第1話 消耗品のクルー/予期せぬ再会
「闇の書」事件より二年後
二日前 イギリス 首都ロンドン
OK、まずはいいニュースから行こうか。
その日、世界は素敵な状態だった。
ロシアでは現在の政府支持派と超国家主義者たち――スターリンを崇拝し、旧ソ連復活を目論んでいるテロリスト集団が衝突して内戦状態。
一万五〇〇〇発もの核弾頭が、危機に瀕している。
で、中東のアル・アサドとか言う権力者と手を組むつもりらしい、この超国家主義者たちは。
別にいつものことだから、大して気にしてない。
もう一つ、こっちは悪いニュースだ。
俺は、明日には第二二SAS連隊に配属される予定だったんだ。
だと言うのに、列車は人身事故で止まってしまっている。
SASの選抜試験を奇跡的に抜けたのはいいが、変なコールサインをもらって挙句この様だ。
神よ、いるなら答えてください。俺、何かしました?
ここは大英帝国、イギリスの首都ロンドン。
イギリス陸軍に所属するジョン・マクダヴィッシュ軍曹――通称"ソープ"は、駅で足止めを食らっていた。
一応、これから向かう予定だった駐屯地には連絡済なので時間を気にすることはないが、代わりに彼の前に立ちふさがったのは、『暇』と言うある意味、どんな銃火器を持っても倒せない敵だった。
ロンドンにある交通機関のうち、鉄道は一九九九年に列車の衝突事故が起きて以来、大きな政治課題を抱えている。運営している会社が利益を優先するあまり、整備をおろそかにしたのが主な原因だ。
「とは言え、原因は分かっても俺には対処のしようが無い、と……」
駅の中にあったベンチに腰をかけて、ソープは売店で買ったばかりの新聞を開く。
政治、経済、スポーツと色々書いてあるが、特に目ぼしい情報は無い。世界情勢は相変わらず素敵な状態、悪乗りして活動するなんちゃってテロリストが時たま馬鹿な騒動を起こし、警察にみんな一網打尽にされて、刑務所で臭い飯を食う羽目になる。
不穏な世界情勢、動かない鉄道、そして待ちぼうけを食らう自分。ああ、なんて素晴らしい世界、素晴らしい我が故郷ロンドン。
大きな欠伸を一つして、ソープは新聞を閉じ、不意に後ろで誰かの声がしたことに気付く。
「弱ったな……」
振り返ると、ベンチの後ろで一人の少年が困った表情を浮かべていた。黒い髪に黒い瞳、どことなく真面目そうな雰囲気を漂わせる、端正な顔立ち。
日本人かと思ったが、肌の色はどちらかと言うと白人のそれだった。
少しばかり様子を伺ってみると、この少年もどうやら自分と同じく、鉄道の事故で足止めを食らっているようだ。違うのは、彼はソープと違ってこの土地の人間ではないと言うことだろう。ガイドブックを開いて他に目的地までのルートがないか、調べている。
「よぅ、お宅も足止め食らった落ち? 目的地によっては、他のルートを案内してやれるぜ」
ほんの親切心から、ソープはこの少年に声をかけた。少年は一瞬驚いたが、気軽に声をかけてきたソープを大して疑うことなく、頷いてみせた。
「――ああ。ヘレフォードに行きたいんだが、ご覧の有様でね」
「ヘレフォード? あんな田舎に何のようだい、観光?」
「いや……」
少年は首を振り、人と会う約束があるんだ、と付け加えた。
ヘレフォードとは目的地であるクレデンヒル、SASの駐屯地がある土地の最寄り駅であるため、偶然にも少年とソープの目的地は同じと言うことになる。
「あー……見ての通り鉄道は止まってるからなぁ」
「他にルートはないかな」
「無いことは無いが、鉄道がこれじゃあ、他のルートも満員だろうな」
ソープがそう言うと、少年は残念そうにため息を吐いた。土地勘もないような場所で、少なくとも鉄道が動くまでの間、彼はどうにも出来なくなってしまったのだ。
――英国紳士たるもの、助けてやるべきかね。
そう考えたソープは、少年に一つ提案してみた。
「どうだい、俺も目的地は同じなんだ。どうせまだ時間はあるから、ロンドン観光をしてみないか? お前さん、ここは初めてだろう?」
「え……えぇ? いいのかい?」
「せっかくロンドンに来たんだ、遠慮するな。本場英国の紳士が案内してやるぜ?」
手を胸に当ててご丁寧にお辞儀までしてみせるソープが可笑しかったのか、少年はその真面目そうな顔にふ、とわずかに笑みを零した。
「――それじゃあ、お願いするかな。あ、自己紹介が遅れた。僕はクロノ、クロノ・ハラオウンだ」
「クロノ、だな。俺はジョン・マクダヴィッシュと言う」
互いに本名を名乗り、ソープとクロノは自己紹介。
ソープの案内でロンドンを見て回ったクロノはかの有名な時計台、ビックベンを見たり、イギリス名物フィッシュ&チップスを食わされその脂っこい味に咽たり、未成年なのにスタウトビールなるぬるいアルコール飲料を飲まされて、しかし決して嫌な気分ではなかった。任務の合間に、思わぬ異国の観光が楽しめたのだ。
そうして鉄道が復旧し、二人は駅で別れた。「いずれまた会おう」などと、ありきたりな別れの挨拶を交わして。
この時、二人は考えもしなかっただろう。目の前にいる者と、ほんの数時間後にまた再会することに。そして、その後生死を共にする戦友になろうとは。
SIDE SAS
一日目 時刻 0123
ベーリング海峡
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ軍曹
酷い時化と嵐だ、とソープは眼下に映る、荒れ狂う黒い大洋を見て率直な感想を抱いた。
彼が乗っているヘリ、UH-60はもともと大型の機体なので思ったよりも揺れは少なかったが、初任務がこれでは何となく、不吉なものを感じてしまう。
しかし、とソープは正面に向き直る。今回の作戦の現場指揮官にしてソープが所属するブラボーチームの隊長、プライス大尉は、そんな状況を嘲笑うかのように、葉巻の味を堪能していた。
さすがSASの中で最も古参のお方は、余裕たっぷりのようだ。
ちらっと視線を動かすと、ソープの先輩に当たるSAS隊員、ギャズがガスマスクを下ろし、戦闘体勢を整えていた。ガスマスクを装着するのは、もちろん呼吸系の保護や生物化学兵器への対策
もあるが、それ以上に顔を隠すことで個人を特定されないことが主な目的である。SASのような不正規戦も行う特殊部隊は、テロリストの報復される可能性があるのだ。
不正規戦と言う単語が脳裏をよぎったところで、ソープは今回の任務の主な内容を思い出す。
目的は、エストニア船籍52775号の中型貨物船。その内部にあるであろう、"小包"の奪取。船内には少数の乗組員と警備部隊がいると思われる。
交戦規定については特に規制無し。要するに、「好きに撃て」と言うことなのだ。
撃つ。果たして、自分に出来るだろうか。曲がりなりにも、世界の特殊部隊の中でも特に厳しいと言われるSASの選抜試験を抜けてきたのだから、彼の技量には問題ないはずだ。だが、心
の方は訓練ではどうしようもならない。人の形をした的を撃つのとは、訳が違う。
「見えたぞ」
プライスの言葉で、ソープははっと我に返る。眼下に、嵐の海に弄ばれる貨物船の姿があった。
これだけ接近されても警戒している様子を見せないということは、この嵐のおかげだろう。まさか貨物船が対空レーダーを搭載している訳があるまい。あまりに物々しい装備ではかえって
注目を引き付けてしまうはずだ。
プライスは最後に葉巻を一吸いしてから、まだ火の点いたそれを海面に向かって投げ捨て、ガスマスクを下ろした。それから主要装備であるM4A1カービン銃を構え、コッキングレバーを
引いて弾を装填する。
よし、俺も――。
徐々に早くなっていく心臓の鼓動に押されるように、ソープはガスマスクを下ろす。これで、外見上は全身黒づくめの怪しい兵士の誕生だ。
併せて、特殊部隊用の短機関銃として傑作と名高いMP5に消音機能を持たせたもの、MP5SD6のコッキングレバーを引き、マガジンから初弾を装填する。
「行くぞ、ロックンロール」
「GO、GO、GO」
UH-60が貨物船のブリッジに近寄ると同時に、プライスは首元のマイクを通じ、全SAS隊員に作戦開始を静かに通達する。
UH-60の乗員が降下用のワイヤーを下ろし、プライスを筆頭にSASの隊員は次々と素早く降下していく。
――っと、到着。
ソープもワイヤーを使って降下し、貨物船の甲板に降り立った。即座にMP5SD6を構え、ブリッジ内にいた貨物船の乗組員、のん気にタバコを吸っているが、しっかり銃を持っている者たち
に向けて照準を合わせる。ここまでは、訓練通りだ。
「発砲を許可する」
プライスが無線を通じて静かに連絡。次の瞬間からは、訓練では体験できない"現実"がソープを待ち構えていた。
引き金を引く。途端にブリッジの窓ガラスが割れて、MP5SD6の銃口から弾き出されるように放たれた銃弾は、タバコを吸っていた乗組員を薙ぎ倒した。
目標が倒れたことでソープは銃口を次に向けるが、すでに隣にいたプライスが銃弾の雨をブリッジ内に送り込んでいた。あっという間に、ブリッジ内の敵はみんな息絶えていた。
「――っ」
これが、戦場。これが、実戦。
さっきまでのん気にタバコを吸い、雑談を交わしていた彼らはもう二度と眼を覚ますことは無い。今更ながら、ソープは自分が軍人であることを実感した。
「銃を下ろせ。ギャズ、我々がデッキを確保するまでヘリで待機」
だが、時間は待ってくれない。プライスはブリッジ内の制圧を確認すると、船内の居住区であるデッキを確保すべく扉を蹴り開けた。
――やるしかない、か。
ソープは考えることをやめ、プライスの後について行く。同時に降下した他のSAS隊員も続いた。
階段を下りて、船内の奥へ。ふらっと視界に動くものが映り、ソープはただちに銃口を向け、発砲。
消音機能を併せ持ったMP5SD6の銃声は、実に静かなものだった。船内に響いたのは標的にされた乗組員の断末魔、それにどういう訳か、瓶が割れる音。いずれも外の嵐のおかげで掻き消されたので、聞かれる心配があるまい。
しかし、何が割れたんだ。そう思って乗組員の死体を確認してみると、どうやら飲酒していたらしく、粉砕されたウイスキーの瓶が近くに転がっていた。
もったいねぇ――乗組員を殺したことよりも、ソープは床にぶちまけられたウイスキーの残りについて考える"こと"にした。
「通路確保、行け」
プライスの指示が飛び、一人のSAS隊員が走り出し、通路の奥にあった小部屋に入る。ソープは彼の後ろに付き、バックアップに当たった。
小部屋には三段ベッドがあって、そのうち二段で乗組員が仮眠を取っていた。起きて通報されても困るので、SAS隊員は躊躇せず、ソープと同じMP5SD6で二人とも射殺。
「良い夢を……」
SAS隊員が静かに呟き、部屋を確保したことをプライスに知らせる。これでデッキは制圧完了だ。
「デッキ確保、移動を開始する」
「前方デッキ確保。アルファチーム、降下開始。行け」
ソープたちがブリッジとデッキを確保したおかげで、後続が安全に降下可能になった。上空で待機していたUH-60から、今度はギャズを先頭にSAS、アルファチームが降下してくる。
――そうだ、今のうちに。
ソープはMP5SD6のマガジンを取り外し、バックパックから予備のマガジンを取り出し、交換する。クイックリロード、マガジンにはまだ弾があっても残りが少なければ、あっという間に撃ち尽くしてしまう。弾が満タンのマガジンに入れ替えることで、これを防止するのだ。
コッキングレバーを引き、弾丸を装填。これでMP5SD6は息を吹き返した。その間に、ギャズ率いるアルファチームが降下を完了。プライスたちブラボーチームと合流する。
「準備完了」
「散開しろ、間隔三メートル。前進」
まとめて銃撃されないよう、プライスの指示で間隔を開けたSAS隊員たちは揺れる甲板上を前進する。目的地は船倉だった。
SIDE 時空管理局
一日目 時刻 0135
ベーリング海峡
クロノ・ハラオウン執務官
一方で、後部デッキから貨物船に降り立つ者の姿があった。
黒を基調とした色のバリアジャケット、手に持つ杖は氷結の通り名を持つ相棒、デュランダル。
落ち着き払った様子は歴戦の戦士を思わせるが、その表情はあどけなさの抜け切らない、少年のものだった。
少年――クロノは、ひとまず貨物船の甲板に着地すると、手近にあったコンテナに身を寄せた。結界魔法を展開しようにも、この嵐ではあまり集中できない。単純に、人目に触れないようにするほかないのだ。
「アースラ、聞こえるか? こちらクロノだ――」
とは言え、長距離の念話通信くらいならどうにかなる。彼は目的地への到着を報告するべく、母艦である次元航行艦"アースラ"との間に通信回線を開いた。
「はいはーい、こちらアースラ。無事に着いたみたいだね」
ところが、通信回線の向こうからやって来たのは、底抜けた明るい少女の声。こちらは豪雨に打たれているのに、のん気なものだった。
「……エイミィ、任務中だ。もうちょっと緊張感を持ってくれないか」
「えー? 任務中だからこそリラックスしないといけないと思うんだけどなー」
通信回線の向こうの少女は、エイミィ・リミエッタと言う。クロノとは同期だが、年齢は彼女の方が二つほど上だ。そのせいか、クロノはこの柔軟思考が服を着て歩いているような少女に頭が上がらないでいた。
「――ごほん。こちらクロノ、目標に到着した」
「あ、スルーしたね?」
「いいから艦長に繋いでくれ」
「むぅー……」
とりあえず咳払いして誤魔化し、クロノはアースラの艦長に繋ぐよう促す。エイミィはお茶を濁されたことに不機嫌な表情を浮かべていたが、任務は任務。手早く回線を繋ぎ換えてくれた。
そうして通信回線に入り込んできたのは、今度は打って変わって物静かな、しかし優しさも含んだ柔らかい女性の声。アースラ艦長にして彼の母親、リンディ・ハラオウンだ。
「はい……こちら艦長。クロノ、無事?」
「特に問題はありません。任務の再確認をお願いします」
母親らしく自分の安否について尋ねてきたが、クロノはそれに息子としてではなく部下として返事をする。任務や職場にいる間では、親子ではなく上司と部下。その考えを彼は徹底して貫いて
いた。
しかし、当の母は「相変わらずね」と苦笑いしつつ、通信回線を通じて貨物船のデータを送ってきた。
「ええと――今回の任務は、この貨物船にて運搬されているロストロギア、レリックの確保。非常に高濃度のエネルギーが濃縮されていて、起爆時の威力は計り知れないわ」
「つまり、テロリストの手に渡ればこっちの世界で言う核弾頭に早変わり、と」
「そういうことね」
レリック。一五年前に一度、ミッドチルダからこの九七管理外世界に流出した高エネルギー結晶体。その威力は兵器転用すれば、核弾頭に匹敵する威力を持つ。
過去に一度だけ行われた、管理局と九七管理外世界の西側諸国の共同作戦のおかげでそのほとんどは回収され、レリックの取り引きに関わっていた人物も全員が逮捕されるか射殺され、事件は収束
したように思われた。
「けど、どういう訳かまたこちらでレリックの存在が確認された訳ね」
「情報部の仕事なんてそんなものです。大方、取り残しでもあったか――」
まあいい、とクロノは首を振る。とりあえずは、レリックの確保のため船倉内に侵入するのが今の目的だ。
「乗組員はみんなテロリストって話だけど、基本的には非殺傷設定を用いること。いいわね?」
「了解……それでは、任務を開始します」
「頼むわね、クロノ」
通信を終えた。クロノはひとまずデュランダルを構え、小銃のようにその矛先を周囲に向けながら、警戒しつつ前進を開始。
それでもこの豪雨である。視界は最悪、オマケに時化が酷いせいで貨物船はよく揺れた。そのせいか、見張りはほとんど見当たらなかった。
雨に打たれるのが嫌でサボッているのか、部下に風邪を引かせまいと指揮官が引っ込ませたのか。事情は知らないが、クロノにとっては好都合だ。
ときどきコンテナに身を隠しつつ前進していると、ようやく乗組員が一名、ライトで前方を照らしながら姿を見せた。肩に何か引っ掛けていたが、視覚強化の魔法を使うとそれがAK-47であることにクロノは気付いた。ロシア製の、自動小銃の中で最高傑作と名高い代物だ。
どこかで姿を見られただろうか。そう思ってコンテナから顔をわずかに出して乗組員の様子を伺っていると、彼は途中で歩みを止め、コンテナを固定していたワイヤーにライトを当て、引っ張ったり足元の金具を見ていた。どうやら、単純に積荷の点検に来ただけのようだ。
「とは言え、あそこにいられては困るな……」
アースラから送られてきたデータを見る限りでは、今通っているルートがもっとも船倉に早く辿り着くのだ。そのルート上を、この乗組員が邪魔している。
デュランダルをかざし、クロノは自分の傍に一発だけ直射魔法の光の弾丸、スティンガーレイを浮かべる。
乗組員に悟られないよう、こっそりと身を乗り出したクロノは、デュランダルを振り、スティンガーレイを放つ。
音も無く放たれた高速の光の弾丸は、乗組員の後頭部に直撃。蹴飛ばされたようにひっくり返った乗組員は、短い悲鳴を上げて甲板に転がった。非殺傷設定なので、気絶しただけだった。
また起き上がられても困るので、気絶した乗組員に一応バインドを仕掛けておき、クロノは前進を再開。豪雨の中に放置したから風邪を引くかもしれないが、殺されるよりはマシだろう。
「――ん?」
その時、クロノの耳に、聞き慣れない音が入り込んできた。後部デッキと前部デッキの間の甲板上で、銃撃のものと思しき閃光が瞬いている。
――敵? いや、それにしては火線が入り乱れてる。撃ち合っているのか? いったい誰が。
答えは、すぐに出た。いきなりヘリが後部デッキの前に姿を現して、搭載されている大口径の機関砲でデッキにいた敵兵たちを片っ端から薙ぎ倒していく。
ほんの数秒の出来事だったが、後部デッキにいた敵兵たちは全滅したようだ。銃撃が止み、甲板から黒づくめの兵士たちが周囲を警戒しつつ飛び出し、船倉内に入っていくのが見えた。
間違いなく、この世界の軍隊だった。彼らも自分と同じく、レリックの存在を聞きつけてこの船に乗り込んできたのだ。もっとも彼らはレリックとは知らず、ただの核物質と考えているかもしれない。
「……この任務、どうやら簡単ではなさそうだ」
弾切れなのか燃料切れなのか、去っていくヘリを見上げながら、クロノは呟いた。
SIDE SAS
一日目 時刻 0141
ベーリング海峡
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ軍曹
ヘリの援護を受け、いよいよ船倉内に突入したソープたちSASは、通路や階段に敵兵がいないか注意しつつ前進していた。
後部デッキで遭遇した敵は、明らかに自分たちを待ち伏せしていた。つまり、貨物船内にSASが侵入していることがバレたのだ。ここから先は、今までのようにはいかない。
「右側に動作あり」
階段を降りたソープは、先行して警戒していたSAS隊員の言葉で、素早く銃口を向けた。なるほど、非常灯しか点いていないのではっきりとは見えないが、通路の奥で何かが蠢いている。
――銃声、そして閃光。通路の奥から、いくつもの火線が伸びてきて、ソープたちの進行を阻む。やはり、敵が待ち構えていたのだ。
とは言え、敵は正確にこちらの位置を掴んでいる訳ではない様だ。放たれた銃弾は船内の壁やパイプを叩き、水蒸気が吹き出していた。
ソープたちSASは水蒸気に紛れる形で前進し、通路の奥、銃撃の閃光が瞬く場所に向かって、ありったけの銃弾を叩き込んだ。
マガジン一つが空になったところで発砲をやめ、水蒸気が晴れると通路の奥からは沈黙だけが返ってきた。
「目標を処理」
「通路確保、GO」
ソープがマガジンを交換している間に、プライスとギャズはさっさと歩みを進めていた。慌てて彼はマガジン交換を終えて、プライスたちの後を追う。
通路の突き当たりで一度停止し、敵がいないことを確認した彼らはさらに進む。
右に扉があって、そちらの方に目的の"小包"があるのだが――ギャズが中を確認すべく顔を出したところで、激しい銃撃が彼らを歓迎した。
危ない、とギャズは顔を引っ込めて、バックパックから閃光手榴弾、俗に言うフラッシュバンを取り出し、プライスに確認するように振り向いた。
「スタンバイ……フラッシュバン、投下」
プライスの指示を受け、ギャズは頷き、扉の奥にピンを抜いたフラッシュバンを投げ込んだ。
直後、扉の奥で凄まじい閃光と炸裂音が響き渡る。殺傷能力は無いが、敵の視覚と聴覚を奪うことが出来れば、それで充分だ。
「GO」
敵が怯んでいる隙に、プライスは自ら先頭に立ち、突入。コンテナが多数並ぶ船倉内、そこで目元を押さえ苦しんでいた敵兵たちに、プライスはM4の銃口を向け、引き金を引く。放たれた
銃弾の群れは敵兵たちをズタズタに引き裂き、止めを刺した。
「よし、確保。行くぞ」
前進再開。ときどきコンテナに身を隠しつつ、彼らは敵がいないか注意深く周囲を警戒。
揺れる船倉内を静かに、しかし素早く駆け抜けていく彼らだったが、プライスが扉を蹴り開け、階段を上ると、AK-47を持った敵兵たちがわらわらと飛び出し、階段の向こうから激しく撃ってきた。
負けじと、SASも撃ち返す。こういった狭い船内では、取り回しのいいMP5SD6やM4の方が有利だ。AK-47の方が威力は高いが、距離が短ければMP5SD6でも充分な殺傷力がある。
飛んでくる火線に恐怖を覚えながらも、ソープはともかく敵を制圧しようとMP5SD6を撃つ。揺れる船倉内では思ったより弾は当たらなかったが、マガジン一つ分の弾を消費して何とか一名仕留める
ことに成功した。
「撃ちすぎだ、ソープ。弾は大事にしろ」
隣でギャズがソープの乱射を見て注意してきたが、ソープは頷くだけで話の内容はほとんど聞いていなかった。心臓の鼓動が早すぎて、自分が何をしているのか一瞬分からない。
通路を進み、再び階段を下りたところで、また敵兵たちが姿を現し、今度はUZI短機関銃を撃ってきた。弾は当たらなかったが、頭のすぐ上を火線が掠め飛び、ソープは身を隠したコンテナから動く気に
なれなかった。
それでも、恐怖に震えながら身を乗り出してMP5SD6を構えると、ギャズが今回のために持ってきたショットガンで敵兵たちをミンチにしていた。連射力こそ劣るが、マン・ストッピングパワーの高い
ショットガンは狭い屋内では脅威そのものだ。
SAS隊員が何してる、とソープの肩を叩き、前進。慌ててソープも後を追う。
最後の扉を抜けて、船倉の最深部へ。ここに、"小包"があるに違いなかった。
だが、敵もそんなことは承知の上だった。扉を開けるなり、AK-47の激しい銃声と閃光が響き渡り、SASを侵入させまいと弾幕が展開されていた。
プライスはギャズに手信号で合図をして、フラッシュバンを投げるよう指示。ギャズは頷き、先ほどと同じようにフラッシュバンを投げ込む。
爆発、閃光。銃撃が一瞬止み、その隙にSASは扉の奥へなだれ込む。
入り口付近、フラッシュバンの閃光により怯んでいた敵兵にプライスとギャズは銃弾をお見舞いするが、これで全員ではなかった。コンテナに身を隠すことで、フラッシュバンの効果から逃れた敵兵たちが
まだ生き残っていた。彼らは自分たちが最後の防衛線であることを自覚していたのか、手持ちの弾薬を全て撃ち切る勢いで銃撃してきた。
「くそ」
プライスがコンテナに身を隠し、呟くように悪態を漏らす。撃ち倒そうにも、少しでも身を乗り出せば弾が殺到してくる。
と、その時皆の後ろにくっついていくばかりだったソープが、何かを思いつき、バックパックから手榴弾を取り出す。ギャズが「無駄だ、届かないぞ」と言ってきたが、ソープは無視して、敵兵たちに向けて
手榴弾を投げつけた。
最初はソープのコントロールが悪いのか、的外れな方向に飛んだこの手榴弾は、積み重ねられていたコンテナの壁面に当たる。そうして跳ね返り、敵兵たちが陣取るコンテナの奥に転がり込んだ。
敵兵たちはいきなり空から落ちてきた手榴弾を見つけ、悲鳴を上げながら逃げ出そうとしたが、時間があまりにも足りなかった。起爆、爆風と破片が彼らの身体を引き裂き、致命傷を浴びせた。
「目標を処理」
「よし、前進」
銃撃が止んだところで、プライスが前進を指示。ソープは自分の策が上手く行ったことに少し機嫌を良くしながら、コンテナから飛び出し、前を行く。
だが――彼は気付いていなかった。手榴弾によって致命傷を負ったはずの敵兵が、まだ生きていたのだ。ほとんど虫の息同然だったが、残った最後の力を振り絞り、拳銃を引き抜いていた。
「――!?」
ソープはふと振り返ったことでそれに気付き、即座に伏せた。それから数瞬して、敵兵が拳銃の引き金を引く。銃弾はソープの身をかすめ、装着していたガスマスクを引き裂く。
死ぬ。脳裏がその言葉で埋め尽くされた。
次の瞬間、響き渡ったのは悲鳴。自分のものではなく、敵兵のものだった。怖くて瞑っていた眼を開けると、拳銃を投げ出した敵兵の死体が、そこに転がっていた。
「しっかりしろ」
誰かに起こされて、ソープはふらふらと立ち上がる。ギャズが、助け起こしてくれていた。
「まったく、あまり冷や冷やさせるな。初任務で戦死なんて冗談じゃないぞ」
M4の銃口を下ろし、安堵のため息を吐いているのはプライス。彼が助けてくれたのだ。
初めて会った時は「何でお前みたいなのがSASになれたんだ」と邪険に扱っていたが、案外いい所があるじゃないか。
ソープはほとんど機能を無くしたガスマスクを外し、一言礼を言ったが、プライスは答えることなく、目標の"小包"が入っていると思われるコンテナに近付いた。
「……おかしいですね、ガイガーカウンターには反応がありません」
「開けてみよう」
ギャズが放射能を検出する測定器をコンテナに当てたが、何も反応が無かった。プライスの言葉で、SAS隊員がコンテナを開く。
コンテナ内には、旧ソ連の国旗が掲げられていた。やはり、この貨物船は偽装したロシアの超国家主義者たちのものだったのだ。
だが、今回の目的はそれではない。コンテナ内にさらに厳重に格納された、金属製の箱。人間の手で持ち出すには、少し無理がありそうだ。
「ふぅむ……アラビア語だな。それと――何だこれは、英語か?」
プライスがコンテナ内に入り、箱の上に置いてあった書類に目を通す。おそらくは、この箱の中身に関連したものだろう。
アラビア語が書いているのは、予想の範囲内だった。超国家主義者たちは打倒米英を目指すため、共通の敵を持つ中東のアル・アサドと言う権力者と手を組んでいる。これは、おそらく中東に届けられるものだったのだ。だが、もう一枚の書類に書かれていた言語に、プライスは首をひねった。
英語とよく似ている文体だが、微妙に違う。プライスたちイギリス流でもなければ、アメリカのものとも違う。フランス語、ドイツ語ともまた違うようだ。
「――司令部、こちらブラボー6だ。荷物を発見した、輸送準備完了」
ともかくも、目標の確保自体は成功した。プライスは輸送のための支援を要請すべく、司令部に通信を送る。
「ブラボー6、時間が無い。国籍不明の航空機が二機、接近している。出来るだけのものを回収して、脱出しろ」
司令部からの返答――だが、それは了解と言う意味ではなかった。
航空機は、おそらく超国家主義者たちが飛ばしたミグ戦闘機に違いない。彼らはSASの襲撃に気付き、貨物船もろとも証拠隠滅を図ったのだろう。
――もちろん、乗組員も。貨物船のクルーは、消耗品に過ぎなかったのだ。
「急いだ方がいいな。ソープ、関係書類を押収しろ」
プライスに言われて、ソープはアラビア語と英語に似た文体の書類を二つとも回収する。さあ、あとはおさらばするだけだ。
駆け出し、今まで通ってきたルートを遡る形で彼らは脱出を開始する。
「そっちはどうなってる?」
「すでにヘリの中です。敵機は引き上げ――」
甲板上で待機していたSAS隊員にプライスが連絡を取ると、彼らはすでにヘリで撤収していることが分かった。
後はプライスたちブラボーチームだけなのだが――撤収したSAS隊員が、無線の奥であっと何かに気付き、声を上げていた。
「くそ、ミサイルを撃った!」
直後、貨物船が大きく揺れた。これまで波に弄ばれていたものとは違う、もっと大きなものだった。
視界に赤いものがチラつき、それは命中したミサイルが爆発したのだとソープは気付く。
側面に大穴を開けられた貨物船は、一気に傾こうとしていた。
SIDE 時空管理局
一日目 時刻 0155
ベーリング海峡
クロノ・ハラオウン執務官
「うわ――っ」
衝撃。大きく揺れた貨物船の船内で、クロノはたまらず膝を突いてしまった。
はっとなって辺りを見渡すと、貨物船の舷側から凄まじい勢いで海水が浸入していることに気付く。どう見ても、何者かによってこの船が沈められようとしていた。
船倉へと続く階段はすでに水没している。これでは、もうレリックの回収は無理だろう。
「クロノ君、聞こえる!?」
「エイミィか。何が起きたんだ」
一方的に開かれた通信回線に、エイミィの焦った声が飛び込んできた。さすがの彼女も、この時ばかりは余裕が無い様子だ。
「どこかの戦闘機がその船にミサイルを撃ったんだよ、早く脱出して! あと五分もしないうちにその船、沈んじゃうよ!」
「――了解」
回収されるくらいなら、海底奥深くに沈めた方がマシ、とでも考えたのだろうか。乗組員もろとも沈めようとした敵のやり方に、クロノは強い怒りを覚えた。
だが、憤怒する暇はなさそうだ。津波の如く押し寄せる海水は、あっという間に船内を水没へと追い込んでいた。
階段を渡って――駄目だ、間に合わない。
クロノはデュランダルを構え、天井にその矛先を向ける。難しく考える必要は一切無い。一撃で、脱出路を切り開く。
集中し、クロノは吼えた。
「――ブレイズカノン、行け!」
自身の持つ砲撃魔法の中で、最大の威力を持つそれは、易々と貨物船の天井を貫き、甲板にまで穴を開けた。途端に土砂降りの豪雨が降り注ぐが、大して気にせず、クロノは飛翔。
甲板まで一気に駆け上り、彼はひとまず窮地を逃れた。
そこで、クロノはようやく気付く。貨物船は、舷側に大穴を開けられた上、激しい時化に晒されたことで真っ二つに割れようとしていた。自分が道中でバインドしておいた乗組員の命は、到底助からないはずだ。
――すまない。
敵とは言え、結果的に命を奪ったことに罪悪感を覚えつつ、クロノはふと、同じくこの船に侵入していた兵士たちの存在を思い出す。彼らは果たして、どうなったのだろうか。
傾く貨物船に巻き込まれないよう、身体をわずかに宙に浮かせ、彼は周辺の様子を伺う。ブリッジの方に、兵士たちを回収するためのヘリがいた。しかし着艦しての回収はもはや不可能だろう。いったいどうするのか見ていたら、黒づくめの兵士たちが甲板からヘリに飛び移っていくのが見えた。
「なんて無茶を……」
呟き、クロノは最後の一人が甲板に姿を見せたことに気付く。彼が飛び乗れば、ヘリは撤収するはずだった。
しかし――最後の一人は、寸前で歩みを止めた。いったい何だろうと思って様子を伺うと、あろうことか彼は振り返り、こちらに銃口を向けてきた。
気付かれた。咄嗟にクロノもデュランダルを構える。
雷鳴が響き、光が彼らを照らす。一瞬だったが、その光は二人の顔を照らすのに充分なものだった。
そして、二人は気付く。
「――クロノ!?」
「ジョン!? なんでここに……」
再会。お互いに武器を構えたまま、信じられない表情を浮かべる。
だが、神は彼らにこの再会の意味を問う時間をくれなかった。
大きく揺れて、二つに割れた貨物船はいよいよ、海面に没しようとしていた。
「ソープ、飛び乗れ!」
「クロノ君、もう限界だよ。早く脱出して!」
互いに状況を鑑みて、二人は背を向け、それぞれの脱出路へ。
二人が離れたのを見届けるように、貨物船は海底へと沈んでいった。
ただ一つ、兵士と魔導師の胸のうちに、疑念だけが残った。
Call of Lyrical 4
最終更新:2009年03月14日 14:46