短編2

ACE COMBAT ZERO 金の閃光、円卓の鬼神 後編




最初に覚醒したのは、聴覚からだった。どこからともかく、野生動物のものと思しき鳴き声が聞こえてくる。
次に戻ってきた感覚は視覚、それと同時に身体を駆け巡るのは、痛み。負傷しているのは、分かりきっていた。
ゆっくりと、フェイトは視線を動かす。暗いと言うことは、気を失っている間に夜になってしまったのだろう。
上半身を起こすと、みしみしと関節が痛むのが分かった。ジャングルの中に落ちてしまったのだから、当然といえば当然なのだが。
――落ちた? あぁそっか。

「撃墜、されたんだ。私……」

ぼーっとしていた思考も、何とか回り始めた。現実を認識したフェイトは次に立ち上がろうとして、足首に酷い痛みを覚え、表情を苦痛で歪めた。
触ってみると、右足首が大きく腫れている。捻挫でもしてしまっただろうか。このままでは、歩くことすらままならない。治療魔法を使えば、とりあえず動けるくらいには
なるだろうか。しかし、身体を流れる魔力の量は、健全な時と比べてあまりに乏しい。先の空中戦で、だいぶ消耗してしまったのだろう。自然回復を待つべきか。

「そうだ、バルディッシュ……」

ふと、フェイトはその手に相棒であるデバイスがないことに気付く。気を失っている間に、手放してしまったのだろうか。バリアジャケットも解けて、元の黒い執務官の制服
に戻っている。
何とか探そうかと思ったが、辺りは暗く、視界は限りなく悪い。手探りで探そうにも、捻挫した右足は容赦なく苦痛を訴えてくる。
どうにもなんないか。ため息を一つ吐いて、フェイトは突如、左手に走った不愉快な感覚にぶるっと身を震わせた。
視線を下げると、そこにいたのは一匹の蛇。そいつが、彼女の白い肌の上を這いずり回っていたのだ。
ふぇ、と小さな悲鳴を上げて、フェイトは左手の上にいた蛇を追い払う。振り払われた蛇は、どこか名残惜しそうにジャングルの奥へと姿を消して行く。
そうだ、ここはジャングル――先ほどから聞こえる野生動物の鳴き声、その中には肉食のモノだっているかもしれない。
もし、動くに動けない上、魔力も乏しくデバイスも無い今この状況で、肉食動物と出くわしたら。

「…………」

急に、心細くなってきた。腹のうちから、誰かに心臓を捕まれるような感覚。
恐怖。たった一言だが、現状怪我をしたただの少女でしかない彼女には、その言葉がとてつもなく巨大に思えた。
捜索と救助は出てくれたと思うが、果たして自分を見つけられるだろうか。魔力反応を元に探知するといっても、ここは広大なジャングルだ。探し出すのに、どれほど手間が
かかることか。
――駄目だよ、弱気になっちゃ。
ぎゅっと両手で身体を抱え込み、フェイトは天を見上げる。ジャングルに並び立つ木々の葉、その間から微かに見える星空。
こういう時こそ、気をしっかり保つべきだ。昔読んだ遭難者の手記に、そんなことが書いてあったような気がする。
とは言え、人間の本能はこんな時でも仕事をやめない。否、恐怖で押し潰されそうなこんな時だからこそ、本能は働くのだ。
ぐぅ、と腹の奥で何かが鳴った。同時に腹部全体に走る、この妙な違和感は――

「……そういえば、お昼食べてなかったっけ」

時刻で考えれば夕食時なのだろうが、あいにく食料などは持っていなかった。気のせいだろうか、喉も渇いた気がする。
恐怖、飢え、渇き。どうしようもない三連コンボの前に、フェイトはため息を吐くほかなかった。弱気になってはならないと考えたばかりだが、現実は辛かった。
みんな、今どうしてるかな。
脳裏に浮かぶ、親友、家族、子供たち。みんなの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えて行く。
不意に、じわりと目元に熱いものが流れた。顔に手をやって確認してみると、それが涙であることに気付く。

「困ったな――喉も渇いてるのに、水分無くなっちゃうよ」

自嘲気味な笑顔を浮かべ、目元に溜まる涙を振り払う。しかし、止まらない。振り払っても振り払っても、零れる涙は止まることを知らない。
そのうち、彼女は涙を払うのをやめた。

「怖いよ」

ぽつりと、口から漏れた言葉はただそれだけだった。だが、自身の発したその一言が、崩れかかっていた強くあろうという気持ちに、とどめを刺した。

「怖いよ……帰りたいよぉ」

溢れ出る涙を振り払おうともせず、彼女は俯き、恐怖に震えた。
そうすることしか、出来なかった。今のフェイトは、か弱い普通の少女だった。
しかし、周囲の音に関しては敏感だった。例えば、普通にしていると気付かないような、何者かの足音にさえ気付けるほどに。恐怖心が、そうさせた。
はっと顔を上げて、フェイトは足音がした方向に振り向く。野生動物のものではない、明らかに決まった歩幅、決まったリズムで迫る足音は、人間のものか。
救助が来たのだろうか。否、それにしては様子が妙だ。第一、救助の者なら――

「あ……」

手にした拳銃の銃口を、突きつけてくるはずがない。
やって来たのは、飛行服の男。警戒心を露にするその顔から察するに、二十代後半か。しかし、身に纏う雰囲気は歴戦の兵士のそれと同じだった。
飛行服に縫い付けられたワッペン。それが、自分の撃墜したF-15Cの尾翼にあった"猟犬"のものと同じであることに気付いた時、フェイトの恐怖心は最高潮に達した。
すなわちこの男は、あのF-15Cのパイロット。すなわち――敵。

「……っ!」

思わず、フェイトは眼を閉じた。理由は定かではないが、この男も地面に降り立った。
そして拳銃を突きつけていると言うことは、敵である自分を殺すつもりなのだろう。これ以上ないチャンスなのだから。
――ところが、である。男はフェイトを注意深く観察した後、何故か銃口を下げた。

「怪我をしているのか?」
「――え?」
「診せてみろ」

男の思わぬ言葉に、フェイトは眼を開き、男の顔を見上げた。
男の顔は無表情そのものだった。だが、拳銃を懐に戻すと、彼女の傍に腰を下ろし、羽織っていたサヴァイバルジャケットから、医療キットと思しきものを展開させて
いく。一連の動作は無駄が無く、手馴れている様子だった。
戸惑うフェイトを無視する形で、男は彼女の赤く腫れ上がった右足首に触れた。

「あ、あの……」
「これは酷いな。骨までは折れていないようだが――」

ある程度医学の知識でもあるのか、男はフェイトの容態を診て、医療キットの中から包帯を取り出した。
男がフェイトの足首に包帯を巻いている間、奇妙な沈黙が訪れた。
負傷し、身動き出来ない管理局の魔導師。そんな彼女の傷を手当する、ゲリラ側のパイロット。構図すらもが、奇妙だった。
男は処置を終えると、他に怪我はないかフェイトに尋ねてきた。彼女は戸惑いながらも、外傷らしい外傷はそれだけだと答えた。

「そうか……ならいい」
「ええと、あの」

何か言いたげな表情を浮かべるフェイトに、男は「ん?」と無表情のまま、首を傾げてみせた。
そして問う、まだどこか痛むのかと。もちろん、フェイトは首を横に振った。

「そうじゃなくて――あの、戦闘機のパイロットですよね? 私と戦った」
「それが?」
「どうして、こんなところに」

フェイトの純粋な疑問に対し、男はため息を吐いてみせた。見れば分かるだろう、と付け加えて。

「お前を落とした後にエンジンが悲鳴を上げた。ヴァレーと違ってここじゃ満足な整備が受けられん」
「……はぁ。要するに、故障して?」
「そうだ」

男は渋々、頷いてみせた。機体を失ったのは彼の責任ではなさそうだが、それにしても愛機を失ったことがよほど堪えたのだろう。無表情なその顔に、わずかながら
辛さを見せていた。
ひとまず怪我の手当てが終わったところで、フェイトの胸のうちに疑問が湧いてきた。
この男、敵であるはずなのだが、何故とどめを刺さず、逆に手当てなどしてくれたのか。

「抵抗できない者を撃つのは趣味じゃない」

彼女が口を開く寸前、男はフェイトの疑問を察したのか、先に答えてくれた。
ぐぅ、とちょうどその時、気の抜けたような音が響く。男はフェイトの方を見る。

「…………」

かーっと、フェイトの頬が赤く染まる。今のは間違いなく、腹の虫。そういえば、先ほどから空腹感があった。
男はそんな彼女を見かねて、サヴァイバル・ジャケットの中から防水加工のビニールでパックされた袋を取り出す。

「肉か魚か、どっちか選べ」
「――はい?」
「だから、肉か魚、どっちが好きだ」
「じゃ、じゃあお魚……」

戸惑いながらも、彼女は男からビニールパックを受け取った。



「――今考えたら、変な人でしたね」

ふっと、彼女は懐かしそうな笑みを浮かべた。

「頼んでもないのに、怪我の手当てをしてくれて。自分の食料まで分けてくれて」

言葉とは裏腹に、彼女の表情はどこか楽しげ。彼女の中での"彼"の印象は、そう悪いものではないらしい。
我々はここで、一つ彼女に尋ねた。"彼"の本名を知らないか、と。こればかりは、幾度も調査を行ったが、我々の方では掴めなかった。
しかし、彼女は首を横に振る。やはり、"彼"は安易に本名を名乗らない。
その代わり、と彼女は前置きして、"彼"がその時自分に告げたもう一つの名を答えた。



ばちばちと、焚き火の炎が鳴き声を上げる。野生動物が近寄らないようにと、男がその辺から集めた枯れ木とライターを駆使して、火を点けたのだ。
一方でフェイトは、同じく男が持ってきたポンチョを毛布の代わりにして、横になっていた。怪我人は寝てろ、と彼が言った。
行方不明だったバルディッシュも、彼が拾ってくれていた。ジャングル内で適当な寝床を探しているうちに、まずバルディッシュを見つけ、次に彼女
を見つけたらしい。

「……何だ?」

ふと、男はポンチョの中にうずくまり、顔だけ出して自分を見るフェイトの視線に気付く。

「ううん。優しいんだな、って」

フェイトは、率直な彼への第一印象を語った。顔はやっぱり無表情だが、名前も知らない敵の自分を、世話してくれる。きっと、この男は不器用ながらも
優しいのだ。それとも、プライドとでも言うべきか。彼自身の口から語られた、抵抗できない者にまで手を出すつもりはないと言うプライド。
しかし、と彼女の胸のうちでは同時に疑問も湧いた。そんな彼が、何故ゲリラなどに加わっているのか。あの鬼神のような戦いぶりから察するに、それも
相当な猛者に違いない。
容赦ない攻撃を行う冷徹さ、抵抗力を失った者には手を出さないプライド。どちらも併せ持った、戦闘のプロフェッショナル。ローカルなゲリラの一員に
しては、誰もがおかしいと考えるだろう。

「俺は傭兵だ」

そのことについて尋ねると、男は無表情を崩すことなく、答えてくれた。
傭兵。ミッドチルダでは滅多に聞くことがない、誰かに雇われて、戦いを職業とする者。
少なくとも、フェイトは傭兵と言うものに対してあまりいいイメージはなかった。金さえ払えば、何でもやる。こんな終わりの見えた内戦だって、未だ戦い
続ける。そんな先入観と、目の前の男とのギャップが、余計に疑問を深めていく。こんな優しい男が、どうして。

「"国境"の意味を探してるんだ」
「――"国境"?」

フェイトは聞き返す。彼女の疑問に対し、男の出した答えは、説明無しでは分かり辛いものがある。

「"国境"と言うより、民族や宗教、とにかくそういった人々を別つものだな。俺は以前は、別の世界である国に雇われていた――」

男は少し饒舌になり、語り出す。
その時も、戦争だった。雇い主である小国は、侵略を受け、追い込まれていた。
彼は同じく傭兵だった"相棒"と協力し、その国を窮地から救ってみせた。最初のうちは、間違いなく正義の戦いだった。首都を解放した時の、自由を得た民衆
たちの歓声が、何よりの証拠だ。
しかし、戦争は徐々にその色を変え始めた。敵国からの侵略に対する防衛戦争は、やがて敵国に逆侵攻し、その領土と富を奪う形となっていった。
彼の"相棒"は、そんな戦争に嫌気が差してしまった。空から見れば、どの国も大して変わらない。それなのに、国々は国境線を引き、その線を奪い合う。だから
組織を離れ、世界に対して反旗を翻した。
彼は、"相棒"を討った。戦争に疑問を持っていたのは同じだが、そのために核弾頭を使うことだけは、認める気になれなかった。
"相棒"を失い、戦中の圧倒的な戦果から大国に利用されそうになった彼は、その世界から姿を消した。胸の片隅に生まれた、疑問と共に。
その疑問の答えを追い求めて、彼は傭兵を続けた。
"相棒"は言った。「ここから境目が見えるか? "国境"は俺たちに何をくれた?」と。すなわち、国境、民族、宗教、そういった人々を別つものがあるから、醜い
争いが生まれるのだと。
本当にそうなのか。"国境"が人々を別つのではなく、人が人を別つのではないか?

「……答えはまだ見つからん。もしかしたら答えなどないのかもしれない。だが、探したいんだ」

男はそれだけ言って、話を終えた。
フェイトは黙って男の話を聞いていたが――なんとなく、彼が傭兵であることをやめない理由が、理解できた気がした。
傭兵ならば、組織の枠に囚われることはない。それゆえに浮かんだ疑問。それゆえの苦しみ。それゆえに、答えを求める。
疑問がなければ、最初から答えなど存在しない。疑問が浮かんだ時点で、彼は傭兵であることをやめられないのだ。

「"組織"に身を置く私には、あなたの疑問には答えられません。けど」

彼の話を聞いて、フェイトは自分なりの言葉を返す。

「境目なんて必要ないのかもしれない。けど、無くすだけで変わるとは思えない――人を変えるのは、人を信じる力だと思うんです。昔、私の友達が教えてくれました」
「人を、信じる力……だがそれが出来ないのも人だ」

確かに、とフェイトは頷く。信じあえば憎悪は生まれない。だがそれが出来ないのもまた「人」と言う生き物なのだ。
何より、そう簡単に人を信じられるのか。そんな疑問さえ湧き上がる。
だけども、フェイトはその疑問に答えることが出来る。昔、その答えを教えてくれた友達がいた。もちろん、彼女とは今でも友達だ。親友とさえ言っていい。

「名前を」
「――?」
「名前を、呼べばいいんです。何をするにも、まずは相手の眼を見て、自分の名前を教えないと、お話すら出来ませんから」

すっと上半身を起こし、フェイトはまっすぐ、男の眼を見て、自分の名を名乗る。

「私は、フェイトって言います。フェイト・T・ハラオウン。あなたは?」

名を問われて、男は少し悩むような素振りを見せた。
迷った末に出た言葉は、謝罪の言葉。

「すまない。本名を名乗ることは出来ない」
「え?」
「あっちこっちの組織から追われる身でもあるんだ。だが――」

それでも、名乗らないのは失礼だろう。男はこれで勘弁して欲しい、と前置きしてから、もう一つの名を告げた。
それは、空の上での彼の名前。ガルム1、"円卓の鬼神"、複数存在する彼を意味する言葉の中で唯一、傭兵となった最初の頃から変わらない名前。

「サイファー、だ」



「そう、サイファー。あとで調べてみたんですが、九七管理外世界の言葉で、"ゼロ"って意味なんだそうです」

彼女はそう語り、さらに付け加える。"ゼロ"とは零、すなわち無。だから、彼の消息は誰も知らないのかも、と。
我々は、彼女に問う。彼を最後に見たのは、いつだったのか。

「最後に見たのは……救助が来てからです。それっきり、彼とは会ってません」



ジャングルに落ちて二日。足の捻挫は、サイファーの適切な処置のおかげで、だいぶマシになっていた。痛みこそあるが、歩ける程度には回復した。
サイファーの持っていた非常糧食は、尽きてしまった。しかし、サヴァイバルの知識が豊富な彼は、手早くこのジャングルで食べられる植物を集めた。おかげで飢えに
苦しむことはなかった。名前は知らないが、甘い木の実がデザートにさえなった。
そうしてジャングル内でのサヴァイバルな生活を送っていると、突然頭上にヘリのローター音が鳴り響く。外部スピーカーから響く声は、自分を乗せてくれたあのヘリ
のパイロットのものだ。バルディッシュが発していた救難信号を、拾ってくれたのだろう。

「よかったな」

ぽんっと肩を叩かれて、フェイトは振り返る。サイファーが、珍しく無表情を崩し、わずかに微笑んでいた。
生きて還れる。そう思うと、言い知れない喜びが胸のうちから溢れ出る。
バルディッシュに、通信回線を通じてヘリの着陸ポイントが送られてきた。ここでは木々が多すぎて、ヘリは降りられないのだ。幸いにも、大した距離ではない。

<<Sir>>
「うん、そうだね……行こっか、バルディッシュ。サイファーも」

相棒に促され、フェイトは歩こうとする。が、その足取りは見ていてかなり危なっかしい。捻挫は、まだ完全に治っている訳ではないのだ。
案の定、木の根っこに足を引っ掛け、彼女は小さな悲鳴を上げて転倒しそうになった。
ぼさっと、しかし転倒直前、見かねたサイファーが手を出し、彼女の身体を受け止める。こうなることは、お見通しらしい。

「無理はするな、まだ完治した訳じゃない」
「あ……ありがとう」

体勢を立て直し、フェイトはサイファーに手取り足取り、支えられながら歩く。
自分を支える、彼の腕。戦闘機の操縦桿を握れば鬼神の腕と化すそれは、大きく、暖かかった。
間近で感じる、サイファーの体温、鼓動。そこに、空では遺憾なく発揮される冷徹さはなかった。か弱い少女を支える、不器用な優しさ、温もり。
何故だか頬が真っ赤に染まり、彼女は俯きながら歩くことにした。サイファーは大丈夫か、と尋ねてきたが、何でもない、足元に注意してるだけ、と笑って誤魔化した。
ジャングルをしばらく歩き続け、開けた土地へ。途端に吹き付けてくる風。目の前に、ヘリが着陸してきた。コクピットのキャノピー越しに、パイロットがこちらに手を
振っているのが見えた。
フェイトはパイロットに笑顔で応え、歩みを進める。
その時、サイファーの手が彼女から離れた。疑問を含めた視線を持って振り返ると、サイファーはもう大丈夫だな、と笑っていた。
フェイトは少し名残惜しそうに頷き、ヘリのキャビンに乗り込んだ。キャビンの中では、救護班所属の管理局員が、救急キットを手に待機していた。

「ご無事でしたか、執務官! よかったよかったぁ!」
「ええ、おかげさまで」

ヘリのパイロットは彼女が機内に乗り込んでくると、大声で歓声を上げた。
さぁ、次はサイファーだ。そう思ってフェイトが振り返ると、しかし彼はヘリに乗ろうとはしなかった。

「……サイファー? 早く乗った方が」
「残念だが、ここでお別れだ」

え?とフェイトの表情に疑問が宿る。彼が何を言っているのか、理解できなかった。
サイファーは、言葉を続ける。

「俺はゲリラに雇われた傭兵だ。それに乗ったら最後、管理局に逮捕される――」
「そんなっ」

だが、彼の言葉は真実だろう。サイファーが、管理局の人間である彼女を攻撃したのは疑いようもない事実。

「じゃあな、フェイト。今度はもう、落ちるんじゃないぞ」

くるっと踵を返し、サイファーはそれまで歩いてきた道のりを引き返す。
駄目だ、とフェイトはヘリの機内で手を伸ばす。彼に助けが来るかどうか、保証はまったくない。

「サイファー!」

精一杯、叫ぶ。だが、彼が立ち止まることは無かった。
最後に、彼は一度だけ振り返り、彼女に向かって笑顔を見せた。
その直後、救護班の局員がヘリの扉を閉める。ヘリの燃料はこの時、基地に戻るまでぎりぎりの分しか無かった。
ローター音が高鳴り、ヘリはふわりと浮かび上がる。本来なら喜ぶべき、生還への帰り道。
しかし、フェイトは喜ぶ気にはなれなかった。
大切な人を、置き去りにしてしまった。その罪悪感が、帰路の間ずっと、彼女の心を縛り続けていた。



「――でも、きっと彼は今でもどこかで、元気に暮らしてる。そう思います。確証は何にもないけど」

あれから二年。彼女は引き続き執務官としての道を歩み、数々の功績を重ねてきた。現在は、友人でもある捜査官が打ち立てた、ある特別な部隊に参加する準備を行って
いると言う。
インタビューの時間が終盤に差し掛かった頃、最後に、と彼女は口を開く。

「――この番組、あの人を追ってるんですよね? もし会えたら、伝えてください」

彼女は我々が用意したカメラに向かって、綺麗な――いかめしさの欠片もない、花のような純粋な笑顔を浮かべて、言った。

「……まだ生きてます? ありがとう、サイファー。また――会いましょう」


"円卓の鬼神"
ベルカ戦争を駆け抜け、畏怖と敬意の狭間で生きた、一人の傭兵。
彼の消息は一度別の世界に移り、そこでまた途絶える。我々はやはり、彼の人間性には迫ることが出来なかった。
ただ――彼の話をする時、彼女もまた、少し嬉しそうな表情をしていた。
それが、答えなのだろう。


ACE COMBAT ZERO 金の閃光、円卓の鬼神



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最終更新:2009年03月09日 17:23