THE OPERATION LYRICAL_04

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL




第4話 テストフライト




手に戻りし我が力――今、それを試す時。



新造されたばかりの滑走路の向こうでは、背景が陽炎で揺れている。
天候はこれ以上ないほど良好で、視線を上げると雲一つ無い青空が広がっていた。

「――メビウス1、聞こえますか?」

通信機に、雑音の無いクリアな声が入ってきた。確か副官のグリフィスとか言う六課では数少ない男だ。
この世界の通信機の性能に感嘆しながら、F-22のコクピットでメビウス1は返答した。

「ああ、よく聞こえる」
「滑走路上に障害物無し、進入を許可します」
「了解」

グリフィスに言われて、メビウス1はエンジン・スロットルレバーをわずかに押す。F-22はゆっくりと歩き出し、滑走路の一番端に到着する。
到着するなりメビウス1は愛機の離陸前の最終点検を実施する。ラダー、エルロンなど機体の各部を実際に動かして動作確認。
いつもより念入りにチェックするのは今回機体の整備を実施したのがもともと六課でヘリの整備を担当していた者たちだからだ。
彼らを信用していない訳ではないが、九七管理外世界から取り寄せたマニュアルがあると言っても不慣れな固定翼機、それもF-22のような
高度な電子制御で飛行する機体の整備では不安なところもあっただろう。
幸い、機体にはどこも異常が無かった。

「こちらメビウス1、離陸準備完了」
「ロングアーチ、了解。離陸を許可します―グッドラック」
「サンクス、ロングアーチ……メビウス1、離陸する」

離陸許可が下りると、メビウス1は一呼吸置いてからエンジン・スロットルレバーを押し込む。
F119エンジンが咆哮を上げ、猛然とF-22は加速。あっという間に離陸速度に達したメビウス1のF-22は、大地を蹴って空に舞い上がった。
離陸した彼は針路を離陸前に行われたブリーフィングにて定められた方向に機首を向け、時速四〇〇ノットで飛行する。
F-22の強みである音速巡航は、地上への配慮から緊急時以外使用が禁止されていた。
まぁ、何も急ぐことは無いか――。
質のいい燃料を入れてもらったためか、機嫌のよさそうなエンジン音を聞きながら、メビウス1は今回の飛行の目的を思い出す。



メビウス1の六課への協力が決まり、はやては一つの問題と対峙していた。
彼の愛機、F-22の燃料及び弾薬の補給である。
燃料の方は容易に確保できた。現役戦闘機の中ではもっとも優れた性能を誇るF-22も、燃料は従来と同じケロシン(灯油)だ。

「苦労したのは弾薬なんよ」

そう言って、はやては今回確保した弾薬の詳細が記された書類をメビウス1に渡す。

「質量兵器は禁忌なんだって? ランスターって子に言われたよ」
書類に目を通しながら、メビウス1は言う。先ほど見学した六課新人メンバーによる訓練で、ティアナに何か言われたらしい。

「あ、ごめん。なんか失礼なこと言いました?」
「いや。生真面目なんだろ、彼女? 管理局の人間ってことをよく自覚してるよ」

その時、書類を捲ったメビウス1の手が止まる。書類に記されていた一文が、そうさせた。

「……おい八神、これって?」
「ああ、それな。うん、まだテストはしてないんやけど」

メビウス1が驚くのも無理は無い。今回彼女が確保した弾薬の正体―それは紛れも無い、ミサイルだった。
オリジナルとほぼ同等の性能を持つ空対空ミサイルのAIM-9サイドワインダー短距離AAM、それにAIM-120AMRAAM中距離AAMの複製品。
もちろん完全なコピーでは質量兵器であるため、どちらのミサイルもロケットモーターは魔力推進式に置き換えられている。
さらに二〇ミリ機関砲弾――これも、あらかじめ組み込まれた魔力を炎熱変換させて発火、弾丸を発射させる方式を取った。
いずれもはやてが九七管理外世界からの資料を元に、管理局の技術部に依頼して開発させたものだ。

「質量兵器とは大雑把に言えば魔力によらずに質量物質をぶつけたり爆発させたりするもんや。逆を言えば、魔力に頼れば例え質量物質を
相手に投射するもんでも、質量兵器ではなくなる…って理屈なんやけど」
「かなりグレーな線ではあるな…しかもブラックに寄ってる」

メビウス1の指摘にはやては苦笑いを浮かべた。

「でも、戦闘機に対抗するんやったらこれが一番やろ。メビウスさんもいきなりこっちの世界の武器使えって言われて出来へんやろうし」
「そりゃごもっとも…俺にリンカーコアとやらはないようだし。な、シャマル先生」

そう言ってメビウス1は同席していた六課の医務官、シャマルに視線を向けた。
ここに来る前に実施したシャマルの身体検査で、メビウス1にはリンカーコアがないことが判明している。要するにメビウス1は念話の
ような基本的な魔法すら使えないのだ。

「ええ、体力とかは同年代の男性の平均値を上回ってるけどこれも常識の範囲内だし……毛細血管の破裂の跡が見られたけど、身体に特に
大きな影響は無いわ」
「毛細血管の破裂?」

はやてが怪訝な表情をする。血管の破裂というくらいだから、彼女には何か重い怪我のように思えてしまった。

「戦闘機のパイロットにとって職業病みたいなもんでな。急旋回とか、強いGがかかると指先とかの毛細血管が破裂しちまうんだ」
「ははぁ、なるほど……」

メビウス1の解説にはやては納得した。同時に、「強いGはお肌に悪そうやなー」なんて言ってみたりする。

「しかしリンカーコアがなくて念話が出来へんとなると、通信で問題が起きるなぁ」
「そうねぇ……私たちは当たり前のように使ってるけど」
「失礼、念話って?」

今度はメビウス1が疑問の声を上げた。魔法はこの目で見たが、彼が知っているのは攻撃用と防御用、さらに飛行用のものくらいだった。

「念話って言うのは魔力を持ってれば誰でも使える、実際に口に出さなくても会話できる初歩的な魔法なんだけど、リンカーコアがない
メビウスさんにはそれが出来ないのよね」
「実際に口に出さなくても? 潜入任務じゃ重宝しそうだな」
「確かに声を聞かれる心配はいらんからね。蛇の人が欲しがりそうや」
はやての言葉にメビウス1は頭上に"?"を浮かべる。後でシャマルに聞くと、「最近休憩時間にやってるゲームのこと」だそうだ。

「……とりあえず、念話が使えないなら使えないで通信機をメビウスさんに使こうてもらおうか。滑走路は明日完成予定やから、ミサイル
の実射試験も併せてやろか」

彼女の提案にメビウス1は素直に頷いた。



二日後、かくしてメビウス1のF-22にはミッドチルダ製の通信機が搭載された。これは念話との交信も可能で、周波数を変えれば相手を指定
できる。
胴体内のウエポン・ベイには魔力推進式のAIM-120が六発、主翼下のウエポン・ベイにAIM-9が二発、機関砲弾は従来は最大四八〇発だったが
搭載スペースを拡大して八〇〇発に増やした。いずれもミッドチルダの工業力なら製造は難しくない。
ミサイルの推進力である魔力はF-22の機体内部に大容量の魔力コンデンサを設置、発射時はここから魔力を供給することになる。
いっそのこと機体の推進方式も魔力に頼ってはどうかという提案もなされたが、AMFの影響を考えて基本的構造には手をつけないでおいた。
――あとは、おまけのこいつか。
サヴァイバル・ジャケットの内側に仕込んである九ミリ拳銃。これも発射するのは非殺傷設定、殺傷設定選択可能な魔力弾だ。外見はごく
一般的な拳銃とまったく変わらない。装弾数は一二発、魔力は完全にマガジン内のものに頼っている。

「使うことはないと思うけどなぁ」

対地攻撃用のGPSで――これもこの世界の情報を入力し直した―現在地を確認しながら、メビウス1はぼやいた。
所詮パイロットの持つ拳銃など敵地に不時着した際の自衛用。しかも最後の一発は自分に向かって撃つこともある。
そうこうしているうちに訓練空域に入ると、通信機に突然声が入った。

「――聞こえるか、メビウス1?こちらスターズ2だ」
「こちらメビウス1、聞こえるぞ」

高度一万五千フィート、航空機にとっては決して高くない高度だが、コクピットの外を赤い外套を身に纏った幼い少女が飛んでいたら
普通のパイロットはみんな驚くだろう。もっともメビウス1はなのはとフェイトと言う例を目にしているのだが。
スターズ2――ヴィータは、今回の各種兵装のテストフライトに同行していた。彼女曰く「どれ程のもんなのか見ておきたい」とのことだ。

「訓練標的は前方37キロの地点に同じ高度で浮かんでるってのは聞いたな?」
「ああ、レーダーに映ってる」
「じゃあ後は予定通りにやりな、あたしは見てるから」
「了解」

はやても言ってたけどありゃホント、グレーな線だな―。
メビウス1のF-22を見ながら、ヴィータは自分の主にして家族の言葉を思い出す。
そもそも、ヴィータとしては戦闘機の実力に疑問的だ。同分隊のトップであるなのはが苦戦したとは聞いたが、実際にこの目で確かめて
みないと納得いかない面もあった。
――何にせよ、これではっきりする訳だ。
そう彼女が思った瞬間、

「――タリホー、1時方向。やや低い」
「……あん? なんだって?」
「目標を視認したってことだよ。これより、各兵装の実射試験を実施する」

ヴィータはメビウス1の言葉が信じられなかった。訓練標的との距離はまだ37キロほどあるのだ。そんな距離で目で目標を捉えるとは、
いったい彼の視力はどうなっているのだろう。

「レーダーロック……メビウス1、フォックス3」

彼女が驚いている間に、メビウス1のF-22は胴体内のウエポン・ベイからAIM-120を発射。魔力推進による白い光を描きながら、AIM-120は
オリジナルのそれとまったく変わらない速度で捉えた目標に突き進む。
用意された訓練標的は航空機型のガジェットⅡ型を模したもので、機動力は高い。にも関わらず、超音速にまで加速したAIM-120は必死で
回避機動を行う訓練標的に易々と食らいつき、直撃。木っ端微塵に吹き飛んだ。

「当たった……!?」
「みたいだな」

はるか向こうでわずかに見えた閃光に、ヴィータは驚きの声を漏らす。対照的にメビウス1の声はえらくのんびりしていた。

「続いて、サイドワインダーの試験を行う」

加速。F-22は高速で訓練標的に接近する。ヴィータは離されまいと追いかけるが、距離が徐々に開いていることに気づいた。
――くそ、遅れてる。なんてスピードだ。
そうしているうちに訓練標的との距離は10キロに縮まる。そこでようやく、ヴィータは瞬きすれば見失いかねないほどの小さな黒点を
見つけた。あれが訓練標的に違いない。

「メビウス1、フォックス2」

彼女が訓練標的を見つけた瞬間、メビウス1は今度はAIM-9を発射。独特の蛇行した白い光跡は、このミサイルの愛称"サイドワインダー"
がガラガラヘビの一種の別名から来ている由縁だ。
AIM-120に比べて幾分小柄なAIM-9は逃げる訓練標的を追い回し、これも直撃。訓練標的は空中に四散した。

「いい感じだ。よし、最後に機関砲のテストを行う」

そう言ってメビウス1のF-22は残り一機となった訓練標的に近づく。訓練標的に顔があれば恐怖で歪んだ表情を浮かべているだろう。
上昇、降下、右旋回、左旋回と狂ったように逃げ惑う訓練標的だったが、メビウス1のF-22はどの機動にも離される事なく、むしろ
距離を縮めていく。

「捉えた――!」

F-22の右主翼の付け根の辺りが光る。あまりに高速なため、赤いビームに見える機関砲弾の雨が訓練標的に降り注ぐ。
全身をズタズタに引き裂かれた訓練標的は失速し、これも空中で爆発した。

「……すげぇな」

プログラムされたことしか出来ない訓練標的とはいえ、ほとんど秒殺と言っていい速さで全滅させたメビウス1に、ヴィータは感嘆の
言葉を漏らした。
同時に―目の前のF-22がなんだかカッコよく思えてきた。
空を舞う鋼鉄の翼。決して物言わぬ、主人であるパイロットに忠誠を尽くし、空を舞うその姿。戦うためだけに造られた、力の証。
「……いいじゃねぇか」
「ん? 何か言ったか、ヴィータ?」
「いいじゃねぇか! おい、カッコいいな戦闘機って! さっきもお前なんてった、タリホー? センスあるなぁ、いい響きだ!」
「……なんだかよく分からんが、気に入ってもらえたようだな」
「おうよ! いいないいな、あたしもコールサインを"マーヴェリック"とか"ブービー"とか"ガルーダ1"とか"オメガ11"にしようかな~」
「最後のはよせ、イジェクト的に」

はしゃぐヴィータに、メビウス1は苦笑いしながら偶然彼女の口から出たしょっちゅうイジェクト(脱出)する元の世界の同僚の名に突っ込んだ。



そうこうして六課に帰還したメビウス1は、まずはやてに実射試験の結果を報告した。

「命中精度、機動性、いずれも申し分なし。むしろ命中精度は直撃の連続で、近接信管のテストが出来ないくらいだ」
「そりゃよかったわ。じゃあ今後の弾薬はこれらを使こうていこうか」

頷くメビウス1に、そうだとはやてはポンと手を打った。

「何かあるのか?」
「んーっとな、実は次回の任務で必要なもんが今届いてな」

そう言ってはやてが取り出したのは、複数の丁寧に包装された紙箱だ。
彼女は中身を一つ開けて、メビウス1に見せた。

「……タキシード?」

紙箱の中にあったのは、紛れも無くタキシードだった。目立った感じは無いものの、いい男が着ればビシッと決まっているだろう。
だが問題はそこではない。彼女は次回の任務で必要なものと言った。タキシードが必要な任務とは、いったい何なのだろう。

「なんだ……俺にスパイでもやれってか?」
「残念ながら外れや。もしそうならボンド・ガールもおるはず」
「じゃあ舞踏会か。天使とダンスでもしろと?」
「それは6や、メビウスさんは04やろ」
「だめだ、分からん。いったい何なんだ?」

疑問の声を上げるメビウス1に、はやてはニヤリと笑って言った。

「パーティーや―ホテル・アグスタでの、な」



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年02月21日 13:33