THE OPERATION LYRICAL_10

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL




第10話 翼を休める時




今はただ休息を――束の間であっても構わない。




六課の格納庫――。
尾翼にリボンのマークをつけたF-22が、疲れたように水平尾翼を垂れ下げていた。
本当はフライバイワイヤと呼ばれる電子制御で機体をコントロールするため電源を入れなければならないだけなのだが、激しい空戦機動
に晒されてわずか三日後と言うこともあって、パイロットを務めるメビウス1にはF-22が疲れているように見えた。

「通常の点検では異常は見当たりません…ですが、相当強いGをかけられたんですよね?時間があれば超音波を使った精密点検を実施した
いところなんですが……」

機体の整備点検を実施してくれた若い整備員はチェックリストを片手に報告してくれた。

「そうか……そうだな、頼むよ。万が一異常があったら困るからな」
「了解しました。機材の準備があるので、それが出来たらお呼びしますね」

整備員は快く了承し、早速精密点検に必要な機材の準備を始めるべく、自分の持ち場に戻っていった。
――さすがのお前もお疲れか?
整備員が立ち去った後、結構な付き合いになる愛機の無機質な肌をメビウス1は労わるように撫でた。
F-4EファントムやF-15Cイーグル、以前の愛機たちにも捨てがたい魅力はあったが、やはりF-22は格別だ。優れたステルス性に高度な探知
能力、ずば抜けた機動性とどれを取っても不満が見当たらない。
――それでも、奴には勝てなかった。
脳裏に浮かぶのは主翼や尾翼の先端を黄色で彩り、灰色のロービジ迷彩で固めたSu-37の姿。
苦い記憶が蘇り、メビウス1は顔をしかめる。なのはの援護がなければこの身は愛機もろ共空に散っただろう。それは戦闘機乗りにとって
恥ずべき事態だ。
そもそも何故黄色の13は犯罪者のスカリエッティに協力しているのか。彼は友軍と言えど病院の屋上に高射砲陣地を築いた陸軍連中に
怒りを露にするような誇り高い人物だと聞いたのだが。

「……やめよう、気分が悪くなる」

苦味と疑問ばかりの思考を投げ捨てて、メビウス1は天を仰ぐ。
そういえば、今日は六課のメンバーの大半が休みだと聞いた。機材の準備を進める整備員たちに目をやると、まだまだ時間がかかりそうな
様子だった。

「少しブラついてくるか」

ほかに特別急ぐ仕事もない。立ち上がり、メビウス1は格納庫から出た。確かヴィータが医務室に入室―実質的に入院のようなものだ――
していたはず。まずはそこから行ってみることにした。



「いやぁー、派手にやられちまったよ」

あははは、と能天気な笑い声を上げて、入院着のヴィータがベッドの上にいた。頭には包帯を巻いて、顔には絆創膏。右腕は首から吊り下
げられている痛々しい姿で。

「頭部裂傷、右腕骨折、身体各部に切創と火傷――これだけ重傷負ってるのに、元気ねぇ」

呆れた声を上げながら、ヴィータを眺めるのは治療を担当したシャマル。まともな人間なら普通死んでいてもおかしくない重傷を負ったヴィ
ータがこうして笑っていられるのは彼女の治療魔法の存在が大きい。事実、医務室に担ぎ込まれた時のヴィータは死体同然の虫の息だっ
た。

「あはは……悪かったな、心配かけて」

笑うのをやめて、ヴィータは心底申し訳なさそうな表情を浮かべ、俯く。
負傷は間違いなく自分の責任だった。メビウス1は警告してくれたのに、不用意に前に出た結果―あの戦闘機からミサイル攻撃を受けた。

「ホント、心配したわよ……はやてちゃんとかわんわん泣いちゃって、大変だったんだから」

医務室に担ぎ込まれたヴィータを見て、はやては大泣きしながらシャマルに縋り付き、何とかして助けるよう懇願してきた。
それは指揮官としてはあるまじき姿なのかもしれないが、主として、家族としては正しい姿と言える。

「あぁ、悪いことした……」

ますます申し訳なさそうな表情で、ヴィータは自身の主の顔を思い浮かべる。
歩けるようになったら真っ先に会いに行かなければなるまい。
そんなことを考えていると、医務室のドアが開かれてリボンのマークのフライトジャケットを羽織ったメビウス1が入ってきた。何故だ
か頭にリインフォースを乗せているというオプションパーツ付きで。

「よぅヴィータ、まだ生きてるか?」
「生きてるかー、ですよ」
「……入室してる身に生きてるか、はねぇだろ」

苦笑いを浮かべながら、ヴィータは先ほどの表情を一変させた。

「なんでリインも一緒なんだ?」
「途中で合流した。目的が一緒だったからな」
「そうなのですよ。みんな忙しいけど、ヴィータちゃんのことを心配してるのですよ」

相変わらずメビウス1の頭の上に乗ったままリインフォースが言う。どうやらメビウス1と行動を共にするときはそこが定位置らしい。
ちなみに六課にやって来た当初、初めてリインフォースを見たメビウス1は思わず「うわ、妖精?」と驚き、続けて「きっと名前はピクシ
ーに違いない」と断言して本人に怒られたことがある。「だってエースコンバットで妖精と言ったらラリー・フォルクしか……」と言い訳
してみたが無駄だった。

「みんな……っう、ありがとうな。あたしは幸せだ」

わざとらしく涙ぐんで見せて、ヴィータはやや大げさに喜んで見みせた。

「大げさな……怪我は、どうなんだっけ」

怪我を負った本人であるヴィータ、それに治療を担当したシャマルの両方に目配せしてメビウス1は彼女の容態を問う。

「見ての通りの重傷。だけど、定期的に治療魔法をかけてますから。二日もすれば歩けるし、一週間もあれば復帰できます」
「そういうこと。あたしは頑丈なのが取り柄なんだ」
「頑丈、ねぇ……」

シャマルの治療魔法も凄いがヴィータの言葉にメビウス1は苦笑いを浮かべる。六発のミサイルの直撃を受けても死なないのは頑丈を通り
越して、半ば不死身に近いような気がした。頑丈さで定評のあるA-10サンダーボルトⅡ攻撃機もびっくりだ。

「でもいくら頑丈だからって無茶しちゃだめですよ。でないと、またはやてちゃんが泣いちゃいますよ」
「うぅ……その、ごめん」

がっくりと首を項垂れて、ヴィータは本来妹分であるはずのリインフォースに謝った。

「あ、そうだメビウスさん」

そんな光景を温かく見守っていたシャマルが突然、何かを思い出したようにメビウス1に声をかけた。

「ん、どうした?」
「この間身体検査をやりましたよね?その時ちょっと機材の準備が出来なくて見送った検査があったんですが……」
「なんだ、そんなのあったのか。ああ、今日は暇だから出来るなら今すぐにでも……」
「それはよかったです」

語尾に音符マークをつけたような口調でシャマルが取り出したのは――注射器。

「血液検査なんですけど――」
「ごめん用事思い出した」

シャマルが言い終わる前に、メビウス1は医務室を飛び出そうとして―突然、足元に発生したバインドによって転倒。医務室の床に顔面を
叩きつける羽目になる。言うまでもなく、シャマルが自身のデバイスであるクラールヴィントで発動したものだ。これぞデバイスの無駄
使い。

「逃がしませんよー? 六課の医務官としてみんなの体調をしっかり把握しておく必要がありますから」
「ちょ、ま、勘弁してくれ……グアッーーーー!?」

ズルズルとバインドに引きずられる形で医務室の奥へと連れ去られていったメビウス1を、リインフォースとヴィータはそれぞれ胸に十
字を切ったり合掌したりして見送った。
人間、幾つになっても怖いものは怖いんです。



F-22の格納庫を訪ねたティアナは、いつもならそこにいるはずのメビウス1の姿がないことに気づく。
彼の居場所を訪ねようと格納庫の中の整備員に声をかけようとしたが、なんだか忙しそうなのでやめておいた。

「残念ね、せっかく休みもらったのに……」

今朝になって突然なのはから言い渡された休暇に気をよくしつつも、どこか寂しげな表情を浮かべる。
そんな彼女の背中に迫る黒い影――。

「へぇ~、そっかぁ。メビウスさんいないんだぁ?」
「うぇ!?」

いきなり背後から舐めるような声をかけられて、背筋にぞぞーっとした寒気を感じながらティアナは振り返る。
声の主――スバルが、ニヤニヤした顔を浮かべて立っていた。

「な、何よ……」
「別にぃ。そっか、ティアナって年上が好みなんだね。ちょっとブラコンっぽいところがあるからよく分かるよ」
「ち、ち、ち、違うわよ!そんなんじゃあ無くって、私は単に、その――」

腕を豪快に振り回して必死に否定しようとするティアナだったが、言葉が見つからない上にしっかり顔は火照ってる。
それを見たスバルはますますニヤついた表情。

「うんうん、言わなくても分かるよティア。確かにカッコいいよねー、パイロットだもん。○ム・クルーズよりも身長高いし……」
「ト、ト○・クルーズがどうしたってのよ?」
「またまたとぼけちゃって。私知ってるよ?ティアが最近ヒコーキの映画ばっかり見てて"あぁこの人カッコいいけど身長であの人に及ばな
いなぁ"とか言ってるの」
「な…っ!」

ばっちり見られていたとは。夜中にこっそり布団をかぶって、バレないようしっかり対策をしていたのにこの付き合いの長い親友はそんなこ
とはお見通しだったらしい。
ちなみにティアナが見ていた映画は九七管理外世界では戦闘機と言ったらこの映画の主題歌と言っても過言ではないくらい大ヒットしたもの
だ。CGの無い時代ゆえに海軍航空隊全面協力の元、登場する航空機はすべて実写と言う現代ではまずお目にかかれない作品だ。まだ見てない
人は是非見てほしい、きっとF-14トムキャットが大好きになるはずだ!
――閑話休題。作者は決して、米海軍航空隊の回し者ではないのであしからず。あ、でもF-14はもう退役していたか。くそ、米海軍め。

「とにかく!あたしは別にわざわざメビウスさんを誘いに来たんじゃなくて、ヴァイス陸曹にバイクを借りに来ただけ!勘違いしないでよ!」
「はいはい。ティアってばホント、ツンデレだよね」

無駄な抵抗を繰り返すティアナを見て、スバルは楽しそうに笑いながら駆け出した。

「ちょっとみんなに言いふらしてこようかな~」
「……な、こら、待ちなさい!」

とんでもないことを口にしたスバルをティアナは全速力で追いかけるが、そこは共に今日まで厳しい訓練を耐え抜いてきたスバルのこと
だ。「こっちこっちー」と必死の形相で追いかけてくるティアナを茶化すように逃げる。
実際は、どうなんだろう――?
一向に縮まらない親友の背中を追いかけながら、ティアナの胸のうちでどこか冷静な思考が自分自身に問いかけてきた。
結果的に、彼は自分に自信を与えてくれた。そのおかげで今の自分がある、と彼女は考えている。
だから彼にそのお礼がしたい――そういう何でもない自然な感情を指摘されて、必死になって否定している自分がなんだか可笑しく見えた。
あたし、スバルの言う通りツンデレなのかしら?
疑問に答えてくれる人は、この場にいなかった。



「はぁ……あぁ、えらい目にあった」

ようやくシャマルの魔の手から解放されたメビウス1はふらふらと隊舎の廊下を歩いていた。
検査で血液を抜き取られた分足元がおぼつかないようだ。壁に手を当てて安定しない身体を補助しつつ進んでいると、廊下の奥にある休
憩スペースで聞き覚えのある声がした。

「ハンカチ持ったね? IDカード、忘れてない?」
「あ、大丈夫です」

――この声はハラウオンと、エリオとか言ったっけ、あの少年。
身を乗り出してみると予想通り、フェイトとエリオがいた。ただし、どういう訳かエリオはいつもの制服ではなく年齢相応な私服姿だ。

「よう、お二人さん。どうしたんだい?」
「あ、メビウスさん――大丈夫ですか、顔色がすっごいディープブルーですよ?」

声をかけるとフェイトが心配そうな表情で返答。そんなに酷い顔をしているのだろうか、だとしたら明らかにシャマル、血を抜きすぎで
ある。まったく吸血鬼じゃあるまいし。

「いや、ぶっちゃけ大丈夫かと聞かれたら大丈夫じゃないが今医務室に行く気は全く無いので大丈夫といっておこう」
「……? なら、いいんですが」

気丈に振舞ってみせるメビウス1に首をかしげながらも、フェイトはひとまず納得したような表情を見せた。

「それで、どうしたんだ?エリオはこれからお出かけかい?」
「はい、せっかくお休みもらったので――」

なるほど、とメビウス1は頷く。先ほどの会話内容から察するに、忘れ物が無いかフェイトに確認を受けていたのだろう。
しかし、フェイトは制服を着ているのを見るとわざわざ勤務を抜け出してきたように見える。案外過保護なのかもしれない。

「すみませーん、お待たせしました」

ちょうどその時、たったった、と急ぎ足で三人の元にやって来た小さな影があった。ピンクの髪に可愛らしい私服、キャロだ。

「やぁ、キャロ。君もお出かけ?」
「はい、そうで――メビウスさん、大丈夫ですか?なんか、こう、澄み切った青空みたいな顔色ですけど」
「君までそれを言うか。いいんだか悪いんだかよく分からない例えだな」

思わず苦笑いを浮かべて、メビウス1は手元に鏡があるならすぐにでも自分の顔を確認したい気分になった。まったくシャマルめ、いっ
たいどれほどの量の血を抜いたのだ。若い男の血が、そんなに欲しいのか。目的は何なのだ。まさか『恐るべき子供たち計画』か!?
脳内で怪しい含み笑いを浮かべる湖の騎士に対して黒い感情を燃やしながら、ふとメビウス1はエリオとキャロを交互に眺める。

「……デート、かな?」
『えぇ!?』

ぽつりと呟いた彼の言葉に、幼い二人は顔を真っ赤にしてしまう。エリオもキャロもまだまだ初心らしい。

「あ、あの、メビウスさん、僕たちまだそういう関係では……」
「"まだ"ってことはこれから?」

悪戯っぽく笑うメビウス1にエリオはあたふたと慌てている。一方で、キャロの方は恥ずかしそうに俯いているが、満更でもなさそうだ。

「――はいメビウスさん、その辺にしてあげてください」
「ああ、悪い悪い……エリオ、男の子ならしっかりエスコートしてやれよ。キャロもエリオについて行くようにな」

フェイトがやんわりと困り果てているエリオに助け舟を出し、メビウス1も最後は大人の男らしく二人の肩を叩いてやった。

「は、はい――頑張ります!」
「わ、分かりました!」

何故だか敬礼までして見せたエリオとキャロにメビウス1は頬を緩くしながら答礼してみせた。

「……ところで、行き先とかスケジュールは決まってる?」

ふと疑問を抱いたのか、フェイトがエリオに確認するように言った。

「はい。シャーリーさんにプランを作ってもらってます」
「シャーリーに?」

意外なところで出てきた六課屈指の技術員の名前に怪訝な表情を浮かべながら、フェイトとメビウス1はエリオのデバイス"ストラーダ"
に収録されている本日の行動計画を覗き込む。

「何々……公園で散歩、デパートでショッピング、レストランで食事を取り、映画を見て、夕方には海岸線で夕焼けを見る……」
「シャーリー、いつの間にこんなものを……」
「……む、ホテルはさすがに無いんだなっ!?」

その瞬間、フェイトが表情ひとつ変えずに、自分のかかとをメビウス1の右足に振り落とす。たまらず声にならない声を上げて悶絶する彼
を見て、何も知らない無垢な少年と少女は怪訝な表情を浮かべた。

「…………うん、健全なスケジュールで安心。二人とも楽しんできてね」
『はーい!』

被弾部を抑えてゴロゴロと転がりまわる情けないエースパイロットを余所に、にっこりと笑顔を浮かべて、フェイトはエリオとキャロを送り
出した。何事も悪ふざけはほどほどにした方が身のためである。



結局その後フェイトにいくらか小言を浴びる羽目になったメビウス1は逃げ出すようにその場を後にした。
途中、内線で格納庫に連絡を取るともう少しで精密点検の準備が終わるとの報告を受けた。

「そろそろ戻るとするか……あー、イテテテ……」

戻ろうとして、先ほどフェイトからもらった容赦ない一撃が彼を苦しめる。仕方ないので途中で一休みしようと会議室前にあったソファ
ーに腰を下ろすと、その会議室から誰かが出てきた。

「あれ、メビウスさん?どうしたんです?」

現れたのはなのはだった。前回宿命のライバルと壮絶なドックファイトを繰り広げたのに、何故だか今回はただのダメな大人になっている
彼に向かって怪訝な表情を浮かべている。

「いや、ちょっとかくかくじかじか……君こそ何を?」
「私はちょっと、前回の戦闘でのデータをまとめてました」
「ああ――」

相手がユージア大陸で間違いなくトップクラスの技量を誇る者だったとはいえ、追い回されるばかりだった自分が不甲斐ないと彼女は感
じていた。それが休日を楽しむ新人たちを余所に一人データをまとめる行動に出させたのかもしれない。

「それなら俺を呼んでもよかったんだが?黄色の13とは何度か戦ってる」
「いえ……それは、ありがたいんですけど」

メビウス1の傍に腰を下ろし、なのははまとめたデータを展開させる。
その表情には、何か意味深いものがあるのをメビウス1は見抜いた。

「……自分の強さに、自信があったんです。けど、あの人には勝てなかった。挙句、メビウスさんは逃げろって言ってるのに無視して、
助けられちゃって」
「それは俺も同じだ。君の援護がなけりゃ今頃は――」

率直な意見を述べようとしたメビウス1だったが、なのはは首を振って彼の言葉を遮った。

「そうじゃないんです。なんて言うか――自分が、情けなく思えて」

正式に管理局に入局し、教導隊の資格を取り、魔法の使い方も格段に上手になっていた自分が、勝てない相手。自惚れるつもりはないが
教導隊員は強くあらねばならないのだ。そうでなければ教え子たちは失望してしまう。

「――自信を失った、か?」

そんななのはの心中を察したのか、メビウス1が彼女に問いかけてきた。

「落ち込むな、とは言えんよ。相手が何であれ負けたのは事実だ。俺も一度、今回で二度目だが黄色の13に勝てなかったことがある」

彼の脳裏によみがえってくるのは、敵の艦隊の行動力を無くすために発動された石油プラント及びその貯蔵施設の爆撃任務。あの時、追
い込まれた戦況下で、旧式機であるF-4Eを駆っていたメビウス1は後席を務める相棒と共に大きな戦果を上げていた。

「あの時は自分が無敵だ最強だと思っていたんだろうな。そして、奴は現れたんだ」
「それが――メビウスさんの言う、黄色の13?」

なのはの問いに彼は静かに頷き、話を続けた。

「AWACSのスカイアイはただちに撤退するよう命令したんだが、俺と相棒は無視した。せめて味方の脱出時間を稼ごうって、奴の率いる編
隊に挑んだ。時間を稼ごうとは言うけど、はっきり言って俺も相棒も落とす気だったんだがな」

自嘲気味な笑顔を浮かべ、メビウス1は調子に乗っていた当時の自分を省みる。

「――勝てる訳がなかった。相手は五機、どれも経験を積んだエルジアでも屈指のベテラン揃い。機体の性能差も大きかった。結局追い回さ
れて、被弾して……俺は運良く助かったが、相棒は重傷でな。翌日息を引き取ったよ」

だから複座戦闘機に乗るのはもうやめた、と付け加えてメビウス1は言った。

「俺もあの時は思ったさ。なんて自分は情けないんだろうって。調子に乗って無茶した挙句、大事な相棒を死なせちまって。なんとして
も奴に、黄色の13に勝ってみせると考えた――」

知らなかった、と言う言葉が口から出そうになるのをなのははかろうじて呑み込んだ。
以前一緒にウイスキーを飲んだ時でさえ、彼はこの話をしなかった。辛く、出来れば思い出したくない記憶だったのだろう。
絶対無敵のエースパイロットだと思ったんだけど――そうじゃないんだね。
彼への認識を改めなければならない、となのはは思う。彼とて失敗や挫折を経験してここまで来たのだ、最初から強かったと思うのは失
礼に値する。それはかつての撃墜事件から、ここまで立ち直って見せた自分と同じ気がした。

「まぁでも、結局すぐ勝てるようになる訳ないよな。そのことに気付いてからは焦っちゃダメだって考えた。それから――」
「それから?」
「せっかく隣に経験豊富な仲間がいるんだからな、頼らなきゃダメだろう」

な?と優しい笑顔を浮かべて、メビウス1はなのはに確認するように言った。

「頼って、いいんですか?」
「当然だ。仲間に頼るのは全然情けない話じゃないし、むしろ戦術としては有効だ」

言い切ったメビウス1を目の当たりにして、ようやく――なのはは納得したような表情を見せた。

「そっか――そうですよね、うん」

教導隊員だから、エースオブエースと言う周囲の期待があるから。それが知らない間に自分への重圧になり、追い込んでいたことになの
はは気付く。もっと肩の力を抜いても罰は当たるまい。自分には受け止めてくれる仲間がいる。

「OK、納得できたならいい。今後ともよろしく頼む」
「……はい!」

互いに笑みを交わす。なのはの胸のうちで生まれた暗い影は、綺麗さっぱり消え去っていた。



一方で、はやての執務室。
部屋の主であるはやては、自分のデスクの上でこめかみを突っつきながら、自分の端末に表示される映像を眺めていた。

「先のホテル・アグスタ襲撃にて、迅速に対処した機動六課。私は、彼女らを賞賛に値する人間たちだと考える」

映像に映る男――管理局の地上本部代表、レジアス・ゲイズ中将は集められた報道陣に対してそう語った。
強力な戦力を一手に集めた部隊は、他所の部隊から「贔屓されすぎだ」と批判を浴びることが多々ある。六課も同じように、管理局内部、
特に慢性的な戦力不足に悩む地上本部からは猛烈な批判を受けていた。レジアスはその急先鋒と言ったところである。

「そのはずやのに……いったいどうしたんかな」

突然、手のひらを返すように今回の記者会見で六課をべた褒めするレジアスに、はやては怪訝な表情を隠しきれない。

「管理局とは、彼女らのように強くあるべきなのだ。それは地上本部とて例外ではない。そこで私は、不足する戦力を補うため、新兵器の
開発に着手した」

――新兵器?
眉毛につばをつけるような思いで記者会見を続けるレジアスの言葉に、はやては思わず胸のうちで聞き返した。

「まだ詳細は明らかに出来ないが、これが投入されれば、現在各地にて発生している質量兵器による破壊活動も、瞬く間に鎮圧できる。す
でに試験段階は終了し、数週間以内に最初の実戦部隊がクラナガンに配備される」
「なんやなんや、突然何の前振りも無く……」

突然レジアスが公表した"新兵器"について、はやては口を尖らせながらも電話に手を伸ばす。

「もしもし、クロノ君?久しぶりやね。うん、唐突やけど調べてほしいもんがあるんや……」




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最終更新:2009年02月21日 15:00