THE OPERATION LYRICAL_UCAT02

メビウス1がミッドチルダUCATに来たようです 後編(シリアス編とも言う)



その日、機動六課に一つの連絡が入った。
一連の破壊活動の首謀者、ジェイル・スカリエッティのアジトを突き止めたと言う報告が、本局から舞い込んで来た。

「これは――上手いことやれば、一連の事件が一気に片付くで」

好機と見たはやては、ただちに進攻部隊を編成。ミッドチルダUCATとの合同作戦の下、スカリエッティ確保のため行動を開始した。
しかし――意気揚々と指定されたポイントに向かう彼女たちは、考えもしなかっただろう。よもや届けられた報告が、管理局内部に潜り込んでいたナンバーズの次女、ドゥーエによるなどとは。
そのツケを払わされることになるのは、新人たちを乗せたヘリだった。


「こちらビックバード、ポイント〇六を通過。到着予定時刻は――〇九〇〇だ。以上、交信終わり」

ヘリの操縦士であるヴァイスの定時報告に耳を傾けながら、ティアナは落ち着かない様子でクロスミラージュを手の中で弄んでいた。
敵の本拠地に乗り込む。基本的に戦闘と言うのは緊張するものだが、今回は今までとは訳が違う。
ヘリの機内に視線を走らせると、同じ新人たちのスバル、エリオ、キャロもやはり緊張した面持ちだった。誰もが、似たような心境を抱えているに違いない。

「そう緊張するなよ、いつも通りやればいい」

そんな彼女たちを見かねて、操縦桿から手を離すことなく、ヴァイスが声をかけてきた。
ティアナは確かにそうかも、と頷き、息を一つ吐く。下手にガチガチになって、ミスを起こしたら自分の命が危うい。
あまり座り心地のいいとは言えない座席にもたれ掛かって、ふと彼女は窓の外、青空に浮かぶ二つのシミのような黒点を見つけた。
窓に汚れでも付いているのかと思ったが、どうやら違うらしい。手でこすっても変化が無いし、それどころか黒点はどんどん大きくなっているようだ。

「ティア、どうしたの?」

窓の外に怪訝な表情を向けるティアナを見て、スバルが声をかけてきた。
ティアナは窓の外に映る黒点のことを説明しようとして――直後、ヘリが突然ガクンッと派手に揺れた。
いったい何事かと思ってコクピットの方を見ると、ヴァイスが焦りの表情を浮かべ、ヘリの操縦桿を乱暴にかき回していた。

「――ッ! ヴァイス陸曹、いったい何ですか!?」
「座ってろ、頭ぶつけても知らねぇぞ」

彼女はいきなり乱暴な操縦を行ったヴァイスに文句に近い形で質問を向けたが、返答は素っ気無く、そして今の状況を知らせるのにもっとも手短で済むものだった。

「最悪だぜ――敵の戦闘機だ」

はっとなってティアナは窓の外に視線を戻す。ヘリが派手に急上昇をやった時、彼女の眼ははっきりと凶暴な質量兵器の面を捉えていた。
双発のエンジンに二枚の垂直尾翼、いかにも空気抵抗の少なそうなこの機体はMiG-29だ。
機動性が高く、整備されていない滑走路であっても離着陸が容易な、しかし電子機器はF-16やF-15に比べて劣る、迎撃戦闘機。メビウス1が来てから彼女が読み漁った資料には、そういう風に書いてあった気がする。
武装を持たず、敵に追われたら逃げ惑うくらいしか手段の無いヘリには強敵だった。

「どうしてここに――」

まるで、待ち構えていたかのような襲撃。作戦内容が漏れていたのだろうか。
そんなティアナの疑問などいざ知らず、ヘリは二機のMiG-29からひたすら逃げる。
ヴァイスの操縦は、極めて優秀だった。速度ではどう足掻いても勝ち目が無いので、彼はホバリングなどヘリにしか出来ない機動を駆使することで、MiG-29の攻撃を回避していた。
後方から迫るMiG-29、ヴァイスはレーダーで距離を確認しつつ、絶妙のタイミングで操縦桿を引く。
ブレーキがかかったように減速したヘリは、そのまま引っ張り上げられるように上昇。MiG-29は機関砲を撃ちかけてきたが、放たれた赤い曳光弾の群れは空を切る。
しかし、安堵のため息を一つ吐く間もなく、もう一機のMiG-29が上空から襲い掛かる。
くそったれ――ヴァイスは口汚く敵機と状況を罵り、操縦桿を左に倒す。たちまち、ヘリは左に水平移動。降下してきたMiG-29は目標を捉えることが出来ず、そのまますれ違う。

「とは言え、きついな」

いつまで回避を続ければいいのか。MiG-29は航続距離の短い迎撃機だから、決して長くは戦えないはずだ。だが、その時までヴァイスの体力と集中力が持つか。

「救援は……」

期待を込めて、彼は電子機器管制を担当する相棒のインテリジェントデバイス、ストームレイダーにちらっと視線を送る。
だが、救援を呼ぼうにも、念話による交信は雑音ばかりで聞き取れない。誰かが、強力な通信妨害をかけているのだ。
くそったれ、とヴァイスは再び罵り、真正面と後方、散開した二機のMiG-29が、こちらを挟み撃ちにしようとしていることに気付く。
絶体絶命。そんな言葉が彼の脳裏をよぎるが、むしろヴァイスは何かを思いついたようだ。笑みさえ浮かべて、MiG-29の接近を待つ。

「陸曹、何やってるんですか!? 早く回避を――」
「いいから、黙ってろ」

ティアナが怒鳴ってきたが、気にせず彼は操縦桿を握り直す。
真正面から接近するMiG-29の胴体と主翼の付け根が、ちかちかと瞬く。その瞬間、ヴァイスはそっと胸のうちで呟く。
ブレイク、ナウ。
操縦桿を前に叩きつけて、彼はさらにエンジン・スロットルレバーを押し下げる。途端にヘリは推力を失い、自重に耐え切れずぐっと機首を落とす。

「うわあああ!?」
「きゃあああ!?」

機内にマイナスのGがかかり、エリオとキャロが悲鳴を上げた。遊園地のジェットコースターとは訳が違うその感覚は、幼い彼らには迫力より恐怖の方が強いはずだろう。
MiG-29の放った曳光弾は、ぎりぎりのところでヘリに命中しなかった。代わりに、ヘリの後方から接近していた味方であるはずのMiG-29の主翼を粉砕する。
味方撃ちにあったMiG-29は怒ったように、実際はいきなり被弾したことで進路を変えることが出来ず、そのまま直進。機関砲を放ったMiG-29と、正面衝突した。
片方は右主翼を、もう片方は機首を潰される形で二機はそれぞれ吹き飛ばされた。そのわずか数秒後、衝突時の火花が燃料タンクに引火でもしたのか、片方が派手に空中爆発を起こす。

「どうよ」

得意げな笑顔を浮かべ、ヴァイスは言ってみせた。

「これで俺も二機"撃墜"だぜ」

その笑顔を見て、素直にティアナは凄いと思った。他に、例えようがなかった。

「ヴァイスさん、凄いです。見直しました!」
「ただのシスコンじゃないんですね!」
「カッコいいです!」
「おう、もっと褒めろ」

安心したのか、スバルたちも笑みを浮かべ、彼の操縦技量を素直に褒めた。
だが――運命だけが、ヴァイスに微笑んでくれなかった。

「ッ!?」

空中衝突、空中爆発したMiG-29の残骸が空中に放り出され、それが運悪く、ヘリのローター部に直撃してしまった。
残骸を巻き込む形で回ったローターの何枚かは折れて、ヘリのバランスをぶち壊した。
ガタガタと地震でも起きたかのようにヘリの機内は揺れた。ヴァイスが必死に操縦桿を握り締めて暴れる機体を制御しようとしているが、ローター部に致命傷を負ったとなっては焼け石に水だった。
瞬間、ティアナは腹のうちからじわじわと湧き出てくる感情の存在に気付く。すなわち、恐怖。揺れる機体に仲間たちの悲鳴、軋む金属音が、彼女に死と言う現実を突きつける。
怖い。その言葉がひたすら頭の中に響く。
座席に捕まっていた手の力までもが弱まり、彼女はそのせいで頭を機内にぶつけてしまった。

「――ァ」

声が出ない。自分は今、なんと言おうとしたのだろう――ああ、そうだ、思い出した。
助けて、兄さん。メビウスさん。
しかし、実際に口に出すことは適わなかった。とうとうバランスを失ったヘリがぐるぐると回転を始める。機内で掻き回される羽目になったティアナの意識は、そこで途絶えた。


「Big Bird down! Repeat! Big Bird down!」

その通信が入り込んできた時、すでにメビウス1は愛機F-2を駆り、ゴーストアイと共に戦場に急行していた。地上本部が緊急発進させた戦闘機は他にもあったが、彼の機体だけが真っ先に
空域に到着したのだ。
「down」とは墜落を意味している。コールサイン"ビックバード"、すなわちティアナたちを載せたヘリが、墜落したのだ。
――間に合わなかった、のか。
酸素マスクとヘルメットで覆われた顔に、焦りと絶望がごちゃ混ぜになった表情を浮かべ、メビウス1はレーダーに目をやる。

「いや……まだ生きてる」

距離はまだかなりあるが、ちょうど正面に、救難信号を発する物体があるのを、F-2のレーダーが捉えていた。
本局から六課に送られたアジト発見の報告が、何者かによるデタラメであったことが発覚したのは、すでに六課が行動を起こしてからのことだった。
これは罠であることを警告するため、ミッドチルダUCATは通信を試みたが、現地空域一帯には強力な電波妨害が仕掛けられており、連絡が遅れてしまった。
そして、ゴーストアイが電波妨害を解析し、それらを打ち消すECCM(対電波妨害)を発動させた直後だった。ティアナたちを載せたヘリが、墜落したとの報告が来たのは。

「こちらゴーストアイ、ビックバードの墜落地点を特定した。前方一二〇キロ、森の中だ。救助部隊が急行中だが――まずいな」

ゴーストアイの声には、焦りが混じっていた。
データリンクシステムで送られてくる、ゴーストアイのレーダーが捉えた周辺図を見れば、その理由は一目瞭然だ。IFF(敵味方識別装置)に応答の無い機影が多数、ビックバードの墜落地点へと
向かっている。急がなければ、新人たちはなぶり殺しだ。

「転送魔法とかですぐに行けないのか、救助部隊とやらは」
「無理だ。現地には中濃度だがAMFの展開が確認されている。地道に行くしかない」
「ええい、くそ」

歯軋りして、メビウス1は手元に本来の愛機であるF-22が無いことに苛立ちを覚えた。音速巡航が使えるあの機体なら、あっという間なのだが。
ちらっと視線を地面の方に向ける。眼下に広がる視界は、延々と続く緑。その上を、見慣れない橙色の光が、駆け抜けていく――?
何だアレは、と言いかけて、メビウス1ははっと先日の演習を思い出した。
魔導師たちの中には、発動する魔法に固有の色を持つ者が見受けられる。救助部隊として急行中のなのはが桜色、墜落地点にいるであろうティアナは橙色であるように。

「ティーダとか言ったか……あいつも、確か」
「こちらゴーストアイ。ランスター一尉、貴君には作戦参加の命令が出ていないぞ、どういうつもりだ」

答えは、空中管制として戦場の全ての友軍機を統括するゴーストアイが教えてくれた。やはり、眼下を走るあの光は首都航空隊のティーダだったのだ。

「あぁ!? 決まってるだろ、ティアナを助けに行くんだ!」
「……気持ちは分かるが、命令は出ていない。下がれ、さもないと処分を食らうぞ」
「誰が聞くか、命令なんざクソ食らえだ!」

ゴーストアイからの通告を無視する形で、ティーダは妹のそれと同じ銃型デバイスのカートリッジをロード。魔力を推進剤にして、戦闘機すら追い越す勢いで、墜落地点へと急行する。
メビウス1はそれを見て――操縦桿を捻り込み、F-2をくるりと反転させ、降下。速度をつけたところで、ティーダの隣に並ぶ。

「おい、よう。元気かシスコン」
「!? 貴様、メビウス1か。命令なんて受けないぞ、俺はティアナを――」
「待てよ、人の話を聞け」

恋敵でも見るような眼をして、嫌悪感を露にするティーダに対して、メビウス1は口を開く。

「現場空域にはAMFが展開されてる。魔導師にはきついぞ」
「知っている」

AMF、それはティーダが管理局から離れ、異界での戦争に加わっていた頃に生み出された、魔法を打ち消す厄介な代物。
並みの魔導師では動くことすら叶わないこいつに対して、地上本部は戦闘機、本局は対AMF訓練と言う形で答えた。だが、ティーダはそのどちらにも当てはまらないのだ。知識だけは心得ているにしても、理論と現実はまた別だ。
それでも、決して消えることの無い、彼を突き動かす衝動は、闘志。

「だが、ティアナは俺の妹だ。たった一人の、俺の家族なんだ」

ここで引き下がっては、兄としての面子も、家族としても、全てが失われる。それに比べたら、AMFなど、彼には何の障害にもならない。

「ティアナのために、俺はあの戦争を生き抜いたんだ。だってのに、ここでティアナを失ったら――そうはさせない、絶対にだ!」

病的なまでのシスコンだな、とメビウス1は思ったが、そういえばと記憶を振り返る。彼は、ティアナに自分の無事を伝える前に演習に借り出された。その後もたまった業務やら何やらでずっと、生存の連絡をできないままだったらしい。追われている最中、暴走した本人の口から聞いた。
家族、か――メビウス1は飛行服の内側にいつも仕込んである、家族の写真を思い出す。もう、彼らは記憶の中にしかいない。空から隕石が落ちてきて、みんな跡形も無く消え去ってしまったのだ。

「――OK。足の速さに自信はあるか?」
「何?」
「ついて来れるか、と聞いてるんだ。ほとんどスクランブル同然の勢いで飛び出してな、俺は僚機がいない。後ろを守ってくれれば安心して敵を落とせる。ティアナも助けやすくなる」

メビウス1の言葉の意味。それを理解した時、ティーダが意外そうな表情を浮かべた。このパイロットは、命令を無視する形で勝手に参戦した自分に協力すると言っているのだ。
やむを得まい、とでも言いたげに、ティーダは渋々頷き、自身のデバイスを構え直す。
F-2に引き離されないよう、彼はカートリッジをロード。デバイスが機械的な音を立て、使い果たした空のカートリッジを排除し、新品を入れる。

「ついて来れるか、だって?」

途端に高まる魔力。それに振り回されないよう、ティーダは自身を絶妙にコントロールして、加速。その勢いは、決して戦闘機に劣るものではなかった。むしろ、並みの乗り手なら、そのままねじ伏せて
しまいかねない。
片や、鋼鉄の翼。片や、魔法の翼。
エンジンから巻き上がる赤いジェットの炎。大気を引き裂く魔法の光の航跡。
パイロット。魔導師。
同じ空を飛ぶ者でも、二人はまったく持って対照的だった。
しかし、目的はどちらも同じ。仲間たちを、ティアナを助ける。ただその一点に置いて、鋼鉄の翼と魔法の翼が手を組んだ。

「お前がついて来れるのかよ。こちとら、機竜とやり合った身でね!」
「へぇ――だが、俺だって隕石撃ち落とす巨大砲台とやり合った身だ」

アフターバーナー、点火。カートリッジ、ロード。
爆発的な加速力を得た一機と一人は、戦闘空域へと突き進む。

「ヘマをやったら置いていくからな!」
「こっちの台詞だ」

互いに不敵な笑みを浮かべて、彼らは急ぐ。
――ふと、メビウス1はどっかでこんなシチュエーション見たような、と思い、記憶を掘り返す。

「――ああ、機甲戦記ド○グナーじゃん」
「OPに気合の九〇パーセント注ぎ込んだアレ?」
「そうそう。俺がケーン、お前がマイヨ。夢色チェイサーは名曲だよな……」
「んーむ、個人的には走れメロスのようにの方が」
「レイズ○ーかよ」

やっぱり手遅れのようです。


ときどき巻き起こる爆発音と火花。周囲に広がるのは、木や草を焼く焦げ臭い炎の匂い。
それらのおかげか定かではないが、ティアナはようやく眼を覚まし――地面に横たわる自分を見出して、何が起こったのかを思い出す。
ああ、撃墜されたんだ。それで、空中に放り投げられたんだ――。
身体を起こそうとして、彼女は全身に襲い掛かる激痛を感じ、たまらず咳き込み、嘔吐しそうになった。口に押さえ、喉元から競り上がってくる酸っぱい液体をどうにか止める。

「あぁ……もう」

痛みを訴える身体に苛立ちを覚えながら、ティアナはどうにか立ち上がり、周囲を見渡す。
今まで乗っていたヘリは、地面に力なく横たわっていた。折れたローターとひしゃげた胴体が、墜落時の衝撃の強さを物語っている。

「みんなは――」

ふらふらと歩きながら、彼女はヘリの残骸に近づく。
機内に乗り込むためのハッチは潰されていたので、やむを得ず穴の開いた部分から内部を覗き込むと仲間たち――スバルもエリオもキャロもヴァイスも、確認できた。ただし、声をかけてみたが誰も返事をしない。

「ちょっと……ヴァイス陸曹! スバル、エリオ、キャロ!」

返ってくるのは沈黙。ヘリのコクピットの計器だけが、青白い輝きを点滅させ、救難信号を自動で送っている。
もしかして、とティアナの脳裏に最悪の事態が脳裏をよぎるが、さすがにそれは杞憂だった。撃墜されても手放すことだけは決して無かった相棒、クロスミラージュが全員に生命反応があることを教えてくれた。気絶しているだけなのだろう。
とは言え、安心していられない。現状動けるのは自分だけ、こんな時に敵が現れたら――。

「!」

その時、ティアナの耳に入ってきたのは、聞き覚えのある音だった。
はるか遠く、空の向こう。遠雷のような轟音は、戦闘機のジェットエンジンだ。
最初の一瞬は、期待してしまった。きっと、あの音は"彼"が来てくれたに違いないと。助けに来てくれたのだと。
だが、そんな甘い思いを、冷静な思考が吹き飛ばす。あの音が、"彼"どころか味方である証拠はどこにもない。となれば、敵機の可能性だってある。
ひょっとしたら、併せて行動しているガジェットだっているかもしれない。救難信号は誰にでも拾ってもらえるよう、万国共通の周波数なのだ。すなわち、敵にも自分たちの位置は丸分かりである。
ぶるっと、肩が震えた。動けるには動けるが、果たして戦闘は可能だろうか。バリアジャケットの防御にも限界があって、依然として身体の各部は痛みを訴えている。

「これは――駄目、かな」

自嘲気味な苦笑いを浮かべる彼女だったが――そこに、一つの風が巻き起こった。同時に響き渡るのは、耳が潰れんばかりの轟音。
はっとなって空を見上げる。駆け抜けていくのは、二つの翼。鋼鉄と魔法の、異機種編隊。
え?と彼女は首を傾げる。鋼鉄の翼の方は、すぐ分かった。尾翼に描かれたリボンのマークは、機体が変わっても彼の技量と同じく健在だ。
だが、魔法の翼の方は、何故だか自分の使う魔法と、色が同じだった。
一機と一人は、彼女の無事を確かめるように上空を一度旋回。それが終わると、猛然と加速しつつ高度を上げていった。
ティアナは知る由も無い。鋼鉄の翼は、帰りの燃料が足りなくなることを承知で、アフターバーナーをガンガン焚いてやって来たことに。
ティアナは知る由も無い。魔法の翼は、命令を無視し、その後の処分などお構いなしにやって来たことに。
ティアナは知る由も無い。二つの翼は、彼女を助けるために誰よりも速く急行した、大馬鹿野朗だと言うことに。
――そして、どちらも"エース"だと言うことに。


「生存確認。見えたか、お兄ちゃんよ?」
「ばっちりな」

高度を上げつつ、メビウス1はティーダに尋ねる。低空飛行で確かめた結果、ティアナは生きていた。残りのメンバーの無事も、ティーダがデバイスにて生命反応を確認している。
後は待つだけ――そう行きたいところだったが、やはり現実は甘くない。ゴーストアイからの指示が飛ぶ。

「こちらゴーストアイ、敵機接近。数は一〇機だ。救援部隊到着までの間――」
「守りきるんだろ? 分かってる」

視線を落として、メビウス1はF-2のサブディスプレイに眼をやる。ゴーストアイがデータリンクシステムで送ってくる戦場の全体図によれば、二時方向より敵機が接近中のようだ。
――制空戦闘機で露払いして、地上からガジェットが進軍。ランスターたちを確保って寸法か。ならば、戦闘機を落とせば敵は寄ってこない。
敵の意図するところを読んだメビウス1は、ティーダの方に振り向く。彼の方も同じ結論に達したらしく、準備万全のようだ。

「敵機を叩く。ティーダ、やれるな?」
「愚問だ。行くぞ!」

互いに速度を上げて、敵機に立ち向かう。全ては、守るために。
機首を敵機が来る方向に向けたところで、F-2のJ/APG-1レーダーが敵影を捉える。メビウス1はレーダーロックオンを仕掛けようとして、突如鳴り響くロックオン警報に指を止めた。
――敵の方が射程が長いのか、くそ。
操縦桿を倒して回避機動を取ろうとするメビウス1だったが、そこに待ったをかけたのはティーダだった。

「何やってるティーダ、撃たれるぞ」
「まぁ見てろ」

そう言ってティーダは両手に持つ、妹のそれとよく似た拳銃型のデバイスをくるりと器用に手の中で一回転させる。何かしら、策があるのだろうか。
ガチャリとデバイスを鳴らす。その間にもロックオン警報は鳴り響き、やがて甲高い高音に切り替わる。敵機が、ミサイルを発射したに違いない。
正面、ちかちかと微妙に瞬くのは、発射されたミサイルのロケットモーターからの炎か。いずれにせよ、もうあと二〇秒も数えないうちにミサイルが着弾するのは明らかだ。
ちらっとティーダの方に視線を移す――何やらぼそぼそと呟いているが、飛んでくるミサイルに対して迎撃も回避もしようとしない。メビウス1が何をしてる、と怒鳴りそうになったその時、彼は動いた。

「クロスファイアー……」

銃口をミサイルの群れに向けて、彼は静かに念じていた。周囲に浮かぶスフィアが、どんどん数を増していき、前方に展開。
念――そうだ、概念。2nd-Gの、名は力になる。クロスファイアー、すなわち十字砲火。中央にあるものは四方からの攻撃で滅多打ちにされる。逃げようにも弾幕が濃ければ、突破は難しい。

「シュート!」

ティーダが叫ぶのと同時に、それは巻き起こった。青空を引き裂かんばかりの、橙色の豪雨。それらが、メビウス1とティーダを狙って突き進んでいたミサイルの群れを飲み込む。
突っ込んできたミサイルに感情は無い。彼らはただ、とにかく敵に向かって突き進み、破壊する。それが使命なのだが――果たせるはずもなかった。
無数の魔力弾がミサイルの弾頭を、翼を、ロケットモーターを叩き、粉砕する。爆発すらもが飲み込まれる豪雨。ティーダが射撃を止めた時には、黒煙すら残っていなかった。

「どうよ、これが2nd-Gの概念と俺の射撃魔法を組み合わせた必殺クロスファイアーだ。ミサイルなんか怖くねぇぞ」
「こないだの演習で俺に撃ったのはそいつか。頼もしい限りだ――」

自慢げに話すティーダに相槌を打ちながら、メビウス1はウェポン・システムに手を伸ばす。今度こそ、搭載するAAM-4中距離空対空ミサイルで敵機に攻撃を仕掛けるのだ。
とりあえずは適当に、編隊の先頭を行く敵機をロックオン。目視出来ないが、F-2の電子の眼はとっくに敵機を捉えている。躊躇することなく、メビウス1は発射スイッチを押す。

「メビウス1、フォックス3」

主翼下に搭載されていた四発のうち二発のAAM-4が、切り離される。一瞬だけ高度を下げたAAM-4だったが、ただちに魔力推進のロケットモーターが点火して、敵機に突撃していく。
発射を確認するなり、メビウス1は操縦桿を右手前に引いてF-2を上昇させつつ右へと緩やかに旋回。今のうちに、有利なポジションへと移動しておくのだ。ティーダもこれに続く。
その間にも、発射されたAAM-4は敵機へ向け突き進んでいた。弾着まで五秒、四秒とメビウス1は胸のうちでカウントを開始。
それがゼロになった時、レーダー上から二つの機影が消えた。同時に、青空のはるか向こうで見える微かな閃光。

「射程はこっちの方が長いみたいだな」
「だが地味だな、俺は好かん」

そうですか、とメビウス1は苦笑いしつつ、眼下に視線を巡らせる。敵編隊はこちらの撃ったミサイルが通用せず、逆に相手が撃ってきたAAM-4を食らったことで混乱しているのがレーダー画面から見て取れた。あとは視認距離に持ち込んで、格闘戦で各個撃破だ。

「……見つけた、タリホー。ティーダ、ドックファイトだ。ケツを取られないようにな」
「お前に言われるまでもねぇよ」

メビウス1の眼が、眼下にて編隊を組みなおしている敵機を目視する。

「それじゃ、俺が先に一撃仕掛けるぜ」
「何? あ、おい、待てよ」

ところが先に見つけたのはメビウス1だと言うのに、ティーダは同じ目標に向かって高度を下げていく。メビウス1も追おうとして機首を下げるが、まるで追いつけない。
――"もの"は下に落ちる。
彼は知る由もないが、この時ティーダは5th-Gの概念を発動させていた。すなわち――自らの意思で、"落下"する方向を定めることが出来る力。彼は今、飛んでいるのではなく落ちているのだ。
飛行魔法に重力すら味方につけたティーダの速度は、ほとんど音速に到達しようとしていた。バリアジャケットの恩恵が無ければ、身体が先に壊れてしまうだろう。

「よぅ、元気かお前ら」

敵編隊のど真ん中に落下してきたティーダは、周囲を囲むように飛ぶ敵機に向かって挨拶。敵機たち、例によって無人のF-15Eストライク・イーグル戦闘爆撃機は何事かと一瞬動きを止めたが、すぐにセンサーがティーダを捉え、敵として認識する。わらわらと編隊を崩した彼らは、ティーダに向かって機首を向けた。機関砲なりミサイルなり、叩き込むつもりなのだろう。

「おっと――」

早速、気の早いF-15Eが、ティーダに向かって機関砲を乱射しながら突っ込んできた。ティーダは飛び掛ってきた赤い曳光弾をすれすれのところで回避。F-15Eはそのまま行き過ぎようとした。
だが、ここで彼は再び5th-Gの概念を発動。一撃掛けて逃げに入ったF-15Eに向かって文字通り落下するように急接近。

「止まって見えるぜ」

ほとんど零距離。ティーダはデバイスを構え、F-15Eのコクピットに銃口を向ける。放つ魔力弾は、ただ一発。それだけで充分だ。
放たれた魔力弾はコクピット、無人機となってもなお機体の全てをコントロールする部分に着弾し、貫通。人間で言う頭脳に当たる部分をグシャグシャに破壊されたF-15Eは、力なく機首を垂れ下げて地面に落ちて行った。
なんだなんだ、戦闘機ってのはこんなもんかい――笑う彼に降り注ぐのは、先ほどと同じ曳光弾。危ういところで避け、彼は野郎、と弾が飛んできた方向に銃口を向ける。その先には、仲間を撃たれて怒りに燃えるかのように見えたF-15Eが。
叩き落してやる、と彼が魔力弾を放とうとしたところで、デバイスが突然警報を鳴らす。はっと視線を巡らせると、後方から二機のF-15Eが彼を狙っていた。機関砲では届かない、おそらくはミサイル。
舌打ちして、彼は一旦その場を離れようともう一度5th-Gの概念発動。離脱するべく適当な方向に向かって"落下"しようとする――が、行った先に降り注ぐのは、またも赤い曳光弾。
回避――駄目だ、間に合わねぇ!

「こなくそぉ!」

防御魔法、プロテクション発動。毎分六〇〇〇発、一秒だけでも一〇〇発に及ぶ二〇ミリの弾丸が、光の壁を叩く。さすがに、全て受け止めるのは苦労した。
プロテクションを薙ぎ払うようにして解除したところで、デバイスが警報を鳴らす。先ほど自分を狙っていた二機のF-15Eが、またもミサイルでこちらをロックオンしていたのだ。
5th-Gの概念を使おうとして、ティーダは気付く。上空で、五機のF-15Eがハゲタカのように自分を狙っていた。行く先々で機関砲を食らうのは、きっと奴らのせいだ。
こいつら、連携が取れてる上に――機竜よりよっぽど速ぇ。
ここで、ティーダはようやく戦闘機の恐ろしさに気付いた。似たような種類の敵、すなわち機竜との交戦経験はあった。が、戦闘機はそれらとは一味違う。ジェットエンジンから生み出される純粋なパワー
とスピード。多少の小細工なら押しつぶしてしまうその力。なんて野蛮な乗り物だ、と罵りたくなったが、それで状況は変わらない。自分は奴らの手の中に滑り落ちてしまったのだ。
あらゆる選択肢が脳裏をよぎって、ティーダはくそ、と吐き捨てた。どう逃げても敵機に捉まる。このままでは消耗戦だ。

「三つ数えたら右に飛べ!」

その瞬間、はるか上空より通信が入り込んだ。
仕方ない、とティーダは思った。あいつの言うことを聞くのは癪に障るが――

「三、二、一、ブレイク、ナウ!」

――ティアナが待ってる!
5th-Gの概念で、彼は右方向に落下した。上空で待ち構えていたF-15Eは、と彼は飛び込んだ先で視線を上げる。
五機のF-15Eはいずれも新たな獲物を見つけたように機首を上げ、上昇し――そのうち、二機が突然飛び込んできたAAM-3、短距離空対空ミサイルを食らって爆発する。
直後、爆風を突き破って舞い降りてくるのは蒼い隼、メビウス1のF-2A。急降下から立て直しに入った彼の機体に、ティーダからメビウス1に目標を切り替えたF-15Eが殺到。
ところが、後ろから迫るハゲタカの群れに対してメビウス1は何ら怖気ついた様子を見せなかった。逆に、主翼を下げて強引にF-15Eの後方下位を奪うと、そのまますれ違う瞬間に機関砲を叩き込む。
一機のF-15Eが機関砲を食らって爆発し、残りはメビウス1を追いかけるが、彼の機体はとっくに離脱にかかっていた。たった一機が、複数の敵編隊を突き、引っ掻き回している。

「――上だ、メビウス1!」

ふとティーダは、いつの間にか上空から逆落としに突っ込もうとするF-15Eを見つけた。警告を送ったが、メビウス1の回避が間に合うとは思えず、5th-Gを使って敵機とメビウス1の間に割って入るよ
うに急落下。
てめぇ――ティーダはデバイスをF-15Eに突きつける――この場限りとはいえ、俺の相棒の邪魔すんじゃねぇ!
F-15Eはティーダをロックオン。主翼下に抱えていたAIM-9サイドワインダーを発射。
だが、彼は動かなかった。撃たれたならば、撃ち返すまで。
カートリッジ、ロード。高まる魔力は、この一撃のために。

「ファントム・ブレイザー!!」

ランスターの魔法で、唯一の砲撃魔法。放たれた光の渦は、拳銃型のデバイスからは想像出来ないほどに力強いものだった。
光の渦はAIM-9を巻き込み、続けて機関砲でも叩き込むつもりだったのか直進を続けていたF-15Eを飲み込んだ。このハゲタカは爆発すら起こさず、空中に消え去った。

「よぉ、おい。いい仕事するな、おかげで助かったよ」

振り向くと、敵編隊を振り切ったメビウス1のF-2がすぐ傍に来ていた。彼は回避機動の最中で、ティーダの砲撃魔法も見ていたのだ。

「礼なんていらねぇ。それよりどうする、連中――」
「まだやる気のようだな」

ティーダがデバイスを振り向けた先には、メビウス1を逃がしたため編隊を組みなおすF-15Eの姿があった。残り三機、あっという間に七機もの味方が撃墜されたのに、彼らに諦める様子は無い。

「残りの弾は?」
「機関砲弾が四三〇発、AAM-4が二発、AAM-3が二発。もう1ラウンド行けるくらい余ってる」
「それじゃあ余裕だな――」

顔を見合わせ、頷き合った彼らは敵機に向かってアフターバーナー点火、カートリッジロード、それぞれ持てる力を持って加速する。
メビウス1はウエポン・システムに手を伸ばし、使用する兵装、AAM-4を選択。果敢にレーダーロックオンを仕掛け、ミサイル発射スイッチを押す。
放たれた二発のAAM-4は、しかし角度が良好とは言えなかった。おそらく、F-15Eが回避機動を取れば避けられる――だが、それこそがメビウス1の狙いだった。
突っ込んできたAAM-4を回避するべく、三機のF-15Eは編隊を解き、各々最適と判断した方向へ逃げを打つ。その間を、AAM-4が駆け抜けていき、爆発。撃墜には至らなかった。
ほっと安心したかのように編隊を戻そうとしたF-15E――その目前に、いつの間にか接近していたティーダの姿があった。AAM-4は、囮に過ぎなかった。

「さっきのお返しといこうか」

急接近。距離を詰められたF-15Eが逃げられるはずも無く、ティーダはそのテニスコート一面分ほどありそうな胴体に、容赦なく魔力弾を叩き込む。
胴体を真っ二つに割られたF-15E、それを尻目にティーダは流れるようにデバイスを水平に構えて、もう一機のF-15Eの進路上に魔力弾をばら撒いた。自ら魔力弾の雨に突っ込んだF-15Eは全身を穴だらけにされ、爆散。

「残り一機! メビウス1!」
「分かってる」

ティーダに恐れをなしたのか、急上昇で逃げるF-15E、残り一機。さすがにパワフルなF100エンジンを双発にしているだけあって、上昇力は凄まじかった。
だが、その行く手を阻むのはメビウス1のF-2。進路を先読みして上空に位置していた彼の機体を発見したF-15Eは慌てて反転し――下には、ティーダがいることに気付く。
敵ながら哀れなもんだな――ティーダはデバイスの銃口を、敵機に向けた。
相手が悪かったんだ――メビウス1は機関砲の照準を合わせる。

「これで」
「ラスト」
『終わりだ!』

引き金を引いたのは、ほぼ同時。赤い曳光弾と橙色の魔力弾の雨を浴びたF-15Eはなすすべも無く、主翼も胴体も尾翼もエンジンも粉々に粉砕され――空中に、その身を散らせた。


三日後のことである。
救出され、療養も兼ねてオフをもらっていたティアナの元に、メビウス1が尋ねていた。

「今日はお前さんに会わせたい奴がいてな」
「会わせたい――?」

とりあえず助けてもらったことに対して礼を言ったところで、彼が今回の用件を話す。
なんとなく、ティアナはメビウス1の言う会わせたい人と言うのが分かっていた。冷静な理性はそれはあり得ないと否定するが、胸のうちから湧き上がる期待は、止められなかった。
あの日、メビウス1と編隊を組んでいた魔導師と思しき光跡の主。幼い頃に一度だけ見た、兄のそれとそっくりだった。
幼少期の記憶なんてどこまでアテになるか分からない。だが、メビウス1に案内されている間の足取りは、妙に軽かった。同時に、心臓の鼓動は高鳴るばかり。

「出て来いよ、シスコン。妹さんが来たぞ」

面会所も兼ねている休憩室。そこでメビウス1が口を開くのと、「イィィィイヤッホォォォーー!! マイ天使(エンジェルと読もう)とダンスだぜぇいいいいい!!」と妙な奇声が聞こえたのはほぼ同時だった。パリーンッ!と窓を突き破る音もしたが、気にしないでおこう。きっと野球のボールでも当たったんだ。
数分後、何食わぬ顔で歩いてやって来た人物を見た瞬間――ティアナの涙腺は、一気に崩壊しそうになった。

「――久しぶりだな、ティアナ」

死んだと思っていた。

「大きくなったな」

もう会えないと思っていた。

「連絡出来なくて悪かった。ちょっと最近立て込んでて……おっと」

現実は辛い、と誰かが言っていた。ゲームやアニメのようにはいかない、と。
嘘だ、とティアナは胸のうちでそっと呟く。死んだと思っていた兄が、今、現実に存在している。

「兄さん!」

飛び込んだ時に感じた、唯一の家族の体温、鼓動。これが現実でないなら、何なのだ。優しく受け止めてくれた腕、これは何なのだ。
兄が、帰って来てくれた。紛れもない現実に直面したティアナは、久しぶりに飛び込んだ兄の腕の中、ずっと秘めてきた思いを涙にして流す。

「会いたかった……寂しかった…ぇぐ、死んじゃったと、おもっ、ひっく、思ってた――」
「あぁ――悪かった。ごめんな、心配かけて」

耳元で囁かれる、兄からの謝罪の言葉。その感触の、なんと甘いことか。
みっともないとは自分でも思う。だけど――今この瞬間は、思い切り泣かせて欲しい。大好きだった兄の、腕の中。もう二度と感じることはないと思っていたもの。
胸から込み上げてくる感情のままに、ティアナは泣いた。
さて、すっかり空気になっちゃってるメビウス1はと言うと、兄妹の感動の再会を目の当たりにし、少しばかり羨ましいと思い、そしてそんな自分に苦笑いを浮かべた。
メビウス1の家族は、もうこの世にいない。空から落ちてきた隕石が、何もかも奪い去った。守ってくれると信じた巨大対空砲は期待に答えず、結局ユージア大陸の空を支配するだけの、力の象徴に成り果てた。それすらも自らの手で破壊した。
だからだろう。目の前の二人が、どうしようもなく眩しく見えた。言い知れぬ寂しさのようなものを感じて、メビウス1は再び苦笑い。
唯一の家族だ、大事にしろよ――そっと、彼はティーダに向かって胸のうちで呟く。
まさにその瞬間であった。メビウス1は、気付く。ティーダが恍惚とした表情を浮かべ、ハァハァと必死にティアナに気付かれないようにしつつも鼻息を荒くし、右手がゆっくり、制服のスカートに包まれた彼女のヒップに近付きつつあることに!
訓練でそれなりに鍛えられたはずだが、女性特有のなだらかな丸みを帯びたラインまでは消せない。むしろ、余計な肉が取れて小さくきゅっと引き締まっている。ふむ、いい尻だ。実にまロい。
――じゃなくて。
ふるふると頭を振って邪念を消すメビウス1。このままでは彼女の尻が危ない! 違う、彼女が危ない。たぶんこのシスコン、妹を妹としてより一人の女として狙っているはずである。見よ、あの荒々しい鼻息を。まるで獲物を目の前にした飢えた狼だ。早めに駆除しないと。

「ティアナ、離れろ!」
「え?」
「いいから!」

訳も分からず、でもメビウス1の眼がマジだったのでティアナは素直に兄から離れた。ティーダは「うん? どうして離れるんだティアナ? 人前だからって恥ずかしがることはないぞ、さぁもう一度飛び込んでおいで」などと戯言を呟いていたので、メビウス1が自分に拳銃のUSPを向けていることなど知る由も無い。
PAM! PAM! PAM! とメビウス1、ティーダに向けて実弾発砲。非殺傷設定? そんな手加減してたら止まりません、こいつ。
発砲された九ミリ拳銃弾はティーダに殺到し――その瞬間、ティーダは叫んでいた。

「マトリックス!」

ぐきっ!と擬音が立ったような気がしたが気にせず、ティーダは腰を後ろにほぼ直角九〇度に折る。放たれた銃弾は空を切り、一発たりとも変態抹殺と言う使命を果たせず、壁に穴を開けた。

「イッツ、イリュージョン!」

ぎゅいんっと元に戻るティーダ。恐るべき機動性、きっと「ひらめき」か何か使ったに違いない。
ともかくも、いきなり発砲されたティーダは当然怒る訳で。

「……ッはぁ! いきなり何をするんだメビウス1、ぎっくり腰になるとこだったぞ!」
「そっちの方が問題かよっ じゃなくてだ。貴様、今彼女の尻を触ろうとしたろ」
「は? へ? ほわ?」

訳も分からず戸惑うティアナの仕草に「あぁ~かわええ~、さすが我が妹、嫁にしたい……」などと呟きつつも、ティーダは毅然とした表情でメビウス1に反論する。

「違う! ちょっと妹の成長を確かめようと思って」
「結局触ろうとしたんだろうが! お触り禁止だこの野郎!」
「うるさい、悪いか!? と言うかメビウス1、貴様だってティアナの尻を見て何を考えていた、まロいとか思ってなかったか!?」
「ぐっ……ええい、見るだけならタダだろうが!」
「やっぱりそういう魂胆か!」

ティーダ、懐からデバイスを持ち出し、バリアジャケット起動。
メビウス1、地上戦では勝ち目が薄いが負けじとどこからとも無く八九式小銃を持ち出し、セレクターをフルオートに。
互いに銃口を向け合ったところで、二人はふと、首筋に冷たいものが当てられていることに気付く。

「――二人とも、とりあえず頭を冷やしましょうか」

にっこりと天使のような笑みを浮かべて、クロスミラージュを両手に構えたヒロイン役のティアナが、その銃口を二人に突きつけていた。
――とりあえず停戦しようか?
――同感だ。
アイコンタクトでお互い意見を一致させたティーダとメビウス1は、それぞれ銃口を下ろす。

「もう――二人とも仲良くしてよ。って言うか、兄さんもメビウスさんもあたしのお尻そんな風に見てた訳!?」

同じく銃口を下ろすティアナだったが、先ほどまでの二人の会話の流れを思い出し、顔を真っ赤にして烈火のごとく怒り出した。
なんぼなんぼ唯一の家族である兄貴、尊敬するパイロットとは言えセクハラは許しがたいものがある。
二人はと言うとそれは違う!と弁明しようとして

「あいや、そうじゃなくてだな。やはり兄貴としては妹がこんな美人に育ってくれて嬉しいと言うか、その確認と言うか」
「俺も違うぞ。いや、やっぱり陸戦やってるだけあってスレンダーでいいスタイルだよなぁと思ったりもしたが」

その変態っぷりを表明してみせた。

「やっぱ二人とも頭冷やそう」
『アッー!?』

銃声が木霊し、二人の紳士(へんたい、と読もう)の悲鳴が響き渡る。
かくして、兄妹の感動の再会は終わったのでした ちゃんちゃん。


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最終更新:2009年03月20日 19:04