THE OPERATION LYRICAL_03

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL




第3話 六課の新人"メビウス1"




世界が違えば人も違う――人も違えば道具も違う。




――どこかの薄暗いラボ。
白衣に身を包んだ科学者と思しき男が一人、ディスプレイに映る機動六課の面々、それにリボンのマークをつけた戦闘機を眺めていた。

「ふぅむ……アナログな質量兵器でも、ここまで来るとなかなか侮れないのだな」

送った戦闘機は彼の技術からしてみれば稚拙なものだった。燃料を爆発させて本来飛べやしない金属の塊を無理やりかっ飛ばし、武装も非殺傷
設定など出来るはずもない実体弾ばかり。
それでもあの魔導師たちが苦戦したのは、純粋にパワーとスピードが半端ではなかったからだ。

「刻印ナンバー9、護送体制に入りました……追撃戦力を、送りますか?」

サブディスプレイに映る知的な雰囲気の、まるで秘書のような女性の声に彼は「いや」と首を振った。

「やめておこう……レリックは惜しいが彼女たち、それに質量兵器のデータが取れただけでも充分さ」

落ち着いた声で言った彼は、再びディスプレイを見上げる。
――それにしてもこの子達。
ディスプレイに映るのは、金髪の若い女性に幼い少年。

「生きて動いているプロジェクトFの残滓を、手に入れるチャンスもある…」

彼はどこか歪な笑みを浮かべた。そうして思い出したかのように、サブディスプレイの秘書に問いかけた。

「そういえば、漂流者の容態はどうかね? 虫の息だったが……」
「順調に回復しつつあります。すでに意識を取り戻しました」
「ほほう、それはいい」

ある日、ガジェットの生産設備に突然現れた無数の質量兵器――確か戦闘機と呼ばれるものだ――それに一人の男。
男は虫の息だったが、ラボにある医療設備のおかげでどうにか死は免れた。

「……では会ってみるとしよう」

治療していく段階で、男にリンカーコアがないことから彼の興味はほとんど無くなったが、一つ気にかかることがあった。
男は飛行服に身を包んでいた。すなわち、彼の手元にある戦闘機のことを知っているかもしれないのだ。
それを知るまでは、せいぜいこちらの手元に置いておこう―。
彼――ジェイル・スカリエッティはその場を立ち去り、男のいる部屋に向かうことにした。



時空管理局機動六課、はやての執務室。
エイリム山岳地帯上空の戦闘から帰還したメビウス1は、はやてに向かって頭を下げていた。

「……すまない、八神。勝手に飛び出しちまって」
「ええですよ、ほら、頭上げてくださいメビウスさん。こっちは助けてもろて、感謝したいくらいなんやから」

心底反省している様子のメビウス1に、はやてはとんでもない、と首を振って答えた。
むしろ、彼女としてはメビウス1の無断出撃よりも気になることがあった。

「……それでメビウスさん、あの戦闘機が何なのか、ご存知ですか?」

突如、全滅したガジェットの仇を討つように現れた六機のMiG-29。彼らはとてつもないパワーとスピードを持って現場に展開していたスターズ、
ライトニングの各分隊を翻弄してみせた。
メビウス1が駆けつけてくれなければ、損害はヴァイスの操縦するヘリが一機中破した程度では済まなかったかもしれない。

「あれは、MiG-29と言って格闘戦に優れた戦闘機なんだが……重要なのは、国籍マークがエルジア軍のものだったことだ」
「エルジアって……話してくれた、メビウスさんの世界の?」
はやての問いにメビウス1は頷く。
エルジア共和国――ユージア大陸西部に位置する大陸最大の領土を誇る国家。一国で連合軍であったISAFの総兵力に匹敵するほどの強大な軍事力
を持つ。開戦当初、巨大レールガン"ストーンヘンジ"を持って大陸ほぼ全土を掌握下に置いたが、ISAFによる反攻作戦が始まってからは敗北を重
ね、ストーンヘンジをメビウス1に破壊されてからは弱体化、ついに首都ファーバンティも陥落しISAFの降伏勧告を受諾した。

「もっとも降伏に従わない部隊もいてな……俺もこの世界に飛ばされる直前まで、そういう連中と戦ってたんだ」

彼の脳裏に蘇るのは、隕石落下を誘発させる巨大要塞メガリス、それを守るエルジア青年将校たちが操縦する"黄色中隊"と同じ塗装のSu-37。
もっとも青年将校たちの技量は総じて低く、歴戦の古強者で編成されたメビウス中隊に蹴散らされ、要塞メガリスも破壊されてしまった。

「なるほど……で、どうしてそのエルジア軍がこの世界にいるのかって話やな」
「大方、俺と同じように飛ばされてきたんじゃないのか?」

メビウス1の考えを、はやてはもっともだと感じた。メビウス1のF-22といい今回現れたMiG-29といい、どちらも九七管理外世界に存在するも
のではあるが、両方とも九七管理外世界からやって来た形跡はないのだ。MiG-29の国籍マークがそれを証明してくれている。

「……ちゅうことは、あれはメビウスさんの世界のもんと見て、間違いなさそうやな」
「だと思う。確証はないが」

彼女の言葉にメビウス1は頷いてみせた。するとはやては少しの逡巡の後、改まってメビウス1に向かって口を開く。

「メビウスさん、突然なんやけど」
「ん? なんだ?」
「……私らに協力してもらえんでしょうか?」



「ティアー、あれ何してるんだろうね?」

リニアレール鉄道の戦闘から三日後、いつものように水上の訓練場に向かう途中、スバルの何気ない言葉に、ティアナは振り向いた。
スバルの指す方向では、何かの工事が行われていた。資材を乗せたトラックが何台も行ったり来たりしている。

「何って、工事じゃない。施設とかでも建てるんじゃない?」
「そうなのかな? でも施設にしてはすっごく大きいような…」

大して興味も無いように返してみたが、スバルの言葉でティアナは気付く。工事が行われている範囲が、非常に大きいのだ。小さく見積もっても
3000メートル程度はありそうだ。よく見ると工事の作業内容はみんな舗装ばかりで、辺りを生コン車がうろついていた。
滑走路でも作る気かしら?と言う彼女の疑問は正解だったが、大して気にしなかった。
むしろ、先日現れたあの戦闘機の方が彼女としては気になってしょうがない。後で調べてみると、あれは九七管理外世界の戦闘機、F-22と呼ば
れるステルス戦闘機だそうだ。
――気に食わないわね。
質量兵器に攻撃されていたところを他の質量兵器に助けられた。その事実が、ティアナの胸に重く圧し掛かる。
管理局の人間として否定すべき質量兵器の助けを受けたことは、執務官を目指す彼女にとって気分のいいものではなかった。

「どうしたの、ティア? 早く行こうよ」
「……っと、ごめん。そうね、行きましょう」

スバルに急かされて、ティアナは訓練場へと向かう。
訓練場では、既に同じ新人のライトニング分隊所属のエリオとキャロ、教官を務めるなのは。それに――

「……誰だろ?」

見慣れない、一人の青年。いわゆる飛行服と言うのだろうか、緑色のつなぎを着てその上からフライトジャケットを羽織っている。
そこでティアナは気付いた。青年の着ているフライトジャケットに、あのF-22の尾翼に描かれていたリボンのマークがあることを。

「あ、来たね二人とも。それじゃあ整列!」

なのはの言葉にはっとなって、ティアナはスバルとエリオ、キャロと共に横一列に並んでなのはたち教官と向き合う。だが、視線は依然として
青年の方に向けられたまま。スバルたちも気になるのか、ちらちらと青年の方を見ている。

「今日は訓練の前に、新しい六課の仲間を紹介するね……こちら、メビウスさん」

なのはに紹介されて、青年は少し照れ臭そうに前に出た。






「メビウスだ……コールサインは、メビウス1。みんな、よろしく頼む。今日一日、君たちの訓練を見せてもらうよ」

文字通り軍隊仕込みのビシッとした敬礼をしてみると、彼の前にいる若い新米魔導師たちは元気よく「よろしくお願いします!」と答えて答礼。
――しかし、ずいぶん若い連中だな。
メビウス1の感じた新人たちの第一印象は、当然であった。ハチマキを巻いたボーイッシュな少女とツインテールの少女はともかく、その隣に並
ぶ新人たちの中で唯一の男である少年となんだか変わった小動物―後で聞いたがこれでも立派な竜らしい―を従えた少女は、明らかにまだ小学校
に通っている年齢だ。その手の団体の人が見たら「時空管理局は少年少女にまで危険な戦闘行為を行わせている!」と騒ぐに違いない。
――まあ、優秀なら年齢問わず雇うのが管理局の体制って、八神が言っていたか。郷に入れば郷に従え、かな。
メビウス1とてISAF空軍の軍人である。異世界で保護された身とはいえ、勝手に他の組織に協力していいものかどうか。
それでもあえて協力することを選んだのは、やはりエルジア軍の存在が気になるからだ。
終戦したとはいえエルジアとISAFは敵対関係にあった。降伏に従わないエルジア軍部隊も多い。彼らがこの地で何をしようとしているのか、何の
ために六課を攻撃してきたのか調べるのも、ISAF空軍の軍人の任務の一つだろう。
ちなみに、リボンのマークのフライトジャケットはメビウス1が六課に協力するに辺り提供されたものだ。背中には機動六課の部隊章が描かれ
ていている。本来なら制服を着るべきなのだろうが、たまたまサイズに合ったものがなかったので市販のものに部隊章をつけた。

「あの……一つ質問、いいですか?」

ツインテールの少女がメビウス1に声をかけてきた。確か、エイリム山岳地帯での戦闘でMiG-29の投下した爆弾を拳銃で迎撃してみせた娘のはず。

「なんだい? 一つと言わずに何でも聞いてくれ、本名以外」

雰囲気を和ませようと彼なりに笑顔で接してみたが、ツインテールの少女はもともとそういう性格なのか、あくまで真面目な表情だ。

「ティアナ・ランスター2等陸士です。三日前の、エイリム山岳地帯での戦闘で…所属不明の戦闘機が、現れました。あなたですね、メビウス
さん?」
「……ああ、そうだが?」

何故分かった?と言う疑問がメビウス1の頭に浮かんだが、自分のフライトジャケットを見て納得する。たぶん、彼女はF-22の尾翼に描かれた
リボンのマークをしっかり見ていたのだろう。

「質量兵器は管理局ではご法度なのは、ご存知ですか?」

まっすぐこちらを、どこか敵意や悪意のような感情が含まれた視線を送ってくるティアナと名乗った少女。メビウス1は苦笑いしつつ、助けを
求めるようになのはを見た。

「にゃはは……まぁ、それはおいおい説明していこうか」

それぞれ苦笑いして、なのはは話題を切り替えるように訓練を開始させた。



――恐ろしい御稜威の王が蘇り、救うべき者を無償で救う。
「……さっぱり、分からんね」
聖王教会。カリム・グラシアのレアスキル"預言者の著書"にある日突然現れた謎の一文を見て、はやては首を傾げた。

「そもそも1年の1度のはずの予言が、こんな時期に追加されるって言うのがおかしいわ」
「ふむ、確かに……月の魔力とは関係ない、別の何か、かな」

カリムのレアスキルは月の魔力によって発動するが、それは年に1度しか起きない。にも関わらずそれを無視する形で、新たな一文。
この予言が古代ベルカ語、それも解釈によって意味も違ってくるのでよく当たる占い程度でしかないことも、この一文の難解さを深めている。
"救うべき者を無償で救う"と言うくらいなのだから、決して不吉なものではないはずだ。だが、それにしては"恐ろしい御稜威の王"と言うのが
はやてには気になった。

「……とりあえず、それは置いておこう」

そう言ったのは、同席していたクロノ・ハラオウン。機動六課の後見人にして監査役のXV級艦船「クラウディア」の艦長である。

「それよりはやて、本当に"彼"を六課に?」

どこか不機嫌な様子で聞いてくるクロノの言葉は、彼が今回はやてが六課に招いた者を心底歓迎していない証拠。

「もう決めたことや。確かに、なのはちゃんたちのリミッターを解除すればあの戦闘機にも対抗できるやろうけど…新人たちはそうもいかん」
「だが、彼の機体は明らかに質量兵器だろう? リニアレール鉄道での件はもう仕方ないとして、今後も協力するならそれ相応の装備にしてもらう」
「相変わらずやな」

生真面目で厳格な彼らしい言葉に、はやてとカリムは揃って苦笑い。

「もちろん、対策は考えとるよ。どうせガス欠気味で弾薬も底を突いたそうやから、何かしら手は打たんとあかんし」
「なら、いいんだが……」

イマイチ納得しきっていない様子で、クロノは言葉を続けた。

「あの質量兵器の出所については、僕の方でも調べてみよう」
「頼むわ、情報収集は多方面でやった方がええし」



ぼんやりと、彼はベッドの上で天井を眺めていた。
どうして自分が生きているのか分からなかった。あの時、あの瞬間、確かに自分は燃え盛る機体と運命を共にしたはずだったのに。
未だにあの時鳴り響いていたミサイルアラートの音が頭の中で続いている。
後悔はない、悔しさもない。自分は正々堂々、奴と戦い、そして敗北したのだ。それは結果だ。受け止めるしかない。
飛ぶ前にやられるのは腹が立つが、今回は万全の状態だった。それで負けたのだから仕方ない、相手が自分より強かっただけなのだ。
ただ疑問だけが沸いた。何故生きているのだと。
手元にあったはずのハンカチは無い。

「気がついたかね?」

不意に声をかけられて、彼は上半身を起こした。声の主は、白衣を着た科学者のような男だ。知的な雰囲気だったが、瞳の奥には言い知れない冷
たさが広がっているような気がした。

「私はジェイル・スカリエッティと言う。君の名を教えてくれないか?」

スカリエッティ、と男は名乗った。この男が自分を看病してくれたのだろうか。

「……俺は、生きているのか?」
「ああ、発見された時は虫の息だったが――確かに生きているよ」
「そうか……」

生きている。改めてそのことを認識した彼は、ふと思った。
生きているなら、また飛べるかもしれない。また戦えるかもしれない―奴と。
そう思うと、それが空に魅せられた者の性なのか、身体に力が湧いてくるような気がした。

「もう一度聞こう、君の名を教えてほしい」

スカリエッティが、なかなか答えてくれない彼にまた同じ質問をした。

「……13だ」
「13? それが君の名かね?」

変わっているな、と付け加えてスカリエッティは言った。だが、今の彼にとって名前なんてそれでよかった。
死んだはずが生きている。もしかしたらまた飛べるかもしれない。飛べるなら、また奴と戦えるかもしれない。それで充分だった。

「いいだろう。13、君には聞きたいことがあるんだ。答えてくれるかね?」
「その前にこっちの質問に答えてほしい」
「なんだい?」
「俺は、また飛べるか?」

スカリエッティは質問の意味が一瞬よく分からなかったが、彼が発見された時飛行服を着ていたことを思い出すと、すぐに答えを返した。

「ああ、すぐによくなるさ」
「……それは、何よりだ」

彼――黄色の13は、わずかに口元を緩ませた。



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最終更新:2009年02月21日 13:21