ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL
第21話 Mobius1 VS Yellow13
戦場と化したクラナガン市街地――。
ベルツ率いる陸士B部隊はその兵力全てを持って、ガジェットによる防衛線の切り崩しにかかっていた。
彼らの武装は多くがアサルトライフルやサブマシンガンで重火器は少ないが、ベルツたちはそれを高い士気で補っていた。
「正面、ガジェットⅠ型が四!」
「お帰り願え!」
行く手を遮るように現れたガジェットの群れに対して、ベルツは真正面から挑んだ。レーザーの青い閃光が途切れることなく飛んでくるが、
彼は冷静な思考を保ち、アサルトライフルの照準を合わせ、引き金を引く。
短い間隔で放たれた魔力によって雷管を発火させる弾丸は、的確にガジェットⅠ型のカメラを撃ち抜き、機能不全に陥らせた。盲目になった
哀れな彼らはなおもレーザーを乱射するが、闇雲に撃って当たるものでもない。陸士たちはこの隙に接近、至近距離でアサルトライフルの弾丸
を叩き込み、Ⅰ型を掃討していく。
「――まずい、伏せろ!」
だが、Ⅰ型の掃討を部下に任せて周囲を警戒していたベルツは叫ぶ。ビルの陰から巨大な球体、ガジェットⅢ型が姿を現していた。
Ⅲ型の放つレーザーはⅠ型のそれに比べてはるかに威力が高く、二本のアームによる格闘能力も脅威だった。
青白い閃光が市街地を走り、退避が間に合わなかった陸士たちを吹き飛ばす。ベルツは舌打ちしてアサルトライフルをフルオートで連射する
が、Ⅲ型の装甲はやはり頑丈だった。銃弾はことごとく弾かれてしまう。
「無反動砲は……!?」
ひとまずビルの陰に身を寄せ、手近にいた部下に無反動砲はないか聞いてみるが、返事が無い。肩を叩くと、部下はその場に崩れ落ちてしま
った。よく見たら顔面をレーザーで撃ち抜かれ、潰されていた。
くそ、と吐き捨てるベルツだったが、突然空から大量の魔力弾が降ってくるのが見えた。降り注がれた魔力弾はガジェットⅢ型の中でも唯一
装甲が薄い上面を貫き、爆発。戦闘機と違って陸士部隊の進撃スピードに速度を合わせられることから、近接航空支援を受け持った本局の空
戦魔導師の援護だった。
「ったく、世話が焼けるぜ、陸の連中は」
「サンキュー、助かった。終わったら一杯おごるぜ、兄弟!」
「楽しみにしておく」
空に浮かぶ空戦魔導師と短いやり取りを終えて、ベルツは部下を率いてさらに前進する。
地上からクラナガン奪回を図る陸士部隊は本局の空戦魔導師の援護の下、ガジェットの防衛線を突破しつつあった。
だが、空の戦況は、決していいとは言えなかった。
ドックファイトにもつれ込んだはいいが、やはり絶対的な戦力差は地上本部戦闘機隊の技量をもってしても、覆すことが出来なかった。
「この野郎……!」
Mir-2000を駆るスカイキッドもまた、後ろについた敵機Su-35を振り切ろうと必死になっていた。
同時に複数の目標を攻撃できる中距離空対空ミサイルが使えれば、こんな奴らはあっという間に蹴散らせそうな気もする。だが、クアットロ
が"ゆりかご"艦内から仕掛けてくるECM(電波妨害)がそれを許さない。空中管制機ゴーストアイのECCM(対電波妨害)でどうにか通信とレーダー
が使えるのが今の状態だ。
安全のため身体を固定するハーネスをあえて緩めて、スカイキッドは身を乗り出して振り返り、後ろのSu-35の様子を伺う。とっくの昔に短距
離空対空ミサイルの射程に入っているのに撃ってこないのは、機関砲でなぶり殺しにしたいからだろうか。
――無人機の癖に舐めやがって。
人間様を舐めるな、とスカイキッドは操縦桿を引き、愛機を急上昇させる。そのまま宙返りを打つのかと思いきや、彼は途中で操縦桿をなぎ
払い、もう一度引く。ぐるりと回転する視界に、次の瞬間襲い掛かってくるG。ハーネスを緩めていたせいで、身体をコクピットの至るところ
にぶつけてしまった。
それでも、スカイキッドは酸素マスクの中で笑みを浮かべた。Su-35はこちらが宙返りするものと思いそのまま上昇を続けていたが、彼の機体
は宙返りを途中で打ち切り、ロールでひっくり返って機首を下に向け、Su-35をオーバーシュートさせたのだ。
もらった――無様な後姿を見せるSu-35に向かって、迷わずスカイキッドは機関砲の引き金を引く。放たれた三〇ミリの赤い曳光弾はSu-35の
左主翼を粉砕し、コントロール不能に追い込んだ。
「スカイキッド、スプラッシュ1……」
くるくると回転しながら落ちていくSu-35を尻目に、スカイキッドは機体を水平に戻し、周辺警戒を行う。
視線を巡らせると、二時方向、かすかに見える黒点が市街地に向かって降りていく――なんだって、まずいぞ。
「こちらスカイキッド、敵機が一機抜けた! 地上部隊は警戒を……うお!?」
通信機に向かって怒鳴っている最中に、コクピットにロックオン警報が鳴り響く。視線を上げると、二機のSu-35がこちらを狙って急降下して
きた。どうやら、他人の心配をする余裕はもらえないらしい。
くそったれ――歯を食いしばり、スカイキッドは操縦桿を引いて敵機に挑む――上等だ、叩き落してやる!
低空へと降りていった一機のSu-35は、市街地上空を飛行する一機のヘリに狙いを定めていた。
そのヘリは、機動六課の新人フォワード部隊を搭載した、アルトの操縦するものだった。
「こちらゴーストアイ、警告! 敵機が接近しているぞ!」
「了解、了解――ええい」
管制機ゴーストアイからの警告を聞くまでも無く、アルトは後方から迫るSu-35を目視、急機動を繰り返す。
とは言え、所詮はヘリの機動力である。超音速を超えるスピードを発揮し、その上低速域でも優れた安定性を誇るSu-35を簡単に振り切れるは
ずもない。
アルトは操縦桿を薙ぎ払い、派手にロールを打つ。でたらめな急機動だったが、Su-35の放った三〇ミリ機関砲を回避するにはこれしかない。
もっとも、おかげでキャビンのティアナたちはひどい目にあってしまう。
『うわあああ!?』
「ごめん、みんな! しっかり掴まってて!」
悲鳴を上げ、頭を機内にぶつけるスバル、尻餅をついてしまうティアナ、キャビンの中を転がるエリオ、手すりに必死にしがみつくキャロ。
とりあえず謝った上で、アルトはヘリの高度を思い切り下げて、ビルの立ち並ぶ市街地の合間を縫うように飛ぶ。
こういうとこなら、さすがの戦闘機も――そう思ってレーダーに視線を送るアルトだったが、それがどうしたと言わんばかりにSu-35は食らい
ついてくる。無人機ゆえ、普通のパイロットなら感じるであろうビルや地面への衝突と言う恐怖を感じることが無いのだ。
「……アルト、ハッチ開いて!」
「えぇ!?」
「いいから早く!」
その時、何を思ったのかティアナがクロスミラージュを引き抜き、アルトにヘリのハッチを開けるよう指示してきた。
「冗談じゃないよ、ハッチ開けたらスピードが落ちちゃう……!」
「このまま普通に飛んでも落とされるだけよ!?」
「ああもう、了解了解」
半ばやけくそ気味にアルトは手元のスイッチに手を伸ばし、ヘリのハッチを開く。途端にキャビンに強い風が吹き込んできて、冷たい外気が
ティアナたちを襲った。その向こうには、好機と見たのか急接近してくるSu-35の姿が。
ティアナはすっと息を吸い込み――クロスミラージュを右手一つで構え、引き金を引く。放たれた一発の魔力弾はまっすぐ飛び、Su-35に限ら
ずあらゆる航空機の無防備な点、エアインテークに吸い込まれる。
数瞬の後、Su-35はエンジン部で派手な爆発を引き起こし、バラバラになりながら地面に落ちていった。
くるくるくるくる、パシッ。ガンマンの如くクロスミラージュを手の中で回転させ、ティアナは最後にそれを止めて、呟く。
「ざっと、こんなもんよ」
何でもない、当然のことをしただけ、と言ったような表情を浮かべるティアナの横顔には、すでに出撃前の不安の色は消えうせていた。
一方で、地上本部跡地。
一人の魔導師が空と地上で繰り広げられる戦火の嵐を眺めていた。名を、ゼストと言う。
――解放のための戦火、か。レジアス、これが貴様の目的か?
瓦礫を掘り起こしてようやく見つけたかつての旧友は、ほとんど爆心地の中心にいたにも関わらず、眠っているような状態で死んでいた。それ
も、武人として自分に出来ることは全てやり尽くしたような、安からかな死に顔だった。
羨ましい、と彼は思う。レジアスは自分の犯した罪と正面から向き合い、そして死んだのだ。だと言うのに自分ときたら、今や死んでいないだ
けの無意味な生を甘受し、スカリエッティの手駒同然になっている。
今から管理局に投降する――それも、考えはした。だがルーテシアは依然としてスカリエッティに付き合う様子だし、何より武人としての血が
それを許さない。
ならば最後は武人らしく散るか。それが、もっとも自分にふさわしい死に方のような気がした。
この場に黄色の13がいたら止めに入るだろう、だが彼はあいにく別任務で空にいる。
「旦那……」
傍らの妖精、アギトは不安そうな表情を浮かべている。目的を失った今、彼が何をしでかすのか分からないのが原因なのは明確だ。
「お前は付き合わなくていい」
自身のデバイスを手に取り、ゼストは立ち上がる。陸士たちによる奪回部隊は、もうすぐそこまで迫ってきていた。
「冗談、あたしはとことん付き合うよ」
「……勝手にしろ」
どうせ言ったところで聞きはしまい。炎のユニゾンデバイスは「そうこなくっちゃ!」と頷き、ゼストに続く。
ふと、彼は空の様子がおかしいことに気づき、天を見上げる。
響き渡るのはジェットの轟音。それらがいくつか連なって、低空へと降りてきていた。
戦闘機隊が取り逃がした敵機は、ティアナが撃墜した一機だけではなかった。
たった五機のSu-35だったが、それらが低空へと舞い降り、順調に進攻していた陸士と空戦魔導師部隊に襲い掛かる。
ガジェットⅡ型とは訳が違う性能を誇るSu-35は、空戦魔導師たちをいとも簡単に蹴散らしていく。
「くそ……ダメだ、このままでは全滅する! 我々は一時後退する!」
消耗を恐れた空戦魔導師たちは急ぎ後退――引き上げていく彼らを見ていたベルツは、どうにもいやな予感がしてならなかった。
そして、それは見事に的中してしまう。これまで一度か二度程度しか出現しなかったガジェットⅢ型の群れが、一斉に姿を現してきた。
「くそったれ! おいソープ、そこでくたばってる奴の大型通信機かっぱらって来い! 増援を呼ぶ!」
Ⅲ型の猛攻に苦し紛れのような銃撃で抵抗しながら、ベルツは信頼する部下に命じて、戦死した陸士のうち一人が担いでいた大型通信機を持って
来るよう命じた。並みの人間なら恐れるばかりで動くことすら敵わない弾幕の中、部下は通信機を引っ張ってきてくれた。
「使えるかどうか分かりませんよ!?」
「やってみりゃ分かる。こちらB部隊ベルツ、敵の猛攻に晒されている、増援を! もはや我、戦力無し!」
アサルトライフルの弾が切れた。ベルツは通信機のマイクに向かって怒鳴りながら、瓦礫に身を隠しつつサイドアームの拳銃を引き抜いていた。
増援要請を受けて真っ先に向かったのは、アルトの操縦する機動六課のヘリだった。新人フォワード部隊を降下させると、素早く戦場を離れる。
そうでなければ、またSu-35に追い掛け回される羽目になってしまうだろう。
降下したティアナたちだったが、そこにベルツたちからとはまた違う増援要請が入ってきた。どうやら、召喚獣が暴れているらしい。
「……部隊を二つに割くしかないわね。エリオとキャロ、そっちの方に向かって。あたしとスバルが、B部隊の援護に――!?」
指示を下している最中、ティアナは得体の知れない殺気を感じ取った。
「散開、命令どおりに二人は動いて!」
「りょ、了解……!」
「ご無事で!」
ただちにエリオとキャロから別れて、ティアナはスバルと共にその場を離れる。直後、飛び込んできたのは緑色の弾丸の雨。戦闘機人オットー
によるものだ。
「ティア、こいつら戦闘機人……!」
「みたいね――通せんぼってことかしら」
跳躍し、オットーからの攻撃をよける二人。だがそこに、手近にあったビルから突然砲撃が浴びせられる。狙われたのは、ティアナの方だった。
回避は――間に合わない!
せめて爆風による巻き添えだけは防ごうと、ティアナは咄嗟にスバルを蹴り飛ばす。「ティア!?」とスバルの方は訳が分からない、と言った
感じの表情を浮かべていたが、次の瞬間には当のティアナに砲撃が命中。寸前で跳躍したので直撃ではなかったものの、彼女の身体は弾き飛ば
され宙を舞い、ビルへと突っ込んでしまう。
「っく!」
外壁を突き破り、背中が激しく痛んだ。それでも立ち上がった彼女はただちにスバルと合流しようとして、異変に気づく。外に出ようとしても、
何か目に見えない障害物があって、出るに出られない。
――これは、封鎖結界!?
よりにもよって孤立させられてしまった。かなり強固な結界のようだから、単独で破壊するのはたぶん無理だろう。
「ティア、大丈夫!? 怪我は!?」
「大丈夫よ。あんたはB部隊の支援に行って。あたしは……」
念話はなんとか通じるらしく、外のスバルの心配そうな声が聞こえた。だが、今のティアナにはそれに構っていられる余裕はない。
「――あたしは、こいつらを片付けてから行くわ」
彼女はスバルとの念話を断ち切った。ビルの内部、前に立ちふさがるのはナンバーズのウェンディ、ノーヴェ、ディード。
「馬鹿じゃねぇの? この戦力差を埋められるなんて……」
「正気とは思えないッスねぇ」
各々、装備を構えて彼女たちはティアナを小ばかにしたような言葉を放つ。
それでも、ティアナの表情が変わることはなかった。冷静にクロスミラージュを引き抜き、二丁拳銃のスタイルに。
「正気じゃないのは、あんたたちの方よ」
「あぁん? 何を言って……」
ノーヴェの言葉を遮るように、ティアナは顔を上げた。
その表情には、恐れなどが微塵も感じられない。まるで、歴戦の戦闘機乗りのような――メビウス1のような、"エース"の面構え。
やれるのか? と自分の中で、誰かが問いかけてきた。相手は三人、戦力差はいかんともしがたく、さらにいずれもが強力な能力を持っている。
だから彼女はこう答える。それが何よ、と。こっちは"リボン付き"のお墨付き。むしろ相手にとって不足無し。
ティアナが漂わせる、ただならぬ雰囲気に、ナンバーズの三人はわずかにたじろぐ。
「……怯むな、あたしたちだって伊達に13から指導してもらった訳じゃない」
それでも闘志を奮い立たせ、ノーヴェは構える。他の二人も、それに従った。
上等じゃない――ティアナもクロスミラージュを構え、戦闘態勢に。ナンバーズたちを、全力で迎え撃つ。
「――スターズ4、交戦!」
それは、以前機上無線で聞いた、戦闘開始を意味する言葉。単なる通信コードとしてだけでなく、自身を奮い立たせるもの。彼女の口から放た
れたそれは、ISAF空軍のエースと同じものだった。
はっと、メビウス1はF-22のコクピットで周囲を見渡す。どこかで、ティアナが自分の名を呼んでいるような気がしたからだ。
「どうした、メビウス1?」
傍らを飛ぶヴィータが怪訝な表情を浮かべていた。メビウス1は「いや、なんでもない」と首を振って答える。
――そうか、お前も戦いを始めたか。頑張れよ、お前ならやれる。
メビウス1は胸のうちでティアナに向かって呟き、正面に浮かび上がる巨大な目標に目をやった。
全身を七六ミリ速射砲と二〇ミリCIWS対空機関砲で固めた、鉄壁の要塞。古代ベルカの遺産である"ゆりかご"が、そこにある。
目標までの距離はあと二〇マイルほどあるはずなのだが、あまりの巨大さゆえメビウス1はレーダーに表示される数値の方を疑ってしまう。
「……まるで、XB-10だな」
かつてユージア大陸でクーデターが起こった時、クーデター軍が投入した超大型爆撃機。メビウス1は、"ゆりかご"を見た時、真っ先にそれを
イメージした。しかも、XB-10はかつて世界に向かって戦いを挑んだベルカ公国の技術が入っている。
古代ベルカの空中要塞と、ベルカ公国の技術が入った超大型爆撃機。偶然とは言え、メビウス1は不思議な縁を感じていた。
――いや、XB-10はスカーフェイス1が撃墜した。こいつも落とせなくはないはずだ。
とは言っても、自分一人では落とせない。そのために、彼はなのはとヴィータをここまで護衛してやって来た。
「こちらゴーストアイ、突入口は戦闘機のカタパルトを使う。確認できるか?」
「……見えました」
ゴーストアイからの問いかけに、なのはが答えた。彼女の視線の先には、"ゆりかご"下部に設置された戦闘機用の離発着用カタパルトがある。
そこから侵入し、動力炉並びにおそらくは"ゆりかご"起動のためのキーになっているヴィヴィオがいるであろう、通称"玉座の間"を破壊する。
外面からでは無理でも、これなら"ゆりかご"は中核にダメージを受けて機能を損失するはずだ。
その時――メビウス1は、F-22のレーダーに反応があったことに気づく。速度、マッハ2。機影は一機だけだが、高速でこちらに接近しつつあ
る。メビウス1はこの機影に、覚えがあった。
「来たな……接触まであと三〇秒。スターズ1、スターズ2、五秒後にAMRAAMを全弾"ゆりかご"に撃ち込む。その隙に突入しろ。対空砲火はあ
る程度ミサイルが引き付けてくれるだろうけど、完全じゃないからな。気をつけてくれ」
「了解――え、ぜ、全弾!?」
なのはは思わず聞き返す。確かに、F-22に搭載されている残り八発のAIM-120AMRAAM中距離空対空ミサイルが全弾放たれれば、ハリネズミのよう
な武装の"ゆりかご"に接近しやすくなるだろう。だが、そんなことをすればメビウス1の手持ちの弾薬は短距離空対空ミサイルAIM-9サイドワ
インダーと機関砲のみになってしまう。接近中の機影は、それだけで相手するには厳しい実力を持っている。
「そんなことをしたら……」
「馬鹿。残りの兵装だけでも勝てるさ――ヴィヴィオを助けてやれ。きっと待ってる」
あくまでも心配そうな表情を浮かべるなのはに向かって、メビウス1は不敵に微笑んでみせた。
なのははそんな彼を見て、意を決したように正面に向き直った。目標は戦闘機のカタパルト、対空砲火に掴まらないよう、まっすぐ高速で突っ切
る。
「よし……レーダーロック。メビウス1、フォックス3!」
メビウス1は、ミサイル発射スイッチを連打。主翼下、胴体内ウエポン・ベイに搭載されていたAIM-120が全弾空中に切り離され、ロケットモー
ター点火。魔力推進の白い航跡を描きながら、"ゆりかご"に向かって突き進む。
「行け、ヴィータ、なのは! ヴィヴィオを頼む!」
「了解、任せとけ!」
「――了解。メビウスさん、ご無事で!」
「お前たちもな」
互いに敬礼を交わし、二人と一機は編隊を解く。
放たれたAIM-120に反応した"ゆりかご"の速射砲と機関砲は、即座に射撃を開始。速射砲は轟音を上げ、機関砲は野獣のうなり声のような音を立
てて分厚い弾幕を張る。たちまち先行した四発のAIM-120は対空砲火に引っかかり、使命を果たすことなく爆発してしまう。
それでも残った四発はどうにか対空砲火を潜り抜け、"ゆりかご"の外面に到達。複合装甲で覆われた本体にダメージは与えられなかったが、爆
風と破片が飛び散り、いくつかの機関砲をずたずたに引き裂いた。
わずかに弱まった対空砲火、それでも空中に咲く黒々としたガン・スモークは近づく者を威圧する。勇気を振り絞り、なのはとヴィータはその
最中を潜り抜けていった。
二人が無事に目的地にたどり着いたのを見届けたメビウス1は安堵のため息を吐き、すぐに頭を切り替える。
レーダーによれば、もう接近中の機影は視認可能な距離にまで近付いていた。
どこだ――メビウス1はキャノピーの外に広がる群青の世界に視線を巡らせる。
「決着をつける時が来たな、リボン付き」
彼が機影を見つけるのと、通信に聞き覚えのある声が入るのはほぼ同時だった。
双発のエンジン、空気力学的に優れた機体。全体を灰色主体の迷彩で彩り、主翼と垂直尾翼、尻尾に見える後方警戒レーダー用のレドームの先
端を黄色で塗ったSu-37。機首には同じく黄色で「13」の文字。
エルジア空軍のエース、黄色の13が、そこにいた。
「13……やっぱりあんたか」
「ああ。妙なものだな、あの時も首都上空だった……」
黄色の13に言われて、メビウス1はそういえば、と過去を振り返る。ユージア大陸戦争末期、彼と黄色の13が決着をつけたのもエルジアの
首都ファーバンティ上空だった。今回もまた、同じ首都、クラナガンの上空である。
「――13、あんた、自分のやっていることが分かっているのか? スカリエッティはテロリストだぞ?」
「知っている」
「ならどうして……」
そこだけが、メビウス1にとって大きな疑問だった。彼は戦闘機乗りとして、エースとして、誇り高い人間だったはず。それなのに、テロリスト
の一味に加わっている。以前ぶつけた疑問を、彼は改めてここで問う。
「――下で、俺の教え子たちが戦っている。俺は、あの戦争である少年の家族を奪った。教え子たちはスカリエッティに生み出されたんだ」
「罪滅ぼしに親孝行を手伝うってのか? 馬鹿言え、やってることはテロだぞ」
「テロか。確かに……俺は、自分の痩せこけた良心を満足させるために戦っているのかもしれん。だが……」
黄色の13のSu-37は、上昇。そのままメビウス1のF-22とすれ違う。
「それでも俺は、彼女たちを見捨てる訳にはいかない」
「――この、分からず屋め」
通信は、切れた。二人のエース、二機の戦闘機は旋回し、互いに正面から向き合う。
互いに、譲れないものがあるから。異世界の空を舞台に、メビウス1と黄色の13は、再び激突する。
「メビウス1、交戦!」
「黄色の13、交戦!」
青空のただ中、過去と未来の絆。
交差するのは、人の力強き翼。リボンと黄色。
"エース"と呼ばれた――人の、力強き翼。
交差した二機はそれぞれ相手の後ろに回り込もうと、複雑な螺旋を描く。
メビウス1は正面に黄色の13を捉えるが、黄色の13はただちに操縦桿を捻り、強引にSu-37の機首を沈み込ませ、メビウス1のF-22をやり過ご
す。そのままF-22が行き過ぎるのを見計らって、黄色の13は再び操縦桿を捻り、F-22の背後に回る。
だが、メビウス1も即座にエンジン・スロットルレバーを叩き込んでF-22を急上昇させる。以前のF-2と違って大出力のF119エンジンを搭載した
機体は鋭い機動で天に昇り、機首を下に下げて眼下の黄色の13を捉える。
捉えた――!
ひっくり返った視界の中、メビウス1はGに晒されながらも指を動かしウエポン・システムを操作。兵装、AIM-9を選択。ミサイルの弾頭がただ
ちにSu-37のエンジンから放たれる赤外線を捉える。
その瞬間、黄色の13はエンジン・スロットルレバーを引き下げ、操縦桿も折れんばかりに手前に引く。ふわっとした無重力のような感覚がSu-37
のコクピットの中に舞い降りる。Su-37は速度を一気に下げつつ、機首を天に上げる。フランカーファミリー伝統のコブラ機動だ。空中で一瞬
静止したかのような急減速にメビウス1のF-22は対応しきれず、Su-37を取り逃がしてしまう。
「しまった――!」
メビウス1はただちに操縦桿を薙ぎ払い、機体を急降下させて増速。一回転して水平に戻ったF-22は高度を下げて逃げようとするが、すでに黄
色の13はR-73短距離空対空ミサイルの弾頭を起動させていた。弾頭はF-22の機影を捉える。
「フォックス2」
静かに、黄色の13はミサイル発射スイッチを押す。主翼下に搭載されたR-73は白煙を噴きながら勢いよく放たれ、メビウス1のF-22に向かっ
て突き進む。
コクピットに響く、耳障りなアラート。メビウス1は後方を振り返り、突っ込んでくるR-73を視認するとフレアの放出ボタンに手を伸ばす。
待て、まだ早い――今だ!
出来ることなら今すぐ機体を放棄したい。そんな恐怖心を心の片隅に追いやり、メビウス1はR-73をぎりぎりまで引き付け、ここぞと言うタイ
ミングでフレアを放出させ、操縦桿を右手前に引く。F-22は赤外線誘導のミサイルを幻惑するフレアを放出しながら、左主翼を垂直に立てて右
に急旋回。あっという間に正面のHUDに表示されるGメーターの数値は九にまで吹っ飛び、メビウス1の身体を容赦なく締め上げる。
腹の底から唸り声を上げて、メビウス1は操縦桿を引き続ける。汗が滲み出てきて不快な感覚が体中に走るが、構っていられない。
右に急旋回を続けるF-22は、主翼の先端に水蒸気による白い糸を引きながらミサイルから必死に逃れようとする。
R-73はフレアに幻惑され、爆発。衝撃がF-22を揺さぶるが、機体に損傷はなかった。
「避けられた……!?」
驚き、黄色の13はさらにメビウス1に追撃を仕掛けるべく後方から接近。だが、その寸前にメビウス1は操縦桿を左に倒し、ついで右に。
F-22は左にロールするかと思いきや、右にロールして逃げを打つ。黄色の13はまんまとフェイントに引っかかり、メビウス1を逃がしてしま
う。
小癪な真似を――!
左に行き過ぎた黄色の13は振り返り、メビウス1の位置を確認。素早い立て直しで、早くもF-22はSu-37の後方に取り付こうとしていた。
コブラ機動はダメだ、二度も同じ手を食うほどリボン付きは馬鹿ではない。そう考えた黄色の13はロックオンされないようあらかじめフレア
を放出し、機体を横滑りさせて逃げを打つ。だが、その瞬間機体のすぐそばを赤い曳光弾が飛び抜けていく。機関砲なら直接照準するため、フ
レアなど関係ない。メビウス1はそれを見越して撃ってきた。
舌打ちして、黄色の13は操縦桿を右に倒し、引く。先ほどのF-22と同じく、9G旋回。自身の体重の九倍もの重力が容赦なく圧し掛かり、黄色の
13はたまらず苦悶の表情を浮かべた。
首は高いGであまり動かせない。彼は目玉だけを動かし、どうにか後方、自分を追ってくるF-22の機影を捉える。
――このまま我慢比べをやってもいいが、キツいな。
わずかな逡巡の後、黄色の13は操縦桿を突く。たちまち圧し掛かっていたGが消え、次の瞬間上に引っ張り挙げられるようなマイナスのGが彼の
身体を襲う。Su-37は右旋回の途中に機首を強引に下げたため、実質左旋回に。
「くそ!」
一方、Su-37を追いかけて右旋回中だったメビウス1は突然の黄色の13の方針転換に反応が遅れ、取り逃がしてしまう。先ほど自分がやった
フェイントと似たようなものだった。やはり、一筋縄ではいかない。
Su-37はF-22を振り切ると、主翼を翻して、急降下。雲を突き抜け、一気に低空へと舞い降りる。メビウス1も後を追い、Su-37を追撃。
――どこまで降りる気だ。
高度計の数値はおかしくなったような勢いで減っていく。眼下にはクラナガンの市街地。このまま急降下を続ければ、引き起こしが間に合わず
地面に激突する羽目になる。
その時、黄色の13のSu-37の機首が跳ね上がった。高度五〇フィートの低空で、ようやく水平飛行に。メビウス1も操縦桿を引いて、F-22を
引き起こす。どうやら地面に道連れのダイヴをやるつもりではなかったようだ。
好機と見たメビウス1は、Su-37にロックオンを仕掛ける。高い電子音が鳴り響き、AIM-9の弾頭がSu-37をロックオン。
「メビウス1、フォックス2!」
発射スイッチを押して、AIM-9を発射。放たれた魔力推進のAIM-9はSu-37に向かって加速する。
ところが黄色の13は何を思ったのか再び高度を下げていく。その先には、立ち並ぶいくつものビルがあった。
まさか、と思ったが、黄色の13はやってみせた。ビルとビルの合間を縫うように飛行し、旋回。彼を追ったAIM-9は同じようにビルの合間に
飛び込み、途中でビルの壁面にぶつかり爆発する。
なんて奴だよ、畜生――。
驚愕するほか無かった。ビルとビルの合間をSu-37のような大型機で飛ぶなど、正気ではない。しかし、黄色の13はそれをやってのけ、さらに
ビルを利用してミサイルを回避してみせた。
ビルの合間を飛びぬけた黄色の13は上昇し、メビウス1と正面から対峙。メビウス1はただちにロックオンを仕掛けようとして、Su-37の主翼
の付け根で光が瞬くのを目にし、ラダーを蹴飛ばし機体を横滑りさせる。直後、F-22の傍らをかすめ飛ぶのは赤い三〇ミリの曳光弾。
黄色の13のSu-37はF-22と交差し、急上昇、反転。素早い機動の連続でF-22の背後を取る。
「ゲームオーバーだ、リボン付き!」
通信機に、黄色の13の声が入る。同時にロックオンの警報音もコクピットに鳴り響く。この距離では、おそらくどんな機動でも回避できまい。
フレアをばら撒いたところで結果は同じだ。
だが――メビウス1は、諦めなかった。
エンジン・スロットルレバーを思い切り引き下げ、操縦桿を左に倒す。F-22は右主翼を天に向けて、一気に減速する。
F-22の左主翼の先端の先には、Su-37のコクピットがあった。
「!」
常人なら、おそらく反応できまい。黄色の13のズバ抜けた動体視力は突っ込んできたF-22を捉え、ただちに操縦桿を突いて機首を下げる。
もしかしたら、F-22の主翼とSu-37の垂直尾翼が接触したかもしれない――それほどにまでぎりぎりの距離だったが、どうにか二機は空中衝突
せずに済んだ。だが、結果としてF-22はSu-37の後方に着いたことになる。
――さすがだよ、13。あんたじゃなければ、今のは反応できなかった。並みのパイロットなら、今頃空中衝突だ。
酸素マスクから流れてくる酸素を貪るように吸いながら、メビウス1の思考はどこか冷静だった。
ウエポン・システムに手を伸ばし、機関砲を選択。チャンスはおそらくこれが最後、二度目はない。
――互いに譲れないものがある。だから、俺はあんたに最高の敬意として、機関砲を撃つ。
「ガンアタック、当たれ!」
叫び、彼は引き金を引く。F-22の主翼の付け根に搭載されたM61A2、二〇ミリ機関砲が唸り声を上げ、赤い曳光弾を放つ。
放たれた機関砲の弾丸は、Su-37の右エンジンを貫いた。
「ぐ!」
金属ハンマーで背中を叩かれたような衝撃が、黄色の13を襲う。視線を下げて機体のダメージを確認すると、被弾した右エンジンの内部温度
が急激に上昇していた。このままでは爆発してしまう。
ただちに右エンジンへの燃料供給をカットし、機能を停止。空中爆発の危険は失せたが、これで右エンジンは完全に死んだ。もう、メビウス1
の駆るF-22には勝てないだろう。そうでなくとも電気系統にもダメージがあったのか、ウエポン・システムがダウンしていた。今のSu-37はも
はや的でしかない。
「――さすがだ、リボン付き。とどめを刺せ」
完敗だ、と黄色の13は操縦桿から手を離す。
ところが、メビウス1から送られてきた通信は、彼にとって意外なものだった。
「……13、操縦系統はまだ生きてるよな? 西に二〇〇キロ飛べ、俺たちの母艦がいる。お前の態度次第では、拾ってくれるはずだ」
「――何!? 貴様、見逃すと言うのか!?」
「そうじゃない。攻撃能力を失ったお前を相手にするほど暇でもなけりゃ、弾薬や燃料に余裕がある訳じゃない――命は大事にしろよ」
「待て、リボン付き!」
黄色の13は叫ぶが、メビウス1は聞いていないのか、アフターバーナーを点火して空域を離れていく。
残された黄色の13は呆然と、ただまっすぐ空を飛んでいた。
最終更新:2009年02月21日 19:50