Call of Lyrical 4_03

Call of Lyrical 4 


第3話 チャーリーは波に乗らない/諜報員の"事情"


SIDE 時空管理局

二日目 時刻 0221
ロシア コーカサス山脈上空
ヴェロッサ・アコース査察官


乗せられたヘリのローター音は、想像していたよりも静かだった。尻の下にある固いシートさえどうにかしてくれたら、ひとまず言うことはない。
個人的には、土と泥、自身の血で汚れたスーツを取り替えて、あとはケーキと紅茶のセットでもあれば満点だ。口の中に広がる、未だ収まりきらない血の味は、治療魔法でそのうち消せるはず。
狭いキャビンの中、屈強な兵士たちに囲まれていたヴェロッサは、兵士たちと彼らが救出した諜報員――ニコライの会話に聞き耳を立てていた。

「米軍はもうアル・アサドを攻撃したのか?」
「いや、侵攻は数時間後だ。何故聞く」

ニコライの問いに答え、逆に聞き返したのは兵士たちの中でも特にベテランと言った風格の男。立派な髭を持ち、貫禄がありそうだ。おそらくは、指揮官に違いない。

「米軍は間違いを犯してる、アル・アサドを捕まえられる訳がない」

アル・アサド。ニコライの言葉から繰り返し出た一つの人名に、ヴェロッサは気になるものを感じた。どこかで、聞き覚えがあったのだ。
ゆっくりと記憶を掘り起こしていくと、徐々にその正体が浮かび上がってくる。自身が管理局の本局に送った、超国家主義者たちのキャンプでの諜報結果。その中にロストロギア、レリックが偽装した貨物船で中東に向かって運送されると言う情報があった。
情報を得た本局は執務官のクロノを送ってレリックの確保に望んだ訳だが、盗み見した書類にはレリックの輸送先に、アル・アサドと言う名前があったように思う。

「で、お前は何か知っているのか?」

知らず知らずのうちに思案顔を浮かべていたヴェロッサに、兵士たちの中でも一番若く見える男が声をかけてきた。
年齢は、二十歳を過ぎて間もなくと言ったところか。疑念に満ちた表情はしかし、指揮官や隣に座る中堅どころの兵士より若く、特殊部隊の隊員とは思えない。

「さて、ね」

肩をすくめて、ヴェロッサは若者の問いにとぼけた表情で答える。

「僕は偶然、このニコライ君と一緒に捕まっただけだから。君たちに話すことはないよ」
「てめっ……」
「よせ、ソープ」

ソープ、と呼ばれた若者は真面目に答えないヴェロッサに露骨に舌打ちしてみせたが、指揮官が彼を制止させる。
指揮官はヴェロッサに向き直ると、口を開く。

「お前にはお前なりの"事情"があるんだろう? あとでゆっくり、話を聞かせてもらおう」

おやっと、ヴェロッサは指揮官の眼を見た。この男、話が分かる方らしい。
いくら救助された身とは言え、別の組織の人間にべらべらと知ってる情報を話す諜報員はいない。ましてや、彼らはクロノ、すなわち管理局からの返還要求を突っぱねた。

「レジアスも似たようなことを言っていたからな」

指揮官はそれだけ言って、ヴェロッサから視線を逸らす。一五年前のある任務で、彼は現在のレジアス・ゲイズ中将と生死を共にしたそうだ。ヴェロッサの立場、管理局の人間の事情とやらを、理解してくれているのだろう。
しかし、とヴェロッサは考える。管理局と、現地世界の軍隊、テロリスト。これは思っていたより、複雑なことになりそうだ。もっとも、こっちの世界ではすでに、日常茶飯事になっているようだが。
ヘリのキャビンから見える、この夜空の向こうでさえ、それは続いている。日常茶飯事と化した、命のやり取りが。


SIDE U.S.M.C

二日目 時刻 1345
中東某国 海岸沿いにある街
ポール・ジャクソン 米海兵隊軍曹

制空権はすでに、国連の決議を受けてこの国に侵攻した米軍の手中にあった。
敵側のレーダーサイトや飛行場は、開戦とほぼ同時に巡航ミサイルやステルス爆撃機によって破壊された。一九九一年の湾岸戦争のように、空軍力を失った国の末路は悲惨なものだ。
それでも、決して彼らは降伏する様子を見せなかった。眼下に見える市街地からときどき撃ち上げられてくる、RPG-7対戦車ロケットの白煙、閃光。多くは風に流され、ふらふらとどこかに飛んでいってしまうが、新兵たちにはそれすらもが恐怖だろう。
だからこそ、俺たちベテランの出番なのだ。さっさと敵の指導者をとっ捕まえて、国に帰るとしよう。
ポール・ジャクソン米海兵隊軍曹は、この道十年の歴戦の兵士だった。実戦経験も豊富で、多少のことでは動揺しない。だから、ヘリからの高速降下も慣れた手つきで素早く地面に降り立つことが出来た。もはや嗅ぎ慣れた硝煙の匂いは、彼の思考に何の影響も与えない。

「第二分隊、目標までついて来い!」

同じく地面に降り立った、分隊指揮官であるヴァスケズ中尉の掛け声。言われるがまま、ジャクソンは相棒であるM4A1カービン銃に銃弾を装填、彼の背中を追いかける。
降り立った市街地は、中東独特の家屋や風景が並んでいた。壁に書き綴られたアラビア語の文字は、何かのスローガンか。
普段なら街道に露店でも並んで平和なんだろうが――ジャクソンは耳に入ってくる銃声、ヘリのローター音に顔をしかめた。街は今、戦場となっている。
照り付けてくる暑い太陽に不快感を覚えつつ、街道に出たジャクソンはふと、左側に見えたビルに眼をやった。ここが目標地点、敵の指導者アル・アサドが潜伏している場所らしい。

「扉を破るぞ、スタンバイ」

ヴァスケズはビルの壁面に身体を寄せ、傍にいた上等兵に指で指示を出す。上等兵は頷き、ビルの扉に爆薬をセット。
スイッチを押して、爆破。扉そのものを吹き飛ばした彼らは、巻き起こった煙に紛れ、屋内に突入する。
屋内にいた敵兵たちは何事かと驚き、銃を手に飛び出し――出てきたところを、待ち構えていたヴァスケズによって射殺された。クリア、彼が左手の親指を立てて後方に合図するとジャクソンも屋内に突入。今度は、彼が先頭になって進むことになる。

「ジャクソン、先導しろ」
「了解……」

囁くような声で了承し、ジャクソンは地下へと繋がる階段に向かった。事前のブリーフィングで、二階から上は別働隊が確保することになっている。
M4A1の銃床を右肩のくぼみに当てて、ジャクソンは階段を半身だけ出して警戒。敵影無し、そのまま銃口を正面に向け、下っていく。
下り終わるなり、彼は銃口を素早く左へ。ここが地下室、おそらくは敵がいる――来た!
物陰からAK-47を手に現れた敵兵はしかし、M4A1のダットサイトに収まっていた。躊躇せず、引き金を引く。走る閃光、響く銃声。対照的に、反動は軽かった。
出会い頭に銃弾を食らった敵兵はあっという間に絶命、ジャクソンはこれに目もくれず、地下室内に進入。さっと物陰に身を寄せて、腰のバックパックからフラッシュ・バンを投げる。
屋内戦において大きな効果を発揮するこの非致死性のグレネードは、強烈な閃光と爆音で見た者の視覚と聴覚を奪う。物陰に隠れ、眼を閉じていたジャクソンさえ、真っ暗な視界の片隅で白い光が爆ぜるのが分かった。同時に、フラッシュ・バンをもろに食らった敵兵と思しき悲鳴も。
好機と見たジャクソンは物陰から飛び出す。目元を押さえて、立つこともままならない敵兵が二人いた。ほとんど間を置かず、二人ともセミオート射撃で仕留める。
左手の親指を立てて、後方のヴァスケズたちにクリア、と合図を送り、さらに前進。右手の小部屋に向けて、もう一度フラッシュ・バンを投げつける――爆発音。一気に突入。
ジャクソンは腰を屈めて部屋に入ると、積み上げられていた木箱に身を寄せた。奥から銃声が響く辺り、ヴォルケノたちが正面から攻撃し、敵の注意を引き付けてくれているようだ。
ありがたいことだ――思考の片隅でそんな言葉を浮かべながら、M4A1のマガジンを予備のものと交換、クイックリロード。中途半端に弾薬を消耗したマガジンより、常に満タンのマガジンの方が安心できる。
コッキングレバーを引いて息を吹き返したM4A1を手に、ジャクソンは飛び出す。視界に入った敵兵はちょうど、こちらに側面を見せていた。
ジャクソンの存在に気付いた敵兵はAK-47の銃口を突きつけるが、引き金を引くのはジャクソンの方が早かった。銃声、薬莢が地面に落ちた証の金属音。急所を撃ち抜かれた敵兵は明後日の方向に向けてAK-47を撃って、その場に崩れ落ちた。

「オールクリア。敵兵を殲滅」

敵兵を始末したジャクソンは屋内を調べ、すでに生きている敵兵は存在しないことを知らせる。ヴォルケノは頷き、うつ伏せで倒れていた敵兵を蹴って転がす。

「ボディチェックだ、死体とアル・アサドの照合を急げ」

彼らの任務は、この国の指導者アル・アサドの確保、もしくは殺害だった。敵兵たちの士気の高さは、アル・アサドの存在によって支えられている。逆を言えば、彼を消してしまえば敵軍は総崩れと言うことになる。
ジャクソンは自分が撃ち倒した敵兵をひっくり返すが、露骨に舌打ちしてみせた。自分のやったことではあるが、放った銃弾は敵兵の顔面を砕いていた。明らかに、やり過ぎだ。
次からはもっと注意しないとな。反省と後悔、しかし敵兵に慈悲の言葉を投げかけることはない。戦争だ、いちいち死んだ奴のことなど気にかけていられない。
幸いにも、敵兵たちの階級章はみんな一等兵のような下から数えた方が早い者ばかりだった。リーダーたるアル・アサドが、こんな安っぽい軍服を着ているはずもない。

「特徴は一致しません」
「アル・アサドの痕跡無し」

他の兵士たちが調べた死体も、アル・アサドらしき者はいなかった。報告を受けたヴァスケズは適当に頷き、背中に大きな通信機を担いだ通信兵を呼び寄せ、マイクを手に取る。

「司令部、こちらレッドドック。目標のビルを制圧、アル・アサドは発見できず、オーバー」

明らかにイラつきが混じった、ヴォルケノの声。司令部の命令で行ったのに、肝心の目標がいなかったのだ。彼にはあとで情報部に抗議する権利がある。
だけども、作戦中にそれを言う訳にはいくまい。指揮官が取り乱しては、現場の士気に関わる。
ヴァスケズはマイクを通信機に戻し、司令部から新たな命令が下ったことを告げた。

「よく聞け。ここから五〇〇メートル先のテレビ局で、アル・アサドが放送を行っているらしい。徒歩で向かって、片付けるぞ。移動開始」

休む間も無く、海兵隊員たちは動き出す。ジャクソンもM4A1のマガジンをクイックリロードし、ビルの外に向かって歩き出した。


SIDE 時空管理局

二日目 時刻 1349
時空管理局本局
ヴィータ士官候補生

「現地調査、だぁ?」

ずるずるとオレンジジュースをストローですすっていたヴィータの耳に入った命令は、まさに寝耳の水だった。
闇の書事件から二年、保護観察の処分も真面目に任務をこなすことで解除。以後は武装隊に士官候補生として在籍していた彼女だったが、今回の命令には眉をひそめてしまった。

「ああ、目的地は九七管理外世界。中東だな」
「それは聞いた。あたしが言いたいのはそうじゃなくて」

発行されたばかりの命令書を読む同僚の武装隊員に対し、ヴィータはいかにも納得してなさそうな表情。

「なんだ、この"現地世界の脅威レベルの確認"ってのは」

ちょんちょんと指先で命令書の中の一文を突く。目的と言う項目に、彼女の言ったことがそのまま記してあった。
調査と一口に言っても、目的によって対象は様々だ。気候、地質、現地情勢、文化。だが今回はそのいずれとも違う。脅威レベル、すなわち軍事力、それに関連した技術力の確認。
ヴィータにしてみれば、九七管理外世界は主である八神はやての出身世界だ。彼女自身にとっても、故郷と呼んでいいほど思い入れのある世界。
要するに、彼女がこの命令に不快感を覚える理由は一つ。管理局は、九七管理外世界を脅威と見なしているのかもしれない。

「それを調べるのが、お前さんに与えられた今回の仕事なんだろう?」

思ったことをありのままに話すと、武装隊員はあっけらかんと答えた。ミッドチルダ出身の彼には、管理外世界のことなど気に留めることでもないらしい。
ただ、根っからの薄情者ではないらしく。周囲に人目がないことを確認した彼は、わざわざ念話でヴィータにこの命令の裏事情を話してくれた。

<<俺が聞いた話、なんだけどな>>
「……なんだよ、急に」
<<いいから、念話に切り替えろ>>

渋々、ヴィータは念話に切り替えた。武装隊員は、話を続ける。

<<その九七管理外世界……中東ってとこは、戦争が多発してるそうだ>>
<<知ってるっての。それが?>>
<<分かんねーのか? お前さん、戦場に投入されるかもしれないってことだぞ>>

あぁ、とヴィータはようやく武装隊員の言葉の意味を理解した。
九七管理外世界の日本、海鳴市に住む老人たちとゲートボールで交流のあった彼女は時折、彼らに会いに行く。その時見かけたテレビのニュースなどで、中東と呼ばれる地域では戦争が多発していると言うことを聞いた。遊びに行くのが目的だったので、あまり詳しくは聞いていないが。
別にこれが初めてではない。本局の中には、元犯罪者と言う身分でありながら管理局に雇用された者をよろしく思わない奴がいる。そういう奴らが下した命令は大抵、危険地帯の偵察であったり、戦闘行為をやめない各管理世界勢力への武力行使だったり。何度か、彼女もその手の任務を任されたことがある。無論、全て成功させて生きて帰ってきた。

<<どうってことねーよ>>
<<なっ……>>

暢気にオレンジジュースを飲むのを再開するヴィータに、武装隊員は驚きの声。次いで、その表情にはわずかに見える怒りの感情が。俺は心配してんだぞ、とでも言いたげだった。
ヴィータはそんな彼に微笑みを見せる。主や同じヴォルケンリッター、闇の書事件を駆け抜けた友以外にも、自分を心配してくれる奴がいた。人間、なかなか捨てたもんじゃない。

「まぁ……心配してくれてありがとな。でも大丈夫だろ」

いきなり直に声を出されて、武装隊員はまた驚く。今度は少し、照れた表情。面白い奴だな、とヴィータは思った。
出発は翌日。早速ヴィータは準備を始めるべく、部屋に戻ることにした。
この時は、考えもしなかっただろう。
まさか調査に行った先で、人も地獄を作れると思い知らされようとは。


SIDE U.S.M.C

二日目 時刻 1400
中東某国 海岸沿いにある街
ポール・ジャクソン 米海兵隊軍曹

道中激しい抵抗に遭いながら、それすらも蹴散らしてきたジャクソンたち海兵隊は、ようやくテレビ局に辿り着いた。

「やれ」

ヴォルケノの指示を受けた兵士が、テレビ局の扉に爆薬をセットする。最初のビルを制圧した時と同じ方法だ。
スイッチを押して、起爆。派手な爆風と共に扉が吹き飛び、兵士たちは飛び込む。突入するなりM4A1やM16A4を乱射するが、今回は敵兵が出てこなかった。襲撃を察知して、奥に潜んでいるのかもしれない。
ヴォルケノが視線を向けてきて、指で「先行しろ」と合図。ジャクソンは頷き、数名の兵士を率いてテレビ局内を前進開始。
各フロアに繋がる通路に足を踏み入れる――その瞬間、通路の奥で何かが動くのをジャクソンは見逃さなかった。
咄嗟に壁に身を寄せる。直後、身体を掠める銃弾、響き渡る銃声。死神が、目の前を通り過ぎていったようだ。
冗談じゃない、とジャクソンは手榴弾のピンを抜き、三秒カウントして通路の奥へ投げる。手榴弾はピンを抜けば五秒後には爆発するから、向こうに落ちると同時に爆発するはずだ。
案の定、彼の投げた手榴弾は投げ返されることもなく爆発。破片と爆風が周囲の壁、そして敵兵を引き裂く。

「GO! GO! GO!」

銃撃が止んだ。ジャクソンは尻込みする新兵の肩を叩き、M4A1を構えたまま前進する。不利と見た敵兵たちは一時後退した模様で、銃弾は飛んでこなかった。
いくつかの小部屋を抜けて、サーバールームと思しき場所を前にして、一度ジャクソンは壁に身を寄せる。いい加減、敵も反撃してくると踏んでの行動だった。
その時、勢いづいた味方の兵士が止まりもせず、サーバールームに突っ込んでいくのが見えた。待て、とジャクソンが声をかけようとした瞬間、AK-47の銃声が響き、兵士は仰け反って倒れた。
くそ。短く吐き捨てて、ジャクソンはサーバールームに突入。同時にM4A1のセレクターをフルオートに切り替えて、倒れた味方の元に駆け寄る。
奥で待ち構えていた敵兵たちは激しい銃撃をジャクソンに浴びせるが、立ち並ぶ電子機器が銃弾の行く手を阻む。飛び散る火花は熱かったが、死ぬよりマシだ。
銃撃を突っ切って倒れた味方兵士の元へ。助け起こそうとして、ジャクソンはすでに息が無いことに気付いた。

「――くそったれ!」

死んだ兵士のバックパックから手榴弾をもぎ取り、敵兵たちが潜む壁の向こうに投げつける。いきなり手榴弾を投げ込まれた敵兵たちは悲鳴を上げて飛び出すが、その背中にジャクソンの放つ銃弾が叩き込まれる。手榴弾のピンは抜いていない、まんまと敵はフェイクに引っかかった訳だ。
フェイクに使った手榴弾を回収し、ジャクソンは後方にクリア、と合図を送る。やって来たヴァスケズは戦死した部下を見て表情を歪めたが、ドックタグを取ると前進を続けるよう指示。止まる訳には、いかなかった。
サーバールームを出ると、やけに広い部屋に着いた。多数のデスクやテレビ、おそらくはテレビ局のスタッフの仕事場だろう。二階すら存在する。
遮蔽物が多いのは身を隠すのに使えるからいいとして、待ち伏せには絶好のポイント。ジャクソンの地形の見る目は、皮肉にも敵によって証明された。

「伏せろ!」

誰が言ったか分からない。だが、そうしなければ死ぬ。ジャクソンは素早く、物陰に身を寄せて姿勢を低くした。
数瞬して巻き起こるのは、爆発、銃撃。鼓膜を破る勢いで発生した爆音と銃声の大合唱は、敵によるもの。デスクごと吹き飛ばされたテレビが目の前に落ちてきて、さすがのジャクソンも冷や汗をかいた。

「RPGを持った敵が二階にいる、排除しろ!」

ヴァスケズの指示が飛んで、ジャクソンは視線を上げる。目標確認、RPG-7対戦車ロケットを持った敵兵が、二階からこちらを見下ろしていた。もともとは対戦車用のはずなのだが、その多用途性は世界のテロリストが愛用していることからも知られている。これを潰さなければ、前進できまい。
何とか距離を詰めて、一撃で仕留めたいところだが――わずかに身を乗り出したところで、銃弾がデスクの上にあったパソコンやテレビを粉砕していく。一階にも敵兵がいるらしい。
もったいねぇ、と足元に散らばるパソコンの残骸に目をやりながら、ジャクソンは匍匐でヴァスケズの元へ行く。

「……ジャクソンか! 上のRPGを始末してくれ!」
「そのつもりです! 射点を移動するから、援護を!」

ジャクソンは小部屋の一つを指差す。RPG-7を持った敵兵たちにとって死角となるそこは、狙撃には絶好のポイントだ。

「OK! 全員聞け! 俺の合図で、一斉に撃ちまくれ! 敵が見えてなくてもいい、とにかく撃つんだ!」

ジャクソンの意図を察したヴァスケズは、周囲の部下に向かって怒鳴る。そうしないと、この銃声と爆音の嵐では掻き消されてしまうのだ。
匍匐で元の場所に戻ったジャクソンはM4A1を手に、半壊したデスクに身を寄せる。ヴァスケズの方を見ると、親指を立てて準備OKとサインを送ってきた。
息を吸って、吐いて、吸って、吐いて――何度かの深呼吸の後、だっと彼は駆け出した。小部屋まではわずか一〇メートルだが、銃弾が飛び交う中では、その一〇メートルがひどく長い。

「射撃開始だ、撃て! Fire! Fire! Fire!」

ヴァスケズの怒鳴り声が後ろから聞こえた。直後、勢いを増す銃声の嵐。だが、その半分は味方のものだ。
分隊全員の援護射撃を受けたジャクソンは全力疾走、小部屋に向かって飛び込む。一息つく間もなくM4A1を構えて立ち上がり、二階のRPG-7を持った敵兵に照準を合わせる。
RPG-7を持った敵兵たちは、いきなり撃ち返してきた海兵隊に驚きつつも、即座に黙らせようと二発目を装填しようとしていた――させるものか。ジャクソンは引き金を引く。軽い反動が肩に響き、薬莢が弾き出されていく。銃口から飛び出した銃弾はまっすぐ突き進み、RPG-7を持った敵兵を横から貫く。あっと短い悲鳴を上げた敵兵は力なく倒れ、一階へと落ちてしまった。
よし、とジャクソンはM4A1の銃口を下げた――が、一階の敵兵たちが彼が転がり込んだ小部屋に向けて、手榴弾を投げてきた。ピンは抜けている、何秒かしたら爆発する代物。
――ええい!
常人なら逃げるところだが、ジャクソンは投げ込まれた手榴弾を掴み、小部屋の外に放り投げた。
爆発。空中に放り投げられた手榴弾はしかし、ジャクソンを傷つけることはなかった。あと一秒でも躊躇していたら、結果は違っただろうけども。
ともかくも、RPG-7の脅威は失せた。ヴァスケズたちは前進を再開し、一階に展開していた敵兵たちを順次駆逐していく。

「やぁ軍曹、生きてるか?」
「――おかげさまで」

一階の敵兵を掃討し終えると、ヴァスケズがジャクソンの元にやってきて、彼を助け起こす。
アル・アサドがいるのは、二階の放送室。まだ、任務は終わっていなかった。


二階の階段へと繋がる通路へ向かうと、突然彼らの持つ個人用の携帯通信機に通信が入った。

「撃つな、友軍が出てくる!」

はっとなって、ジャクソンは通路にある扉に眼をやる。奥から出てきたのは、グリッグ二等軍曹率いる別働隊だった。

「よう、お互い無事で何よりだ」
「お前もな」

気軽に声をかけてくるこの陽気で常に半袖な黒人兵士は、ジャクソンの友人でもあった。武器はM249 MINIMI軽機関銃、重火器を好む。
グリッグはヴァスケズにここまでのルートは全て制圧したこと、その途中アル・アサドらしき人物は一切見かけなかったことを報告すると、彼らに合流。二階の放送室に向かうことになった。
階段を昇って二階へ。通信アンテナのある屋外へ出ると、頭上を同じ海兵隊のAV-8BハリアーⅡが駆け抜けていくのが見えた。上の連中も、航空支援で頑張っているようだ。
再び屋内へ入って目的の放送室へ向かう彼らだったが、ジャクソンはふと妙なことに気付く。先の銃撃を突破して以来、抵抗らしい抵抗に遭っていない。
罠かとも思ったが、放送室への扉が目前になると、その可能性すら怪しい気がしてきた。
こいつは、ひょっとすると――。

「奴はここだろう、声が聞こえる」

グリッグが言うと、ヴァスケズの指示を受けた兵士が扉の前に立つ。彼はショットガンを構えると、扉に向けて二発発射。固定に必要な部分を弾き飛ばされた扉はその後、グリッグが蹴飛ばすことで放送室への道を開けた。
GO!と兵士たちは一斉に飛び込んでいく――だが、放送室には誰もいなかった。

「クリア」
「クリア」

報告する兵士たちの声も、どこか不安げ。いったい、アル・アサドはどこに消えてしまったのか。

「……ループしてる、放送は録画だ」

放送室内のテレビを眺めていたグリッグの言葉で、皆があっと気付く。
最初から、アル・アサドはここにいなかったのだ。時間を稼ぐために用意した、フェイクに過ぎない。
やれやれと、ジャクソンは肩をすくめた。まったく、情報部万歳だ。

「グリッグ、放送を止めろ」
「了解、こっちの方がマシだな」

ヴァスケズすら不機嫌な表情を露にしていた。グリッグが言われるがまま、テレビのスイッチに手を伸ばす。ついでに放送室にあった機材を適当に物色した彼は、腰のバックパックから一枚のディスクを取り出した。そいつを機材に入れて、スイッチを弄る。途端に流れるのは、胡散臭いプロバカンダ放送から、陽気なラップに。

「こちらレッドドック、司令部。テレビ局は制圧したが、アル・アサドはいない。放送は録画、オーバー……了解」

ビルを制圧した時と同じく、ヴァスケズは司令部に報告する。だが、その表情は思わしくない。

「聞け。再度集合、新しい任務が下った。荷物をまとめて移動だ、行くぞ」

やれやれ、またか。
暑苦しい鉄兜を一度脱ぎ、ジャクソンは水筒を持ち出し、一口だけ飲んだ。がぶ飲みはかえって体力の消耗を招くから、ごく少量を噛むようにして味わい、喉を潤す。
たったそれだけなのに、今の彼には国で飲むとびっきり冷えたビールと同じくらい、美味いように思えた。
さっさと終わらせて、今度は本物のビールを味わいたいものだ。



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最終更新:2009年05月07日 19:57