動く物がいない神殿内部、柱のみが規則的に存在し物哀しさを醸し出す。冷たい石畳には苔が生えて床に緑色のカーペットを敷いていた。
ふと、柱の一つから銃口が顔を出した。次いで厳つい男の顔が現れ、辺りをくまなく見渡すと再び柱の陰に隠れる。
銃を握っていた人物、マーカスは柱の陰からほんの少しだけ顔を覗かせた。慎重に前方の様子を窺うと顔を引っ込める。
そして、両隣の柱に隠れている。ティアナとキムに向かって無言で頷いた。
それを見たキムとティアナは、更に自分の隣の柱に隠れている仲間に向かって頷いた。
全員が頷くのを一通り確認すると、キムは前方に向かって指を振った。
それを合図に、並行した柱に隠れていた面々が姿を現した。素早く次の柱に駆け込み、張り付く。
複数の銃口が柱の陰から顔を出した。先ほどと同じように辺りを窺い、引っ込める。
この行動をマーカス達は広場から繰り返し続けていた。
またいつ襲われてもおかしくない状況、そのため迂闊に進むことはできない。奇襲を避けるために警戒をしながらの前進を繰り返していた。
次の柱に張り付いた時、突然キムが左手を小さく挙げた。それを見た面々が動きを止める。
キムはまず左手の人差し指と中指で、自分の目を指した。次に人差し指を柱の向こうに向ける。
キムが指した先、倒れた柱が散らばる広場に多数のローカストがいた。キム達に気づいた様子はなく、立ち止まって一つの方向を警戒する者、ゆっくりと歩き回る者。
中には何やら話し込んでいる者もいた。
キムは柱に背中を預けると、自分の左隣りを指差し、次いでローカスト達の左側を指差した。
今度はマーカス達の方を指差し、ローカスト達の右側を指差す。
マーカスがゆっくりと頷くのを確認するとキムはランサーを構え、一体のローカストの頭に照準を合わせる。
それに続きマーカス達もそれぞれの得物を構えた。全員が構えたのを確認すると、キムは耳のインカムに指を当て呟く。
「撃て」
マーカス達の得物が吼えた。静止した大気が震え、同時に銃声と鉛弾、真鍮の空薬莢が辺りに一面にばら撒かれる。
弾き出た薬莢が石畳に落下し、場に似合わない涼やかな音を立てた。しかし、それは全て銃声に掻き消される。
吐き出された弾丸は寸分違わずローカスト達に命中し五体を貫く。が、突然の奇襲を免れたローカスト達は物陰に素早く隠れ、反撃を開始した。
「ウチカエセ!! 」
「ニンゲンダァ! 」
よく響く重低音の声で言葉を吐き散らしながら、手に持った銃器で撃ち返す。
弾丸はマーカス達が隠れている柱に当たり、大理石の表面を削った。銃口だけを柱の陰から覗かせ牽制の連射をデルタチームの面々は放つ。
マガジン一つ分撃ち終えると、素早く懐から新しいマガジンを取り出す、装填しレバーを引く。
その中で、ドムだけがマガジンの代わりにフラググレネードを取り出した。
「フラグ投下!! 」
そのまま投げ、緩い放物線を描いてグレネードは白い怪物達が隠れている縁の向こうに消えた。
鈍い音がした瞬間、縁の向こうが爆ぜた。同時に苦悶の声、断末魔、白と赤の破片が辺りに飛び散る。
「よし!! 」
マーカスは遮蔽物にしていた倒れた柱を乗り越え爆ぜた地点に向かう。縁を乗り越えると、そこには瀕死のドローンが血まみれの状態で倒れていた。
「グルォ…」
倒れたローカストが痛みを堪えながら目を開けると靴底が見えた、誰の靴底かを理解する前に、それがドローンの見た最後の景色となった。
太い足が白い頭を踏み付け、一気に圧力をかけて踏み潰す。果物を踏み潰したような、それに似た嫌な感触が足に伝わる。
脳漿が、眼球の欠片が、粉々に砕けた頭蓋が、血液が、引き千切られた神経が、頭部を構成していた内容物が、マーカスの右足を中心に散乱する。
数回足を地面に擦り付け、擦る度に水っぽいモノを磨り潰す音が聞こえる。
足を上げると、頭の無い白い血まみれの死体が出来上がっていた。
「なんとか倒し、うっ…」
その死体を見た、後から来たティアナが口を押さえた。目に涙を浮かべ必死に目を逸らす。
「無理するな、全部吐いちまえ」
コールの言葉に頷くとティアナは広場の隅に急いで向い、盛大に嘔吐した。口から胃液と未消化の食物を垂れ流し。石畳を濡らす。
それでも嘔吐は収まらず数回繰り返した。途中からスバルが駆け寄り、背中をさすりながら言葉をかける。
胃の中身を全て吐き出した後、口元を拭いながらマーカス達の元に戻った。
「迷惑をかけて、ウッ…、すみません…」
「気にするな、あんたらはこういうのに慣れてないんだろ?マーカス、お前も少しは考えろ」
「ああ、すまないな。絶好のチャンスだったんで、今後は気をつける」
若干むせながらも謝罪の言葉を口にするティアナ、そのティアナの背中をスバルはさすり続ける。
「ティア、あんまり無茶しないで、何かあったらすぐに呼んでね?」
「ケホッ…、無茶が専売特許のあんたに言われたら…、うぇ…、お終いね…」
そんな事を言いつつも、ティアナの顔は少しだけ嬉しそうにしている。
ティアナがまともに立てる状態になったのを確認しキムは広場から上へ続く階段を確認、敵がいないことをマーカス達に伝え先導して階段を上がった。
次元世界ミッドチルダ、時空を管理する法的組織、時空管理局。
先のJS事件を見事に解決した新設部署、機動六課の部隊長を務める八神はやては、目の前に表示された立体ディスプレイの情報に目を通していた。
時空管理局による惑星セラの介入、それに伴う魔道士及び陸士の配属先、各地域の戦況、物資配送ルート等ありとあらゆるデータが下から上へ流れてゆく。
「あんまりいい状況とは言えへんな…」
一旦ディスプレイを閉じて深くため息をつく。セラの情勢は逐一報告されその都度はやても目を通していた。
しかし、飛び込んでくる情報はどれもこれも吉報とは縁遠いものばかり。オマケに書類も次から次へと届き山を作る、読む度にキリキリと胃が痛み、頭痛がした。
こめかみを軽く指で叩きながらマッサージをしていると、突然自動扉が開き栗色の髪をサイドポニーで纏めた女性、管理局が誇るエース『高町なのは』が入ってきた。
「お疲れ様、はやてちゃん」
「おおきにな、なのはちゃん」
軽く挨拶をし、最近の激務で殆んど顔を合わせることがなかった為、はやてとなのはは互いに笑顔を浮かべた。
「セラの状況は? 」
「まだあちこちでローカストの襲撃が続いとる、おかげで物資ルートや難民の避難用のルート、各地の避難施設がボロボロや」
「そのせいで未だに避難所に移動できずにローカストに怯えてる人たちが…」
「せや、ローカストの目的は惑星セラの全人類の抹殺、今まで捕虜は一人も確認されてへん」
セラの惨劇を聞いて落ち込むなのは、未だに避難民が戦闘に巻き込まれ死亡するという事態がセラでは続いている。
「直になのはちゃんもセラに向かうんやろ? 」
「うん、二時間後に私もセラに向かうの、JS事件が解決したばっかりなのにね」
「うちらに安息が訪れる日はあるやろか…」
そう言って力なくデスクに突っ伏すはやて、なのはは苦笑すると直ぐに表情を引き締め敬礼する。
「高町なのは、これより惑星セラに向かいます」
「ご武運を」
踵を返し部屋を出るなのは、親友の背中を見送り短いため息をはやてはつく。
「さぁて、うちも再開や」
そう言ってすっかり冷めたコーヒーを一口啜り、数ある書類の山の頂上から一つを手に取った。
キム、マーカス達デルタ部隊、最後に管理局の二人の順で階段を上り続ける。
苔生し緑色に染まった階段に足を滑らせないよう気をつけながら、頭の中で自問自答をティアナは繰り返していた。
「ねぇ、スバル…」
「ん? 」
「私達は今まで色んな修羅場を潜り抜けてきたけど…」
「…うん」
「さっきの死体と戦闘を見て、私達がいかに温い場所で戦ってきたのかが分かったわ」
「え? 」
「私達の世界には『非殺傷設定』があるけど、それは私達だけの技術、他の世界ではそんな便利な物は存在しない」
「…」
「私達が今まで戦ってきた戦場とここは違う。弾に当たったら即座に終わり。痛みなんか感じる間もなく死ぬ」
突然話しかけてきたティアナの言葉に、スバルは押し黙った。自分達は先のJS事件を解決し多くの戦いを経験した。
しかし、この世界の戦闘はどうだ?
自分たちの経験した戦いよりも遥かに激しく、残酷な戦場。
ガジェットや戦闘機人集団ナンバーズに倒された局員を見たことはあるが、その殆んどが大した怪我も負わず、死者も皆無に等しかった。
だがここは根本的に違う。銃弾や怒号、断末魔が飛び交い常に命が消えてゆく。
撃たなければ殺される。故に撃たれる前に撃つ。そんな戦場では当たり前の事さえ、自分達は浸かっていた微温湯の中で忘れていた。
「さっきの戦闘、もしかしたら私かスバルのどちらかが首無しの死体になってたかもしれない」
「…ん」
「だから今までの考えは捨てよう。ここはそんな生易しい世界じゃないから」
頭を振り決意を改めるティアナ、ちょうど階段を登り切り巨大な柱が見えてくる。
高層ビルと見紛うばかりの巨大な柱にその上に建つ屋根、その柱の間を鳥が飛び抜け荘厳さと威厳を感じさせる光景であった。
「凄い…」
「うわぁ…」
今まで見たこともない光景に二人は呆気にとられる。聖王教会のような歴史と伝統を重んじる建築物を見たことはあったが、これはそれを上回るものだった。
建築に途方もない時間と労力、資材に資金、ありとあらゆるものを費やして造られたであろう神殿には、建築に携わった人たちの誇りや魂すら感じる。
感嘆するスバルとティアナに、カーマインはどことなく得意げに話しかける。
「すげぇだろ? 戦争中じゃなきゃ二人を案内したんだがなぁ」
「あ、ナンパはお断りです」
「それとセクハラで訴えますよ? 」
「いやいやちょっと待って! 俺はただ単に観光案内をしようとしただけで決して深い意味は無いよ!? 」
必死に弁解するカーマイン、そんな彼を二人はジト目で見ている。
フルフェイスヘルメットで顔が見えない筈なのに、心なしか焦るカーマインの表情が見えた気がした。
「どうだか…」
「いや、だから…」
「お喋りはそこまでだ、奴らが来たぞ」
ドムの視線の先に白い集団が現れた。マーカス達は手近な遮蔽物に隠れ、交戦を始める。直ぐに銃弾が飛び交い始めた。
響き渡る銃声に鳥たちが驚き飛び立つ。数え切れぬ程の空薬莢がばら撒かれ、互いの足元が徐々に金色に染まってゆく。
「シネ! 」
「お返しするぜ! 」
大理石製の植木から身を乗り出したドローンの頭をカーマインの弾丸が貫く。血を噴き出しながらドローンは倒れるが、入れ替わりに新たなドローンがカーマインを狙う。
慌ててカーマインは倒れた柱に隠れ、そのドローンをキムが銃撃した。
両軍ともに入れ替わりながらの戦闘を繰り返し、ローカストの数が半分ほどに減った時だった。
突如地面が揺れ、辺りに地響きが伝わる。
「な、なに!? 」
「この揺れ…、まさか! 」
突然の地震に危うく転倒しかけるティアナ、その隣でベアードは何かに気付いた。
揺れは数十秒程で収まり辺りに一瞬だけ静寂が戻る。次の瞬間、土柱がローカストの後方で上がった。
「くそっ、ローカストホールだ! 」
土柱が収まった後には巨大な穴が口を開けており、中からドローンが湧き出てくる。
即座に仲間のドローンと合流し、戦闘が再開された。
合流したことによって初めの交戦時よりも数が多くなり、攻撃が熾烈になる。
絶え間なく弾丸が襲い掛かり、容赦なく大理石の盾を穿つ。
「マーカス、俺達が敵を引き付ける。その隙に穴を塞げ!他の者は一斉にグレネードを投擲、その後に牽制射撃だ! 」
キムが銃声に負けない大声で指示を飛ばす。「了解! 」と複数の返事が返ってくる。
マーカス、スバル、ティアナ以外の全員がフラググレネードを手にした。
グレネードを持っていないティアナとスバルはカートリッジをリロード、魔力を愛用のデバイスに注入する。
「フラグ投下!! 」
幾つもの鉄球が投げられた、それらは地面に落ち一斉に爆発する。四散した破片はローカストに届かず、隠れている遮蔽物に弾かれた。
ティアナはありったけの魔力弾を放ち、スバルはリボルバーシュートを地面に向けて放つ。
放たれたオレンジ色の光球はローカスト達の頭上を掠め、青い光球は地面に激突する。土煙が上がり両者の間に茶色の壁を造り出した。
壁に向けてキム達はランサーをフルオート射撃で撃つ、幾つもの鉛弾が茶色の壁に吸い込まれ、消えていった。
その隙にマーカスは右に迂回し、ローカストホールに向けてグレネードを投げた。
投げられたグレネードは吸い込まれるように穴に入り、数秒後に爆発、同時にローカストホールは土砂の中に埋まった。
「ヒケ! 」
拠点を潰され不利と判断したローカスト達は退避、奥の神殿に一斉に向かった。好機を逃さぬようマーカス達も後を追う。
「逃がすかよ! 」
「って、ちょっと待て! 」
カーマインは神殿から更に増援のドローンが向かって来るのを見た。全員素早く柱の陰に隠れる。一瞬前までマーカス達が居た位置に大量の鉛弾が降り注ぐ。
「勘弁してくれ! 」
「泣きごとを言う暇があったらさっさと撃て! 」
悲痛な声を洩らすカーマインをマーカスは叱責する。その間にもすぐ傍を銃弾が飛び抜けて行った。
「マーカス、右に回れ!横を突くんだ! 」
「わかった、スバル、付いてこい! 」
「了解! 」
ドムはブラインドファイアでローカストの注意を引き付ける。それに合わせてキム達も威嚇射撃を行う。マーカスはスバルを連れて柱を盾にしながらローカストの横に突く。
柱に背を預け、僅かに顔を出し相手の位置を確認する。顔を出した直後に四体のローカストがグレネードに吹き飛ばされた。
引っ込めた後にスバルに向きなおり、指示を出す。
「敵は残り三体、手前に二体、奥に一体だ、俺は手前の奴を殺る。奥は任せた」
「了解、任せてください! 」
「行くぞ! 」
右手にランサー、左手にグレネードをマーカスは構え二人は飛び出した。スバルはマッハキャリバーを吹かす。
ローラーブーツの排気筒から蒸気が噴き出し、スバルを急激に加速させ、手前の二体のドローンの間を素早く駆け抜けた。
マーカスは持っていたグレネードを大きく振りかぶり、片方のドローンの頭に叩き付けた。
鋭利な返しが付いた棘がドローンの頭に突き刺さり、右頭蓋を陥没させ皮膚を捲り上げる。
そのまま蹴り飛ばし、右の頭が潰れたドローンは傍にいたもう一体を巻き込みながら転倒、直後に突き刺さったグレネードが爆発し片方は頭部を撒き散らしながら。
もう片方は破片を至近距離で浴び、顔を血まみれにしながら絶命した。
「この距離なら! 」
スバルは奥の一体のドローンを目指し、疾走する。右手に力を籠め魔力を収束させた。
「リボルバー…」
しかし、その時だった。
「え? 」
スバルの存在に気付いたドローンが銃口を向けた。黒い穴がスバルに向けられマズルフラッシュが焚かれる。
吐き出された弾丸はスバルに当たりこそしなかったものの、マッハキャリバーを掠めバランスを崩させる。
「うわっ!? 」
勢いでそのままドローンの目の前に転がり顔を地面に擦った。手で顔を抑えつつ見上げると目の前には黒い穴、硝煙の匂いと熱気が濃密な死の匂いを醸し出す。
「あ」
殺される。直感的にスバルはそう理解した。時間の流れが酷く遅く感じ遠くから親友の声が聞こえる。ドローンがトリガーに指をかけた時だった、
「させるか!! 」
カーマインがドローンめがけてランサーのトリガーを引く。軽い反動と共に放たれた銃弾はドローンの手に命中、ハンマーバーストを弾き飛ばし持っていた手も貫いた。
同時にスバルの目の前に大きな影が現れる。視界一杯を覆い隠し、スバルの目の前が黒一色になった。
チェーンソーを起動させたランサーをマーカスは頭上に掲げる。グリップハンドルをしっかりと握り締め、全力で振り下ろす。
頭蓋骨をチェーンソーが叩き割った。高速回転する鋼鉄の刃が脳漿をズタズタに切り刻む。
そのままランサーを力任せに下に押し込む。醜悪な顔がチェーンソーによって瞬時にミンチとなった。
腹まで届いた刃は内臓を蹂躙しそれらを粉砕、切り刻み血と肉と骨の混合物を作り上げる。
血飛沫が飛び散りマーカスはそれを直に浴び、視界が赤く染まってゆく。
「あ…」
黒い背中越しに血飛沫を浴び、顔に赤い模様を作ったスバルは気を失った。
最終更新:2009年08月20日 21:29