Call of lyrical Modern Warfare 2
第15話 "Whiskey Hotel" / 取り戻せ星条旗
SIDE 時空管理局 機動六課準備室
五日目 時刻 2005
地球 衛星軌道上 次元航行艦『アースラ』
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長
地球の、衛星軌道上での核爆発。この情報がミスターRとミスRからもたらされた時、『アースラ』は幸か不幸か、地球に向かっていた。
超国家主義者たちの新たなリーダー、ウラジミール・マカロフのミッドチルダ臨海空港での無差別虐殺と計略により、つい先日まで同盟の関係にあったはずの地球のアメリカ合衆国と時空管理局は戦争状態に陥った。管理局側は米本土東海岸への奇襲空挺攻撃で米軍を翻弄し、首都ワシントンや大都市ニューヨークを蹂躙し続けている。このままでは戦火は拡大する一方であり、アメリカと管理局の共倒れを意図するマカロフの思う壺となってしまう。多くの人々は、その事実に気付かされないままに。
そこで、時空管理局の八神はやて三佐は、自身が指揮官として部隊の稼動準備を行っていた独立部隊『機動六課』、正確にはその準備のためである機動六課準備室を用い、事態の収拾とマカロフを捜索を開始した。
臨海空港でのテロが本当にアメリカの手によるものなのかどうかは、実のところ調査が完了していなかった。ただ、現場にテロの実行犯の一人と思われるアメリカ人の遺体が残されており、このためにテロはアメリカの仕業であるという推測が広まった。このためまずは調査を完了させ、その報告結果を待つべきという報復慎重派が管理局には多数いた。不運であったのは、彼らとは主張が相反するもの、すなわちただちにアメリカへの報復を強行すべきという報復強行派もまた、管理局には多数存在したことだ。強行派は慎重派を強引な手段で次々と逮捕してしまい、現在の管理局、それも地球への兵力輸送と攻撃を行えるだけの能力を持つ本局は主導権を強行派が握っている。
これに対し機動六課準備室は、報復慎重派の中でも特に大きな権限を持っていたクロノ・ハラオウン提督の救出作戦を決行。管理局の中でも優秀で人望もある彼を奪還し、クロノ自身が強行派に報復作戦の中止と撤退を呼びかければ、彼らは大きく動揺するだろう。強行派に鞍替えせざるを得なかった者も、戻ってくるかもしれない。
救出作戦ははやての呼びかけに応じた管理局の精鋭、それにジャクソンを初めとした米海兵隊や英SASの兵士たちの働きにより、無事成功。クロノはかつて自分が艦長を勤めていた次元航行艦『アースラ』へと帰還した。
クロノの救出に成功した機動六課準備室だったが、彼らは途中、気になる情報を入手した。地球でも現在、この戦争を裏で仕組んだ超国家主義者たちのリーダー、マカロフを追っている特殊部隊が活動中だという。部隊の名は、Task Force141。クロノとジャクソンの戦友、ソープもそこにいるらしい。もしも彼らとコンタクトが取れれば、地球と管理局の精鋭部隊で共同戦線を築くことが可能かもしれない。
そこで『アースラ』はTask Force141とのコンタクトを求めて、地球へ向かった。その途中、核爆発という情報を得た。
緊急招集がかかり、艦橋に集まった時の光景を、ジャクソンははっきりと覚えていた。この時間帯、本来はオペレーター席は当直勤務の者だけが座っているが、彼が艦橋に到着した時には全席が埋まっていた。中央の主任オペレーター席では、艦の主任オペレーターであるエイミィ・リミエッタという女性が、通信と解析の指示でてんてこ舞いをしていた。
何より、彼の視線を奪ったのは、艦橋にある大型の観測窓から見る地球だった。米本土、東海岸上空。自らの祖国。その東海岸が、暗い。西海岸や中央はまだ人々の生活がそこにあることを示す明かりが、宇宙である衛星軌道からでも見える。だが東海岸に限っては、真っ暗だった。「東海岸はみんな節電中か」と同僚のグリッグが言ういつものジョークも、耳に入らなかった。
それから、衛星軌道上に浮かぶ無数の残骸。これは何だろう、と思って観察を続けていたが、微速前進する『アースラ』の観測窓に、ドッと衝撃があった瞬間、艦橋で男女問わずの悲鳴が上がった。宇宙服も着ないままに、放り出された死体だった。服装からして、管理局の次元航行艦の乗組員であることが推測された。
ようやく、ジャクソンを含めて彼らは目の前でほんの数時間前、何が起こったのかを悟った。核爆発により、衛星軌道上に展開していた次元航行艦隊が、壊滅したのだ。大半は地上戦支援のためもっと高度を下げているとの情報だったが、『アースラ』乗組員たちが出くわした残骸は、衛星軌道上に残留していた艦のものだったのだろう。
現在、『アースラ』は救出活動を行っている。核爆発が追い詰められた米軍によるものなのかは不明だが、目の前で漂流している艦があれば、見過ごすことは出来ない。例え強行派の下で報復作戦に従事していた者であっても、今の彼らは助けを待つ漂流者であり負傷者だったのだ。
「医務室だけじゃ収まりきらないわ。食堂を臨時で救護室にして! 軽傷の者は幹部食堂、重傷者は私のいる一般食堂に!」
まるで野戦病院だ、とありったけの医薬品を担ぎ込むジャクソンは思った。一般食堂は現在、地獄絵図だ。火傷、切創、骨折といったありとあらゆる負傷者が運び込まれ、それを医師免許を持つ彼の恋人、シャマルと『アースラ』の医務室のクルーが懸命な治療を施している。シャマルは実質、重傷者治療の指揮を取っていた。
白衣の天使とはよく言ったものだが、クルーたちの着る白衣はもはや白くなかった。ほとんどが赤黒く染まっていたのだ。
「シャマル、モルヒネと包帯、それから消毒液だ。他に必要なものは?」
「ありがとう、そこに置いておいてください。医薬品はいいから、ジャクソンさんは私を手伝ってください!」
振り向きもせず、シャマルは言う。彼女に言われるがまま、ジャクソンは彼女を手伝った。と言っても、出来ることは少ない。医者でもなければ看護師の資格を持つ訳でもない彼は、あくまでもただの兵士でしかないのだ。負傷者の傷口を固く縛れ、と命じられれば包帯を持ち出して止血をする。抑えて、と命じられれば、麻酔が尽きたために苦しみもがく重傷者の手足を抑える。励ましてあげて、と命じられれば、泣き言を口にする負傷者に「治療はうまくいってるぞ」と励ましの言葉をかけた。言われたことをするしかない。彼にはそれが悔しかった。今、ジャクソンの愛する恋人は、目の前の命を救おうと必死になっているというのに。
一人の治療が終わった後、ようやく一旦重傷者の搬入が止まった。軽傷者はまだいるが、彼らはただちに命の危険が迫っている訳ではない。医者も人間なのだから、休める時に休まねば自分が怪我をしてしまう。
飛び散った血がそのままになった白衣で、シャマルは疲れたように腰を下ろした。明るく元気ないつもの彼女も、この時ばかりは疲れ切っていた。
「大丈夫か? 欲しいものがあったら言ってくれ。そうだ、喉が渇いたろう。水を持ってくる」
「あ、いえ、いらないです。それより…」
見かねたジャクソンが気遣って声をかけたが、彼女は首を振った。その代わりに、手を伸ばして彼のそれを掴む。血に塗れたシャマルの、細い指。しかしジャクソンは嫌悪しなかった。無言で、彼女の次の言葉を待つ。
「…傍にいてください。ちょっとだけで、いいから」
頷き、ジャクソンはシャマルの傍に腰を下ろす。医師免許を持っているからと言って、グロテスクな人の怪我を見ても平気かどうかと言えば、それは違う問題のはずだ。彼女の肩が、わずかに震えている。人の命をいくつも救ってきたその肩は、逆を言えばそれまでずっと人の生死を左右させてきたのだ。よくもプレッシャーで押しつぶされないものだ。
震える恋人を安心させるようにして肩を抱く兵士は、思考の片隅で祖国のことも考えていた。アメリカ合衆国。一度、彼が忠誠を誓った身の国。シャマルやはやてたちとの縁のおかげでミッドチルダの連絡官となっていたが、戦争がその関係を破壊しようとした。ジャクソンはその時、祖国ではなくシャマルたちと共にいることを選んだ。それがひいてはアメリカを救うことになる、と思っていた。
しかし、実際のところはどうなのだろう。艦橋で見た、暗闇の東海岸が脳裏から離れない。まるで、そこだけ黒いインクで塗り潰したかのようだった。黒い東海岸、黒いワシントン、黒いニューヨーク。このまま祖国は真っ黒に染まっていくのではないだろうか。そう思うと、気が気でない。
報復強行派は無論止めなければならないが、ジャクソンたちの手だけでは難しい。この戦争は一種の病気のようなものだ。マカロフを倒すと言う根本的な治療はもちろん必要だが、ジャクソン
としてはこれ以上祖国の被害が拡大しないよう、報復強行派を止める対処療法も必要だ。そのためには今も戦っているであろう米軍に期待するしかない。核爆発で次元航行艦隊が壊滅したとなれば、反撃の糸口も見出せるだろうか。
かつての顔も知らない戦友たちに、彼は祈るような思いを寄せていた。頼む、星条旗を取り戻してくれ。
SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊
五日目 時刻 1850
ワシントンD.C.
ジェームズ・ラミレス上等兵
気のせいか、誰かに応援されたような気がした。頼む、星条旗を取り戻してくれと。
それが誰からのメッセージだったのかは分からない。空耳か、あるいは思い過ごしか。本当に遠く離れた誰かからの、応援だったかもしれない。
ラミレスは銃を握る腕に改めて力を入れた。空耳でも思い過ごしでもいい。これから自分は、本当に星条旗を取り戻しに向かうからだ。いや、正確には"自分たち"だ。星条旗を取り戻すため、集結したワシントン防衛の米陸軍、海軍、海兵隊、果ては脱出して陸戦に加わるざるを得なくなった空軍のパイロット。まさしく混成部隊。ラミレスと、彼が所属する第七五レンジャー連隊はその一員だった。
土砂降りの雨は、まだ続いていた。崩れ落ちた退避壕の天井からは容赦なく天から水が滝のように降り注ぎ、進む兵士たちの足をもつれさせようとする。しかし、その程度でレンジャーたちの前進は止まらない。これから向かう目的地は、アメリカ人であると自覚するならもっとも重要な象徴だからだ。
「ウイスキーホテルへ急げ!」
「聞いたろ、こっちだ!」
陸軍の兵士が方向を指差し、海軍の兵士が前を行く。ウイスキーホテルとは、NATOファネティックコードと呼ばれる通話表で『W』と『H』を意味する。ワシントンで『WH』という建物と言えば、もはや一つしかない。
前を行く戦友たちに続き、ラミレスが所属する分隊の長であるフォーリー軍曹がレンジャーたちの先頭に立つ。退避壕から地上に出れば、そこはただちに戦場だった――ホワイトハウスと言う、戦場。アメリカ合衆国の政府機能の中枢にして、合衆国を象徴するもの。防衛部隊の奮戦も空しく、管理局の陸戦魔導師たちに占拠されてしまったが、ここを奪還するのだ。幸か不幸か、ホワイトハウスは見るも無残な形で武装化されてしまっているが、いかなる理由か国旗はまだ星条旗のままだ。文字通り、星条旗を取り戻すための戦いになる。
無論、象徴を取り戻すためだけに彼らは危険を冒して敵が陣取るホワイトハウスに攻撃を仕掛けた訳ではない。ワシントン防衛の陸海空軍、海兵隊の残存兵力全てを持って挑むのには、それなり以上の理由があった。
「M240Bを撃ち続けろ! 左翼にもっと兵力を回せ!」
指揮官らしい男が、双眼鏡を手に最前線で指揮を執っている。ラミレスたちにホワイトハウスに集まるよう指示を下した、陸軍のマーシャル大佐だ。本来ならもっと安全な後方の指揮所で参謀たちと協議の上で作戦を決めるような者が、今まさに銃弾が目の前で飛び交う戦場に乗り込んで、自ら陣頭指揮に当たっている。
「大佐、状況は!?」
「我々は"希望の丘"を前にしているぞ、軍曹!」
フォーリー軍曹が大佐に駆け寄り、状況説明と指示を乞う。マーシャル大佐は興奮しきった様子で、しかし指示自体は冷静に下す。
「ホワイトハウスの電力はまだ生きている! つまり、あそこを奪い返せば司令部と通信が可能になるんだ!」
「もし駄目なら!?」
「海兵隊の通信手によれば、ワシントンは更地にされるそうだ! 空軍による焦土作戦が始まる!」
何だって、正気かよ司令部――分隊長と大佐の会話に聞き耳を立てていたラミレスは、怒りと焦燥が入り混じった視線でホワイトハウスを見る。二階に築かれた陣地から魔力弾の妖しい光が飛び、大地を耕すような勢いで放たれる。右翼に展開する海兵隊が機関銃で制圧を試みているが、敵はホワイトハウスの屋上にあるライトで夜の闇を切り裂き、海兵隊にお返しの銃撃を送って彼らの手を焼かせていた。敵はこちらの姿をはっきりとライトで映し出してしまえるのだ。
否、重要なのはそこではない。ライトが使えると言うことは、ほんの数時間前に発生したあのEMPの影響を受けなかったか、もしくは最小限の被害で済んだということだ。政府機能の中枢というだけあって、電磁パルスを浴びても耐えられるよう設計されていたに違いない。マーシャル大佐の言う通り、ホワイトハウス内にある通信機もおそらく健在であろうから、中央司令部と交信して爆撃中止を要請できる。
それにしても焦土作戦かよ。俺たちはまだ戦ってるんだぞ。中央司令部と連絡がついたら、力の限り罵倒してやる。ラミレスはしかし、そんな怒りも生きていればの話だと思った。今は、進
むしかない。ホワイトハウスを、取り戻す。
「分かったら行け! 軍曹たちは左翼だ!」
大佐の命令が下る。異議を唱える者はいなかった。ここで尻込みしていては、どの道ワシントンは焦土と化してしまう。例えホワイトハウスから激しい銃撃が放たれていようと、生き残るには前に進むしかない。
分隊、前進とフォーリーが例によって前に立った。ラミレスたちも続く。
背後からは続々と増援にやって来た味方がいて、決死の援護射撃を敢行する。それで敵の銃撃は収まらず、かえってホワイトハウスからのライトが浴びせられ、反撃を浴びてしまうが、おかげでラミレスたちに降り注ぐはずだった魔力弾はそちらに集中することになった。この隙を逃してはならない。
分隊にとって幸運だったのは、庭のど真ん中に墜落した友軍のヘリが立ち塞がっていたことだ。もはやローターは全て折れて千切れ、墜落時の衝撃でグシャグシャにひしゃげた機体だったが、敵の魔力弾を防ぐには充分過ぎるほどの盾となっていた。援護射撃が途絶え、ラミレスの足元にも光の弾丸が掠め飛ぶようになりだしたその時、彼はこのヘリの残骸に向かって走り、滑り込むようにして陰に入った。カン、カンと甲高い金属音が鳴り、兵士を狙ったはずの魔力弾は弾き返されていく。このヘリは死してなお、国のために尽くしていた。なんという愛国心、忠誠心。これで前進に合わせて動いてくれれば文句は無かったのだが。
とは言え、逃げ込んだはいいがこの先が問題だった。ホワイトハウスは真正面からは近付けない。厳重に封鎖されており、積み重ねられた障害物を撤去するだけでも相当な時間が食われる。
一番手薄なのは西側、大統領の執務室などが存在するウェストウイングからだが――勇気を振り絞り、残骸から身を乗り出して前進を図った味方の兵士が一人、西側から飛んできた魔力弾を浴びてしまい、悲鳴も上げないまま地面に崩れ落ちた。助けようと同僚らしい兵士が前に出ようと試みるが、途端に忌々しい魔法の弾丸が飛んできて、その動きを止める。
敵も必死。ラミレスは身をもって思い知らされた。EMPは、管理局の魔導師たちの装備にも重大な影響をもたらした。連中にとっての魔法は科学として成立しているものであり、様々な魔法の発動を補助するデバイスと言われる一種の魔法の杖も、電子機器が用いられていることが多い。だから、例えば飛行魔法を使っていた魔導師なども突然電磁波を浴びて、飛行の補助を行っていたデバイスが死ねば、墜落する可能性は充分にある。現に、ラミレスは目の前に落ちてきた魔導師を目撃した。召還魔法で竜を呼び出し、背中に乗っていた魔導師も、通常なら気性が荒くとても飼い慣らせないワイバーンを魔法で制御していた。その魔法の補助を担っていたデバイスが突然死ねば、竜も乗り手も混乱し、墜落してしまう。奴らも追い込まれている。ホワイトハウスに立て篭もる魔導師たちは、ここが陥落すれば行き場を無くすのだ。
「ラミレス、進めないか!?」
「援護射撃はどうなってんです、これじゃ釘付けだ。もっと火力を!」
離れたところにいるフォーリー軍曹からの声が飛ぶが、どうすることも出来ない。機関銃が支援の銃撃を行っているのは知っていたが、ウェストウイングに陣取る敵の攻撃までは抑えてくれなかった。
こうなったらイチかバチか――手に持つM4A1を握りなおす。身を乗り出し、どうか弾が当たらないことを祈って進むしかない。そう思ってヘリの残骸から離れようとしたその時、彼のすぐ隣に二人の兵士が駆け寄ってきた。自分たちと同じようにホワイトハウス奪還のため集まった友軍兵士、名も知らぬ戦友。一人は長銃身のM14を持ち、もう一人はM16A4を持っていた。
「おい、そこの若いの。俺たちが援護してやる」
「"俺たち"? 他にも来るのか」
「いいや、俺たちは俺たちだ――二人だよ。そんな情けない眼をするな。シュガート、やってくれ」
たった二人の援護、と聞かされてラミレスは泣きそうになったが、どうにも様子がおかしい。やって来た二人の兵士のうち一人、シュガートと呼ばれた兵士はM14を構えて、まずはこちらと言わんばかりに、ホワイトハウスの中央、レジデンスと呼ばれる建物の屋上に見えるライトを狙う。先ほどからこのライトが支援してくれる機関銃に浴びせられ、敵の銃撃を助けていたのだ。しかし狙うと言っても、眩い光を発するライトはおおよその位置は掴めても、正確な位置までは捕捉出来ないのではないか。
機関銃の発する連続した銃声、敵のものとも味方のものとも区別がつかない悲鳴と怒号、時折響く爆発音の最中、シュガートの持つM14が、七.六二ミリ弾特有の独特な銃声を放つ。一発、二発、三発。パッとライトの光が消えた。ホワイトハウスの屋上から振りまかれていたあの忌々しい光が。これで援護射撃を行う機関銃が狙われにくくなった。
シュガートはさらに、西側にいる敵にも狙撃を敢行。パン、パンと銃声が鳴り響き、アッと短いが悲鳴が上がる。敵の銃撃が、少しずつであるが、勢いを衰えさせていく。
「ほら、行け。今なら撃たれない」
M16A4を持つ兵士が、ラミレスの肩を叩いて前進を促す。迷っている暇は無い。頷き、彼は駆け出した。目指すはウェストウイング。そこから内部に侵入し、ホワイトハウス内の敵を掃討する。
走り出した若いレンジャー隊員を見送り、残って援護射撃を続ける二人の兵士は、ふと目の前で盾となるヘリの残骸を見る。グシャグシャにひしゃげているが、間違いなく陸軍のUH-60ブラックホーク輸送ヘリだ。
「おいゴートン、またブラックホークだ。モガンディッシュ再来だな」
「言うなよシュガート。お互いろくな思い出ないだろ、あそこは」
「違いない」
ゴートン、と呼ばれた兵士はM16A4をウェストウイングの方向に向ける。射線上に味方がいないのを確認した上で、引き金を引いて銃撃。薬莢が弾き出され、放たれた弾が不運にも狙われた魔導師の一人を射抜いて倒す。
「なぁシュガート、今度は生き残れるかな」
「あぁ、主役にはなれないかもしれんがね」
ウェストウイングに侵入出来たのは、ラミレスの他は分隊長のフォーリー、副官のダン伍長のほか数名のみだった。侵入するまでに出た犠牲が、大きすぎたのだ。
もっとも、それで進軍を止める訳には行かない。大統領の執務室に入った分隊は敵がいないのを確認し、増援を待たずしてさらに前進しようとする。
「ダン、扉を開けろ」
フォーリーの指示が飛ぶ。にも関わらず、ダン伍長は何を思ったのか動かず、普段なら大統領が座っているであろう椅子の背後にある壁、そこにある版画ばかり見ている。よほど物珍しいのか、しかしここは戦場だ。
もちろん、ダンは何も版画が珍しくて立ち止まっていた訳ではない。壁にかかった版画の向こうから、音声が流れ出ているのだ。ラミレスも先ほどから気になっていた。版画が外されると、壁に埋め込まれたスピーカーが姿を見せる。このスピーカーは、どうやら中央司令部からの通信放送を流しているらしい。
≪――にいる全部隊に告ぐ。D.C.にいる全部隊に告ぐ。ハンマーダウンを実行する。繰り返す、ハンマーダウンを実行する。この通信を聞いた者は政府の重要施設へ向かえ。その屋上で緑色のスモークを焚け。確認後、ハンマーダウンは中止される。繰り返す、D.C.にいる全部隊に告ぐ――≫
「軍曹、これ聞いてます?」
ダンがとぼけたような声で言う。ハンマーダウン、要するに焦土作戦だ。重要施設の屋上で緑のスモークを焚けば、爆撃は中止されると放送は言っている。重要施設、ラミレスたちはまさにそこにいるではないか。政府の重要施設、それもとびっきり重要な場所に。
「聞いてるから急ぐんだ! 扉を開けろ!」
了解、とダンが扉の前に立つ。鍵がかかっていたが、銃で鍵ごと撃って壊した。扉が開かれ、分隊は一気に進む。妙な気分だ、とラミレスは思った。大統領も歩いていたであろうホワイトハウスの中を、完全武装の姿で進むことになろうとは。出来れば観光旅行で来たかった。
テレビでお馴染みの報道フロアへ到着すれば、出迎えてくれたのはマスコミではなく魔導師たちだった。眩い閃光もカメラのフラッシュではなく、当たれば致命傷になりかねない魔力弾と来ている。
お返しの銃弾を叩き込み、ラミレスたちは壁に身を寄せる。手榴弾のピンを抜いて、スリーカウントしてから投げ込む。今日の報道発表は手榴弾三個。爆発したのを確認し、銃を乱射しながら突っ込んだ。爆風に怯んだ魔導師たちは体制が整う前に攻撃を受け、次々と倒れていく。
報道フロアを抜けて、さらに奥へ。もう一刻の猶予もない。立ち塞がる敵を薙ぎ倒していく。
≪爆撃まであと二分≫
「あと二分だ、急げ!」
放送が残り時間を告げて、フォーリーの指示が飛ぶ。とにかく今は屋上へ。しかし、屋内ゆえに入り組んだ地形と敵の必死の防衛網がラミレスたちの前進を阻む。
「伏せろ、陸軍!」
背後で突如、叫び声が聞こえた。振り返ると同時に、ラミレスは地面に己の身体を叩きつけるようにして伏せる。彼が見たのは、やたら大きな筒を構えた兵士が、敵に向かって何か叫んでいるものだった。
白煙が吹き上がり、頭の上を何かが飛んでいったと認識した直後、向こう側で爆発が舞い起きた。同時に、敵の悲鳴も。ただちに立ち上がってみれば、魔導師たちが地形ごと吹き飛ばされていた。
背後からAT-4ロケットランチャーで援護してくれたのは、海兵隊の迷彩服を着た兵士たち。否、海兵隊そのものだった。分隊長の二等軍曹が駆け寄ってきて、「ここは俺たちに任せろ」とフォーリーに言っている。
「敵はここで食い止めてやる、行け」
「頼みます、二等軍曹。ダン、ラミレス、ついて来い!」
言われるまでもない。ラミレスは先を急ぐフォーリーとダンを追いかけようとして、ほんの一瞬立ち止まり、先ほどAT-4をぶっ放し、こいつだけは空軍の迷彩服を着ていた女性兵士に親指を立てた。
言葉を交わす時間は無い。その必要も無かった。幸運を、と親指を立てただけで、女性兵士には伝わった。彼女は一瞬の微笑を浮かべて答えてくれた。
「敵を一人も通すな。ロケット、サントスと一緒に右を固めろ!」
「了解! エイリアンの相手よりは楽ですよ!」
「よし、その意気だ。2-5、退却!?」
『クソ喰らえ!』
背後で交わされる海兵隊員たちの合言葉の、なんと心強いことか。彼らに任せておけば、後ろから敵がやって来ることはない。ラミレスたちは、屋上に向かう。
爆撃まで残り九〇秒、と放送が告げた。
階段が瓦礫で埋まっていたが、レンジャーたちはその瓦礫の上を強引に突き進む。昇りきれば、もうあと一息で屋上に到達出来るところまで進んでいた。
しかし、よりにもよってこんなところで敵は防衛線を構築していた。即席ゆえに時間さえあれば突破は難しくないが、今はその時間が無い。やむを得ない、と判断し、フォーリーとダン、それにラミレスは突撃を敢行する。無論、ただ突っ込むだけではすぐに撃たれてしまうだろう。残った手榴弾とM203グレネードランチャーをありったけ叩き込み、遮蔽物を徹底的に破壊したところで一気に突っ込む。魔導師たちは急激に距離を詰められたことで混乱し、収まらないうちに分隊は銃撃を叩き込む。
一人の魔導師を撃ち倒した時、ラミレスの持つM4A1がカチン、と小さく断末魔を上げた。弾切れだ。空になったマガジンを取り外そうとして、チェストリグのマガジンポーチにもう残弾が残っていな
いことに気付く。あとは同じくチェストリグにあるホルスターに収められた、ベレッタM92F拳銃だけだ。
不意に、背後に殺気。振り返ると同時に、弾切れになったM4A1の銃身を前に突き出した。ガッと衝撃が走り、かろうじて体勢を崩さず済んだ。生き残った魔導師の一人が、デバイスで殴りかかって来たのだ。敵の目は血走っており、相当興奮しているのが見て取れた。
拳銃を抜こうとした矢先に、もう一撃が振り下ろされる。再びM4A1で受け止めたが、今度は衝撃を受けきれず、ラミレスは無様に転んでしまう。M4A1も弾き飛ばされてしまった。好機と見たのか、魔導師はデバイスを槍のように突き立て、迫ってくる。こいつは何か言っていた。家族の仇だ、アメリカ人め。
倒れた姿勢のまま、兵士は突っ込んでくる魔導師に向けてM92Fを抜いた。照準もままならないまま、銃口だけを魔導師に向けて、右手だけで撃つ。手のひらに反動が走り、薬莢が弾き出され、放たれた銃弾が敵に吸い込まれていく。間一髪、ラミレスを殺そうとデバイスを突き立ててきた魔導師は、寸前で返り討ちにあった。
家族の仇だと――倒れ込んできた敵の死体を押しのけて、彼は言い様のない怒りに囚われた。お前らが仕掛けてきた戦争だろうが。ふざけやがって。お前らのせいで何人死んだと思ってる。
「爆撃まであと三〇秒だ! 屋上に上がれ、行け行け行け!」
先に進んだフォーリーの声が聞こえて、ラミレスは怒りの炎をそのままに駆け出した。階段を昇り、走りながらチェストリグの腰の方にあるパックから、緑色の発炎筒を持ち出す。
大勢死んだ。この戦争で、何人も何十人も、何百人も何千人も、もしかしたら何万人も。多くの人が家を失い、家族を失い、友を失った。それなのに、家族の仇だと? ふざけてる。管理局の奴ら、ふざけている。被害者面もいい加減にしろ。家族を、友を失ったのは、俺たちだってそうだ。他ならぬ、管理局の手で。アレン先輩も、帰ってこないんだ。
身体は疲れきっていた。通常なら、もう一歩も歩けないほどだ。にも関わらず、ラミレスは走った。怒りが、彼の原動力だった。
屋上に辿り着く。星条旗が風に翻っていた。先に到着していたダンとフォーリーは、すでに発炎筒を焚いて力一杯、緑色の煙を火災で紅く照らし出された夜の空に見せつけようとしている。ラミレスも同じように、発炎筒を焚いた。緑色の煙が、ホワイトハウスの屋上に流れていく。
≪ホワイトハウス上空にグリーン・スモークを視認、グリーン・スモークを視認!≫
≪攻撃中止、攻撃中止。ワシントン防衛部隊はまだ健在だ。繰り返す、攻撃中止!≫
聞こえるはずの無い、爆撃機のパイロットと中央司令部の交信が耳に入ったような気がする。はるか空の向こうから黒い塊のようなものが急接近してきて、味方の戦闘機だと気付く。F-15Eストライク・イーグル、空軍の戦闘爆撃機。そのF-15Eが、ホワイトハウスの真上を通過していった。一発の爆弾も、投下することなく。
終わった。ホワイトハウスを奪還し、爆撃は中止された。ワシントンは防衛された。ひとまずは、だが。
「それで――」
役目を終えた発炎筒を投げ捨てて、ダンが口を開く。
「俺たちはいつクラナガンに行くんですかね」
ダンの眼が、憎しみに染まっている。クラナガンとは、ミッドチルダの首都だ。そのミッドチルダは時空管理局のお膝元であり、実質的にクラナガンは管理局にとっての首都であると言ってもいい。
自分たちの祖国を、これだけ滅茶苦茶にされたのだ。報復は、当然だ。
「その時は、滅茶苦茶にしてやる」
ラミレスは、天に向かって言い放つ。彼の眼もまた、憎しみの炎に染まっていた。否、ひょっとすれば、その炎は誰よりも強いものだったのかもしれない。
「その時が来たらだ、その時が来たら」
フォーリーの戒めの言葉も、今の彼には届かなかった。
最終更新:2013年06月02日 21:43