が出来るようになった頃、ジャクソンは即座にM4A1の銃口を敵に向
け、引き金を引いた。サイレンサーが銃声を掻き消し、放たれた弾丸はそれでも殺傷能力を維持したままに標的を貫く。
 彼が撃ったのは、二足歩行のロボットだった。傀儡兵と呼ばれる魔法技術で開発された兵器の一種。おそらくはグリッグの姿を霧の奥から見つけて、しかしそのままでは識別できなかったために
近付いて来たのだろう。頭が弱点なのは人間と同じで、五.五六ミリ弾一発で沈黙してしまう。地面を覆う雪のおかげで、倒れた時の機械音も響かなかった。
 ほっと息をつくのも束の間、"死体"がここにあってはまずい。グリッグが手早く傀儡兵を引きずって、適当に雪をかけてカモフラージュした。近寄れば分かるが、遠目に見れば盛り上がった岩に
しか見えない、と思いたい。どの道時間をかける訳にもいかなかった。目的は死体の隠蔽ではない、クロノの救出だ。

「あのパラボナ・アンテナが最初の目標だな」

 確認するようなギャズの言葉に、ジャクソンはそうだ、と肯定で返す。あれを止めなければ、今度は俺たちも一緒にこの収容施設に放り込まれてしまうだろう。ミイラ取りがミイラに、だ。
 施設の中でも特に大きな存在感を持つアンテナは、この収容施設の眼とも言うべき存在だった。早い話が、レーダーだ。それも魔力には機敏に反応してみせる高性能な代物で、彼らが属する機動
六課準備室の主要メンバーたちでは――室長の八神はやてを筆頭に、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、四人の守護騎士たち――あっという間に見つかってしまう。彼女らの魔法をもってすれ
ば強引に力技で突破するのも可能ではあろうが、その時救出対象であるクロノの身の安全はどうなるか。最悪、奪取されるくらいならと殺されてしまうかもしれない。
 そこで、ジャクソンたちの出番だった。魔力資質をまったく有しない地球の兵士たちが先行して施設に潜入し、レーダーを停止させる。これで六課の主要メンバーたちは接近することが可能にな
るはずだ。戦闘能力に優れる彼女らが派手に暴れて敵の注意を引き付け、その隙にクロノを見つけ出し、救出する。いざとなれば場当たり的な対応(プランB)もあり得るが、とにかく今は決めた手筈
の通りに進めていくべきだろう。
 施設の外柵に辿り着いた彼らは、まずは周囲に監視の目がないか確認。とりあえず今は誰も見ていないのを確認すると、ジャクソンとグリッグは周辺警戒。柵を破るのはギャズの役目だ。SAS出身
の彼は、潜入任務や敵地内の偵察に就いていたこともある。適材適所、今は彼に任せよう。
 外柵は敵の侵入を防ぐのが目的であるに違いないが、ただ柵を設けているはずもない。見たところ電流は流れていないようだが、よく眼を光らせれば、細い銅線が引っ張ってあるのが分かる。柵
を破ったり乗り越えても、銅線の存在に気付かず足を踏み入れれば間違いなく引っ掛けて警報が鳴る。そうならないよう、ギャズはあらかじめ銅線をジャンパーさせて、ニッパーで切った。これで
侵入は悟られない。柵もいつかのミサイル発射阻止の際にやったように、液体窒素の入ったスプレー缶で凍結させ、引っ張って破った。ちょうど人一人が腰を屈めて入れるくらいの大きさの穴が出
来上がり、彼のOKのサインでジャクソンたちは施設内に入る。
 壁から壁へ、物陰から物陰へ。派手に暴れて突き進む方が、案外簡単だったかもしれない。しかし彼らの任務は潜入であり、例え目の前に敵がいようと触れず触らず見つからず、極力無視して進
んでいく。
 その時、先頭を行くジャクソンは動きを止めた。背後の味方に対して左手を握りこぶしにして見せて、停止の合図。パラボナ・アンテナは頭上にあり、彼らはその根元に来ていた。アンテナと併
設されているコンクリートの建物を見つけ、そこから太いケーブルが何本も伸びているのを確認。ここだ、レーダーの制御室。扉はあるが、氷で閉ざされたようにして開く様子はない。よくよく目
を凝らせば、扉のすぐ傍に赤いランプがあった。おそらく、扉の開閉を制御しているのだろう。
 ギャズ、と声に出さずにトラップ解除の専門家を手招きし、扉を指さす。「開けられるか?」と目で訴えるが、ギャズは首を横に振った。電子ロックされており、開けるにはパスコードが必要だ。
代わりに彼は、自身の愛用小銃であるG36Cを掲げて、第二案を提案。しかし今度はジャクソンが首を振る。要するに、電子ロックを銃弾でぶち壊す。いくらサイレンサーがあるとは言っても、破壊
すれば敵を呼ぶ可能性がある。
 じゃあどうする、とグリッグが無言の会話に横から割り込む。止まっていてはいずれ敵が来るかもしれない。ノックでもするか? と彼は提案するが、無論本気ではなかった。
 雪の白と寒さが全てを支配する空間で、彼らはやむを得ないか、と電子ロックの破壊を真面目に考え出したところで、天佑が舞い降りた。何の用事があったかは定かでないが、突然、閉ざされてい
た制御室への扉がピ、と電子音を鳴らして開かれたのだ。ガチャリ、と開かれた扉の奥から、管理局の武装隊の兵装をした男が出てくる――ロボットではない。監視用の傀儡兵ではなく、生きた人間
だ。

――八神、確認するぞ。潜入した先で、もし強硬派の″人間″と遭遇した場合は……。

――射殺を許可する。施設を警備する者はどの道犯罪者にも近い傭兵ばかりや。

 脳裏に、出発直前のブリーフィングではやてと交わした会話がジャクソンの脳裏をよぎる。目の前の男はこちらに気付いた様子もなく、寒さに顔をしかめながら懐より煙草の箱を持ち出していた。
もし、ここで射殺すれば扉には難なく入れる。眼前に捉えた武装隊らしい男も、情報通りなら傭兵であって正規の局員ではない。彼らの多くは犯罪に、もしくは犯罪スレスレの行為に手を染めてお
り、こんな状況でなければ刑務所行きのような奴らばかりだという。
 しかし、人間だぞ。俺が引き金を引けば、奴は死ぬ。射殺許可を出した、八神の名の元に。俺はあの少女の手を、間接的にでも血に染めることになる――自分自身は、どうでもよかった。ジャク
ソンは元より兵士であり、実戦を何度も潜り抜けてきた。戦争とはいえ、とっくに殺人という境界線は超えている。だが、はやては違う。あの少女は、本来なら家族を持った優しい女の子のはずだ。
 鈍る決断、焦る思考。それらを瞬時に蹴散らし、彼に行動を起こさせたのは、生存本能だった。武装隊の男が何気なくこちらに振り返り、そしてあっ、と声を上げていた。煙草の箱を投げ捨て、
制御室の扉の奥に消えようとする――直前、ジャクソンは走った。武装隊の男に体当たりをかまし、彼を転倒させたのだ。苦痛と驚きで表情を歪める男は、転んだ姿勢のままで肩から下げていたス
トレージデバイス、武装隊の標準装備である武器を取り出そうとする。咄嗟にジャクソンの足が男の腕を踏みつけてそれを阻止し、サイレンサーが装着されたM4A1を構える。迷うことなく引き金を
引き、一発。薬莢が弾けて飛んで、放たれた銃弾で頭を撃ち抜かれた武装隊の男は死亡した。
 やっちまったな――元海兵隊員の胸に、感情がよぎる。今更後悔などはしなかった。ただ、目の前の事実に彼は、どうしようもない虚無感を覚えた。俺は結局、兵士でしかない。

「ジャクソン?」
「――行こう。制御室はたぶん、すぐそこだ。死体を隠して進む」

 後にしよう、とギャズの声を聞いて、彼は元の思考に切り替えた。ぐずぐずしていては、作戦に支障が出てしまう。
 彼の言うとおり、レーダーの制御室はもうすぐそこにあった。





SIDE 時空管理局 機動六課準備室
五日目 1135
第四一管理世界"キャスノー" 衛星軌道上 次元航行艦"アースラ″
八神はやて三等陸佐


≪"鳥″より"鳥籠"、応答されたし≫
「来たよ、はやてちゃん!」

 雪と氷の星の衛星軌道上で待機する次元航行艦"アースラ"の艦橋で、主任オペレーターのエイミィ・リミエッタの声が飛ぶ。待ち望んでいた潜入部隊からの通信が、ようやく飛び込んできたのだ。
 スピーカーに、とただちに通信に応じる構えを見せたのは、八神はやて。機動六課準備室の室長であり、現在の"アースラ"の実質的な指揮官だった。
 "鳥"とは第四一管理世界"キャスノー"の監獄に放たれた潜入部隊、ジャクソン、グリッグ、ギャズからなる三人の兵士たちのコールサインだ。"鳥籠"とは無論、母艦である"アースラ"を示す。ジャ
クソンたちがこのコールサインを使用して無線封鎖を解除し、通信を送ってきたということは、彼女らにとって目の上のコブに等しい収容施設のレーダーを無力化に成功したという意味である。つま
り、クロノ・ハラオウン提督の奪還作戦はまず第一段階が成功したということだ。にも関わらず、はやてはどことなく、スピーカーに切り替えて聞こえてくるジャクソンの声がどこか、暗く気落ちし
たもののように感じた。

「こちら"鳥籠"――レーダーの無力化に成功したんやな、ジャクソンさん?」
≪その通りだ。今、レーダーの制御室にいる。奴ら、通信波の探知もここで行っていたらしい。今、ギャズがレーダーと合わせてそっちの電源もシャットダウンさせている≫
「よーし、ひとまずは第一段階クリアやな。何か問題は? あるんやろ、その様子やと」

 スピーカーが、一瞬の沈黙。躊躇うような間を見せた後に、ジャクソンの声がいかにも言い辛そうな雰囲気を持って艦橋に響き始めた。

≪……すまん、八神。すでに数名、射殺した。正規の局員ではないようだ、グリッグが調べたがみんなIDカードを持っていない。情報通り傭兵だな≫
「そう、か…」
≪なぁ、八神のお嬢ちゃん。ジャクソンを責めないでやってくれ≫

 いきなり、割り込む形でスピーカーにジャクソン以外の声が響いてきた。この声はグリッグだ。

≪こいつの判断は間違っていなかった。制御室に侵入する時も、中の奴らを排除する時も、射殺しなきゃ俺たちがやられていたんだ≫
「あぁ、分かっとるよ。そもそも、射殺許可を出したのは私や。何も問題はない」
≪……八神、本当か?≫

 ジャクソンの声が、疑問に染まっていた。あいにく潜入部隊は誰も魔力適性を持っていないため、いわゆる念話によるモニターを介しての通信は出来ず、音声のみとなっている。だからこそ、魔力
反応を探知するレーダーに捕まらない地球の兵士たちが潜入部隊として選ばれた。しかし、きっと通信機の向こうで彼の表情は、声と同じく疑問の二文字で染め上っていたことだろう。
 はやては、問いかけに対し、特に躊躇も見せずに答えた。「本当や」と、ただそれだけ。その一言が、より一層兵士の持つ疑問を大きくさせるのを承知の上で。

≪撃ったのは俺だ。俺たちは兵士だ、今更敵の兵士を撃つことに躊躇いはない。けど、君はどうなんだ? 射殺許可を出した君は≫
「哲学の問題なら後にしてや、ジャクソンさん」
≪答えてくれ。任務に集中できなくなる。俺は、君の下した射殺許可の下に敵の傭兵を撃って殺した。いいか、撃ったのは俺の判断だ。だが許可を出したのは君なんだ≫

 困ったなぁ、とはやては苦笑いを浮かべた。口元は歪むが、眼はどこか悲しいものを感じさせるほどに澄んでいた。
 決意、いや、覚悟か。まだ一〇代も後半に入ったばかりのこの少女は、背中に背負うものの重さを、十分に承知していた。そして、それを決して普段は表に出さないことも誓っていた。

「あんな、ジャクソンさん。私の、"夜天の書"の話はしたっけ」
≪前に聞いた。前は"闇の書"と言って、過去にいくつも世界を滅ぼしたと≫
「そう。私は、その呪われた過去も、みんな背負っとる。この言葉の意味、分かる?」
≪……今更、人を何人か殺めたところで気にするものでもない?≫
「ブブー。外れ、大外れや」

 思わず毀れた、場違いな擬音に艦橋にいた"アースラ"クルーは思わず吹き出し、皆が揃って苦笑いを浮かべていた。視線がはやてに集中し、彼女はなんとなく気恥ずかしい気分になりながら、一度
咳払いして気分を変える。そう、今は真面目な話なのだ。

「管理局は今、たぶんとてつもない過ちを犯しとる。よりによって証拠も出揃わないうちから、ジャクソンさんたちの国と戦争や。しかも、反対するクロノくんを始めとした慎重派は軒並み逮捕や更
迭、解任してな。このままやったら、大勢死人が出てしまう。それも、何万人単位で――せっかく"闇の書"は暴走の危険を取り払われたのに、これじゃ意味ないやん」
≪しかし、それと君が簡単に射殺許可を出したのと何の関係が≫
「まだ分からん? 大勢を生かすために、私は必要なら少数を殺す。その覚悟をもって許可を出した」

 本気だった。およそ、少女が持つものとは思えない鋭い眼光が、それを物語っている。無論、躊躇いや躊躇がない訳ではない。いくらアウトローの傭兵といえど、容易く命を奪っていい許可など下
す訳にはいかない。はやても、その程度の倫理観を失った訳ではない。命をやみくもに奪う者は、やがてやみくもに奪われる。
 それでも、このままでは更なる犠牲が出てしまう。慎重派の中でも提督という大きな権限を持つクロノを奪取しなければ、地球への攻撃はいつまでも終わらない。一の犠牲を躊躇した結果、百の犠
牲が生まれてしまうのだ。はやては、百の犠牲を防ぐために、射殺許可を出した。命を奪うという許可を、自分の名の下に。

≪……八神には、普通の女の子であって欲しかったんだが≫

 どこか寂しそうな、ジャクソンの声。彼はすでに軍人であり、そして兵士だった。命を奪うという行為を仕事にするという、ある種の一線を超えた人間だ。彼は、はやてにそうなって欲しくなかっ
た。自分の命を救ってくれた、八神家の当主は、あくまでも八神はやてという、普通の女の子として。

「あいにく、"夜天の書"の主となった時に、普通なんてのは無理やと思い知ったんや。それに」
≪それに?≫
「もし、私の躊躇がジャクソンさんを殺すことになったら、シャマルが泣く」
≪その名前を出すなよ――分かった、間もなくギャズがレーダーの電源をカットする。そちらは頃合いを見て、攪乱部隊を出してくれ≫
「了解。幸運を。通信、アウト」

 さて、いよいよ後戻りは出来んかな――ふ、とため息を漏らして、はやては天を仰ぐ。もう、自分の名の下に射殺許可は出て、それは実行されたのだ。今更、振り返るつもりはない。

「リインフォースに怒られるかなぁ、やっぱり」

 今はもういない融合騎のことが脳裏をよぎり、彼女は思わずクスッと笑った。自虐的なものではあったが。




SIDE 時空管理局 機動六課準備室
五日目 1141
第四一管理世界"キャスノー"
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長


「肝っ玉の太い女の子だなぁ、ジャクソン」
「ああ、まったくだ」

 通信機のスイッチを切って、ジャクソンはグリッグに苦笑いで言葉を返す。

「よし、レーダーをカットするぞ」

 ちょうどその時、制御室のコンソールと向き合っていたギャズが、いよいよレーダーの電源をシャットダウンさせる段階に至っていた。スイッチを押して、電源をオフに。これで、この収容施設
はその防衛においてもっとも重要な"眼"を失ったことになる。
 しかも、元SAS隊員の手際は鮮やかなものだった。レーダー波の送信停止を悟られないため、テスト用の信号を送ってあたかも正常に作動しているかのように見せかけすらした。おまけに彼はコン
ソールを叩いて、多目的ディスプレイの一つに収容施設の最近の犯罪者移送記録まで表示させた。名前を入力すれば、すぐに目的の人物は出てきた。クロノ・ハラオウン、艦隊の私物化と命令拒否に
より提督を解任、以後はこちらにて収容する。

「艦隊の私物化だって? 私物化してんのはどっちだよ、報復強行派め」
「まぁ、俺らも似たようなものかもしれないな…ギャズ、クロノがどこにいるか分かるか?」
「ちょっと待てよ」

 グリッグの愚痴めいた言葉に適当に相槌打って、ジャクソンはギャズに尋ねる。彼がコンソールのキーを操作すると、ディスプレイにはクロノの居場所と囚人番号が表示された。

「ここだな。俺たちのいるレーダー制御室より、南西方向に四五〇メートル。囚人番号は独房番号と同じのようだな。あいつ、囚人の癖に自室持ちだぜ」
「その番号は?」
「囚人627号」

 果たしてそれは、偶然だったのか否か。地球で活動するTask Force141の兵士たちもまた、一人の囚人を追いかけていた。番号は、627号。





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最終更新:2012年09月17日 17:02