ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL
第6話 リボン付きと銃士
銃士は振り返らない――故に自分を省みない。
まだ焦げ臭い匂いが鼻を突くホテル・アグスタ周辺の森の中。
破壊されたガジェットの残骸を調べて回る管理局の人間たちに混じって、メビウス1はある探し物をしていた。
「上から見た限りじゃ、この辺に落ちたんだが……」
携帯式のGPSを手に、メビウス1は周囲を注意深く見渡す。
彼の探し物とは、撃墜した敵戦闘機タイフーンの残骸だった。ほとんどの敵機は皆空中で四散してしまったが、唯一シグナムがレヴァンティ
ンで撃墜したものだけは比較的形を保ったまま地面に落ちたはずだった。
「しかし墜落の衝撃でばらばらになっている可能性が大きい――何か気になるのか?」
同行するのはシグナム。彼女としては、何故メビウス1が撃墜された敵機を探すのか理解しかねるところがあった。
「ああ、ちょっとな」
適当に返事をして、メビウス1は森の奥深くへと足を進めていく。
やがて、並木がぐしゃぐしゃに薙ぎ倒されている光景が目に映る。同時に、パイロットの彼にとっては嗅ぎ慣れた航空燃料の匂い。
もうすぐだな――歩みを進めていくと、予想通りだった。完全にバラバラになったタイフーンの残骸が抉られた地面に散らばっていた。
「これは――酷い有様だな」
「ヒコーキが落ちるとこんなもんだぜ」
自分が落としたとはいえ、原形を留めている部品がほとんどないタイフーンの成れの果てにシグナムは少し顔をゆがめた。
一方でメビウス1はほとんど動揺もせずただ一つだけ、どこの部分であったか判別できる残骸―コクピットに近寄っていく。
「……やはり、か」
ひび割れの入ったキャノピーの奥を見たメビウス1はため息を吐いた。
「どうした?」
「見なよ、こいつは幽霊でも乗っていたのかって疑いたくなる」
彼に言われて、シグナムはコクピットに近付きキャノピーを覗き込んで我が目を疑った。
もし、このタイフーンをパイロットが操縦していたのならコクピットにはその遺体でも転がっているはずだ。
それなのに、コクピットには誰も座っていない。
「無人機ということか」
「ああ。それも、非常に高度な奴だ」
無人機、と言うこのタイフーンの正体にメビウス1は自分の世界にあった無人機の存在を思い出す。
――いや、あれは全てスカーフェイス1が撃墜したはずだ。
よくよく考えればガジェットも無人機だ。タイフーンもそのシステムを応用して無人化されたのだろう。
「シグナム、この残骸回収できないか?六課で調査して欲しいんだが」
「分かった。これほどのものを回収するにはヘリが必要だな、ヴァイスを呼ぶ」
まさか、な――彼女の返答に頷きながら、しかしメビウス1は胸のうちの疑念を払いきれなかった。
純粋に悔しかった。
ホテル・アグスタから撤収してその日のうちに、まだ疲労の残る身体を動かしていた理由はただそれだけ。
ティアナは六課の敷地内にある森の中、ひたすら自主練に励んでいた。
周囲に浮かぶ擬似目標の光球を、クロス・ミラージュで射撃。もちろん実際に魔力弾を撃つ訳にはいかないので、クロス・ミラージュが命中
判定を出す。
「はっ……はっ……はっ」
無限に出現を続ける光球を落とし続けてもう4時間。自主練は夕方から始めたが、辺りは暗くなっている。
「――ぷはっ」
クロス・ミラージュが外れの判定を下し、ティアナは動きを止めて地面に寝転がった。
目を瞑ると、脳裏によみがえってくるのは火の鳥となって特攻を仕掛けてくる敵機の姿。それから必死に逃げようとする自分。
そして、そんな自分をあざ笑うかのように敵機を撃墜する味方のはずのF-22。
「認めない、絶対に――」
各部は疲れ切っていて抗議してくるが、無理やり彼女は身体を奮い立たせると訓練を再開させる。
彼女が戦闘機――質量兵器を忌み嫌うのは管理局員としてもだが、それ以上に大きな理由があった。
「あれ、これって――」
一連のガジェットによる襲撃事件の首謀者の調査のため、過去の事件を洗い直していたフェイトは偶然、見覚えのある名を見つけた。
「どうしたの、フェイトちゃん?」
「なのは、これ」
過去の事件のリストおよび資料を取り出すのを手伝ってくれたなのはに、彼女はその名の載ったファイルを見せた。
ファイルは数年前に多発した、ある質量兵器による破壊活動をまとめたものだった。事件の対処に当たった管理局側の被害も事細かに記載さ
れていた。
その中に、名前があった。ティーダ・ランスター1等空尉と。
「ああ――うん、ティアナのお兄さんだよ」
「殉職されてたんだ……」
フェイトの言葉に、なのはは沈痛な面持ちで頷いた。
その質量兵器は構造は管理局のデバイスに比べればはるかに原始的だったが、誰でも短期間で完璧に扱えて、しかも故障はまったくないとい
う管理局にとって厄介極まりないものだった。
ティーダはこの質量兵器に真っ向から立ち向かい、そして死んだ。至近距離から弾丸をフルオートで浴びせられたため、遺体は見るも無残な
状況になっていたという。
穴だらけになって、変わり果てた兄の姿を見たティアナは信じられない言葉を聞いた。曰く「武装隊の恥さらし」、曰く「管理局の面汚し」、
曰く「役立たずの能無し」。
だから、彼女は質量兵器と言う存在を憎んだ。兄を奪うどころか、兄を侮辱する人間すら生み出したその禍々しい存在に。
それなのに質量兵器に二度も助けられた自分。
「情けない――!」
またしてもクロス・ミラージュは外れの判定。先ほどから照準にブレが大きくなっている。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、彼女はクロス・ミラージュを待機モードに戻した。
さすがに今日はここまでだろうか。身体に圧し掛かる疲れは尋常なものではない。
そんな時、突然森の外から拍手する音が聞こえてきた。
「よう――頑張ってるな、ランスター」
愛機F-22の点検を終えて、自室に戻ろうとしていたメビウス1は森の奥で不規則に消えたり浮かんだりする光を見つけた。
気になって足を運んでみると、ティアナが拳銃らしきもので―あれが彼女のデバイス、いわゆる魔法の杖らしい―光球を追っていた。
なるほど、あれは訓練なのだ。そう思ったメビウス1は感心しつつ、拍手をしながら彼女の前に現れたという訳だ。
「こんな時間まで練習とは仕事熱心なことだ」
「……必要と感じたので」
純粋な気持ちを口に出したのだが、ティアナはぶっきらぼうに答えて、またクロス・ミラージュを起動させた。
嫌いな人間の前で無理にでも強がっているのかもしれない。もっともメビウス1はそんなことに気付かず、彼女の訓練を見ていた。
「しかし――もう夜も遅いぞ?続きは明日にして、今日は休んだらどうだ?」
時刻はすでに深夜と言ってもいい。メビウス1も自室に戻ればシャワーでも浴びてさっさと寝床につくところだった。
「お構いなく。あたしにはあたしのリズムがあるんで」
しかし、なおもティアナは訓練を続けた。なんだか返事も先のものに増して無愛想だ。
――関わって欲しくない、って感じだな。まぁ俺がアレに乗ってるのが大きいんだろうが。
以前も自己紹介の時、ティアナは自分に対して嫌悪感のようなものを露にしていた。それはやはり、自分がこの世界では禁忌とされている質
量兵器を扱っているところが大きいのだろう。
「――君が、俺のことを気に食わないのは分かってるつもりだ。質量兵器を扱ってる訳だし」
メビウス1の言葉に、ぴたりとティアナの動きが止まった。
「だが休める時は休むべきじゃないのか?それも仕事のうちだし、何より動きたい時に動けなくなる」
「……あたしは、凡人ですから。人よりずっと多く練習しないと、動けても役に立てません」
「凡人?冗談よしてくれ」
メビウス1は苦笑いを浮かべた。少なくとも彼の世界でティアナのような存在がいたら非常に重宝されることだろう。リニアレールでは落ち
てきた爆弾を迎撃し空中で炸裂させ、ホテル・アグスタではF-117を一機撃墜しているのだから。
「君ほどの人間が凡人だったら世界がひっくり返るぞ」
「―あなたに、何が分かるって言うんですか」
振り返り、こちらを見つめてくるティアナ。見つめるというよりは、明らかに睨み付けると言った方が正しい眼力だった。
「あたしは凡人だから、人より練習しないとダメなんです! 今日だって、未熟だからあの戦闘機を落としきれずに……」
「いや、あれは――」
「あたしは兄を殺した質量兵器の助けなんか受けたくない! だから、もっと練習しないと……帰ってください、集中できない」
声を荒げて、ティアナはメビウス1から視線を離すとクロス・ミラージュを構え直して訓練を再開しようとする。
だが、そんな彼女の肩をメビウス1の手が掴んだ。
「ランスター、事情は知らんがお前が俺の助けを受けたくないのは分かった。だがな、戦闘はゲームじゃないんだ。あいつの支援は受けた
くないです、でやられたらどうする。その時死ぬのはお前だけだがお前の穴は誰が埋めるんだ」
まっすぐに彼女の瞳を見据えて、メビウス1は力強く言った。もしかしたら、多少怒気が入っていたかもしれない。
今のティアナはかつての自分に似ていた。まだ愛機がF-4Eファントムだった頃、黄色中隊の攻撃で後席の相棒を失い、復讐鬼となりかけてい
た自分に。
「……やられないために、こうして練習してるんです」
ティアナはメビウス1の手を振り払い、彼から少し遠ざかる。
「違うな。今のお前は自分を見失ってるだけだ。嫌いな奴に手助けされたから、自分は未熟だと思い込んでる」
「なのはさんやスバルたちに比べれば実際に未熟です」
「だから違う……あー、ったく。ああ言えばこう言うんだな」
なのはは普段教導隊員―俗に言うアグレッサーとして教官をやっていると聞いたが、その任務の辛さが分かったような気がした。
どれだけ正しい教導も相手が理解せず拒絶してしまえば、まったく意味はないのだ。
「――よし、こうしよう。明日の訓練が終わったらまたここに来い。俺と模擬戦だ」
「……え?」
メビウス1の思わぬ言葉に、ティアナはキョトンとしてしまう。
「もちろんF-22と対決しようって訳じゃない。相手は俺自身だ。生身ってことだよ」
「生身ってあなた、確か魔力はないハズでは……」
「こっちの世界の技術は凄いもんでな」
そう言って、メビウス1が懐から取り出したのは一見何の変哲も無いISAF空軍正式の九ミリ拳銃。発射するのは通常の弾丸ではなく、マガジ
ン内の魔力から生み出される殺傷、非殺傷設定選択可能な魔力弾だ。性能はともかくこれなら魔力のないメビウス1でも扱える。
本当にやる気だ。ティアナは思わず、息を呑んだ。
「お前が勝てば俺はもう何も言わん、好きにするんだ。ただし、俺が勝ったら……そうだな、原隊に復帰しろ」
「!」
元はと言えばティアナは陸士三八六部隊からはやての勧誘を受けて六課に配属されたのだ。原隊復帰とは、元の部隊に戻ることを意味する。
要するに彼はこう言っているに等しい。「負けたら荷物まとめて尻尾巻いて帰れ」と。
「軍人とは言え俺は歩兵じゃない、パイロットだ。そんなのに負けたらお前はお前の言うとおり凡人ってことだ。六課に凡人は必要ない。心
配するな、お前がいなくても俺がカバーしてやる……どうだ、やるか?」
「……誰があなたになんか」
闘争心に火がついた、とはよく言ったものだ。ティアナの瞳には燃え滾る闘志が宿っている。
――と、勢いで言ってしまったが正直どうしよう、かなり、いや無茶苦茶怖い。
一方メビウス1は、虚勢を張っているものの内心非常に恐れていた。最後に地上戦闘の訓練をやったのはいつだったか、もう記憶の片隅に追
いやられてしまっている。
結局この日はそれでお終い、メビウス1とティアナは別れて翌日に備える。
片や闘志を胸に秘め、片や布団の中でガタガタ震えながら。
そして太陽が顔を出して、対決の日が訪れる――。
最終更新:2009年02月21日 14:01