Call of Lyrical 4_07.5

Call of Lyrical 4


第7.5話 アフターマス


――つい先ほど何かが…
――何か凄まじい爆発が起こったようで…
――今のところ、正確な情報は未だ入手できませんが…
――被害は甚大である模様です…
――どうやら自国内で核兵器と思しき何かを爆発させたようで…
――アルアサド本人も、この爆発に巻き込まれたか現時点では不明ですが…
――私のいるこのホテルからは、40キロほど先に大きなきのこ雲が見え…
――自爆攻撃であったのでは、という見方も…
――現在も非常に大きな範囲で燃え続けている模様で…


建物も、大地も、人も、全て焼き尽くされた。
みんなみんな、燃やされた。
みんなみんな、死に絶えた。
運がいい奴を除いては。



SIDE 時空管理局

三日目 時刻 1932
中東某国 首都
ヴィータ士官候補生


崩れてきたビルの破片が、皮肉にも身を守ってくれようとは。だが少なくとも、瓦礫の内側で意識を取り戻した赤い外套の少女が、それに気付いた様子は無い。少女、ヴィータはひとまず自分が生きていることを確認し、ほっと一息つく。いきなり背後で、凄まじい轟音と閃光が上がったかと思った瞬間、意識は闇の底に突き落とされていた。それが何だったのかは分からないが、おそらくはとてつもない「何か」だったのだろう。それでも、自分はこうして生きている。

「……アイゼン?」

最初に軽く咳き込んで、傍らにいるはずの相棒の名を呼ぶ。ただちに、電子音で形成されたような声で応答があった。上半身を瓦礫の中でどうにか起こし、傍に落ちていた鉄槌を手に取る。相棒、鉄の伯爵、グラーフアイゼンは無事だった。ヴィータは口元でわずかに笑みを浮かべ、ともかくもこの瓦礫をどうにかしようと行動を起こす。
思い切って両足の踵を瓦礫に叩きつけてみたが、びくともしない。この野朗、と少女の顔が歪に曲がり、仕方なくグラーフアイゼンの先端を瓦礫に突き立てる。振り回すのに充分なスペースはないが、不足分は魔力で補うことにした。

「おらぁ!」

幼げな外見とは裏腹に、乱暴な声を放つ。魔力という名の破壊の力、それが込められた鉄槌が瓦礫をどっと吹き飛ばす。途端に、肌を焦がしそうな熱い風がヴィータに絡みついてきた。彼女が違和感を感じたのは、当然のことである。この国の気候は元より照りつける灼熱の太陽、地平線の果てまで広がる砂漠のおかげで昼間は五〇度近くにもなる。
だが、違う。吹き付けてくるこの不愉快な熱風は、決して自然によるものではない。
なんだ、いったい。怪訝な表情を隠すことなく、ヴィータは勇気を持って瓦礫の外に踏み出した。
その瞬間――彼女は、絶句した。否、彼女でなくともその光景は、見た者全てから言葉を奪うほどのものであろう。
それほどまでに、空は禍々しく赤かった。
それほどまでに、空気の色はどす黒かった。
それほどまでに、人は原形をとどめていなかった。
それほどまでに、全てがこの世のものではなくなっていた。
誰かが言っていた。人も地獄を作れるのだな、と。
呆然とした表情のまま、ヴィータは周囲を見渡す。何十トンもありそうな戦車は引っくり返り、頑丈そうなビルは崩れてただの瓦礫の山となり、道端ではほんの数時間前まで
生きていた兵士たちが、四肢を文字通りバラバラにされていた。
踏み出した一歩が、何かを踏みつける。視線を落とすと、誰かの頭が無感情な瞳でこちらを見つめていた。ひっ、とヴィータは上擦った悲鳴を上げ、瓦礫の上に腰を落とす。
そのまま恐怖で怯えた少女は後ずさり、瓦礫から転げ落ちた。地面に叩きつけられ、痛みが小さな身体を締め付けた。立ち上がろうとして、大した怪我をした様子は無いのに足に力が入らないことに気付く。グラーフアイゼンを杖代わりにしてどうにか立ち上がると、今度は妙な臭いが鼻を突いた。
今度は何だよ、とほとんど涙目になって振り向く。偶然折り重なった人の死体が、ぼうぼうと焚き火のように燃え上がっていた。鼻を突いた刺激臭はすなわち、人を焼く臭い。

「…………ッ!?」

途端に、喉の奥から酸っぱい液体が込み上げてきた。我慢できず、ヴィータは口を開いて地面に膝を突き、全て吐いた。おえ、げぇと嗚咽が漏れる度に喉を熱く酸っぱい液体が流れ、ばしゃばしゃと地面に落ち広がっていく。さんざん吐き出したところで、手中の相棒が大丈夫ですか、と聞いてきた。大丈夫なはずがないが、ヴィータは涙と胃液でくしゃくしゃになった顔のまま、大丈夫だとやせ我慢。
胃液で荒れた喉は痛むが、とにかく落ち着こうとと深呼吸し、ヴィータは一度空を見上げる。禍々しい赤い空、国道の向こうで巨大なきのこ雲が天に向かって伸びていた。
畜生、なんだってんだいったい。
地獄でポツリと、少女は悪態を吐き捨て、歩き出す。こんな時でも、彼女は人としての心を捨て切れなかった。
まだ、どこかに生きている奴がいるかもしれない。そう信じて。



SIDE U.S.M.C

三日目 時刻 1940
中東某国 首都
ポール・ジャクソン 米海兵隊軍曹


こつん、こつんと小さな衝撃が天から降り注ぎ、兵士はそこで闇の奥から生還を果たした。
ぼんやりした視界が最初に映り、そこでようやくジャクソンは、自分がまだ生きていることに気付く。驚きと同時に、身体に激痛が走った。たまらず息を漏らして、どうにか痛みと格闘しながら首を回す。つい先ほどまで、少なくとも意識が飛ぶ寸前までは頼もしい仲間たちがいたはずの、CH-46シーナイト輸送ヘリのキャビン。今は誰一人影も残さず、姿を消していた。飛行中は閉じているはずの後部ハッチは何か、凄まじい圧力がかかったように千切れ飛び、黒ずんだ外気を映していた。
何が起こったんだ。みんな、どこに行ったんだ。徐々に元の回転数に戻りつつある頭、疑問が湧き上がる。相変わらず身体は痛みを訴えるが、かろうじてジャクソンは上半身を起こし、周囲の状況を改めて確認しようとする。

「中尉……っ」

視界に映ったものを見て、ジャクソンは声を発した。そして気付く、自分の声が酷く掠れていることに。ひょっとしたら、喉にダメージがあるのかもしれない。
だが、今はそれどころではない。どうやら地面に頭から突っ込んだらしいCH-46のコクピット、その付近にて上官ヴァスケズ中尉が、力なく機体の壁に背中を預けていた。眼には光が無く、いつもの野太い声が出ていた口は開く様子が無い。素人目であっても、息絶えているのは間違いなかった。
くそ、とジャクソンは吐き捨て、CH-46の機内を弱々しく叩いた。音すら響かないその一撃に、一番驚いたのは当の彼だった。腕に、ほとんど力が入らないのだ。
――出よう、外に。助けを、呼びに行かねば。
すでに己の身体もボロボロであることにショックを受けつつ、しかし兵士はふらつく足取りでCH-46の機内を歩き、後部ハッチへ向かう。どうやら機体は墜落しているようで、
胴体前部の扉は潰れて開きそうに無かった。足を踏み出し、再びジャクソンは驚いた。左足が、言うことを聞かない。走るどころか、歩くことさえ難しくなっていた。歯を食いしばり、足を引きずるようにして後部ハッチへと進んでいく。
ハッチの瀬戸際まで辿り着いた時、ジャクソンは外の様子が明らかにおかしいことに気付く。大気が、どす黒い。誰が見ても分かるほどに、空気が黒いのだ。トラックなど、本来簡単には動きそうにもない重車両はひっくり返り、ところどころで燻る何か、そこから発せられる肉でも焼くような臭いは――

「――……っ」

言葉が、出なかった。ともかくもジャクソンはCH-46から出て、救助を呼びに行こうと一歩足を踏み出す。瞬間、ずっと重力に身体を引っ張られた。地面に叩きつけられ、声にならない声を上げて痛みを受け止める。畜生、と潰れた喉から搾り出すように悪態を吐き、どうにか立ち上がった。
空気はやはり、黒いまま。空は禍々しいほど赤く染まり、ジャクソンから言葉を奪う。崩壊し、ほとんど瓦礫の山と化した首都の街並み。振り返れば、CH-46の残骸近辺で投げ出されたのであろう仲間たちが、地面に屈し燃えていた。人だけではない。車も、信号機も、公園の遊具も、ビルも、視界に映る全てに紅蓮の炎が宿っていた。
正面に向き直り、ジャクソンは気付く。赤い空へと向かって、きのこ雲が上がっていた。まるで、死んだ人々の怨念全てがそこに集まったような、見る者に果てしない恐怖と強い警告を与える、巨大なきのこ雲。
――行かなければ。救助を、呼んでこないと。
ほとんど使命感だけとなった思考が、ボロボロの兵士の身体を突き動かす。絶望的な光景を見せ付けられてもなお、ジャクソンと言う兵士はまだ無事な者もいるかもしれない、そんなわずかな可能性を信じて救助を呼びに行こうとした。
だけども、使命感だけで身体が動くはずも無い。朦朧とした意識の中で方向感覚が狂い、足はCH-46の残骸の近くにあった公園へ。
幻聴、だろうか。それとも走馬灯か。ジャクソンは足を踏み入れた公園で、聞くはずも無いものを耳にした。無邪気に遊ぶ、子供の声。まるで、彼にも遊ぼうよ、と誘っているかのように――ああ、それもいいかもしれないな。
思えばガキの頃、両親に連れられて公園でよく遊んだものだ。あの頃からはずいぶん遠く離れてしまったが、今またこうして、戻ってこれた。
意識が、子供たちの声に導かれるようにして遠のいていく。頭のどこかで必死に抵抗するもう一人の自分がいて、ジャクソンは急におかしな気分になった。何してるんだ、俺は。抵抗したって、もう無意味だろうに。潔く、諦めた方がいいだろう。どうせもう、この身体は長くない。

「……おい! まだ生きてるか!?」

ほら、見ろ。とうとう目玉までおかしくなってきた。なんで、こんな子供がいるんだ。赤いドレスに乱暴な言葉遣いの、女の子。中東で見れるようなもんじゃない。

「しっかりしろよ、おい! あたしの前で死ぬなんて、そんなことさせねーぞ! ほら、立てよ! もう死体を見るのはこりごりなんだ!」

うるさいな、こいつ。妙に現実感があるけども、きっと脳みそまで死にかけているせいだ。だいたい非現実的過ぎるだろう、こんな小さな女の子が、こんなくそったれな状況で、どうしてピンピンしてやがるんだ。
どうして、俺は――まだ、死んでないんだ?
そこで、ジャクソンの意識は闇へと滑り落ちていった。




歴史にIFはあり得ない。歴史は犠牲の下に成り立っているのであり、変えることは許されない。
だが、果たしてその犠牲は本当に必要なものだったのだろうか。安っぽいヒューマニズムであっても、本当に人の命と言うものは救ってはならないのか。
本来ならば、決して交わらない二つの線が交差した時、歴史は微妙に食い違いながら新たな未来に向かって、回り始める――。


ポール・ジャクソン 米海兵隊軍曹
状況:M.I.A(作戦行動中行方不明)




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年08月16日 00:40