ほんの数年前、彼はまだ新米だった。
もちろん、厳しい選抜試験を突破して着任してきたのだから、本当に何も出来ない新米ということはなかった。イギリス陸軍特殊部隊、通称"SAS"に配属されたことが、彼の能力を物語っていた。
それでも実戦経験が無いという意味では、やはり彼はまだ垢抜けきらない新兵であり、未熟さゆえのミスもあった。それが元で死に掛けたこともあり、上官が助けてくれなければ今の自分はあり得なかっただろう。
やがて月日が経って、彼は新米を卒業し、大尉にまで昇進した。指揮官となり、部下を持つようになった。最初のうちはそれが実感出来なかった。俺が上官の立場になるなんて、あの頃は考えもしなかった、と。しかし、目の前の状況は彼にいつまでも新兵であることを許さず、生きたくば成長せよ、指揮官となれと命じてきた。
部下に命令を下す、というのは想像以上に辛いことだった。自分の命令一つで、彼らは死ぬ可能性だって充分にある。あるいは、最初からそうしろと言わざるを得ないこともあるかもしれない。死んで来い、と。
だからこそ、彼は自分に出来た部下がかわいくてしょうがなかった。彼らは俺に命を預けてくれている。ならばそれに応えるのが役目であり、そして部下たちは命令を忠実にこなしてきた。ここに来てようやく、彼は胸を張って言えるようになった。俺は指揮官である、俺は上官である、と。
その大事な部下たちが、裏切りによって死んだと聞かされた時、彼は何を思っただろうか。どう思っただろうか。
答えは彼だけが知っている。マクダヴィッシュ大尉、かつての"ソープ"だけが。
Call of lyrical Modern Warfare 2
第17話 The Enemy of My Enemy / 二つの線
SIDE Task Force141
六日目 1603
アフガニスタン カンダハル南西160マイル 第四三七廃機場
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉
「ティーダ! ゴースト! ゴースト! 聞こえないのか!? Task Force141、誰か応答しろ!」
誰でもいい。せめて誰か一人、応答してくれ。生き残っていてくれ。誰か。通信機に向かって怒鳴る自分の声に悲壮さが帯びてきていることなど、ソープが気付くはずもない。
退役した航空機が最後に辿り着く場所、墓場、スクラップヤードのど真ん中に彼はいた。敵に追われて、ここに逃げ込んだのだ――"敵"とは誰だ。もう判断がつかない。マカロフの率いる超国家主義者たちの奴らも、シェパードが指揮下に置く私兵部隊も。何もかも敵だった。
二箇所あるマカロフの隠れ家のうち片方であるアフガニスタンに辿り着いたソープたちだったが、そこにマカロフはいなかった。代わって現れたのが、シェパードが掌握している民間軍事会社"シャドー・カンパニー"の傭兵部隊だった。彼らは味方であるはずのソープたちを狙い、追ってきた。共に行動していた部下たちは次々と倒れ死んでいき、残ったのはどこかではぐれてしまったプライスと他数人となっていた。そして、今は一人だった。
通信回線は沈黙したままだった。誰も応答しようとしない。ティーダも、ゴーストも、ローチも、みんな。
くそ、と吐き捨て、ソープは拳を辺りに放置してあった航空機の残骸に叩き付けた。ガン、と硬い肉がジェラルミンの肌を叩いて金属音を響かせる。それで彼の怒りが消えるはずもない。
≪彼らは死んだよ、ソープ。シェパードは隠れ家で証拠隠滅の真っ最中だろう≫
それまで沈黙を保っていた通信機に声が入る。信頼出来る――この状況においてはただ一人だけの、信頼出来る上官――プライス大尉のものだった。
「……シェパードが裏切りやがった!」
≪裏切られるのが嫌なら、誰も信用せんことだ。俺のようにな≫
仲間が死んだ。それも、味方だったはずの者の手で。そのはずなのに、プライスの声は淡々としていて、まるで他人事のようですらあった。
しかしそれは違うと、ソープは断言する。彼が信じる上官は、決してそのような冷血な男ではない。身を危険に晒してでも民間人を助けるし、脱出するヘリに飛び乗った時、滑って落ちかけた自分の手を掴んで放さなかったのもプライスだった。
冷静になれ、彼のように。怒りに呑まれるな――自らに言い聞かせた後、ソープは武器の確認を行う。短機関銃のMP5Kに、サイレンサー装着のM14EBR。手榴弾とフラッシュバンが数個。これでシェパードたちの私兵の追撃を振り切れるか。
≪ニコライ、こっちの位置が分かるか≫
どうやらプライスは古馴染みの戦友と連絡を取っていたらしい。ニコライはかつて彼らが助けた諜報員の一人で、今は民間軍事会社の経営を行っている。つい先日、ブラジルで回収
のヘリを出してくれたのも彼だった。
≪ああ、分かっている。しかし、そっちに向かっているのは俺だけじゃないぞ≫
まるでニコライの言葉とタイミングを合わせたように、ソープの聴覚は突然のロシア語を掠め取った。
ただちに物陰に身を隠して様子を伺えば、ジープやトラック、果ては装甲車までもが続々とこの航空機の墓場に現れ、武装した兵士たちが下りて来る。
彼らの不揃いな装備は正規軍ではないことを示していたが、同時に統率された動きはただのゲリラではないことも示していた。訓練を受けているに違いないが、正規軍ではない。とすると、超国家主義者たちか。
≪シェパードの部隊と、マカロフの部隊だ≫
≪一度に相手するには戦力不足だな……ニコライ、何で回収に来るんだ≫
≪中古のC-130だ。チャフとフレアは満載してきたが、あいにく一〇五ミリ砲も四〇ミリ機関砲も搭載してない。あれは高くてAC-130化するには予算が……≫
「それとも潰し合わせるか、だな」
ニコライとプライス、二人の会話にソープが割り込んだ。シェパードにとってTask Force141は『真実を知る者』として一刻も早く消してしまいたいだろうが、超国家主義者たちも敵であることには変わらない。超国家主義者たちにとっても同様であり、この廃機場は三つ巴の様相を表していた。
≪ともかく向こうで落ち合おう、戦友≫
ロシア語訛りの英語で告げられて、ソープはふと思う。戦友、か。ここにクロノやジャクソンがいれば、どれだけ心強かっただろうか。
MP5Kのスリングを肩に引っ掛けて背中の方に回し、M14EBRを構える。目的地はこの先にある滑走路だ。そこまで行けば、ニコライのC-130が着陸して回収してくれる。
ゴースト、ローチ、ティーダ。お前らの仇は俺が取る。決意も新たに、ソープは駆け出した。
無造作に積み重ねられ、放置された様々な航空機の残骸の間を抜けて、ソープは進む。
彼はギリースーツを着ていたが、緑のカモフラージュ装備はここではかえって目立ってしまう。敵が来れば隠れ、まずは様子を伺う。敵とはこの場合、プライスと他に数名生き残っていると思われるTask Force141の隊員以外の者だ。
M14EBRを構えて進む彼の視界に、黒尽くめの兵士たちの姿が走る。即座に身を屈め、手近にあった旅客機の座席に隠れる。
兵士たちの装備はアサルトライフルのACRやSCAR-H、UMPなど西側のもののようだ。ソープが持つM14EBRもMP5Kも西側だが、銃は同じ陣営のものでも持ち主は敵同士だった。おそらくはシェパードの私兵部隊だろう。
敵兵たちは周囲を警戒しつつ、その場に居座る構えを見せた。参ったな、とソープは顔を曇らせる。ここを突破しなければ、ニコライの降りて来る滑走路に向かえない。狙って撃つのは簡単だが、一人殺せば残りの者がこちらに殺到するだろう。
こういう時にクロノがいれば楽なんだが――今は行方知らずの魔導師の姿が脳裏をよぎる。
その直後、私兵部隊に動きがあった。ソープが潜む場所とはまったく異なる方向に向けて何か指を指し、銃口を向けている。何事かと見守れば、目の前で突如、銃撃戦が始まった。視線を走らせると、超国家主義者たちが続々と集まり、シェパードの私兵部隊に襲い掛かっている。私兵部隊も応戦し、周囲は銃声と怒号で埋め尽くされていった。
チャンスだな、と彼は行動を開始した。身体を低くし、銃を油断無く構えたまま、しかしゆっくりと動き出す。放置されているコンテナの裏に回って、私兵部隊と超国家主義者たちが撃ち合っている隙に進んでしまう魂胆だった。
立ち止まり、角の向こうの様子を伺う。まだ動こうとしない黒尽くめの兵士がいた。数は二人、こちらに気付いた様子は無い。警戒にでも就いているのだろうが、おかげでその先に進もうと思っても進めない。
M14EBRのスコープを覗き込み、ソープは息を吸い、吐き出さず止める。引き金にかけた指に力を込めれば、小さな機械音が鳴って、肩に当てた銃床に反動があった。放たれた銃弾が、道を塞いでいた敵兵の頭部を貫く。
いきなり隣にいた相棒が撃ち倒されたことで狼狽したもう一人にも、間髪入れずに銃弾を叩き込む。悲鳴は銃声に掻き消されただろうから、敵が駆けつけてくることはあるまい。
≪ソープ、出来るだけ奴らに殺し合わせろ。弾を無駄にするな≫
言われずともやっているところだ。プライスからの通信に、ソープは沈黙で応じた。答えを返さないのが、了解を意味するところだった。
しかし、プライスは思いもよらぬことを口にする。
≪敵の通信機を奪った。俺はこれからマカロフと交信を試みる≫
「……なんだって? プライス、何を考えているんだ」
≪マカロフ、聞こえるか。プライスだ≫
本当に何をする気なんだ。信頼出来る上官を今更疑うつもりはないが、それゆえにプライスの行動の目的が彼にはさっぱり読み取れない。
敵兵同士の銃撃戦を尻目に先を急ぐ傍ら、ソープは片耳に入れた通信機のイヤホンにも神経を尖らせていた。
≪シェパードは今や英雄だ、全軍の指揮権を手に入れた。お前の作戦計画もな。シェパードの情報を寄越せ、片付けてやる≫
作戦計画、おそらくローチたちが襲撃した隠れ家で得た情報に違いない。マカロフ自身は直前で危機を察知して逃げ出しもぬけの殻だったが、シェパードにとってはどうでもよいことだったに違いない。マカロフの情報がそこにあるのは知っていただろうし、Task Force141の"処分"の方が重要だったはずだ。
しかしプライス、マカロフと共闘する気か。あの狂犬と。
≪聞いているんだろう、マカロフ。このままではお前の命は一週間と持たんはずだ≫
応答は来ない。いくらマカロフにとってもシェパードは敵とは言え、ムシがよすぎる話だったか。
次の瞬間、ソープは己の考えが誤りだったことに気付く。
≪貴様の命もな≫
――応答しやがった、マカロフだ。
≪マカロフ、こんな諺を知っているか? "敵の敵は味方"だ。違うか?≫
≪プライス、いつかその考えが諸刃の剣だということに気付くはずだ――シェパードなら"ホテル・ブラボー"だ。貴様にはそれがどこか、分かるな≫
≪充分だ≫
≪では、地獄で会おう≫
≪ああ。先に行ったらザカエフによろしく言っておけ≫
通信は、切れた。あの狂犬は、シェパードを倒すのを手伝ったことになる。
ホテル・ブラボーなる地点がどこを指すのかソープには分からないが、プライスはそれを知っている様子だった。今は彼を信じるしかない。
≪ソープ、急げ! 西の滑走路だ!≫
「分かってる、急かすな!」
銃撃戦を潜り抜けて、ソープはさらに前へと進む。
SIDE 時空管理局 機動六課準備室
六日目 時刻 1605
地球 アフガニスタン上空高度一〇万メートル 次元航行艦『アースラ』
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長
核爆発によって壊滅的な被害を受けた地球侵攻の次元航行艦隊の救援は、ひとまず一旦の終わりを見せた。
正確には、『アースラ』が収容できる負傷者の数が限界に達したのだ。シャマルや医療スタッフたちの懸命な治療のおかげで、重傷者もとりあえず命だけは助かることが判明している。
やれるだけのことはやった。それでも『アースラ』の乗組員たちが後ろ髪を引かれる思いだったのは、依然として救援を求める声が多数存在したからだ。ジャクソンもその辺りの事情はよく知っている。艦橋に上がった際、まだ地球の衛星軌道上に救難信号が多数発せられているのがモニターで見えたのだ。それを見て、この艦の指揮官が出来ることなら今すぐにでも助けに行きたいという思いを顔に隠し切れていないことも。
しかし『アースラ』は救援活動を終了させた。負傷者はこれ以上収容出来ないし、何よりも彼らには先にやるべきことがあった。残った救難信号はミスターRとミスRという支援者に任せた。そうするしかなかった。さもなければ、この戦争は本当にいつまでも続くだろう。
「エイミィ、どうだ」
艦橋にて、クロノが通信端末のキーボードを叩いていた艦の主任オペレーター、エイミィに状況を尋ねる。彼らは今、この戦争の元凶である超国家主義者マカロフを追う特殊部隊"Task Force141"とのコンタクトを試みようとしていた。
「とりあえず通信傍受でそのTask Force141って部隊がアフガニスタン付近にいるっていうのは間違いないみたい。でも、なんか様子が変なんだよね」
「変、とは?」
地球上のありとあらゆる通信を傍受し、デジタル暗号化も解除して丸裸にしてしまえたのは、エイミィが優秀なオペレーターであるからに他ならない。そこからさらに膨大な量に上る通信文の中から"Task Force141"という単語を検索にかけておおまかな居場所を突き止めるに至ったのだが、彼女の顔は浮かない様子だ。
「例えばこの通信。国防総省(ペンタゴン)から発せられてるんだけど」
状況を分かりやすく伝えるため、彼女はレーダー情報などを投影する大型スクリーンに傍受した通信文を映し出す。
自分の国の国防総省の機密通信をあたかも簡単に見せ付けられて、ジャクソンは複雑な心境に陥ったが、通信文を読むにつれて、彼を含めた艦橋に集まっていた機動六課準備室のメンバーの表情が疑念を宿していく。
「シャドー・カンパニーへ命令。Task Force141所属隊員の……捕縛、もしくは殺害命令?」
声に出して読み出したがゆえ、自然に皆を代表して最後まで読むことになったギャズが、読み終わるなりジャクソンに視線を向けた。元海兵隊員ではあったが、しかしジャクソンがこの命令が何であるのかなど、知る由も無い。
「なんかやっちまったんじゃないか、その141とかいう部隊は。例えば、ありがちだが……」
「知っちゃいけないものを知った?」
それだ、とヴィータの言葉に相槌を打つのはグリッグだ。しかし141は地球の西側諸国でも精鋭ばかりを引き抜いた最強の特殊部隊ということが判明している。いったい彼らに何があったのだろう。
「そもそもシャドー・カンパニーとは何だ、米軍か?」
「いや、違うな。確かPMCsだ」
シグナムの発した疑問の声に応えたジャクソンは、記憶の中からシャドー・カンパニーという企業についての情報を引き出す。
そもそもPMCsとは、近年になって急速に拡大していく民間軍事会社のことだ。新しい傭兵のスタイルとも言うべき市場で、依頼に応じて自社に所属する戦闘員を派遣し、任務を実行させる。国軍の派遣は国際社会からの批判を招きやすく、さらに冷戦終結や経済情勢悪化に伴う軍の縮小傾向も手伝って、あくまでも民間から派遣されてきた者という体裁で軍の任務を肩代わりしている。
シャドー・カンパニーとは米国内にて創業したPMCsであり、特に元米軍兵士が多く所属することで有名な企業だった。
「民間軍事会社に、軍の特殊部隊の捕縛か殺害の命令……」
「おかしいはずだ。この命令が141に追われているマカロフが発したものならまだ分かるが、発信場所はアメリカの国防総省だ……エイミィ、偽装の可能性は」
「ゼロとは言い切れないけど。でも『アースラ』の通信傍受や発信場所特定を騙せるなんて、私がいっぱいいても無理」
さり気に自画自賛するオペレーターの意見の一番大事な部分だけ聞き取り、クロノが「そういうことだ」と皆に視線を向ける。ひとまず、機動六課準備室の面子全員がこの異常事態を認識した。
「発信場所は分かったとして……発信者は具体的には分からない?」
「ちょっと待って。ここだけ暗号レベルが段違いで……あぁもう、手こずらせるなぁ」
フェイトの問いかけに、エイミィは苦々しい表情を隠しもせずにキーボードに向かう。指がキーを高速で叩くが、通信文に表示されるであろう発信者の部分は暗号化されたままで、読み取ることが出来ない。
ちょうどその時、別のオペレーターが『アースラ』宛てに通信が届いたという報告を知らせてきた。本来の艦長席に収まったクロノがこちらの端末に回してくれるよう頼む。
通信の送り主は、『ミスターR&ミスR』とあった――あぁ、と突然、クロノ以外の機動六課準備室の面子全員が納得した様子を見せて、『アースラ』艦長は当惑する。彼はまだミスターRとミスRが何者なのか、知らせれていなかった。
「何だ、みんな知っているのか」
「ミスターの方もミスの方も知ってるはずだぜ。特にミスRはお前のことをよくご存知だ」
何を言っているのか分からない、といった表情のミスRの息子を放っておいて、ジャクソンを含め全員が通信文を読んだ。
読んでいくうちに、自分たちの表情が息を呑むものになっていくことを、誰も気付かなかった。もたらされた情報は、それほどにまで重大にして重要なものだった。
ミスターRとミスRからの通信。そこには、この事件の首謀者の名が二名記されていた。片方はウラジミール・マカロフ。もう片方は――
SIDE Task Force141
六日目 1622
アフガニスタン カンダハル南西160マイル 第四三七廃機場
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉
銃撃戦を掻い潜り、必要なら容赦なく弾を叩き込み、超国家主義者たちとシェパードの私兵の両方に追われながら、ソープは滑走路まであと直線距離で二百メートルの位置にまで迫っていた。
打ち捨てられて胴体だけになった輸送機か旅客機か、とにかく航空機の残骸の中を突き進んで近道を図る。滑走路までスクラップの山を一つ乗り越えれば、というところに来て、頭上を重い爆音が駆け抜けていった。来た、ニコライのC-130だ。
国籍標識のない翼を見て敵と判断されたのか、地上からは激しく対空砲火が撃ち上げられる。時折白煙が昇り、スレスレのところでC-130は回避。ミサイルにも狙われているらしい。
マカロフの手下が撃ったのか、シェパードが撃ったものなのかは判別出来ない。いずれにしても、このままではニコライが危険だ。
≪プライス、上空に到着した。どうやら地面は制圧できなかったようだな、熱烈に歓迎されてる。ソビエト時代のアフガン侵攻並みだ≫
通信機に飛び込むC-130のロシア語訛りな声は、あくまで余裕そうではあった。
その余裕とは対照的に、C-130が尾部から大量のフレアをばら撒く。赤外線誘導のミサイルを幻惑させる赤い火の玉は、まるで天使の羽のようですらあった。そう、まさに天使。天使はソープとプライスを助けに来たのだ。
天使とダンスと行きたいところだったが、残骸の中からソープは、ちょうど左右に分かれる形で超国家主義者たちとシェパードの私兵部隊が銃撃戦を開始するのを目撃した。こいつらを排除せねば、先には進めまい。
≪ニコライ、つべこべ言わずに機を下ろせ! ソープ、こっちは車を見つけた! そっちに向かう!≫
「了解、了解! 早めに来てくれ!」
プライスの怒鳴り声が通信機に繋がったイヤホンに飛び込み、負けじと怒鳴り返す。
M14EBRを構え、スコープに捉えた敵を――超国家主義者もシェパードの私兵も、今はどちらも敵だ――撃つ。あらぬ方向から撃たれた敵兵はいともたやすく倒れていくが、そのうちこの狙撃は今目の前で対峙している敵ではなく、第三者によるものだと気付く。たちまち位置がバレて、ソープが身を隠す航空機の残骸に銃撃が集中し始めた。
くそ、と吐き捨ててM14EBRを乱射。まだ予備のマガジンはチェストリグのポーチに入ってはいたが、いちいち狙撃などしていられない。今入っているマガジンの弾を撃ち尽くすと、即座に背中の方に回していたMP5Kに切り替えた。狙撃仕様のM14に比べれば、取り回しははるかに良い。
思い切って残骸から飛び出し、まさかギリースーツを着た兵士が飛び出てくるとは考えもしなかったマカロフの手下一行に向けて、引き金を引く。パラララ、と軽い銃声と共に薬莢が弾け飛び、放たれた弾丸が超国家主義者たちに降り注ぐ。何名かが悲鳴を上げて倒れ、残った敵も怯んだ。
今のうちに走り抜けてしまえ――その目論見が、即座に潰えようとした。ヒュ、と何かが眼前を横切り、すんでのところでかわす。黒尽くめの兵士が、ソープの前にナイフ片手に立ち塞がっていた。今度はシェパードの私兵だ。MP5Kの銃口を突きつけようとして、銃身が敵の右足で払いのけられた。引き金を引く指は動作中止の命令を聞かず、あらぬ方向に向かって銃弾を乱射。一発も目の前の敵に当たることなく、MP5Kは息絶えた。
「っ!」
「このっ」
振り下ろされるナイフを持つ敵の右腕を、強引に左手で掴んで押し止める。そのまま右手を敵兵の左足に伸ばし、レッグホルスターに収まっていた拳銃を引き抜き、奪い取った。銃口を零距離で押し付け、一発撃つ。ウッ、と短い断末魔が上がり、ソープが左手で掴む敵の右腕から力が抜けた。
生死の確認をする間もなく、彼は走った。奪った拳銃はファイブセブンだった。そのまま頂いていく。
航空機の残骸の最中を駆け抜け、道路に出た。その中央で、ジープが一両エンジンを回したまま止まっている。後部座席で銃を乱射しているブッシュハットの男に、見覚えはあった。
プライスだ。運転手はオーストラリアSAS出身のロック伍長。精鋭部隊Task Fore141は、ソープを外せばもう彼らだけになっていた。
「ソープ、乗れ!」
言われるまでもない。周囲は敵だらけだ。超国家主義者たちのものか、シェパードの私兵部隊のものか、どちらが撃ったのか分からない銃弾の雨の中を突っ走り、ソープはジープの助手席に乗った。
ロックからアサルトライフルのACRを受け取り、プライスと共に見える敵に向かって弾をばら撒く。ジープが発進したのはそれとほとんど同時だった。
≪プライス、あと一分で離陸する。乗りたいなら急げ!≫
「分かってる! ロック、飛ばせ!」
運転手も必死の様子でハンドルを握り、アクセルを踏んでいた。ジープは砂煙を上げながら加速する。
無論、敵も必死なのは同じことだ。滑走路に下りたC-130と、ソープたちが目指す先が滑走路であるという情報が一致したからには、全力で脱出を阻止してくる。現に今、ジープの前には荷台に兵士を乗せたトラックが続々と集まっていた。
ありったけの銃弾を叩き込み、敵兵たちの妨害を切り抜ける。トラックで併走してくる敵の車両には、運転席に弾を撃ち込んだ。
ガッ、とジープの車体に衝撃があった。振り向けば、敵がトラックを横付けしてきている。荷台にいる敵兵と眼が合う距離だった。銃口が突きつけられる。ソープはACRの銃口を負けじと突きつけ返し、これにプライスも加わった。交差する銃弾。被弾しないのが不思議なほどの距離で、お互いに一斉に撃ち合う。マガジンの弾が尽きたところで、ソープは先ほど敵から奪ったファイブセブンを持ち出し、荷台ではなく、トラックのタイヤに全弾を叩き込んだ。
銃撃されたタイヤはたちまちバーストし、それにも関わらず運転手がアクセルを踏み続けたことで、車体が大きくひっくり返った。荷台の兵士たちが宙に放り投げられて、視界の向こうへと吹き飛んでいった。
ジープは滑走路に辿り着き、一度横断して強引にブレーキをかけて止まった。目の前には、今まさにすでに離陸滑走に入りつつあったC-130の姿が。これでも一分はとうに過ぎていた。ニコライはギリギリまで待ってくれていたのだ。
「ニコライ、ランプを下ろせ! 直接乗り込む!」
プライスの指示に、ニコライからの応答はなかった。代わって、C-130のカーゴドアが開いた。滑走しながらのため、アスファルトの地面に火花が散っている。その様はニコライの早く乗れ、という意思を表しているかのようだった。
無茶苦茶だ、と運転手がぼやき、しかしアクセルを踏んで再びジープを発進させる。プライスの言った通り、C-130のカーゴに直接乗り込むのだ。
と、その時、滑走路の向こうから複数のトラックが姿を現した。しつこい敵は、諦めようとしなかった。再びジープに体当たりする勢いで近付き、横付けして銃撃してくる。プライスが応戦して黙らせるが、放たれた一発の銃弾が、ジープの運転手の胸を貫いた。
血しぶきが飛び、ソープは顔面に血を浴びる。助け起こそうとしたが、運転手はすでに事切れていた。
「ロックがやられた! ソープ、ハンドルを握れ! アクセルはまだ踏まれている!」
そうだ、とプライスの声で彼は気付いた。運転手はついに死んだが、彼の意思はまだ生きていた。死してなおベタ踏みされたアクセルがそれだ。ハンドルを横から手に取り、巧みに操ってジープの進路をC-130の開かれたカーゴに向ける。
最後に強引に割り込もうとした敵のトラックを弾き飛ばして、二人を乗せたジープはついにC-130へと飛び込んだ。
「それで、どうするんだ。これから」
空へと逃れたC-130の機内で、ソープはプライスに問う。
もはや、Task Force141は彼ら二人だけになった。その指揮官たるシェパード将軍は裏切りにより彼らの敵となった。あまりにも強大な敵だ。彼は今、米軍全体の指揮権すら得ている。
唯一、"ホテル・ブラボー"なる場所にいるということだけは分かったが、行ってどうする。こちらには銃が一丁、あちらには千丁だ。まともに挑んで勝ち目があるとは思えない。
「決まっているだろう。奴を倒す」
にも関わらず、プライスの眼は死んでいなかった。復讐の炎で胸を焦がしている訳でも、自暴自棄に至っている訳でもない。そうすることが、今の自分の成すべきことだと信じて疑わない眼だった。
強いな、じいさんは――素直に、ソープはこの屈強な老兵を羨ましく思う。自分は部下を失った。彼のように、自分が成すべきことをただ成すという強い信念は持てない。せめてどうか一人、一人でも良いから誰かが生き残ってくれていれば。
「二人とも、通信が入っているぞ。懐かしい奴からだ」
操縦を部下に代わってもらっていたニコライが、カーゴにいた二人を通信士の座席に呼んだ。言われるがまま、プライスは何でもないようにスッと、ソープは重い腰を上げるようにして立ち上がった。
ヘッドホンを受け取って装着し、そこでソープはニコライの言う「懐かしい奴らだ」という言葉の意味を理解した。
≪こちら次元航行艦『アースラ』のクロノ・ハラオウンだ。Task Force141、聞こえるか≫
「……ああ、聞こえている。クロノか? ソープだ」
通信機の放つ電波の向こうで、一瞬の沈黙が舞い降りる。驚いているのだろう。ソープ自身も、驚いていた。何故、彼が通信を今ここで寄越してきた。
ようやく、二つの線は絡み合う。Task Force141、機動六課準備室という二つの線が。
線の目指す場所は、どちらも一致していた。
最終更新:2013年10月11日 16:58