Gears Of Lyrical_03

Gears of lyrical 第3話「合流」

「…? 」

ゆっくりと目を開ける。白い光が網膜を刺激し、眼が痛くなった。徐々に視界が明瞭になってゆく。

「気が付いたか」

突然話しかけられ声がした方を向く。見知った厳つい顔がそこにあった。

「あ、マーカスさん…」
「気を失って倒れたんだ、どこも怪我はしてないか? 」
「大丈夫です」

スバルは起き上がって周りを見た。すぐ傍に巨大な黒い穴が口を開けており、その周りではデルタ部隊のメンバーが何やら話しあっている。

「何をしているんですか? 」
「さっきの戦闘した場所からすぐの位置にそのローカストホールがあったんだ。探していた隊員も遺体も一緒にな」
「え? 」

スバルはもう一度目を凝らしてデルタのメンバーを見た。足元の間の僅かな隙間から目を見開いたままの男の顔が見えた。

「…」
「手遅れだった。しかしまだ他の隊員がいるはずだ、諦めるな」
「はい…」

覇気のない返事をしてスバルは立ち上がり、軽く体の埃を払う。

「ダメだ、タグが全て奪われている。身元が分からない」
「クソっ…」

一通り調査を終えたコールがマーカスに結果を報告する。その言葉を聞いたマーカスは悪態をついて苦々しい表情をする。
その横ではカーマインがバレーボール程の大きさの機械を調べていた。

「それがレゾネイターか?」
「いや、これは違うな」

キムの質問にそう言うと、手に持った球状の機械を目の前の口を開けたローカストホールに投げ入れる。
一瞬で機械は闇に飲み込まれ、姿を消す。恐ろしく深いのかしばらく待っても何も聞こえなかった。
二人は腰を上げてマーカス達の元に向かい。改めて状況を確認した。

「隊員達の犠牲は大変残念だった…、しかし、ここで立ち止まっている暇はない。引き続きレゾネイターを探すぞ」
「「「了解」」」
「マーカス!」

全員が返事をする前に、ドムが異変に気付いた。ローカストホールの傍に架かる橋の方向を指差し苦々しい表情をしている。
その指と視線が指す先には白い人影が見えていた。各々は瞬時に壁に身を隠し迎撃の態勢をとる。
様子を見るためにティアナがほんの少しだけ壁から顔を出した瞬間、猛烈な勢いで弾丸が壁を穿った。
慌てて顔を引っ込めるティアナ、しかし弾丸は勢いを衰えずに壁を穿ち続ける。
弾丸を射出した銃『トロイカマシンガン』はローカストが運用している固定銃座。並列した多銃身から吐き出される弾丸は絶え間なくマーカス達を襲う。

「マーカス、右に回ってドテっ腹を突くんだ!」
「わかっている!!」

しかし、マーカスは左側の壁に隠れていた、右に回り迂回するには必然的にトロイカの銃撃に晒される。
一刻も早く迂回するために、マーカスはティアナに指示を飛ばす。

「ティアナ、一瞬でいいから奴らを黙らせろ!」
「了解!」

ティアナは精神を集中させ魔力陣を展開、彼女の周りには幾つものオレンジ色の小球が現れた。

「いっけえええええ!!」

小球はまるで見えないバットに叩かれたかの様に弾け飛んだ。
それらはトロイカに付いていたローカスト達の頭上を掠める。
突然の反撃に驚きつつも、反射的にローカスト達はしゃがんだ、ほんの一瞬だけ辺りを静寂が満たした。
この期を逃さずマーカスは壁を離れ右側に向かう。背を低くし全力で地を蹴った。
100kgを超える巨体を自慢の脚力で動かし続ける。ほんの数秒でトロイカの右側に付いた時再び絶え間ない銃声が聞こえ始めた。
壁に身を隠すと懐からグレネードを取り出し、軽く振り回す。口元に普段は見せない残虐な笑みを浮かべつつ、トロイカの引き金を引いているローカストに向けて投擲した。

「勝ったな」

トロイカの背後に黒い塊が見えた瞬間、キムも笑みを浮かべていた。
硬い音がした瞬間、トロイカに付いていたローカストは思わずそちらを見た。
見た先には棘と柄が付いた黒い塊―――グレネードがあった、すでに電子音を発している。

「!!」

次の瞬間、黒い塊が勢いよく爆ぜた。それに伴い幾つもの破片が飛び散る。
破片は当然の如くローカスト達に襲いかかる。体中に破片が突き刺さり白い巨体が地面に倒れた。
辛うじて致命傷を逃れた1体のドローンは、地面を這い血の航跡を作りながら必死に後方に逃れようとする。
突然、日が陰った。不思議に思い振り返ってみると、

「おっと、逃がさないぜ」

マーカスはドローンを蹴り上げ、無理やり仰向けの態勢にする。そのまま馬乗りの体勢を取り右手で拳を作りながら、

「あばよ」

殴り付けた。鉄槌の如き拳が瀕死のドローンの顔面に叩きこまれ、元から醜悪な顔を更に醜悪に変化させる。ドローンの首から何かが折れる音が響き、首がありえない方向に曲がった。
間髪入れずに叩きこまれた左の拳はドローンの右頬を捉えた、再び折れる音が響き歯が数本折れ飛んだ。
止めの一撃は頭上で両手を組み槌を作る。全体重を乗せた鉄槌がドローンの顔面に振り下ろされた。鼻を中心に顔面が陥没し頭蓋骨が砕ける。
マーカスが離れた時、そこには顔が原形を留めていない死体が出来上がっていた。













「おらぁ!!」

巨大な鉄槌が振り切られ、白い巨体が吹き飛ばされる。壁に激突しクレーターを作りながらローカストは絶命した。

「これで終わりっと…」

真紅のドレスに身を包み巨大な鉄槌を担いだ少女、「ヴィータ」は軽く伸びをしながら呟く。
彼女の周りには地面に顔を埋めた者、頭部に穴を開けたもの、鉄球を体中にめり込ませた者等、様々なローカストの死体が転がっていた。
幼い外見に似合わない鉄槌、彼女の愛用のデバイス「グラーフアイゼン」を担ぐ姿に酷い状態の死体の数々、一見すると酷くシュールな光景に見える。
自分の周りを見渡して動く者がいないことを確認すると、彼女は歩いてその場を去った。



ヴィータが歩きはじめてから十分もしない内に『ソコ』はあった。
薄汚れた服を着てトタンや廃材を利用し申し訳程度に作られた住居、ドラム缶で焚火を焚いて暖を取ったり、炭火で元が何の肉か聞きたくなるような異様な肉を焼く者。
未だに避難所に逃げられず、ローカストの襲撃に怯えながら暮らしている難民キャンプにヴィータは戻った。

「ただいまー、大したことなかったぜ」
「御苦労」

甲冑を着込みピンク色の髪をポニーテールに纏めた凛々しい女性、ヴォルケンリッターの烈火の将「シグナム」は昔からの仲間を労う。

「シャマルは?」
「何時も通り大人気だ」

ボロボロの柱に寄りかかりながらシグナムが顎で指した方向、大勢の子ども達に囲まれ穏やかな微笑みを浮かべる白衣を着た金髪の女性がいた。
子ども達は女性の白衣を引っ張りながら口々に「シャマルせんせー」と呼んでいる。呼ばれた『シャマル』は微笑みを絶やさずに呼びかけに応じる。

「シャマルせんせー、絵本よんでー」
「シャマルせんせー、一緒にあそぼー」
「シャマルせんせー、トール君がねー」
「はいはい、順番順番。どこにも行ったりしないから慌てないでね」

そう言いつつ、シャマルは子どもを抱き抱えた顔に傷を持つ男に近づく。
男はシャマルを見た途端に安堵の表情を浮かべ、涙を流し始めた。

「ああ! 先生、お願いします! 早く息子を! 」
「大丈夫、落ち付いてください」

シャマルは男の腕に収まっている男の子の腕を診察し始めた。
男の子の腕には軽い火傷の跡があり、満足な治療もできなかったのか症状が悪化し少し膿んでいる。シャマルは手持ちの救急箱からチューブと包帯、ガーゼを取り出す。
チューブから軟膏を少しだけ絞り出し男の子の腕に薄く塗る、次にガーゼを均等に当て最後に包帯を丁寧に巻いた。
男の子の腕を優しく撫でながら、シャマルは父親に向きなおる。

「これで大丈夫です。後は安静にしていれば直ぐに良くなりますよ」
「ああ…、ありがとうございます。何とお礼を言ったらいいか…」

今度は嬉しさの余り涙で顔をグシャグシャにしながら男がしきりに礼を述べた。
男に手を振りつつ、シャマルは子ども達と共にシグナムとヴィータの元に近づく。

「あら、ヴィータちゃんお帰りなさい」
「ただいまー、相変わらずの先生っぷりだな」
「こっちに来てから引っ張りダコよ、治療魔法を無闇に使うわけにはいかないから、忙しくて休む暇がないわ」

そう言いつつも嬉しそうな表情を浮かべるシャマル、自然とヴィータとシグナムの顔も綻ぶ。
突然服を引っ張られ、振り向くヴィータ。見た先には廃材で作ったゴルフグラブのような物とビリヤードの球を抱えた子ども達がいた。

「ヴィータちゃん、また『げーとぼーる』教えてー」
「おう、任せとけ! また手取り足取りしっかりと教えてやるよ」
「ヴィータちゃん、この前より上手く打てるようになったよー」
「ぼくにも教えてー」
「私もー」

集まってきた子ども達を引き連れて、ヴィータは難民キャンプの広場に向かった。
ヴィータがここに来て暇つぶしでやっていた、趣味のゲートボールを見た子ども達は、見たこともない遊びに目を輝かせヴィータに教えを請うた。
それを快く承諾して以来、ヴィータは子ども達に積極的にゲートボールを教えている。

「楽しそうだな」

不意に下から声が聞こえシグナムは視線を下ろす。そこには青い狼、「ザフィーラ」がシグナムを見上げていた。

「初めてここに来た時は皆、覇気の無い表情をしているものばかりだった。しかし今は皆活き活きとしている。これが嬉しい訳がないだろう? 」
「そうだな…」

ふっとどこか気障に笑うザフィーラ、が、

「ザッフィー、また乗せてー」
「ザッフィー、ぼくもー」
「私も乗せて、ザッフィー」
「む…、わかった」

二つ返事で了解し、子ども達を背中に乗せるザフィーラ。
その姿はとても盾の名を持つ誇り高い者の姿には見えなかった。飼い慣らされた大型犬よろしく子ども達に頭をペチペチと叩かれながら何処へと去ってゆく。

「ザフィーラも人気ね」
「さて、私も素振りを始めるか…」

愛用のデバイス『レヴァンテイン』を携え、ザフィーラやヴィータ達とは別の方向に向かうシグナム。その後ろ姿を見送るとシャマルは別の難民の元に診察に向かった。
















「ここだ」
「生きていればいいが…」

巨大ローカストホールでの戦闘を終えてから、マーカス達はキムの提案でアルファ部隊が逃げ込んでいる可能性がある『ハウス・オブ・ソブリンズ』に到着した。
入口正面の広場には枯れた噴水があり。左右の入口には土嚢が積まれている。その土嚢で囲まれた入口にはトロイカ・マシンガンが鎮座している。
奥から白い人影が見えてきた。

「さーて、ド派手にパーティーを始めようか」
「喰いすぎんなよ」

コールが冗談を飛ばしそれにベアードが突っ込んだ。そう言いつつもマーカス達は物陰に隠れる。直ぐに弾丸の嵐が襲ってきた。猛烈な勢いで地面や噴水の壁等を削る。

「スモーク投下!! 」

キムの叫びを合図にマーカス達は腰に下げたフラググレネードとは別種のグレネード、『スモークグレネード』を投げた。
地面に着弾してから即座にグレネードから白煙が噴き出し、トロイカに付いたドローンとマーカス達の間に白いカーテンを作る。
それでも尚トロイカの銃撃が止むことはなかったが、狙いが散発的になった。

「行け行け行け!! 」

ドムが叫びつつ隠れていた噴水から飛び出した。それに合わせてマーカスやスバル達も左右二手に分かれてトロイカの元に向かう。
白いカーテンから現れたマーカス達をトロイカの複数の銃口が狙う。しかし、それらは火を噴く前に射手がオレンジ色と青色の魔力弾によって昏倒したため、役目を果たすことはなかった。
ドムが土嚢を乗り越え、昏倒したドローンの元に近寄りランサーの銃床を下にして振り上げた。

「悪いな」

躊躇うことなくランサーを全力で振り下ろし。銃床がドローンの頭部を直撃した。
頑強な銃床が鼻から上を押し潰し、脳漿を粉砕する。ランサーの下に潰れたトマトのような物と赤い水溜まりが出来上がる。
ランサーを持ち上げると鼻から上が潰れた死体が出来上がっていた。

「あっちも終わったか」

マーカスが見た先には、コールとベアードが二人がかりでチェーンソーでドローンを切り刻み。血飛沫を上げている光景があった。

「皆、集まれ! 」

噴水の中に身を隠してキムが集合をかける。二手に分かれていたメンバーが集まり噴水の中に同じように隠れた。
その中で何故かカーマインだけが自分のランサーをあちこち弄っている。
コッキングレバーを引いたり、排莢口を覗いたり、マガジンを叩いたりとかなり焦っている様子だった。

「どうしたんですか? 」
「おかしいな俺の銃、弾が出ないんだよ。ほら」

カーマインの頭に風穴が開いた。
フルフェイスのヘルメットから濁流のように血を噴き出し。地面に倒れる。
ついさっき話しかけたスバルは、目の前でカーマインに何が起こったか一瞬理解が出来なかった。
カーマインが地面に倒れる音と共に、『カーマインが撃たれて死んだ』とようやく理解できた。

「カーマインさん!! 」
「クソっ、狙撃だ! カーマインが撃たれた!! 」

ドムが叫びながら見た先には塀の上に小柄なローカストが細長い銃器、恐らく狙撃用だと思われる銃を此方に向けていた。
その下からは大量のローカストが迫っている。

「ちっ、やけに数が少ないと思ったら罠か。こん畜生!! 」
「さっさと始末するぞ! 」

ベアードは毒づきながら、マーカスは怒鳴りながら噴水を飛び出した。











「ここが惑星セラ…」

地上に上がる幾つもの狼煙を見ながら、なのはは呟く。
彼女はミッドチルダから惑星セラに赴き、現在はヘリに乗り他の管理局の魔道士と共にポイントに向かっている。
窓から景色を眺めていたが、見える景色は常に焦土と化した大地と戦場の狼煙ばかり。草木や都市は殆んど見当たらなかった。
沈痛な気持ちで視線をヘリの中に戻す。乗り合わせた他の魔道士達も皆、緊張した面持ちだった。
これから自分達が向かうのは『戦場』、ミッドチルダのように相手を傷付けずとも倒せる便利な『非殺傷設定』、なんてものは存在しない世界。
『死』、この一文字が魔道士たちを震え上がらせていた。

(スバルやティアナ、大丈夫かな…)

ヘリの天井を見上げ、信頼する教え子に思いを馳せるなのは。すぐに首を横に振り考えを改める。

(私が信頼しなくちゃダメだよね…)

幾人もの魔道士を乗せたヘリは、目的地に向かってひたすら飛び続けた。













「スバル、カーマインは仕方がなかった、戦場じゃよくあることだ」
「ハイ、わかって…? 」
「どうしたスバル? 」
「今何か…」

広場での戦闘を終えて内部に侵入したマーカス達は、アルファ部隊の捜索を行う。途中で幾度もローカスト達が襲撃を仕掛けてきたが、全て難なく撃退している。
侵入してから暫くが立ち、突然スバルが立ち止まった。不思議に思ったマーカスが再度声をかけようとした瞬間、微かに『ソレ』が聞こえた。
甲高い音、続いて聞こえる声、耳を澄ますと悲鳴に聞こえる。

「やっぱり! 」
「いそげ、恐らくアルファの生き残りだ! 」

全員が急いで声がする方向に駆ける。少し進んだ所でちょうど中庭を見下ろす窓に着いた。そこから見えたのは、

「ヒィッ、く、来るなぁ!!」

まだ若いCOGの兵士がハンドガンを両手に握り、必死に中庭の出口に向けて発砲していた。乾いた銃声、落下した空薬莢が音を立てる。
それを掻き消すように低く重苦しい声が出口から聞こえた。
同時に白い巨体が現れ、若い兵士に銃口を―――
向ける前に体中に穴が空いた。
突然の出来事に更に混乱する兵士、構わず次のローカストが姿を現した。
そしてローカストの目には怯える若い兵士―――ではなく、銀色の塊が見えた。
それが何であるかを確認する前にローカストは意識を手放した。

「大丈夫ですか? 」
「あ、あんた達は…」

窓から2体目のローカストが現れた瞬間、スバルは窓から飛び出し全体重に加え、落下速度も追加した全力の拳をローカストの顔面に見舞った。
鼻がひしゃげ鼻血を濁流のように流すローカスト、地面に大の字に倒れると辺りは静まり返った。
すぐに静寂を打ち消すかのように、マーカス達が騒がしく中庭に降りてきた。

「アルファ部隊の兵士か? 」
「は、ハッ、そうであります! 」
「他の仲間は?レゾネイターは? 」
「ハッ、ここを抜けた先にある『無名戦士の墓場』に向かいました」
「お前は逃げ遅れたか? 」
「ハイ…、そうであります…」

最後のキムの質問に意気消沈する兵士、そんな彼の肩を叩き「気にするな、無事でよかった」とキムは声をかけた。
キムは全員に向きなおる。

「よし、このままここを抜けて無名戦士の墓場に向かう。そうしたら一旦休憩だ」
「「「了解! 」」」
















「やっと一息つけるぜ…」
「マジで勘弁してくれ…」

腰を落ち着け、開口一番に愚痴を垂れるのはコールとベアード。
無事に抜けマーカスたちは無名戦士の墓場の入口に着いた。行方不明になっていたアルファ部隊と目的のレゾネイターも確認。
アーニャに報告すると、迎えのヘリが来るまでまだ時間があるとのこと。ヘリが来るまでキムの提案で休憩を取ることにした。
各々は携帯していた軍事食を口に運ぶ、が、誰もが無表情で口に運び続けていた。
そんな皆の表情をスバルは不思議に思う、機動六課での食事は彼女の生き甲斐といっても過言ではない。訓練で疲れた体に、六課が提供してくれる食事は大変美味だった。

「ほら」

不思議に思っている彼女に、横からドムが固く焼かれたビスケット数枚と水筒を差し出す。
礼を言いつつスバルは思いっきりビスケットに齧りつき、

「…おいしくない」

涙目で感想を述べた。
オマケに保存性を最優先したためか、ビスケットは乾き切っており口の中の水分をあっという間に奪いつくす。
慌てて水筒を飲み、全くおいしくないビスケットを水でふやかしつつ、スバルは拷問に等しい食事を続けた。
休憩を取る兵士達から離れた所で、ティアナは足もとに転がる白い塊を手に取る。それは顔の左半分を失った女神像の頭だった。
突然彼女の視界の片隅に茶色いものが入る、視線を動かすとマーカスがビスケットと水筒を差し出していた。

「今の内に食っておけ、味の保証はできんがな」
「ありがとうございます」

受け取り一口齧る、全く美味しくなかったがそんな事すら思考の片隅に追いやった。

「ここは昔は人で賑わっていたらしい、休日にもなればカフェテラスが開いて、人でごった返していたそうだ」
「それが…」
「ああ、今じゃ単なる瓦礫の山だ…、それもこれもあいつ等が現れてな…」

かつては人々に微笑みを振りまいていただろう女神像は、今や微笑みの片割れを失い咽び泣いているようにも見える。
ティアナは固く決意した。
絶対にローカストから人々を守ってみせると―――





「ふぅ…、御馳走さまでした」
「よく食えたな…」

あれから結局、マズイマズイと言いながらも、スバルは3人分のビスケットを平らげた。
近くでその様を見ていたコールとベアードは、呆れつつも驚嘆していた。スバルが両手を合わせて感謝を捧げていると、遠くから音が聞こえる。
音のした方を向くと、空に点があった。
徐々に点が明確な形を持ち、点がキングレイヴンだとわかった。

「さて、次は何所へ飛ばされるやら…」

ドムが悪態をついている間にも、キングレイヴンは近づいてくる。
その下に白い人影を幾つも引き連れながら。

「ッ!、ネーマシストだ!!」

誰かが叫んだ、同時にビルの陰から数体の巨大なノミ、「ネーマシスト」が現れる。
それらは迷うことなく、キングレイヴンに突撃し―――
ローターから火花が散った。コントロールを失い大通りからコースを逸れ、ビルに激突する。
自慢の巨体と唸るローターは脆くなったビルの外壁を砕き、瓦礫の雨を降らせる。
呆気に取られているいると、今度は幾つもの火線が襲ってきた。振り返ると何体ものドローンが手に持った銃器を絶え間なく撃っている。
素早く物陰に隠れる物が大半だったが、反応が遅れた兵士は一瞬でミンチなった。

「クソっ!! 」
「マーカスこっちだ!! 」

ランサーで牽制射撃を行うも、1発撃つ間に10発の弾丸が返ってくる。キムも懸命に反撃するが、まるで効果はない。
そしてマーカスは見た。
キムの後ろに青いコートを着た、一際大きなローカストが迫りつつあった。
指揮官なのであろうか別のドローン達に指で指示を出し、最後に目の前のキムを指さす。キムは反撃に集中しているため全く気付かない。
両者の距離が30cmに縮まった時、キムはようやく後ろの存在に気づいた。気づいた時にはコートを着たローカストが右拳を振りかぶっている。
奮われた拳はキムの左頬を的確に捉えた、脳髄が揺さぶられ、意識が朦朧とするキム。
ローカストは即座にキムの首を左手で掴み上げる、そのまま持ち上がり、キムとローカストの目が至近距離で合った。
ローカストは懐から刀―――
幾重もの返しがついた、鮫の歯を思わせる刃をキムに突き立てる。
キムの背中から刃が生えた。すぐに刃は引っ込み左手が離れる、地面に崩れ落ちたキムは腹部に空いた穴から夥しい量の血を流す。

「マーカス急げ! 」
「キム中尉が!! 」

マーカスの叫びも銃声と断末魔の中に消える。最後にコートを着たローカストを睨むと、マーカスは無名戦士の墓場に逃げ込んだ。
迫りくるローカストに銃撃を浴びせ、扉を固く閉じる。幾つもの銃弾が扉を穿った。






「こちらデルタ、緊急事態だ。キム中尉が死亡した…、KIAだ」
「…わかったわ、直ぐに指示を送るから待ってちょうだい」

無名戦士の墓場に逃げ込んだのはマーカス達デルタ部隊とスバルとティアナ、1人の若い兵士だった、今はマーカスを除いて全員が瓦礫をリレー方式で扉の前に積んでいる。

「とりあえず、レゾネイターは無事? 」
「ああ、今はコールが持っている」

アーニャが指示を出そうとした時だった。おぞましい咆哮が大気を震わせる









幾つもの鎖に『彼女』は繋がれていた、鎖の手綱を握るのは数体のドローン。
彼女の眼は既に退化して何も見えない、代わりに聴覚と嗅覚が異常に発達した。
そして彼女は捉える、

いる―――
確かにいる―――
ここの何処かにいる―――

優れた聴覚と嗅覚を頼りに獲物の位置を探る、そして―――

―――見つけた!!

彼女の本能が暴走を始めた、暴れ狂い鎖を引き千切ろうとする。
慌てて屈強なドローンが鎖を引っ張るも、まるで意味はなく、逆に壁に叩きつけられた。
全ての拘束が解けた彼女は今、獲物に向かって走り出した。










「今のは!? 」

先ほどの咆哮について、ティアナはベアードに聞いた。
聞かれたベアードは珍しく顔を青くしながら答える。

「最悪だ…」

そうしている間にも、徐々に疾走音が聞こえてきた。
そしてその名を口にする。

「ベルセルクだ」

地を蹴る足音はすぐ傍まで来ていた。

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最終更新:2009年10月18日 22:22