THE OPERATION LYRICAL_01

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL



第1話 邪悪な影



降り立った地は、異世界――。




「これが、そのパイロットの乗っていた戦闘機―やな?」

確認の意味も込めて機動六課の部隊長、八神はやては眼鏡を掛けた六課の通信士、シャリオ・フィニーノ、通称シャーリーに声を掛けた。

「はい、八神隊長」

シャーリーは頷き、続けて格納庫の中で眠る鋼鉄の翼―ミッドチルダに迷い込んだメビウス1の愛機F-22Aラプター航空支配戦闘機の解説を行う。

「機体の特定はすぐに終わりました。この戦闘機は第九七管理外世界で開発されたF-22と言うものです」
「第九七管理外世界で?ホントに?」

はやての疑問の声にはシャリオは肯定の頷き。
――私は決して戦闘機に詳しい訳やないけど。
目の前の戦闘機が自分や親友の出身世界で開発されたものであると言うことを、はやてはどうにも信じる気になれなかった。
主翼に描かれた三つの鏃を合わせたような国籍マークは九七管理外世界では見覚えがないし、何より尾翼に記されている"ISAF"と言う組織 も、確かにその名の組織は存在するのだが治安支援部隊のものだった。戦闘機、それも最強と名高いF-22で治安維持と言うのは明らかに過剰装備だろう。

「……でも、この機体、細部が微妙に違うんです」

そんなはやての考えを裏付けるかのように、シャリオが言った。

「具体的には?」

F-22の細部を見ながら、はやてはシャリオに問う。

「リベットって言って、機体の各部を繋ぎ合わせる鋲の一種なんですけど、その規格が違うんです。他にも、性能には大きく関わらないような小さなところが、九七管理外世界のものとは異なってるんです」
「ふぅむ……」

顎に手をやって、はやては自分の想像が正しいという手ごたえを感じつつも、更なる疑問が噴出してきた。
――間違いなく、これは私やなのはちゃんの出身世界から生み出されたもの。けど、細部が違う。この違和感はなんやろう?

「ええわ、機体の調査はとりあえず停止や。パイロットの人もあんまり触られると困るやろうし」
「そうですか……」

はやての言葉に少し、肩を落とすシャリオ。
いきなり次元漂流者の乗っていた戦闘機の調査をして欲しいと言われて、応えられるのはデバイスのような精密機器の扱いに手馴れた彼女くらいしかいないだろう、と言うのがはやての考えだった。その予感は的中し、見事に彼女は異世界の戦闘機を手早く調べてくれたのだが――職業病なのか、シャリオはもっとじっくり調べたい様子だ。

「続きはパイロットの人に承諾を得てからや、人様のもんやし――ほんなら、私はそのパイロットに会ってくる」
「これからですか?」
「そ。グリフィス君もおるから大丈夫矢とは思うけど、何かあったら連絡してな」

ひとまずその場を離れ、はやてはF-22のパイロットが保護されている機動六課管轄の次元漂流者の保護施設へと向うことにした。




保護とはよく言ったものだな、とメビウス1は胸のうちでつぶやく。

「どっちかと言うと監禁状態だな……」

案内された部屋は快適だったが、サヴァイバル・ジャケットもヘルメットも、そしてもっとも大事な愛機F-22も"調査"の名目で押収されてしまい、許可なく部屋の外に出ることも禁止されていた。
あれから一夜が明け、しかしメビウス1は眠る気になれず、不安のような感情を抱えたまま今に至る。

「あの娘……高町なのは、と言ったか。それとフェイト・T・ハラオウン……」

昨晩、突如として飛行する彼の前に現れた二人の若い女性。彼女たちは自分のことを次元漂流者と言い、そしてこの部屋に案内した。
最初はエルジア残党軍による想像も尽かない方法による幻覚攻撃かと思ったが、それにしては彼女たちはお人好しと言う言葉がしっくり来るように感じた。そもそも本当にこれがエルジア残党軍によるものだとしたら、真っ先に自分は殺されているはずだ。終戦に従わず、要塞 メガリスを占拠し決起した血気盛んなエルジア青年将校の一団ならそうするだろう。

「しかし……ここはいったい?」

部屋を見る限りでは特に変わったところはない。ベッドにテーブル、ソファーが二つに電気スタンド。一台だけテレビもある。
だが、彼女たちは音速に近い速度で飛行するメビウス1に文字通り"飛んで"近づいてきた。彼にはそれが不思議でならなかったのだ。

「まさか魔女……と言う訳ではあるまいな」

ひょっとしたらと思って口に出した言葉は実は正解なのだが、メビウス1はまさか、と自分の考えを否定する。

「……やめよ、考えても無駄だ」

ベッドの上に寝転がって、メビウス1は思考を放り出す。確か別れ際、フェイトが「後でまた来ます」とか言っていた。
その時に疑問はまとめて聞こう―そう思いつつ、彼は今まで見る気になれなかったテレビをつけてみた。
テレビ画面に映ったのは――誰もが知ってる、僕らの勇者王。ちょうど決め技のシーン。

『ゴルディオン・ハンマー!!』

「……こっちの世界のアニメって凄いなー」

画面に映る勇者王のダイナミックな動きに素直に感嘆の声を漏らしつつ、でも他のチャンネルに替えちゃうメビウス1だった。
しばらくテレビを見た彼だったが、ニュース番組は時間帯のせいなのかどこも放送していなかった。彼としてはここで何らかの情報が得られると思っていたのだが。

「――と言うかどの局もアニメ流してるってのはどうなんだ」

勇者王の次は天元突破なドリルだったり、その次は史上最強のおバカ5歳児だったり、その次は一万年と二千年前から愛していたり、その次は俺のターン!だったり。テレビの向こうではアニメによる視聴率争奪戦が行われていると言うのか。
まぁきっとそういう時間帯なんだろう、と深く考えず、メビウス1はふと空腹を覚えた。そういえばメガリス攻略のため出撃して以来、何も口にしていない。
そんな彼の事情を察したのかは定かではないが、扉がノックされた。

「失礼します――気分はどうですか?」
保護した戦闘機のパイロットの部屋に入るのはフェイト。昨夜の時と違って管理局の制服姿で、手には彼のために用意した朝食のサンドイッチにオレンジジュース。

「ん――あんたは、昨日の……」

彼が振り返る。とりあえず落ち着いてくれているようで、フェイトは安心する。

「はい、フェイト・T・ハラオウンです――昨日言った通り、また来ました。あと食事も」
「ありがたいな、ちょうど腹が減ってたところだ」

フェイトはテーブルの上にサンドイッチとオレンジジュースを置くと、ソファーに腰掛けた。メビウス1もベッドの上からソファーに移動し、彼女に「失礼」と一言断ってからサンドイッチを手に取る。

「ええと……メビウス1、さん?」
「メビウスでいい、数字までつけられるのは堅苦しい」
「あ、はい……メビウスさん、食べながらでいいので聞いて下さい。この世界と、今あなたが置かれてる状況を説明しますので」
「ん……そういや、説明してくれるんだったな。頼む」

メビウス1はサンドイッチとオレンジジュースを交互に口に押し込みながら頷いて見せた。

「まず、異次元ってご存知ですか?」
「……え?異次元?」

メビウス1の反応は、フェイトにとって予想通りのもの。この口ぶりだと彼は何も知らないようだ。

「メビウスさんのいた世界以外にもたくさんの異なる"世界"が存在してるんです。メビウスさんは、何らかの原因で意図せずに別の、私たちの世界にやって来てしまったんです」

信じがたいかもしれないですけど、と付け加えて話すフェイト。一方のメビウス1は食事をする手を止めて、怪訝な表情をしている。

「何……じゃあ、なんだ。ここは異世界だって言うのかい?」
「はい、次元世界って言うんですけどね」

沈黙。メビウス1はいきなり目の前に突きつけられたあり得ない現実に混乱しているようだ。

「ま、待ってくれ。そんなSF映画みたいな話を信じろって?」
「信じにくいのは分かります……けど、これが現実なんです」

フェイトはまっすぐ視線をそらすことなく彼を見つめる。メビウス1はどうもフェイトが冗談を言うために来た訳ではないことを悟り、頭を抱えて天井を見上げた。

「あー……本当かよ、そんな嘘みたいな話が現実に…待て、じゃあ昨日言っていた"次元漂流者"って?」
「次元漂流者というのは、要するに今のメビウスさんみたいに意図せず次元世界を飛んじゃった人のことです――私たち時空管理局は、そういった人たちを保護するのを仕事の一つにしてます」
「時空……管理局?」

フェイトはメビウス1の疑問に丁寧に一つ一つ答えていく。時空管理局はもちろんのこと、ここがミッドチルダと呼ばれる時空管理局の地上本部がある世界であること、そして"魔法"が技術の一つとして確立していることも。無論昨日自分となのはが飛行中のF-22に近づいてこれたのも魔法によるものと説明しておいた。
すべての疑問に答え終えると、メビウス1は何か諦めた様子でため息を吐いた。

「メビウスさん……?」
「いや、何でもない……やれやれ、目の前の現実を否定してもしょうがない、か」

どうやら彼なりに現実を受け入れたらしい。フェイトは信じてもらえたことにほっと胸を撫で下ろす。

「それじゃあ、メビウスさんの世界について教えてくれませんか?」
「俺の?」
「はい、管理局の設備ならメビウスさんの世界も見つけれるはずです。もちろん送り返すことも―」
「何?」

ぱっとメビウス1の表情が一瞬輝く。これもフェイトの予想通り。次元漂流者はまず、故郷に帰りたがるものだ。

「そりゃ本当かい?」
「本当ですよ。該当する世界が見つかればすぐにでも―あ、もちろんあの戦闘機も一緒に。だから―」

教えてくれます?とフェイトは微笑んで見せる。メビウス1に断る要素はなかった。

「ちょっと待ちー!その話、私も混ぜてもらえんやろか?」
その時、突如として独特の発音の言葉が二人の間に割り込んできた。

「はやて?いつの間に…」
「ついさっき、や」


なんだ、一人増えた――。
フェイトにはやてと呼ばれた若い女性は、メビウス1に向き直ると敬礼してみせた。

「どうも、お話中失礼しますわ。私、時空管理局機動六課の八神はやてって言います」
「こりゃご丁寧に……メビウス1だ、世話になってる」

メビウス1は答礼してはやての敬礼に答える。しかし、この無邪気な雰囲気の彼女に敬礼は似合ってないように思えた。

「はやて、急にどうしたの?」
「んー、彼の乗ってた戦闘機なんやけどね。私も見せてもらって、ちょっと確認したいことがあって来たんよ」

フェイトの問いに答えてはやては彼女の隣に腰を下ろす。これで機動六課の隊長格がなのはを除いて揃った事になる。

「メビウスさん……アメリカって国、知ってます?」
「アメリカ? いや、知らないな……オーシアなら知ってるが」

いきなり知らない国の名を問われて、メビウス1は戸惑う。彼の答えに、はやては「ふーむ、なるほど、やっぱり」と何やら納得している様子だった。はやてとしては九七管理外世界にてF-22を開発したのがアメリカ合衆国であることから、まずはその辺を確認してみようと思ったのだ。

「実はな、フェイトちゃん。メビウスさんの乗ってた戦闘機、私らの世界にあったんよ」
「え?じゃあ……」
「と思ったけど、シャーリー曰く細部が違うそうや。尾翼に描かれてたISAFって組織も、存在はするけど戦闘機は保有しとらんのや」
「ISAFって…ISAFはISAFだろう?そっちの世界じゃ違うのか?」

メビウス1は疑問の声を上げる。

「あ、ごめんなさい。私らの世界ってのは、九七管理外世界って言って、私や昨日お会いしたなのはちゃんの出身世界なんです。私らの世界でISAFって言うたら国際治安支援部隊って組織なんです」
「俺の世界じゃISAFは独立国家連合軍なんだが……まぁ、違う世界ならそんな偶然もあるか」

大して気にせず、と言うより気にしないよう努めてメビウス1は適当に頷いた。これ以上何か気にしていると頭がパンクしそうだ。

「とりあえず確認できたわ、メビウスさんは九七管理外世界の出身ではない、と。しかしそれならどこの次元世界なんやろうなぁ」
「はやて、これからそれを確認するとこなんだよ」

フェイトがはやてのぼやきに答えて、改まってメビウス1に質問を始める。

「それじゃメビウスさん……職業、それから名前を」
「ISAF空軍第118戦術戦闘飛行隊所属のパイロット…本名は、命令によりお答えできない」

本名を名乗らないのは最初は彼女たちを信用していなかったからだが、今は命令で迂闊に本名を名乗るなと命令されたのを思い出したからだ。特殊部隊の隊員が名を隠すのは、個人を特定されてテロリストに報復されたりしないようにするためなのと同じ理論である。

「……どうしても?」
「悪いな、これでも軍人なんだ。命令には逆らえない、例え異世界であってもな」

フェイトは困ったような表情をみせたが、はやてが「まぁ職業柄しゃあないんやない?」と助け舟を出してくれた。

「……まぁ、いいです。メビウスさんはメビウスさんですからね」

ひとまず納得した様子を見せたフェイトは次なる質問に移る。メビウス1は止まっていた食事を再開させながら、それらに答えていく。
小惑星ユリシーズの落下、それに伴う難民の大量発生と醜い押し付け合い、そしてエルジア共和国による武力侵攻、超巨大レールガン"ストーンヘンジ"の接収。大陸からのISAF軍撤退、その後の反撃作戦、そして終戦――。
「難儀な世界ですね……」
黙って彼の語る世界の有様を聞いていたはやてが言葉を漏らす。平和なミッドチルダと違う、戦乱の続いたメビウス1の世界に彼女は先ほどとは打って変わって沈痛な表情をしていた。

「……死人が山ほど出たよ。俺自身、任務とはいえ多くの命を奪った―とはいえ、戦争は終わった」

話はおしまいだ、とメビウス1はオレンジジュースの残りを一気に飲む。

「……世界はこんなはずじゃないことばっかり、ってお兄ちゃんが言ってたけど本当にその通りだよね」

フェイトがメモとペンをしまいつつ言った。

「……ありがとう、メビウスさん。必ずあなたの世界を見つけて、帰してあげますから」
「礼を言うのはこっちだ。飯も寝床も出してくれたんだし――ああ、F-22は?」

メビウス1は先ほどから自分の愛機が気になっていた。パイロットとして愛機が手元を離れているのはいささか不安な気分になってしまう。

「勝手ながら、簡単な調査を行わせてもらいました――けど安心してください、機体の機能を損なうようなことはしてません」

愛機の行方は、はやてが知っていた。メビウス1は彼女の言葉に安心したように頷く。

「じゃあ、メビウスさん――しばらくゆっくりしてて下さい。あなたの世界が見つかったら、すぐにお知らせしますので」
「足りないものとか、すぐに言うてください。出来ることはしますんで」
「悪いな、何から何まで……っ!?」
突如、耳障りな高音が鳴り響く。音の種類こそ違うが、メビウス1はこの手の類の音に聞き覚えがあった。即ち―
「警報……!?」
「フェイトちゃん、行くで!メビウスさん、後で!」

フェイト、はやては素早く立ち上がり、メビウス1に一礼してから慌しく部屋を飛び出していった。
――この世界にもスクランブル発進のような事態が起こりうる、と言うことか。平和を維持するのも大変だな。
部屋に取り残されたメビウス1はどこか他人事のように考えつつも、突然胸の中に現れた正体不明の違和感に戸惑いを覚える。

「なんだ、この感じは……?」

何かが来る。この平和な世界に似つかわしくない、邪悪な影が――。



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最終更新:2009年02月20日 21:52