ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL
第11話 フレームアウト
悲鳴を上げる愛機――新たな鋼鉄の翼の出現。
――スカリエッティのアジト。
「――確定は出来ませんが、後者の方が可能性は高いかと」
「素晴らしい、早速追跡をかけるとしよう」
モニターに映る知的な雰囲気の女性――ウーノの言葉に、スカリエッティは楽しそうに言った。さながら、目当ての玩具が見つかった子
供のようだ。
そんな彼をあまり楽しくなさそうな表情で見つめる飛行服の男は、黄色の13。
「……で、本当に彼女たちを使うのか?」
彼が何を見つけたのかは知る由がない。それよりも、黄色の13としてはずっと気にかかることがあった。
彼女たち――自分がこの狂気の科学者に協力せざるをえない理由の一つが、関わってきた。
「おや、反対かね? さすがに教え子は可愛いかね」
スカリエッティは黄色の13の考えを見越したように言ってのけた。彼女たちの指導教官をやってくれるよう頼んだのはこの男のはずな
のだが。
「個々の技量は充分だが、ほとんどは連携がまだ未熟だ。武器が調整中の者もいる。出せるとしたら――そうだな、三人。クアットロ、
ディエチ、トーレくらいだ」
黄色の13は親指、人差し指、中指を立てて、彼女たちの中で実戦投入可能な者の名を上げる。決してこの世界の戦闘に詳しい訳ではな
いが、かつてエルジア最精鋭を誇った黄色中隊の長として養われた戦術眼は、嘘をつかない。だからこそ彼は、彼女たちに戦術を教える
教官となっている。
「ふむ……まぁ、君の言うことだから間違いは無いのだろうな」
スカリエッティも大して反対することなく、黄色の13の案に従った。
「しかし、君は出ないのかね?」
「確かに、出来ることなら俺も出たいんだがな……」
スカリエッティの問いに、黄色の13は本音を漏らす。愛機のSu-37は、慣らし運転も無しに激しい空戦機動を行ったためか、機嫌を損ね
ていた。普段ならば整備員たちが徹夜をしてでも本調子に戻してくれるのだが、ここに彼らはいない。点検程度ならガジェットがやって
くれるが、今のところ本格的な整備はマニュアル片手に自分でやらなければならなかった。
「案外慎重なのだねぇ……」
スカリエッティがボヤくが、黄色の13は無視した。
不調な機体で上がる真似は、リボン付き相手にやりたくない。そうすることで、撃墜された僚機があった。
すまん、と黄色の13は胸のうちで今回同行できない彼女たちに謝り、すまなかった、と空に散った僚機に謝った。
ただの僚機ではなかった。彼女は自身が教官だった頃からの付き合いで、安心して背中を任せられる不動の二番機だった。
だから――今度は守り抜きたい。この科学者の目的が何であれ、俺を教官と慕ってくれる彼女たちを。
決意を胸に秘めて、黄色の13はモニターを見上げる。すでに発進したガジェットと無人機たちは、目的地へ着々と進行していた。
「点検中止、ただちに出撃準備だ!弾薬搭載を急げ!」
格納庫に飛び込むようにやって来たメビウス1の言葉で、F-22の精密点検中だった整備員たちはわらわらと動き出した。
事の始まりは、休暇を満喫していたエリオとキャロが偶然、ロストロギア・レリックのケースを複数持った女の子を保護したことである。
レリックの存在を嗅ぎつけたスカリエッティが、ガジェット及び戦闘機を送ってくることが懸念されたためメビウス1にもコクピット待
機が命じられた。
リボンのマークの入ったフライトジャケットを脱ぎ置き、サヴァイバル・ジャケットを羽織ってヘルメットを手にF-22のコクピットに座
り込むと、ヘリポートからヴァイスの操縦するヘリが発進するのが見えた。なのはとフェイト、シャマルも搭乗しているはずだ。
整備員たちは大急ぎでF-22の点検パネルに繋がれていたケーブルを引っこ抜き、機材を撤収させると共に弾薬搭載を始めた。専用の運搬
車に載せられたミサイルが、整備員たちの手でF-22のウエポン・ベイに搭載され、機関砲弾も積み込まれていく。
機関砲弾は満載、ウエポン・ベイに短距離空対空ミサイルのAIM-9サイドワインダーが二発搭載されたところで、司令室のはやてから報告
が飛び込んできた。
「ロングアーチよりメビウス1」
「こちらメビウス1、なんだ?」
「案の定敵が出現や。現場の地下水路のガジェットⅠ型が二〇、海上からはガジェットⅡ型が六〇、敵戦闘機と思しき機影が六、接近中」
「早いな……分かった、出撃する」
敵の出現が予想より早い。やむを得ず、メビウス1は中距離空対空ミサイルのAIM-120AMRAAMの搭載を諦めることにした。
――なぁに、その分機体が身軽だからな。
プラス思考に考えて、メビウス1はエンジン始動、F-22を格納庫から出すと滑走路端に到着するとただちに離陸。敵の反応がある海上方向
に機首を向け、一気に加速していく。
自機が捉えたレーダー画面とデータリンクシステムで六課の司令室から送られてくる情報を照らし合わせて、メビウス1はガジェットと
戦闘機が二手に分かれて行動していることに気づく。速力に差がありすぎて、共に行動したのでは効率が悪いのだろう。
「……メビウス1、聞こえますか?こちらスターズ1、ライトニング1と共に行動中」
通信機に、なのはの声。サブディスプレイに視線を落とすと、市街地方面から二つの光点が高速で接近してくる。
「ガジェットの相手はこちらがします、戦闘機の相手を」
「了解。さっさと終わらせて俺たちも休暇と行きたいもんだ」
「そうしましょう。それじゃ、また」
「OK、交信終わり」
これで後顧の憂いは無くなったと見るべきだろう。メビウス1は目標を戦闘機に絞り、速度を上げた。海上であるから、F-22の強みであ
る音速巡航が使えるのはありがたい。
南西方向に飛行しているとAPG-77レーダーに反応があり、メビウス1は視線をレーダー画面に落とした。機影は六、IFF(敵味方識別装置)
は敵の判定を下す。
黄色の13は出てくるだろうか――いや、今は目の前の敵に集中だ。
余計な思考を振り払い、メビウス1はF-22を敵編隊に向けて突っ込ませる。
雲を突き抜けると目の前に広がるのは群青の世界、そしてその中にぽつりぽつりと浮かぶ敵機――デルタ翼、カナード翼の組み合わせのあ
のシルエットはラファールに違いない。あらゆる任務に対応可能で、しかも安定した性能を発揮するマルチロールファイターだ。
ラファールもこちらに気付き、各々二機一組の編隊でメビウス1のF-22に挑みかかってくる。
「メビウス1、交戦!」
来い、と胸のうちで叫ぶ。相手は多数だが、メビウス1は引くつもりも負けるつもりも無かった。
「所属不明の、航空機だと――?」
管理局、地上本部。地上の治安を預かるレジアス・ゲイズ中将は、自分の娘であり副官でもあるオーリス・ゲイズからの報告を受け取っていた。
「試験飛行中のゴーストアイがレーダーにて発見したそうです。現在海上方面より市街地へ向け飛行中…多数のガジェットを伴っています」
「むぅ……」
最近になって多発するようになったロストロギアを狙った無人兵器による破壊活動は、彼の手元にも届いていた。同時に、それと行動をともに
する無人戦闘機のことも。
渋い顔をするレジアスに、オーリスは報告を続ける。
「あの小娘連中……機動六課は当然、迎撃に出るのだろうな?」
「はい――これもゴーストアイからの情報ですが、すでに六課の所属の魔導師たちは出撃したそうです。おそらくは"彼"も」
「そうか……ゴーストアイ様々だな」
先日発表したばかりの新兵器開発の一環として配備した高度な電子戦機、コードネーム"ゴーストアイ"の性能に感嘆としつつ、レジアスは一つの
決断を迫られていた。
――どうする?新兵器はまだテスト中だが……あの連中に恩を売っておくか。"彼"をこちらに誘ういい機会になるかもしれん。
「……イーグルとドラゴン、出撃可能か」
レジアスが呟くように発した言葉に、オーリスははっと顔を上げる。その表情には明らかに、驚きが満ちていた。
「可能ですが……報道発表と相容れないことになります」
対外的な評価を気にして、反対の姿勢を取る彼女の言葉をレジアスは遮る。
「構わん、マスコミ連中など放っておけ。これ以上、奴らを地上で好きにさせてはならん」
「……ハッ。ではただちに」
敬礼してその場を後にするオーリスを尻目に、レジアスはふと、窓の外に広がる青空を眺めた。今回の新兵器の活躍次第では、もうあの空も本局の
空戦魔導師たちだけのものではなくなる。
魔力資質の是非に固執する本局は必ず何か言ってくるだろうが、知ったことかとレジアスは胸のうちで吐き捨てた。強力な魔導師たちを揃えた機動
六課でさえ、戦闘機を運用しているのだ。こちらはそれに倣ったまでの話である。
数分後、首都クラナガン郊外の臨時野戦飛行場では、下された出撃命令に従い鋼鉄の翼たちが空に舞い上がろうとしていた。
「対空戦闘用意、対空戦闘用意。イーグル、ドラゴン、各隊はただちに発進、不明機迎撃に当たれ。繰り返す、対空戦闘用意。イーグル、ドラゴン
各隊はただちに発進、不明機迎撃に当たれ――」
六課の各分隊がそれぞれの敵と戦っている中、はるか上空でほくそ笑む影が一つ。
白いマントに、身体にフィットし青と紫で彩られた戦闘服。影の正体は、丸眼鏡をかけた女性だった。
"単独行動は基本的に厳禁だ"と妹たちに戦術のイロハを教える男は言っていたが、彼女はあえてそれを無視した。理由は単純明快、つまらない
からだ。
「あらあら、やっぱりガジェットじゃあダメね。戦闘機の方も、時間の問題……」
目の前に展開されたサーチャーに映るのは、周辺一帯の地図に行動中のガジェット、それに無人戦闘機の位置。だが、ガジェットはその数を勢いよく
減らしていき、戦闘機も一機、また一機と消えていく。相手が悪いのは理解しているつもりだったが、この早さは予想外と言っていい。
「でも……もうちょっと、お付き合い願おうかしら?」
妖しい笑みを浮かべて、彼女――クアットロは腕を掲げて、自身の能力を発動させる。
「ふふ――クアットロのIS、シルバーカーテン。嘘と幻のイリュージョンで、踊ってもらいましょう」
あらゆるセンサーを幻惑させる幻の影が、空中に現れる。本物と違わぬ幻たちは加速し、戦闘空域に突っ込んでいく――。
一方で、メビウス1は最後の一機となる敵機ラファールの後方上位に辿り着いていた。
攻撃する前に、搭載されている全ての火器を統括するウエポンシステムを確認。AIM-9は残弾無し、機関砲弾のみが残り二〇〇発だった。
多いように思えるが、愛機F-22に搭載されている機関砲はM61A2、俗に言うバルカン砲である。毎分六〇〇〇発と言う連射速度は捉えた目標をズタズタ
に引き裂くが、引き金を引きっぱなしにすればあっという間に弾切れになってしまう。メビウス1はこれを敵機との距離をぎりぎりまで詰めて、確実に
命中させることで弾薬の節約を図っていた。
「とは言え、こうも動き回られるとな……!」
目の前のラファールはメビウス1はすでにミサイルを撃ち尽くしたことを読んでか、その機動性を最大限に生かして逃げ回る。
上昇、宙返りをしながらメビウス1のF-22はラファールの後ろに食らいつくものの、まだ撃たない。今発砲したところで弾丸はまっすぐ飛ばず、下に流
れていってしまう。
宙返りを終えて今度は右旋回、ラファールは逃走を企てる。だが、その瞬間をメビウス1は待ち構えていた。
――ここだ!
ラダーを踏み込んで、F-22の機首を右に振り向かせる。その先にはラファールの無防備な横腹があった。ただし、機関砲の着弾地点を読んでメビウス1
は照準を機体一機分ずらして、引き金を短く引く。F-22の右主翼の付け根にある銃口に一瞬光が走り、放たれた赤い曳光弾がラファールの胴体を撃ち砕
く。穴だらけになったラファールはそのまままっすぐ飛び、次の瞬間爆発して散った。
ふぅ、とメビウス1は一息ついて、酸素マスクを外した。ひとまず襲来した敵機はこれで全て撃墜したことになる。
「ロングアーチ、こちらメビウス1だ。敵戦闘機を全て撃墜――以後の指示を頼む」
「ロングアーチよりメビウス1、お疲れ様。ガジェットがまだちょこっと残っとるけど、なのはちゃんたちなら大丈夫やろ。ヘリの護衛の方に…え、何
やて、これは!?」
突然、通信機で連絡を取った司令室のはやてが何かに驚いている。サブディスプレイに視線を落とすと、データリンクシステムにより投影される全体の
状況図に大きな変化があった。
「……!?」
たまらず、メビウス1は絶句した。数を大きく減らしていたはずのガジェットたちの群れが、多方面から数十機もの大編隊となって現れた。
そのうちの一つの編隊、二〇機ほどがこちらに向かってくる。残弾の乏しい現状では、いくらガジェットとは言え相手にするのはごめんだった。
「多いな……うちが出る、メビウスさんはただちに戦闘空域から離脱を」
「了解――何、八神が出るのか?」
はやてからの予想外の指示に、メビウス1は戸惑わざるおえなかった。彼女はてっきり後方で指揮に徹するタイプだと思っていたのだが。
「広域攻撃って言うてな、こういう大部隊を相手するにはうってつけの魔法を使えるんよ。だから早く退避を」
「ああ、了解した……っ!?」
突然、機体に大きな衝撃が走る。すぐさまメビウス1は計器に視線を送り、各部に異常が無いか確認する。
――主翼、よし。ラダーよし、ウエポンシステム、オールグリーン。エンジン…くそったれ!
機体に異常を示す赤いランプが、航空機にとって心臓と言えるエンジン部に点灯していた。
そうしているうちに、F-22は姿勢を崩す。身体が浮くような感覚がして、失速したことが分かった。
「メビウスさん!?」
通信機からはやての悲鳴のような声が入ったが、答える暇は無い。失速したF-22はそれまでの勢いが嘘のように高度を下げ続ける。このままでは海面に
ダイブする羽目になってしまう。
低い唸り声を上げながら、メビウス1は操縦桿、ラダーを巧みに操ってどうにか機体を安定させようとして、エンジン部の異常の正体に気付いた。
何らかの原因で内部の圧力が低下し、エンジンが異常燃焼を起こしてしまったのだ。普段なら双発ゆえどちらか片方が停止してももう片方で飛んでいら
れるのだが、よりにもよって今回は両方ともが一度に停止した。
「――こちらメビウス1、エマージェンシー!エンジンが両方ともフレームアウト……くそ、言うこと聞けよ!」
「何やて!?ロングアーチから各隊、メビウス1の救助に向かって、今すぐ!」
「こちらライトニング1……行きたいけど、ガジェットが!」
「スターズ1、同じく――ええい!」
だが、突然大量に現れたガジェットたちに、一番近いなのはとフェイトは行く手を阻まれていた。新人たちも奇襲を仕掛けてきた召喚師と融合騎からレ
リックを巡って激しい攻防戦を展開していた。そもそも市街地にいる彼女たちでは間に合わないだろう。
要するに自分で何とかしなくきゃならん訳だな。それにしても、精密点検を中止したのはやはりまずかったか――?
ひとまずメビウス1はエンジンを再始動させることにした。電力供給は風圧でジェネレータが回っているので、もうしばらくは大丈夫だ。問題は接近し
つつあるガジェットの方だ。失速したF-22はもはや的に過ぎない。
エンジン・スロットルレバーを押し下げて、アイドリング状態に。次は燃料供給を断ち、排気温度が低下していくのを見計らって再び供給を開始。
「メビウスさん、今急行中や。それまでなんとか……」
「分かってる、戻ったら危険手当くれ」
心配そうな声を上げるはやてにあくまでも余裕を見せたメビウス1は作業を続行。地上と違って空は空気が薄かったが、一旦火を失ったエンジンに再び
火が灯る――左エンジンのみ。
露骨に舌打ちし、それでもメビウス1は左エンジンだけでもと再始動。エンジン・スロットルレバーを軽く押すと機体が加速し、姿勢制御も徐々に安定
してきた。だが、吹き上がりが悪くあまり推力が上がらない。どうにか水平飛行を維持するのが精一杯だ。このままでは、ガジェットに追いつかれる。
「…………なんだ、敵!? いや――違う」
その時、突如としてレーダーに反応があった。正面から八機、高速で接近してくる。これが敵機であれば万事休すだったが、IFFは味方と言う判定を下し
ていた。
「メビウス1からロングアーチ、助かった。どこの部隊だ?」
「……こちらロングアーチ、はやて。おかしいな、管理局にこんなコードの部隊は…」
「こちら、空中管制機ゴーストアイ。ロングアーチ及びメビウス1に告ぐ」
二人の会話に突然割り込みが入る。やけに渋い男の声だった。
――待て、今こいつはなんと言った?空中管制機だと?
ミッドチルダにそんなものはないはずだが、とメビウス1が首をかしげていると、一時方向に先ほどレーダーに捉えたものと思われる八機の戦闘機の編
隊が――なんだって、戦闘機?しかもあの可変翼は間違いなく……
「トムキャット!?」
F-14トムキャット艦上戦闘機。デジタル制御された可変翼によりあらゆる空域で優れた運動性能を誇り、レーダーも強力なものを搭載している機体だが、
そんな代物が、何故このミッドチルダの空を飛んでいるのだ。
「本空域での戦闘指揮はたった今から、機動六課より地上本部へと移った。メビウス1はただちに退避せよ」
ゴーストアイは一方的にそう告げて、通信を切った。サブディスプレイを見ると、F-14とガジェットの編隊はすでに交戦を開始していた。情勢は明らか
にF-14の方が有利だった。
訳も分からず、しかし機体の不調を抱える今のメビウス1には何も出来ず、ただ帰路に着くしかなかった。
最終更新:2009年02月21日 15:19