THE OPERATION LYRICAL_16

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL


第16話 炎上、機動六課 前編


迫る敵影――しかし、それすらも欺瞞の一つ。


地上本部、陳述会会場。
物々しい警戒態勢の中、ヘリポートに降り立った機動六課の面々を出迎えたのは、レオナード・ベルツ二尉と名乗る地上本部の兵士だった。

「お迎えにあがりました。地上本部B部隊指揮官、ベルツと言います。当会場の警備を担当しています」
「お疲れ様です。機動六課所属、高町なのは一尉です」

互いに敬礼を交わし、同時になのははベルツの、明らかに従来の陸士たちとは違う装備に目をやった。
灰色主体の市街戦を想定した迷彩服に、分厚い防弾ベスト。肩に引っ掛けているのは、特殊部隊向けに小型化されたアサルトライフル。ただし
発砲するのに魔力を使用する、戦闘機と同じく黒に近い灰色の装備。これも最近地上本部が急ピッチで進めているという戦力再編成の一環なの
だろう。今回の陳述会の議題も、それが焦点らしい。

「……何か?」
「あ、いえ。何でもありません」

なのはの視線に気づいたベルツは怪訝な表情を浮かべ、慌てて彼女は誤魔化しの笑みを浮かべた。
とりあえずベルツから会場の状況、警備の配置などを聞き、現状を把握。それが終われば、しばらくの間六課は待機だった。

「……なんだか、凄い重装備ですね」

持参した水筒から、眠気覚ましの効能を持ったお茶を紙コップに注ぎながら呟くのはティアナ。彼女の視線を辿ると、地上本部のものと思われ
る装甲車があった。その周囲を、アサルトライフルやサブマシンガンなどで武装した地上本部の兵士たちがうろついている。

「地上本部の戦力再編成がアレらしいけど、これは確かに、本局から批判されてもしょうがないかな」

ティアナが差し出したお茶を受け取って、なのはは言った。
ちょうどその時、彼女たちの頭上を、ジェットの轟音が駆け抜けていくのが聞こえた。言うまでも無く、陳述会上空の警戒を行っている戦闘機
隊のものだろう。夜のため姿こそ見えなかったが、きっとあの中にメビウス1がいるに違いない。
そのジェットの轟音に少し遅れる形で、今度ははっきりと本局の空戦魔導師たちが夜空を駆け抜けていくのが見えた。夜間、視界の悪い状況で
低空飛行は戦闘機にとって危険なため、彼らは低空域をカバーしているのだろう。
先日の合同演習の結果から、地上本部の戦闘機と本局の魔導師が協力して警戒を行っているのだ。

「――人は分かり合えるって、メビウスさんは言ってたけど。今日の陳述会で、ちょっとでも陸と海の対立がなくなるといいね」

夜空を見上げながら、なのはは呟く。結局のところ、地上本部と本局の対立が無くなれば六課も動きやすくなるのだ。期待して損は無い。

「そうですね……」

同じように夜空を見ながら、しかしティアナはどこか違う期待の目をしていた。
ちらっとでもいいから、あのリボンのマークが見えないものか。


「へっくしょい!」

ちょうど陳述会会場上空を駆け抜けたところで、愛機F-2のコクピットでメビウス1は盛大なくしゃみをした。

「……下で誰か、俺の噂をしてるようだな」

酸素マスクを外し、サヴァイバル・ジャケットの内ポケットに入れておいたティッシュを取り出し、思い切り鼻をかむ。その姿に威厳はまるで
なく、地面の方にいる若い銃士が見たらため息を吐くだろう。

「何を言っているんだ、メビウス1」
「いや、何でもない」

同行するF-16Cの編隊の隊長機、ウィンドホバーから呆れたような声が入り、メビウス1はティッシュを片付けながら返答。
しかし、本当に来るのかね――。
酸素マスクを装着しなおし、メビウス1は周囲をしっかり警戒しながら、思考を巡らせた。
現状を鑑みるに、この陳述会を襲撃してくるとしたら例のスカリエッティとやらだろう。そうなればZ.O.Eシステム搭載の無人戦闘機も出てくる
はず。
だが、メビウス1には彼がなぜ管理局にテロ行為を仕掛けてくるのかさっぱり理解できないでいた。いくら天才とはいえ、一介の科学者が管理
局に喧嘩を売って何になるのだろう。
科学者として己の技術力を証明したいのだろうか。いや、それならテロ行為でなくても他にもっと正当な手段がある。

「まさか、世界征服とかじゃあるまいな……」

今時子供でもそんなことは言わないであろう、馬鹿げた妄想。それでも、スカリエッティなる人物がいかに頭のおかしい者なのかは、過去の犯
罪歴を見れば一発で納得がいく。ならば、世界征服を真剣に考えていても――。
そこまで考えて、まぁいいやとメビウス1は思考を投げ出した。あれこれ考えたところで、結局やることは変わらない。

「それに、俺としてはあいつの方が気になる――」

目を閉じれば、はっきりと浮かび上がってくる。幾度と無く熾烈なドックファイトを繰り広げ、そしてこの世界に来てもなお、自分の前に立ち
塞がったライバル――黄色の13。仮に襲撃があったとして、彼は来るのだろうか。
夜空は何も、答えない。

そうして夜が明け、いよいよ陳述会会場に、本局の代表、各管理世界の代表、地上本部の代表一行が集まった。
警備体制は最高状態となり、代表たちに詰め寄るマスコミたちを、地上本部の兵士たちががっちり抑えていた。
議論となるのは、地上本部の戦力再編成。それに伴う魔力を組み込んだ質量兵器について。戦闘機については先日の演習で本局はある程度理解
を示したものの、まだまだ議論の対象となるものは多い。陳述会に臨むレジアスとしては、いかに本局からの批判を回避するかが鍵となる。

「……警備体制は、完璧だろうな? 落ち着いて議論できなければ意味が無い」
「ハッ。上空は二四時間体制で戦闘機と魔導師による警戒が行われています。地上は、我々がしっかり守っています」
「結構なことだ」

会場にレジアスを案内したベルツは、彼の問いに自信を持って答えた。
元はと言えば、彼は次元漂流者だった。それも、メビウス1と同じ世界出身である。ISAF陸軍に所属し、ユージア大陸をエルジアから奪回する
ための第一歩、バンカーショット作戦の真っ最中に、敵兵に狙撃され、死んだはずだった。
それがどういう訳か、目を覚ましたら今の魔法の世界だった。元の世界に戻るすべも見つからず、成り行きで管理局に入局した。そこでISAF陸
軍時代の中隊長としての経験を生かし、短期間で二尉にまで上り詰めたのである。

「――こちらアルファ小隊、ブラボー、応答願います」
「こちらブラボー。どうした、コリンズ?」

突然、左肩に装着していた通信機に、部隊の副官でありアルファ小隊の指揮を執っているコリンズ陸曹から通信が入った。皮肉にも、元の
世界での部下と同じ名前で、容姿も声もそっくりな男だった。
念話ではなく通信機を使うのは、少ない魔力量を少しでも節約するためだ。バッテリー式のため限界はあるが、短期間なら問題は無い。

「ベルツ二尉に言われた通り、要人の脱出ルートの確認を行いました」
「ああ、どうだった?」

手近にいた部下に命じて、地図を広げさせながら、ベルツはコリンズに問う。
今日は各管理世界の代表など、文字通り世界を動かす要人たちが多数訪れている。万が一彼らを狙ったテロが起きた場合、無事に安全な地帯
まで逃がすのも、彼らの任務の一つだった。

「やはり、地上からの脱出は危険です。遮蔽物の間隔が広すぎる、これじゃ銃撃を凌げない……装甲車も、一度に積める人員は限界があります」
「そうか……となると、やはり地下から?」
「そうなります」

地図を確認してみると、事前のブリーフィング通り、地下の駐車場及び排水施設は遮蔽物が多く、要人を逃がすには格好のルートだった。
各部に非常階段もあるので、地上への脱出も容易だろう。
心配なのは、敵が大型爆弾などで地下もろ共粉砕を図った時だが、それなら地上にいても危険だ。

「よし、ご苦労。コリンズ、アルファ小隊は待機だ。今のうちに休んでおけ。交代にチャーリー小隊を出す」
「了解、交信終わり」

通信は、そこで切れた。ベルツは通信機を元の位置に戻し、部下に装備の確認を命じると共に、要人たちの具体的な脱出ルートを考え始めた。


――夕方。陳述会で繰り広げられていた議論は平行線のまま、予定された終了時刻に迫ろうとしていた。
そこから遠く離れた、茜色に染まりつつある空。鋼鉄の翼を持った鳥の群れが、高度三万フィートの空を飛んでいた。
鳥の名は、F-15Eストライクイーグルと言う。F-15シリーズの中で、高い空戦能力はそのままに、電子装備の改修や燃料タンクの増加で対地
攻撃能力を高めてあるのが特徴の戦闘爆撃機だ。いずれも無人機、針路は地上本部、陳述会会場に向けられていた。
その群れにひっそりと隠れるように飛ぶのは、一機のSu-37、黄色中隊仕様。パイロットはもちろん、黄色の13だ。

「連中の尻馬に乗るのは、どうも気がすすまねぇけど……」

突然、ぼやき声が聞こえてきて、黄色の13は声のした方向に振り向く。視線の先にあったのは、大柄の男に、小さな妖精。声の主は妖精
だった。名を、アギトと言う。

「それでも、貴重な機会だ。全てが今日片付くなら、それに越したことは無い」
「確かに――少ないチャンスをものにするなら、ある程度手段は問わないようにしなければな」

アギトのぼやきに、大柄の男、ゼストが答えた。その言葉に、黄色の13は同意する。
初めて会った時から、同じ根っからの武人として、お互いどこか気の合う相手だった。スカリエッティと違って怪しい趣味も無いので、黄色
の13はゼストを信頼していた。

「まあねぇ……っつーか、あたしはルールーも心配だ。大丈夫かな、あの子」

今回は訳あって別行動中の幼い召喚師のことを口に出し、アギトは心配そうな表情を浮かべた。立場上管理局と敵対しているとはいえ、決
して彼女たちは、根っからの悪人ではないのだ。

「心配なら、ルーテシアについてやればいい」
「……っ今回に関しては、旦那の方も心配なんだよ! ルールーには蟲たちやガリューがいるけど……」
「俺じゃあ不満か?」

アギトの言葉を遮る形で、黄色の13が割って入った。確かに魔導師と戦闘機では速度差など、互いに援護しようにも難しいところがある
が、ゼストと黄色の13、どちらも一騎当千の強者だ。

「そういう訳じゃないけどさ。あたしは戦闘機についてはよく知らないけど、13が凄いってのは分かってる……でもよ」
「分かった。心配なんだろ? ついて来るといいさ、期待しているぞ」

黄色の13がそれだけ言うと、彼の言葉が嬉しかったのか、アギトは「当ったり前さ!」と威勢のいい声を上げた。
やれやれ、と黄色の13は苦笑いを浮かべ、飛行服の内側に入れていた、今回の作戦の詳細が綴られた書類を引っ張り出す。

「……ゼスト、お前の目的は、この男だな?」
「ああ、そうだ」

書類を捲り、黄色の13はゼストに確認するように言った。そこに載っていたのは、レジアスの写真だった。
スカリエッティ曰く「スポンサー」とのことだが、要するにこの男、不足する地上本部の戦力を補おうと、違法研究である戦闘機人の開発
をスカリエッティに依頼していたらしい。見返りとして、研究に必要な資金を支給し、違法行為には目を瞑る。
ところがごく最近になって、彼からの協力はその全てが中止になったと黄色の13は聞いた。「怖くなって舞台から勝手に降りた」とスカ
リエッティは言っていたが、開発そのものはすでに終了していたので、なんら問題ないらしい。事実、その証拠にナンバーズの皆は全員が
この作戦に参加している。

「ゼスト、一つ聞いていいか? お前は、この男とどんな因縁があるんだ?」

気になるところがあり、黄色の13はゼストに訊ねた。彼のような武人が、犯罪者で狂気の科学者に協力するのは、それなりの理由があるはず。
レジアスが絡んでいることは間違い無さそうだが、黄色の13はそこから先を聞いたことを無かった。

「……そうだな、13なら話してもいいだろう」

わずかな逡巡の後、ゼストは重い口を開いた。
かつて自分はレジアスと共に理想を語り合った親友であり、地上の平和のために戦っていたこと。ある日、戦闘機人に関する任務で多数の
部下を失い、自身も一度生死の境を彷徨い、しかしスカリエッティの手で復活させられたこと。その任務の背後に、親友であるはずのレジア
スの姿があったこと。部下の一人であるメガーヌを人質に取られ、彼女の娘であるルーテシアが母を解放するという条件の下、スカリエッティ
に協力していること、それゆえ自分は管理局に敵対していること。

「――そうか。悪かったな、辛い過去を思い出させてしまって」
「いや、構わん」

大して気にした様子も無く、ゼストは首を振る。だが、彼の言葉は、黄色の13の胸に響いていた。

「ゼスト、安心しろ。俺が必ず、このレジアスという男に会わせてやる」
「13……?」
「組織に振り回されるのは、俺や"片羽"だけで充分だ」

ぐっと軽く操縦桿を捻り、黄色の13はSu-37の主翼を翻させる。黄色中隊は文字通りエルジア空軍のトップエースだったが、それゆえプロバカンダ
に利用されることも多く、純粋な戦闘機乗りとしての生き方を望む彼にとって、あること無いこと描かれるのは苦痛の他ならなかった。
まして、所属する組織に裏切られるなど、たまったものではない。そうされることで、世界に反旗を翻すことになった一人の傭兵、片羽の妖精の名を
持つパイロットの存在を、黄色の13は知っていた。
さて、リボン付きは出てくるだろうか――?
姿を見せない好敵手を思いながら、黄色の13はゼストたちとF-15Eの編隊と共に、陳述会上空に近付きつつあった。


「警報! 所属不明の航空機が陳述会会場に接近!」

空中管制機ゴーストアイから知らされた報告で、飛行場で待機していたパイロットたちは一斉に立ち上がり、駐機されている愛機へと走った。
耳障りな警報音がスピーカーから鳴り響き、滑走路からはイーグル、ドラゴンのコールサインを与えられたF-14Bトムキャットの二個編隊がスクランブ
ル発進していく。今頃、会場の方も大騒ぎに違いない。
仮眠を取っていたメビウス1も跳ね起き、F-2のコクピットに転がり込んで、あっという間に空に上がっていた。

「管制、どんどん空に上げろ」
「敵機の数は……分からない? ふざけるな、確認しろ!」
「これは演習ではない、繰り返す。これは演習ではない」
「見りゃ分かるぞ、馬鹿野郎!」

通信機のスイッチを入れると、友軍の交信が耳に飛び込んできた。長い間来るか来ないか分からない敵を待っていたため、皆荒れているようだ。

「敵編隊は陳述会会場へと接近中。ガジェットⅡ型も多数含まれている」
「ガジェットの方は、本局の魔導師に相手してもらった方がよさそうだな。弾がもったいない」

空中で続々上がってきた友軍機と編隊を組んでいる間、ゴーストアイが情報をくれた。メビウス1はウエポン・システムを起動させて、搭載している装備の確認を行う。
ガジェット如きにミサイルや機関砲は、きっとやりすぎだろう。あまり高いところには上って来れないだろうし、そこは素直に魔導師に任せることにした。
サブディスプレイに目をやると、ゴーストアイが捉えた空域の全体図がデータリンクで送られてきていた。機影は十機、まっすぐ陳述会会場に接近しつつある。

「よし、先行する。ウィンドホバー、俺が突っ込んで蹴散らすから、下から一撃仕掛けて……?」

兵装のセーフティを解除し、隣を飛ぶF-16Cに通信機を通じて声をかけたが、応答が無い。代わりに返ってきたのは、耳障りな雑音だった。
――故障か? いや、さっきまで普通に動いていた。
周波数を切り替えてるが、ときどき友軍の声が雑音交じりで聞こえるだけで、すぐにかき消された。電波妨害の類を受けているのは、間違いなさそうだ。
しかし、それならゴーストアイがECCM(対電波妨害)をかけてくれるはずなのだが、どうやらその様子は無い。
この時、すでに地上本部の通信システムはナンバーズの電子戦担当、クアットロの手でハッキングをかけられていたのだが、メビウス1はそれを知る由も無い。

「……まあ、いいか」

電波妨害を受けるのは別に初めてではないし、そういう状況を想定して訓練も行っている。もともと通信は必要最低限で行うのが望ましいのだから、普段からしっかりコンビネーション
をやっておけば、問題は無い。
主翼を振って、ウィンドホバー率いるF-16Cの編隊にこっちを向くよう合図をして、身振り手振りでメビウス1は通信が使えないことを知らせ、その上で敵機を迎撃しようと伝えた。
ウィンドホバーは了承した、と親指を立てて応えた。

「今更意味は無いが……一応、言っておくか」

操縦桿とエンジン・スロットルレバーを握りなおし、メビウス1は自機のレーダーが捉えた敵機に立ち向かう。

「メビウス1、交戦!」


一方、地上でも異変は起きていた。
突然の通信システムダウンにより各部の連絡は遮断され、外部から何者かによる砲撃、地下からは破壊工作と思われる爆発音が響いてきた。
同時にガジェットⅠ型及びⅢ型が出現、展開していた地上本部迎撃部隊と交戦を開始していた。

「……陳述会は中止だ。ただちに、各代表たちを安全な場所へ」

通信は使えなくなったが、人間による伝令までもが途絶えた訳ではなかった。襲撃の知らせを受けたレジアスは会を中断させ、部下たちに要人たちの脱出誘導を行うよう命令した。

「閣下、いつここも攻撃を受けるか分かりません。閣下も脱出を……」

部下は脱出するよう薦めてきたが、レジアスは愛用の葉巻に火を点け、彼の言葉を聞き流す。

「指揮官が真っ先に逃げ出してどうするのだ」
「……でしたら、せめてこれを」

そう言って部下が差し出してきたのは、分厚い防弾ベスト。拳銃弾ならストップさせる程度だが、無いよりはマシだろう。動き辛くなるのでレジアスはあまりこれを着たくなかったが
そうでないと目の前の部下は心労で倒れてしまうだろう。
地上本部の制服の上に防弾ベストを着て、しかしレジアスはどこか別のことを考えていた。
――このタイミングでの襲撃。あのマッドサイエンティストめ、支援を打ち切られた腹いせか。


通信システムは機能不全に陥ったが、目の前の地上本部の兵士たちは、あまり焦っている様子はなかった。
むしろ、そうされることを読んでいたかのように、警備部隊のベルツとその部下たちはテキパキと脱出ルートの確保、その手順などを確認していた。

「訓練された兵士って、こういう時でも冷静なんだね……」
「うん……っと、こうしちゃいられない」

兵士たちの動きに見とれていたフェイトとなのはだったが、守るべき要人たちは、より深い内部にいる。一にも二にも、彼らを保護すべきだろう。
ところが、扉やエレベーターは全て電子ロックがかかっていた。非常時に発動する隔壁閉鎖システムが、誤作動でも起こしたのかもしれない。

「ベルツ二尉、扉を開けるのを手伝ってくれませんか?」
「え? ああ――その必要は、ありませんよ」

電子ロックとはいえ、数人がかりなら力ずくで開かないこともない。なのははベルツに声をかけたが、彼は何を思ったのか、突然腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。
エレベーターの扉の傍にあった隔壁閉鎖システムの端末に向かって、ベルツは拳銃を発砲。端末が火花を上げて絶命し、同時に扉が開いた。

「こうした方が早い」
「――なるほど」

なんとまあ、荒っぽいことか。フェイトとなのはは冷や汗をかきつつ、開かれた扉の下を覗き込む。エレベーターは動いてないが、ワイヤーに捕まって降りていけば、下に辿り着けそうだ。
そうしてあらかじめ決めておいた合流地点に向かい――。
ところが、それに待ったをかけたのはベルツだった。

「お二人はここに残ってください。我々が地下を確保してからの方が、安全です」
「え、でも――」
「デバイスを持っていないでしょう?」

ぐっと、二人は言葉を呑み込んだ。確かに、陳述会会場ではデバイス持込が禁止されていたため、今は新人フォワード部隊に預けてある。
今のフェイトとなのはに比べれば、ベルツたち地上本部の兵士の方がはるかに戦力になるだろう。

「なのは、仕方がないよ。ここは、彼らに任せよう」
「うん……」

やむを得ず、二人はベルツたちが道を開いてくれるのを待つことにした。連絡手段は、伝令を出すとのことだ。

「いいか、ヘリからの高速降下と同じ要領で行くぞ。降下したらただちに周辺警戒の後、脱出ルートの確保に入る。質問は?」
「ありません」
「よろしい……行くぞ、GO!GO!GO!」

ベルツの指示が飛び、ただちに迷彩服の兵士たちが、慣れた手つきでエレベーターのワイヤーに捕まり、降下していった。


通信システムは依然としてダウンしたままだったが、メビウス1と戦闘機隊には大した障害にはならなかった。
目の前に捉えた敵機――F-15Eは右旋回でメビウス1のF-2から、逃れようとする。
ところが、メビウス1はF-15Eの機体各部の動きからその機動を読み、ラダーを踏み込んで機首を右に振り向かせる。案の定、F-15Eは正面に躍り出て来た。
所詮は無人機、機動がワンパターンだ――。
動きの一つ一つは鋭いが、どう動くか分かれば対処は難しくない。メビウス1はF-15Eをロックオンすると、ただちにミサイルの発射スイッチを押す。

「メビウス1、フォックス2」

主翼の先端から、短距離用の空対空ミサイル、AAM-3が飛び出す。以前の演習と違って実弾だ。AAM-3はF-15Eに食らいつき、爆発。爆風と破片がF-15Eの主翼を引き裂き、機体は空中分解を始めた。
次、とメビウス1は敵機撃墜に酔いしれることなく、周囲を見渡し、同時にレーダーを確認。見れば、スカイキッド隊の二番機、ブルーマックスが後ろにつかれていた。気付いている様子は、無さそうだ。

「ブルーマックス、後ろに……そうだ、通信はダメだった」

仕方がない、とメビウス1はブルーマックスの後方に位置するF-15Eに向かって、レーダーロックオンを仕掛けた。角度がよろしくないので今ミサイルを撃
っても当たらないだろうが、目的はF-15Eの注意を逸らすことだ。目論見通り、自分がロックオンされていることに気付いたF-15Eは反転、ブルーマックスへの攻撃を中断した。
そこに、上空から浴びせられる弾丸。ブルーマックスの隊長機であるスカイキッドが、僚機のピンチに気付き、攻撃を仕掛けてきたのだ。いきなり上から三〇ミリの弾丸を浴びたF-15Eはなすすべく火の鳥と化し、空中で爆発した。

「……おかしい」

主翼を振って礼を言ってきたブルーマックスに、同じように主翼を振って答えつつ、メビウス1は違和感を感じていた。
敵機が、あまりに脆すぎるのだ。陳述会を爆撃するのが目的ならば、もっと大挙して押し寄せてきたり、何としてでも自分たちを振り切ろうとするはず。
だが、このF-15Eの編隊は抱えていた爆弾を自ら投棄し、迎撃に上がってきたメビウス1たちに立ち向かってきた。その割りに、戦い方はどこか及び腰で、楽に撃墜できる。
陽動作戦か? 戦闘機を陳述会会場から引き離す――いや、それにしては数が少ない。この程度ならあっという間に全滅だ。

「しかし、それなら連中の狙いは……うお!?」

いきなり、正面から紫色の刃が飛び込んできた。人間の視認速度を凌駕する勢いでやって来た刃だったが、戦闘機乗りとして鍛えられたメビウス1の眼は、かろうじてそれを捉えていた。
操縦桿を右へと叩き倒し、F-2をロールさせる。一瞬で入れ替わる天と地、襲い掛かってくる横方向の強いG。しかし刃はF-2を斬りつけることなく、通り過ぎていった。
一瞬でも回避が遅れたなら、機体が真っ二つになっていただろう。

「……くそ、なんだ!?」

振り返ってみたが、刃を振りかざしてきた犯人は見つからない。ひとまずアフターバーナーを点火させ、メビウス1は急上昇、距離を取ることにする。
その瞬間――メビウス1は、背筋にひどい寒気を感じた。確証があった訳ではないが、敵の攻撃だと思い、操縦桿を前に突く。
F-2は強引に機首を下げて上昇を中断、急降下へ。上に引っ張りあげられるようなGがかかってきて、メビウス1はたまらず、表情を歪めた。
なんとか我慢しつつ首を上げると、二本の刃がついたブーメランが行き過ぎていった――なんだって、ブーメラン? 冗談じゃない。
操縦桿を操って急降下から反転、旋回して高度を回復しつつ、メビウス1は一連の攻撃の主を探す。

「――見つけた、タリホー」

首を上げると、日が傾き、夕暮れに染まりつつある空に、二人の人間が浮かんでいた。彼は知る由もないが、名前をセッテとトーレと言う。

「完璧な奇襲だったが、反応してみせるとは――13の言うとおり、只者ではないな。気を引き締めていくぞ、トーレ」
「了解」

セッテとトーレは各々の武器、インパルスブレードとブーメランブレードを構え、メビウス1のF-2に再び挑む。

「こいつらもスカリエッティの一味か……!?」

飛び掛ってくる二人に機首を向け、メビウス1は彼女たちを迎え撃つ。
ナンバーズとメビウス1による、初の交戦が開始された。


その頃。ほぼ同時刻の、陳述会会場から離れた、洋上。
一人の少女が、ガジェットⅡ型の背に乗って、海面スレスレの低空を駆け抜けていた。少女の名は、ルーテシアと言う。

「…………」

彼女はふと、自身の周囲を囲むように飛ぶ鋼鉄の翼たちに視線をやった。
航空機としては異常なまでに分厚い装甲で覆われた胴体、主翼下に搭載された大量の質量兵器。機首に伸びる長く大きな砲身が、この機体の性能を物語って
いる。描かれたシャークマウスが、それをさらに強調しているような気がした。
A-10サンダーボルトⅡ、それがこの機体の名だ。対地戦闘にて恐るべき威力を発揮する攻撃機。速度は決して速くないが、低空域での運動性能はなかなか馬鹿に出来ないものがある。
何より、ゆっくりと飛んで地上の目標を狙い撃ちするその速度性能は、戦闘機に比べて足の遅いガジェットⅡ型の援護にはぴったりなのだ。
――でも、嫌い。
胸のうちで、ルーテシアは呟いた。スカリエッティが援護のために出してくれたのだが、エンジン音がうるさくて仕方が無い。
それでも彼女たちは低空を這うように飛行し、レーダーや各種センサーに引っかかることなく、目標地点に接近しつつあった。
目的地は、機動六課隊舎。



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最終更新:2009年02月21日 19:04