THE OPERATION LYRICAL_22後編

その"ゆりかご"と言えば、動力炉が破壊されたことで出力不足を起こし、ハリネズミだった対空砲火も陰りを見せていた。
F-22を駆るメビウス1は、対空砲火が弱まったことでさらに突入することになった空戦魔導師の援護を行っていた。

「綺麗に並んでやがるな……」

機体を上昇させ、メビウス1は眼下の"ゆりかご"上面に設置された速射砲と対空機関砲の群れに眼をやった。機能を停止しているものも多いが、
それでもまだ半分はメビウス1のF-22に反応し、矛先を向けてきた。
エンジン・スロットルレバーを叩き込み、アフターバーナー点火。F119エンジンが咆哮を上げ、F-22は一気に加速し、"ゆりかご"に接近する。
速射砲の放つ砲弾が近くで爆発し、機関砲から撃ち出される弾丸の雨はしかし、F-22を捉えることが出来ない。出力不足のため、搭載する火器
管制システムも機能不全に陥っているのだろう。
メビウス1はそれらに向かって迷わず、機関砲を叩き込む。固定目標ゆえ、外すことは絶対にあり得ない。
二〇ミリの弾丸は速射砲の砲身を叩き割り、対空機関砲の砲塔を粉砕していく。これで、後続の空戦魔導師も突入しやすくなるはずだ。
――とは言え、長居は無用か。
精度が悪いとは言え、ずっと狙われっぱなしと言うのも気分が悪い。メビウス1は残った対空砲火に掴まらないよう、ラダーペダルを交互に踏
んで機体にランダムな機動を繰り返させながら上昇、射程内より離脱する。

「ゴーストアイ、"ゆりかご"内部の状況は?」

先に突入したなのはとヴィータ、さらに続けて突入したはやてのことが気になり、メビウス1はゴーストアイに問う。戦場の情報の一斉統括も
行っているゴーストアイなら、内部の状況も詳しく知らされているだろう。

「こちらゴーストアイ。スターズ2が動力炉の破壊に成功したが、戦闘続行は不能だ。ロングアーチ、八神二佐が救出済み……スターズ1は現
在、"玉座の間"にて交戦中」
「交戦中……了解、新しい情報があったら教えてくれ。通信終わり」

メビウス1は高度を落とし、"ゆりかご"と並ぶように飛び、ディスプレイを操作してデータを呼び出し、"玉座の間"の位置を確認する。後付け
された戦闘機のカタパルトからそう離れていない位置にあるが、何せ艦内だ。今のメビウス1には、せいぜいなのはが無事、ヴィヴィオを取り
戻してくれるのを祈るほか無い。

「なのは……くれぐれも、無理はするんじゃないぞ」


「助けるよ……」

その"玉座の間"にて、長年の相棒、レイジングハートを構えて、なのははしかし、優しさと力強さに満たされた笑顔を浮かべていた。
目の前の聖王化したヴィヴィオはバインドで拘束している。狙いは絶対に、外すことはない。

「ヴィヴィオ、ちょっとだけ……痛いの、我慢できる?」

我が子同然のヴィヴィオを救うためとは言え、これは荒治療。確認の意味を込めて、なのはは正気は取り戻したが、身体は依然として抵抗しよう
とするヴィヴィオに問う。

「うん……」

はっきりと、ヴィヴィオは頷いてくれた。強くなったね、となのはは感慨深げにそれを見つめ――文字通り最後にして最強の切り札、ブラスター
モードのレベルⅢを起動。足元に大きな、桜色の魔力陣が展開される。
さらに周囲に浮かび上がるのは、四つのブラスタービット。これらが加われば、もはや撃ち抜けないものは何もない。
おそらくは、ヴィヴィオの魂に纏わりつくこの邪悪な鎧さえも。
照準をヴィヴィオに合わせ、全ての準備は整った。防御を抜いて魔力ダメージのみで、体内にあるレリックの破壊を狙う。

「全力全開――スターライト……」

桜色の魔力が、レイジングハートとブラスタービットに集まっていく。

撃ち砕け、邪悪な鎧を。解き放て、愛しき子を。そして帰ろう、みんなの元に。あの何でもない、しかし楽しかった日常に。
きっと、彼も待ってくれているから。

「ブレイカァァァー!!」

ごう、と空気が唸りを上げる。桜色の閃光は星の光のごとく瞬き、ヴィヴィオを飲み込んだ。


完全に、全ての力を使い果たした。もう立ち上がることさえ、困難だった。
しかし、閃光が終わったその時、なのはは目を見開いた。えぐられたクレーターの中央に、鎧を砕かれ、元に戻ったヴィヴィオが、そこにいた。

「ヴィヴィオ……」

レイジングハートを杖代わりにしてよたよたと歩き、彼女はヴィヴィオに向かおうとする。だが、その行動はヴィヴィオ自身の言葉によって遮ら
れる。

「来ないで……!」
「!?」

歩みを止めて、ようやく気付く。ヴィヴィオは、一生懸命、自分の足で立とうとしていた。
転んだ時、自分一人で立てなかったこの子が、自分の足で――。

「強くなるって、約束したから……」

ヴィヴィオが続けて放った言葉を聞いて、なのははいてもたってもいられない気分になった。立ち上がることさえ困難のはずの身体は走り出し、
クレーターを駆け下りて、ヴィヴィオをぎゅっと抱きしめた。
これで、全てが終わった。
まるでその時を待ち構えていたかのように、同じく艦内に突入してきたはやてが、リインフォースとユニゾンした状態で、崩れた瓦礫の隙間を
通ってやって来た。

「なのはちゃん!」
「はやてちゃん……」

二人は顔を見合わせて、頷く。もうやることは決まっている、さっさとこんなところからおさらばだ。
だと言うのに――どうやら、そうもいかないことを彼女たちは思い知らされる。

「う、ふふふふ……」
「!」

不意に声がして、なのはは振り返る。先ほど最大出力のディバインバスターで叩きのめしたはずの、クアットロがそこにいた。すでにその表情か
らは極限にまで追い詰められ、足取りもおぼつかないことから、意識を保っているだけでも奇跡的な状態なのは目に見えている。
そのはずなのに、クアットロは妖しい笑みを浮かべて、壊れた人形のようにふらふらと歩き、近付いて来る。

「……っ動かないで」

咄嗟にレイジングハートを構えるなのはだが、クアットロからは攻撃の意思が見当たらない。だが、何かたくらんでいることは確かなようだ。
警戒しながら彼女の動向を伺っていると、クアットロは突然、自身の手にあった何かの遠隔操作用スイッチを押した。
直後、艦内に響き渡る警告メッセージ。

「これは……!?」
「ふふふ……まったくもって、あなたたちは素晴らしいわ。"ゆりかご"も聖王も倒しちゃうなんて……だから、これはあたしからのご褒美……」
「――なのはちゃん、上!」

クアットロの言葉に理解しかねていると、はやてが叫ぶ。はっと視線を上げれば、"玉座の間"の天井を突き破り、四脚歩行のガジェット、通称Ⅳ
型が多数降下してきていた。その数は延々と増え続け、無機質だが凶暴な牙をこちらに向けてくる。

「この艦の最後の攻撃手段……残存していたガジェットを全て放出して、自分自身も三〇分後には自爆するシステム。フィナーレには打ってつけ
の手段ね」

自爆、と言う言葉になのはとはやて、リインフォースははっとなる。生存本能がひっきりなしに警告を送ってくる、すぐに逃げろと。
だが、逃げるには目の前のⅣ型を駆逐せねばならない。依然として高いAMF濃度のこの環境下で、それは恐ろしく時間を食う羽目になる。
要するに、Ⅳ型の相手をしていたらどの道"ゆりかご"は自爆してしまうのだ。

「――はやてちゃん、ヴィヴィオと彼女をお願い。私が時間を稼ぐ」

僅かな逡巡の後、なのはが口を開く。だが、当然その言葉の意味を、はやては知っていた。

「な!? なのはちゃん、それはあかん!」
「はやてちゃん、接近戦苦手でしょ? 大丈夫、まだ戦えるから……」

半ば強引に押し付ける形で、なのはは腕に抱えていたヴィヴィオをはやてに任せる。はやては戸惑い、迷った末――ヴィヴィオを腕に、クアット
ロを背中に乗せる。

「ママ……」
「大丈夫だよ、ヴィヴィオ――ママなら、すぐ戻ってくるから」

彼女なりに、状況を察知したのだろう。不安げな声を上げるヴィヴィオに向かって気丈にもなのはは笑って見せた。

「一撃撃って、進路を切り開く。はやてちゃんは全速力で、脱出して」
「了解……なのはちゃん、必ず戻るんやで」
「分かってるって」

不敵な笑みをはやてに見せ付けて、なのははレイジングハートを目の前のガジェットⅣ型の大群に向ける。
残り少ないカートリッジをロード。フラつく足元を気力でどうにか踏ん張ってみせ、なのはは叫ぶ。

「ディバイン――バスタァァァ!!」

レイジングハートから、巨大な桜色の閃光を放つ。進路上にあったⅣ型は回避しようと各々飛び上がるが、何機かは閃光に飲み込まれ、そうでな
くても脱出路を開けてしまう。

「行って、はやてちゃん!」
「……!」

なのはに言われ、はやては一瞬歩みを止めたが、思いを振り払って脱出路へと進む。そんな彼女に襲い掛かろうとしたガジェットⅣ型に向かって
なのははアクセルシューターを放ち、行動を止めさせた。
Ⅳ型の群れは悩んだ素振りを一切見せず、全てがなのはに振り向く。その数は視界いっぱいに映るほど。対照的に、彼女に残された力はあとわず
かしかない。

「――それでも、諦める訳には行かない」

レイジングハートを構え、なのははガジェットⅣ型の前に立ち塞がる。
絶望的な状況――だが、それがどうしたと言うのだ。この程度で屈していては、同じエースの彼に笑われてしまう。

「エースオブエースの名は、伊達じゃないんだから……!」

足元に魔力陣を展開。突っ込んできたⅣ型の群れに、彼女は正面から戦いを挑んだ。


「なのはが内部に残ってる!?」

ゴーストアイから新たにもたらされた情報は、メビウス1を驚愕させるのに十分なものだった。
ただちに救出部隊を編成して彼女を助けようと言う動きが出たが、それに待ったをかけたのはゴーストアイだった。

「駄目だ、突入は危険だ! サーモスキャンデータを確認したところ、"ゆりかご"内部ですでに崩落が始まっている! 各員、突入は禁止!」
「くそ……」

メビウス1は呪詛の言葉を吐き捨てる。地上の皆も同じ思いだったが、やむを得ない。
だが――だからと言って、諦めてしまっていいのだろうか。
メビウス1は計器に手を伸ばし、ゴーストアイから送られた"ゆりかご"内部のデータを呼び出し、サブディスプレイに表示させる。
現在、艦内との交信は高濃度のAMFにより行えない。最後に先に脱出したはやてがなのはを見たのは"玉座の間"。
そもそも彼女たちは、戦闘機のカタパルトから侵入した。敵機が補給のために着艦する機構を利用させてもらったのである。
――待てよ、敵機は確かSu-35だったな?
記憶を掘り起こし、Su-35の特徴をメビウス1は思い出す。大型で空気抵抗の少ない機体に、パワフルなエンジン。だが重要なのは、この機体が
艦載機ではないということだ。本来なら陸上の長大な滑走路でもないと降り立つことは無理なこの機体を、"ゆりかご"は艦載機として運用可能
なほど巨大なのだ。それならば、メビウス1の愛機であるF-22も降りれても、何ら不思議ではない。

「……カタパルトの位置がここ。"玉座の間"がここ……決して、遠くはないな」

データの確認を終えたメビウス1は、操縦桿とエンジン・スロットルレバーを握りなおし、機体を翻させる。
目的地は"ゆりかご"、戦闘機用の離発着カタパルト。

「……待て、何をするつもりだ、メビウス1?」

彼の行動に気付いたゴーストアイが、声をかけてきたが、もう構う余地はない。

「こちらメビウス1、これより本機はスターズ1の救出に向かう」
「――なんだと!?」

驚くゴーストアイを無視して、メビウス1は"ゆりかご"の戦闘機用カタパルトを目視確認すると、一気に機体を急降下させた。

「待て、メビウス1! 突入は危険だと言った!」
「この戦争では、死人が出すぎた。もう誰も死なせたくはない」
「命令違反だ、分かっているのか!?」

通信機を通じて怒鳴り散らし、必死にメビウス1を止めようとするゴーストアイだったが、無駄だった。

「承知の上さ――」

メビウス1は僅かな逡巡の後、答える。

「天使と、ダンスだぜ!」


予想通り、"ゆりかご"のカタパルト内部は広く、そして長大だった。大型爆撃機は無理でも、これなら戦闘機程度の離発着は難しくない。
とは言え、敵地も同然の艦内である。F-22を艦内に強行突入させ着艦したメビウス1はコクピットのシートの下に置いていた、シャリオから頂い
た魔力弾を撃つアサルトライフルを引っ張り出し、コクピットから降りて周囲を警戒する。
――ひとまず、この辺に敵はいないようだな。
念のためAMF下でも撃てるかどうかアサルトライフルの引き金を引く。軽く反動があって、銃声とともに放たれた魔力弾は床に穴を開けた。威力
は多少落ちるが、使えなくはなさそうだ。
不安がないと言えば嘘になるが――行くしかあるまい。
愛機F-22の脚のロックが完全であることを確認し、メビウス1は駆け出した。目的地は"玉座の間"、決してここから遠くはないが、急がねばなる
まい。
不思議と、ガジェットとは出会わなかった。ただし、ゴーストアイの言った通り艦内の各部では崩落が始まっており、途中狭い瓦礫の間を潜り抜
けたり、邪魔な瓦礫を無理やり動かして進まねばならないところがあった。

「この……っ」

行く手を遮る瓦礫を強引に引きずって動かすと、どうにか人間一人が通れそうなスペースが出来た。メビウス1はその中を潜り、アサルトライフ
ルで周囲を警戒しながら、しかし迅速に進んでいく。
崩落で瓦礫が落ちてこないか上にも注意しつつ進んでいくと、再び巨大な瓦礫の山と遭遇した。その向こうで響くのは、爆発音と閃光。なのはが
もう近くにいるのだ。
手近にあった瓦礫に手をかけて動かそうとしてみるが、びくともしない。見れば、鉄骨が突き刺さって瓦礫をしっかり固定してしまっていた。
――登るしかないか。
やむを得ず、メビウス1は瓦礫に足をかけ、乗り越えることにした。いかにも崩れそうな瓦礫にはなるべく触らず、比較的頑丈そうな瓦礫に捕ま
り、彼は瓦礫の山を登っていく。
どうにか頂点に達した時、はるか眼下に無数のガジェットのものと思しき残骸が多数、転がっているのが見えた。その中心に、助けるべき人物は
いた。

「なのは……!」


――これで、ラスト。
ほとんど気力だけで戦っているような状態。なのははレイジングハートから何の効果も付属されていない、単純な魔力弾を撃つ。
正面からもろに魔力弾を食らったガジェットⅣ型だったが、その装甲には傷ひとつ付かない。僅かに動きを止め、Ⅳ型は怒ったように突っ込み、
なのはに体当たりを仕掛ける。

「あう……っ!」

避けることすら叶わず、なのははⅣ型の体当たりを受けて地面を無様に転がる。バリアジャケットもすでにボロボロで、ダメージ緩和の機能もほ
とんど停止していた。
何とか立ち上がろうとするが、途中で膝が笑い、彼女は力なく地面に屈服してしまった。
もう、魔力弾の一発も撃てない。にも関わらず、Ⅳ型はなのはに迫り、装備する鎌を振りかざそうとしていた。
駄目だった。やはり、消耗しすぎていた。いくらエースオブエースと言えど、もうどうにもならない。

「ごめんね、ヴィヴィオ、みんな……帰れそうにない」

目を瞑ると、脳裏に浮かんでくるのは愛しい人たちに大切な仲間たち。
Ⅳ型が鎌を振り下ろそうとする――その瞬間、彼女の耳に入ったのは、いるはずのない、彼の叫び声。
きっと幻聴だろう、となのはは考えた。メビウス1がこんなところにいるはずがない。心の中のどこかにあった、彼に助けてほしいと言う願望が
現れたに過ぎないのだ、と。
だが――その後に響き渡る銃声が、彼女の考えは間違いであることを教えてくれた。
虚ろな目で視線を上げると、Ⅳ型がこちらに鎌を振り下ろさず、どこか別の方向にその無機質な機械の眼を向けていた。

「え……」

思わず、言葉が漏れた。Ⅳ型の視線の先には、アサルトライフルを構えたメビウス1の姿があった。
Ⅳ型はその矛先をメビウス1に向け、前進。それに向かってメビウス1はアサルトライフルを撃ち込み、弾が切れると懐の拳銃に切り替えてⅣ型
を迎撃する。
ありったけの弾丸の雨を浴びたⅣ型は途中まで前進を続けたが、断末魔のような機械音を上げて、その場に倒れた。

「……なのは、無事か? いや、無事だな。そうでなきゃ困る」

Ⅳ型を撃破したメビウス1は、なのはの元に駆け寄ってきた。

「どうして……」
「?」
「どうして、こんなところに……」

疑問の言葉を投げかけると、メビウス1は笑って答える。それがさも、当然であるかのように。

「見て分からないか? お前を助けに来た――さぁ、ここは危ない。立てるか? 行くぞ」

メビウス1は倒れているなのはの身体を起こし、肩を貸して歩き出そうとする。だが、なのははその手を振り解こうとした。

「駄目です、私なんか連れて行ったらメビウスさんまで間に合わない……構わないから、置いていってください」
「馬鹿野郎、ヴィヴィオの世話をハラオウンに押し付ける気か」

抵抗する彼女の手を引っ張り、強引にメビウス1はなのはを連れて行く。

「エースはな、生き残ってこそエースなんだ。それを忘れるんじゃない」
「…………」

なのはは、答えなかった。ただ不思議と、今この瞬間まで生きることを諦めていた自分が恥ずかしかった。
生きろ、生きろ。こんなところで死ぬんじゃない、天寿を全うしろ。
胸に手を当てると、心臓の鼓動さえもがそう言っているような気がした。同時に、自分の肩を担ぐメビウス1のほのかな温もりが、自分はまだ生
きていることを教えてくれた。
瓦礫の山を潜り抜け、二人はもう少しで戦闘機のカタパルトがあるところにまで進んでいた。
その時、なのはは後ろから不意に殺気を感じ、振り返る。迷子になっていたのか、一機のガジェットⅠ型がこちらを見つけ、接近しつつあった。

「メビウスさん、後ろ……!」
「!」

彼らが反応する直前、Ⅰ型がレーザーを放つ。直撃はしなかったが、その一撃はメビウス1の左足をかすめ、彼は膝を落とす。

「っく……!」

空いている左手でメビウス1は拳銃を持ち、Ⅰ型に向かって残り全弾を叩き込む。偶然にも一発がセンサーの集中するカメラに当たり、Ⅰ型は盲
目のままレーザーを撃ち散らすが、当てずっぽうなので脅威にはならなかった。
メビウス1は弾切れの拳銃を投げ捨て、再びなのはの肩を担いで歩き出す。

「メビウスさん、足は――」
「どうってことねぇよ、この程度」

痛む足を引きずりながら、彼は歩みを進めた。
ようやくカタパルトに辿り着くと、メビウス1は駐機していたF-22のコクピットに飛び乗った。梯子などないため、そうせざるを得ない。

「早く!」
「けど、これって一人乗りじゃあ――」
「女の子一人くらい、詰めればどうにかなる」

躊躇するなのはを一喝し、メビウス1は手を伸ばす。なのはは残った体力全てを振り絞り、彼の手を借りてF-22のコクピットに乗り込んだ。
だが、突如響き渡る轟音。振り返ると、F-22の後方にまで崩落が迫っていた。早くここを脱出せねば、機体もろ共ぺしゃんこだ。
F-22のキャノピーが閉じられ、F119エンジンは再スタートを開始する。
その瞬間、"ゆりかご"全体が大きく揺れる衝撃が巻き起こった。


ゴーストアイは空中管制機E-767の機上から、"ゆりかご"の状況を目視で伺っていた。

「む……!」

彼が眼を凝らしていると、"ゆりかご"に異変が起きていることに気付いた。艦体そのものに大きなひび割れが入り、剥げ落ちた外板が地面に向か
ってパラパラと落ちていく。

「こちらゴーストアイ、"ゆりかご"の崩落が本格的に始まった。全部隊、退避は完了しているか?」
「こちらB部隊、すでに安全区域に退避済みだ」
「陸士三〇八部隊、三〇九部隊、同じく退避完了」
「三〇二部隊、撤退済みだ……この世の終わりみたいな光景だな」

地上の友軍にはあらかじめ退避勧告を出しているが、念のため通信で確認を取ると、クラナガン市街地に展開していた部隊はその全てが撤退済み
だった。だが、それとは別に入ってきた通信がひとつ。

「こちら機動六課、八神! なのはちゃんは……スターズ1の、脱出は!?」
「――確認できていない」
「……了解」

通信の向こうのはやては、何かやり切れない表情をしていた。だが、ゴーストアイには何も出来ない。入手した情報を、淡々と報告するほか無か
った。


全ての敵戦闘機を撃墜した戦闘機隊も、万が一"ゆりかご"が上空で自爆した時に備えて、高度を高めにとって退避していた。

「おい、信じられるかよ? あんなデカい代物が空を飛んで――崩れようとしてる」

アヴァランチが呟く。"ゆりかご"のような巨体が宙に浮かんでいるだけで驚くべきことなのに、それが崩れようとしているのだ。驚愕するほかあ
るまい。同僚のスカイキッドも、その光景に目を奪われていた。

「古代ベルカは、ずいぶん恐ろしいものを作っていたんだな」
「――そんなことより、メビウス1はどうなった? おい、ゴーストアイ!」

ウィンドホバーは内部に突入したメビウス1の存在を思い出し、ゴーストアイに問いかける。だが、返ってきた通信は非情なものだった。

「こちらゴーストアイ、メビウス1との交信は先ほどから途絶えている……」

それでも、パイロットたちは決して諦める様子は見せなかった。メビウス1が、伝説のエースがここでくたばるはずがない、と。
きっと、映画のようなハッピーエンドで締めくくってくれる、そう信じていた。


一方地上では、ウイングロードを展開して"ゆりかご"に突入しようとするスバルを、ティアナが必死に抑えていた。

「ティア、放してよ! なのはさんが、まだあの中に……」
「落ち着きなさい! 無茶よ、どの道あの高度じゃ行けない」
「そんな……」

がっくりと膝を突き、スバルは安全区域で"ゆりかご"を見上げるしかなかった。
――助けに行きたいのは、あたしだって同じよ。
ぎゅっと唇を噛み締めて、ティアナはスバルと同じく"ゆりかご"を見上げる。だが、それと同時に彼女はかすかな希望を抱いていた。
数十分前、リボンのマークをつけたF-22が"ゆりかご"艦内に強行突撃したとの情報を得ていたティアナは、彼ならなのはさんを助け出してくれる
かもしれない、と考えていた。
それがかすかな希望であり、そして複雑な心境の元だった。

ゴーストアイが引き続き、"ゆりかご"の様子を伺っているその時だった。艦体に入っていたひび割れが大きくなり、ついに"ゆりかご"の艦体は真
っ二つに折れてしまった。金属の軋む轟音はさながら断末魔のようで、見る者全てを圧倒した。
しかし、ここに至ってもレーダーにメビウス1の反応が無い。
――やはり、ダメだったか。
静かにため息を吐き、彼はヘッドセットを外そうとする。だが、そんな彼に待ったをかける反応が、レーダーに浮かび上がっていた。
慌ててヘッドセットを付け直し、ゴーストアイは表示されるコードを確認する。
レーダー上に表示される、新たな機影。併せて表示されるコールサインは――「Mobius1」だった。

「――いたぞ、レーダーにメビウス1を確認!」


「うわっ」

通信機を通じて耳を襲った歓声の渦に、メビウス1はたまらず悲鳴を上げた。慌てて通信機のボリュームを落とすが、それにしたってうるさい
ことこの上なかった。
歓声の渦に混ざって聞こえてくる、いつもの渋い声はゴーストアイのものだ。もっとも、彼もいつに無く興奮した様子だった。

「こちらゴーストアイ、聞こえるか!? スターズ1は、どうだ!?」
「……こちらメビウス1、スターズ1は救出。命に別状は無い……とりあえず落ち着け」
「了解、了解! よくやった!」

言うことを聞く様子の無いゴーストアイに、メビウス1は思わず苦笑いを浮かべた。

「……みんな、凄い喜びようですね」

同じく苦笑いを浮かべるのは、狭いF-22のコクピットで彼の身体の上に乗らざるをえないなのは。
なんというか、今この場を誰かに見られたらこう言われるだろう、「羨ましい!」と。実際、メビウス1も美人を乗せて飛ぶのは悪くない気分だ。
例えそこが狭いF-22のコクピットだろうと。

「あぁ……みんな、お前に生きていて欲しかったんだ。だから命は粗末にするもんじゃない」
「――ごめんなさい」

素直に、なのはは謝った。メビウス1は「分かればいいんだ」と頷き、とりあえずF-22の機首を母艦である"アースラ"に向けていた。

「…………」
「…………」

しばらく、二人は無言だった。メビウス1は操縦に集中しているだけなのだが、なのはの方は、何故だか気恥ずかしくなって、彼に声をかけられ
ずにいた。
――あったかいなぁ。
生まれてこの方、これほど長く異性の身体と密着している時間は無かった。飛行服とボロボロのバリアジャケット越しに伝わってくるメビウス1
の温もりは、度重なる戦闘で疲れた今のなのはには心地よかった。

「――あの、重く、ないですか」

口を開いてみて、なのはは激しく後悔した。いきなり自分は何を言い出しているのだ。確かに彼の身体の上に乗っかっている形だけども、今話す
ことではない。
もっともメビウス1は「んー?」と大して気分を害した様子は無い。

「……そうだな、ちょっと体重増えたんじゃないか? まぁー、美人なら多少の体重変化くらいどうって……痛い痛い」

ぽかぽかと迫力の無い打撃音が、F-22のコクピット内に響く。なのはが顔を真っ赤にして、メビウス1の頭をヘルメット越しに叩いていた。

「――失礼ですよ、メビウスさん」
「悪かった、機嫌直せ」

"アースラ"まではまだ距離がある。二人を乗せたF-22はのんびりと、蒼空を駆け抜けていく。

「この歓声が聞こえるか!? 聞こえんとは言わさんぞ!」

通信機の向こうでは、地上の陸士や空戦魔導師たちが力の限りの歓声を上げていた。


"ゆりかご"、内部崩壊を起こして自沈。ナンバーズも全員が確保された。
管理局は、クラナガンの奪回に成功する。
だが――確保された人物のリストの中に、ジェイル・スカリエッティの名はどこにも見当たらなかった。
そして、そこから先こそが、"恐ろしい御稜威の王"が蘇る瞬間でもあった。



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最終更新:2009年02月21日 20:04