MW2_11後編

SIDE Task Force141
五日目 0819
ロシア ペトロパブロフスク
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


 今更ながら、ローチは気付かされていた。戦場では、敵より厄介なものがいる。無能な味方がそれだ。ある意味では有能な敵より厄介と言える。敵は問答無用で撃てばいいが、無能であっても味
方は味方であるため、発砲してはフレンドリーファイアになってしまう。もちろん、フレンドリーファイアとは"友好的な射撃"と言う意味ではない。
 突如として収容所の地下を襲った衝撃と轟音は、Task Force141の兵士たちを派手に転倒させた。先陣を切るマクダヴィッシュのみがどうにか崩れかけた城の壁に手をついて持ちこたえ、通信機
に向けて怒鳴り声を上げている。

「シェパード将軍、今のは何ですか!? 海軍に砲撃をやめるよう言ってやってください!」

 戦友たちに助け起こされて、ようやくローチは突然の衝撃が作戦を支援する米海軍による艦砲射撃だったことを理解する。くそが、打ち付けた頭をぶるぶる振って、正気に戻る。味方撃ちで死ぬ
なんて冗談も過ぎる。そういえば、ヘリからこの城に降り立つ前も海軍の戦闘機がかなり際どい戦闘機動で飛び交い、危うく墜落しそうになった。ゴーストは「アメ公め」と怒りを露にしていたが
今ならその気持ちを一〇〇パーセント理解できる。
 通信機から、電波に乗って届けられたシェパード将軍の声が響く。だが、どうにも歯切れが悪い。彼は今次作戦の指揮官であるはずなのだが、作戦を支援する米海軍とは指揮系統を別にしていた。

「話が出来る雰囲気ではないが――」

 いいからやれ、とその場にいた誰もが思った。指揮官は今頃暖房の効いた空母のCICにいる。こっちは冬のロシアで寒さに震えながら戦争中なのだ。通信機の向こうの雰囲気をそれとなく察した
のか、シェパードは渋々海軍に話をつけた。

「海軍は攻撃の一時中止を了承した。しかし彼らはさっさと引き上げたい様子だ。マクダヴィッシュ大尉、急げ。私の指揮下に諸君らを直接支援出来る部隊はいない」
「了解。分隊、急ぐぞ」

 やれやれ、と重い腰を上げて分隊は前進再開。米海軍は、Task Force141への支援にあまり乗り気ではないのだ。艦砲射撃も支援はしてやったぞ、とアピールが主な目的の投げやりなものだった
のかもしれない。彼らは一刻も早く、こんなロシアの僻地なんぞより時空管理局に蹂躙される祖国アメリカの救援に向かいたいのだろう。
 電源が落ちた区画を進み、やがて電灯が生きている区画へ。暗視ゴーグルを外して、警戒しながらさらに前進。
 三〇フィートほど進んだところで、こちらの動きを監視制御室からずっと追いかけているゴーストより連絡が入った。どうやら近道があるらしい。

「大尉、ゴーストです。そこの壁、左側です。壁の向こうに古いシャワー室があります。一番奥に627号のいる独房に通じる穴があります」
「壁の向こう? ……なるほど、豪快に行くか」

 ローチ、とマクダヴィッシュが彼を呼んだ。前に出たローチは、ここの壁を爆破して突入しろと命ぜられる。豪快に行く、とはつまりそういうことらしい。ローチは準備にかかりながら、ついで
に魔導師のティーダを呼んだ。最初に突っ込むので、続いて援護しろと言う。

「爆破すんのか。地球の兵士たちはなんつーか……」
「野蛮って言うなら違うぞ。これは立派な作戦だ」

 ティーダの顔が、苦笑いで染まる。その間にも野蛮と思われた手段を実行すべく、地球の兵士は爆薬を壁にセットする。
 配置に就いて、スタンバイ。顔を見合わせ、アイコンタクト。準備が出来たところでローチはマクダヴィッシュに目をやり、彼が頷くのを見てから爆破のスイッチを押す。
 ドッと、爆破された壁が突き破られる。突入するローチは、視界がやけにゆっくりと動くことに違和感を覚えた。自らの息遣い、鼓動、銃を構える腕の感触。突然の爆風に吹き飛ばされ、シャワー
室で屯していた敵兵たちの驚く顔がはっきりと見える。それらのダットサイトの照準が合わさることで、ようやく視界内の動きが現実に還った。
 引き金を引く。フルオート射撃。パパパパッとM4A1の銃口が火を吹き、五.五六ミリ弾の薬莢が弾き飛んでいく。背後の壁から、それも爆風の直後にいきなり浴びせかけられた銃撃に対応出来る
敵兵はほとんどいなかった。悲鳴もそこそこに薙ぎ倒されていく敵。
 装填されているマガジンの弾を撃ち切ったところで、ローチは手近にあった柱の一つに飛んだ。マグチェンジ、空のマガジンを外して予備のそれに切り替える。その間にも生き残った敵が復讐の
銃撃を開始するが、遅れてやって来た橙色の奇妙な弾丸に撃たれ、沈黙させられていく。チャージング・ハンドルを引いて再装填が終える頃には、ティーダに続いてTask Force141の分隊がシャワー
室に流れ込んできた。隣の柱にいるティーダにグッと親指を立てると、橙色の弾丸の持ち主はかすかに笑い、それからすぐに拳銃型デバイスを持って柱から半身を出し、射撃を再開する。
 完全な奇襲により出鼻を挫かれた超国家主義者たちだったが、決してそのまま押し込まれるような容易い敵ではなかった。囚人たちの利用するこのシャワー室は上から監視できるよう、二階建て
になっている。敵兵たちがわらわらと繰り出し、二階から撃ち下ろしてきたことで分隊はまたしても激しい銃撃に晒されることになった。
 ライオットシールドを置いてくるんじゃなかったな――かすかな後悔を振り払うようにして、ローチの手がM4A1の銃身に装着されていたM203グレネードランチャーに添えられる。二階に向けて照
準、引き金を引く。ポンッとおよそ兵器にしては間の抜けたような発射音の後、二階の廊下でグレネードが炸裂。爆風と衝撃が敵兵たちを吹き飛ばす。
 二発目を放つつもりで、彼はM203の砲身をスライドさせた。空の薬莢を外そうと手をかけたところで、盾にしていた柱がバキバキと砕かれるようにして銃撃を浴びる。たまらず、グレネードの薬
莢を落としてしまった。マクダヴィッシュの方を見ると、指で正面に敵、と合図していた。わずかに身をよじってシャワー室の奥を見ると、ライオットシールドにMP5Kで武装した敵兵を複数視認。
くそ、今度は敵が盾持ちだ。
 グレネードをぶち込めば、いかにライオットシールドと言えど吹き飛ばせるだろう。だが、敵は二階にもいる。先ほど撃ち込んで吹き飛ばした奴らはほんの一部だ。Task Force141の仲間がM4A1
を撃ち上げて二階の敵の動きを阻害するが、彼自身もまた銃撃に晒され、短い悲鳴を上げて倒れた。駆け寄って容態を診ようとするが、無駄だと気付く。すでに事切れていた。
 ティーダ、とマクダヴィッシュの声がシャワー室でエコーする。名前を呼ばれた空戦魔導師は即座に分隊指揮官の意図するところを察し、文字通り飛び上がった。二階へと、飛行魔法で。魔法
使いの突然の乱入に驚く超国家主義者たちは、そのまま魔法の弾丸で撃ち倒されていく。もっとも彼らは運がいい。人を殺すのをよしとしない彼の放った弾は、全て非殺傷設定だった。当たれば
しばらくの気絶は免れないが。
 二階からの銃撃が弱まったことで、ローチはM203にグレネードを再装填。マクダヴィッシュの銃撃をライオットシールドで弾きながら、着実に距離を詰めてくる敵の足元目掛けて照準、射撃。
放たれたグレネード弾は敵兵たちの足元で起爆し、破壊の限りを尽くした。宙に舞う敵、割れるシールド。チャンスを逃さず、分隊はこの隙に一気に前進する。
 それにしても――戦争の真っ只中で、ローチの思考に雑念が走っていた。このシャワー室、どっかで見たぞ。たぶん、映画で。その映画では最後、爆撃を中止するよう緑のスモークを焚くこと
になるのだが――まさか、ね。シェパード将軍の要請で、海軍は攻撃を中止しているんだ。映画は映画だ。
 雑念は、ほんの一瞬だった。シャワー室を突破した分隊は、指示された通り独房に通じる抜け穴に向けて飛び降りる。





SIDE 時空管理局 機動六課準備室
五日目 1228
第四一管理世界"キャスノー"
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長


 "こちらの"囚人627号ことクロノ・ハラオウンが収容されている独房に到着したジャクソン、グリッグ、シャマルの三人は、お行儀よく正面の扉から入った。壁を爆破して突入も考えたが、それ
をやるには独房の壁が分厚すぎたのだ。敵が待ち構えている可能性があると知っていても、独房には正面から入るしかなかった。
 行くぞ、と視線のみでジャクソンが二人に合図する。黒人兵士と湖の騎士は――傍から見ると奇妙なことこの上ない。防寒装備で機関銃を持った兵士と、ふんわりしたスカートの魔導師の組み合
わせ――頷き、彼の突入に続いた。
 扉を開く。中に入って最初に眼にしたのは、二機の傀儡兵と、その傀儡兵たちに何かを口頭で指示していた一人の傭兵だった。こちらを見た傭兵は一瞬遅れて敵の侵入に気付き、モタモタとデバ
イスを構えようとする。無論その動きを許すジャクソンではなく、M4A1の銃口がすぐに火を吹いた。傀儡兵には数発の銃撃を浴びせて倒し、親指がセレクターをフルオートからセミオートに切り替
え、傭兵には一発のみの銃弾を叩き込む。傭兵はあっと悲鳴を上げてひっくり返るが、即死はしなかった。魔法の杖を弾き飛ばされ、床に転がる。
 グリッグ、と彼は戦友を呼んだ。頷いた黒人兵士はジャクソンの意図するところを読んでおり、床に転がり苦しむ傭兵を蹴って仰向けにさせる。M240の銃口を額に押し付け、ドスの利いた声で言う。

「囚人627号はどこだ?」
「し、知らん、俺はただの雇われた傭兵だ」

 ガッと、グリッグは傭兵の腕を踏んだ。ちょうどジャクソンに撃たれた部分だった。血が噴出し、傭兵は苦痛の悲鳴を上げる。たまらずシャマルが止めようとするが、ジャクソンが彼女の動きを
制する。でも、と彼女の瞳は訴えていた。いくら敵だからって、これでは拷問ではないか。

「言わなきゃもっと踏むぞ。ただし言ったらそこの優しいお姉さんが治癒魔法をかけてくれる。どうだ」
「ろ、627号は、107号室だ、そこに見張りと一緒にいる、た、頼む、痛いっ」
「上出来だ」

 飴と鞭、とはよく言ったものだ。グリッグが傭兵から足を離す。無論、銃口はしっかり向けたまま。途端にシャマルが駆け出し、淡い光で撃たれた傭兵の腕に治癒魔法をかけ始めた。

「いくら何でも、これはやり過ぎじゃ…」
「急がなきゃならん。殺さないだけマシさ」

 結局、シャマルは従う羽目になった。治療しておいてなんだが、一応バインドによる拘束魔法で傭兵を動けないようにしておいた。
 ジャクソンは近場にあった地図で、107号室を確認。どうやら二階に上がるようだ。収容施設は全体で見ればかなり広いが、凶悪犯罪者や政治犯を収容する独房となればこのこじんまりした建物
だけだ。M4A1を構えて、自ら先頭に立って二階へと上がる。
 外の様子はどうかな――鉄格子が設けられた窓から、ちらっとだけ眼をやる。もはや収容所は手がつけられないほどの大混乱のようだ。時折、派手な爆発と黒煙が上がる。桜色と金の二つの閃光
は相変わらず飛び回っているが、彼女らの攻撃で爆発が起きている様子ではない。混乱した傭兵たちが誤射で暴発したか、それとも騒ぎに便乗した本当の囚人たちが暴れているかだ。もっとも彼ら
が脱獄する心配はまずない。ここは雪と氷が支配する死の世界だ。鍛え抜かれた兵士でもしっかりとした準備がなければあっという間に凍えて死ぬ。皮肉にも囚人たちが生きるには、この世界には
収容所以外に安息の地がなかった。
 では不当に逮捕された囚人はどうしているのだろう。クロノのことだ、大人しく捕まっていることなどないと思うのだが。
 M4A1のダットサイトの向こうに、107号室と記された独房が見えたのはその時だった。シャマル、とジャクソンは彼女を呼んだ。銃口はしっかり周囲を警戒するように辺りを探りながら、魔導師
にしか出来ない頼みごとをする。

「探索魔法で、ここに本当にクロノがいるか調べてくれ。見張りがいるかどうかも」
「はい、了解――手荒な真似は避けてくださいね。クロノ提督、たぶん衰弱してるでしょうから」

 そんなに乱暴者に見えるかな、俺。恋人の言葉に少しだけショックを覚えながら、ジャクソンはシャマルによる探索魔法の結果を待った。
 数秒して、彼女が「間違いない、います」と言ってきた。見張りも一緒に、とも付け加える。この107号室の中に、クロノがいるのだ。ジャクソンはグリッグと共に、突入準備に入った。
 手荒な真似は避けてくれ、と言われたばかりだが――少しばかり後ろめたいものを感じつつ、爆薬を扉にセットした。ただし、救出目標もろとも吹き飛ばしては意味がない。扉を破壊できる最低
限の量に留める。これなら大丈夫だろ、とシャマルに眼で訴えた。彼女は悩むような表情を見せたが、爆薬の量が最低限であることを見て、結局承諾した。
 起爆スイッチを握る。壁に張り付き、カバーポジションに就いたグリッグが親指を立てて準備OKであることを示す。あとはジャクソンの心の準備だけだ。もっともこちらも、すぐに完了する。
 爆破、突入。





SIDE Task Force141
五日目 0831
ロシア ペトロパブロフスク
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


SIDE 時空管理局 機動六課準備室
五日目 1237
第四一管理世界"キャスノー"
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長


 果たしてそれは、偶然で済ませてよい代物であったのか。奇妙に奇妙が重なり、やがてそれは必然となる。
 二人の兵士は生まれも育ちも国籍も違う。所属も違う。居場所に至っては、別の世界ときた。同じものと言えば、どちらも銃はM4A1を持っていたこと。ただしこれも、ローチの方はM203が装着
されているのに対し、ジャクソンのそれはフォアグリップが取り付けられていた。
 それなのに、二人の目的と見たものは、ほとんど完全と言っていいほどに一致していた。無論、戦っている敵が違うと言うなどいくつかの相違点はある。だが、それすらもが些細なものでしか
ない。そのくらい、二人はまったく同じ動きをしていた。
 ローチは、囚人627号を確保すべく、壁に爆薬をセットして起爆し、突き破られて出来た穴から突入した。
 ジャクソンは、囚人627号を救出すべく、扉に爆薬をセットして起爆し、突き破られて出来た穴から突入した。
 二人がそこで眼にしたのは、まず敵の見張り。だが、その背後に誰かいる。誰か、とはすなわち囚人627号だった。彼――正しくは彼らは捕虜と言う立場に置かれ、どちらも厳しい環境に置かれ
ていたにも関わらず、突入してきた襲撃者に対し、見張りを羽交い絞めにして盾にすると言う行動に出ていた。
 ローチは、銃を撃つ。銃弾は全て、見張りの超国家主義者の身体によって受け止められた。
 ジャクソンは、銃を撃つ。銃弾は全て、見張りの傀儡兵の身体によって受け止められた。
 何だ、いったい――疑問を持つタイミングまでもが同じだった。次の瞬間、穴だらけになった見張りの身体が投げ捨てられ、握り拳が自身の顔面に叩きつけられる。悲鳴も上げられないまま、
ローチもジャクソンも、地面に打ち倒されてしまった。視界が一瞬、黒く染まる。
 次に視界が回復した時、ようやくここで、二人の見ているものが違った。あるいは、そこが分岐点だったのかもしれない。
 ジャクソンが見たものは、予想通りクロノ・ハラオウンだった。息を切らし、明らかに痩せてしまっているが、眼光の鋭さは戦場で見た彼そのものだった。見張りの持っていたデバイスを奪い、
こちらに向けている。
 しかし、ローチが見たものは、予想とは違った。否、もともと予想などしていなかったのだ。囚人627号がどのような人物なのか、具体的な情報は一切なかったのだから。
 ニット帽を被ってはいるが、髭面は隠しようがない。纏った歴戦の雰囲気も同様だ。彼を知る人物ならば、誰もがその名を口にするだろう。プライス大尉、と。





SIDE Task Force141
五日目 0832
ロシア ペトロパブロフスク
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


 その、髭面の男は、見張りの持っていたAK-47を奪い、こちらに向けていた。荒い呼吸をしているが、眼はしっかりとこちらを睨んでいる。まるでこちらが敵か味方か、品定めしているようだっ
た。

「銃を捨てろ!」

 マクダヴィッシュ大尉が、拳銃、M1911A1を髭面の男に向ける。その瞬間、男の表情が変わった。懐かしいものを見たような、ともすれば安堵とも受け取れるような表情だった。

「ソープ…?」
「――プライス大尉?」

 どうやら、知り合いらしい。マクダヴィッシュの姿を見るなり、明らかに髭面の男の警戒が緩んだ。
 ソープ、と呼ばれたマクダヴィッシュは眼を丸くしていたが、やがて話は後だ、と言わんばかりに、手にしていたM1911A1をクルリと回し、プライス大尉と呼んだ男に渡す。まるで、借りていた
物を返すかのような仕草だった。それも、尊敬する上官に接するような態度を伴って。

「お返しします、貴方の銃です」

 プライス大尉は、何も言わず、さも当然のようにしてM1911A1を受け取った。それも、信頼する部下から受け取るようにして。
 訳も分からず見守っていたローチだが、すぐに後からやって来たティーダに助け起こされる。畜生、殴られた顎がまだ痛い。この爺さん、マジで何者だ。

「ソープって誰です?」

 会話を聞いていたティーダが、疑問を口にすると、収容所に再び衝撃と轟音が走ったのは、果たしてどちらが先だったか。この衝撃は、経験がある。それも割りとつい最近だ。海軍の奴ら、と
思わずローチは口走った。

「そんなことより脱出だ、行け!」

 マクダヴィッシュの言うことは、もっともだった。囚人627号こと髭面の男、プライス大尉をメンバーに加えてTask Force141は駆け出す。ここがどこであるか、などは二の次だ。辺りはもう崩
壊が始まっており、留まっていては崩れる瓦礫に巻き込まれてしまう。
 走る。途中、哀れにも崩落に巻き込まれた敵兵を見かけたりもしたが、助ける余裕も義理もなかった。どうにか収容所の外へと通じる道を見つけ出すと、彼らを載せてきたOH-6の姿が見えた。
パイロットが、必死に手招きしている。危険を冒して、迎えに来てくれたのだ。希望を見出したように、分隊はヘリに向けて走った。
 その行く手を、突如として崩れ落ちてきた瓦礫の群れが阻む。くそ、ともはや誰のものかも分からない悪態の言葉が吐き捨てられた。「引き返せ、引き返せ!」と叫ぶマクダヴィッシュの声に
従うまでもなく、全員が踵を返して来た道を戻る羽目になった。

「ブラボー6、海軍の奴らが攻撃を前倒しで再開させた。これが終わったら連中は支援を切り上げるといっている」

 今更遅い! ローチはたまらず叫んだ。シェパードに言われるまでもなく、崩落の原因が海軍の艦砲射撃にあることは分かり切っていた。おそらく、航空機による爆撃も再開されているはずだ。
何故そんなことが分かるのか。目の前に、不発弾が転がっていたからだ。転がっていたと言うよりは、瓦礫の中に埋もれていたと言うべきか。ともかくも、不発弾がぶち抜いてきた穴を見上げれ
ば、灰色でも眩い外の世界が見えた。なんとかここから出られないものか。

「大尉、ここです! ここからヘリに回収してもらいましょう!」
「聞こえたか、6-4!? 我々の現在地が見えるか、どこにいる!?」
「こちら6-4、ブラボー6、確認できない――」

 おい、頼むぜ。瓦礫で生き埋めなんて俺は御免だぞ――そう思った瞬間、天から何かが降ってきた。気付いた時には視界がすでに真っ黒で、意識が消えかかっていた。
 あ、駄目だ、これ。俺もう死んだ。





「何でもいいがなソープ! さっさとやらんか! そこの魔導師、手伝え!」

 どうやらゲームオーバーはしてないらしい。真っ黒だった視界が晴れて、代わって見えたのは自分に圧し掛かってきた瓦礫を取り除くプライスと、そして肩を貸して起き上がらせるティーダ、
それから不発弾によって出来た脱出路に向けて信号弾を打ち上げるマクダヴィッシュの姿だった。
 しっかりしろ、とよろめきながら立ち上がるローチに、ティーダとプライスが喝を入れる。ヘリはどうやらこちらを視認出来たようだ。真上に来ているのは分かるが、それからどうするのだ。こ
こまで降りてくるには不発弾が作った穴は小さいはずだ――なるほどね、と殴られた頭でも分かった。ヘリからワイヤーが落とされたのだ。マクダヴィッシュがお手本になって、ただちにフックを
かける。ローチ、プライスもそれに続いた。ティーダだけが自前で飛べるので、ワイヤーを無視した。
 ヘリが上昇する。途端に、ワイヤーが上に引っ張り上げられた。兵士たちの身体が浮かび上がって宙吊りになり、天空へと引っ張られていく。最後にティーダが、飛行魔法でそれに続く。
 まるで彼らの脱出が終えるのを待っていたかのようにして、収容所となっていた古い城は巨大な爆風を上げた。






SIDE 時空管理局 機動六課準備室
五日目 1249
第四一管理世界"キャスノー"
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長


 脱出劇は、こちらでも繰り広げられていた。救出されたばかりのクロノ・ハラオウンはシャマルの手で最低限の治療が施されたものの、一人で飛べるほど回復し切った訳ではない。ジャクソン
が肩を貸して共に走り、その周囲をグリッグ、ギャズ、それからシグナム、ヴィータ、ザフィーラが援護しながら後を追う。シャマルは走りながらでもクロノに治癒魔法をかけていたが、それで
足が速くなる訳でもなかった。

「すまない、僕一人のために」
「お前一人じゃない。俺の国のためでもある」

 クロノの言葉に、正直な気持ちでジャクソンは答えた。提督と言う要職にある彼が、管理局の主導権を握る報復強行派に異議を唱えれば沈黙させられている慎重派は活気付く。やがてはアメリカ
と管理局による無益な戦争を終わらせられるだろう。祖国アメリカのためにも、クロノはジャクソンにとって必ず助け出せねばならない戦友だった。
 敵の追撃は執拗だったが、上空援護が極めて強力なおかげで振り切るのに時間はかからなかった。回収地点に到達したところで、二つの閃光が舞い降りる。なのはとフェイトだ。やぁ、と弱々し
い挨拶をするクロノに、フェイトが涙目になって寄り添ってくる。

「クロノ! よかった、無事だったんだ…」
「無事とは言えないが、何とか生きてる――君たちは、僕を助けに?」
「そうだよ。はやてちゃんが主体になってね」

 クロノの問いに、なのはが答えた。はやてと聞いて、救出されたばかりの提督は目を丸くする。はやてが?
 疑問に答えるようにして、上空に巨大な影が現れる。部隊を回収しにやって来た、次元航行艦『アースラ』だ。かつてのクロノの艦。どうしてここに、と彼は肩を担ぐ戦友、ジャクソンに目で
問いかけた。

「俺たちの拠点さ。ようこそ、クロノ提督。機動六課準備室へ」





タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年09月17日 17:04