Call of lyrical Modern Warfare 2
第17.5話 隠れ蓑より
SIDE Task Force141
六日目 1801
アフガニスタン "砂漠の隠れ蓑"
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉
四発のT-56エンジンは、時折咳き込むようにしてプロペラを回しながら、それでも何とか止まることなく稼動していた。
航空機にとってエンジンとは心臓と同義であり、これが止まるということは心肺停止に等しい。つまり、止まれば地面に真っ逆様だ。ここまで来て墜落死など御免被るが、パイロットを務めるニコライに不安そうな様子は無い。エンジンの調子が悪くなると、決まって不機嫌な表情を露にして「ポンコツが。これだから中古は」と愚痴を呟いているくらいだった。
ソープは、ひとまず座席に腰を落ち着けて、C-130輸送機の窓の外に広がるアフガニスタンの砂漠を眺めていた。日が傾き始めた砂漠の大地を見ていると、まるで火星にでもいるかのような気分になる。いっそ本当にここが火星なら、シェパードの追っ手も及ばないはずだった。
シェパードの私兵とマカロフの手下の挟撃から逃れ、すでに一時間以上飛行が続いていた。ソープは自分が敵の立場なら、戦闘機を出撃させてニコライのポンコツ輸送機を撃墜させると考えていたが、今のところは輸送ヘリとすらもすれ違わなかった。シェパードはすでにアメリカ全軍の指揮権を得ているから、空軍に戦闘機を出させるのは何ら難しくないはずなのだが。
「よし、この辺りだ。二人とも、着陸するぞ」
操縦席に座るニコライの声で、思考を断ち切る。しかし、着陸といわれたが相変わらず窓の外は砂漠の世界だ。飛行場どころか道路の一本も見えなかった。
「ニコライ、どこに降りる気だ」
「この下だよ」
言われて、改めて窓の外に眼をやる。よくよく眼を凝らせばポツリ、ポツリとではあるが、人家と思しき建物が建っていた。砂漠の大地もよく見れば、平坦でかろうじて着陸出来なくもない。
ニコライが操縦席で、何かを操作している。すると、地面にある建物から緑の光が数回点滅した。発光信号だというのは即座に見抜けたが、直後に人家がころころと動き始めたのを目撃した時は、さすがに驚かざるを得なかった。
要するに、人家は偽装で、移動可能なよう工作されている。ここはニコライの経営するPMCsの緊急着陸場なのだ。上空から見れば、ただ人家がいくらか存在する普通の砂漠にしか見えなかった。
C-130はゆっくりと砂漠の滑走路に着陸。さすがにアスファルトの滑走路と違って砂地のそれは着陸時の衝撃がきつかったが、ここまで飛んできたポンコツ輸送機は無事、大地へと降り立つに至った。
安堵のため息もそこそこに、地上で待ち構えていたニコライの部下たちに誘導されて駐機場に――ほとんどただの空き地で、厳重に偽装のネットを被せるだけだ――入ったC-130からソープは降り立った。死地を離れ、ひとまずの生還。しかし休む間はない、彼にはやるべきことがある。
「プライス、さっきの通信の続きをやろう。ニコライ、通信所はあるだろ」
「あるぞ。部下に案内させる――プライスの旦那、報酬はどのくらい貰える?」
「額はあとで交渉してくれ。ジンバブエドルで払ってやるぞ」
操縦席から返事は来なかった。代わりにプライスがC-130から降りてきて、「行こう」とソープに促す。ニコライの部下が先導してくれた。それにしても彼の給料はちゃんと出るのだろうか。
通信所は地下にあった。移動可能な偽人家の傍に設置された通信アンテナで交信するのだ。アンテナは見ようによっては洗濯物を干す物干しに見えなくも無かった。
通信所に入って、ソープは機内で行われた通信の相手を呼び出すべく、専用の周波数を入力し、電波を送信させた。
放たれた電波はデジタル暗号変換され、さらにいくつかの通信衛星を経由して発信源の特定と傍受を防ぐ。最終的に辿り着く先は、アフガニスタン上空にいる次元航行艦『アースラ』だった。
指揮官に裏切られ、多くの仲間を失い、今や追われる身となったTask Force141に通信を寄越してきたのは、異世界からの艦だった。
SIDE 時空管理局 機動六課準備室
六日目 時刻 1830
地球 アフガニスタン上空高度一〇万メートル 次元航行艦『アースラ』
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長
待ちわびた通信が飛び込んできて、『アースラ』の通信室にて待機していたジャクソンとクロノは休めていた身体を跳ね起こした。機動六課準備室の主要メンバーたちは固唾を飲んで、彼らのやり取りに耳を傾けている。
Task Force141とのコンタクトにようやく成功した彼らだったが、事態はあまり思わしいものではない。先の通信で、Task Force141の司令官であるシェパード将軍の裏切りが発覚し、この戦争は仕組まれていたものだと言う事が判明している。ソープ、プライスを除いてTask Force141の隊員はほとんどが戦死し、生き残った二人も今や追われる身となっていた。ミッドチルダ臨海空港での虐殺事件の首謀者であるマカロフを追うため共闘を望んでいた機動六課準備室としては、寝耳に水に等しい状況だった。
輸送機で一旦戦場を離脱したソープとプライスとの通信はそこで終わり、一度もっと設備の充実した通信所で改めて連絡を寄越す手筈になっていた。『アースラ』の電子通信能力は地球のそれを上回っており、傍受に成功しても暗号変換されているため解読は出来ないが、それは受け取る側の話だ。ソープたちが送る通信はそうもいかなかった。
≪こちらソープ。ジャクソン、クロノ、聞こえるか≫
聞き慣れた戦友の声を耳にして、ジャクソンはまずはほっとした。とりあえず、彼らは設備の整った通信所に辿り着けたらしい。
「こちらクロノだ。聞こえるぞ、ソープ。ジャクソンもいる」
通信に答えたのはクロノだ。つい先日まで管理局の報復強硬派の手で幽閉されていたが、ハキハキとした口調と眼の輝きはとっくに執務官クロノ・ハラオウンの復活を表していた。
≪あぁ…こうして話すのも久しぶりだな。出来れば紅茶でもてなしてやりたかったが、こっちはアフガニスタンでな≫
「こっちも高度一〇万メートルだ、第二戦闘配備だしお茶は出せない――プライス大尉は」
≪ピンピンしてるぞ、このじいさんは。今代わろう≫
久しぶりの戦友との会話。笑顔の一つでも交わしたいところだったが、戦況がそれを許さない。早急に今後の対策を打ち立てる必要があった。
通信機の向こうで、人の動く気配があった。ソープに代わって、プライスが通信の席に入ったのだろう。それを証明するかのように、野太い声が『アースラ』の通信室に響いた。
≪こちらプライスだ。クロノ、幽閉されていたと聞いたが≫
「ええ。そちらも同じようにされていたと聞きました。大丈夫なんですか?」
≪小僧に心配されるほど老いてもいない≫
クロノが苦笑いをジャクソンや後ろの仲間たちに向け、皆も似たような表情で応じた。この老兵にしてみれば、今や提督の座にまで上り詰めた執務官でさえ小僧なのだ。
「すまん、ちょっといいか」
その時、通信機とクロノの間に一人の兵士が割り込んできた。ギャズだった。彼はプライス大尉とSASに所属していた頃からの旧知の間柄だ。声を聞いて、久しぶりに話をしたくなったのだろう。
「プライス大尉、俺です。分かりますか?」
≪その声は……ゴースト、ではないな。ギャズか。そこにいるのか≫
「ええ、そこの八神のお嬢さんに誘われて。ここはなかなか居心地がいいですよ、言うことさえ聞いていればあとは好き放題だ。スタウトも飲める」
≪楽しくやっているようだな、お前は変わらん≫
「大尉、よくぞご無事で」
≪ギャズ、生きて会えればまたロンドンに行くぞ≫
見えるはずがないのに、ギャズは通信機の前で英国式の敬礼を送った。プライスがどうしているかは分からないが、ジャクソンには通信機の向こうで老兵もまた答礼しているように思えた。かつての上官と部下の信頼は、今でも変わっていない。
挨拶もそこそこに、再び通信機の前に立ったクロノがプライスと今後の対策について協議を始めた。
SIDE Task Force141
六日目 1845
アフガニスタン "砂漠の隠れ蓑"
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉
ひとまず、クロノの方から『アースラ』にプライスたちを収容しよう、という提案があった。状況を鑑みれば、その選択は妥当だった。Task Force141は行方不明となった者を除けばソープとプライスのみであり、そして彼らのいるアフガニスタンはシェパードが指揮権を握った米軍がいる。今でこそ見つかっていないが、このニコライの用意した隠れ家もいつまで持つか。
しかし、プライスはその提案を承諾しなかった。彼の眼は依然として、獲物を狩ろうとする虎のそれだった――仮に通信機に画面があれば、クロノはプライスを「レジアス中将のようだ」と評したに違いない。
「俺とソープはシェパードを倒す。位置はもう分かっている、マカロフと取引した」
≪何を無茶な…マカロフと取引? いったいどうして≫
クロノの自分の耳を疑う声が、通信機から響いた。それも当然だろう、と会話を聞いていたソープは思う。この戦争のそもそもの原因である空港虐殺事件、その首謀者とプライスが突然取引した、などと聞かされたら戸惑うのは当たり前だ。
「シェパードの狙いは戦争の拡大だ。マカロフを倒せばどの道ミッドチルダにも侵攻してくる」
≪どうやって。地球側にミッドへの転移方法なんて無いはずだ≫
「では聞くが、マカロフたちはどうやって地球を脱してミッドチルダに行った。ミッドチルダだけじゃない、超国家主義者たちはもはや次元世界のいたるところに潜伏している」
通信機が押し黙る。確かに、マカロフたち超国家主義者がいかなる手段を用いて次元世界を行き来しているのかは、開戦前にアメリカと管理局の合同で行われた調査でも不明のままだった。逆を言えば、超国家主義者たちは管理局ですら掴めない方法で時空転移の手段を持っているということになる。
マカロフを倒し、超国家主義者を滅することが出来れば、奴らが時空転移に使用していたその手段をシェパードは得るだろう。米軍の指揮権を得た彼は英雄としてさらなる戦いを進め、戦火は地球はおろか次元世界にまで拡大していく。攻め込むのは星条旗を掲げた軍隊。兵士たちは、二度と祖国を戦場にすまいと愛国心で闘志を燃やしているはずだ。
「順番が少し変わるだけだ。まずはシェパードを倒す、俺たちの手でな」
ため息が漏れた。通信機の向こうからだ。諦めとも受け取れる形で、クロノはプライスの提案を承諾した。この戦うために生まれてきたような根っからの戦士を止める術を、若き提督は持っていなかった。
しかし、とソープはプライスに問題を提起する。シェパードを倒すとしても、彼らは二人だけだ。ニコライはバックアップに徹してもらうつもりだった。
「こっちには機関銃が一丁、あっちには一〇〇〇丁ある。マカロフが渡した情報が正しいかどうかも分からない――どうするつもりだ」
「案ずるな、やり方はある。若干古いがな」
プライスはその"古いやり方"で戦うようだが、付き合う身としては戦力は多いに越したことは無い。老練の上官からマイクを少し強引に奪い取り、クロノとの通信を代わった。プライスは不機嫌そうに髭で覆われた口元を曲げたが、長い付き合いゆえかマイク自体は素直に譲った。
「クロノ、ソープだ。このじいさんにはじいさんなりのやり方があるらしいが、それだけで勝てるとも思えん。戦力が必要だ。ジャクソンはいるか」
≪待ってくれ、今代わる。ジャクソン、君を呼んでる≫
わずかな間を置き、通信機から響く声が、若い青年のものから鍛え抜かれた軍人のものに変わる。かつて彼らと共に戦った戦友、ジャクソンだった。
≪ソープ、俺だ。プライスはシェパード将軍を今から倒しに行くつもりなのか≫
「そのようだ。ここまで来たら俺も付き合うが、戦力は多い方がいい。お前だけでも来てくれれば――なんだ、この音は。回線に割り込みか?」
カチ、カチとこれまで雑音もなく通じていた通信に、妙な音が割り込んできた。ソープは眉をひそめたが、その後も妙な音は定期的に響いてくる。
「ジャクソン、そっちの方で何か弄ってないか。さっきから妙な音がするんだが」
≪何だ、そっちじゃないのか。いや、こっちは何もしてない。今、エイミィが来た。音源を解析してくれるはずだ≫
エイミィ、なる人物が何者かは分からなかったが、音源を解析というくらいだからおそらくは通信に関しての『アースラ』のエキスパートなのだろう。
しばらく待っていると、通信機に『アースラ』の方から電波が入った。しかし、解析結果を聞かされてソープはプライスと顔を見合わせる。
≪音源が分かったぞ。どうやら通信用周波数に片っ端から断続的に電波を飛ばしているようだ。発信源は、グルジアとロシアの国境付近だ≫
グルジアとロシアの国境付近。マカロフを追って二手に分かれたTask Force141のうち片方、ゴーストを指揮官にしてティーダ、ローチたちの部隊が向かった先だ。こちらからいくら通信で呼びかけても返事が来なかったことから、全員死んだと思われていたのだが。
電波に乗って届けられるジャクソンの声は、続いて驚くべき事実を伝えた。
≪これは……モールス信号のようだな。内容は、"SOS R"だ。これを三回繰り返した後、別の周波数にも同じものを送っている≫
SOSの意味は、言うまでもない。Rが何を意味するかは分からないが――ソープだけは直感的に、通信を送ってきたものが誰なのかを見抜いた。
「ローチだ、プライス。奴はまだ生きてるんだ、助けを求めてる」
「あの状況で生き延びているとは思えんが……」
「奴は俺の部下だ、間違いない。ジャクソン、クロノ、こっちには来なくていい。俺の部下にローチという奴がいる、通信はそいつからだ。助けに行ってくれ」
ソープにとってそれは、半ば願望にも近いものがあった。指揮官であるゴーストや、隊で唯一の管理局の魔導師だったティーダならまだ理解は出来る。しかし通信を送ってきたのは新入りの部類に入るゲイリー・ "ローチ"・ サンダーソン軍曹だ。味方であったはずのシェパードに裏切られ、その後も奴の私兵が残って律儀に死体の数を数えているであろうにも関わらず。
それでもジャクソンやクロノに救援を頼むのは、ローチは彼にとっての部下だからだ。大尉という階級にまで昇り、かつてのプライスと同じ立場に立ったソープにとっての部下は、単なる部下では無かった。出来ることなら一人でも多く助けたい戦友だった。
「ソープ」
「このくらいは好きにさせろ、プライス。あんたも俺を見捨てなかったろ」
「……好きにしろ」
プライスが一瞬浮かべた苦笑いは、部下の成長を喜ぶものだったのか、それとも強引なソープのやり方に呆れたものだったのか。答えは彼のみが知っている。
SIDE 時空管理局 機動六課準備室
六日目 時刻 1901
地球 アフガニスタン上空高度一〇万メートル 次元航行艦『アースラ』
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長
「それで、そっちはどうするんだ」
ソープからのローチ救出を承ったジャクソンは、マイクに向かって言った。プライスには何か方法があるらしいが、いかに地上でもっとも精鋭の特殊部隊に属する二人でも、二人は二人に過ぎない。
「やっぱりローチを救出して、それから俺たちがシェパードを倒すのに加わった方がいいんじゃないか。こっちは戦力的には申し分無しだ、なんたって美人で強い魔導師が何人もいるからな」
後ろで事の成り行きを見守る機動六課準備室の面子にちらっと眼をやる。特に誰に視線を向けたという訳ではなく、強いて言えば全体に向けたものだったが、偶然にも六課準備室室長こと、八神はやてと眼が合った。任せといてや、と微笑を浮かべるはるかに年下の少女が、とても頼もしい。
≪いや、俺たちだけでやる≫
通信機の発する音声が、ソープのものからプライスのものに切り替わった。あくまでもこの老兵は二人でシェパードに挑むつもりらしい。地球最強の軍隊、アメリカ合衆国軍全軍の指揮権を得た男に向かって。
≪むしろお前たちはローチを救出するのに専念してくれ。派手に暴れてもらえばシェパードの眼はそっちに行くだろう――奴に目玉が三つあれば、話は別だが≫
「目玉が飛び出るほど驚かせればいいんだろ。しかし、本当に大丈夫なのか」
≪やるかやらないか、の問題だ。それに、そちらと合流する時間はもう無さそうだしな≫
どういうことだ、とジャクソンが口にしようとした瞬間、通信機のスピーカーがソープ、プライスの二人とは違う第三者の声を拾った。ロシア訛りの英語だった。聞き覚えはあまり無いが、どうもプライスたちに何かを伝えたらしい。
スピーカーはその後ロシア訛りの英語の主とプライスの会話を出力していたが、距離が遠いのか会話の内容までは聞き取れなかった。もっともあまり芳しいものではなかったのは次に入ってきたプライスの声でおおむねの予測は出来た。
≪シェパードの追っ手がこっちの位置を嗅ぎつけたらしい。もう撤収が始まる、この通信所も爆破して隠滅するそうだ≫
「何? プライス、場所はどこだ。おいクロノ、早いとこ『アースラ』をプライスたちのところに――」
≪無駄だ、間に合わん。今爆薬をセットした。ソープ、スイッチを入れろ。これから俺たちはシェパードを倒しに行く。生きていたら連絡する≫
「プライス、おい!」
返答は無かった。代わってスピーカーに一瞬の炸裂音が響き、それっきり通信電波は途絶えた。本当に爆破したらしく、何度か呼びかけてみたが応答は無かった。
マイクを置いて、ジャクソンはため息を吐きながら傍にいたクロノに向き直った。彼らはすでに発ったのだ。ならば、こちらも託されたことを成すしかない。
「クロノ、準備するぞ。艦を例のモールス信号があった地点に向けてくれ」
「了解だ。皆、聞いての通りだ。ローチを救出する」
『アースラ』は一路、グルジアとロシアの国境付近上空を目指す。プライスたちもシェパードの元へ向かった。
このままでは消されてしまうだけの、この戦争の真実を取り戻すために。今、一つの局面が終わりを迎えようとしていた。
最終更新:2013年10月11日 17:00