THE OPERATION LYRICAL プロローグ


――それは、誰もが手にするソラノカケラ。


最後の目標は、要塞の最深部にあった。おそらく航空機では突入そのものが自殺行為にも等しい、しかし飛び込まなければならない場所。


「今度は俺たちが扉を開けてやる番だ! パイロットを死なせるな!」


先に要塞内部に突入した陸軍の連中からの通信。彼らもここに至るまで、何人もの屍を築いてきた。
――そう、全ては扉を開く。そのためだけに。ゆえに、失敗は許されない。
レーダー画面に目をやると、映っているのは友軍機のものだけだ。邪魔する者は、すでにみんな蹴散らした。
眼下に浮かぶ、島全体を利用した要塞を確認。酸素マスクから送られる酸素をたっぷり吸って、彼は覚悟を決める。
操縦桿を薙ぎ払い、ラダーペダルを踏み込む。愛機F-22はパイロットである彼の操作に機敏に反応し、主翼を翻して高度を下げていく。
目指すは要塞中央部の廃熱口。その奥に、目標がある。下手に速度を下げては、乱気流に機体が負けて失速する危険性がある。エンジン・スロットルレバーはそのままだ。
低空へと舞い降りたF-22は進路をまっすぐ廃熱口に向け、突入。内部に飛び込むなり、機体を乱気流がガタガタと揺らすが、パイロットの彼はその卓越した技量を持って進路を微調整する。
まだか、目標はまだか――実際はほんの数秒だったが、その時間すらもがもどかしく感じた。
そして、目標視認。要塞内に配備された中でもっとも巨大な弾道ミサイル、これを破壊すれば、要塞は内部から崩れる。
しかし本当に壊せるのか、とミサイルの発射スイッチに指をかけた瞬間、疑問が脳裏をよぎる。事実、要塞の防御は外部からの攻撃に関してはほぼ無敵と言っていい。燃料気化爆弾すら通用しない堅牢な防壁。開発が終了していれば、これに無数の対空砲火も加わったのだ。
違う。壊せるか壊せないか、そういう問題じゃない――疑問を振り払い、彼は発射スイッチを押す。
壊すんだ。そうでなきゃ、隕石が落ちてきてまた大勢の人が死ぬ。それだけは、絶対に――!


「フォックス2!」


F-22の主翼下ウエポン・ベイが開き赤外線誘導のミサイル、AIM-9サイドワインダーが白煙と共に放たれる。本来は空対空に使用されるものだが、目標である弾道ミサイルは膨大な熱量を持っていた。
ロックオンは、決して不可能ではない。
AIM-9を放つのと同時に、彼は視線を跳ね上げた。
要塞内部の天井、本来弾道ミサイルを発射するためのハッチが、開かれようとしていた。あの陸軍連中が、制圧したサブコントロールルームから開けてくれたに違いない。
直後、衝撃と爆音が要塞内に響く。放ったAIM-9が、弾道ミサイルに直撃していた。固定具を吹き飛ばされた弾道ミサイルはぐらりと揺れて、ゆっくりと崩れようとしている。おそらく、最後は爆発するはずだ。巻き込まれる前に、脱出しなければ。
彼はここに来て、それまで動かしていなかったエンジン・スロットルレバーを一番奥まで叩き込んだ。同時に操縦桿を引く。
アフターバーナー、点火。F119エンジンが咆哮を上げ、赤いジェットの炎が姿を現す。機首を天へと向けたF-22は、開かれた空への扉に向けてまっすぐ急上昇。
行け。誰かの声がして、そこで彼はそれが自分のものだと気付く。
F-22が要塞から飛び出した直後、背後からどっと襲い掛かってきたのは衝撃波。
振り返るまでもなかった。要塞メガリスが、内部爆発を起こしてその機能を停止したのだ。


「目標破壊! 目標破壊! いたぞ、レーダーにメビウス1を確認した!」


脱出に成功した彼を出迎えたのは、仲間たちの歓声だった。


「こちらブラボー1、飛び込んだ飛行機は無事か?」
「彼は無事だ、ここから視認している!」


要塞内の陸軍からの通信に、普段は冷静なはずのAWACS、コールサイン"スカイアイ"が答えた。ちらっと視線を横にやると、本来戦闘空域のはずれにいるはずのE-767が姿を見せていた。空中管制機の癖にこちらに主翼を振ってみせている辺り、待ちきれなくてここまでやって来たのだろう。


「俺たちは戦争に勝ったのか?」
「分からん。誰が勝ったかは、歴史が決めることだ」


歓声の最中、僚機のうち一人がぽつりと漏らした言葉。
――確かに、犠牲はあまりにも大きかった。
"ユリシーズ"の墜落による大量の難民発生に端を発するこの戦争での犠牲者は、おそらく百万は下らないだろう。彼らISAF空軍だけでも、ストーンヘンジに叩き落され、黄色中隊に屠られ、敵の激しい攻撃に散った者は数え切れない。
ユージア大陸そのものが、もう疲れ切っていた。誰が正義で誰が悪で、誰が勝者で誰が敗者か、決める資格は誰にもない。


「だが、一つだけ言えることがある――」


それでも、戦争は終わった。


「英雄は確かに存在する。俺たちの目の前に、な」


英雄。果たして、自分にそれを名乗る資格はあるのだろうか。胸の片隅に小さな疑問が湧き、しかしと彼は首を振る。
誰かが言った。戦後には、英雄が必要なのだと。それが自分であるならば――


「喜んで、俺は英雄になってやるさ」


操縦桿を翻し、彼は愛機を帰路へと向けた。
さぁ帰ろう、俺たちの故郷へ。これが終われば、しばらく休暇だ。


この戦いの後、彼の消息はしばらく途絶える。
彼がどこに行っていたのかは分からない。本人に聞いても、きっとこう答えるだけだろう。


「ちょっと魔法の世界に行ってきただけさ」








――状況を確認する必要があるな。
F-22のコクピットで、彼は珍しく焦燥に駆られていた。どうしたものかと酸素マスクの中で深呼吸、頭を必死に回転させるが、依然として回答は見つからない。
とりあえず対地攻撃用のGPSのスイッチをもう一度入れてみたが、表示されるのはエラーメッセージだけだった。故障かと思ったが、メガリス攻撃時はピンピンしていた。
ならば慣性航法装置、と手を伸ばすがこれも同様に位置を見失っていた。
燃料計の方を確認、あと一時間は飛べる。ウエポン・システム起動、残弾はAIM-9が一発、機関砲弾が二一〇発。これで空中戦をやるのは、少し不安だ。
時刻は0930のはずなのだが――キャノピーの外に広がるのは、どう見ても夜空。月明かりは綺麗だったが、その月が二つもあるとなると、素直に感動していられない。
眼下に眼をやると、街の光と思しき光の運河が広がっている。だが、メガリス撃破後の自分は海上上空を飛行していたはずなのだ。


「……別の星にでもワープしちまったかな」


ぽつりと呟いた自分の言葉だったが、彼はそれが実は正解であることに気付かない。気付く由もないだろう。
とりあえず少しでも長く飛ぶため、彼はAPG-77レーダー、HUDなど飛行に不要なものは片っ端から電源を落としていった。これで機体の発電ジェネレーターに余裕が出来て、燃料が多少なりとも節約
出来るのだ。
とは言え、不安は付きまとう。このまま何も分からずまっすぐ飛ぶにも限界はあるだろうし、万が一何者かと接触できても、そいつが悪意を持っていたら厄介だ。弾薬も燃料も余裕がないし、火器管制の電源は切ってしまった。これでは即座に反撃が出来ない。今のF-22は戦闘機ではなく、純粋な意味での航空機だった。


「闇雲に飛ぶのもまずいな。何か目印になるものとか、降りられそうな場所を――っ!」


背筋に冷たいものが流れる。視界に映ったものが、彼の本能に警告を送る。
何だ、何かが近づいて来る。航空機か? いや違う、あれは――。
そこまで考えて、彼は自分の眼を疑った。ヘルメットのバイザーを上げてもう一度確認するが、やはり眼に映るものは変わらない。これは、どう足掻いてもどうしようもない。紛れもない現実なのだ。


「……こっちの方では、人間が空を飛ぶのか」


F-22に接近してきたのは、紛れもなく人間だった。人間は二人、白を基調にした、どこか学校の制服じみた服。夜風になびく綺麗な栗毛色の髪をした少女。もう一人は、黒を基調にしたマントを羽織り、流れるような金髪が印象的の少女。
彼女らは武器と思しき杖を持って、露骨に警戒しながらこちらに近付いて来る。
火器管制装置の電源スイッチに手を伸ばそうとして、彼は諦めた。一度完全に電源を切ってしまったのだ、立ち上げに時間がかかる。妙な真似をして攻撃されてもよろしくない。
代わりに、彼は計器に手を伸ばし、脚を出すことにした。戦闘機が脚を出すのは敵意がないことを示す、一種のサインだ。これが通じる相手ならいいのだが――。


「降りろ?」


どうやら、理解してくれたらしい。白い方の少女が警戒を解き、指を地面に向けて、着陸するよう指示を出してきた。
身体を固定するハーネスを緩めて地面を見ると、どうやら空港が近くにあるようだ。
どの道燃料も余裕がない。ここは素直に、従うことにした。


高町なのはは通報のあった航空機を、無事に付近の民間空港に下ろすことに成功した。
あとは回収部隊がやって来るまでの間、航空機とそのパイロットを監視する。監視とは聞こえは悪いが、実際そういうものなのだから仕方ない。
そのパイロットはと言えば、コクピットから降りるなり、機体の各部を点検し、落ち着きなくそわそわしている。
無理もないかな、となのはは思う。いきなり知らない世界に迷い込んだのだ、落ち着いている方がどうかしてる。
視線を親友、フェイト・T・ハラオウンに向けると、彼女も同じことを考えていたのだろう。少し落ち着いてもらおうと、パイロットに話しかけた。


「あの、大丈夫ですよ? たぶん次元漂流者ってことで保護されますから?」
「次元漂流者……?」


あ、とフェイトがいかにも失敗した、とでも言いたげな表情を浮かべた。何も知らない彼に知らない単語を言ったところで、安心は出来まい。


「ええと、なのは? どう説明しようか?」
「うーん――まだいいんじゃないかな。色々言っても、混乱するだけだと思うし」


助けを求めてきたフェイトに応えてみせたが、会話を聞いていたパイロットは不満そうな表情を浮かべた。


「おいおい、教えてくれないのか?」
「あ、すみません。あとでちゃんと、お話しますから――そうだ」


ぱちんと手を叩き、なのはは何かを思いつく。


「まだお名前、教えてなかったですよね? 私、高町なのはって言います。こっちは同僚の」
「フェイトです、フェイト・T・ハラオウン」


名前を教える。それが、相手へ歩み寄るための第一歩だと、幼い頃の彼女は学んだ。今回も、それに従った。
ところが、彼は少し悩んだような素振りを見せた。名乗られたら名乗るのが礼儀、それは知っているようだが、何か話せない事情でもあるのだろうか。
しばらくの逡巡の後、彼はようやく口を開く。


「俺は――俺は、メビウス1と言う」


この時、メビウス1は考えてもみなかっただろう。この魔法と、質量兵器が忌み嫌われる世界において、再び戦場の空を駆けることに。
"リボン付き"の、新たな戦いは誰にも知られず、すでに幕を開けていたのだ。






ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL




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最終更新:2009年02月20日 21:39