THE OPERATION LYRICAL_UCAT01

どんな境遇に生まれようと、そこ先の人生は己の判断、選択の積み重ねである。
それを、運命や宿命などと言うのは果たしていかがなものか――。
逆を言えば、あの時誰かの選択が違っていれば、目の前にある未来はまた違ったものになる。
これは、過去に行われたその選択が何らかの原因で違っていた場合の話。




「ここか……」

迎えに来たジープから降りて、メビウス1は目の前にそびえ立つ巨大な建造物を見上げた。
ミッドチルダUCAT本部。それがこの建造物の正式名称であり、彼にとって新しい職場となる場所であった。
六課存続のためやむを得ずここに来た訳だが、気に病んでいても仕方ない。ここで自分のやるべきことをやろう。
よし、と彼は顔を叩き、出迎えに現れた陸士に向かって敬礼する。

「機動六課から命令により出向しに来た、メビウス1だ。よろしく頼む」

とは言え、不安は付きまとう。
異邦人、質量兵器のパイロット、海寄りの機動六課の人間、自分に対する様々な黒い感情が、ミッドチルダUCATの中には渦巻いているはずである。
ところが、である。出迎えた陸士のその後の行動は、それら全てを完膚なきにまで破壊するものだった。

「ようこそリボン付き。早速だがサインしてくれ、俺エースコンバットのファンなんだ!」


メビウス1がミッドチルダUCATに来たようです 前編


1.

さて、ミッドチルダUCATにやって来たメビウス1であったが、ここでの日々は驚きの連続であった。
まず人間。陸士たちは魔力適正が低いと聞いていたのだが、低いなら低いなりに装備を改善して能力を高めているのである。
――否、それよりも重大なものがあった。

「リボン付きの旦那ー、ピクシーが落とせないよ。何回やっても何回やっても。QAAM使ってもECM防御システムじゃ意味がない」
「リボン付きー、挟まっちまった」
「実は俺、基地に恋人がいるんですよ。戻ったらプロポーズしようと。花束も買ってあったりして……うわ、なんだお前らアッーーー!!」

安直な死亡フラグを立てて、周りの同僚に連れて行かれる陸士に手を振って見送るメビウス1。ここでこんな安直なフラグは許されないのである、
何しろ、陸士たちときたら仕事を放置して毎日ゲーム、漫画、フィギュアである。メビウス1が来たことでエースコンバットブームも再燃しているらしく、廊下に出れば攻略法を聞かれる、部屋に入れば代わってくれと頼まれる、挙句の果てには目の前で「俺の修行の成果を見てくれ。イジェークト!」と派手に射出座席で脱出し、結果天井に頭を強く打ち、しかし鼻血を垂らすだけで「どうだった、俺のイジェクトは!?」と割と真剣な表情で聞いてくる猛者までいた。

「うむ、よかったぞ。お前こそまさにオメガ11、キングオブベイルアウターだ」
「ま、マジか! オメガ11イジェークト!」

適当にしょっちゅうイジェクトしてる元の世界での同僚の名を出して褒めてやると、また嬉しいのか勢い余ってイジェクトする。その度に天井に激突するのだから、ミッドチルダUCATの建造物修理費が少し気になるところである。
最初のうちは見ていて面白かったが、さすがにずっとこんな調子なので戦闘機運用について話すついでに、ミッドチルダUCAT総司令官のレジアスに一つ質問をしてみた。

「中将、ここは変態が多いのか? 真面目な奴をあまり見ないんだが」

こんな調子で本当にミッドを守れるのか、と言う意味を含めての質問だったが、レジアスは大して考えた様子もなく、先ほどから熱心に端末に何か打ち込みながら(あとで聞いたら
亡くなった妻との甘く切ない長編官能小説らしい。非公開)彼はこう言った。

「変態ではない、変態と言う名の紳士なのだ」

だからなんだと言うのだ。
とりあえずメビウス1は六課に送る報告書を書く傍ら(きっとアホか!と叩き返されることは確実である)、なんだか最近背筋にひどい寒気を感じるような気がした。
誰かが嫉妬のような、憎悪のような、とにかくあまりよくない目で俺を見ている――。


2.
その日、メビウス1は新たな愛機F-2を駆り、空にいた。酸素マスクとヘルメットで覆われた顔に浮かべる表情は、割と真剣だったりする。
とりあえず練成中の戦闘機隊の技量を確認するため、ミッドチルダUCATでも精鋭の集まりとされる首都航空隊と演習を行うのが本日の予定だった。

「アヴァランチ、一一時方向から来る敵編隊を潰せ。ウィンドホバーは二時方向のを、スカイキッドは援護。俺は正面のを叩く。ゴーストアイ、電子戦支援を頼む」
「アヴァランチ、了解だ。腕の見せ所だな」
「ウィンドホバー、了解した」
「スカイキッド了解、忙しくなりそうだ」
「こちらゴーストアイ、電子戦支援を開始する」

矢継ぎ早に指示を送るが、戦闘機隊の面子は素早く反応してくれた。陸士たちはあんなのだが、パイロットの彼らは仕事に関してはまともだった。
――ただし、あくまでも"仕事に関しては"である。

「アヴァランチ交戦! 邪魔だ、エターナルフォースブリザード!」
「こちらウィンドホバー……っく!? また疼き出しやがった、沈まれ俺の邪気眼!」
「スカイキッドは敵と交戦中――この、ふざけるな、フェイトそんは俺の嫁だぁああああ!」

言動にいろいろと問題があった。一応断っておくが、彼らの出身作品であるエースコンバット6では普通にまともで頼りになる味方なので、誤解しないで欲しい。
しかしスカイキッド、いったい何があったのだろう。大方同じフェイト派と遭遇でもしたのだろうが。
やれやれ、と呆れたようにメビウス1は首を振り、ゴーストアイの開始した電子戦支援の下、敵役を担っている首都航空隊の陸士たちと対峙する。

「こちらゴーストアイ、敵の探知魔法を妨害中。今なら発見されにくい、不意打ちが出来るぞ」
「サンキュー、ゴーストアイ」
「べ、別にお前のためにやっている訳ではない、勘違いするなよ」

こいつもどっかおかしいんだよなぁと胸の片隅で呟きながら、メビウス1は探知魔法を無効化されてこちらに気付く様子のない陸士たちをレーダーロックオン。

「メビウス1、フォックス3」

ヘッドホンに、ロックオンしたことを知らせる電子音が鳴り響く。迷わず、メビウス1はミサイルの発射スイッチを押した。
F-2の主翼下から放たれるのは、四発のAAM-4中距離空対空ミサイル。主翼から切り離されたそれらは一瞬沈み込み、魔力推進のロケットモーターを点火させ、各々が捕らえた目標に向かって突き進んでいく。
弾着まで五秒、四秒、三秒と彼は胸のうちでカウントする。その数字がゼロとなった時、放たれた四発のAAM-4は目標、陸士たちに直撃する。
演習用のため殺傷能力はないが、派手な爆風に晒される陸士たちは――何事もなかったように、周囲に漂う爆風の煙をうっとうしそうに薙ぎ払った。

「何……!?」

いかなる手品を使ったかは知らないが、どうやら無傷らしい。ひとまずメビウス1は操縦桿を引いてF-2を上昇させ、ちょうど真上にあった雲に隠れることにする。

「ゴーストアイ、今のは何だ? そっちで分析できないか?」
「こちらゴーストアイ、よく聞こえないぞ」
「……このくそったれ」
「何だと!? メビウス1、今なんと言った!?」
「聞こえてるじゃねぇかこのEDF本部め」

うるさいうるさいうるさーい、お前なんか落ちちゃえばいいんだーと渋い男の声が通信機から聞こえるが、不快感たっぷりだったのでメビウス1は通信回線を切った。
これが釘○ボイスだったらまだよかっただろうに――などと考えてしまう辺り、徐々に彼も感染しているのかもしれないが。
さて、どうする――メビウス1は雲の中で思考を回転させる。いつまでも隠れている訳には行かないが、ミサイルが通用しないとなると戦術そのものを変えねばなるまい。

「――っ!」

ひとまず雲を突き抜け、メビウス1は魔力弾のオレンジ色の弾丸が側面から飛び込んでくるのに気付き、着弾前にラダーペダルを踏み込み、操縦桿を捻る。
主翼を翻し、高度をぐっと下げるF-2のすぐ傍を、魔力弾は飛び去っていく。回避に成功したメビウス1は素早く機体を立て直し、周囲に視線を巡らせる。
――どこだ。くそ、人間サイズだから見つけにくい……いた。
戦闘機に比べればはるかに小さな陸士たちを見つけ、彼は有利なポジションに立つべく愛機を機動させた。
天まで届けと翼がしなる。圧し掛かってくるGは苦しく、吐き気すら生み出す。だが、それらを帳消しにするものがある。
すなわち――戦闘の緊張感、高揚感。麻薬にも似た甘い刺激を持つそれらは、メビウス1に力をもたらす。
音速突破。大気を引き裂きながら、彼のF-2は陸士たちに向かって突撃を敢行する。
再び魔力弾が飛び込んでくるが、操縦桿を不定期に左右に倒し、メビウス1はF-2をロールさせることで魔力弾を回避し、陸士たちとの距離を縮めていく。

「捉えた……!」

ピアニストのように指を手早くウエポン・システムの上で踊らせ、機関砲を選択。陸士たちに向かって、彼は迷うことなく機関砲の引き金を引く。
毎分六千発の二〇ミリ弾の雨が、F-2の主翼の付け根、機関砲から放たれる。無論これも訓練用のため殺傷能力はないが、今回は当ててしまえばそれでいい。
今度こそ、陸士たちは弾丸の雨に弄ばれ、撃墜判定を食らう――だが、全員仕留められるかと思いきや、一人が弾丸を弾き飛ばす。

「上手くいくと思ったかよ、リボン付き! 妹を返せぇ!」
「は、はぁ!? 何のことだよ、っと!?」

ただ一人生き残った陸士――首都航空隊のエース、ティーダ・ランスターが吼える。同時に、どこかで見たことのある銃型デバイスを構え、メビウス1に向ける。
反射的にメビウス1はエンジン・スロットルレバーを叩き込み、アフターバーナー点火。F-2は猛然と加速し、ティーダの銃口から逃れようとする。

「2nd-Gの概念を追加……さぁ落としてやる。そしてティアナを返してもらうぞ、リボン付きぃぃぃいいい!」
「ティ、ティアナ!? ランスターがなんだ、どうしたんだよウォオオオイ、人の話聞けぇえええ!!」

概念は力になる。力を手に入れた重度の、救いようのないまでのシスコンは、暴走する。
ティーダの周囲に浮かぶスフィア、そして彼の持つ銃型デバイスの銃口に閃光が走った。
途端に、青空を駆け抜けていくのは無数のオレンジ色の魔力弾。それらが一斉に、己の意思を持ったかのように、メビウス1のF-2に急接近。
操縦桿、ラダーペダル、エンジン・スロットルレバー、操縦に使用するあらゆる部分をメビウス1は乱暴に、しかし回避に適切な分だけ動かしまくる。
上昇、降下、旋回、加速、減速。F-2はむちゃくちゃに青空を駆け回り、ティーダの放った魔力弾を避け続ける――だが、おかしい。一度避け切ったはずの魔力弾が、方向転換してまたこちらに向かってくる。メビウス1はこの手の魔力弾を見たことがなかった。
彼は知る由もなかったが、ティーダの放った魔力弾はミッドチルダの魔法とは違う、2nd-Gの概念による補正がかかっていた。
繰り返すが、概念は力になる。すなわち、この魔力弾は"必殺滅殺虐殺命中粉砕弾"なのである!
実は先ほど陸士たちがミサイル攻撃を弾き返したのも、「僕は死にましぇ~ん!」と言う新型バリアジャケットを纏っていたからなのである。ただし、試作品なので効果は一回だけだが。

「んな無茶苦茶な……」

色々と自分の中で常識がひっくり返されて、ついでにいい加減逃げるのに疲れたメビウス1は、計器に手を伸ばす。突然大人しくなったF-2に、ティーダの魔力弾は急接近する。
――じゃあ、こんなのはどうだい?
タイミングを見計らい、メビウス1は計器にあった多種多様なスイッチのうち、一つを押す。同時に、操縦桿を左斜め前に引いて、F-2を旋回させた。
ガコンッと機体が揺れて、F-2は胴体下に抱えていたドロップタンク――分かりやすく言えば、燃料増加タンクを切り離す。
切り離されたドロップタンクは、それまでF-2の一部だったもの。魔力弾たちは旋回して遠くなっていくF-2よりも、手近にあるドロップタンクに食いついた。
次の瞬間、青空に響き渡るのは衝撃と爆音。ドロップタンク内に残っていた燃料が、魔力弾に貫かれたことで引火、爆発を起こしたのだ。
これで、戻ったらしばらくオフィス勤務だなとメビウス1は思考の片隅で考えた。ドロップタンク一つとは言え、貴重な予算のうち。それを捨ててしまったのだから、色々と処理しないといけない書類があるのだ。
――空中に広がった爆風は、予想以上に大きかった。F-2を目指して飛んでいたティーダの魔力弾を飲み込んだそれは、メビウス1を逃がすための隠れ蓑としても働いた。

「な、避けられた――っ」
「よし、今度はこっちの……あ、何?」

ティーダが驚愕と焦りが入り混じった表情を浮かべ、その間にF-2は一気に急旋回。
回避に成功したメビウス1は、機首をティーダに向けていた。機関砲で、このどうしようもない変態をめためたにするつもりだった。
ところが、ここに来て待ったをかける人物がいた。

「あー、あー。聞こえるか、演習中の全部隊?」
「レジアス中将!?」

総司令官、レジアス直々の通信。いったい何事だと言うのか。皆が固唾を呑んで、彼の次の言葉を待つ。

「……頼むから静かにしてくれ。わしが小説書くのに集中できんじゃないか」
「はいはいヘッドホンでもしてろ。と言う訳で落ちろ変態め」
「ぐ、ぐぁあああーっ!?」

案の定通信を切って、メビウス1は機関砲をティーダに全弾撃ち込んだ。
めでたしめでたし。


後で聞いた話だが、このティーダとか言うのはティアナの実の兄だったらしい。
行方不明になっていたのだが先日復帰し、これから最愛の妹に会いに行こうとした時にこの演習に借り出されて、気が立っていた。
もっと言うなら、彼は六課に事前に探りを入れていた。そして、聞いてしまったのである。

「え、ティアですか? 最近こっちに来たパイロットの人が気になってるみたいですよ。なんかもう、ホの字?」

楽しそうに話してくれた青い髪の陸戦魔導師の少女の証言。これを聞いてティーダが黙っていられようか。
妄想が妄想を呼び、いつの間にか会ったこともないのにメビウス1の人格が彼の中で形成されていく。
きっと情け容赦無用、冷酷非道だが口は弁護士、心は詐欺師な男に違いない。ティアナはきっと騙されてしまったんだ。
もしかしたらもう行くところまで行ってしまって――駄目だ、お兄ちゃんはそんなこと許しません!
かくして、彼はメビウス1が参加していると言う今回の演習に参加していたのである。

「――空で負けたからといって地上では負けん、待てぇえええリボン付きぃいいいい!」
「またお前か! いい加減来るな!」

しかし誤解は解けた訳ではなく、しばらくメビウス1はティーダに追われる日々が続いた。


3.

胸が苦しい。呼吸すらもはや苦痛だった。両腕に圧し掛かる、九七管理外世界の八九式小銃を模した魔力式アサルトライフルの重量は、容赦なくメビウス1の体力を奪う。
膝が悲鳴を上げている。腕が苦痛を訴えている。身体がもう嫌だと嘆いている。
しかし――間違いなく、今走るのを止まれば彼は阿鼻叫喚の地獄絵図に放り込まれてしまう。
UCAT本部の中を駆け回っていたメビウス1はふと振り返る。そこに、奴らはいた。

「待てぇえええい、このリボン付きめぇ!」
「よくも俺のなのはさんをぉおおおお!」
「ころしてでもうばいとる」

ドドドドッと屋内であるはずなのに、壮絶な砂埃を上げて追いかけてくる変態陸士ども。UCAT内に存在する「魔王様を信奉する会」のメンバーたちだ。
何故に彼らが追いかけてくるのか。理由は単純明快、メビウス1が本編でなのはにフラグ立ててるから。
もっと言うなら避難所の方で大変なことをしてしまったから。まぁあれはIFルートだから本編ではないんだけど。

「ええい、くそ」

自衛のために持ち出したアサルトライフルを構えて、メビウス1は追いかけてくる変態たちに発砲。軽く、されど頼もしいアサルトライフルの反動が肩に響く。
先頭を行く陸士たちが、銃弾をもろに受けてひっくり返る。殺傷設定のそれが眉間に直撃のはずなのに、鼻血で済む辺り、こいつらやっぱおかしいと改めて認識する。
ところが、倒れた陸士を助けようともせず、後続部隊が地面に転がる彼らを踏みつける形でメビウス1に特攻して来た。まさに戦友の屍(死んではいないが)を踏み越えてくる。

「な、お前ら仲間を」
「我らの目的はただ一つ!」
「なのはさんの奪回!」
「そのためならこの命、惜しくはない!」

駄目だこりゃ、とメビウス1は撃退を諦め、射撃体勢を解いて再び走り出す。ついでに懐から手榴弾をいくつか取り出し、全てピンを抜いて後方にばら撒く。
空中に放り出された手榴弾はと言うと――起爆するまでのわずか数秒の間に、先頭を行く陸士が背中に抱えていたバットでカキーン!と打ち返されていた。
どこか遠い場所で「鳥羽イチロォォォォ!!」と聞こえたような気がするが、きっと気のせいだ。
ともかくも背番号51や55の人も真っ青な勢いで打ち返された手榴弾は窓を突き破り、外の駐車場に落下、爆発。巻き起こった衝撃と爆風、破片は容赦なく停めてあった陸士たちの痛車を殴り、斬りつけ、粉砕玉砕大喝采。

「ぬああああああああ、お、お、俺のマイカァァァァ!」
「も、燃えてる、まだローンが一年残ってるのに……」
「ひしゃげた、僕の夜明けなカー、ひしゃげた、燃えた、あは、あはははは……」

何名かの陸士は悲鳴を上げ、号泣し、この世の終わりを迎えたかのように虚ろな眼で笑っていた。神よ、願わくば彼らにご慈悲を。変態はお断りとかそう言わずに。
まぁ、それはともかくとして、陸士たちは追撃の手を緩めない。メビウス1は逃げる足の速度を緩めることなく、思考をフル回転。
どうする、アサルトライフルでは止まりそうにない。ショットガンのようなストッピングパワーに優れた銃でもあるならともかく、今のこいつらはきっと熊より手ごわい。
廊下の突き当たりを右に曲がり、そこでメビウス1はしまった、と表情を歪めた。行き止まりであった。

「っく」

振り返ると、そこには眼を充血させ、荒い呼吸でじりじりと迫ってくる陸士たち。各々、手に縄やら網やら持っているので捕獲するつもりなのだろう。

「へ、へっへっへ、追い詰めたぜ――」
「観念しろ、リボン付き……」

ハァハァと気色の悪い呼吸のまま、これまた気色悪い笑みを浮かべる陸士たちが、メビウス1には何だかかつては人間だった、異形の者に見えた。
とりあえず、彼の出身作品は「ACE COMBAT04」のはずである。間違ってもSIRENではない。だと言うのに目の前の陸士たちときたら、もはや屍人である。
腕が恐怖で震えるが、メビウス1は勇気を振り絞り、アサルトライフルを構えた。捕まったら何されるやら、分かったもんじゃないし。
陸士たちはメビウス1に降伏の意思がないのを悟り、一斉に飛びかからんとする――まさにその瞬間、見慣れない影が彼らの間に割り込んだ。

「眼を閉じて!」

見慣れない影は、ロングの青色をした髪をなびかせながら、そう言った。言われるがまま、メビウス1は眼を閉じる。
直後、瞼の向こうで何か巨大な光が巻き起こったのが分かった。知識でしか知らないが、きっと閃光手榴弾だろうと彼は思った。
一瞬だったが、強烈な閃光手榴弾の光は、さながら邪悪なる変態を浄化する太陽の光の如く、陸士たちの眼を潰した。

「うわああああ!」
「眼が、眼がぁああああ!」
「な、何も見えない。暗いよ狭いよ寒いよ怖いよ」

ごろごろと地面をのたうち回る陸士たち。だが中には寸前で閃光手榴弾に気付き、眼を閉じて戦闘続行可能な者がいた。

「っく――まだだ、たかがメインカメラをやられただけっ!?」

されど、容赦無し。助けてくれたロングの髪の少女は、まだ生き残っている陸士をその手のリボルバーナックルで殴り飛ばす。
――スバルと同じ装備? まさか彼女は。
ひょっとしたらと思って、メビウス1は彼女に声をかけようとした――だが、背後に立つ邪悪な存在感に阻まれた。

「ふ、ふふふ……ところがぎっちょんゲハァ!?」

振り返ると、髪の毛を逆立てて恐ろしい形相をした陸士がいた。いったいいつの間に回りこんだのか。
しかしそれも一瞬のこと。側面から赤い曳光弾が多数飛んできて、陸士の顔を、腹を、足を、容赦なくぶん殴る。
訳が分からずメビウス1が呆然としていると、窓の向こうから手を振る人影が見えた。その手にはMP5を模したサブマシンガン。おそらくは彼が助けてくれたのだ。

「こっちです、早く!」

生き残っていた変態陸士の掃討を終えたのか、リボルバーナックルの少女がメビウス1の手を引く。安全地帯にでも誘導してくれるのだろう。
とりあえず足元で依然として眼を押さえて苦しむ陸士を踏みつけながら、メビウス1は少女の後をついて行った。

助けてくれたのは、UCAT内ではおそらくもっともマトモな部類に入るであろう、ギンガ・ナカジマだった。同じく、サブマシンガンでメビウス1を援護したのは陸士B部隊所属のベルツ2尉。
彼らがメビウス1を助けた理由は、ただ一つ。

「これ以上変態が増えては困ります。ましてや、やっとマトモな人がやってきたのに」
「俺たちは秘密裏にUCATをマトモにしようと活動しているレジスタンスなんだ」

同じ組織内でレジスタンスとはこれいかに。とりあえず「何故そんなことを?」とメビウス1が尋ねると、二人は突然涙を浮かべて答えてくれた。

「毎日毎日勝手にフィギュア作られて……こないだなんか睡眠薬で寝かされて寝顔のビデオ撮られて。もっと言うなら最近落とし穴によく落とされそうになったり」
「ソープもジャクソンも、みんなあいつらにやられた……変態化してしまったんだ。あのままじゃCOD4のクロスに出せん」
「……苦労してるんだな、あんたらも」

頷くメビウス1。根が真面目な彼女と彼からしてみれば、UCATほど駄目な組織はあるまい。
――しかし、彼らは知らなかった。自分自身が助けたこのISAFのエースも、徐々に感染が始まっていることに!

「――どうでもいいけど、サイドポニーとツインテールとロング、どれが一番美しいかな。俺はどれも好きで判断が下せない」
「……2尉、もしかして彼」
「しまった、もはや手遅れか」



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年03月20日 18:55