Call of Lyrical 4_07

Call of Lyrical 4


第7話 衝撃と恐怖/人が作った地獄


SIDE U.S.M.C

三日目 時刻 1800
中東某国 首都
ポール・ジャクソン 米海兵隊軍曹


我々は戦争を終わらせなければならない。さもなくば、戦争が我々を終わらせるだろう。
暗殺者の凶弾に倒れた、ケネディ大統領の言葉である。冷戦真っ只中にあって大統領に就任した彼は、キューバ危機と言う核戦争の危機に直面した。核戦争、それはすなわち人類の滅亡、延いては地球の終焉をも意味する。核の炎はあらゆる生命を焼き尽くし、残った灰は新たな生命が誕生することを許してくれない。
幸いにも人類は滅亡することなく、しかし地上に於いて延々と果てしなき戦争、紛争、抗争を続けている。破壊と殺戮の嵐は、ここ中東にても止むことはなかった。
だからさ、さっさと終わらせないといけないんだ――兵士はそのために存在する。軍備とは本来、争いではなく平和の維持のために必要とされるのだ。輸送ヘリ、CH-46シーナイトの機内でジャクソンは、ふと物思いに耽る自分を見出し、わずかに苦笑い。ずしりと頼もしい重さを感じさせるMK-19グレネードランチャーの銃座に腰を据えて、外の光景に見とれていたせいだろう。眼下に広がる砂漠、それを彩る紅い太陽。地平線に顔を埋める神の光は、中東の大地をまるで別の星のように見せてくれた。
平和な時代であれば、観光で賑わったかもしれない。そんな地上を現在駆けるのは観光客のバスではなく、同じ海兵隊の戦車だった。

「どうやら我々の全戦力が終結しつつあるようだな。聞け! 司令部がアルアサドの位置を特定した。この先の大統領宮殿だ、今度は間違いあるまい。すでに敵の航空、対空戦力は撃破されたが、地上軍はまだ頑強に抵抗している。イギリスからの情報では、奴はロシアから核兵器を入手している。事態は急を要するぞ、アルアサドを確保しここで戦争を終わらせる。各員、準備はいいか!?」

Sir,Yes,sir!
指揮官ヴァスケズ中尉の野太い声がエンジン音に負けないくらい、力強く機内に響く。頼もしき海兵隊員たちはもはや当然であるかのように、声を揃えて応えた。
ジャクソンはMK-19のレバーを倒し、炸薬の詰まった弾薬を給弾。命を吹き込まれたMK-19はガチャリと機械音を鳴らし、獲物を求めて地面を睨む。眼下を駆ける鋼鉄の騎兵隊、戦車の群れはもはや何者も恐れた様子もなく前進していくが、敵がゲリラ的な攻撃を挑んでこないとも限らない。戦車が取り逃がした歩兵を蹴散らし、ヘリの安全を確保するのが今のジャクソンの仕事だ。
ふと、茜色に染まった空の向こうからぼんやりと機影が浮かび上がってきた。低空を蛇の如く這うように飛ぶ彼らは、AH-1Wコブラ攻撃ヘリ。どうやら露払いをやってくれるらしく、海兵隊を乗せたCH-46を追い抜き先行していく。

「アウトロー、こちらデッドリー。大物はこっちが片付けるわ。雑魚はお願いね」

おっと、どうやら戦乙女(ワルキューレ)らしい。個人用通信機に入り込んできたAH-1Wからの音声は、明らかに女性のものだった。

「ぱっぱぱーぱー、ぱっぱぱーぱー、ぱっぱぱー……」
「グリッグ、何だそれ」

不意に、キャビンにいる戦友のグリッグ二等軍曹が妙な音楽を口ずさむ。ジャクソンに問われた陽気な黒人はにやりと笑い、先行するAH-1Wを指差す。

「今のコブラ、女パイロットだったようじゃないか。いいねぇ、色っぽい声してた。きっと美人だぞ、美人でコブラのパイロット、まさにワルキューレ」

そう言ってグリッグはまた、ぱっぱぱーぱーと陽気に口ずさんだ。何の音楽だろうとジャクソンは記憶の底を探り、ようやく納得する。なるほどワーグナー、"ワルキューレの騎行"か。確かにぴったりだ。
――それにしても音痴はもう少しどうにかならないか。
苦笑いするジャクソンの表情が、そこで切り替わる。砂漠を横断し、首都の市街地に繋がる高速道路。その路上に、敵が残存する機甲部隊を送り出してきた。海兵隊のM1A2戦車が待ってましたとばかりに前に出て、交戦を開始する。敵の主力はロシア製のT-72のようだが、性能ではM1A2に敵うべくもない。放った砲弾はむなしく弾き返され、満足に射撃もしないままに哀れな旧式戦車は、鉄くずの墓標へと姿を変えていく。空を駆けるAH-1Wの存在が、それに拍車をかけていった。
ジャクソンは戦車を無視し、とりあえず手近なところにいたBMP-1装甲車にMK-19の照準を定める。引き金を引けば待ってましたとばかりに獣が火を吹き、四〇ミリの砲弾を地面にばら撒いていく。砲弾の雨をまともに受けた装甲車は上から文字通り穴だらけにされ、その身を木っ端微塵に吹き飛ばされた。グレネードランチャーと言えど、MK-19は五センチ程度の装甲であれば容赦なくぶち抜いてしまう。
ジャクソンたちを乗せたCH-46は、眼下の一方的な戦車戦を尻目に市街地上空に差し掛かる。すでに市民たちは逃げ出しており、もぬけの殻となった無数のビルが海兵隊を出迎える――否。ビルの屋上に、複数の人影が走ったのをジャクソンは見逃さなかった。MK-19の矛先を屋上に向け、躊躇することなく連射。降り注いだ砲弾は屋上を爆風と衝撃で染め上げて、RPG-7を担いでヘリの撃墜を目論んだ敵歩兵を蹴散らしていく。市街地上空はこれだから、とCH-46のパイロットがぼやくのが聞こえた。
そのままMK-19で必死に撃ち上げてくる対空機関砲や敵兵を粉砕しつつ、CH-46はまずは第一降下地点、一〇メートルはありそうな巨像の立つ広場に辿り着いた。敵の撤退を確認した友軍部隊が、追撃のために増援を求めているのだ。
ジャクソンがMK-19で周囲を警戒する間、CH-46はゆっくりと高度を下げて広場の手前に着陸。搭載する兵員の半分は、ここで降りることになる。

「アウトロー、こちら司令部。部隊の半数はそこで降りろ、残りは二キロ西へ。市街地内で釘付けにされている友軍を救助しろ」
「アウトロー了解。グリッグ、行け!」

後部ハッチが開き、ヴァスケズの指示を受けて海兵隊の半分がグリッグの指揮の下、ヘリから降りていく。ヘリから離れる寸前、グリッグは一度振り返り、ジャクソンに向けてさっとラフな敬礼を送った。戦友を残して先に進むことに少し後ろめたさを感じながら、ジャクソンはぴっとこちらはしっかりした敬礼で答える。
戦いはいよいよ佳境に迫っているらしく、高速道路での戦車戦を制したM1A2が市街地に入ってきた。道路脇に止めてあった車をぐしゃぐしゃに轢き殺し、敵がいると思しき方向に向けて突き進む。その向こうで、降下したばかりの海兵隊が広場奥にあるビルに向けて前進開始。敵が立て篭もっているらしいそのビルからは、銃声と思しき閃光が瞬いていた。
ちらっと、ジャクソンは敵のビルに立ち向かう海兵隊の中に、先ほど敬礼を交わした戦友の背中を見かけた。MK-19の弾は、まだ余裕があった。
CH-46がローター音を高鳴らせ、ふわりと地面から離れる。同時にジャクソンはMK-19の砲口を、ビルに向けていた――援護射撃。小刻みな連射音を上げて、敵の立て篭もるビルに砲弾がぶち込まれる。瞬間、抵抗が弱まり、海兵隊は一気にビルの中へ突入していく。地面から離れていくCH-46の銃座から、一人の海兵隊員が空に向けて親指を立てていたのは錯覚ではないはずだ。

――思えば、これが運命の分かれ道だった。



SIDE 時空管理局

三日目 時刻 1809
中東某国 首都郊外
ヴィータ士官候補生


派手にやってんなぁ――。
銃声、砲声、爆音、轟音。砂漠はとっくに夕陽で紅く染まっていると言うのに、戦火の炎は止まることを知らない。放棄されたトラックの上に腰掛けて、赤い外套を纏った少女、
ヴィータはときどき、上空を駆け抜けていくヘリコプターの編隊を汎用デバイスで録画しつつ、動画の保存容量がそろそろ限界に近いことを知った。まぁ、ちょうどいい。脅威レベルの確認と言っても実際は現地に潜入し、戦場の様子を撮影してくればいいだけの話だ。汎用デバイスの容量が満タンになればそれ以上の撮影は不可能、任務終了。血生臭い――それ以上に鼻を突く硝煙の匂い漂う戦場から、戻ることが出来る。こっちの世界の軍隊に攻撃を受けたりもしたが、鉄槌の騎士に鉄の伯爵のコンビは逆に殴り飛ばした。
帰ったらまずははやてのギガウマご飯だ。そしたら暖かい布団でたっぷり寝よう――もう帰りのことで支配されつつある思考にいかんいかんと首を振り、ふとヴィータは上空を複数のローター音が駆け抜けていくことに気付いた。眉をひそめてトラックの荷台からわずかに顔を出し、天を見上げる。紅の空、まるで別の惑星にでもいるかのような空間。そこに、何機ものヘリがずいぶん慌てた様子で首都に向かっていることに気付く。中央に双発の輸送ヘリ、それを囲む細長い攻撃ヘリは護衛機か。すでに何十機もの攻撃ヘリ、輸送ヘリが首都には侵入しているというのに、何をそこまで急いでいるのだろう。
怪訝な表情を浮かべつつ、しかしヴィータはまぁいいか、と考えるのをやめた。おそらく、出遅れた連中が遅れを取り戻そうと急いでいるのだろう。見たところ戦闘はいよいよ大詰めのようであるし、まだ戦果を上げていない兵士にとっては由々しき事態に違いない。
彼女の元に、首都中央の大統領宮殿で核兵器と思しきものが見つかったと言う連絡が入れば、また予測は違ったものになったかもしれないが――今のヴィータにそれを求めるのは酷だ。米軍にもこの国の軍にも、時空管理局から任務を帯びてやって来た鉄槌の騎士の存在は認識されていない。

「……お、っと。次元間通信?」

不意に汎用デバイスにコール音が響き、ヴィータは念話による長距離次元間通信の回線を開く。お偉方から追加の任務でも来るかと思いきや、いきなり脳内で響いたのは武装隊にいる同僚の声だった。本局を発つ直前、自分のことを心配してくれた奴だ。

「ヴィータ、おい、聞こえるか!?」
「……っ。うっせーな、そんなに怒鳴らなくても聞こえるっての。頭がガンガンするじゃねぇか」

頭の中でごわんごわんと広がる鈍い不快感。露骨に嫌悪感を露にするヴィータだったが、通信回線の向こうの同僚は聞く耳を持たなかった。ほとんど彼女の抗議を無視する形で、彼は再び怒鳴りかけてきた。

「いいか、今すぐそこから離脱しろ! そしたら何でもいいから離れるんだ、今すぐに!」

なんだ、いきなり。戸惑うヴィータは、同僚の言葉の真意をいまいち掴むことが出来なかった。離脱しろ、それは分かる。だが何故、本局にいるはずの同僚が離脱を強く勧めてくるのだ。念話そのものは魔導師にとって基礎中の基礎だが、長距離次元間通信はそれなりの力量と手間隙が要求される。
何でまた急に、と眉をひそめた少女の口から言葉が漏れそうになったところで、同僚が説明を始めた。

「お前が派遣されてる国で、ロストロギアがあるって上の連中が話してるのを聞いたんだ。そいつはちょっと小細工すればとんでもない威力の爆弾になって、しかもその国の指導者はそれを使う気なんだ! だから早く――」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て。そんな情報、あたしのとこには……」

あっ、とヴィータはそこで気付く。戦場に潜入しての脅威レベルの確認。この任務を彼女をわざわざ指名した上で下したのは、本局内でヴィータのような元犯罪者でありながら、優秀と言う理由で管理局員になった者を快く思っていない奴らだ。今まで何度も、彼らが下した命令には大人しく従い、それを忠実にこなしてきた。そうすることが、奴らへの一番の反撃だと考えていたのだが――。

「だからほら、早く逃げろ。この回線だって、たぶん連中は監視してる。あんまり長くは――」
「あ、おい!」

ざっと一瞬、耳障りな雑音。くそ、とヴィータは幼い少女のような外見にそぐわない言葉を吐き捨て、トラックの荷台から飛び降りた。
さっさと逃げよう。奴らの思い通りここでくたばるなんて、まっぴらごめんだ。黒く染まる感情の最中、飛行魔法を発動させようとしてヴィータは一瞬、動きを止める。
首都には、まだ多くのこの世界の兵士たちが大勢取り残されている。彼らの多くは何も知らないまま、戦いを続けているだろう。その事実が、彼女の逃げ出したいという心に大きな足かせを生んでいた。
しばらく堂々巡りを続ける思考と格闘した末、ヴィータは「畜生」と呟き、首都に向けて踏み出した。
せめて、一人でも多くの人を。一つでも多くの命を。屈強な兵士たちは情報を知らされるまでの間、たった一人の少女によって運命を委ねられていることなど知る由もない。



SIDE U.S.M.C

三日目 時刻 1813
中東某国 首都
ポール・ジャクソン 米海兵隊軍曹


勇敢な海兵隊員を載せた鋼鉄の鳥が、地面に舞い降りる。ジャクソンたちを載せたCH-46は釘付けにされる友軍部隊を救助すべく、一旦市街地内の空き地へと降り立った。後部ハッチが開かれて、誘導員の少尉がGO、GO!と降下を促してくる。すでに戦局は我が方に傾いているが、市街地が敵の巣窟であることには変わりない。ヘリの搭乗員としては一刻も早く海兵隊を下ろし、安全な空へと戻りたいのだ。地面で撃墜など、パイロットたちにしてみればたまったものではない。

「いいか、緑の狼煙だ。友軍はその辺にいる、救出したらさっさとずらかるぞ!」

地面に降りるなりヴァスケズ中尉の指示が飛ぶ。ジャクソンはいつものように先導を命じられ、M203グレネードを装備したM4A1を構え前進開始。その後を海兵隊員が続く。
銃を構えると大抵左目を瞑りがちであるが、市街地のように隠れるところが多い場所ではいつ敵が飛び出てくるか分からない。両目を開いてジャクソンは腰をやや低く構えて足を進める。スタンダードと呼ばれる姿勢のまま市街地を抜けていくと、視界の左上に一筋の緑の煙があった。明らかに人間が着色した狼煙は、救助を求める友軍部隊のものに違いない。

「!」

黒い影が、前を過ぎった。咄嗟にジャクソンはM4A1の引き金に指をかけ、照準を左に逸らして人差し指に力を込める。銃口で閃光が走り、あっと短い悲鳴が耳に入った。緑の狼煙は敵にとっても分かりやすく、友軍部隊を包囲しようと急行する者も多い。ジャクソンが射殺した哀れな敵兵は、そういった者の一味だったのだろう。
まさか一人で行動している訳でもあるまい――ひっくり返った敵の亡骸を見て予想が脳裏を過ぎり、ほとんど同時に市街地の通路奥から敵兵たちがわらわらと飛び出してきた――くそ、ゴキブリみたいな奴らだな。
親指をM4A1のセレクターにかけて、セミオートからフルオートに。身を掠める敵弾の群れに負けじと、ジャクソンは弾丸をばら撒く。照準は適当の牽制射撃だが、恐れをなした敵は通路奥に引っ込んだ。その隙に物陰に飛び込む。後方の海兵隊員たちがカバーに入り、M203グレネードや手榴弾を通路奥へ叩き込む。閃光、爆音。撃ち切ったM4A1のマガジンを交換する頃には、彼のカバーに入った戦友たちが左手の親指を立てていた。クリア、もうこの通路に敵はいない。
さらに後方からやって来た海兵隊員にバックアップはOKと肩を叩かれ、ジャクソンは再び先頭に立つ。緑の狼煙の上がるのは、半壊した低層ビルだった。銃床を右肩のくぼみから左肩のくぼみに当て変えスイッチ、銃口と左半身だけでビルの入り口を入念に探り、敵がいないことを確認。左手の親指を後方に向けて上げると、ヴァスケズがGO!と指示を下す。

「撃つな! 友軍だ、銃を下ろせ!」

ビルの階段を駆け上って、不意に二階で見えた人影に銃口を突きつける。その寸前、人影は手を振って必死に味方であることをアピールしていた。よく見れば彼らは自分たちと同じ
デザート迷彩だったし、何より肩に縫い付けられていたのは、砂と泥で汚れてなお輝かしい星条旗だ。緑の狼煙を吐き出し続ける発炎筒がすぐ近くに置いてある、救助すべき友軍部隊だ。

「わざわざ迎えに来てくれたのか!?」
「そうです大尉、連中が集まる前に脱出しましょう!」

友軍部隊の指揮官と思しき大尉が、ヴァスケズに嬉しそうに尋ねてきた。すでに包囲されて数時間、銃弾と死の恐怖に晒され続けた彼らにとっては少数の歩兵でも地獄に仏も同然。
だが、それを見越して敵は彼らのいるビル周辺に戦力を集結しつつあるようだ。銃声と爆音の中に混じる耳障りなローター音、敵の輸送ヘリが接近しつつあった。
キツイなこれは。バタバタと戦場を荒らし回るような音を立て、ビルの付近に姿を見せた輸送ヘリ。海兵隊員たちの思いは共通であり、そしてだからと言って諦めないことも共通していた。数に任せて包囲殲滅を企む敵兵たちに向け、ビルの窓や砲撃か爆撃で開いた穴から必死に銃弾を放つ。
どんっと、突然兵員をロープで降下しつつあった輸送ヘリが爆ぜた。ローターが甲高い悲鳴を上げて、降下中だった兵士もろ共輸送ヘリは地面に叩きつけられる。何だと思って銃口を窓の外に突きつけると、通信機に割り込んでくる声があった。

「こちらデッドリー、補給完了。会いたかった?」

神だ。天の声だ。ワルキューレだ。
補給のため一時的に戦線を離脱していたデッドリーことワルキューレ、女パイロットの駆るAH-1Wが応援に駆けつけたのだ。海兵隊員たちは歓声を上げ、ヴァスケズがAH-1Wと交信を試みている。

「助かったぜアマゾネス、そのまま連中を片付けてくれ!」
「あら、アマゾネスとは心外ね。天使と呼んで欲しいわ」

言葉とは裏腹に、AH-1Wのパイロットは頼りにされているのが嬉しいのか上機嫌だった。
コブラの牙が、敵兵目掛けて突き立てられる。機首の二〇ミリ機関砲が敵兵もろ共地面を耕し、翼下に抱えたロケット弾ポッドから火の雨が降り注ぐ。炎と衝撃が大地に広がり、アスファルトもコンクリートも敵兵も薙ぎ倒していく。戦争と言う名の下に許される虐殺行為、果敢に抵抗を試みた敵は雑多な小火器をAH-1Wに撃ち、しかしむなしく銃弾は弾き返されるだけ。コブラを従えたアマゾネスは、そんな哀れな敵も吹き飛ばす。あっという間に、敵の包囲網は総崩れとなった。

「女って怖ぇなぁ……」
「同感だ。さぁ行くぞ、天使の加護があるうちは安心だ」

ぼやいたジャクソンの肩を叩き、ヴァスケズは今のうちにCH-46の降下ポイントに向かうよう指示を下す。
戦争はいよいよ、終末の時を迎えようとしていた――彼らも含めて。



「アウトロー、悪いニュースだ。オーバー」

それは、友軍部隊を見事救出して間もなくだった。迎えに来たCH-46に海兵隊が乗り込むなり、突如として司令部から通信が入る。

「司令部続けてくれ、オーバー」

通信に答えたヴァスケズが浮かない顔をしているのを、降下前と同じくMK-19の銃座に就いたジャクソンは見逃さなかった。どうにも、よろしくない事態なのだろう。

「第六偵察小隊が大統領宮殿にて核弾頭と思しきものを発見した。NEST(核緊急支援隊)が急行中、安全が確認されるまで全部隊は東へと退却。オーバー」

核弾頭。ヘリの機内で海兵隊員全員が、はっと顔を上げる。大統領宮殿には、アルアサドが立て篭もっているとの情報を受けていた。本来なら彼らは友軍を救出後、速やかに宮殿に向かいアルアサドを確保。戦争に終止符を打つはずだったのだが――

「アウトロー、了解……アルアサドは確認されたか?」
「ネガティブ、アルアサドはいない。宮殿はもぬけの殻だ」

アルアサドはおらず、代わりに米軍を出迎えたのは核弾頭と思しきもの。どうやら、最悪の事態が彼らを待ち受けていたらしい。
幸いにも、核弾頭はまだ起爆のカウントダウンに入っていないことが分かった。NNSA、国家核安全保障局から派遣されている対核兵器専門部隊のNESTも、核弾頭解体停止のプロだと聞いた。万が一爆発しても、彼らの乗るCH-46は命令された通り全速力で東へ向け退避中だ。核弾頭の規模にも寄るが、おそらく逃げ切れるだろう。
――などと、自らを安心させようと必死に脳裏で有益な情報を並べるが、不安は消えない。すぐそこに、おそらく人間が初めて神の領域に足を踏み入れた証拠、全てを焼き尽くす業火を秘めたものが存在している。死線を幾度も潜り抜けてきた海兵隊員でさえ、不安になるのは無理もないことだった。
ベテラン兵士のジャクソンも、不安げな表情のままMK-19の銃座で茜色の空を眺めていた。ふと、視界の片隅から何かがすっと現れ、CH-46の横に並ぶ。先ほど海兵隊を助けたワルキューレ、あの女パイロットの駆るAH-1Wだ。被弾面積を抑えるために徹底的にスリム化されたボディ、そのコクピットの前席でパイロットがジャクソンに手を振っている。
ふ、とジャクソンは笑みがこみ上げてくるのを我慢出来なかった。こういう時は、案外女性の方が強いのかもしれない。手を振る天使に、彼はラフな敬礼で答えようとした。
衝撃、爆音。気が付けば、AH-1Wの尾翼がぼうぼうと赤い炎を吹いていた。敵の放ったミサイルが、運悪く彼女の機体に命中してしまったのだ。ジャクソンははっとなって、しかし落ちる天使を見守るしかなかった。

「被弾、被弾! テイルローター損傷――駄目だわ、まっすぐ飛べない!」
「何だってくそ、こんな時に!」

異変に気付いたヴァスケズが、CH-46の機内で怒鳴った。核弾頭が間近にあって爆発するかもしれない、こんな時に。
安定性を保つためのテイルローターを粉砕されたAH-1Wは、甲高い高音を悲鳴のように上げながら高度を下げていく。パイロットは必死に操縦桿を握って機体の安定に最後まで努めていたが、現実はあまりに非情だった。グルグルと回転を始め、ついに天使は周囲のビルや家屋を砕きながら地面に堕ちていった。

「コブラダウン! くそ、あとちょっとだってのに……」

誰もが、AH-1Wのパイロットは死んだと思った。市街地のど真ん中、ミサイルを喰らってビルを巻き込みながらの墜落である。立ち昇る煙の量が、衝撃の凄まじさを物語っていた。
いくら堅牢な設計の攻撃ヘリとは言え、あの様子では――だが、ジャクソンの眼は確かに目撃した。煙が風に流され、隠されていた墜落地点が晒される。ひしゃげたAH-1Wの胴体で、小火器の発砲炎が一瞬見えたのだ。MK-19の銃口と共に周囲を見れば、AH-1Wの残骸に向けて敵兵がわらわらと集結しつつある。

「中尉、小火器の発砲を確認! パイロットはまだ生きてます!」
「何だと、あの状況で……そうか、了解。司令部、墜落地点を視認した。部下が小火器の発砲を確認、パイロットは生存している可能性が高い。救出に向かいたい」

ヴァスケズに報告すると、彼は司令部にAH-1Wパイロットの救出を申し出た。危険は無論、承知のこと。
司令部からの返答は、一瞬言いよどんだように間を置いてからやって来た。

「しかしアウトロー、核爆発が起きたら安全圏まで退避出来なくなる。分かっているのか?」
「承知している」

なぁみんな?とヴァスケズは機内にいる海兵隊員たちに振り返った――振り返るなり、彼らは全員揃って同じ言葉を口にした。

『Yes,Sir!』
「……と言うことだ司令部」
「いいだろう、任せる。可能ならば救出せよ」

通信が切れるなり、海兵隊員たちは各々手にした銃を点検し、弾を込めた。
核弾頭? 知ったことか。安全圏? くそ食らえ。退避出来なくなる? 構うものか。
海兵隊は、決して仲間を見捨てない。
手近な空き地に向けて、CH-46は降下していく。残された時間は、決して長くない。


着地したCH-46が、後部ハッチを開く。その直後、海兵隊は一斉に飛び出し、銃口を正面向けて突きつけた。AH-1Wの墜落地点はまっすぐ六〇メートルと言ったところか。ひしゃげた胴体のコクピット部分で、かすかにMP5と思しき銃撃の閃光が走っている。

「九〇秒だジャクソン、連れて来い!」
「了解」

ヴァスケズの指示の下、ジャクソンは正面向かって突っ走る。六〇メートルと言う距離に九〇秒と言う時間は、一見長いように感じられるが今の彼は銃に弾薬、背嚢に手榴弾とフル装備だ。常人ならあっという間に根を上げてしまうような重装備を抱えて、さらにパイロットを救出してヘリまで連れてくる。加えて――

「この!」

邪魔をするな。M4A1の引き金を引き、マガジン内の弾薬を惜しみなくばら撒く。AH-1Wのパイロットを狙うのは、自分だけではない。市街地に潜んでいた敵兵たちが、ジャクソンの前に立ちはだかっていた。銃弾が足元を走り抜けて小さな土煙を上げ、身を掠め飛ぶ。走りながらの銃撃が当たるはずもなく、M4A1の放つ銃弾は威嚇以上の効果を持たなかった。
されど、彼の後ろには仲間がいる。ヴァスケズ率いる海兵隊の戦友が、M4A1もM16A4もM249も、持てる全ての火力を持ってジャクソンの進路を阻む敵兵を薙ぎ倒していく。
瓦礫を踏み越えて、ようやくジャクソンはAH-1Wの残骸の元に辿り着いた。キャノピーが吹き飛んだコクピット、前席に座る女パイロットが彼を見つけ、疲れたような笑みを浮かべた。後席のパイロットは、すでに息絶えていた。

「救助に来たぞ天使さんよ。歩けるか!?」
「ごめんなさい、足が折れたみたいで――」

だったら担ぐだけだ。ジャクソンは女パイロットの身体を半ば強引にコクピットから引きずり出し、肩に担いでヘリへと急ぐ。逃げる目標を敵兵たちは追いかけようとして、海兵隊の激しい援護射撃がそれを阻む。
ピュンッと地面に当たって跳ねた銃弾が、ジャクソンの右足の表面を削るようにして掠めた。鋭い痛みにたまらずジャクソンは表情を歪め、しかし決して歩みを止めない。
もういい、降ろして。あなたまで死んでしまう。肩に担ぐ女パイロットの悲痛な叫びが、耳に入る。もちろん屈強な海兵隊員は首を振った。
地面を踏みしめる足の裏の感覚が、硬いアスファルトのものから鉄のそれに変わる。開かれたCH-46の後部ハッチに、ジャクソンはついに到達した。
パイロットをキャビン内の座席に下ろすと、彼女は悲鳴を上げた。足だけでなく、腰周りも負傷していたのかもしれない。とは言え、生きているからこそ得られる痛み。ジャクソンは彼女が小さくありがとう、と呟くのを聞き逃さなかった。

「天使を救出、いいぞ! 全員ずらかれ!」

ヴァスケズの怒鳴り声が飛び、海兵隊員たちは銃を乱射しながらCH-46に飛び込む。ここで死んだら、元も子もない。
しつこく追いかけてきた敵兵たちに向けて、ジャクソンは手榴弾を投げつけた。地面に叩きつけられた手榴弾は一度バウンドし、敵兵たちの目の前に転がっていく。慌てた彼らは一斉に横に飛んで地面に伏せるも、手榴弾は爆発する様子を見せなかった。その隙に、CH-46はふわりと舞い上がる。後部ハッチは開いたままの、大急ぎ。ジャクソンの投げた手榴弾は、ピンを抜いていなかったのだ。
海兵隊を載せたヘリはようやく、安全圏に向けての飛行を再開する。



SIDE NEST(核緊急支援隊)

三日目 時刻 1828
中東某国 首都
NEST隊員


核弾頭の停止、解体にはまずX線や赤外線センサーを用いた危険性等の調査が行われる。そうして調査が済み次第、安全とみなされたものは制御装置を破壊したり、もしくは起爆用の電子回路を液体ニトロゲンで凍結させたりする。安全が確認できないものについては、テントを張ってポンプを使い、中を泡状の消化剤で満たして安全を確保した上で作業に臨むことになる。解体する場合、防護スーツを着てカッターで切断するのだが――今回は、大きく事情が違っていた。

「何だこれは、本当に核兵器なのか……?」

防護スーツで身を固めたNEST隊員は、核弾頭が収納されていると思しきコンテナにX線のセンサーも当てるが、先ほどからずっと怪訝な表情をしていた。
X線によって内部を見透かされたこのコンテナであるが、いくら記憶や資料を探し回っても様々な核弾頭の図面に該当するものが存在しないのだ。
隣でガイガーカウンターを当てていた同僚に視線をやると、彼も訳が分からないと言った表情を浮かべ首を振った。どうにも、放射能を検知できないらしい。
実はただの空箱で、戦場と言う過酷なストレスに晒された兵士が、冷静な判断を維持できず核弾頭と報告してしまったのではないか。そんな疑念すら湧いてきて、彼らはついにコンテナを実際に開けてみようと考えた。
念のためブービートラップが仕掛けられてないかじっくり確認した後、カッターでロックを切断。数人がかりでゆっくりとコンテナを開く。
彼らの眼に飛び込んできたのは、得体の知れない禍々しいほどに赤く光る宝石だった。

「……おい、最近の核弾頭はルビーか何かか? 高値で売れそうだぜ」
「国民の血税は宝石一個のために消えてなくなりました、か。泣けるよなぁ」

どう見ても核物質には見えない宝石を前にして、NESTの隊員たちは愚痴を零しつつもふぅ、と安堵のため息を吐いていた。アルアサドには逃げられてしまったかもしれないが、最悪の事態だけは避けられたようだ。
隊員の一人が通信機のマイクを手に取り、司令部との回線を開く。司令部、こちらNESTだ。核弾頭はただの宝石なり、以上。


――その瞬間、全てが吹き飛んだ。


SIDE U.S.M.C

三日目 時刻 1828
中東某国 首都
ポール・ジャクソン 米海兵隊軍曹


かっと、何かが光った。何だろう、とジャクソンはCH-46の機内で振り返る。
答えを彼が知ることはなかった。直後に襲い掛かってきたのは衝撃。それまで安定した飛行を続けていたCH-46は、荒波に晒されたかのように姿勢を崩し、ぐるぐると回転を始めた。
掴まれ。誰かが叫んだような気がしたが、間に合わなかった。
グルグル、グルグル。洗濯機の中に放り込まれたように視界が回り、その最中で誘導員の少尉が機外に放り投げられるのが見えた。
何が起こっているのか、分からなかった。ただ、掻き回される視界の中で一瞬見えた、市街地の奥で何かが広がっていく――そうだ、光だ。まるで、何かが爆発したような。
機内で響く計器の警報音。戦友たちが悲鳴を上げて、なすすべもなく運命に弄ばれている。
結局、事態を理解できぬまま、ジャクソンの意識は突然どっと身に降りかかってきた強い衝撃により飲み込まれ、闇の奥へと引きずられていった。




何が起こったのか理解出来ないのは、何もジャクソンだけではなかった。
首都に侵攻していた多数の米軍兵士。まだ主君と祖国の勝利を信じて、頑強に抵抗を続けていた敵兵たち。彼らのほとんどは何が起こったのか知らされぬまま、理解出来ぬまま首
都の中心部で発生した巨大な光の津波に飲み込まれ、そして息絶えていった。

ある者は爆風に飲み込まれ、文字通り跡形もなく。
ある者は地獄の業火に身を焼かれ、ゆっくりと。
ある者は衝撃で吹き飛ばされて。
ある者は崩れた瓦礫の下敷きとなって。
ある者は皮膚を溶かされ、しばらくトボトボと歩き回った末に。

それは、もしかしたら何者かによる警告だったのかもしれない。
人が、それに触れてはならない。人が、神の領域を侵してはならない。人が、地獄の業火を持ってはならない。
全てを飲み込んだ地獄の業火は、無数の犠牲を伴い、人間に警告する。
それを手にした瞬間、人も、地獄を作れるのだと。

異世界の失われた技術は、人の手によって兵器となり、今ここにその本性を現した――。


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最終更新:2009年08月16日 00:37