THE OPERATION LYRICAL_番外編3

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL


番外編その3 嗚呼、恋ははかなく空は青く 後編


前回までのあらすじ
なのはさんがお見合いを申し込まれました。
ジャンルイが自作自演をやろうとしてるので阻止すべく六課と地上本部が動きました。
ユーノがRPG-7の直撃を受けました。


地上との連絡が取れない。ゴーストアイからの報告を受け、庭園上空に急行しようとしたメビウス1だったが、レーダーが複数の機影を捉え、その行動を阻む。

「こんな時になんだ――!?」

レーダー画面に眼をやって、メビウス1は思わず絶句した。総数一八機もの航空機と思しき機影が、針路を庭園に向けて進行しつつあった。
もちろん、IFF(敵味方識別装置)に応答は無い。

「ゴーストアイ」
「分かっている……機影の大きさから推測するに、戦闘機のようだ」

戦闘機。その言葉が、メビウス1の脳裏に深く響く。針路は庭園だ、もしかしたら、こいつらが例のテロリストなのだろうか。
ゴーストアイがさらに解析を進めると、この戦闘機の編隊には、いずれも生命反応が無いという。ならば、無人機か。JS事件で幾度となく現れた、Z.O.Eシステム搭載機であるかはまだ判断がつか
ない。だが、いずれにしろ確認した方がよさそうだ。

「こちらメビウス1、これより本機は所属不明の編隊に接近、コンタクトを取る。ゴーストアイ、交戦規定は?」
「撃たれたら反撃を許可する」
「……了解」

もし、一二機もの敵機が一斉に撃ってきたら。AIM-120と言う長槍の無い今のF-22では、視認距離での格闘戦を強いられる可能性がある。それなれば、自慢のステルス性は意味を成さなくなる。
――だからと言って、退けるものか。
メビウス1はエンジン・スロットルレバーを押し込み、機体を加速させる。奴らがテロリストなら、なのはたちのいる庭園はおそらく爆撃される。それは、なんとしても阻止せねば。
操縦桿を軽く捻り、AIM-120を搭載していないF-22はしかし、軽快に主翼を翻す。メビウス1は加速しつつ、テロリストと思しき戦闘機の編隊に接近していった。


爆発と衝撃が巻き起こした、砂埃。それらがようやく晴れた時、ベルツは我が眼を疑った。
RPG-7が四方からほぼ同時に着弾。戦車ですら致命傷になるほどのダメージだったはずなのだが――ユーノが展開した防御魔法は、傷一つ無く健在だった。その中にはなのははもちろんのこと、
ジャンルイや彼のボディーガードもいた。
テロリストたちは目標を仕留めたと言う確信があったのか、二発目の装填が遅れた。慌てて彼らはバックパックから予備の弾頭を取り出すが、それを放つ寸前、ベルツの持つG3A3の銃口が火を
吹いていた。テロリストたちは身動きすらままならず、魔力弾を浴びて全員があっという間に制圧されていく。

「――ふぅ。危なかったぁ」

防御魔法を解いて、ユーノは安堵のため息を一つ吐いた。わずかに疲れているように見えるのは、さすがの彼でも多数のRPG-7の同時着弾を防ぐのはきつかったに違いない。

「……なのは、もう大丈夫だよ?」
「へ? あ、ああ、ごめんなさい!」

とりあえず、腕にしがみついてぎゅっと眼を瞑っているなのはに安心するように言った。彼女は顔を真っ赤にして、しかしどこか名残惜しそうにユーノの腕から離れる。
そこに、いつものエースオブエースの姿は無かった。ついさっきまで恐怖に震え、今は恥ずかしそうに顔を俯かせる一人の少女。これも、高町なのはと言う人間の一面なのだ。
ところが、どうにも納得いってない様子の人間が一人。

「うぉっほん! あー、なんだ。助けてくれたことは感謝しよう。だけどね、君たちはいったい何者なんだ。せっかく私が高町さんにいいところを見せようと準備したステージが滅茶苦茶に……」

ボディーガードに助け起こされる形で、ジャンルイが立ち上がるなり口を開く。彼にしてみれば、邪魔に入ったテロリストもユーノたちもほとんど同格らしい。

「へぇー、準備したステージですか。それってこの人たちのことですか?」

不意に声を掛けられ、ジャンルイは怒った表情を隠そうともせず振り返る。そこにいたのはティアナだが、彼女は何故だか数人の男をひっ捕らえていた。

「さっきの騒ぎのうちにウロウロしていたのを捕まえました。全部吐いてくれましたよ、この人たち。自分たちが、そこの若社長の命令でテロリスト役を引き受けたってことに」

ティアナがそう言うと、ジャンルイの顔が大きく歪んだ。明らかに図星、とでも言いたげな表情を見て、ティアナはさらに追い討ちを掛ける。

「この人たちが扮する"テロリスト"が襲撃。それを若社長がカッコよく撃退してなのはさんを救う。そうなんですよね?」
「あ、あふぅ……ひ、ひぃ! お、お願いだからやめて、やめてくれ。銃口で頭をぐりぐりするのやめて、ただでさえ最近抜け毛が激しいのにー!」
「どうなの?」
「そ、その通りです、あぁだからやめてぇええええ!」

テロリスト役となっていたこの哀れな薄毛の男の頭部からクロスミラージュを離し、ティアナは「そういうことです」と手を広げてみせた。
ところが、その光景を見守っていたベルツはふと疑問を抱く。それなら、今自分の足元でユーノのバインドにより拘束されているこのテロリストの男はいったい何なのだろう。

「おい、お前は何なんだ」
「ぐっ……そこの、若造に聞いてみたらどうだ」

テロリストは顎だけ動かして、ジャンルイの方を指した。皆の視線が集中し、やむなくジャンルイは口を開く。

「……その男は、我が社が最近買収した会社の社長だ。何故こんなことを」
「黙れ! お前のせいで俺の会社は……」
「だが、君の会社は潰れかかっていたんだ。あのままじゃ一〇〇人もの社員が路頭に迷う羽目に――」
「知るか、あれは俺の会社だったんだぞ――まぁいい、それももうすぐ終わる」

そこまで言わせたところで、ベルツはテロリストの男の顔を地面に放り投げた。テロリストは地面に頭を打ち付ける形で黙らされた。事情が分かってしまったのだから、もう充分だろう。
ともかくも、全てがバレた。ジャンルイはがっくりと肩を落とし、なのはの顔に振り向くことが出来なかった。
これで、邪魔者はいなくなった。腹の奥底で黒い感情がにやりと笑うが、ユーノは違う違うと首を振る。そんなやましい気持ちを持ってはいけない。ましてや、なのはの目の前だ。

「あの……なのは、こんな時になんだけど」
「ふぇ? どうしたの?」

首をかしげて、きょとんとした表情を浮かべるなのは。その姿が、ユーノの理性を攻撃する。人目が無ければ、そのまま愛しさのあまり抱きついてしまいそうな気分。
視線を巡らせると、気を利かせたのかベルツはちらっとこちらを見ただけで、ティアナと一緒に制圧し、気絶したテロリストたちを縄で縛りに行っていた。
ユーノはベルツに感謝しつつ、なのはに向き直る。

「なのは――その、僕は」
「う、うん」

なんとなくいつもと違うユーノの雰囲気を感じ取ったのか、なのはも緊張した面持ちだ。
行ける。今ならきっと、想いを伝えられる。ユーノはポケットに手を突っ込み、以前から用意しておいた白い小箱を取り出そうとする。
小箱の中身は、少ない休日を二日も潰してやっと探し当てたもの。決して大きくはないが、ユーノの想い全てが、それに篭っている。
彼がポケットからそれを取り出そうとした、その時であった。

「こちらゴーストアイ、緊急事態につき、全周波数で呼びかけている! 敵テロリストの戦闘機が庭園に向けて接近中だ。メビウス1が現在食い止めているが、分が悪い。ただちに退避せよ!」

それは、ゴーストアイが念話、通信機どちらでも拾えるように送ったオープンチャンネルでの通信。彼らのいる場所に、危機が迫っている。
おそらく戦闘機は、あの本物のテロリストが用意したものだろう。最終手段として取っておいたのかもしれない。
早く逃げなければ――だが、何故だかここで、それまで意気消沈して黙っていたジャンルイが、いきなり生気を取り戻したかのように立ち上がる。

「――戦闘機! そうだ、あいつらを私の手で撃墜してやる! 見ていてください高町さん! 腐ってもこのジャンルイ・フローベル、パイロットです!」

ぬがぁあああっ、と奇声を上げて、ボディーガードの制止を振り切ったジャンルイは崩れた庭園を飛び出す。そういえば、近くにフローベル重工保有の飛行場があるとか言う話を、ユーノは
ようやく思い出していた。

「……ゴーストアイ。彼は――メビウス1は、持ちこたえているんですか?」
「まだ何とかな。だが、いかんせん多勢に無勢だ。AMRAAM無しで一八機を相手にするのは、いくら彼とF-22でも……」

念話でゴーストアイに状況を尋ねると、やはりメビウス1でも厳しいようだ。
回線はオープンにしているため、なのはもその話は聞けた。明らかに動揺するその様子は、彼が心配だからか。
ユーノはそんな彼女を見て――白い小箱の代わりに、ポケットの中にあったもう一つのものを取り出す。

「なのは、これ」
「え?」

なのはは差し出されたそれを見て、驚いた表情を浮かべる。ユーノの手にあったのは一見紅い宝石に見える――彼女の相棒、不屈の魂、レイジングハート。

「六課から預かってきた。メビウス1を、援護してあげて欲しい」
「ユーノ君……」

なのははユーノからゆっくりとレイジングハートを受け取る。一〇年前、初めて彼に会った時と、同じように。
――ならば、やるべきことは唯一つ。なのはは力強く頷いた。

「分かった――ありがとう、ユーノ君!」
「あぁ……無事でね、なのは」

互いに笑みを交わす。なのはは素早くレイジングハートを起動、動きにくい和服は光に包まれて、代わりに姿を現すのは純白のバリアジャケット。
JS事件でダメージを受けたとは言え、その姿は決して以前と比較しても見劣りすることは無かった。軽い足取りで踏み出した彼女の身体は、次の瞬間には緊急発進した戦闘機の如く、空中へ
と舞い上がっていた。

「あははは、いきなり全力飛行。やっぱりなのははそうでなくっちゃ」

急上昇していく想い人を見つめながら、ユーノは笑う。白い小箱は、結局ポケットの中だ。チャンスを逃した気もするが――またいずれ、チャンスは来るだろう。
確かに、自分は戦う力は乏しい。だけども、いつでも彼女を優しく迎えることが出来る。だから――

「迎えた時に、なのはが悲しんでたりしたら嫌だからね――死なないでくれよ、メビウス1」

ユーノは青空の向こうの恋敵に、そっと呟いた。


その頃、上空。
酸素マスクの中で荒い呼吸を続けながら、メビウス1は腰を捻るようにして後方の敵機、JAS-39グリペンに眼をやる。小柄で安価ながら、最新技術を導入することで高い能力
持つ単発の軽戦闘機。ユージア大陸では運用している国家はほとんどいない故、メビウス1は慣れない敵機との交戦を余儀なくされていた。

「野郎、もっとこっちに来い――」

後方のJAS-39は、メビウス1の言葉通り徐々に距離を詰めてくる。これが単機ならさっさとアフターバーナーを点火させて振り切るところだが、コクピットの正面上位に設置したバックミラー
には、さらに後方上空でこちらを待ち構えているJAS-39がいた。今上昇で逃げを打っても、こいつに食いつかれる。
――と言っても、急降下じゃ振り切れない。
メビウス1はぎりぎりまで敵機との距離を詰める。ミサイルを撃ってこないのは、どうせフレアを――赤外線誘導のミサイルを混乱させる、マグネシウムの入ったカートリッジ――ばら撒かれる
と読んでいるからか。
JAS-39の主翼の付け根で、一瞬だけ閃光が走る。次の瞬間、F-22の右主翼をかすめ飛ぶのは敵機から放たれた赤い曳光弾。ただし、まだ必中距離ではないため、その弾道はF-22にたどり着く前に
垂れ下がっていく。
JAS-39はもっと距離を詰めないと有効弾を送れないと判断し、アフターバーナーを点火。後方上空の僚機たちも続く。
今だ――メビウス1はエンジン・スロットルレバーを叩き込んでアフターバーナー点火。ミッドチルダで複製したF119エンジンが咆哮を上げ、機体は押し上げられるように加速する。
同時に操縦桿を引いて急上昇。真後ろについていたJAS-39は、いきなりの急上昇について来れない様子だ。メビウス1が懸念していた後方上空のJAS-39も、反応こそ間に合ったが単発と双発、絶対
に埋めきれない上昇性能の差を見せ付けられる形で、F-22を取り逃がしてしまう。
だが、ほっと一息つく間もなく、メビウス1はほとんど垂直になったF-22のコクピットで、ゴーストアイから送られてくるレーダー情報に眼をやる。敵機が四機、こちらが追われている間になのは
たちのいる庭園に向かおうとしていた。

「逃げられる――いいや、まだ間に合う」

即座に機体を反転させ、急降下。F-22の速度はあっという間にマッハを超えて、四機のJAS-39の後を追う。
後方に敵機はいない――レーダーとキャノピーの外を交互に確認したメビウス1は、四機のJAS-39のうち一機をロックオン。AIM-120があれば四目標同時攻撃も可能なのだが、無いものは無い。
AIM-9サイドワインダー、赤外線誘導の短距離空対空ミサイルは、JAS-39のエンジンから発せられる赤外線を確実に捉えていた。フレアをばら撒かれても、最悪庭園に向かうのを阻止さえ出来れば
いい。

「メビウス1――フォックス2」

ミサイルの発射スイッチを押す。途端にF-22の主翼下ウェポン・ベイからAIM-9が放たれる。
JAS-39は回避機動を取らず、直進を続けた。主翼下に抱えた爆弾を捨てて逃げを打つより、任務を優先したのだろう。だが、AIM-9は無慈悲にも着弾。直撃を食らったJAS-39は胴体を二つに粉砕され
てしまった。キル、と撃墜した意味を持つ言葉を発する間もなく、メビウス1は目標を次に。

「メビウス1、後方に注意。敵機接近」
「!」

だが、ゴーストアイからの警告でメビウス1はただちに操縦桿を捻り、フレア放出ボタンを叩く。F-22が赤い炎のような塊を発射し主翼を翻す最中、彼は後方に一度振り切ったはずのJAS-39の姿が
あることに気付く。こいつらも急降下することで、追いついてきたのだ。その数は、一四機にも及ぶ。それらが一斉にメビウス1を囲むようにして、迫りつつあった。
どう逃げても捕まっちまう――後方からじわじわと迫るJAS-39の編隊に、メビウス1は焦りを覚えた。右も左も、上も下も敵機だらけだった。
そんな時、突然右後方から迫ってきていた数機のJAS-39が、主翼を翻して別の方向へと飛んでいくのが見えた。いったい何故、とメビウス1がレーダー画面に眼を落とすと、見慣れない機影が四つ、
こちらに接近しつつあった。その様子は、まさに猪突猛進、猪武者と呼ぶにふさわしい。

「ゴーストアイ、こいつらは!?」
「待て、確認中――分かったぞ、メビウス1。フローベル重工の飛行場から発進した戦闘機だ。あの会社、自前の戦闘機まで持っていたのか」
「――なんだかよく分からんが、敵じゃないんだな」

敵機のいなくなった右方向に向けてメビウス1は旋回、JAS-39の追撃をやり過ごし、引き続き庭園に向かう三機を追う。
ちょうどその時、通信機にいきなり誰かの声が入り込んできた。あのフローベル重工の戦闘機隊からだろうか。

「大変だジャンルイ、敵はグリペンだ!」
「それがどうした、落としてやる!」

しかし、である。この戦闘機隊、真正面から敵編隊に突撃を敢行。JAS-39側は躊躇無く、極めて冷静にミサイルを放つ。
速度がつきすぎて回避機動の遅れたフローベル重工戦闘機隊の隊長機に、そのミサイルは命中した。
瞬間――特に誰かが決めた訳でもないのに、この作戦に関わっていた全ての人物が、まったく同じタイミングで同じ台詞を叫んでしまった。
その台詞とはすなわち――さぁ皆さんご一緒に。

『ああっ!! ジャンルイがやられた!』

と来れば、もちろん

『落ち着けジーン、指揮を引き継げ!』

である。
しかし、実戦経験に乏しい彼らが勝てるはずも無かった。あっという間に隊長機を失った戦闘機隊は追い回され、「イジェークト!」と断末魔を残して撃墜されていく。
後にメビウス1はこう語る。「思い出した、ジャンルイって俺が前に撃墜した奴じゃん」と。
ともかくも、彼らが追い回されている間に庭園に向かう三機のJAS-39を撃墜したメビウス1だったが、残った敵機が一斉に飛び掛ってきた。
無人機のはずなのに、仲間を落とされた彼らからは、怒りすら感じられた。Gによる機体への負荷を考えないその機動に、メビウス1のF-22は追い詰められていく。

「くそ」

短く吐き捨て、メビウス1は後方から迫るJAS-39の追撃を振り切るべく、操縦桿とラダーペダルをランダムに動かす。F-22の機首は左右上下に不安定に揺れる。わざと不安定な機動をすることで、
敵機に狙われにくくするのだ。
そうして敵機を混乱させたところでメビウス1は左旋回しようとする――そこで、彼は気付く。他のJAS-39の編隊が、F-22の進路を読んだのか待ち伏せしていた。今ここで旋回すれば、敵編隊の
真正面に躍り出る羽目になる。そうなれば集中砲火を食らう。
やむを得ず右に旋回しようとするが、ここにも敵機がいた。彼らは数の強みを生かして、どこにも逃げられないようメビウス1を包囲しようとしているのだ。
駄目元で上と下も確認してみるが、やはりJAS-39が待ち構えている。AMRAAMさえ使えるなら蹴散らせるが、ウェポン・システムが表示する使用可能兵装は、AIM-9と機関砲だけだ。

「――やられる!?」

じわりと汗が浮かんできて、メビウス1は死の恐怖を感じた。
だが、身体はまだ動く。生存本能が、そうさせたのか――あるいは、瞬間的に脳裏に浮かび上がったある人の名が、そうさせたのか。
イチかバチか、正面突破。アフターバーナーを点火した彼のF-22は、超音速で敵機の包囲網に自ら突っ込む。機関砲とミサイルをばら撒きながら進めば、何とかなるように思えた。
突っ込んできたF-22にJAS-39の編隊は一瞬驚いたが、ただちに主翼を翻し、機首をF-22に向けた。いかど最強戦闘機と言えど、一度に多数のミサイルを発射すれば避けられまい。
F-22にJAS-39の群れが迫る。そのはるか上空で、桜色の閃光が瞬いた。

「……っ!」

まさか、とは思った。だが、疑うよりも早く、彼のF-22は主翼を翻し、回避機動を取る。
次の瞬間、空から青空を引き裂くようにして現れた桜色の閃光が、JAS-39の編隊のうち一部を飲み込んだ。
突然の奇襲攻撃に、JAS-39の編隊はF-22への追撃を中止する。その隙に、メビウス1は離脱。
間違いない、今のは――。
通信機のスイッチを入れて、メビウス1は叫ぶ。その眼は、上昇していくJAS-39の編隊に向けられていた。

「なのは! 下方から敵機八機、全部そっちに行った――叩き落せ、撃ち漏らしは俺がやる!」
「了解!」

返事と共に、再び桜色の閃光――ディバイン・バスター、なのはの砲撃魔法が撃ち下ろされる。
上空から放たれたディバイン・バスター、今度ばかりはJAS-39の編隊も回避しようとするが、避け切れなかった四機が飲み込まれ、爆発。残り四機は散り散りになり、メビウス1はそのうちの
一機に狙いを定めた。
さっきの礼だ――ロックオン。ミサイル発射スイッチを押すと、AIM-9はまっすぐJAS-39に向かう。回避機動は間に合わず、直撃、撃墜。これで残り三機だが、彼らは低空に逃げて、再編成を
図っていた。
その隙に、メビウス1は上昇。はるか上空にいたのは、やはりなのはだった。

「無事ですか、メビウスさん?」
「おかげさまで。だが――大丈夫なのか? 身体は」
「心配無用。そっちこそ、修理が終わってないって聞きましたけど?」

彼女は、メビウス1のF-22がAIM-120を撃てないことを知っているようだ。

「このくらいどうってことは無い――」
「そう、ならいいですけど」

そこで、二人は一度会話をやめた。
JAS-39の編隊、再編成を追えて急上昇。こちらに向かってくる。
キャノピー越しに、二人は頷き合う。それだけで、もう充分だ。
なのははレイジングハートを構え、カートリッジロード。魔力を高め、敵の編隊を崩すため、アクセル・シューターを放つ。
それは、端から見れば桜吹雪のようだった。大量の桜色の魔力弾が、それぞれ意思を持ったかのようにJAS-39の編隊に飛び込む。
編隊は散開。反応の遅れた一機のエアインテークにアクセル・シューターが飛び込み、内部爆発。内側から食い破られたJAS-39は、木っ端微塵に吹き飛ぶ。
残り二機。彼らはなのはに狙いを定めるが、その横から、いつの間にか回り込んでいたF-22が急接近。進路上に機関砲弾をばら撒く。弾幕に自ら突っ込む羽目になった一機が穴だらけになって、
わずかに上昇を続けて爆発。これで残り一機。
これで人間が操縦しているなら、このJAS-39は逃げ出しただろう。エースが一機と一人、勝てるはずがない。だが、彼は無人機だ。人間臭くはあっても、逃げると言う選択肢は一切無い。
残り一機となったJAS-39は、F-22を狙う。燃料消費を考慮せず、アフターバーナーを点火したままのその機動は、F-22との距離を徐々に縮めようとしていた。
もっとも、それはメビウス1の罠だった。操縦桿を軽く動かす程度に止めていると、JAS-39は舐めるなと言わんばかりに急接近。あっという間に、ミサイルの必中距離になった。
メビウス1はそれを冷静に受け止めて――ラダーペダルを踏み込み、機体を鋭く横滑りさせる。ここで、JAS-39に搭載されていた格闘戦用のカメラが、ようやく気付く。横滑りしたF-22の向こう
に、レイジングハートを構えたなのはがいることに。

「これで、ラスト――!」

呟き、なのはは突き出したレイジングハートからありったけの魔力をぶっ放す。ディバイン・バスター、最大出力。
全てを撃ち砕く桜色の閃光。JAS-39が逃れられる訳も無く、その機体は光の渦の中に溶けていき、爆発した。これで、全機撃墜。
――相変わらずスゲェ火力。
その光景を観測していたメビウス1は、深々と安堵のため息を吐いた。なのはが味方で良かった、と。
ともかくも、敵戦闘機は全て撃墜した。なのはと合流するなり、彼は口を開く。

「――よぅ、なのは。まだ生きてるか?」

いきなり声を掛けられて彼女はきょとんとしたが、それが彼なりにこちらを気遣ってくれたのだと知り、すぐに微笑を浮かべて返答する。

「生きてますよ、この通り」
「ならいいんだ」

二人は一路、帰路に着く。帰る場所はもちろん、機動六課。


後で聞いた話である。
結局、ジャンルイはなのはへの求婚を諦めたらしい。「今回の件で自分がいかに未熟で卑しい人間か思い知った。一度自分を磨きなおしてくる」と言って。
テロリストの方はもちろん監獄行きだが、注目されたのは持っていた質量兵器や無人戦闘機の入手ルートだ。調査は続行中だが、どうもJS事件で回収し切れなかった戦闘機がテロリストの方に
流通した可能性がある、とはやては言っていた。

「ま、そういうことらしいけど……問題はそっちじゃなくてだ」
「ん?」

数日後、六課の食堂にて。
端から見れば仲良くコーヒーでも飲んでいるように見えるのは、メビウス1とユーノ。
ユーノは結局渡す機会に恵まれなかった白い小箱を手のひらで弄びながら、口を開く。

「結局どうなんだい、なのはに対しては」
「ああ――」

コーヒーをスプーンでかき混ぜながら、メビウス1は苦笑いしつつ、ユーノの問いに答える。

「分からない」
「分からない?」
「ああ。俺自身、はっきりと自分の心情を掴めてない。他にも魅力的な女性はいっぱいいる。だから――」

あの後、自問自答を繰り返してみた。やっぱり、はっきりとした答えは出ない。
だから彼はこう言うのだ。

「それが分かるまでは、俺はここにいたいな」
「……のんびりしてると先に行っちゃうよ?」
「お前に出来るのか、それ」
「なっ、馬鹿にしてるね? いいよ、僕の本気を見せてやる」

一方的に恋敵を見るような視線を送るユーノに対して、メビウス1はやはり苦笑い。
そうは言うが、結局運に恵まれず、この一〇年間想いを伝えられなかったユーノである。果たしてどこまでやれるのやら。
とは言え、それは俺も同じだと彼は思う。このままはっきりしない感情をずるずると引きずっているようでは、本当に先を越される。それどころか、相手に愛想を尽かされる可能性だって
あり得るだろう。

「あれ? 二人とも、何してるんですか?」

その時、当の問題であるなのはが食堂に顔を見せた。メビウス1とユーノ、珍しい組み合わせに彼女は怪訝な表情。
二人が自分のことで会話を交わしていたことなど、知る由もあるまい。

「何って……何してたんだろうね、僕たち」
「俺に聞くなよ」

回答に困ったユーノがメビウス1に助けを求めるように声を掛けたが、彼もまた困ったように首を振るだけだった。

「二人とも変なの」

その様子がおかしかったのか、ぷっとなのはが噴き出した。
やれやれ、と変な二人は肩をすくめ、顔を見合わせて苦笑い。

恋ははかないと誰かが言った。空は青いと誰かが言った。
だから、後悔の無いように行動しよう。恋が消えるその前に。青空が曇るその前に。
こればかりは、エースだろうが何だろうが関係ない。その意味では、誰にでも勝機はある。
だから、誰が誰の恋人になるやら。それは誰にも、分からない。


おまけ

「さて、どうしたものか」
「どうしましょうね」

作戦終了後、六課にて。
ゴーストアイとベルツが、いつになく顎に手をやって、卑しい笑みを浮かべていた。
その視線の先には、我らが部隊長のはやてが、これもいつになく半泣きの状態で追い詰められていた。背後は壁なので、もう逃げようがない。

「あ、あうー……その、二人とも? 何の用事やろか?」
「とぼけるな。お前はブリーフィングの時に言っただろう、"終わったら何でも、言うこと聞いてあげるから"と」
「忘れた、とは言わせんぞ?」

じりじりと歩み寄る二人。はやては後ずさりしようにも、繰り返すが背後は壁なので逃げられない。

「ふむ、そうだな。試しにうちの基地の外周を走ってもらおうか」

ゴーストアイの提案だったが、半泣き状態だったはやては「へ?」と怪訝な表情。
確かに基地の外周は長いが、想像していたよりはよっぽどマシである。デスクワーク続きでなまった身体にはちょうどいいのかもしれない。
ところが、もちろん彼らがそれだけで終わる訳がなかった。

「走る時は、小銃でも持ってもらいましょうか」
「うっ」

ベルツの提案に、はやては少し表情を歪めた。
一般的に小銃の中では軽いとされるM16でさえ、その重量は三.五キロある。訓練された兵士ならともかく、女性のはやてにこれを持って走れと言うのは少しきつい。
とは言え、これくらいならまだ常識の範囲。ここからがはやてに取って悪魔の如き提案の始まりである。

「走る格好は水着なんかどうでしょう。もちろんアレ、スクール水着というやつです。ただしサイズは小中学生用」
「んな!? べ、ベルツ二尉、そんな変態趣味が……」
「俺じゃないんだな、これが」

ベルツのあまりにもアレな提案に顔を真っ赤にするはやてだったが、ベルツは懐からさっと一枚のメモ用紙を取り出した。
はやてが奪い取るようにメモ用紙を取ると、そこに描かれていたのは

「UCATからの注文……」

変態どもの妄想だった。先ほどベルツの提案はもちろん、他にも「ウサ耳で」「体操服とスパッツで」「体操服とブルマで」「浴衣で」「ドレスで」などなど。
はやてはメモ用紙をビリビリに破いて、地面に投げつけて踏んづけ、最後にどこからともなく持ち出した箒と塵取りで綺麗に片付けてから、ベルツを睨む。

「二尉! なんであんな変態どもの注文を!?」
「誤解するな。俺だって好きでやってる訳じゃない……"やってくれなきゃ二尉の部屋を我々好みに劇的ビフォーアフターします"と言われて」
「あぁー……」

怒りと疑念に満ちた視線が、あっという間に同情の視線に切り替わる。はやてはベルツの苦労が分かったような気がした。
しかし、ゴーストアイの方は事情が違うようだ。

「最後に……そうだな。某海兵隊流エロ小唄でも歌いながら走ってもらおうか。もちろん大声で元気よく笑顔で」
「はいいいい!?」

想像してみてほしい。
十九歳の、うら若き乙女がピッチピチのスクール水着(胸にはもちろん"はやて"とマジックで描く)を着て、M16小銃を両手に持って

「あの子の股間は(さすがに不味いので自主規制)~♪ 私の(いや、無理、描けない。自主規制)も待ち望む~♪ ベッドで私はあの子に命令、うんよし、感じよし、味よし、す
げえよし♪」

とか歌いながら走る。しかも大声で。元気よく。笑顔で。参考? もちろん海兵隊のあの映画ですよ。
はっきり言って、カオス。この一言に尽きよう。
八神はやて、今日ほど全力で逃げ出したい日はなかった。

「いや、あかんて! それは本当に勘弁して!」
「何でも言うこと聞くんじゃなかったのか?」
「物には限度があるでしょう!? って言うか、さては本編のゴーストアイやなくてUCATのゴーストアイやね!?」
「だからどうした。さぁやれ」

ゴーストアイの顔がとんでもない極悪人に見えてきた。
どうする、どうする、どう殺る、違う、どうするとはやては思考をフル回転。でないと己の精神衛生面が色んな意味でイジェクト!してしまう。
――っは、待ってよ、ベッド?
脳内再生された自分の声によるエロ小唄の歌詞の中にあった単語に、はやては一つの突破口を見つけた。
やれるかどうかは分からないが、今は藁をも掴む思いで行動に移る。その後のことは、その時考えればいい。

「――なぁんや、そんなのでええの?」
「何?」

先ほどまで羞恥と涙で真っ赤になっていた表情が一変、はやてはどこか妖しい笑みを浮かべ、ゴーストアイに近寄る。
急速な態度の切り替わりに戸惑うゴーストアイ。ベルツがそれを怪訝な表情を浮かべて眺めていた。

「そんなのよりぃ、もっと二人で楽しめるようなことせぇへん? ほら、いつものアレ。ベッドの上でぇー……」
「なっ……何だと!? ゴーストアイ、どういうことだ!?」
「し、知らん! 落ち着け八神二佐、いつものアレってなんだ?」
「またまたとぼけて。先週もすっごい頑張っとったやない、わざわざドーピングまでして……」

会話の流れを聞いて唖然とするベルツだったが、やがて首を振って「噂は本当だったのか……」と諦めたように呟き、どこかに合図するように指を鳴らした。

「出て来い、陸士B部隊」
「Sir,Yes,Sir!」

シュルシュルと天井からまるで用意していたかのように降下用のロープが下ろされ、そこからボディーアーマーに迷彩服、M4A1カスタムで完全武装した陸士B部隊の陸士たちが高速降下。
彼らは地面に降り立つなり、ゴーストアイに銃口を突きつけた。

「ゴーストアイ。規則を知らないはずはないでしょう? 職場に置いて不純な異性交遊は禁ずると。あなたの行動は明らかに違反だ」
「違う、待て、そんなことしてない、やめ――」
「連れて行け」

必死に弁明するゴーストアイだったが、ベルツの命令を受けた陸士たちは有無を言わさず、彼を捕らえてどこかに連れて行ってしまった。
後にポツンと残されたベルツとはやてだったが――彼女は深々と安堵のため息を吐いて、いつもの表情に戻る。

「その様子だとやはりハッタリか」
「あぁ、バレた? しかし、ゴーストアイと私の間にそんな噂が広まってるなんてなぁ……どないしよ。今回の件でますます噂が」

あー、と頭を抱えるはやて。彼女の頭痛の種は、未だ尽きなかった。


おしまい



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最終更新:2009年03月08日 15:30