彼らは、ほとんど同じ境遇にあった。奇妙なことだが、文字通り世界を跨いだ先で、似たような状況に陥っていたのだ。
身も凍るような寒さは、間違いなく彼らの身体から自由を奪っていた。捕虜として最低限度の人間の扱いはされているが、指先は軽い凍傷のような症状を見せていた。食事はパンとスープのみが
いつもの献立で、まれに出てくる乾燥された肉や少しばかりの野菜がひどく贅沢な一品のように思えたほどだ。餓死しない程度の、そういう食事だった。
常人なら、とっくに音を上げて降参しているところだろう。不思議なことに、彼らを捕らえた敵の者たちは、本来敵対すべき者同士であるのに、彼らにそれぞれ、似通ったような要求を突きつけ
てきた。
片方の要求は「管理局の全軍に、地球への侵攻命令を出せ」というものだった。現状、時空管理局はミッドチルダ臨海空港での虐殺テロに端を発したアメリカへの報復強行派に主導権を握られて
おり、しかし彼らの行き過ぎた行動は各地で反発の声を招いていた。そこで彼らは、捕らえた提督である『彼』に、自身の名で侵攻命令を出せと言うのだ。虐殺テロにまだアメリカの手によるもの
だったのか疑問が残るとして報復には慎重だった一派の中でも、特に高い階級を持つ『彼』までもが報復にGOサインを出せば、全軍も従うだろうと考えたのだろう。
もう片方の要求は、「西側諸国の各国軍隊の兵士に対し、自分たちの戦争犯罪を認めるよう言え」というものだった。祖国であるはずのロシアを追われ、次元世界を漂流する身となった超国家主
義者たちは、何とかして自分たちを流浪の民へと追いやった地球の西側諸国にダメージを与えようと考えていた。こちらの『彼』は歴戦の軍人であり、出身国の英国は元より米軍でも上層部にその
名を知る者は多い。その『彼』が超国家主義者たちの要求に屈したとなれば、西側諸国の特殊作戦の指揮官たちは少なからずショックを受けるだろう。ついに『彼』までもが、超国家主義者たちの
手に堕ちたのだと。
だが、どちらの敵も、大きな過ちを放置していたことに、気付く様子はなかった。例え動きを封じられようと、苛酷な環境に放り込まれようと、彼らは歴戦の戦士だった。目的のためなら泥水を
すすり、草の根を噛んでも生き延びる。そういう人種だったのだ。檻に入れ、武装した兵士の手で監視したところで、彼らの心が折れることはない。
椅子に縛り付けられ、手首に食い込む手錠の痛みに耐えながら、彼らはじっと、待っていた。
Call of lyrical Modern Warfare 2
第10話 The Gulag / 脱出 後編
SIDE Task Force141
五日目 0757
ロシア ペトロパブロフスク
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹
人間が、飛び出してきた標的に対して銃を構え、狙いをつけ、引き金を引いて撃つと言う一連の動作を終えるのに、何秒かかるかご存知だろうか。正解は、平均で四秒と言われている。つまり、
この理論に従うのであれば、身を守る遮蔽物から遮蔽物に移動する際、四秒よりも早く辿り着ければ、撃たれないで済むと言う事だ。逆もまた然りであり、四秒よりも早く照準し、射撃すれば狙っ
た標的を遮蔽物に隠れる前に撃てることになる。特殊部隊に属する兵士たちは射撃にもっとも訓練の時間を費やすのは、以上のような理由があってのことだろう。
もっとも、遮蔽物が無い、と言うような状況となれば話はまた別である。ローチたちTask Force141は、まさにそういった状況下に放り込まれていた。
「ローチ、左から来る! 撃ちまくれ、迎撃しろ!」
マクダヴィッシュ大尉の指示が飛ぶ。ローチは狭い武器庫の中、M4A1を構えて左を向いた。渡り廊下の向こう側、空になった独房の前を何人もの敵兵たちが進んでいる。間もなくそれぞれ配置に
就いて、こちらに対する銃撃を開始するに違いない。冗談じゃない、こっちは身を隠す遮蔽物なんてほとんど無いぞ。
銃口を敵に向けて、照準もそこそこに引き金を引く。M4A1の、五.五六ミリ弾が火を吹いて放たれ、敵兵たちのうち何人かを薙ぎ払うかのようにして撃ち倒す。それでもローチの銃撃を生き延び
た敵兵たちは前進を続け、武器庫に立て篭もるTask Force141を取り囲むようにして布陣。隊は必死の抵抗を試みるが、敵は数的有利にあった。たちまち、銃声と跳弾の火花が空間を支配する。
うわ、あち、畜生。被弾していないのが不思議だった。悲鳴を上げながらでも、ローチは頼りない武器庫の小さな物陰に身を寄せ、近くにひっくり返っていたAK-47を拾い上げた。銃口だけを武器
庫の外に向けて、出鱈目に引き金を引く。AK-47は本来の持ち主である超国家主義者たちの手先に向けて火を吹き、弾を撒き散らした。カチン、と機械音が鳴ったところで銃を引っ込め、マガジン交
換はしないでまた新たに転がっていたAK-47を拾い、同じように撃つ。どれほど意味があるかは分からなかったが、まったくの無抵抗では敵の包囲は破れない。
「ゴースト、早く開けろ!」
同じように遮蔽物に身を寄せて銃撃を凌ぐマクダヴィッシュが、通信機に怒鳴っていた。武器庫は現在、封鎖されている。扉のロックさえ解除できれば、部隊は渡り廊下を渡って敵の布陣する独
房の前にまで移動できる。そこまで行けば、今は包囲するようにして攻撃してくる超国家主義者たちも迂闊に撃てなくなるはずだ。
ところが、先ほどから武器庫と渡り廊下を繋ぐ扉は中途半端な位置で開くのを固辞していた。前進も出来ず、後退も出来ない。
「ちょいとお待ちを…くそ、このシステムは化石かよ。古すぎるぜ!」
決して、今は監視制御室にいるTask Force141の副官ゴーストも遊んでいる訳ではない。彼は古びた監視システムを、それもロシア語で描かれたものを前に悪戦苦闘しながらどうにかして武器庫の
扉を開こうと努力していた。
マカロフが憎み、そして恐れるという囚人627号は、この収容所に捕らえられている。本来ならロシア政府の手で早々と特定され解放されるはずだったのだが、超国家主義者たちが先回りして収容
所を占拠した。Task Force141は囚人627号の確保のため収容所を襲撃し、今はこうして地下にまで潜っている。ゴーストが監視制御室に入って履歴を当たったところ、囚人627号は東の独房に移送さ
れたと言う事実が判明し、隊は現在近道である武器庫を通って目的地を目指していた。そこに敵が押し寄せてきたのだ。
銃撃が激しさを増す。ローチが盾にしていたコンテナに弾が当たって、いよいよ駄目になる。代わりの遮蔽物を、と言っても周囲にそんなものはなかった。M4A1を銃口だけ突き出して引き金を
引き、抵抗を試みるがやはり敵の勢いは止まらない。くそ、せめて遮蔽物がもう少しあれば。
ふと、彼は武器庫の中にある人物の姿がないことに気付く。ティーダ・ランスター、ミッドチルダ出身の魔法使い。あいつどこ行ったんだ、まさかもうやられたのか。地面に這いつくばって、銃
弾の雨を必死の思いで潜り抜けながらティーダを探すと、いきなり目の前にドンッと、盾が置かれた。視線を上げれば、目的の人物がそこにいた。ティーダだ。盾など持って何をしている。
「遮蔽物が足りないんだろ!」
ティーダは足元で伏せているローチの視線に気付き、彼の抱いていた疑問に怒鳴って答えた。魔導師が持ち出したのは、ただの盾ではない。ライオットシールドと呼ばれる類のこの透明な盾は、
透明という見た目の割りに拳銃や短機関銃程度の弾なら防ぐ機能を持つ。そうだ、ここは武器庫。ライオットシールドが転がっていても、なんら不思議ではない。
「お前防御の魔法とか持ってないのか、バリアとかそういう便利なものは!」
「俺は当たらなきゃどうってことはない主義でよ」
なんだよ、魔法使いの癖に――そうはいっても、ティーダの持ち出したライオットシールドは、間違いなく効果を上げていた。武器庫内に降り注ぐ銃弾が、透明の盾によって明らかに弾き返され
ているのだ。敵が狭い屋内ゆえに銃火器を短機関銃ばかり選択していたのも幸いした。魔導師の行動が呼び水となって、Task Force141はシールドで即席の防御陣地を築いていく。
せーの、と戦友との共同作業で決して軽くはないライオットシールドを重ねたローチは、ようやくM4A1を普通に構えた。飛び交う敵弾が盾を叩き、表面にひび割れが走るが、怖がってもいられな
い。重ねたシールドの隙間から銃口を突き出し、ダットサイトに捉えた敵兵を撃つ。反撃開始、照準の向こうで敵がひっくり返る。
遮蔽物を得たことで、苦境に立たされていたTask Force141は息を吹き返した。マクダヴィッシュは片手で撃てるMP5Kを右手に、ライオットシールドを左手に持って敵弾を弾きながら移動し銃撃
し、ローチたちも続く。ティーダの拳銃型デバイスから放たれた魔力弾は正確に目標を射抜き、超国家主義者たちを蹴散らしていった。
ようやく敵の勢いが陰りを見せたところで、突如、武器庫の扉が開かれた。ゴーストからの通信が入る。
「やりました、大尉! 扉がオープンです!」
「よくやった、ゴースト! 分隊、武器庫から出るぞ!」
監視制御室のゴーストは、化石並みに古い監視システムをようやく操れたようだ。マクダヴィッシュが歓喜の声を上げて、ただちに自身が先頭に立って渡り廊下に出る。ライオットシールドはこ
こでも威力を発揮した。突進する分隊指揮官は戦車のように銃弾を弾きながら突き進み、あろうことか渡り廊下から繋がる独房への入り口にいた敵兵をドッと盾で殴り飛ばした。映画の『300』み
たいだ、とローチの思考の片隅に雑念が走る。スパルタの兵士が、鍛え抜かれた肉体を駆使して盾で押し迫る敵を薙ぎ払ったように。
もっとも俺たちはスパルタ兵でもないし、得物だって槍とは違うが――雑念を捨てるようにして、空になったマガジンをチェストリグのマガジンポーチに突っ込む。弾の入ったマガジンを持ち出
して、M4A1に突っ込む。息を吹き返す銃は、再び火を吹く。包囲網さえ突破してしまえばこっちのものだった。
最後の敵兵を撃ち倒したところで、Task Force141は独房の中を見て回った。誰かが最近までいた様子はない。やはり、囚人627号は別の独房のようだ。
「ゴーストです。大尉、囚人627号の詳細な位置が判明しました。隔離独房のようです。そこからロープで地下に降りてください、それが一番近い」
「監視カメラで様子を探れないか?」
「無理です、電源が落ちてます」
通信を終えたマクダヴィッシュが、分隊に暗視ゴーグルを出せと指示を下す。地下の隔離独房はおそらく暗い。真っ暗闇の中をさ迷い歩くような真似は誰だってしたくないだろう。
「ティーダ、お前暗視ゴーグルは…」
「そんなロボコップみたいになる代物いらないよ。俺は魔法使いだぜ」
念のため予備を持ってきたのだが、ローチの差し出した暗視ゴールの受け取りをティーダは拒否した。それから格好つけるように目元を叩いてウインクなんかしやがった。何だ、こいつ。さっき
は盾を持ち出して物理的に防御を図ったのに。
とは言え、魔導師が暗闇でも見えるのは本当のようだった。ロープを引っ掛けて降下した先はまさしく暗闇そのもののようだが、彼は躊躇なく、Task Force141がみんなロープで降下していく最中
に一人だけ"飛び降りた"。着地も華麗に決めたのだから恐れ入る。まったく味方でよかった。
SIDE 時空管理局 機動六課準備室
五日目 1200
第四一管理世界"キャスノー"
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長
果たして偶然か否か、味方でよかったと思う兵士がここにも一人。雪と氷が支配する死の世界にある収容所にて、ポール・ジャクソンは走っていた。
周囲はすでに戦争でも始まったかのように騒然としており、警報が響き渡っている。時折駆け足で進む収容所の警備兵がいて、相当慌てている様子がすぐに伝わってきた。レーダー制御室に留ま
って収容所内の様子を探るギャズの報告によると、司令室も事態の掌握が出来ておらず、未だに侵入者の存在に気付いていないらしい。突然のレーダーの電源ダウンも、故障と思われているようだ
った。
まぁ、そうなるのもやむを得ないだろうな――サイレンサー装備のM4A1を手に持ち、防寒装備に身を包むジャクソンは一旦壁に張り付き、走ってきた傭兵たちをやり過ごす。傭兵たちは管理局の
武装隊の装備をしていたが、ジャクソンに気付かないあたり練度はあまり高いとは言えないのだろう。報復強行派の行き過ぎた行動は、明らかに人手不足を招いている。
練度が低いことばかりが問題ではなかった。たまに上空を見上げると、桜色の閃光と金の閃光が飛び交っていた。収容所のどこかから対空砲火らしい魔力弾が撃ち上げられているが、その数はあ
まりに少なく貧弱だ。そうでなくとも、二つの閃光はまるでエースパイロットの駆る戦闘機のような機動を見せ、撃ってきた対空砲火に向けて砲撃魔法を叩き込んでいる。レーダーの無力化により
探知されることなく接近できた、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの二人だった。高練度の空戦魔導師が、辺境の世界の収容所に襲い掛かっている。
「派手にやるなぁ、おい」
ジャクソンに同行する黒人兵士グリッグが、上空で繰り広げられるワンサイドゲームを見て呟いた。これでも彼女らは敵の注意を引くのが目的のため、ずっと手加減しているのだという。確かに
凄い。こんな化け物みたいなエースを揃えて、機動六課準備室の室長こと八神はやてはいったい何をする気だったのか。世界を破滅を防ぐ? なるほど納得だ。どんな破滅の時も裸足で逃げ出すに
違いない。釣り合わないよな俺たちじゃ、とジャクソンはひっそりと苦笑いした。
しかし上を飛び回るエースのお嬢さんたちにも出来ないことはある――どう見ても、彼女らは目立っていた。雪の降る灰色の空であっては、桜色も金も目立つのだ。その点、彼らは優れていた。
なんと言っても、移動は徒歩であるから光を放ったりしない。
行くぞ、とジャクソンはグリッグに合図して進む。ギャズの寄越した情報により、目標の囚人627号の――皮肉にも、Task Force141が求める人物と同じ番号だ――居場所はこの先六五〇メートル
にある政治犯、凶悪犯罪者を収容する独房だ。さすがにこちらの方は警備が緩いということもあるまい。敵の中にはそろそろ、こちらの目的を見抜く者がいてもいい。
銃を正面に向け、曲がり角では一旦壁に寄り添い、必ず敵の有無を確認してから進む。後方のグリッグは背後をカバーし、時折位置を入れ替えてジャクソンが後ろを見張る。
前進は途中までは順調だったが、何度目かの入れ替えでジャクソンが前に立った時、雪と霧の白い視界の奥に、黒く蠢く何かがいるのが見えた。隠れろ、と彼がグリッグに合図しかけたところで
白いカーテンの向こうから、警備用の傀儡兵が姿を見せる。人間サイズのいわば魔法で動くロボットだったが、こいつもこちらを視認したに違いない。機械音が鳴って、手にしていた魔法の杖、デバ
イスを構えようとする――遅い。相手が傭兵ならともかく、傀儡兵を前にしたジャクソンの動きに躊躇いはなかった。踏み込み、M4A1の銃床で傀儡兵の頭を殴る。
衝撃を受けた傀儡兵は、頭部のセンサーが狂ってしまったのだろう。目標が目の前にいるというのに、デバイスから放つ魔力弾をあらぬ方向に撃ち上げてしまった。それでも姿勢を持ち直そうとす
る。ジャクソンはM4A1の銃口を突きつけ、引き金を引いた。発砲、命中、貫通、破壊。今度こそ沈黙する傀儡兵。
まずいな――雪の地面に倒れるロボットを目の当たりにして、しかし兵士の顔は晴れない。傀儡兵は目標を発見すると、自動的に周囲の仲間にその位置を発信する。倒した傀儡兵が、どうかこちら
の存在を発信する前に沈んでくれたことを祈るばかりだ。
前進を再開しようとして、突如、背後で声が上がった。グリッグだ。M240軽機関銃の発砲音が、同時に響く。
「コンタクト!」
ジャクソンが振り返る。予想は的中した。祈りは届かなかった。グリッグが叩き込む銃撃の先に、西洋の騎士のような甲冑を纏った傀儡兵たちがぞろぞろと集まり始めていた。機関銃の射撃を受け
て次々と倒れていくが、奴らの取り柄は数だった。どこからともなく集まり始めて、二人の侵入者の包囲を始める。
どうする、こういう時は――迷うことはなかった。M4A1を正面に構えなおしたジャクソンは、グリッグに向けて言う。強行突破だ。
M4A1の引き金を引いて、銃撃。ダットサイトに捉えた傀儡兵は、それだけで倒れていく。対抗するように放たれる魔力弾が身を掠め飛ぶが、止まってはいられない。銃撃、前進。ガン・パレード。
至近距離に迫った傀儡兵を強引に殴り飛ばして、二人は進む。目的地の独房まで、あと三〇〇メートル。決して遠くはない。
そのはずは、突如として側面から浴びせかけられた魔力弾によって潰えた。足元の数センチ先に光の弾丸が弾けて飛び、たまらずジャクソンはたたらを踏んでブレーキし、無様に転ぶ。ただちに
グリッグが助け起こし、目に付いたトラックの陰へと引きずり込んだ。その間にも魔力弾が浴びせかけられ、盾になるトラックはあっという間に穴だらけになっていく。被弾に恐れながらも様子を
伺うと、白く染まりがちな視界の向こうに人影が見えた。目を凝らせば、傀儡兵ではなく生きた人間、傭兵であることが分かる。こいつらはロボットとは違う。練度が低いと言っても、プログラム
された通りの動きしか出来ない人形に比べればずっと、判断力も状況への対応力も持っていた。
人を撃つ。それ自体に、躊躇はもう無かった。あの娘は――彼らに射殺許可を出した八神はやては、そのくらいの覚悟を持ってジャクソンたちにこの任務を託した。それに応えねば、自分たちは
彼女の覚悟を無駄にすることになる。だが、問題はそうではなかった。生きた人間は彼らがトラックの陰から出てこないと見るや、回り込むような仕草を見せ始めた。
挟み撃ちは御免だな。そう思って彼らの行動の阻止にかかるジャクソンだったが、M4A1で少しばかり銃撃をしたところで、傭兵たちの動きは止まらなかった。傀儡兵が盾になっているのだ。グリ
ッグが代わって機関銃の弾をありったけ叩き込むが、そうすると敵は一発に対して一〇発の勢いで撃ち返して来た。遮蔽物のトラックがあまりの被弾に揺れて、パンクした車体が車高を下げる。身
を守る盾が小さくなってしまい、たまらず二人の兵士は地面に這う。
「どうするジャクソン、この調子だと俺らも収容所に入るぞ。俺が囚人628だ、お前が629」
「何でお前の方が数字が若いんだ」
「そりゃお前、イカした男の順番ってことで」
ほざけ、"黒んぼ定食"でも食ってろ。こんな状況下でも、彼らは軽口を欠かさなかった。海兵隊は、諦めない。例え"元"であってもだ。
そんな二人の兵士に、救いの手が現れた。救いと言うほど、慈悲に満ちたものではなかったかもしれないが。傭兵たちの背後に突然、黒い影が現れて、彼らに襲い掛かった。
奇襲を受ける形となった傭兵たちは、なすすべも無かった。小柄な赤い影から振り上げられた鉄槌が一人を殴り飛ばし、もう一人に直撃。ボーリングのピンのようにして巻き添えを喰らい、次々
吹き飛ばされていく。残った者も抵抗を試みようと赤い影にデバイスの矛先を向けようとして、今度はそのすぐ傍に紫の閃光が現れる。あ、と思った時には剣が振るわれ、片っ端から傭兵たちが斬
り伏せられていった。
傀儡兵たちも、傭兵たちがさんざん全滅させられた後になってようやく、背後からの奇襲に気付いたようだった。いかにも機械を感じさせるたどたどしい足取りで方向転換し、襲来した影と閃光
に攻撃の意思を見せかけたところで、側面から振り抜かれた爪が彼らに襲い掛かる。薙ぎ払われ、悲鳴も無く沈黙する傀儡兵たち。運よく生き残った一機がデバイスを構えようとして、野獣の牙が
その意思を噛み砕く。
援軍。話には聞いていたが、このタイミングでやって来るとは。ジャクソンは立ち上がり、周囲を警戒しながらトラックの陰から出る。白い視界の向こうから、見覚えのある影が出てきたのはそ
の時だった。
「怪我は無いですか、ジャクソンさん?」
「やぁシャマル。怪我はない、この通りだ。よく来てくれた、ヴォルケンリッター」
戦場に似つかわしくない、ふわりとした緑の衣装。優しげな声を持つ女性こそが、彼が見た影の正体だった。名前をシャマルという。治癒と支援が主な任務の、ヴォルケンリッターの後方担当。
「遅くなってすまないな」
「おいジャクソン、あたしに挨拶はなしかー?」
続いて現れる烈火の将、剣の騎士シグナムと、一見子供のような姿をした鉄槌の騎士ヴィータ。ジャクソンが初めて会った魔法の使い手たちであり、古代ベルカの名を引き継ぐ心強い援軍だった。
「追っ手が来るぞ、気をつけろ」
最後に、雪の大地を踏みしめながら姿を見せたのは守護獣ザフィーラ。狼の姿のまま、傀儡兵の部品の一部をまだ口に咥えていた。ペッと吐き出し、敵の来る方向を睨む。
今更、ジャクソンが驚くようなことはなかった。数年前、アル・アサドによる中東での核爆発で死に掛けた自分を介抱してくれたのは彼女らであり、もはや家族と言ってもいい間柄だった。特に
シャマルとは料理の味を褒めたのが契機になってか、男女の仲にまでなっている。置いてきぼりなのはグリッグで、M240の銃口を垂れ下げて、あんぐりと口を開けていた。
「なぁ、ジャクソン。お前知ってたのか? その、この女戦士アマゾネスの皆さんの強さを」
「誰がアマゾネスだ、誰が」
「まぁまぁ、ヴィータちゃん」
アマゾネス、と言われてシグナムが苦笑いし、ヴィータは露骨に口を尖らせ、シャマルがそれをなだめる。ザフィーラは興味がなさそうだった。ジャクソンはまぁな、と曖昧な返事だけをして、
それからシャマルに向き直る。遊んでいる暇は無い。高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの二人が引き付けているのにこの襲撃は、敵の戦力が予想以上であることを証明していた。
「目標はもう少し先、ここから三〇〇メートル先になる。クロノの坊主はそこだ。負傷していたらシャマルの出番だ、悪いがついて来てくれ」
「お任せを。シグナム、ヴィータちゃんとザフィーラと一緒にここをお願いね」
「心得た」
愛剣レヴァンティンを構えてみせて、シグナムが頼もしい表情を見せる。ヴィータもザフィーラも、共に彼女に付き従った。
白い視界の向こうで、ざわざわと蠢く影が見え始める。行け、と烈火の将が剣を振り向かせて無言で言う。ここは我らに任せろ、と。ジャクソンは頷き、グリッグ、シャマルを引き連れて前進
を再開する。目的の独房まであと三〇〇メートル。足を止める理由は、どこにもなかった。
最終更新:2012年10月11日 12:01