THE OPERATION LYRICAL_18

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL


第18話 終局に向けての再起


そして、戦争が始まる――。


地上本部の地下、ごく限られた者しか出入り出来ないその空間に、レジアスはいた。
彼の目の前に広がるのは、無数と言っていい数の鋼鉄の翼たち。F-5EタイガーやMiG-21フィッシュペッドと言った軽量で安価な戦闘機もあれば、F-15
イーグルやSu-27フランカーのような重戦闘機もある。まるで戦闘機のスーパーマーケットだった。

「…………」

レジアスは、それらを何か意味を含んだような視線で眺める。戦闘機の国籍マークは様々で、エルジア空軍のものもあればオーシア、ユークトバニア、
果てはベルカのものまであった。

「中将」

不意に後ろから声をかけられ、レジアスは振り返る。娘であり自身の副官を務めるオーリスが、いつの間にかやって来ていた。

「最高評議会の方々が、何者かによって暗殺されました。詳細は調査中ですが、おそらくは――」
「ああ、分かっている」

オーリスの言葉を遮り、レジアスは頷きながら言った。
自分の真のスポンサーである最高評議会を殺すとは、あのマッドサイエンティストは、とうとう行くところまで行ってしまったようだ。
駒のままで終わるつもりはない、それどころか世界に反旗を翻す。それほどにまで強大な力を、彼は手に入れた。
――そうしてしまった責任は、今まで援助していたワシにもある。
ぐっと拳を握り締め、レジアスはその場を後にした。その背中に、何か悲壮な決意を漂わせながら――。


陳述会会場防空戦より一夜明けた今日、地上本部所属戦闘機隊の野戦飛行場。
見た目だけなら、この日も何ら変わらなかった。戦闘の翌日であっても訓練や哨戒飛行をサボる訳にはいかないため、滑走路からはドラゴンと言
うコールサインを与えられたF-14Bの編隊が離陸し、駐機場では整備員たちが模擬弾を使った武器搭載訓練を行っていた。
それでも皆どこかピリピリとした雰囲気を漂わせているのは、戦闘の翌日だからだろうか。

「――それで、結局機動六課の方が本命だった、と」

そんな雰囲気をよそに、ブリーフィングルームにて昨日の戦闘の経過や問題点を確認し合っていたパイロットたちの一人、アヴァランチが空中管
制担当のゴーストアイに向け確認するように言った。

「結果から推測するに、だがな。陳述会の方は移動中の混乱に伴った二次被害を除けば、大したことはない。機動六課の方は――お前の方が詳しい
だろう」
「ああ――」

通信が回復するなり、六課からの緊急応援要請を受けたゴーストアイはアヴァランチ率いるF/A-18Fの編隊を急行させた。
そこで彼が見たものは燃え上がる六課隊舎、まだ動いているものに向かって執拗な攻撃を繰り返すA-10の群れ、そして薙ぎ払われる人、人、人。
文字通り地獄絵図のような光景を思い出したアヴァランチは、胸のうちからやってきた嫌な気分を振り払うため、話題を変えてみた。

「そういえば、メビウス1はどこに行ったんだ? 今朝から姿が見えないが……」
「彼なら六課に行った――元はと言えば、彼はあっちの所属だからな」



その機動六課隊舎では、調査と障害物および瓦礫の撤去の任務を併せ持った部隊が、事後処理を行っていた。
もっとも、瓦礫の撤去の方は必要ないかもしれない。ほとんど焼け野原と化した六課の敷地で残っているのは、もともと堅牢だった司令部施設、それ
と奇跡的に破壊を免れた滑走路だけだ。滑走路の方も、それを使う"リボン付き"が地上本部の方に出向いているため、あってもあまり意味はない。

「……はぁ」

携帯式の端末片手に、事後処理に加わっていたスバルはため息を吐いて、その光景を目の当たりにしていた。
悲惨なそれは、かつて遭遇した空港火災の記憶をフラッシュバックさせる。戦死者の遺体は回収されたそうだが、ほとんどが黒焦げで身元も分からな
い状態らしい。
――あたし、何にも出来なかったな。
陳述会会場では、動き出したらすでに地上本部の陸士たちが敵を駆逐していた。重傷を負ったギンガも、彼女がそれを知った時にはもう救助されてい
た。そして、戻ってみれば帰るべき土地はこの有様。持ち前の明るさも暗くなってしまうのも、無理はない。
そんな時、突然誰かに肩を優しく叩かれた。振り返ると、そこにいたのは相棒のティアナ。

「ティア……」
「どうしたのよ、ため息なんか吐いちゃって――ギンガさん、聖王医療院に収容されたそうよ。峠は越えたから、もう大丈夫だって」
「うん――え、そうなの? よかったぁ……」

ぱっと表情を輝かせ、スバルはほっと胸を撫で下ろす。そんな彼女の手から、ティアナは端末を奪い取る。

「あ、ティア、それ」
「この場はあたしが引き継いでおくわ。お見舞い、行ってやりなさい」

最初は意味が分からない、と言った感じで目をぱちくりさせるスバルだったが、それがティアなりの気遣いであることに気付き、

「うん! じゃあ、お願い!」

と元気よく頷き、駆け出して行った。
――あいつに似合うのは、やっぱりああいう元気な姿よね。
どんどん遠くなっていくスバルの背中を見てティアナは僅かに笑みを浮かべ、事後処理に入る。
とりあえず、手近なところに転がっていた戦闘機の残骸と思しきものを見つけ、彼女は近付いてみた。焼け焦げた金属の塊の中から、燃え残ったオイ
ルだろうか、つんとした臭いが鼻を突く。
記憶の中に探りを入れて、これがなんという名前の戦闘機だったか思い出そうとするが、なかなか答えが見つからない。

「えーっと、これは――」
「そいつはA-10だ。大火力と重装甲が特徴の対地攻撃機、タンクキラー(戦車殺し)だな」

聞き覚えのある声が後ろから聞こえる。振り返るまでもない、メビウス1だった。

「よう、無事だったか」
「おかげさまで。そういうメビウスさんも……っ」

ところが、彼女はメビウス1が右腕を首から吊り下げていることの気付いた。歴戦のエースパイロットが負傷、それだけでも驚くべき事態なのに――
ここに来て、ティアナは改めて自分が彼に淡い想いを抱いていることに気付く。でなければ、この胸に現れた奇妙な、決して気持ちのよくない感覚は
説明がつくまい。

「ああ、これか? なんてことはない、ちょっとドジをやっただけさ。医者が大げさなんだよ」

ティアナの視線の先が自分の右腕にあることに気付いたメビウス1は、腕を振って何ともないことをアピールしてみせた。実際、レジアスお気に入り
の彼が負傷したとの報告を受けた医療班が、大慌てでやった処置は行き過ぎたものがあった。

「そう、ですか……」

ふぅ、と安堵のため息を吐いて、ティアナはふと思った疑問を口にする。

「どうしてここに?」
「古巣が爆撃されたって聞けば誰でも飛んでくるだろう? 俺はあっちじゃ今役立たずになってるし」

メビウス1の言葉に、ティアナは怪訝な表情を浮かべた。彼ほどのパイロットが役立たず、とはいったいどういう意味なのか。

「F-2……愛機がな、被弾したんだ。それで今は修理中ってことだ。ヒコーキのないパイロットなんて役立たずもいいとこさ」

自嘲気味な笑顔を浮かべ、メビウス1は両手を広げた。釣られて、ティアナも苦笑い。

「まぁ、それはそうと――他に、目立った被害は?」
「ヘリが一機、車両は全損ってところです。人員は確認されている限りで三八名戦死、十二名負傷」
「確認されている限り、と言うのは?」

メビウス1が問うと、ティアナは表情を歪めた。何か、言い辛いことなのだろうか。
それでも彼女は意を決したように、口を開く。

「――回収された遺体で、腕とか足とか、誰のものか判断のつかない部分体があるんです。三八名って数字は、まともな形で残った遺体の数です」

過去の戦闘で撃墜された敵機の残骸を調査した結果、スカリエッティ側が運用している戦闘機は、管理局のそれと違って無人化以外、ほぼオリジナルの
ままであった。すなわち、非殺傷設定など皆無。兵器本来の目的である効率的な殺戮と破壊と言う機能を持ったままと言うことだった。

「……そうか」

メビウス1は沈痛な表情を浮かべ、頷いた。今更ではあるが、自分もユージア大陸で行ってきた行為である。実際に現場を目撃した訳では無かったが、
被害を受けた側となることで、彼は改めて自分が人殺しを仕事にしてきたのだと言うことを実感する。

「あと……ヴィヴィオが」
「ヴィヴィオ?」

思わぬところで上がった、六課で保護している幼い少女の名前を聞いて、メビウス1は思わず聞き返した。いったい、非戦闘要員どころか管理局の人
間ですらない彼女の身に、何があったと言うのか。

「目的は不明ですが、敵に誘拐されました――追跡は、今でもやってます。でもまだ……」
「誘拐……ホントに目的が分からないな。いや、だがそれ以上に」
「なのはさん、ですか?」

ティアナの言葉に、メビウス1は頷く。
今この瞬間でも、何もなかったように振る舞い、事後処理の指揮を執っているエースオブエースは、我が子に等しいヴィヴィオがいなくなったと聞き、
何を思っただろうか。そして、今はどんな思いだろうか。

「ちょっと、様子を見てくる。彼女、今どこに?」
「女子寮跡にいると思いますけど……」
「分かった、後でまた」

ティアナの言葉を聞くなり、メビウス1は小走りで女子寮跡に向かう。彼女が、自分の背中をじっと見つめていたことに気付かないまま――。


女子寮跡。ティアナの言うとおり、メビウス1は端末片手に周りの局員たちと打ち合わせをしている、栗毛色の髪をサイドポニーにまとめた女性の背
中を見つけた。

「高町」
「ああ、メビウスさん――うん、そっちはそれでお願い。何かあったら、教えてください」

声をかけてみると、彼女――なのはは振り返り、周りの局員たちとの会話を終え、どこか疲れた笑みを浮かべて彼を迎えた。

「どうしたんです?」
「どうもこうも、六課が爆撃されたって聞いたからな。こうして飛んできた訳だ」

会話をしながらも、端末から手を離さず、歩きながらなのはは自分の仕事を続けていた。

「なぁ、高町……その、ヴィヴィオのことなんだが……」

メビウス1が、重そうな口調で言葉を発する。だがその寸前、なのはは歩みを止めていた。
彼女の視線の先には、焼け焦げたぬいぐるみと、これも焼け焦げたハーモニカ。前者はなのはがヴィヴィオに買ってあげたもので、後者は以前メビウ
ス1がヴィヴィオに向かって演奏するのに使ったものだ。

「…………」

かける言葉が、見つからなかった。何も出来ないままに過ごしたこの一瞬が、どれだけメビウス1にとって苦痛だったことか。
――本当に、俺は地面に降りたら役立たずだな。
なのはも何も言わず、だた一度空を見上げて微かに嗚咽を漏らした後、また端末の操作を始めようとした。
だが、彼女の肩に手を置いて、メビウス1はその動きを止めた。

「なのは。一人で溜め込む必要はない、泣きたい時は泣くんだ」
「……でもっ」

振り返り、なのはが見せた表情からは不安で押し潰されそうなのが見て取れた。目尻に今にも零れそうな涙を浮かべ、それでも今やるべきことをやろ
うとする強い彼女、エースオブエースが、そこにいる。
だが、それではいけない、とメビウス1は考えていた。いくらエースとはいえ、所詮人間であることには変わりない。我慢を続ければ、内側から壊れ
てしまう。

「いいから、泣きたい時は泣け――立ち直れなくなるぞ」
「――っ。ごめん、なさい」

ふらり、と倒れこんできたなのはの身体を受け止める。声を押し殺し、しかし嗚咽を漏らしながら、なのはは彼の飛行服を涙で濡らした。
そんな彼女の背中を、メビウス1は優しく摩ってあげた――それしか、出来なかった。他に思いつかなかった。後はせいぜい、彼なりに言葉を投げかけ
てやるくらいしかない。

「大丈夫だ、必ず――ヴィヴィオは生きてる。絶対にだ」


時空管理局、本局。
はやては一つのファイルを手に、次元航行艦が係留されているドックへと向かっていた。目的は、L級艦艇の第八番艦"アースラ"の改修状況の視察。
改修と言っても、退役が決定している老雄に出来ることは少ない。本部機能を失った六課隊舎の代用として、指揮能力を増やす。それと同時に――

「本気かい? 確かに出来ないことはないようだし、現に改修作業は進んでるけど――」

はやてを出迎えた査察官、ヴェロッサ・アコースが出会い頭に投げかけるほどの疑問。そんな改修を、はやてはアースラに行わせていた。

「私は本気やで、ロッサ。たぶん、必要になる機能や。ダメならダメで、荷物置き場にでもすればええ」
「荷物置き場ねぇ。いったい何人分の荷物を運べるやら」

呆れたような口調で言いながら、ヴェロッサはドックにて改修中のアースラに目をやる。スマートな艦体に、いかにも無理やり後付けしたような巨大な
カタパルトとはやてが"荷物置き場"と言った、これも巨大なブロック型の格納庫。
低下した機動性は武装の全撤去と装甲の一部排除で補うことになる。

「中型ミサイルの一発でももらえば確実に中破、悪ければ轟沈するよ。それでもいいのかい?」
「構わへん。どうせ移動司令部やから、後方で指揮に専念するし――武装は、載ってる機体や」

そう言って、はやては目の前に通信モニターを展開させて、本局の一角にある格納庫の映像をヴェロッサに見せ付ける。
映像の中では、尾翼にリボンのマークを付けたF-22ラプターが、整備員による精密点検、技術者による各部の動作テストを受けていた。

「これは――例の"リボン付き"の機体だね。六課の格納庫にあるんじゃ無かったのかい?」
「エンジントラブル起こして以来、飛べなかったんやけどね。やっと納品された純ミッドチルダ製エンジンを搭載して、こっちでテストを受けとったん
よ」

まさかそのおかげで六課への爆撃を免れるとは、とはやては胸のうちで付け加えた。今は地上本部でF-2を乗り回している彼も、これで本当に全力で戦
えるようになるはずだった。

「それはそうと――そのファイルは?」
「ああ、これ――?」

ヴェロッサは先ほどからはやてが大事に抱えているファイルを指指しながら、怪訝な表情を浮かべていた。はやてはファイルを開き、ヴェロッサに手渡す。
ファイルの中身は、延々と誰かの名前が書き連ねてあった。奇妙なのは、どの名前の後ろに"連絡先"と言う項目があり、いずれも例外は無かった。

「それ、今回の爆撃で戦死した六課の隊員の名簿。連絡先は、遺族の方やね。ついさっき、まとめておいたんよ」
「まとめたって……」

ヴェロッサは目を見張った。これだけの数を全て、彼女は普段の業務に加えて六課壊滅と言う事態もある中、自分で調べたと言うのだ。

「――私の無策のせいで、その人たちみんな、亡くなってしもた。私が殺したようなもんや。本当なら、今すぐにでも部隊長として遺族の方に会いに
行くべきなんやろうけど、あいにく時間も状況も許してくれへん。それやったら、せめてこうして名簿としてまとめて、片時も外さないようにしておこ
うと思うてな」

偽善者やね、とはやては自らを嘲笑し、しかしその表情には強い決意が見て取れた。

「全部終わったら、すぐに遺族の方たちに会いに行かんとな。そのためにも全部、早いとこ終わらせんと。だからアースラ。悪いけどもうちょっと、頑
張ってな――」

はやてはそう言って、退役するはずだった老雄を見上げていた。


それから僅か数日後のことである。
いつものように空中管制を担当していたE-767電子戦機、ゴーストアイがクラナガンに向け接近中の機影を捉えていた。

「なんだこれは――IFF(敵味方識別装置)に応答が無い。敵機か?」

ただちに地上で待機している戦闘機隊に向けてスクランブルを発令しようとして、ゴーストアイは思い止まる。
レーダーが捉えた所属不明の機影は、どんどんその数を増していた。それは空だけでなく地上にも広がり、ディスプレイの一角が光点で埋まりそうなほ
どの大部隊にまで成長した。そして、その後方には巨大な機影。全長は数キロほどあるのだろうか、空中要塞と言っていい規模だ。

「――全軍に警報! 本局にも通達しろ、敵が大挙して押し寄せて来たぞ!」

はっと我に返ったゴーストアイは、緊急回線を開いて全部隊に警報を流す。今頃、クラナガン各地の部隊は大騒ぎだろう。
彼の予想通り、地上ではそれまで待機していた全ての部隊がフル装備を整え、戦闘態勢に移行しようとしていた。司令部からはとにかく各部隊に急ぐよ
う、そしてこれが非常事態であることを認識させるため、同じ命令を送り続けていた。

「全軍、戦闘態勢、戦闘態勢! 第一戦闘配置だ、急げ! これは演習にあらず。繰り返す、これは演習にあらず!」
「なんてこった、戦争が始まったぞ。誰か俺の週末を返してくれ」
「知るか、敵に言え」

次々と離陸していく地上本部の戦闘機たち。地上では、アサルトライフルで武装した迷彩服姿の陸士、それに新鋭の戦車までもが防衛線を築くべく出撃
する。
――そして、終局が始まろうとしていた。



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最終更新:2009年02月21日 19:19