THE OPERATION LYRICAL_07

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL




第7話 Mobius1VS Stars4




鷹は地面に降りた――だが、決して無能になった訳ではない。




「はい、出来ました」

そう言って、シャリオがメビウス1に手渡したのは魔力が格納された二つの拳銃用のマガジン。

「ありがとう――すまないな、急に頼んで」

マガジンを受け取ったメビウス1はその出来を確かめるように手にしていた九ミリ拳銃にもともと入っていたマガジンを抜き取り、新たな
それを入れる。カシンッと小気味のよい機械音がして、マガジンはしっかりと拳銃に収まった。

「けど、急にどうしたんですか? いきなり予備のマガジン作ってくれなんて」

そもそもメビウス1の九ミリ拳銃は彼がもともと所有していたISAF空軍正式品のものをF-22の改修に合わせて改良したものだ。彼は礼を言
いつつも、「実際使うことはあんまりないだろう」と言っていた。パイロットの持つ拳銃など自衛及び自決用だそうだ。
それが今朝になって突然、メビウス1が自分の仕事場にやって来て「大至急拳銃の予備マガジンを作ってくれ」と頼んできた。これではシ
ャリオが怪訝に思うのは無理もない。

「いや、まぁ……やっぱり予備の弾はあるに越したことはないだろ?」
「それはごもっともですけどね――そうだ」

なんとなくお茶を濁したようなメビウス1の回答に適当に頷きつつ、シャリオは何か思いついたようだ。

「メビウスさんの拳銃、カスタマイズしましょうか」
「カスタマイズって……出来るのか?」

確かにシャリオは技術者として非常に優秀なのはメビウス1も理解している。だが、果たして拳銃の改造など可能なのだろうか。
彼女がガンスミスと呼ばれる銃改造のスペシャリストなら納得できるが、とてもそんな風には見えなかった。

「ふっふっふ――休憩時間に八神部隊長がやってるゲームを見せてもらいまして。それから最近ずーっと銃器の勉強してるんですよ」
「ああ――」

メビウス1もそのゲームのことは知っていた。従来のゲームとは違う、敵を倒すのではなく敵から隠れながら進むというステルス・アクシ
ョンゲームだ。ゲームシステムもさることながら緻密でリアルなシナリオに細部までとことんこだわった兵器の描写が人気らしい。

「だから! ちょっとメビウスさんの拳銃、カスタマイズさせてください」
「あ……ああ、頼む」

なんとなく、シャリオから異様な威圧感を感じたメビウス1は素直に拳銃を渡す。
たかが拳銃とはいえ官給品、言ってしまえば国民の血税で出来たものを勝手に改造するのは少し気が引けたが、今のシャリオには何を言っ
ても通用しない気がした。

「それでは、メビウスさん……」
「う、うん?」
「早速作業に入るのでしばらくお待ちください」

そう言って、彼女は部屋の奥へと消えていった。
待っている間、メビウス1は今夜の"対決"のことを考えることにした。
――はっきり言って、火力は負けてるよな。射撃の精度だって、いいとこ互角だろうし。どうにかして火力を封じ込まないと。
対戦相手は二丁の拳銃型デバイスを使いこなす若き銃士。拳銃の片手撃ちなどその命中率はベテランでない限りたかが知れているが、彼女
は例外だ。片手撃ちで普通の兵士の両手撃ちを圧倒する命中精度を叩き出している。
おまけに、実際に目にした事はないが彼女は今では数少ない幻術を使えるらしい。下手に攻撃を仕掛けて実は偽者で、後ろからズドンとや
られるのはたまったものではない。

「ここは、ペン型拳銃とかで意表を突いて――ダメだ、森の中でペンなんぞ何の意味もない」

馬鹿な考えが浮かんできて、メビウス1は自己嫌悪しながらそれを否定。

「ならば蛇型拳銃か!巨大蛇と格闘していると見せかけて――芝居が凝り過ぎだな」

ため息が出た。何故こうもさっきから馬鹿な発想しか出来ないのだろう。蛇型拳銃はアタッシュケース入りの組み立て式まで考えていたの
に――ああ、また馬鹿な考えが浮かんできた。と言うか、巨大蛇が六課の敷地内に住み着いていたらそっちの方が危険である。
あーでもないこーでもないとお馬鹿な発想を繰り返し、その度にメビウス1は自己嫌悪。こいつは本当にISAF空軍のエースなのだろうか。

「出来ましたー」

そんなこんなで、シャリオが戻ってきた。手には九ミリ拳銃。カスタマイズしたと言う割りにあまり見た目は変わっていないようだった。

「ああ、ありがとう――具体的に、どんなカスタマイズを?」
「それは、触ってみてのお楽しみです」

意味深な笑顔を浮かべて、シャリオは九ミリ拳銃をメビウス1に渡す。
九ミリ拳銃を手にした瞬間――メビウス1の眼がかっと見開かれた。

「こ――これは!?」
「気に入りました?」

驚愕するメビウス1を見て、シャリオは得意げな笑顔。

「鏡のように磨き上げられたフィーディングランプ……強化スライドだ。さらにフレームとの組み合わせをタイトにして、精度を上げてある。
サイトシステムもオリジナル……サムセフティも指をかけやすいよう延長してある。リングハンマーに、ハイグリップ用に付け根を削りこん
だトリガーガード――それだけじゃない、ほぼすべてのパーツが、入念に吟味されカスタム化されている!」

色々小難しい専門用語を並べて、メビウス1はシャリオによってカスタマイズされた九ミリ拳銃を大絶賛。とりあえず要は「とにかく凄い
凝った作りになっている」と思ってもらえばそれでいい。
これなら今日勝てるかもしれない。そんな希望さえ芽生えた矢先、メビウス1がマガジンを抜いてから引き金を引くと―銃口から火が出た。
火を噴いたのではない。火が出たのだ。ライターと同レベルの火力である。
一瞬思考が完全に停止し、放心状態のメビウス1ははっと我に返りシャリオに詰め寄る。

「おい、これは何のギャグだ」
「ご、ごめんなさい。それ今度の宴会芸用の奴で――間違えちゃいました、テヘ」

舌を出して可愛らしく笑みを浮かべるシャリオの顔が最高に憎たらしく見えたのは錯覚ではないはずだ。



「はーい、それじゃ今日の訓練はこれでお終い!」

この日も厳しい訓練が終わった。だが、内容はみんな基礎的なものばかりだ。ティアナはこれで本当に強くなっているのか、いまいち実感
が沸かなかった。
なのはの声でティアナを含む新人フォワード部隊は残り少ない体力で走り、整列して姿勢を正した。

「うん、みんないい調子に技量が上がってきたね。特にティアナは、今日はなんだか鬼気迫るものがあったよ」
「いえ――まだまだ、です」

荒い息を整えながら、ティアナは言った。本心からの言葉だった。

「向上心があるのはいいことだな。けど、ちゃんと休める時は休めよ? お前、昨日も遅くまで自主訓練をやっていたそうじゃないか」

途中から訓練に参加したヴィータの言葉に、ティアナは内心顔をしかめたい気分になった。
昨日の自主練のことを話したのはスバル、エリオ、キャロだけ。あと知っているのはメビウス1だが、おそらくヴィータは彼から聞いたの
だろう。

「はい、大丈夫です。昨日はちょっと、寝付けなかっただけなので」
「そうか? ならいいが――」

――まったく、余計なことをするわね。
言葉とは裏腹に、ティアナは昨夜から抱いている闘志の炎がますます燃え上がるような気がした。

「――ともかく、みんなお疲れ様。ヴィータ副隊長の言うとおり、しっかり休んでね」
なのはの解散の指示。だが、彼女の視線は今自分に向けられていなかっただろうか。ヴィータも聞いているなら、確かになのはも昨日ティ
アナが自主練していたことを知っていてもおかしくはない。
――頑張って。メビウスさんは戦闘機に乗ってなくても、たぶん手ごわいよ?

「え?」

突然頭の中になのはの声が響いてきて、思わずティアナはなのはを見た。

「どうしたの、ティアナ?」

首をかしげているが、確実に今の念話はなのはからだ。ところが彼女は表情を変えない。
そういうこと、とティアナは何故だか久しぶりの微笑を浮かべ、なのはと向き合う。

「絶対に負けません」
「あれ~、何のことかな?」

あくまでもとぼけて見せるなのは。ティアナはそんな優しいエールを送ってくれた上官に一礼して、決闘の地へと向かった。

「……なぁ、ホントによかったのか?」
遠ざかっていくティアナの背中を見ながら、ヴィータが言った。
「ヴィータちゃん、知ってる? メビウスさんって、元の世界じゃ右に出る者がいないくらい、凄腕のエースパイロットだったそうだよ」
「地面にいるときは全然そんな風に見えねぇがなぁ」

ごもっともなヴィータの意見になのはは思わず苦笑い。

「で、それがどうしたんだ」
「ティアナは自分に自信が持てない――でも、生身とはいえエースパイロットに勝てたら、それが自信になると思う。だからメビウスさんと
の模擬戦を許可したんだ」
「ふぅん…でもメビウスがあんまり呆気なくやられたら今度はあいつの立場が無いぞ」
「大丈夫だよ、たぶん」

あくまでも気楽な考えを通して、なのはは呟く。

「鋭い爪や嘴を持った鷹は、地面に降りても結構強いよ――だから負けないでね、ティアナ」



日が落ちかけている六課の敷地内の森。
メビウス1は、木に体重を預けてティアナを待っていた。その間、彼の手はさながらガンマンのように九ミリ拳銃を弄んでいた。

「いけねっ」

ガチャンッと金属音が響く。腰のバックアップに引っ掛けていた予備マガジンが落ちてしまった。固定が甘かったのかもしれない。
落ちたマガジンを拾おうと身を屈めた時、後ろに気配を感じて振り返る。バリアジャケットを展開していたティアナが、そこにあった。

「装備はちゃんと身につけた方がいいですよ」
「ああ、まったくだな」

彼女の言葉に同意しながら、メビウス1はマガジンを拾い腰のバックアップに改めて引っ掛ける。

「さて――準備はもういいのか?皆に別れの挨拶はしてきたか?」
「いいえ。普通にまた明日って、言ってきました」

メビウス1が勝てばティアナは六課を去る―今回の模擬戦のルールのことを言ってみたが、ティアナはとことん強気な姿勢だった。

「いいだろう――交戦規定は唯一つだ。相手が降参するまで撃つ」

ホルスターから九ミリ拳銃のカスタムを引き抜き、メビウス1は静かに言った。

「私が勝ったら、本当に好きにさせてもらっていいんですね?」
「ああ。俺は何も言わない」

ティアナもクロス・ミラージュを待機モードを解除させ、両手に構える。瞳は闘志で輝いていた。
――ああ、頼むからそんな眼しないでくれ。
内心もう帰りたいメビウス1だったが、言いだしっぺは自分だ。ポーカーフェイスを気取って、身構える。
パイロットのメビウス1が彼女に勝っている点と言えば、戦闘機乗りとして養われた眼のよさと実戦経験の豊富さだろうか。特に後者はテ
ィアナはメビウス1の足元に及ばない。もっとも、地上戦と空中戦では異質な部分も多い。
だがメビウス1も死線を幾度となく潜り抜けてきた。ただでやられるつもりは、無い。

「――来な、小娘。"リボン付き"が相手してやる!」
「手加減はしませんよ!」

互いに銃口を向け合い、引き金を引く。二つの銃声が、森の中に木霊した。
魔力弾の交差。お互いの放った弾は数ミリのところで外れた。

「!」

メビウス1は背筋に冷たいものを感じながら、横に飛んで森の中へと逃げ込む。
ティアナはすぐに撃ち返して来ると思っていたため一瞬呆気に取られたが、即座に頭を切り替えてメビウス1が逃げた方向に魔力弾を叩き
込む。だが手応えは感じられなかった。

「っち」

露骨な舌打ちをして、このまま追うべきか彼女は迷う。
森の中は視界が悪く、障害物となる木が多いためせっかくメビウス1よりはるかに高い火力が生かせなくなる。
――少しでもこっちのアドバンテージを減らそうってことね。
地形を生かして戦うのは戦術としては初歩的だが効果的でもある。ティアナはなのはの言うとおり、ただで勝てる相手ではないことを悟っ
た。

「っ!」

視界の隅で走った発砲炎を、彼女は見逃さなかった。すんでのところで身をよじって飛んできた銃弾を回避。直ちにありったけの魔力弾を
送り込む。
一方、奇襲を仕掛けたメビウス1は彼女のすばやい反応に驚き、直後に叩き込まれてきた魔力弾の群れをどうにか木に身を寄せてやり過ご
した。
――くそ、うまく行くと思ったんだが。それにしても一発撃ったら五発くらいの勢いで返ってきやがる。
火力の差は歴然だ。しかもこちらはカスタムされたとは言え元がごく普通の九ミリ拳銃だ。扱いやすくはあるが、何のサポートもしてくれ
ない。対してティアナのクロス・ミラージュは高度なデバイスであるから、通常の射撃でさえサポートが入る。レシプロ機でジェット機に
喧嘩を売っているようなものだ。
メビウス1は匍匐前進でゆっくり、音を立てないようにティアナの後ろに回り込もうとする。

「――逃げてないで、出てきたらどうですか!? あんな大口叩いておいて!」
ティアナの挑発するような声が聞こえてきた。
――逃げているんじゃない。今ちょっと策を練っているのさ。
胸のうちで返答しながらメビウス1は匍匐前進を続ける。ちらりと視線を上げると、ティアナの背中が見えた。

「もらった――!」
立ち上がり、拳銃の引き金を引く。銃声が響いて、魔力弾がティアナの背中に迫り――突き抜けていった。

「何……うお!?」

直後に側面から魔力弾がいくつも飛んできた。たまらず、メビウス1は木に身を隠すが魔力弾は鼻先数センチのところをかすめ飛んでいく。
おそらくアレは彼女の得意な幻術だ。分身を囮にメビウス1を誘い出し、出てきたところを滅多撃ちにする。
こんなの初歩的な戦術じゃないか、俺は何やってんだ――。
自分を情けなく思いながら、木の影から拳銃の銃口だけ突き出してティアナのいると思しき方向に適当に撃ち込む。ただちにその五倍の数
で魔力弾が返ってきた。

「ホントに手加減抜きかよ、洒落にならん……」

顔をしかめて、メビウス1は思い切って木の影から飛び出す。それを待ち構えていたように、ティアナは銃口を向けてきた。
互いに横に移動しながら銃撃戦。当たっていないのが不思議なくらい、多数の魔力弾が交差する。

「痛っ!」
その時、偶然にもメビウス1の撃った魔力弾がティアナの右肩に当たった。同時に銃撃も止む。

「――運も実力のうちってね。今度こそ!」

メビウス1は止めを刺すべく引き金を引く――だが、響いたのは銃声ではなく軽い金属音だけ。弾切れだった。

「ホント、運も実力のうちですね……!」

ティアナは無事な左手のクロス・ミラージュを構えて引き金を引く。機関銃の如く大量の魔力弾がメビウス1に浴びせられ、彼は後退。

「装弾数は身体で覚えないとダメですよ」
「まったくもって!」

逃げるメビウス1の背中に向けて容赦なく魔力弾を撃つ。だが彼はそうされるのを想定してかわざと木が多い場所に向かって走っていく。
放った魔力弾のほとんどは木の枝や幹に当たって、散ってしまった。
とは言え後ろから撃たれるメビウス1はあまり気分のいいものではない。銃声が止んだと同時に適当な茂みに身を隠して、マガジンを交換。
これで予備のマガジンはあと一つ。長期戦は不利だな――。
と言って、正面から無謀な突撃をやっても火力で圧倒されるのが落ちだろう。先ほどの銃撃戦は本当にただ偶然に過ぎない。
落ち着け、今までの戦いで何か参考になることはないか――?
脳裏によみがえってくるのは辛く長かったユージア大陸での戦い。その中で、一つの戦いが彼の眼に止まった。
巨大レールガン"ストーンヘンジ"の攻撃作戦。ストーンヘンジはもともと隕石迎撃用に開発されただけあって、長大な射程と強力な火力に
より高度二〇〇〇フィート以上の航空機を叩き落すほどの威力を持つ。これでエルジアは大陸の空を支配していたのだ。
だが、弱点があった。低空を高速で機動し、進路の予測が困難な少数の戦闘機には射撃管制が対応しきれない。メビウス1はその点を突い
てストーンヘンジに接近、破壊に成功した。
要するに撃てない状況を作ればいいんだな――。
メビウス1は自分の装備や辺りを確認し、手段を模索する。その手段は案外簡単に見つかった。
あとは、向こうがこっちに接近してくれればいいんだが―。
右手に拳銃、左手に一筋の砂を掴み、メビウス1は息を潜めてティアナの接近を待つ。
やがて、痺れを切らしたのかティアナが森の中へ入ってきた。彼女もこのままでは埒が明かないと踏んで、危険な接近戦を挑むことにした。
大丈夫、火力では勝ってるから発見次第滅多撃ちにすればいい―。
最大限の注意を払いながら、ティアナは一歩一歩足を進める。その時彼女は見つけてしまった。茂みの中で、不自然な黒い塊がある。
――あれね。隠れたつもりなんでしょうけど、見え見えよ。
メビウス1もティアナが近づいてくるのを確認。心臓の鼓動が、爆発的に早くなった気がした。
――いいぞ、もっと近づいて来い。
ティアナがクロス・ミラージュを構えるのとメビウス1が跳ね起きるのは、ほぼ同時だったかもしれない。
引き金を引こうとして、ティアナはメビウス1が左手に何かを握っていることに気づく。
あっと思った時にはもう手遅れだった。彼女の整った顔立ちに砂が叩きつけられ、視界を奪われた。

「う!?」
「終わりだ」

メビウス1は拳銃を構え、引き金を引く。銃声とともに放たれた魔力弾は、ティアナに直撃する―はずだった。
視界を奪われた瞬間、ティアナは攻撃されることを読んだ。即座に身を屈めて、魔力弾をぎりぎりのところで回避。そのまま銃声のした方
向に向かって、クロス・ミラージュを撃ちまくった。

「でぇええやぁあああー!」

目は見えていない。だが咆哮と共に放った多数の魔力弾は確実にメビウス1を射線上に捉えていた。
――これは、避けきれんな。
降り注ぐ魔力弾が着弾する寸前、メビウス1の脳裏によぎった言葉は、それだけだった。
次の瞬間全身に衝撃が走り、彼は地面に叩きつけられた。



「イッテェ~……」

ズキズキと痛む痣が、意識を取り戻したメビウス1を苦しめていた。
もっとも、目に当たらなかっただけマシかもしれない。パイロットにとって目は命も同然だ。

「畜生、目くらでこれだけ当てておいて何が凡人だ……イテテテ」
「……勝負は、あたしの勝ちですね?」

バックパックに入れてきたのか、救急キットを展開させながら引き続き苦しむメビウス1にティアナは確認するように言った。

「ああ、もうお前の勝ちだよ勝ち。もうそれでいいよ」
「――ずいぶん投げやりなんですね。そんなに痛むんですか?」

情けないものでも見るような眼で、ティアナは救急キットの消毒液を取り出すとメビウス1の傷に塗りつけてあげた。

「魔力弾って非殺傷設定でもこんなに痛いもんなのか」
「ええ、まあ――当たりどころも悪かったようですね」
「まったくだ……しかし、これで俺はお前に何も言えなくなった訳だ。喜べ、好きにしていいぞ」

消毒液を塗った箇所に絆創膏を貼りながら、メビウス1は言った。
――そういえば、あたしが勝ったらそういうことになるんだったっけ。
勝負に意識を集中するあまり、ティアナは完全に忘れていた。

「メビウスさん……一つ聞いていいですか? "リボン付き"ってなんです、元の世界でのあだ名ですか?」
落ち着きを取り戻して、ティアナは戦いの前にメビウス1の言った言葉について尋ねた。

「ああ、あれな――リボン付きってのは敵からのあだ名だ」
「敵……から?」
「うむ――いつの間にか、そういう風に呼ばれて敵からは死神扱いだ。味方からは"嘘でもいいからメビウス1が来てると言っとけ"なんて言
われるくらい引っ張りダコ。下手に戦果上げるもんじゃねぇな」

敵から死神扱いって――それって非常に恐れられていたと言うこと?
ティアナの中で、初めてメビウス1に興味が湧いた。

「メビウスさんって、そんな凄い腕だったんですか?」
「まぁ技量に自信はあるが――やっぱ地面じゃ上手くいかんな」

自嘲気味な苦笑いを浮かべて、メビウス1は拳銃のマガジンを引き抜いた。もう、使うことはない。と言うより使いたくないのが彼の本音だ。

「とは言え、"リボン付き"に勝ったのはお前が二人目だ」

生身ではあるが、と付け加えて彼は言った。その言葉に、ティアナははっとなる。

「勝ったって……え? あたしが二人目?」
「一人目は黄色の13って凄腕のパイロット。お前が二人目だ、自信に思っていい」

そう言って、メビウス1はティアナの肩を叩いた。
――勝った。あたしは、この人に勝った。
ティアナの胸のうちで、ようやく勝利と言う実感が湧き上がってきた。
実際に彼女がメビウス1のユージア大陸で上げた戦果を見れば腰を抜かすに違いない。また地上と言うメビウス1にとって不慣れな状況で勝てた
のは当然であり、それを自信と呼ぶのは少し傲慢かもしれない。
それでも勝利は勝利だ。これは疑いようもない。

「さて、俺は帰るぞ。痛くてかなわん」

一通りの治療を終えたメビウス1は救急キットを収納して、やたら辛そうに立ち上がる。

「あの……メビウスさん!」
「ん?」

立ち去ろうとするメビウス1を、ティアナは呼び止めた。

「……自信にしていいんですね、本当に」
「ああ――いいと思う。"リボン付き"に勝った史上二人目の人間ってな」

それだけ言って、メビウス1は森から抜け出していった。
残ったティアナはしばらく虚空を見つめ―よしっと力強く頷いて、自分も帰ることにした。



その日からと言うもの、ティアナは常に自信を持って訓練に臨むようになった。
自主練もほどほどになり、休息もしっかり取ってますます訓練に磨きがかかる。

「ねぇー、ティア。最近すこぶる調子がいいけど、なんかあったの?」

訓練の間際、スバルが尋ねてくる。ティアナは少しの逡巡の後、こう言った。

「別に――リボン付きに勝っただけよ」
「へ?」

意味がまったく分からない、と言った表情を浮かべるスバルを尻目に、今日もティアナは銃口を訓練標的に向ける。
――質量兵器は今でも認めない。けど、それも扱う人次第なのかもしれない。
メビウス1に抱いていた黒い感情は、すでに消え去りつつあった。




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最終更新:2009年02月21日 14:17