Call of Lyrical 4_05

Call of Lyrical 4


第5話 空からの死/共闘


SIDE SAS

二日目 時刻 0407
ロシア西部
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ軍曹


合流地点まで残り三キロを切った。敵地の土を踏みしめながら、ソープは夜空の向こうで聞き慣れない低音を耳にする。
記憶を掘り起こして音の種類を探り当てると、どうやら航空機のエンジン音のようだ。それも雷のようなジェット音ではなく、古くから使用され続けてきたプロペラが回る音。
行動を共にする仲間たちに眼をやるが、髭面の指揮官であるプライスはともかく彼の副官のギャズ、諜報員のニコライは音を聞いてもちらっと夜空を一瞥しただけで、相変わらず銃口を各々警戒すべき方向に向けたまま前進を続けている。
ただ一人、敵地のど真ん中で白のスーツと言う場違いな格好をした管理局員、ヴェロッサのみが怪訝な表情を浮かべ、時折夜空に視線を投げていた。
ソープからの視線に気付いたヴェロッサは何の音だい?とでも言いたげだったが、ソープの方も首を捻るほかなかった。
その時、前を行くプライスが緊急停止し、後方の部下たちに向かって左手を上げた。止まれと言う意味を含めたハンドサイン、何かあったに違いない。
プライスの見据える先を覗き込んだソープは、げっと顔を曲げた。獣道も同然の細い路地、その先に広がる整備された国道にT-72戦車、BMP-3装甲車、兵員輸送用のトラックにそれに乗ってきたと思しき二〇人以上もの歩兵が展開していた。合流地点はこの国道の先にあるのだが、敵も無能ばかりではない。ソープたちの進撃ルートを元に合流地点を概ね割り出し、先回りしたのだろう。
敵兵はともかく、戦車や装甲車は厄介なことこの上ない。対戦車ミサイルでもあるならともかく、彼らの得物はM4A1やG36C、AKS-74UにMP5と言った小火器ばかりだ。対人用の破片手榴弾もあったが、これで装甲車両の撃破は望めない。
飛び乗って車内に手榴弾を投げ込む? 現代の戦車相手にそれは自殺行為だ。近付けば最後、車載機関銃でミンチにされる。
ザッと、片方の耳にセットしていた通信用のイヤホンに雑音が入った。何だこれは、とソープは言いかけて、雑音がはっきりと聞き取れる音声に変わっていく。この発音は紛れもなく英語、それも自分たちイギリス流ではなくアメリカ流のそれだ。

「ブラボー6、こちらウォーハンマーだ。待たせたな、準備完了」

ウォーハンマー。通信の相手は、そう名乗った。まるでその瞬間を図ったように、頭上を先ほどから響いていた低音が駆け抜ける。姿は見えなかったが間違いなく、航空機、そ
れも大型機のプロペラ音だ。

「神だ、天の声だぜ」

夜空を見上げるギャズは、見えないことを承知で航空機の来訪を素直に喜んでいた。彼はどうやら、航空機の正体が何なのかを知っているらしい。
プライスがウォーハンマーと名乗った通信の相手に向けて、首元のマイクを通じて交信を開始。

「ウォーハンマー、支援を要請する。国道に展開する装甲車両は見えるな? そいつらを排除しないと先には進めん」
「TV、確認してくれ――よし、見えたぞ。君たちはどこだ?」
「装甲車両から南西一〇〇メートルだ。こっちを吹き飛ばさないでくれよ」
「了解、始めるぞ」

回線はオープンのまま通信を終えたプライスは、部下たちに頭を下げるよう命令を下す。
素直に従うソープの隣で、同じく身を低くしたヴェロッサが問いかけてきた。いったい何が始まるんだ、と。
ソープは答えなかった――否。答えることが、出来なかった。
次の瞬間、夜空から突如として降り注いだ死の"砲撃"が、展開していた敵部隊を紅蓮の炎の中へと誘った。



SIDE AC-130

二日目 時刻 0408
ロシア西部上空
赤外線カメラ操作員


どかーん、と。
商売道具のカメラを通じてAC-130スペクター対地攻撃機から地上を見下ろす彼は、幼稚な擬音を口にする。
幼稚とは言うが、目の前の光景を見れば、誰でもそう言わざるを得まい。陸の王者たる戦車、屈強な兵士たちが、突如として空から放たれた神の雷によって粉砕され、空中高く放り投げられ、ゴミのように地面に叩きつけられる。あとに残るのは砲撃の名残である黒煙、へこんだ地面に戦車の残骸、もはや誰であったかすら分からない人間の四肢。
そう、まさに神だ。AC-130、ガンシップと呼ばれるこの機体は二五ミリ機関砲、四〇ミリ機関砲を搭載し――それだけでは求めたものに届かず、ついには一〇五ミリ榴弾砲まで装備した、味方にとっては救いの女神、敵にとっては疫病神とも言うべき存在だった。
すなわち、俺は神の代弁者と言うことだな――歪んだ笑みを浮かべ、赤外線カメラを操作し目標を見つけることから、TVと呼ばれる操作員はカメラを操作し次の目標を探す。
舐めるようにカメラを通じて地面を見るTVは、国道を徒歩で移動する複数の歩兵と思しき者を見つけた。
敵だ! 子供のように喜んで砲撃を命じようとしたところで、コクピットのサブディスプレイから同じ画面を見ていた機長が口を開く。

「いたぞ、イギリス人だ。ストロボを焚いてる、これが目印なんだ」

どうやら敵ではなく、離陸前にブリーフィングで伝えられた救助すべきイギリス人連中らしい。確かによく見れば、友軍の証として空に向けてストロボを焚いている。
残念、敵じゃないのか。不服そうな表情を隠そうともせず、彼はカメラをずらして今度こそ敵を探す。

「あー、TV? 教会は見えるか?」
「――はい、なんですって?」
「教会だ。下に村がある、その中央」

めんどくさそうにカメラを動かし、TVは眼下にある村へ。情報によればこの村は超国家主義者たちによって占拠され、本来の村民はほとんど残っていないらしい。
やりたい放題な訳だ。すぐにそう考えてしまうのは、このTVの人格が大きく歪んでいることの証である。
ところが、そうではないらしい。教会の屋根にあるのは十字架、すなわちキリスト教のものと言うことだ。機長は教会を撃つことだけはやめろと言ってきた。

「くそ、神は俺なのに」
「何か言ったか、TV」

何でもありません。白々しく答えて、仕方なく彼は目標から教会を除外する。一応正義の軍隊を掲げるアメリカとしては、世界中のキリスト教徒から批判されるのは避けたいのだろう。もっとも、神の代弁者を気取るTVにしてみれば知ったことかと言いたいのだが。
不満げな表情を隠そうともせず、引き続きTVはカメラを操作し地上を睨む。村の中心部にある教会、その周囲を取り巻く家屋、画面の上の方から並んで進むストロボの光は救助すべきイギリス人たち。
ん?とTVは地上にて、かすかに蠢く何かを見つけ、すかさずカメラを向けた。撃つなと厳命された教会に、一輌の乗用車が近付きつつある。併せて、教会から明らかに銃で武装した兵士たちがわらわらと飛び出し、一部の者は車に乗って移動を開始した。その行く先には、イギリス人たちがいる。
おいおい、何が"教会を撃つな"だ。テロリストの根城になってるぞ。TVは機長に眼下の兵士たちは友軍の証であるストロボを炊いておらず、イギリス人たちに向かって進んでいるころを知らせた。併せて、発砲許可も要請する。

「了解、動いてる車両とストロボのない兵員全てに発砲を許可する」

それ来た。今度こそ明確に下りた命令にはしゃぎ、TVはカメラを先ほど姿を現した車両に向ける。兵員を満載した車両は民間から徴用したものらしく、特に装甲も施されていないようだ。もっとも、これから彼が下す神の裁きにすれば、多少の装甲など段ボールも同然だ。
射撃手に命じて、ボフォースL60四〇ミリ機関砲の射撃準備。本当は一〇五ミリ榴弾砲でも叩き込んでやりたいのだが、そんなことをすれば教会にまで被害が及ぶ。
神は器用でなければならないのだ。自分にそう言い聞かせて、TVは射撃開始を命じる。目標は地上、兵員を満載してSASの攻撃に向かうテロリストの車両。

「Rock'n'roll!」

神の裁きが下された。AC-130の機体側面に装備された四〇ミリ機関砲が猛然と火を吹く。
たった一門、しかし放たれた砲弾は牛乳瓶よりもデカく、着弾時に生ずる衝撃と爆風は装甲のない車体や人体などボロ雑巾のようにしてしまう。
短い間隔で撃ち下ろされた四〇ミリ機関砲の砲弾は車両に直撃。派手に爆発を起こし、乗っていた兵士たちは宙に投げ出された。
まだいるぜ。カメラの向こうで突然上空から砲撃を浴び、混乱する兵士たちを歪んだ笑みで見つめながら、TVは射撃続行を命令する。

「やったぜ……どかーん」

砲弾が着弾する度、地面にいる兵士たちは無慈悲な爆風と衝撃に晒される。ある者は天高く放り投げられ、ある者は横から衝撃を食らって吹き飛ばされる。彼らの多くは身体の一部、もしくは全部を粉砕され、もはや誰が誰なのかすら判別不明なほどグシャグシャにされた。白黒の赤外線画面では見えにくいが、TVはカメラの向こうで自らの手により吹き飛ばされる人間たちを見て、子供のように楽しんでいた。
これだからAC-130は素晴らしい。これだから戦争はやめられない。これだから神はやめられない。
家屋に逃げ込もうとした兵士が見えて、しかしTVはにたりと笑う。OK、姿を見せないならこうだ。

「あそこの家屋に二五ミリを撃て」

射撃手に命じて、今度はGAU-12二五ミリ機関砲の射撃準備。毎分三六〇〇発の徹甲焼夷弾の雨、これなら姿が見えなくたって関係ない。おおよその位置さえ掴んでしまえば、後は撃ちまくって遮蔽物ごとミンチにしてやるだけだ。
二五ミリ機関砲の砲身が地面に向けられ、射撃開始。あまりに高速で放たれるため野獣のうなり声のようにも聞こえる砲声は、TVの耳にも入っていた。あぁ、この音がたまらない。百万の美女に耳元で甘い言葉を囁かれても、この野獣のうなり声の魅力には敵わない。
地面を耕すような勢いで放たれた無数の機関砲弾は、敵兵が隠れ込んだ家屋に殺到。屋根を剥がし、壁を砕き、ものの数分で解体作業は終了する。中に入った敵兵がどうなったかは、あえて言うまい。
これだけ派手に撃っていると言うのに、健気にも敵兵たちは諦めようとしなかった。あっちこっちの家屋から飛び出し、イギリス人たちの進行を阻む。中にはAC-130の機影を見つけたのか、雑多な小火器で対空戦闘を試みる者さえいた。無駄と知りつつも、彼らには我慢できなかったのだろう。上空を飛ぶこの疫病神は、一方的に仲間たちを奪っていった。だが、その心意気がTVの心に憎しみにも似た邪悪な影を落とす。
俺に逆らう気か、ふざけやがって。いいだろう、神の力を見せてやる。

「一〇五ミリだ、準備急げ」

ついにこいつを使う時が来た。航空機に搭載可能な火器としてはおそらく史上最大級のものであろう、一〇五ミリ榴弾砲。こいつに撃たれたらどんなものだって粉砕されてしまう。TVが"神の力"と呼ぶのも、あながち大げさではない。強いて間違いを指摘するのであれば、TVはそれが自分の力だと考えていることだろうか。
四〇ミリや二五ミリと違って、一〇五ミリ榴弾砲はいちいち砲弾を装填する必要がある。装填手が砲弾を込める間が、TVにとっては非常に長く感じられた。
装填完了。機内の通信システムを用いて告げられた報告を聞いた時、TVはにやりとさぞ嬉しそうに笑みを浮かべた。

「よし、撃て」

途端、機体にそれまでの射撃とは明らかに異なる大きな反動が走った。七トン近い重量を持つAC-130であっても揺れるほど、一〇五ミリ榴弾砲の威力はすさまじい。
放たれた砲弾は地面に落ちていき、直後、カメラの向こうで巨大な爆風と黒煙が上がった。生み出された衝撃波と爆風は人も木も車も家も大地も、みんな等しく平等に薙ぎ倒す。
村の一角を完全に吹き飛ばすほどの爆風が収まった時、そこに動くものは存在しなかった。かろうじて人の形を保ったままの兵士も、すでに息絶えていた。
たまんねぇ。どうだこの野郎、神の力を思い知ったか。
動くもののいなくなった眼下に向けて、TVはその歪んだ性格を露にさせていた。

「やりすぎだ馬鹿野郎、味方に当たるところだったぞ」

機長からの注意も、彼の耳には入っていない。適当に了解とだけ答えて、再びカメラを操作し次の目標へ。
さぁ、どんどん出てこい。神の力を見せてやる。


SIDE SAS

二日目 時刻 0416
ロシア西部
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ軍曹

一方で、地上。ソープたちSASはAC-130からの強力な航空支援の下、順調に合流地点へと向かいつつあった。
途中、不幸にも偶然通りかかった民間人の車両を強制徴用し、進路上に存在する敵兵たちを駆逐しつつ前進する。

「いい気分はしないね、まったく」

後部座席にて身を屈めるヴェロッサは、民間人から徴用した車両の乗り心地がお気に召さないらしい。生き残るためとはいえ、どうしても納得いかないのだろう。
同じく後部座席に座るソープはそんな彼のぼやきに答えず、ニコライと共にMP5の銃口を車外に突きつけていた。運転するのはギャズで、助手席にプライス。M4A1の銃口を車外に向けつつ、プライスは地図を開いてギャズに進行方向の指示を下している。

「これ、スピード違反の罰金取られますかね」
「案ずるな、そもそも盗難車だ――この道をまっすぐ、道なりに」

先ほどからギャズはアクセルを踏むことはあっても、ブレーキを踏むことはなかった。AC-130が発見次第潰してくれるとは言え、敵兵たちは次から次へと湧き出てくる。速度を
落とせば、銃撃に晒されるのだ。道端で時折光る銃撃の閃光が、何よりの証拠。
ソープとニコライ、プライスは各々手にした銃で敵兵たちに銃撃を仕掛けるも、猛スピードで走る車からでは命中は見込めまい。ほとんど気休めのようなものだ。
森の中の国道を抜けて、スクラップヤードと思しき広場へ。中央にある大きなクレーン、その周囲を無数の廃車が取り囲んでいる。何軒か家屋もあるので、おそらくは敵兵たちが潜んでいるだろう。視線を巡らせれば案の定、家屋の屋上で何かが動いているのが見えた。
十中八九敵だろうな。ソープはMP5の銃口の向きを変えて、そこで気付く。

「――RPG!!」

叫んだ瞬間、ギャズも気付いていた。直後、家屋の屋上で白い閃光が走って煙が上がる。
衝撃、爆風。ギャズのハンドル捌きが間に合わなければ、車もろとも木っ端微塵にされたに違いない。RPG-7、旧ソ連時代からの対戦車ロケットだ。
回避に成功した車はしかし、急激な方向転換のおかげでバランスを崩してしまった。くるりと一回転して道を外れ、森の中へ。
うわ、と隣で悲鳴が上がった。ヴェロッサのものだろうが、確信はない。がつんと強い衝撃があって、車は止まった。

「――くそ。みんな無事か?」
「生きてます」
「どうにか」

プライスは全員の無事を確認し、車を降りた。車の方は大きくへこんでおり、"戦死"したのは明らかだ。ここから先は、再び徒歩になる。
頭でも打ったのかフラつき、もたもたするヴェロッサをソープは車から引きずり出す。それから、戦死した車に手短な敬礼。いい働きだった、二階級特進にしてやる。

「ウォーハンマー、車両を放棄する! ここからは徒歩で向かう、援護頼む!」
「OK、任せろ」

上空で猛威を振るっているAC-130にプライスが車両の放棄を連絡すると同時に、先ほどRPG-7が放たれた家屋の屋上に、四〇ミリ機関砲弾が叩き込まれる。轟音、爆風、空中に放り投げられるのはRPG-7を撃った敵兵だろう。これでひとまず、RPG-7の脅威は失せた。
各々銃口を前に突きつけ、ヴェロッサだけはソープに守られる形で前進再開。進路上に存在する敵兵たちは、こちらが撃つ前にAC-130が片付けてくれる。
悲鳴が上がって、ソープは振り返る。ヴェロッサが地面に膝を突いていた。撃たれたのかと焦ったが、単純に転んだだけらしい。もっとも額に浮かべる汗から察するに、当人はかなり体力を消耗しているのだろう。

「ほら、頑張れ。もうちょっとだ」

ソープはヴェロッサを助け起こし、肩を貸す。ヴェロッサは一人で大丈夫だ、と遠慮しようとしたが、ソープは強引な形で彼を引っ張りぐいぐい進んでいく。

「悪いね――終わったら君にケーキをご馳走しよう」
「分かったからほら、行くぞ」

視界の隅に敵兵らしき者が飛び出すのが見えて、ソープはヴェロッサに肩を貸したままMP5の銃口を向けて、引き金を引く。片手だけで撃ったMP5の銃口は反動で大きく揺れたが、敵兵はあっと短い悲鳴を上げて倒れた。うまいもんだね、とヴェロッサが賞賛してきたが、無視してプライスたちの後を追う。

「ブラボー6、その位置で停止。前方一五〇メートルの家屋、RPGを持った奴がいる。駆除するから待ってろ」

その時、AC-130からの通信が入ってきて彼らは足を止める。なるほど、確かに前に見える家屋の屋上に、複数の敵兵らしき者が見えた。
しかし、ソープは敵兵たちの装備に違和感を覚えた。奴らは本当にRPG-7を持っているのか? 何故こちらを見ず、上空ばかり指差しているんだ。
答えはほかならぬ、敵兵たちの方から返ってきた。閃光、白煙。RPG-7のそれとは違う、発射された弾頭は空中に舞い上がり、何かを見つけたように方向を変え、夜空を突き進んでいく――RPGじゃない、SAM(対空ミサイル)だ!


SIDE AC-130

二日目 時刻 0425
ロシア西部上空
赤外線カメラ操作員


「ウォーハンマー、気をつけろ! そっちにミサイルが――」

カメラを操作し、地上にいる敵兵たちを片っ端から狙い撃ちしていたTVの耳元に、地上のイギリス人から通信が入った。
だが、彼の集中は耳ではなく眼に行っていた。地上の虫けら共を、神の力を持って駆除していくのが楽しくてたまらない。イギリス人たちからの警告など、彼にはただの雑音に過ぎなかったのだ。
だから、機体が突然がくんと揺れた時は驚き、機内の通信システムで機長に文句を言った。何してるんですか、これじゃ敵を狙えない。

「馬鹿野朗、ミサイルが来てるんだよ!」

返ってきたのは、機長の怒鳴り声。えぇ?と半信半疑でカメラを動かし、画面に映ったものを見る――瞬間、TVの表情は顔面蒼白となった。
機長の取った回避機動は、奇襲攻撃を受けたにしては見事なものだった。ほぼ満点と言っていい。ゆえに、撃ち上げられたミサイルは直撃せず、それでも近接信管を作動させて爆発。爆風と衝撃によって加速させられた破片が、AC-130の胴体に叩きつけられる。

「くそ、やられた――どうだ?」
「飛行に支障無し。ですが、戦闘続行は不能です」

機長は隣の副操縦士に機体の状況を尋ね、ひとまずはほっと胸を撫で下ろした。撃墜されなかっただけでもよかったとすべきだろう。
続いて機内のクルーたちに負傷者はいないか尋ねる。皆、元気のいい声が返ってきた――ただ一人、TVを除いては。
射撃手にTVの様子を見てくれと頼み、ほんの少しの間を置いて通信が入った。

「機長、TVは死んでます。破片が首に刺さって……ひでぇな」

機長はえっと信じられない表情を浮かべ、しかしやがて正面に向き直る。イカれた奴だったが、自分のクルーに戦死者が出た。その事実が、胸に圧し掛かってきた。
その上、彼は地上のイギリス人たちに辛い報告をしなければならない。ウォーハンマー戦闘不能、離脱すると。すなわち、彼らはこの後敵の真っ只中にあって支援無しで合流地点に向かわなければならない。
ブラボー6、こちらウォーハンマー、戦闘続行不能――通信用のマイクに言いかけて、機長ははっと顔を上げる。キャノピーの向こうを、何かが駆け抜けていった。


SIDE SAS

二日目 時刻 0430
ロシア西部
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ軍曹


AC-130からの支援が途絶えたソープたちは、激しい銃撃に晒されていた。スクラップヤードだけあって身を隠すものには困らなかったが、AK-47の銃弾は時折遮蔽物を貫通し身を掠めた。プライス、ギャズ、ニコライは必死に応戦しているが、数は圧倒的に向こうの方が上だ。
ソープもMP5を構えて廃車からわずかに身を乗り出し応戦するも、放った弾丸は敵に届かない。逆に敵兵の撃つ弾丸は彼が身を隠す廃車を叩き、火花を散らす。所詮はサブマシンガンか、とソープはMP5の空になったマガジンを投げ捨て、腰のバックパックから残り少ない予備のそれを持ち出す。ジャム(弾詰まり)を起こさないよう叩いた上で装填しコッキングレバーを引く。息を吹き返したMP5、だが距離があるせいで敵に有効打を与えることは難しい。
足元に何かが擦り寄ってきて、ソープはびくっと震えてMP5の銃口を向ける。銃口の先にいたのは、緑色の半透明の猟犬。口にAK-47を咥えて、尻尾をパタパタと振っている。

「そっちの方がいいんじゃないかな?」

こんな状況下にあるにも関わらず、隣にいたヴェロッサが笑っていた。猟犬は彼の差し金らしい。ご親切に、とソープは礼を言って猟犬からAK-47を受け取り、頭を撫でてやった。
MP5を傍らに置いて、ソープはAK-47を構える。照準に敵兵と思しき影を捉えて、引き金を引く。MP5のそれとは明らかに異なる反動が肩に返ってきて、敵兵の影が倒れた。銃弾がMP5よりも大きい分、威力と射程が増えているのだ。
とは言え、いつまでもこうは行くまい。敵兵の数は増えるばかりで、ソープたちは包囲されつつあった。どうにかして突破しなければ、袋叩きだ。しかし、どうやって。上空からの支援はもう望めない。

「――え、何? 君か、クロノ!?」

ソープがAK-47で応戦する最中、ヴェロッサが突然上を見上げて声を上げていた。視線を夜空に巡らせ、何かを探している。

「おい、どうしたんだ」

射撃を中断し、ソープはヴェロッサに問う。彼は疑問に答えず、代わりにソープたちの正面にある家屋を――おそらくは、敵兵たちの拠点――指差し、逆にソープに問いかけてきた。あの家から見て自分たちは何メートルほど離れているのか、と。

「南に一五〇メートルってとこか……で、それが何だ」
「クロノ、スクラップヤード中央の家屋は分かるね? 僕らはそこから南に一五〇メートル」

いったいどうしたんだ、こいつは。質問に答えず、通信機も持っていないのに誰かと会話をするヴェロッサを見て、ソープは怪訝な表情を浮かべた。そこでようやく気付く。
ヴェロッサの口から、聞き覚えのある名前が出ていることに。
彼はなんと言った。クロノ、とか言ったな? 何だ、あいつが来ているのか。
視線を宙に泳がせて、ソープは探す。SASに配属される直前に出会った少年。実は管理局なる得体の知れない組織の一員だった友人。彼の姿が、このロシアの大地のどこかにいる――瞬間、夜空で何かの光が瞬いた。

「伏せろ!」

プライスの叫び声。言われるまでもなく、彼らは夜空から駆け抜けてきた青白い閃光を目の当たりにし、身を屈めていた。
爆発。敵兵たちの拠点だった家屋に大きな穴が開き、敵兵たちを混乱の渦へと叩き込む。同時に、絶え間なく浴びせられていた銃撃が止んだ。

「今だ、行け! GO! GO! GO!」

好機だった。浮き足立った敵の最中にあえて突っ込むよう指示したプライスは自ら先頭に立ち、M4A1を構えて短い間隔で連射。進路上の敵兵を一掃すると、一気に合流地点へ向けて走る。合流地点にさえ辿り着ければ、ヘリが回収してくれる。
ギャズ、ニコライもプライスの後を追い、ソープとヴェロッサもこれに続こうとして、空中から降下してきた黒い影に気付く。
黒衣を纏ったその影は、少年だった。手にした杖は、自身の武器か。彼は宙に浮かんだままソープたちに振り返り、叫ぶ。

「先に行け、僕が時間を稼ぐ!」


SIDE 時空管理局

二日目 時刻 0435
ロシア西部
クロノ・ハラオウン執務官


上空からの砲撃魔法は、ひとまず成功のようだった。得体の知れない光の渦で拠点であった家屋を吹き飛ばされ、敵兵は予想通り浮き足立っている。救助すべきSASは優秀な指揮官を持っているのか、この機を逃がさず突っ込み、合流地点へ走っていく。
クロノは相棒のデバイス、デュランダルを構える。奇襲に驚いていた敵兵も、そろそろ体制を立て直す頃だろう。予想通り、敵兵たちはいきなり現れたクロノを敵と判断し銃撃を仕掛けてきた。左手を掲げて防御魔法を展開、多方向からの銃撃だったが彼の力量を持ってすればこの程度、造作もない。横に広げた魔法の障壁に銃弾は弾かれ、火花を散らす。仕返しとばかりにクロノは周囲に魔力弾の群れを高速展開、デュランダルにコントロールを任せてスティンガースナイプ、射撃開始。
文字通りの魔法の弾丸は遮蔽物に身を隠していた敵兵にまで誘導され、ことごとくが命中。非殺傷ゆえ死ぬことはないが、気絶は免れまい。
恐れを知らない敵兵たちはなおも銃撃を浴びせてくるが、先ほどと同様防御魔法で弾く、弾く、弾く。これも同じく、スティンガースナイプのマルチショットで返り討ちに。
こんなところか。大半の敵兵を駆逐したと判断したクロノは、しかし視界の隅に走った閃光を見逃さなかった。作りは荒いが、高速で防御魔法を展開。直後、爆風と衝撃が彼に襲い掛かる。

「……っ対戦車ロケット、うわ!?」

小銃では勝ち目がないと踏んだのだろう。敵兵たちはRPG-7を持ち出し、クロノに向けて二発、三発と続けて叩き込む。高速展開した防御魔法は素早く作れる分、防御力は通常展開のそれに劣る。戦車の装甲すら撃ち抜くRPG-7の連打を浴びれば、長くは持たない。
通常の防御魔法に切り替えれば――駄目だ、間に合わない。
一旦ひび割れを起こした魔法の障壁を閉じようとして、下から激しい銃撃が浴びせられる。バリアジャケットの防御力だけでは撃ち抜かれるだろうから、ひび割れていても今展開した障壁を閉じる訳にはいかない。
瞬時にそこまで考えられるのはさすがと言ったところか――しかし、RPG-7を持った敵兵は抱えていた予備の弾頭を装着し、照準をクロノに合わせようとしていた。まずい、脳裏にその一言がよぎる。これ以上あれを食らったら、障壁は今度こそ崩壊する。
――銃声。敵兵たちがいる真下からではなく、側面から聞こえてきた。直後、RPG-7を持った敵兵がひっくり返る。被弾したに違いない。だが、いったい誰の手によって。

「ッ、ジョン!?」

視線を走らせる。敵兵たちの側面から奇襲を仕掛けたのはたった一人、ソープだった。AK-47を構えた彼はこちらをちらっと一瞥し、戦闘続行。
やるぞ。言葉にせずとも伝わってきた。ソープの行動を見れば、そのくらい分かる。
魔力弾を周囲に浮かばせて、スティンガーレイ発射。ソープの放つAK-47も併せて十字砲火の真っ只中に晒された敵兵たちになす術はなく、ある者は銃弾を、ある者は魔力弾を浴び倒れていく。
最後の敵兵が倒れた時、ロシアの大地に銃声が木霊し、やがて静寂が舞い戻ってきた――。




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年06月01日 17:47